☆魔法先生ネギま!☆212時間目

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「ふん、神楽坂明日菜か」
 しかしエヴァは冷めた目でその招かざる客人を眺めて、薄っすらと微笑んだ。
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック! 奴を打ち倒せ!」
 亜子はびくりと震えると、跳ねるように立ちあがった。
 そしてビデオの一時停止画像のように静止し、軋む音が聞こえてくるようなぎこちない動作で明日菜の方を向く。
「え、な、何!?」
 戸惑いの表情を浮かべる明日菜の視界から、次の瞬間に亜子が消えた。


「従者としての初仕事だ。意識は残してやるから有難く思え―――」
「―――!?」
 時間にして一秒も経っていなかった。
 亜子はまるで短距離走の選手のような、否、人間離れした爆発的な加速をし、20メートルはあった距離を飛び越えるように縮める。
「!?」
 明日菜がワンテンポ遅れて反応した。
 亜子は弾丸のように明日菜に突撃しながら、身体を捻り、軸足を踏み込ませる。シュートの動作。ソックスが摩擦で黒く焦げる。
「身体が勝手に動いてまう……明日菜、ごめん、ごめん……ちゃんと避けてえっ!」
 明日菜が回避の動作を始めた時、亜子の利き足は限界まで後方に溜められ、そして発射された。


 びゅん―――っ!


「うひゃあっ!?」
 明日菜が倒れるように回避した数センチ上を、亜子の渾身のボレーが掠めていく。明日菜の髪の毛が数本、風圧で切断されて舞い上がった。
「やべえ! そいつ吸血鬼化してるぜ姐さん!」
 カモの声が聞こえたが、なぜか姿は見えない。隠れてしまったらしい。
 ボールに対するボレーシュート、人間に対して行えば蹴りである。
 亜子は蹴りの勢いを維持したままドア(が設置されていた場所)の横のコンクリ壁をそのまま駆け上がり、刹那に静止する。
 勢いと重力が相殺された一瞬に軸を回転、上下をUターンし、壁を蹴って弾け飛ぶように宙を舞った。
「くっ――っ! 危ないっ!」


 ボコォン!


 ボレーの回避から体勢を立て直せなかった明日菜が、転がりながら横に逃げる。そこに亜子のかかとが叩き込まれた。
 一連の動作に耐え切れず、ソックスは既に焼失していた。裸足になった亜子のかかとは、コンクリ製の屋上に深くめり込んでいる。
 蜘蛛の巣のような罅が生じた。鈍い音と衝撃が明日菜にも伝わる。亜子はコンクリから乱暴に脚を引き抜いた。無傷である。
 それを見た明日菜の顔が蒼白になった。ギャクだとしても最早笑えない。
「に、人間業じゃねぇ……」
 カモの声だが、姿はない。
「いやああああああああああああああ、ウチの身体ぁ、どうなってもうたん―――!?」
 唇の端から牙を見せながら、悲痛な亜子の声が木霊する。従者化した彼女の身体は、既にエヴァの操り人形と化していた。
830名無しさんの次レスにご期待下さい:2007/09/01(土) 14:42:46 ID:KAmJwbiB0
 しかし明日菜にとってみれば、それは大した問題ではない。問題はあまりに亜子の性格及び言動と釣り合っていない、亜子の身体能力と攻撃の破壊力である。
(ガードしたら……絶対、折れるよねぇ……)
 ドアを蹴破った経験は明日菜にもあったが、流石にコンクリートを粉砕するような蹴りを受けとめる気にはなれなかった。
「ほう、我が魔力の庇護を得ているとは言え、なかなか有能な従者だ。元々身体能力は高かったのか―――?」
 エヴァが亜子と明日菜の攻防を見物し、嘲笑うように言った。
「ちょ、ちょっと、待ってよ!」
 蹴破ったドアを盾のように亜子に向け、明日菜は興奮した心臓を落ち着かせようとする。
 亜子はしかし、そのまま脚を振り上げて助走無しにドアを、正確にはリーチの関係でドアの直前の空間を蹴った。


 ぱきん。


 ドアは風圧で切断された。綺麗な断面で斜めに、真っ二つになったドアを見て、明日菜は無思考に陥った。
「あ、あああ―――」
 もう明日菜は、どうすることもできなかった。
「明日菜ぁ! 諦めやんといてぇ―――っ!」
 亜子が悲鳴を上げながら、明日菜に蹴りを放った。
 明日菜が咄嗟に、半分になったドアを盾にする。次の瞬間ドアは粉砕された。


 ドアはクッションの代わりにならない事はなかった。
 しかし衝撃は抑え切れず、身体をくの字に曲げて明日菜は吹っ飛び、コンクリの上をごろごろ転がっていった。
「く、はぁ………あ……あ……あ、ぁ………」
 全身を砕かれるような衝撃に貫かれ、明日菜の意識は混濁していた。
 口内には血の味が広がり、呼吸が苦しい。何が何だか分からない。
 内蔵には痺れるような痛みが染み付いて、身体は軋んで自由に動かなかった。
 苦しそうな声を漏らしながら立ち上がろうとする。しかし、身体を支え起こそうとする腕は、枯れ枝が折れるようにそのまま力尽きた。
 ぐったりとその場に横たわった明日菜の唇の端から、赤い血が伝い落ちる。
(なに、これ………わた、し、どうなった、の……?)
 魔法使い、しかも真祖の従者を相手にするのは、普段のいいんちょとの喧嘩とは次元が違っていた。
 第三者からどう見られようが、それは喧嘩ではなく戦闘だった。
 明日菜の視界に、涙目で自分を見下ろす亜子の姿があった。
(いけない……に、逃げなきゃ―――)
 殺される。
 それが従者である亜子と対決した、明日菜の結論だった。
 亜子の蹴りを、腕で受ければ腕が折れるだろう。足で受ければ足が折れるだろう。直撃すれば身体が壊れるだろう。
「い、いや……止めて……」
 明日菜を動かしたのは、単純な恐怖だった。動かない腕を必死に動かして、明日菜は這うように亜子から離れていく。
 背中や髪の毛がコンクリに擦れる。一歩一歩近づいてくる亜子から、ずりずりと絶望的に遅いスピードで明日菜は逃げる。
 亜子の脚が180度の角度をなして星空を指した。かかと落としをするつもりらしい。
「き、きゃああああああああ―――」
 明日菜が悲鳴を上げて目を閉じる。
「明日菜逃げてぇ―――!」
 亜子も悲痛な叫び声を上げて目を閉じた。