その時、ブツン! と美砂の歌声が突然止まった。
生徒たちの動きには精彩がなくなり、ネギを羽交い締めにしていた手の力が緩む。地上の生徒たちも、目的を無くしたようにバラバラな行動をし始めていた。
「何か分かんねーけど、今がチャンスだ兄貴!」
「う、うん!」
ネギは力を振り絞って杖を飛ばし、そのまま美砂の兵隊の包囲を破って逃げていった。
「あの生徒たちの翼、ハルナたちが飛ぶのに使ったのと同じモノ……。ふーむ、存在し得ないアイテムを創造し、それを量産する能力―――思ったより厄介でござるな」
深く茂った樹の枝葉に隠れながら、黒装束の少女は穏やかな、しかし鋭い光を宿した目を開く。
「放送設備は使用禁止に設定したけど、それで良かったのか?」
携帯から聞こえてくる女声に、黒装束は満足げに肯定の返事を返した。
歌声が消えると、群がっていた生徒たちは統率を失って虚ろな目で徘徊し始めた。歌がなければ「怪しい者に遭遇すれば阻止せよ」程度の命令しか受けていないのだろうか?
しゅた、と黒装束の少女が地上に降り立ち、そのまま統制を失った生徒たちに襲いかかる。
矢や魔法銃が発射されるが命中しなかった。黒装束は闇の中で16人になり、生徒たちを幻惑しながら一人、また一人と敵の数を減らしていく。
しかし、圧倒的な黒装束の少女の胸中では、ある思いが大きくなっていた。
――――身体が、あの時のように動かない
黒装束の少女は以前、女子寮で吸血鬼になった事があった。
身体はあの時の感覚を鮮明に覚えている。肉体は羽のように軽くなり、力は身体中に満ち溢れてコンクリも簡単に砕け、ヘリを易々と落とせたあの感覚を―――
もっとも力は朝には失われてしまい、少女も最初はそれが良い事だと信じて疑わなかった。少女にとって力とは、修行を積み重ねて手に入れるものであり、魔法に頼るなどしてはならないという答えに至る。
しかしあれから数日、木乃香たちの動きを探る過程で少女は、強力な魔法の力を見せつけられてしまった。
人を操る力、心を読む力、創造する力……それらは普通に修行するだけでは到達できない場所にある力だった。
きっかけは何か分からない。いざという時は双子などを守らなければならないので、力が欲しかったのか―――それとも単に、さらに強くなりたかったのか。
ただ、まるでコインが回転するように、いつの間にか気持ちは裏返った。
全滅した生徒がそこら中に転がっている。
黒装束の少女はゆっくりと携帯を取り出すと、再び通話ボタンを押した。
「もう終ったのか? 早いな」
「千雨、お主に一つ問う」
「……え?」
「お主、魔法の力を欲しくないでござるか―――?」
黒装束の少女はぞっとするような低い声で、携帯の向こうにそう伝えた。
それは両者間で無意識の内にタブーになっていた問いかけだった。