「何なのだ、一体」自分の後ろにいる俺に振り向きもせず、うんざりしたような声を出す。その細い身体を、初めて抱きしめた。何とも言えない匂いがする。
「確かめさせて」
「何を?」
「・・・夫婦の絆?」
「はあ??」
いや、実際。
こいつの布団に入った俺は、やばかった。
自分でも信じられないと思う。
でも、これが真実だ。
なんでこんなに高杉のことが気になったのか。
なんでこいつに腹立たしさを感じていたのか。
こんな俺もいたってことなんか知りたくもねえ。
なのに、その半面、ものすごく知りたいんだ、お前のこと。
馬鹿正直で、くそ真面目で、電波野郎なのに、
まっすぐな魂を持つ、自己犠牲型の理想家。
昔からひとつも変わってない強い意志と、生き様。
それでいて、なんだか支えてないと倒れちゃうんじゃないのと思うくらい華奢で。儚げで。それなのに、一人でいろんな事全部抱え込む。
俺も高杉も知ってた気の抜き方を、こいつは知らない。いつも走り続けている。
いつか、倒れちまうんじゃないの?っておもってた。
もっと、周りに頼って良いのに。
そんな不器用さが、女になっても変わらなくて、なんだか妙に感心してしまう。
こんな女が本当にいたら、たまらないよなあ。
「俺も、クララが立つ気持ち、分かったかも」
「だから、クララっていったい何のはなしだああああ!!!」
桂は、仕方ないと思ったんだろう。
それとも、お詫びにとでも思ったのだろうか。驚くほどまったく抵抗しなかった。
どころか、なんだかうっすらと笑ったような気がする。なんだか、これって。
(本当の夫婦みたいじゃないか?)
桂の裸を初めて目の当たりにして、沸騰しそうになる意識の中で、前に進もうか、やっぱりよすか、巡回する。
こんなに迷ったことは生まれて今までないって言うくらい。
何度も、その白い身体を指や唇でなぞる。細くて、壊れそうな女の身体。触れて、その感触を確かめる。反応を見逃さない。
途中で、あの片目のニヤリ顔がちらついた。男だったときの桂の顔も浮かぶ。子供の頃のあいつらや、あの人の顔だって。
少し離れたところに神楽だっているし、ストーカー忍者もいないとは限らない。
こんなに、今まで頭の中がゴチャゴチャになったことなんかないってくらいに、いろんな事が頭を巡る。何してんだろう、俺、というさめた自分もいて。
でも、それを、全部ひっくるめても、
なんだかこの腕の中の細いからだが大切なもののように見えて、
ああ、何でこいつの身体知ってるの俺だけじゃないんだろうなんて訳の分からない嫉妬まであって、たどり着く結論はいつも同じ。
やっぱり、こいつとつながりを持ちたいと思う。
そして、この頭が沸騰しそうなほどの熱が、一体どこから来るのかも確かめたい。
だけど、俺はどうしてもここから先に進めない。
どうしても、あと一歩が踏み出せないでいる。
口づけすら、戸惑って出来ないでいる。
今まで築いてきた、何か。関係?絆?友情?
何かが壊れてしまいそうで。
それで、壊れた後はきっと元には戻らない。
でも、・・・・それでも。
この先を、知りたくて、知りたくて仕方ない。
どうする、・・・どうしたら?
あいつも、こんな事考えたんだろうか。
多分、長い沈黙の後、桂が儚い声で
「銀時」俺の名を呼んだ。
そのとき、俺は心を決めた。
初めて、その唇に口づける。
でもどうしても、そこから先は、
一人よがりで進みたくない。
いやならいやって言って欲しい。いいなら、いいって確認が欲しい。
だから。
「・・・いい?」と聞いてしまった。こんな状況で、ひどく間抜けだと思ったが。
コクリ、と、桂は頷いた。
ごめん、ずるい俺は、共犯にしてしまった。
ながい困惑の末に、
たどり着いた桂の中は、恐ろしいほどに熱くて、
本当に解けてしまいそう。
それとも、俺がずっと冷たかったから、そう感じるのだろうか。
どうしようもない、熱が引かない。
あいつの熱が伝わって、どんどん体中が熱くなって、本当に沸騰してしまううんじゃないかと思う。
こんな気持ち、初めてで、なんだかよく分からない。
すがるように奴の腕が伸びてきて、俺の腕を掴む。
なんてこった、・・・繋がっているんだな。どこもかしこも。
心までひとつになって、このまま解けてしまえたらいいのに。そうだ、俺を溶かしてくれよ。そして、お前の一部にしてくれよ。
解け合ってひとつの物質になってしまったら、もう、離れることもないんだから。
体中が沸騰して、
ああ、おかしくなってしまいそう。
いや、実際、既に俺はおかしくなってまったかもしれない。
このまま。
こいつと、本当の夫婦になるって言うのも、案外悪くないと考えるほどに。
ああ、きっと、ずっと、俺は家族が欲しかったんだな・・・・と頭の片隅で僅かに思う。
“大切なものは、亡くしてから気づいても遅いんですよ。だから、大切だと思ったら、そのとき、大切にしなくてはいけません”・・・あの人の言葉が浮かぶ。
熱くて、熱くて。
奧にしまいすぎて、凍てついていた心が溶かされていくようだ。
溶けて、溶けて、俺の顎から滴がぽたぽた流れ落ちた。
だからか、桂は、うっすらと目を開けて俺を見た。
その、瞬間
ぼろり、と桂の目からしずくが伝う。
・・・なんだ、俺が流していたのはきっと汗じゃない。
お前と一緒だよ。
それがうれしい。
いや、これが、幸せという感覚なのかもしれない。
翌日。
すでに寝室にあいつの姿はなく、
なんかきっと、怒られるか、嫌みを言われるんだろうな??なんてちょっと気まずい思いをしながら起きると、いつものように桂は既に朝食を作っていて。
いつものように俺と神楽を起こしに来て。
「おはよう」いつもと変わらず、凛とした笑顔を見せた。
一瞬、あれは夢だったのか?と思ってしまうほど、変わらないいつもの光景だった。
なんかちょっと・・・・
少しくらい、照れて俺の顔見れない????!みたいなそぶりがあって欲しいような・・・
俺だって・・・昨日のことを思い出したら、恥ずかしいよ!久しぶりだったから・・・イヤイヤ、そう言うわけでもない(わけでもない)けど、
ちょっと余裕なくて、あんまり、いや相当、かっこわるかったんじゃないかと思う。あいつ相手にかっこつけるのも気持ち悪いが、何か・・・
あの、普段は僕こんなんじゃないんで!!!って、もっとすごいから!!って言ってやりたいくらいだけど。いや、相手が男だった奴なだけに、
なんか男としてのプライドがね・・・・・て。
ああ、ばかばかし。何考えてんだか。
「あ??新聞・・・」と、取りに行こうかと思ったとき、丁度桂が捕ってきてくれて、手渡してくれた。「ど??も」と、
何気なく(本当に何気なく)奴の顔を見たら、ばっちりと目があった。
その瞬間、
なんと、奴の顔が、かあーーーーーっつと、真っ赤になったのだ。
えええええ????どゆこと???!!!
幸い、神楽は定春に気を取られていて見ていなかったようで幸いだった。
よかった。つられて、俺の顔まで紅くなったところ、見られてないだろうなぁ・・・
ああ????高杉君、ごめんなさい。もう、俺、こいつは誰にも渡さないわ。
お前にも絶対渡さない。
残念だったな。あとで、やっぱ大切なんで返してくださいっつっても無理だから。
銀さんは、一度守ると決めたら守るから。お前も知ってると思うけど。
それに、俺は独占欲強いからね。
「おはようございま??す!」と新八が入ってきて、また、桂はいつものやんわりとした笑顔に戻った。
この日、
みんなにとってはいつもの朝かもしれないが、俺にとっては、特別な朝になったんだ。
桂。
もし、俺たちが、水と氷なら。
解け合えなくとも、お前の上に浮かばせて。
そうしたら、半分はお前に包まれて過ごせる。
残りの半分は、俺が俺であること、曲げられない生き方だけど。
半分は、お前と共有できるんだ。
もし、高杉が油だったら。お前とは絶対に混ざり合わない。
俺と混ざり合うこともないだろう。
でも、知ってるか?
水と油と氷を一緒にしたらどうなるか。
水と油の合間に、氷が浮くんだよ。
不思議な関係だよな。
お互い、その形を保ったまま
水、氷、油の順で静止する。混ざらずに。
俺たちは、三人とも相容れない。
誰の生き方にも誰も沿えない。
今回は、神のいたずらか気まぐれか
めちゃくちゃに攪拌されたけど、
少し立てばまた元通り。
おれたちは、それでいい。
それがいい。