「さあ、お祭りの開始だよ―――!」
人を狂わす歌が広がる。兵隊が増える。武器が撒かれる。黒い本を持った一団は、壊れたテー
プレコーダのようにリストの名前を繰り返し唱えながら前進する。群衆が武器を構える。銃器に剣
に魔法アイテム。ピコピコハンマを持った桜子と、釘バットを持った円が群衆を率いる。歌う美砂。
木乃香の傍に付くのどか。
「もうちょっと味方を補強しとこうか」
ハルナが次に創り出したのは、巨大な蜘蛛だった。式神術の教本に載っていた「鬼蜘蛛」と呼ば
れる式神である。固いボディに8つの黒い目、強力な牙に脚力、糸を吐く能力を持った怪物。何十
も量産されたその怪物の軍勢は、群衆の軍勢を守るように先行して敵を探す。
「みょおおぉぉぉぉ―――――」
蜘蛛たちに混じって、潰れた大福のようなフォルムに白魔術師のローブを纏った、アニメキャラ
のようなデザインの木乃香が現れる。手にはトンカチ、数メートルの巨躯、常に木乃香の身を守る
オレンジ色の着物の姿をした「護鬼」と対をなす、接近戦用の「善鬼」である。
道路の向こうから黒い車が数台やってきた。近衛家の車である。流石に騒ぎに気付いて急いで
やって来たらしいが、1000を超える武装した奴隷と式神の軍勢に立ち向かうにはあまりに儚い。
「せっちゃん、ちょっと予定より早いけれど、いよいよ始めるえ」
軍勢を坂の上から見下ろす木乃香が、刹那にそっと声をかけた。
「うん。始めよう。このちゃん」
無邪気な笑みを浮かべる刹那。
「『メテオ(小)』」
ハルナが放った隕石がミサイルのように車群に向けて飛び、大爆発と共に車を舞い上げる。
学園都市を火の海に変え、住民を兵隊に変え、近衛の姫と関東魔法協会の戦争が始まる。
その時、眩い光が群衆の前で炸裂した。あまりの眩しさに桜子と円が悲鳴を上げて後退する。群
衆も突然前が見えなくなった事に戸惑いながらも、じりじりと前線を下げ始めた。代わりに木乃香
の善鬼や鬼蜘蛛の大群が光源に押し寄せていく。しかし式神たちは、光に近づくと蒸発するように
消えてしまった。
周囲に満ち満ちた闇を裂くように、その人物は軍勢の前に現れた。
「ああ………そ、そんな………」
木乃香がその人物を見て驚愕する。自分の目で見ている情報を信じられない、訳が分からない
といった表情である。木乃香の横の刹那が、怯えた顔で木乃香のオレンジの着物を掴んだ。
「せ、せっちゃんが、二人……?」
軍勢の前に現れたもう一人の桜咲刹那は、木乃香を見てにっこりと微笑んだ。しかし軍勢が押し
寄せてくるのを見て表情を一変させ、鋭い目で敵を威圧しながら持っていた剣を前に構える。
ぴしぴしぴし、と音が聞こえてくる。
周囲に満ちた夜が、炎上する麻帆良学園都市の光景が、
まるでガラスのようにヒビが入り、
地平線からガラガラと崩壊していく。
闇の世界が、壊れていく。
偽物の世界が、消えていく。
「だ、誰だお前ぇ! こ、このちゃん騙されちゃダメ、あれは偽物だよおお!」
木乃香の横の刹那が木乃香の袖を掴んで、必死の顔で喚き散らした。
「私が誰か? 古来より人を救い魔を討つ秘剣―――神鳴流見習い、桜咲刹那!」
突然現れた刹那は剣先を、軍勢の中の木乃香ともう一人の刹那に向けて、よく通る声で言った。
「遅れて申し訳ありません、このかお嬢様。今、闇からお救いいたします!」