月曜の朝。私は駆け足でこちらへやって来る乃梨子に、軽く手を振りながら
挨拶をした。
「ごきげんよう、乃梨子」
「ごきげんよう、志摩子さん。今日も寒いね」
二人にはもう馴染みの場所となったお聖堂の前で、私たちは待ち合わせをしていた。
部活の朝練の生徒でさえもまだ登校していないような早朝だったが、時間を告げると
乃梨子はすぐに頷いてくれた。
あの土曜の夜。身体を重ねた後そのまましばらく眠っていた乃梨子は、目が
覚めると少しの間ばつが悪そうにしていた。しかしそれも次の日の朝を迎えると、
すぐにいつもと同じ明るさを取り戻してくれた。
そして今。
乃梨子の瞳は以前と同じ光を放っていた。私を照らしてくれる、あの光を。
あの夜のことがきっかけになって、乃梨子は少しずつ自分の心を受け入れようと
し始めたように、私には見えた。
乃梨子の涙を見るのはあれで二回目だった。
一度目は、今では二人にとって忘れられない思い出となった、あのマリア祭の時。
あの時も、そして今回も、乃梨子が泣くのは私のためだった。
「最近、本当に寒くなってきたわね。風邪を引かないように気をつけないと」
「そうだね。でも志摩子さんが風邪引いたら、今度は私がお見舞いに行ってあげるから」
「それは嬉しいわね。……でも、なるべく引かないように気を付けるわ」
それもちょっと残念だなぁと笑いながら言う乃梨子に、私は安らぎを感じた。
乃梨子のおかげで私は強くなれた。私は乃梨子に何ができるのだろう。
笑顔を取り戻した乃梨子の顔を見ながら、私はそんなことを考えていた。
(乃梨子ももう少し、私に甘えてくれてもいいのよ)
人に甘えることなど滅多にしなさそうな乃梨子にそう言ったら、怒られるだろうか。
いや……きっと、乃梨子は照れてしまうだろう。
「どうしたの、志摩子さん?」
「なんでもないわ」
「そう?でも、なんだか楽しそう」
不思議そうな表情で尋ねる乃梨子。自分でも気付かぬうちに、頬が緩んでいたらしい。
でも乃梨子が私に甘えてくれるとしたら、どんな感じなのだろう。
そう思った私の心に、はにかむようにして頬を染める乃梨子の顔が浮かんだ。
その想像は朝の冷たい空気に冷えた身体とは反対に、私の気持ちを暖かく和ませた。
乃梨子はぱっと見ではそっけない。愛想が悪いように見えることすらある。しかし
あれで案外、人の心を気遣うのだ。
「朝のお聖堂もいいね」
そう言いながらお聖堂の扉を開けようとした乃梨子の腕を、そっと取る。乃梨子は
一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに察したように真剣な眼差しを返してきた。
そして私たちは身体を寄せ合い、そっと互いにもたれるようにしてキスをした。
これからも、互いに支え合いながら歩いていけますように――。
寒空の下で優しく唇を重ねながら、強く抱きしめられる。
私は支え合える相手が側にいてくれることに確かな幸せを感じて、大切なその人を
柔らかに抱きしめ返した。