エヴァが舌打ちをして木乃香に近づく。刹那が悲鳴に近い声を上げて木乃香に迫る。楓は訳が
分からないままその場に立ち尽くしていた。
三人の目の前で、半分になったハルナのカードが爆発するような光を放った。
従者の召喚は失敗した。
しかし、命令は送り込まれた。
滅せよ。処刑せよ。沈黙させよ。排除せよ。滅殺せよ。全殺せよ。
エヴァンジェリン、茶々丸、長瀬楓、近衛家、関東魔法協会。
敵を滅ぼせ。討て。焼け。崩せ。壊せ。切れ。解け。
そして、せっちゃんと二人きりの楽園を、天国を、夢を、世界を―――
主人の最後の命令を、
実行せよ………………
破滅をもたらす命令と渾身の力を遠方のハルナに送り、木乃香は満面の笑みで力尽きて倒れ
た。エヴァと刹那は背筋に寒いものを感じて立ち尽くす。サウザンドマスターを超える魔力を持っ
た近衛の姫は、呪いに近い執念で、麻帆良を壊滅へ導いていくレールを敷いたのである。
「…………! どうして! どうして!」
刹那がよろめきながら涙目で、楓に掴みかかった。刹那の顔には、木乃香の凶行を止められな
かった自責の念と、楓の行動を非難する感情、そして何よりも、傀儡と化してしまった自分への情
けなさが入り乱れていおり、やり場のない怒りを楓にぶつけているようにも見えた。
「せ、拙者は、ただ……うぐうっ!」
楓の言い分を無視して、刹那は大声で呪文を唱え始めた。陰陽術系の呪文である。楓の胸に手
を置いて、一気に力を送り込んで楓を吹き飛ばした。
「………身体能力を封じる呪いだ。一時間ほどで解ける」尻餅を付いた楓を、鬼のような形相で見
下ろして刹那は言った。「貴女にはしばらく、ここで「闇の福音」を見張っていてもらう」
刹那は次にエヴァの方を向いて、楓を指差しながら言った。
「エヴァンジェリンさん……いや、闇の福音。貴女にはしばらく、ここで、この危険人物である甲賀
の忍びを見張っていてもらう。嫌と言うなら斬り捨てる」
エヴァと楓は無言だったが、刹那はそれを肯定と解釈した。
「今から私はお嬢様の心の中に入り、その中に巣食った魔から直接お嬢様を助け出します」
木乃香浄化の準備をする刹那、体力はまだ残っているようである。
「おい、近衛木乃香の従者はどう始末をつける気だ?」
「……できる事から、先に解決していきましょう。今の我々に、従者を止める手段はない」
エヴァの質問に、刹那は無愛想な口調で答えた。その間にも呪符を作り、木乃香の心に侵入す
る準備を整える。木乃香の額に呪符を貼りながら、刹那はふと思い出したように言った。
「あ、そうだ。エヴァ……闇の福音、貴女に伝えておきたい事が一つある」
刹那が語った事、それは事件勃発の原因となった、あの―――