「〜〜〜〜っっ、あついぃぃぃ〜〜〜〜!!」
ある日の休日、ログハウスに少女の叫び声が響いた。
金髪の眩しい少女が、ネグリジェ一枚の格好で乱暴にうちわを動かして風を送っている。
しかし暑くよどんだ空気をかきまぜるだけで、一向に涼しくなる気配はない。
「マスター、今の絶叫で体感温度が0,3℃上昇しました」
無機質な声の、少女に向けてそよそよとうちわを動かしながらツッコミを入れる。
「〜〜っ、判ってる! 判ってるけどな、叫びでもしないとやっとれんのだ!!」
「…更に0,2℃上昇しました」
「いちいち報告せんでもいい!」
麻帆良にも夏が来た。
アスファルトの上に蜃気楼が揺らぐほどの、猛暑としか表現のしようがない暑さ。
重奏で響くセミの声が暑さを倍加させる。
──そして暑さは人間をへばらせるだけには留まらず、吸血鬼をも降参に追い込んでいた。
汗だくになりながら叫んでいる少女の名前は、エヴァンジェリン.A.K.マクダウェル。
『闇の福音』と恐れられた真祖の吸血鬼。
現在は「登校地獄」の呪いのためにその魔力を著しく押さえ込まれ、中学生活を余儀なくされている。
真祖に就き従う、薄緑色の長い髪をして耳にアンテナを付けたどこか無機質な少女。
30℃を軽く超えた暑さの中でも、汗一つかかずにエヴァンジェリンの世話をしている。
それもそのはず、彼女はメカであるからだ。
魔法と科学で造られた「魔法使いの従者」絡繰茶々丸である。
その二人が互いにうちわを持って扇いでいる状況というのは、なかなかにシュールな絵面であった。
と、再びエヴァンジェリンがわめきだす。
「だあぁっ、もう!!
エアコンは壊れるわ、修理させようかと思えば葉加瀬は外出中だわ、
水道の水は暑いわ、買い置きのアイスとジュースもなくなるわ、
魔法で氷精呼ぼうにも魔力が底をついてるわ、別荘はメンテ中で使えんわっ!」
一息に、現在の状況をまくしたてた。
「なんとかしろっ、茶々丸!」
「──申し訳ありません。麻帆良学園内の清涼飲料水、並びに氷菓はすべて売り切れ。
プールは関東一圏が芋洗い状態となっています」
「〜〜っっ…!!」
ままならない現実にばたばたと暴れるが、やがて暑さに耐えかねて、
ぼふ…
とソファに倒れ込む。
着ているシースルー気味のネグリジェも、汗で大分透けてしまっていた。
「……あ、暑い…………」
もはや、動く気力も残っていないようだ。