(わわわ……こっちジーッと見てるよ──。これもホレ薬の効果なの──)
はいと返事したにも関わらず、のどかはどくどころか逆に顔を寄せてくる。
のどかはさらに顔を近づけるため、床に突っ張っていた右手のひじを曲げ、左手をネギの頭を抱えるように、彼の後頭部にまわした。
のどかの顔がさらに近付き、その長い前髪がネギの額に触れた。
(わわわ)
ネギは慌てて叫ぶ。
「み、宮崎さんダメですよ。先生と生徒がこういうことしちゃいけないってお姉ちゃんが……」
のどかはそれを聞いて、ピタっと止まった。どこか虚ろな声で言う。
「は、はい……そうですね──…」
ネギが安心したのも束の間、ほんの少しの間をあけて
「………ゴメンなさいです……」
と再びネギの唇に迫った。
(言ってることとやってることがちがぁーう!?)
その時、ネギの声にならない叫びに応えるように、
ドッゴォォン!!
大型ハンマーで大地を叩いたような、重い音が図書室中に響いた。ブックエンドがカタカタと揺れ、列の端に立っていた本が何冊か、ぱたりと倒れる。
さすがにびっくりしたのか、ネギだけでなくのどかも音のした方──図書室の入口を見た。
しかしそれで終わりだった。
世界最大の蔵書数を誇る図書館島を持つこの学園は、書物を一冊たりとも失われてはならない重要な文化財として位置づけている。図書館島に比して質・量ともにはるかに劣るとはいえ、この図書室も大抵の災害に耐えられるよう頑丈に作られているのだ。
ネギたちは知るよしもないが、扉の外では明日菜が右足を抱えて痛みをこらえるためにぴょんぴょん片足で跳ねまわっている。
(一体何が……)
そうネギが思った時、彼の唇に、柔らかく、暖かいものが触れた。
隙を見てついにネギの唇を奪ったのどかは、驚き慌てるネギを抑え付けたままキスを続ける。
単なるキスに留まらず、舌を出して唇や前歯を舐めまわすという、とても普段ののどかからは想像できない扇情的なことまでやってのける。
ホレ薬はただ相手に恋心を抱かせるだけではなく、性的に大胆に、積極的にする効果があるようだ。そうでなければ、そもそものどかが相手の制止を無視して口付けを強要するはずがない。
ネギが何か言おうとした瞬間を狙い、のどかは舌を進めた。すぐさまネギの小さな舌を捕らえる。
反射的に逃げようとするネギの舌を追って深く侵入し、舌同士をからませる。
ちゅっちゅっと音を立ててネギの唾液を吸い飲んだかと思うと、とろとろと舌を伝わせてネギの口に自分の唾液を送りこむ。
いつも本ばかり読んでいて世間知らずな印象のあるのどかだか、よく考えてみればベッドシーンが平気で出てくる一般小説など無数にあり、中にはそれを濃厚に描写している本もある。実践が伴っていないだけで、性に関する知識は実はクラスでも先頭集団を走っているのだ。
清純そうな美少女と唾液の交換をするという快楽に、ネギは芽生えたばかりの性欲に溺れそうになる。
しかし、性欲に首まで浸かったネギを引っ張りあげるように、姉の言葉が彼の頭に大きく鳴り響いた。
『先生と生徒がそういう関係になっちゃいけませんよ』
最愛の姉の言葉に必死でしがみつき、理性を総動員して暴れるネギ。
しかし、四六時中大量の本を持ち歩いているのどかは意外に力が強く、簡単に押さえ込まれてしまう。魔法を使って筋力を強化することもできるが、ネギ自身が未熟なためうまく制御できず、のどかを怪我させてしまう恐れがあるためそれはできない。
それでもバタバタともがいていると、急にのどかの力が抜けた。
見れば、のどかは体を起こしてネギを抑え付けるのを止め、散乱した本の中、正座を崩したようないわゆる『女の子座り』で座っている。
突然のことに眉を潜めながらネギは上体を起こす。
(ホレ薬の効果が切れたのかな……)
確かめるために表情を見たかったが、前髪で目の辺りはすっぽり隠れてしまって何もうかがえない。