「一体、何を考えてんだい、あんた」
「クク・・・そんなに知りたきゃ、俺の考えていることを教えてやろう。俺は今、一体何処に本物の火鼠の皮衣があるのかと思っていたところだ」
「なんだって?」
お登勢は怪訝な顔をする。
「俺には偽物しか用意できねえ。あったとしても、探す気もねえ。だから、俺たちは共に居ることができねえ、とそういういう理由(わけ)だ」
「阿部御主人かい。そんなの理由にならないよ。電話でえらい熱い愛の告白してたじゃないの。・・・月には返さないって、あれがあんたの本心なんだろ」
「へえ、なんだ、あんたも聞いていたのか。館内一斉放送でもかかったのかあ。趣味のわりいスナックだな」
にやりと笑う。
数回、会話を交わしただけだが、底の見えない男だとお登勢は思う。
つかみ所が無いというか、人の心をはぐらかすのが上手い。きっと、ふれられたくないことがあるのだろうが、その本体の鱗片さえ見せてはくれない。
「松坊のことは、どうすんだい」
「ガキのことは、銀時が面倒見るだろ」
「あんた、それでも父親かい。たまには顔見せに来たって良いんだよ」
「あいつは、そんなこと望んじゃいねえ・・・俺に会うことなど、望んじゃいめえよ」
「気安く呼ぶんじゃねえよ」
瞬間、ものすごい殺気を感じた。その殺気だけで殺されてしまいそうだ。さすがのお登勢も息をのむ。身動きひとつとる事が出来ない。
「だから止めろと言ったんだ。けったいな名前付けやがって・・・」
ギリ、と、心がきしむ音がした。
「他人が気安く呼んでいい名前じゃねえ・・・」
はき出された言葉が、血を吐くようで、
この男の、闇が見えた気がした。この男の闇は深い。深くて深くて、こっちまで吸い込まれそうだ。
「なんだい、いきなり・・・」それを言うのが精一杯だった。
男は、いくらか殺気をゆるめ、だが、剣呑な目をして、お登勢を見据える。