6.5 夫婦の絆
(桂視点)
さっきから、隣の夫が、なにやらぶつぶつ独り言を言っている。
たまに、“高杉は”・・・というような単語が聞こえるが、話の内容は分からない。ただ、
何事か考えてはこちらを見ている気配がする。
さすがに、見かねて
「何をさっきからぶつぶつ言っているのだ、うるさい」
声をかけると、あからさまにびくっとなって驚いた。
「貞子か!!!お前は!!」
「貞子ではない、桂だ」
「今は坂田でしょ」
「あ、そうだった、坂田だ。あほではない。」
「アホは余計だ、ボケ!!」
失礼な奴だ。
「言いたいことがあるなら、俺にはっきり言え。ぶつぶつ文句を言われながら俺の顔を見られるのは耐えられん」といえば。むっつりとした顔で。
「じゃあさ、言わせて頂きますけど、」
何を言うかと思ったら、「高杉と何発やったの?」
はあああ?????
気づいたら、奴の頭を思いっきり殴っていた。
「てめ????、言えって言ったのてめえだろうが!!この借りは、男になったら倍返しだかんな!!いや、十倍返しだな!!!」
「ああ、男になったら好きなだけ殴りかかってこい。返り討ちにしてくれるわ。大体、貴様は無粋なことをづけづけと・・・」
「だってさあ。気になるじゃん。夫としては」
なんだそれは!!!!形ばかりの夫婦であるのは百も承知だろう。そのために自分の生活を犠牲にしてくれたお前には感謝しているが・・・それは、これとどういう関係があるのだ!!!!
「そんな回数が知りたくて、文句をたれていたのか・・・仕方のない奴だ。そんなの聞いてどうする」
「気になるって言っただけです??。別にどうするもこうするも」などと言う銀時。お前の考えることはイマイチわからん。
そんなことくらいでお前が眠れないほど悩んでいるようにも思えないが、言えば納得するんだろうか。おとなしく寝てくれるのだろうか。
・・・そんな数など正直覚えていないが・・・
「いち、にい、さん・・・」
応えるからには、正確な情報でないとだめだ。記憶を頼りに、思い出してみる。と、
「はっ、ちょ、辞めて辞めて辞めて!!!いい、そんなん知らなくて良いから!!お願い、辞めて!!!」とあわてて止める。
「なんだ、貴様が教えろと言ったのではないか」その勝手さに、おもわずむっとする。
「しかし、お前相手に・・・高杉もすごいね!尊敬しちゃう!ある意味クララが立つよりすごいことだよ、これは!!」
はあああ????何なのだ、こいつは。
「さっきから、やたら高杉、高杉と・・・お前は、一体何を言いたいんだ」
自分でも、同感だったのか、銀時は引きつった笑いを浮かべて応えない。
「文句がないなら、もう寝ろ」
布団をかぶり直して寝ようと思う。
そしたら、
「まてい!!」
俺の布団にやつが滑り込んできた。
「何なのだ、一体」自分の後ろにいる銀時を振り向きもせず、とがめる。と、急に後ろから抱きしめられた。で、奴特有の、すねたような、甘えたような声を出す。
「確かめさせて」
「何を?」
「・・・夫婦の絆?」
「はあ??」
絆?
って、疑問系なのも良くわからん。
なんだか、密着したところが熱い。
しばしの沈黙の後、奴が
「俺も、クララが立つ気持ち、分かったかも」と言った。
「だから、クララっていったい何のはなしだああああ!!!」
後ろから、ぎこちなく服を脱がせてきた。
ええええ??どういうことだ。
クララの話はどうした。
それとこれは関係あるのか?
思考が奴の行動についていけない。
言いたいことは山ほどあるのに。聞きたいことも山ほどあるのに。
いざ、言葉に出来ない。
でも、今までのことを考えると、
俺は抵抗できる立場じゃないと思った。
それどころか、
おそるおそる上を向かせて俺をのぞき込んでくる、お前のその顔がおかしくて。
自然と笑顔になる。
抵抗しないでいると、あっさり全部脱がされた。
だが、俺ばかりこんな姿で、恥ずかしいというのに、
どうしたわけか、俺の上に跨ってきて、じろじろ見るばかりで何をするわけでもない。
ああ、銀時、
そうか、お前は迷っているんだな。
進むか、引くか。
選択を誤ったら、どうなるか分からない。
お前は昔から、計算で動くことがない。
いわゆる勘のようなもので、行動を決める。
だが、その決断は、無鉄砲なわけではない。そして、おおよそ間違いはない。
だから、俺はその背に自分の背を預けた。
お前は、自分の命も、他人の命も平等に大切にする奴だから。
俺にも、高杉にもない、
何も犠牲にすることを望まない、お前のそんなところが好きなんだ。
そのうち、そっと触れてきては、俺の反応を伺う事を繰り返す。
一体何処まで、
何処までだったらいいの?
そう言っているかのようだ。
お前には分からないのか?
もう、何処までだって俺は良いんだ。
お前が決めてくれ。
この関係を変えるのか、そうじゃないのか。
選択権はお前にある。拒否権は俺にはない。
長い沈黙だった。
いつも軽口を叩く奴が、全く言葉を発しない。
ただただ、俺の身体をなぞるだけ。
そんなに戸惑うなら、迷うなら、辞めればいい。
この関係を、壊すのが怖いのは俺とて同じだ。
俺だって、もう、何かおかしな感情を抱え込む余裕が正直言って、ない。
だから、
「銀時」やめにしようか、と。
けれど、
そのとき、こいつがやけにきらめいた目をしてやんわり口づけてきた。
別に不慣れな訳じゃないのだろうが、
遠慮がちな仕草に何とも言えない気持ちになる。
俺ごときに、気を遣わなくても良いのに。
そしたら、
「・・・いい?」
久しぶりに、聞いた様な気がする、その声。
お前は、最後の最後に、承諾を得る。
おれは、頷くしかない。
よく知っているはずの男の、
初めて知った感触。
どうにも、
こいつの孤独、寂しさ、強がり、
さめた心が突き刺さるようで、切ない。苦しい。
そっと、銀時の腕を掴んだ。
数え切れないものを守って、守れずに、傷ついてきた腕だ。
俺と同じ。
身体と一緒にゆれる意識の中で、あの熱を思い出す。
高杉に付けられた火は、やっぱりこの身に燻っている。
銀時、お前は、この火を消してくれるだろうか。
この火が消えない限り、俺は自由になれない。
溶けそうな、快感を感じたとき、
熱い体に、滴がぽたぽた流れ落ちた。
なんだろうと、目を開けて確認したら。
ああ、銀時が泣いている。
こいつは、どんなに苦しくても、哀しくても、痛くても泣いたことがない。
こいつが泣くのは決まって、・・・自分を責めているときだ。
死んでゆく仲間を助けることも出来ず、どうにもならない歯がゆさを感じたときに、
声も出さずに泣いていた。
こんな風に。
だから、気づくと、俺も泣いていた。
銀時が、それを見て笑ったように見えた。
くすぐったい気持ちになる。
ああ、もしも、俺がお前を少しでも癒せるのなら、
それがうれしい。
お前は一人じゃない。
案外、これは幸せという感覚なのかもしれない。
翌日。
いつもの時間に、目が覚めた。
と、驚くほど身近に奴の寝息を感じた。
こいつ・・・はずかしげもなく、腕枕なんぞしおって・・・!
こっちが照れる。
起きあがり、男の自分の腕より、筋肉の着いたたくましい腕を見る。
なんかむかつく。
寝汚いこいつはほっといて、
さっと、着替えて、いつものように食事の支度に向かった。
二人を起こして、
「おはよう」いつもと変わらず、挨拶する。
「あ??新聞・・・」と、銀時が取りに行く前に、渡す。「ど??も」と、言って受け取ったやつと、ふと、目があった。
昨日の、こいつの泣き顔を思い出す。
え????気まずい。見るな!照れる!!
あいつの顔が赤くなってると言うことは、俺もきっと紅いのだろう。
「おはようございま??す!」と新八君が入ってきて、ほっとする。
いつもの日常が始まった。
*** 数日後 ***
困った。
どうしても、腑に落ちないことがある。
ヅラと何度か身体を重ねて思ったが、奴はなんでか声ひとつあげない。
・・・まあ、いろいろ気を遣ってくれているのだろうが、
ちょっとというか、だいぶ男としては寂しいものがあるだろう。
あいつに対してもそうだったのか?
それとも、おれじゃあ、その程度なの?
なんだかたまらなく問いつめたくなったが、そんなの俺のプライドが許さない。
まあ良い、今日は、
鳴かぬなら、鳴かせて見せよう・・・*** ですよ。
「ヅラァ・・・覚悟しろよ、」
・・・
だが、しかし。今日もまた、桂の声を聞くことは出来なかった。
あ??あ。
なんか男として敗北した気分だ。たまらない。
寝間着を整えた桂は、うとうとと俺の腕の中でまどろむ。
このまま、いつもは無言でねるくせに、この日ばかりは、なにやら俺に抗議してきた。
「お前は、しつこい・・・・」
ぼそっと言って、そのまま寝てしまう。
はあああああ?????
ちょ、ちょっと・・・まって!!!
「ちょっと、それどー言う意味??!!誰と比べたの??今!!ねえ!!ねえええ???」
慌ててヅラに詰め寄れば、
ドカ!!っと、ふすまが外れて、神楽が
「うるさいアル!!!!」と寝ぼけ眼で怒ってとんできた。
ぎゃあああ!!!心臓が飛び出すかと思ったよ、銀さん!!死んだらお前のせいだからな!!化けて出るからなぁ!!神楽!!
外れたふすまをなおしながら、心で悪態を付くのが精一杯だ。
桂も、あれから一言も話さない。
あ??これから先は、神楽ちゃんがいない時じゃないとダメだなあなどと考えたりして。
・・・生活は、続いていく。
***数ヶ月後***
子供が生まれて、三ヶ月くらい経った頃だろうか。
桂が買い物から帰ってきてから少し様子がおかしい。
松之助を預かりながら、
「どうした?」と聞けば、
「なにも?」と応える。
俺の腕の中で、松坊が暴れる。
「そういや、出かけるとき、髪結ってなかったっけ?」
どうでも良いことなのに、妙にそのときは気になった。
「風が強くてな」妙といえば、こいつも妙だ。
「何かあったろ」俺の追求に、観念したのか口を割った。
「・・・高杉に」