>>424 余談 一回目の訪問
スナックお登勢に、立ち寄ったのは、金曜日の8時くらいだったろうか。
金曜の、ここは込んでいる。カウンター一席しか開いていない。
そこへ、猫耳のなにやら不思議な女に案内される。
裏から、美しい女がやってきて、どうぞ、と、水とおしぼりをくれた。
瞬間、拙者の顔を確認して、あからさまに嫌な顔をする。
変わらない、いつも通りの、“月子”だった。
で、「ご注文は」と言った。
「ビールをお願いするでござる」
後ろに行って、なにやら猫耳女に耳打ちする。
それから、桂がビールをつぎに来ることもなく、猫耳女が拙者の前に来ては世話をやいた。
あちこちで、
「月子ちゃ??ん、こっちもう一本」などと、声がする。
月子は、この店で大人気だ。
もっとも、前と違って、今は人妻。子供の母親。それをみんな知っている。
だから、色を求めてと言うより、美と癒しを求めてきている客ばかり。
それを知っているから、白夜叉も、お登勢も、毎週金曜だけはこの月子をピンチヒッターとして狩りだしている。
(そういえば、家賃代の代わりなのかもしれぬ。金は渡したはずなのだが・・・)などと思っていると、ビールがカラになった。
「月子殿、拙者にもう一本同じものを」
といって、わざと月子を指名する。
「はーい」と返事はしたが、持ってきたのは猫耳だ。
らちがあかない。
「ちょっと、月子殿を呼んでくださらんか」
「ナニイッテル。月子はニンキモノダヨ。ムリね」
「チップを渡すでござるから」と、懐にいくらかやれば、
「マッテロネ」と、月子のところへ行く。
あれが有名なこそ泥キャサリンか・・・
月子となにやら言い合って、困った顔をしながら月子がやってくる。
「なんだ」
むっとしている。
「拙者は客でござる。もっと愛想良くしないと、経営に響くでござるよ」と言えば、
「・・・関わるなと言ったのはそちらの方だ」という。
以前、温泉であった時のことを話しているのだろう。
「まあ、それはそれ。今日はちと、相談がござって参った次第」
「?なんだ?」
「以前の温泉にて、主と交わした秘密の約束があったでござろう」
言えば、すぐにぴんと来たか、
「!!!貴様、まさか・・・!!」
「いやいや、拙者、約束は何があっても守る男。晋助には一言も言っていないでござるよ」
「そ、そうか・・・」あからさまに安堵のため息をつく。
「その、秘密だが、やはり、拙者の思ってたとおりだったのであろうか」
う??ん、と桂は悩むそぶりを見せたが、
「それも秘密のうち。誰にも言わないでござるよ」と言えば、
こくり、と、頷いた。やはり。
「その結果が、“月子”殿ご健在の理由でござろうか」
周りをちらっと見て、月子が
「そうだ」と言った。ああ、産むことにしたのだ。
「それが、晋助に連絡をとらない理由でござろうか」
「・・・そうだ」きっと、晋助が良からぬ事をしてくると警戒している。
「連絡しようとしまいと、遅かれ速かれ晋助は真実を知るであろう。無駄だとは思わぬか」
「・・・俺はもう、奴に連絡を取る気はない」
はあ、と、ため息をついた。なかなか頑固な御仁だ。
「少しは、晋助を信頼して欲しいでござるよ。・・・連絡が無くて、ひどく落ち込んで。見ていてかわいそうでござる」と、人情に訴えれば、
「そんな訳あるか。俺をだまそうと思っても無駄だぞ、あの男とは俺の方がつき合いが長い。そんな男ではない!」と、ぴしゃりと言った。
その剣幕が、月子にしては珍しかったのか、店の客が、一瞬、シンとなる。
若干の険悪な雰囲気に、お登勢が近寄ってくる。
「なんだい、客とケンカかい」
「いや、この男、・・・。もう帰るそうです。お勘定を・・・」
オイオイオイオイ!!!
「さっき、一本追加で頼んだビールをまだ飲んでおらぬ」
「なんだい、何があったのか言ってみな」
この方は、さすが四天王。分かる人だ。
「拙者、月子殿のご子息・松之助殿の実の父親の部下で河上と申す。今日は、あの人の使いではなく、個人的に月子殿にお願いに参った次第」
「なんだい?」
「あの人に、連絡を取って頂きたい」
ああ、そういうこと・・・と、煙を吐きながらお登勢は以外にもあっさり言った。
「あの男が、焦る面、さぞかし愉快だろうねえ」などと、楽しそうに笑っている。
「ご存じなのか?」意外!拙者だけでなく、驚いて月子もお登勢を見る。
「いやね・・・まあ、話さないでおこうと思ってたんだけど」と、月子を見る。
「松坊が入院した時、あたしが病院に行ったら、病室にいたんだよ、あの男が。高杉と言ったか、あんた達は気付いてなかったようだけど。
よく寝てて。少し、茶をしながら話をした」
ふうーーと、煙を吐く。まるで、そのときを思い出すかのようだ。
「ありゃ、危険な男だね。底がみえやしない。・・・でもね、私はあの男、意地っ張りなただの男にも見えたねえ。
あんたや松坊を大切に思う気持ちは、本物だと思ったがね。最近、あんたが連絡を取ってないようだから、心配はしていたが。
何も言わずにってんなら高杉って男の方も、焦っているはずさね。河上さんとやらが不安でここに来るくらいには」
なんと!さすが、四天王のお登勢!拙者の言いたいことを全て代弁してくれたでござる!
と、喜んだのも束の間。・・・
「いやいや、お登勢殿。お言葉を返すようで悪いが、奴は、そんな優しい者ではありません。人の心につけ込んで、その心を利用する輩。
病院に来たのも、何か計画の一環で、松之助には死なれたら困る利用価値があったのかもしれぬ・・・そして、この子にも」そう言って、桂は腹をさする。
「何をするか、わからん男だ。関わり合いになりたくない」
「月子・・・」
「あの人は、そんなことしないでござるよ」・・・多分。確信はないけれど。
「わからぬ!知らぬうちに奴の駒にされるのはごめんだ。この子も、あの子も」
そう思っていたでござるか。・・・なんとも伝わってないでござるな。男同士で、幼なじみ。過ごした時間の長さが帰ってあだになったようだ。
晋助の愛情は、この人に全く通じていない。どう言ったら、分かってもらえるのだろうか。
「あの人は、どうでも良いと思った者と、お茶を飲んで話をするような方ではござらん。お登勢殿とそうしたのは、あの人なりに、筋を通そうと思ったからに違いない」
「そうだねえ。月子、あんたも聞いただろ。あいつは、天の衣を一生隠したいと言っていた。あんたを、ホントは誰にも渡したくないという気持ちがあるんだよ」
「・・・・」
「松坊を心配してなかったら、わざわざ危険を冒して病院に行くかい?追われる身なんだろ、高杉という男は。あんたもか」と、挑むような眼差しで見る。
ああ、このお方は知っている。晋助の正体も、拙者達のしていることも。
ありがたいことだ。その上で、こう言ってくれている。
「しかし、しかし・・・」
桂はまだもごもごと言っている。
「入院費だって、くれたじゃないか。馬鹿みたいな金額だけど」
「あっ」と、突然桂が思いついたように言った。
「万斎殿。例の、あの金、持って帰ってもらえないだろうか。前、温泉でお会いした時は、銀時が居て・・・その、奴には内緒にしているものだから。
頼めなかったが、今日、持っていってくれると助かる。いくらなんでも、多すぎる。持っているのも怖い」
金、ときいて、キャサリンがキラーーーン、と目を光らせた。
ああ、なるほど。事情は分かり申したが。
「せっかくもらったもの故、定期にでもすればいいのに」
「だから、銀時にみつかったら大変なのだと言っている!」
「良くわかりもうさんが、いらぬといわば、あい分かった。ただ、今日は何分ちょっと・・・どうにも飲みに来ているだけなので、
あんな重いものを背負ってこの夜道、いくら難でも危険すぎる故・・・あとで、使いを出しますよ。それでよろしいか」こくりと頷く桂。
「あ、正直に言うと、その・・・十両だけ使わせてもらったのだ。すまない」
「だから、全然構わないと言ってるでござる。あれは、不器用なあの人なりの愛情故」
「愛などと!」突然桂が声を上げた。
「あやつがこの俺や松之助に愛情などあるものか!」
・ ・・と、なにやら貌を紅くして、
「いつぞやの娘にしたように、あやつの気まぐれや戯れに起きたことだ・・・それか、利用するためにしたことだろう。愛情など、あるはずもない!!」
ええええ?何この人。ここまで言って、この鈍さ。お手上げでござるよ??。お登勢殿も、すっかりあきれ顔だ。
「いくらなんでも、どの女に対しても一千両もの金額をぽんと渡す人ではござらんよ。ご自分が特別とは思わぬのか?」
「特別・・・それは特別だろうな。俺は他の女よりは利用価値が高い。何しろ、春雨に売って契約を結ぶ手だてに出来たり、将軍に売って身代金をせしめるほどにはな!!」
あいたたた・・・・本当に、お手上げでござるよ・・・天然というか、鈍いというか、石頭というか・・・
まあ、晋助の今までが今までだから、何ともフォローしようがない。
「月子、いい加減にしな。あんただって、気になるんだろ、あの男のこと」
「っ!気になど!大体、俺は、あいつが、高杉は嫌いなんだ!」
動揺したのか、赤くなる桂。
「だ・・大体、こないだの娘のように、あいつは女を道具としてしか見ていないのだ。そこも許せない。・・・あ、あのようなこと、・・どうせ、口の上手い奴のこと。
その気にさせるなんてたわいないのだ・・・誠実さのかけらもない・・・」
この間の娘に、やけにこだわるでござるな。・・・さては、桂・・・
「こないだの娘さんなら、ちゃんと晋助は責任を取り申した。そんないい加減な男ではござらん」
「は・・・・っ。責任を取ったとは・・・奴が、・・ついに所帯を持ったのか??!!」
「へ??!!」
桂????!!おぬしは何処までくそ真面目なんだ!なんでそこで結婚っ!!
「あ、いやいや。ちゃんと部屋に招いてお詫びをしたでござるよ。おおかた、最後までしてやったのではござらんか」
「っ!!!!!それで、そのままか!!!ますます最低な男だな!!!!!!」真っ赤で、なおかつ涙目の桂。興奮しすぎだ。あちゃ。何かまずいこと言ってしまったか。
「月子、男ってモンは、そう言うもんさ。多少そう言う甲斐性がないと」
「!!そんなことはない!お登勢殿、俺は誠実だ!!」
「何言ってンの。あんたは女でしょ」
「・・・」と、そのとき
「チョットォォ????、そこのヘッドフォンの人ォ??。人の奥さん何泣かしてくれてんの??」
白夜叉が入ってきた。