>>113 7.託したもの
桂のおなかの子供が臨月に入りそうな頃、
坂本が空から振ってきて、「ヅラ??!解毒薬を持ってきたぜよ!」と自慢げに行っていつものアハハ笑いをした。
坂本に、仕方がないので解毒剤をもらい、変わりに、これを鬼兵隊に届けて欲しいと荷物を渡した。そして、そっと坂本の耳元でなにやらささやくと、
それを言付けて欲しいと言った。銀時には聞こえていない。
それを見て、銀時がわざと大声で言った。
「高杉のとこに行くならさ??。いっといてくれねえ?俺、どうやらお前の弟になりましたって」
ぼかっ!とすかさず夫を殴りつけ、「すまんが、よろしく伝えてくれ」と坂本を見送った。
鬼兵隊は、坂本からの積み荷を受け取っていた。
「ほいから、どうしても、総督に手渡したいもんがあるんじゃあ。どうにか来てもらえんかのう」
との坂本の懇願に、相変わらず煙管片手に高杉がやってきた。万斎も、来島も共に来た。
「これ、桂から。おまんに贈りモンじゃと。」
ずしり、と重い、ことさら立派な一降りの剣だった。
「なんで、桂から・・・????」
不振そうに、その剣と坂本を交互ににらむのは、事情を知らぬ来島だった。
「身代金がわりじゃと。計画失敗で、とりそびれた鬼兵隊への賠償金だそうじゃが」
お見通しという訳か。・・・やはり桂殿は侮れぬ御仁でござる。一体何処までが計画で、何処までが運なのか。計り知れぬお人でござった。
白夜叉同様、あの御仁も美しい音色を奏でるものだ。興味は尽きぬ。と、万斎は思った。
月子の嫁入り事件の一部始終はもちろん全員知っている。今現在、月子が万事屋に嫁に行ったというばかげた茶番も。
「この程度で、賠償とは笑わせる」と高杉は一笑に付したが
「将軍の刀で、“この世が乱れた際にはこれで斬ってかまわん”と言って桂に渡したそうじゃ。今の上様は、なかなか出来たお人よ」坂本の言葉に
ギロリ、と、睨み付けた。が、坂本はアハハそんな怖い顔せんでいいきに。といつもの笑いをしてその場を和ませた。
「桂が、“時にも世にも 乗るも乗らぬも あだしのに揺るる 松の風”と伝えてくれと」
(時代の流れに乗っても逆らっても、きっとあの地には変わらぬ風景があるはずで、あの人(針葉樹)の魂もそこに、季節を問わず永遠にあるのだろう。
だから、事を起こそうが起こすまいが、あの人を取り巻くものは、変わりようがないのだ)
「・・・・」
「確かに伝えたきに!じゃ、わしはいくでの!元気にしとっせな??」とのんきに坂本はきびすを返した。
それから、ああ、そうそう、忘れちょった、と、くるりと高杉を振り返って、
「金時がの??、“どうやら俺はお前の弟になった”って伝えてくれって言っとったぜよ!」
そんだけじゃ、アハハと去っていく坂本に、万斎は苦笑いをしながら高杉をちらりと見た。
珍しく、動揺する高杉の姿があって、
「どういう意味っすか?マジよくわからないっす!何で晋助様の弟に白夜叉が・・・??ずうずうしいっす!ねえ晋助様?」
と、説明を求める来島とのやり取りがやけに面白い。
ここで笑ったらまずいと思いつつも、“白夜叉と兄弟” ・・・ウケる。万斎は肩を揺らした。
8.これからの道
すこしして、男の子が生まれた。
まだ桂が男にもどる気配はないが、「乳が必要なうちはもどれぬ」といかにも桂らしいことを言うので、
そのまま、まだ万事屋にいる。
生まれた子供は、あまり夜泣きもせず、手がかからなかった。周りが冷やかしに来たり、世話をしに来てくれるので助かっている。
お父さんに知らせなくて良いのかな?と銀時は思うが、いやいやいや、何かもうそれ考えると気分悪くなるから辞めようとも思う。
子供が三ヶ月になった頃、桂が息子を胸に抱きながら、買い物に行った。
夕暮れ時。一人の浪人風の男が橋のたもとに立って夕日を眺めている。その風情が、やけに情緒的で、不覚にもじっと見つめてしまった。
男が、こちらに気づいて自分を見る。傘ごしに視線を感じる。
この気配、たたずまい、間違いない。
----高杉。
いつもの派手な着物ではなく、ごく普通のなりだったので一瞬分からなかった。
つっとこちらに近づいて、「よう」と言った。
胸の子に気づき、「奴の子か」と聞く。
なんと返事をしてみようもないのでこたえあぐねていたら、肯定と受け取ったらしい。
「お前さんもずいぶんと趣味が変わったモンだなぁ」と、小馬鹿にしたように言う。その言いぐさにカチンと来たので、
「貴様に言えたことか」と言えば「・・・ちげえねえ」と笑った。
そして、ふと思い出したように言った。
「ガキ産んだ割に、その姿とは、がせだったようだな。」
「解毒剤も持っているのだが、この子に乳もやらねばならぬのでな」
「・・・へえ」
高杉の気配を感じてか、子供がもぞもぞと動くので、奴もそれに注意をやる。
親子というのは、やはり見えぬ絆があるのだろうか。
「男か?名前は・・・」
「松に助けると書いて・・・・松之助(しょうのすけ)だ」
「けったいな名前付けやがって・・・銀太郎とかで十分だろうによ」顔は笑っているのに。
安穏な空気が漂う。一種殺気のようなものを奴から感じる。
つ・・・と、また一歩高杉が静かに近寄ってきた。間合いを計っているかのように。
「そういや、お前さんにはでけえ貸しがあったっけなァ」
完全に奴の間合いに入った。
思わず、腰巻きの短刀を確かめる。奴の渡した刀だ。貴様はこの子供ごと、斬るつもりなのか。自分の子とは気づかずに?
いや、気づいた上で、邪魔な存在を消すつもりか?どちらにせよ、貴様はきっと知らずに殺したことにするのだろうな。それならそれで。
「貸しなど元からない」
「そうかい」
「それに、この子の名前とておかしくなかろう。縁の者から一文字づつ頂いたのだからな」
どうする?高杉。これで言い逃れは出来まいよ。
お前が今消そうとしている命は、間違いなくお前の血を引く者なのだ。
とたん、高杉の殺気が嘘のように消え、変わりに驚きと、とまどいを感じた。