>>182 あたらずとも遠からず。こいつは俺のことをそれなりに理解しているのだろう。
「・・・フン」
「紅桜に飲まれたあの男のことも、お前の計算のうちなのだろう。・・・哀れなものだ」
「あれは、奴が望んだことだ」
「そういうもっともらしい理屈付けをするところも嫌いなんだ」
「嫌いなとこばっかりだな」自嘲気味になる。
「昨日は、・・・俺のことも、あやつと同じなのだろうと思った」
「・・・・」なるほどな。だからか・・・。桂の行動に妙に得心がいく。
こいつは、こういう奴だ、昔から。自分の身のことなど何とも思ってはいない。以蔵に斬られたときですら、自分の斬られたことに怒ったのではない。
俺がしようとしていることに怒り、阻止しようとしてきた。大切なものを守るためならば、自分がどうなろうと関係ないのだ。国でも人でも。
目的のために手段を選ばない、という意味では、こいつは俺と似ている。ただ、犠牲にするのが他人であるか、自分自身であるかだけの差だ。
だが、その差は大きい。だから、いつも相容れない。
「貴様はそう言う男だ、昔から。だから、別に怒ってはいないし、責めるつもりもない。だが、なんの目的なのかが釈然としない。俺と身体を合わせることで」
「お前は、相変わらずなんだなぁ、ヅラ」最後まで言い終わる前に、言っていた。
「人はそうそう変わらぬよ・・・狂ってしまう奴もいるようだが」
お前は分かってるようで分かっていねえよ、ヅラ。何でもかんでも計画通り行くわけがねえだろう。他人もそうだが、自分自身さえ。思い通りにならねえことがある。
「男が女に興味を示すのに、理由なんかありゃしねぇだろうが」
「得意の理屈付けか。そんな甘いものではなかったと思うがな」
確かに、和姦じゃねえからな。
「大体そんな理由だとしたら、俺などに手を出さずとも貴様は、昔から女には不自由していないではないか。不思議と女にはもてていたみたいだからな。
貴様のような男の何処が良いのか・・・その危険な感じがうけるのだろうか??俺のような誠実な男の方がよっぽど良いと思うが・・・・」
どうでもいい話をしながら、なにやら考えている様子の桂。
そんなことは承知の上だ。承知の上で事に及んだのだ。それがどういう意味か、お前には分かるめえよ。
俺ですら分かりかねている。お前の言う、戦略の元でしか動かないだろう俺が、なんの考えもなくお前を・・・・ああ、ホントに。この感情は。
「ほんとにな・・・お前は気持ち悪かった」うんざりだ。
独り言のように呟いたのを、ちゃんと桂には聞こえていたらしい。
「そうか?その割には随分良さそうな顔をしていたがな!」と、意気込んで言ってきた。
ああ、勘違いすんじゃねえよ。
「・・・身体(そっち)の話じゃねえ」
桂は、気分を害したのか益々怒りだし、ずかずかと出ていこうとする。
まただ。
無意識に俺は奴の腕を掴んでいる。
「お前はどうなんだ」
「どうって何がだ」
「嫌だったか」
「はあ?なぜそんなことを気にするのだ?俺がどうだったかなんてお前に関係ないだろう」
確かにな。掴んだ腕を放す。ああ、本当に昨日から俺はどうかしている。
「・・・・いいはずないだろうが」ややあって、ぽつりと桂が言った。予想通りの答えだ。
「・・・だろうな・・・」
「・・・・だが」
「・・・・」
「必要ならば、別にかまわん」
「?!」一瞬、耳を疑った。何を言っているんだ、こいつは。
「その代わり、貴様の目的を正直に話せ」
「・・・・お前は」・・・そう言うことか。馬鹿正直でくそ真面目な桂。納得できないから、
あくまでも、理由を付けたいのか。あの行為に。
俺自身ですら付けようのない理由を。
だとしたら、
お前の望み通りにしてやろう。
その理由を知ったとき、お前はなんて顔をするだろうな。
その顔を見るのもまた一興。
そのために、
もう少しつき合ってもらうぜ。理由探しにな。お前が知りたいと言ったんだ。
「後悔、すんなよ」
奴の肩を両手で掴んで、引き寄せる。奴の髪をとめているあの紅い簪を、触るなと言った簪を、思い切り噛んで、抜き落とした。
カチャンと、床に高い音が響いて、桂の長い髪が散らばる。
あの、匂いがした。
「もう少ししたら、教えてやる」
耳元で、低くささやく。奴が小さく身震いするのが分かった。それだけで、俺は簡単に興奮するんだ。桂、お前は知っているのか?
着物の袷をそっと開く。そこには、紅い跡がいくつもあって、滅多にしない自分の愚行にあらためて驚く。
と同時に、妙な熱がこみ上げてきて止まらない。
「そうか・・・正直にはな」
最後まで言わせない。口づける。
驚いたのか、なんなのか、桂は見開いたまま目を閉じない。その不慣れな様子がまたおかしくて、笑みがこぼれる。
この日は、今までのどの女にもしたことがない程に、そっと、丁寧に桂に触れた。
ばかばかしい話だが、昨日の乱暴な行為が自分の全てだと思われたくなかった、
何とも複雑なプライドだったのかもしれない。(同じ男としての沽券に関わるからだ)
桂は終始とまどったような表情を見せたが、存外、感じているのではないだろうか。(そう思いたいだけか)
昨日もそうだが、目を潤ませて、やるせない表情をする割に声の一つも上げないのは、奴のプライドのなせる技か、他の目を気遣ってのことか。
はたまた・・・。
行為に没頭していると、体も心も燃えてしまいそうだ。
体温の低いこいつが、俺の熱を冷ましてくれるかと思ったが、それは逆で高められる。
俺の熱が移ったのか、こいつも燃えるように熱い。熱いくらいの、熱と熱が合わさって、何とも言えない気持ちになる。
どうして、こいつはこんなに心地良いんだろう。
だから、どうにも加減がきかない。
じっとこいつが俺を見る。ああ、それだけで俺はもうとっくに限界を超えている。
今までの癖で、ここで抜けなきゃ行けないと頭で分かっていても、
どうしてもこいつから離れられない。
結局、最後の最後まで、こいつの中に捕らわれる。
そうして、俺が絶頂を迎えた時、極まったのかぽろぽろとまたこいつが泣いた。
たまらず、その身体を抱きしめる。
名残惜しいが、体を離した後、
奴にざっと着物を着せると、煙管片手に窓へ向かった。
どうにも、さめない熱を風に晒して落ち着かせたい。
頭を冷やしたい。明るい月夜に、あいつの肌がやけに白く光る。奇麗だ、と思った。
今宵は満月。
満月は人を狂わせると言うが、じゃあ狂ってしまうのは人だという証か。
寝ているのか、起きているのか、桂は身動きひとつしない。そのうち、
「ずるいやつだ、貴様は・・・」
小さく呟いた。その言葉は、やけに響いた。部屋にも、心にも。
そんなことは、言われなくても知っている。
だが、今、この行為に理由を付けられないのと同じように、
この感情に、名前を付けることは出来ない。
桂よお、どんなにあがいても、混ざり合おうと思っても、俺とお前は所詮水と油。相容れない存在だ。共通点は、液体と言うことだけ。
だとしたら、銀時の奴は、氷だよ。液体じゃないが、水とは融点さえ合えば解け合える。お前らは、そんな関係だ。
ただ、今まで、融点の折り合いが付かなかっただけだろう。
俺と銀時は・・・似ても似つかない。
たとえ俺が凍ったとしても、あいつが解けたとしても、決して混ざり合うことはねえ。
けれど、
きっとお前達も、これから先、混ざり合うことはないと俺は思っている。
なぜなら、水、油、氷。それぞれのその形が、俺たちのありようなのだから。
それぞれの、人生そのものだから。
なにより、俺たちは。
そうでなくては、生きていけない。