「気安く呼ぶんじゃねえよ」
瞬間、ものすごい殺気を感じた。その殺気だけで殺されてしまいそうだ。さすがのお登勢も息をのむ。身動きひとつとる事が出来ない。
「だから止めろと言ったんだ。けったいな名前付けやがって・・・」
ギリ、と、心がきしむ音がした。
「他人が気安く呼んでいい名前じゃねえ・・・」
はき出された言葉が、血を吐くようで、
この男の、闇が見えた気がした。この男の闇は深い。深くて深くて、こっちまで吸い込まれそうだ。
「なんだい、いきなり・・・」それを言うのが精一杯だった。
男は、いくらか殺気をゆるめ、だが、剣呑な目をして、お登勢を見据える。
「あんたは、この町、長いんだろう。あんたの青春を過ごした頃、ここはどうだった?こんなイカレた場所だったか?今のこの世界、あんたはどう思う?」
「・・・そうさねえ。すっかり過わっちまった。でも、それはそれで仕方がないと思っているよ。あたしらは、与えられたところでどう生きていくかを考えるだけだからね」
男は、フン、と鼻で笑った。
「まだ、この国だって捨てたモンじゃないよ。奇麗なものも残っているんだ」
「そうかい。だが、どっちにしても、この国は腐ってく。汚らしい侵略者どもが、この国を腐らせていく。だったらよぉ。いっそのこと、
腐りきる前にぶっつぶした方が良いと思わねえか?あんたの言う、まだ、美しいものが残っている、そのうちに」
「・・・・」
ああ、と思った。ああ、この男は、本物の攘夷志士だ。そこらの上辺だけの攘夷志士ではない。そして、危険な思考を持っている。
答えに詰まるお登勢に、フッと笑うと、煙管を口にくわえる。
言葉の凄みと真逆に、この男の仕草は優雅だ。魅せられる。
茶を飲む仕草も流れるようだ。その二の腕に刀傷が数本見れる。きっと、身体にも同じような傷があるだろう。片目を包帯で覆っているのもそうかもしれない。
それは、激しい戦地を思い浮かばせた。
そして、きっと傷があるのは、身体だけじゃない。心にももっと深い傷がある。