>>49 続き
3.獣たちと過ごす日々
将軍からの使いに、「もう少しまて」だのと何度か桂が伝えたころ、買い物に一人で行ったときにふいに後ろから声をかけられた。
気づかなかったのは、常に将軍のことに費え考えていたことと、女の身体になって、感覚が鈍ってしまったからかもしれない。
ふと、振り向くと、ヘッドフォンをした男がいた。放つ気がただものではない。そうとうの手練れのようだ。
「もし、そこの美しいお方。拙者と遊びませんか」
そう話すやいなや、・・・身構えるより早く、いきなり桂のみぞおちにパンチを食らわせた。桂の記憶はそこでとぎれた。
目を覚ませたとき、そこは見慣れぬ和室だった。
「気が付きましたか?手荒なことをして住みませんね、月子さん」表情のない声がかかる。それは、武市だった。
「はあん。こいつっすか、将軍のごひいきってのは。まあ、キレイだけど、私の方が若いっす!」偉く高飛車な態度でいう、この女は、来島・・・
ということは、ということは・・・桂の脳裏に、嫌な影がよぎった。
「随分、べっぴんになったモンだなあ、ヅラァ」
フーと煙を吐きながら言った、その言葉の主は・・・ 「高杉!」
しかも、自分の本性まで知っている。恐るべき諜報能力。
「ヅラじゃない・・・和田 月子だ」
「へえ・・・そういや、お前、旧姓は和田だったか・・・なるほど、昔に戻ったと言うことか」クク・・・といやな笑いを浮かべた。
鬼兵隊の計画はこうだ。
将軍の婚約者(?)を幕府は血眼になって探すだろう。
鬼兵隊は、月子を盾に身代金を要求する。そして、将軍自らに取引に来させ、将軍もろとも消してしまおうということだ。
もちろん、桂は犠牲になるだろうが、そんなことは高杉の知ったことではない。
大事な人質である、三食昼寝付き、何の不自由もない暮らしを桂は堪能していた。
というのも、高杉は桂に、「男だけでなく、女の姿でも追われる身とは根っからの犯罪者じゃねえか。」と皮肉った上で、
「ここなら、幕府も追っては来ない。将軍のほとぼりが冷めるまでいていいぜ」と申し出をした。
とってつけたような高杉の物言いに、桂は「何を考えている?」と怪しんだが、高杉はいつものいやな嗤いを浮かべながら、
「ただ、将軍の恋路の邪魔をしたいのさ」 と言った。
何処まで本気か分からないし、次にあったら斬ろうと思っていた相手だが、このままこいつらが何か企んでいるのであればそれを探って阻止することも、
今の自分にできる精一杯のつとめの気がした。
将軍の命を狙っていることも、その為に自分を駒にしようとしていることも容易に想像が付いたからだ。
ここで騒ぐのは得策ではない。様子をうかがうのが先決だと思えた。
それに、あれだけの別れ方をした割にひょうひょうとした態度の高杉に、昔の高杉の鱗片を見た気がして、
(そして、刀もないので)斬るのは後回しにして、その申し出を受けることにしたのである。
来てすぐのことだが、風呂に入りたい・・・と言った桂に、来島が女湯を案内した。鬼兵隊は結構な人数で、女性も僅かながらいた。
しかし!もともと男であった桂はどうにも女湯になんて入れない!どうしても男湯にはいると言って、男湯で脱ぎかけたとき、大騒ぎになった。
万斎があわてて止めに入って連れ戻したが、男湯にはいると聞き入れない桂に高杉の私室の風呂を貸りるよう進めた。
おどろくほどあっさりと、高杉は「いいぜ」といって風呂を貸した。