>>436 「あ、し・・・坂田殿」
「人の奥さんに、何してくれてんの?つーか、何しに来たわけ?」
だいぶ、カウンターが空いてきた。丁度良く、拙者の隣の空いていた席に腰掛ける。
「ここに来るのは、酒を飲むことが目的と思うが」
「ふ????ん」
さっと、桂が白夜叉にもビールを出す。
「銀時、こんなとこに飲みに来てていいのかい。松坊は?」
「寝かしてきたよ・・・んだ、ババア。いつも金曜はこの時間に俺は来てるだろ。何で今日に限ってそんなこと言うんだよ。俺に聞かれちゃいけない話でもあんの?」
ねえ?と、拙者の顔をのぞき見る。・・・これは分が悪い。
「どうせ、あの凶悪犯の話でもしてたんだろう。居場所さえ教えてくれれば、ちょっと行って俺がたたっきってきてやるのにな」
「そんなことは絶対させもうさん」
バチっと、短い視線の火花が散った。
桂と晋助の、定期連絡。はて、白夜叉はもしかしたら知らないのかもしれない。としたら、ここでこの話を出すのはまずかろう。ちょっとした心理作戦といこうか。
「最近、晋助が荒れていてな」
「へえ。ついに、性犯罪者にでもなっちゃった?」
「主はすぐそっちの方向に行くでござるな。そうではない。・・・・なんていうか、思考が荒い。」と言えば。
「ああ、あいつはいつも荒っぽい考え方だもんな??」という。
「そうではないのだ。戦略の大小や、方法の派手さのことではなく、それに至る計画・・・晋助は非常に繊細な、綿密な計画を立てる男だ。それが、ちと、変わった」
「はあ?」
「やや、自暴自棄的なところがある。自虐的といおうか・・・」
「いいことじゃねえの。それで、自滅して欲しいわ。マジで」
「主は・・・分かってないでござるな。主らがあの人を危険だというなら、それに磨きがかかっているとは思わぬのか。荒い思考で事を起こせば、犠牲も多くなる」
ダン!と、白夜叉がビールをテーブルにたたきつける。
「分かってねえのはてめえだよ!それがあいつじゃねえか!そんなに犠牲云々いうなら、俺があいつをぶっ殺してやるよ。それで全て終いじゃねえか。
人を殺すだの世界をぶっつぶすなんていう戯言に、繊細も粗いもあるか。勝手言ってンじゃねえ」
グイ、と、ビールを飲み干す。
「変な夢見てないで、おとなしく、二人でユニットでも組んで、アイドルとかちゃらちゃらした音楽界でもぶっ壊してりゃいいんだよ」
「主に音楽とやかく言われたくないでござるよ」
「けっ、俺の歌を聴いたこともないくせに!」
「聞かずとも・・・想像はつくでござる」
「はあああ??何言ってンの。俺、プロ級だからね!」
「そうでござろうか・・・あ、今、上手い例えが思いついたでござる」
「はあ?」
「ん??、今までの晋助の奏でるメロディが、繊細で、だが独創的な・・そう、ブラームス交響曲三番のような、壮大かつ、力強いメロディだったとすると、」
「はああ???ブラ・・・?」
「迷いのある今は、四番のように、内面に秘めた情熱と孤独感からくる哀愁が感じられるでござる・・・それも、スコアのところどころが抜けて、
音が飛んでいるような・・・それをあえて埋めようとせず、タイやスラー、二分音符でごまかすような・・・そんな・・」
「っちょっとまって!!!分かんない!!分かりづらい!!っていうか、もういい!!」
「なんでござる、坂田殿。ものすごくわかりやすかったでござろうに」
「まっっっっったく、分かりません!!!」
桂も、お登勢もぽかんとしている。
何で、この人達には分からないのでござろうか。・・・もう無理だ。
「では、今日は、これで失礼するでござる」
「あ、ああ、・・・あ、あの、河上殿」
桂が、目で訴える。
「分かってるでござるよ、また」
それに、目で答えた。
そして、スナックお登勢を出た。
まあ、手応えはあったかもしれない。
あの、お登勢という女将はさすがだった。桂があまりにもきまじめすぎて、晋助の考えが理解できないだけであろう。
そして、あの、桂もまた。晋助に惹かれているのは間違いない。・・・あんなに、あの娘を気にして。真っ赤になって涙目になるほどに。
これは、案外・・・上手い方向に行くと良いが。
余談 たとえ話
最近、晋助の様子が変だ。と、万斎は思う。
いや、正直に言うと、細かくは3ヶ月ほど前から変だった。
だが、その変調はとても微妙で、
多くの主要メンバーは気付いていない。
隊員に至っては全く分からないだろう、違和感。
2ヶ月前に一度、スナックお登勢に偵察に行ってきた。
収穫といえば、
桂がやはり白夜叉の子を身ごもっていたこと。
そしてそれを、かたくなに晋助に隠していること。
そのため、晋助との連絡を絶っていること。だ。
だが、晋助には、その時点ではまだ桂が女であることしか報告していない。
それだけで、あの人はきっと全てを悟ったろう。
わざわざ桂が連絡を取らなくしても、
聡いあの人は気付いてしまう。
そして、その後、贈ったはずの990両が、返金されてきた。
自分の愛する女と愛する息子。
その二人が女の愛する者と暮らしている。
そこに、女の愛する者の間に出来た子が加わる。
危ういバランスで経っていた柱が、軋んで、
傾いていくのを感じる。
晋助の奏でるメロディに、最近は不協和音が混じっている。
なんとかしなければ。
そう思っていたある日。
突然に、晋助が言い出した。
朝食の後で。
「おう、来島。聞きたいことがあるんだが」
「はいっ!なんっすか!」話しかけられることがまれなので、また子は嬉しそうだ。
「てめえ、武市のことどう思う?」
「えええええ???何すか?いきなり!きもいっす!近寄って欲しくないっすよ!」
「何ですか、あんた。私だって貴方のような猪女ごめんですよ」同じ部屋にいた武市がすかさず言う。この二人の折り合いが悪いのは有名だ。
「じゃあよ、好きな奴はいるか?」
「私の好きな人は晋助様っす!!!!・・・あっ」ぽーっとなって、言っちゃった!みたいな顔をする、また子。可愛い。・・・可愛いけど、
なぜそんなことを言い出すのだ、晋助。
「ちっと、たとえ話につき合ってくれや」
「いいっすよ!!」
「じゃあ、例えばよ、・・・そこの武市にてめえが犯されて」
「えええええ??????!!!突然、なんて事言うンすか!!きもいこと言わないでほしいっす!!!!そんなの無理!!死んじゃう!!」
「うるさいですねえ。私だって貴方のような猪女ごめんでだって言ってるでしょう!!」
イラッとしたのか、晋助が、低い声で
「聞け」
と言えば、しんとなる。
「・・・武市に犯されて、てめえにガキが出来たとする」
あっ・・・なんかわかったかも。だけど。・・・。
「はあああ??!!超嫌っす!!もう無理!!想像もしたくない????!!うあ????!!」
「じゃ、もういい」また、イラっとしたのか、素っ気なく言うと、また子はたまらない。
「すみませんでした!!聞きます!聞きます!聞きますから、お願いですから、怒らないで下さい、晋助様ぁ??」
そう、見放されるほど、つらいことはない。この人に。
「・・・じゃあよ、その武市の子を身ごもったお前が、お前の好きな奴・・俺と、結婚したとすらぁな」
「はっっ!!!!晋助様と結婚・・・・っ!!!!」カアアーーーと、顔が赤くなる。ほんわか??・・・と、幸せそうに笑っている。
「で、俺が、構わねえから、産め、といったら、お前どうする?」
「産むっす!!嫌だけど、晋助様が産めというなら産むっす!!!」ぐっと、握りしめた腕を押し上げて、ガッツポーズ。
「おう。で、かわいがれんのか?」
「分かんないっすね・・・産んだことないし・・・元々あんまり子供好きじゃないし」
「・・・そうか。ま、そうこうするうち、俺との間に子供が出来たとする」
「ええええ!!!まじっすか!!嬉しいっす!!超幸せっす!!」また、赤くなる。
「てめえならどうする?産むか?」
「もちろんっすよ!!!産む!!で、晋助様と幸せにくらします!!」今にも、踊り出しそうだ。
「武市との子はどうする」
「え?・・ああ、あーー」ちらっと、武市を見て、うう、ゾーッとした顔をした。
「邪魔っすよね。捨てちゃいたいっす」
その瞬間、
「!!!!!!」
ガタッと席を立って、部屋から去っていってしまう。
「え?あ。・・・なんで・・・晋助様ぁ??!私、何か行けないこと言ったっすか・・?どうしよう、何が正解だったっすかね。何の心理テストだったんだろう。
女として、心の狭い女と思ったっすか・・・あああ、どうしよう・・・」泣きそうな、また子。
いや、お前は悪くない。
それにしても、気持ちは分かるでござるが・・・
例えがあんまりにも、悪すぎるでござるよ・・・晋助・・・
これは、もう一度、スナックお登勢に行くしかない。
と、思った。
余談 二回目の訪問
どうにも、もう一度とおもって、足を運んだスナックお登勢。
金曜の午後六時。ふう。白夜叉が来る前に、少しゆっくり桂に話をしたいところだ。
客もまばらで、ホステスと話しやすい。丁度良い。
前回同様、カウンターでビールを頼む。
嫌そうな顔をしたが、桂が来てくれた。
「どうぞ」
「かたじけない」
腹・・まだまだ分からないでござるな。見た目には。細い方でござるし。
視線で感じたのか、手をおなかにやる。
「拙者、何もしないでござるよ」
「・・・そう願いたい」
ああ、母とはこのような者なのか。
「月子殿。・・・早速だが晋助のことで」
「万斎殿。俺の気持ちは変わらない」
「そこを何とか、一度で良いから、連絡して欲しいでござる。最近は、輪を掛けて荒れているでござるよ。
前に言ったメロディーが、既に崩壊してきているでござる。抜け落ちた音符を、聞くに堪えない不協和音で埋めている・・・」
と、そこまで言って、はっとなった。月子がまたぽかんとしている。
ああ、この例えじゃだめなのだった。・・・なんと言えば。
そう考えているうちに、えらくまじめな面持ちで、月子の方から切り出した。
「あのな、万斎殿。この際だからはっきり言うが」
と言って、はっきり言う、と言ったわりには、とても小さい声で話し出した。
「俺のことを、・・・だ・・・抱いた夜・・・あいつは、俺を、・・・“気持ち悪かった”・・・と、言ったんだ」
「!!!??」
晋助・・・なんて事を言うでござるか・・・!!!おおかた、自分でもどうしてそんなことをしたか分からなかったのでござろうが・・・にしても、
相手に聞こえるように言って言い言葉じゃないでござる!!
と言うことを考える余裕もなく、口に出してしまうほど、テンパっていたのか。
「だから・・・あいつが、俺に愛情があるとかどうとかいうことは、ない。なにしろ、・・・き・・気持ちの悪い・・・俺を、だ・・抱くのは、
それなりの理由があったからだ。・・・分かったら、お引き取り願えるだろうか」
「いや、それは誤解でござるよ。晋助は」
ここで引き下がるわけにはいかない。だが、桂は更に、声を潜めて話し出す。
「奴は、俺に将軍を、寝床で殺害しろと言った。だから、きっと、その為に俺を、男に馴染ませるために・・・したことだ。それ以外に理由はない。あの行為に・・・」
なぜか、桂はとてもつらそうに、哀しそうに言った。
ああ、そのときのことを思い出しているのか。
そう言うことに、二人の間ではなっていたのか。
晋助が、拙者に言ったこととは矛盾する。ということは、本当は理由など無かったのだ。
戦略など、あるはずのない行為。
当然だ。ただの、“愛”に、理由などない。
「あ??。また来てるのか、しつけーな、ヘッドフォンの人!」呑気な声。
白夜叉が・・・。偉く今日は早いな。拙者の情報不足だったか。
「何?また、あいつの話?いい加減にしてよ。荒れようが何しようが興味ないって言ったでしょ!!!」
・ ・・はあ。
「大体、不思議と女にゃ、不自由しないんだから、ホント、月子にちょっかい出すの止めてくんない?得意の、どこぞの娘捕まえて発散してくれればいいじゃん」
「!!・・・ま、まあ。そ、そうだな・・・。その、むやみに娘に手を出すのは良くないが、もう、俺たちのことは、放っておいて欲しい」
「では、なんで、貴殿は、女に不自由しないであろうあの人が、そんなに月子殿に執着すると思っておいでか?」
「執着などと・・・何か考え合ってのことじゃないのか」
「貴殿は、よほど理由づけをせねば納得しないらしいようですな」
「ああ?何言ってンの」
「主らは、晋助を誤解しているでござる。あのような物言いをするため誤解されがちだが、言うほど、女性に興味はないでござるよ。むしろ、超淡泊でござる」
「はあ??そんな訳あるか!!いつも人の奥さんをコソコソ狙っているような奴だぜ」
????だから、それが特別執着している証なのだ。気付いてくれ、桂。
「月子殿はともかく、他の女に対しては、執着も何もなく、まあ居ればいたで、居なければいないで構わぬお人。そんなもんでござるよ」
「いや??、ないね!ナイナイ!!だって、あいつ、あれよ、あの戦争の時も、女関係は派手だったぜ!!な、月子!泣かされた女はそりゃ大勢いて・・・しかも、
たちの悪いことに、そう言う女を俺や坂本に押しつけて縁切りするようなやつだ」
「な・・・・っ、貴様らそんなことをしていたのか!!!あの非常時に、一体何を考えて・・・」
「あ、いやいやいや、今の話は、あれだよ、高杉が悪いって話だよ!俺たちは犠牲者だったんだから!!ホント!!」
「まあ、若い頃は多かれ少なかれ誰しも・・・とにかく、拙者が会ってからはそうではござらん。本当に頓着ないでござる。
滅多に女を自分の部屋になど呼ばず、一人で処理した方が気が楽で良いと言う。二日と開けずに女を抱くなんて事、あり得ないのでござるよ。
また、久しぶりの女との行為であっても、それを中断しても気にもとめぬ。色町に行っても、繋がるのがめんどくさいから舐めてもらう方が良いと言う。
子供を作るどころか、繋がりをも求めないお人ゆえ。なのに・・・どうでござる?不思議とは思わぬか?」
????桂にだけは執着をしている。子を成す程に。これで伝わったろう。ところが・・・
「不思議なのは、あんたの頭の中だわアアアアア!!!!」
突然、白夜叉が大声を上げた。
「あんた、なにすました顔してしれっと、聞きたくもない高杉の赤裸々性生活とくとくと聞かせてくれてんのォォォ!!興????味ないんですけどォォォォーーー!!!」
「嫌、そう言う意味ではなく・・・」
桂に至っては、顔がこれ以上ないくらいに真っ赤だ。眉間には皺がたくさん寄っている。ああ、主らが鈍すぎるのか、拙者が遠回しすぎるのか。
晋助なら、言わんとすることはこれで分かってくれるのに。難しい。
「・・・はっ、でも、待てよ」
お、何か気付いたか、白夜叉!
「繋がるより、舐めてもらう方が好き・・・?」
何処に食いついているでござるかーーーー!!!白夜叉アアアアア!!!!
「おい、月子、てめえ」
「はっ?」惚けていた桂が顔を上げる。
「まさか、奴のを舐めたんじゃねえだろうな」
「はあああああ????!!!」
「どうなんだ??アア??」
しっ白夜叉・・・主は・・・ホントに。
「そんなことするかァアア!!気持ち悪い!!貴様、逆の立場で考えてみろ!!無理だ、無理無理!!」
それを聞いて、ニタリと、白夜叉が笑った。
「ふーーーーん。してないんだーーーー。じゃあ、俺が初めてって事だな!」
と、得意げ。
「は?」
「後で舐めてもらうから」
「はあああああ???!!!!」
「楽しみにしてるね!」
「いっ嫌だと言っているだろうがアアアア!!!」
「一つくらい、俺に初めてのモンくれよ」
ああ、甘えたような声を出して。
「子供か貴様!!!嫌なものは、嫌だ!!!」
「だめ!!するの!!・・・おい、万斎、てめー、高杉に言っとけよ」
「は・・」
「俺は、月子に舐めてもらったっ「うああああああああーーーーーー!!」
最後は、桂の絶叫に重なったが、
・ ・・白夜叉、
いくら拙者でも・・・今の晋助にそんなこと言えるはずもないでござるよ・・・
独占欲の強い方でござるな・・・やれやれ
そして、スナックお登勢を今日も後にした。