>>324 余談4 ムンプス
(松之助生後4ヶ月くらい)
久しぶりに、携帯にあいつから電話が来た。
とはいえ、少しばかりタイミングが悪い。
「どうした?」
出てみれば、いつになく焦った様子で、
「あ・・・すまない。ちょっと困ったことになって」
「なんだい」
「松之助が・・・おたふくで入院することになった。それで、あの・・・申し訳ないのだが、少し入院費用を借りれないかと思って。必ず返すから・・・」と言う。
「返さなくてもかまわねえが・・・大丈夫なのか」
「ああ、一応大江戸中央病院に入院することになった。もういかねばならんので。・・・ぁ・・・申し訳ないが、万屋にではなく、スナックお登勢宛に金を送ってもらえると、助かる」
「分かった。あとで使いをやらあ」
おたふくってなんだ?良く病状を聞こうとしたが、後ろから声を掛けられる。
「晋助、そろそろ時間でござる」
「ああ、今行く」と言えば、聞こえたのだろう、電話の桂も、
「なんだ、また何か企んでいるのか?・・・まあいい、今はそれ何処ではないので、ああ、タクシーを待たせているので、じゃあ、すまないが、頼んだぞ」
と言って電話を切った。
「乾族がお待ちかねでござる」
「待たせとけ・・・、なあ万斎」
「なんでござろう」
「おたふくってなんの病気だ」
「は?」
「死ぬのか?」やけに深刻そうに聞いてくる高杉に、驚きを隠せない。
ああ、この人も、人の親か。万斎は思う。
「大丈夫でござろう。流行病のひとつ。子供は大抵かかるものゆえ」
と言えば、安心したように、会合へ向かう。この人、知らないと言うことは、かかったことがないのか・・・
****
大江戸中央病院、小児病棟。
面会に来たことを看護婦に伝えると、名前をかけという。
病院と言うところは、妙にこの包帯も違和感がないようで、不審がられずにすんだ。
一瞬悩んだが、“坂田 銀時”とサインした。続柄欄には“父“と書く。
「ああ、松之助くんのお父さんですね」といって、病室を教えてくれた。
病室に行くと、“坂田 松之助”と、名札がかかっている。・・・坂田・・当然だ。
入院してから何日か経っているせいで疲れからか、そのベッドには、イスに座ったままねている桂がいた。
空いているイスに腰掛けて、じっと子供の顔を見る。子供も、よく眠っている。顔が紅く、腫れていて、なるほど、“おたふく”とはよく言ったものだと思う。
小さな顔が、痛々しい。
「ひでえ顔してやがる」
ベッドの脇に、先程なにやら適当な店で買った適当な土産をそっと置く。
桂が気づく気配がない。
「・・・相当疲れてんな」
そっと、その顔にかかった髪をすくい上げ、顔を見る。
久しぶりだ。・・・化粧っけが無いのに、白く、美しい。
いつものように、紅い簪で結い上げている。
引き抜いてしまいたいが、起こしたくはない。
仕方なく、そっと髪をなでた。
それにしても、・・・先程から視線を感じる。
やっかいなことになる前に、出て行こうと思った。そうしたら、
病室の入り口で、妙なババアに呼び止められた。
お登勢が、面会に来た時、面会表に“坂田 銀時”と書いてあった。おかしいねえ。
今日銀時が来れないから、代わりに着替え持っていってくれって頼まれてきたのに。
病室まで来ると、松之助のベッドの脇に、一人の見慣れぬ男が座っている。いかにも、浪人、と言った風情の着物と、頭にはけがをしたのか包帯を巻いている。
一瞬、何処かの病室の男が来たのかと思ったが、どうも雰囲気がそうでもない。
じっと心配そうに子供の様子をうかがって、なにやら土産を側に置くと、月子の髪を触り出す。そのしぐさが、何とも言えず優しく、いとおしそうにみえた。
さも、大切なものを扱うかのような、その雰囲気・・・ああ、この男が、例の男かと、長年の勘で分かった。
あの、警戒心の強い月子が起きないのもその所為だ。
あの子は、こんなに無防備に他人がいて眠れる女じゃない。
親しい仲だからこその、優しい時間。
だが、長くは続かず、
その男がすっと立ち上がり、こちらに来た。
その男の顔・・・一目見たら忘れられない。
光る、隻眼。
これは危険だ。だが、ひるまない。
「ちょいと、待ちな」
気づいたら、呼び止めていた。
「あんただろ、松之助の父親は」
「誰だ、てめえ」
じろりと睨む。ああ、なんて目をするんだ。まるで獣だよ。
「スナックお登勢のお登勢だよ。あんたの電話、時々つないでいるんだ、覚えときな」
と言えば、興味なさそうに
「あぁ」
そのまま去っていってしまいそうだ。
「銀時の名前まで語って。いつまでそうやってこそこそしているつもりだい。一生名乗らないつもりなのかい」
「あんたには、関係ないだろ」剣呑な空気を醸し出す。
「月子のことで、ちょっと話したいんだけどねえ。時間をくれないかい」
「はあ?」
「いいだろ、たまにはババアの話も聞いておくのも。あんたにとっても悪くはないと思うがねえ」
そうしたら、フン、と軽く笑った。だが、以外にも、
「少しだけならつき合ってやらあ・・・世話になっているようだしな」
と、病室の子供をちらりと見た。あら分かってんじゃないの。
きっとこれから言われることもこの男は分かってる。
二人は、病院の喫茶室に入った。
「あんた、仕事は何をしてんだい。どうも堅気じゃないようだねえ。・・・あんたのことを月子がよく高杉と呼んでいたが、確か、有名な攘夷志士にもそんな名前の奴が居たっけね」
「バアさんよ、もうちっと長生きしたいなら、余計なこと言わねえほうがいいぜ」
瞬間、察知した。この男、間違いなく、高杉晋助。本人だ。で、あれば、やはり危険だ。そして、この話は、これ以上はしない方が良いだろう。
しかし、お登勢もだてに歌舞伎町四天王ではない。キッと、高杉を見据えて切り出した。
「あんた、一体、月子のことどうおもってんだい」
「・・・人様に言う事じゃねえなぁ」
今度は、のんきに茶を飲みながら、はぐらかす。べえと舌を出して、「まずい茶だ」と言う。
「あんた、あの子に惚れてるんだろ。恋仲だった女に、そんなことも伝えずに子供だけ残しちゃあ、気持ちの整理が突かないんだよ」
「恋仲ねえ・・・確かにガキが出来たのは和姦だが、そんな甘い関係じゃねえよ、俺たちは。あいつは、目が覚めたら俺をぶっ殺しに来るという。それを俺は楽しみにしてる」
「はあ?一体どういう了見だい」話が見えない。
ククク・・・ただ嗤う。
「一体、何を考えてんだい、あんた」
「クク・・・そんなに知りたきゃ、俺の考えていることを教えてやろう。俺は今、一体何処に本物の火鼠の皮衣があるのかと思っていたところだ」
「なんだって?」
お登勢は怪訝な顔をする。
「俺には偽物しか用意できねえ。あったとしても、探す気もねえ。だから、俺たちは共に居ることができねえ、とそういういう理由(わけ)だ」
「阿部御主人かい。そんなの理由にならないよ。電話でえらい熱い愛の告白してたじゃないの。・・・月には返さないって、あれがあんたの本心なんだろ」
「へえ、なんだ、あんたも聞いていたのか。館内一斉放送でもかかったのかあ。趣味のわりいスナックだな」
にやりと笑う。
数回、会話を交わしただけだが、底の見えない男だとお登勢は思う。
つかみ所が無いというか、人の心をはぐらかすのが上手い。きっと、ふれられたくないことがあるのだろうが、その本体の鱗片さえ見せてはくれない。
「松坊のことは、どうすんだい」
「ガキのことは、銀時が面倒見るだろ」
「あんた、それでも父親かい。たまには顔見せに来たって良いんだよ」
「あいつは、そんなこと望んじゃいねえ・・・俺に会うことなど、望んじゃいめえよ」
「気安く呼ぶんじゃねえよ」
瞬間、ものすごい殺気を感じた。その殺気だけで殺されてしまいそうだ。さすがのお登勢も息をのむ。身動きひとつとる事が出来ない。
「だから止めろと言ったんだ。けったいな名前付けやがって・・・」
ギリ、と、心がきしむ音がした。
「他人が気安く呼んでいい名前じゃねえ・・・」
はき出された言葉が、血を吐くようで、
この男の、闇が見えた気がした。この男の闇は深い。深くて深くて、こっちまで吸い込まれそうだ。
「なんだい、いきなり・・・」それを言うのが精一杯だった。
男は、いくらか殺気をゆるめ、だが、剣呑な目をして、お登勢を見据える。