顔を上げた彼女はいつもの他人が近づきがたい無表情に戻っていた。先ほどまでの
幸福感に満ちた表情は消え去り穏やかな春から凍てついた冬に戻った。
「おう、やっと来たか。ちょっと遅刻じゃぞ」
「申し訳ありません。マスターには言って聞かせたのですが」
主人に代わって茶々丸が学園長に謝罪の言葉を口にする。エヴァンジェリンは反省
する様子もなく他人事の様に傍観している。そのまま来客用のソファーに腰掛ける。こ
のソファーは海外の高級品で座りごこちがなかなかいい。
学園長室は飾り気がない。学園長が使っている机と椅子は質素なものだが、応接用の
テーブルやソファーは良い物を使っている。客を大切にするというのが彼の信念だ。
「気にすることないぞい、さっきまで急用の客が来てな。時間通りに来てたら待たせてしまったわ」
ここに来てから結構な年数が経つがこの学園長は始めてあった時とまったく変わら
ない。風流な格好と個性的な髪型をしている。俗に言う弁髪のようなものだ。
学園長はカラカラと笑った後に、コホンを咳払いをしこう切り出した。
「実はな・・・今年もメルディアナから研修生が来る」
メルディアナと麻帆良学園は姉妹校の関係にある。メルディアナの単語を聞いてエヴ
ァンジェリンはわずかに眉をひそめる。研修生が来るのは別に珍しいことではない。だ
が、わざわざ自分を呼び寄せ直に言うのだから何かあるのかと疑う。
「それで?」
極力、動揺を見せないように注意する。学園長もエヴァンジェリンに気を使いながら
話を続ける、あまり良くないニュースのようだ。
「先方は先生をやらせてくれと言ってきおった」
「教師を?」
先の展開が読めてくる。おそらくその研修生とやらを自分のクラスにあててくるつもりなのだ
ろう、と、適当に予想を立ててみる。応接用のテーブルには高級感のある茶器とポットが置い
てあるので、茶々丸に茶を作らせる。和菓子のセットもあったが手をつけないでおく。
「その研修生とやらの間に問題を起こすなってことだろ?で、どんな奴なんだ」
無理矢理言葉を吐き出す。別に自分の所に来たって構わない。別に関わる気は無いし、面
倒ごとも起こす気はない。だが、どんな人物かは気になる。
嫌な予感が頭から離れない。
学園長は渋い顔をした後に、腕を組み天井を見つめた。言いたづらいのか「ウーン」と
唸っている。意を決したのか姿勢を正し宣告する。