「ごめんなさい、急に押しかけちゃって。なんだか……顔が見たくなって」
顔が見たいも何もない。つい先ほど別れたばかりではないか。
玄関先に出てきた志摩子の姿を目の前にしてやっと、乃梨子には自分の行動を
冷静に振り返る余裕が出てきていた。
バス停で志摩子と別れた後、乃梨子は自分のマンションへ帰るために駅へと
歩き出した。しかし足を一歩踏み出すごとに、その足取りは乃梨子の暗い気持ちを
反映するかのように確実に重くなっていった。
そして悶々とした気持ちを抱えながら電車に揺られ、自分の家の最寄駅のホームに
降り立った瞬間、乃梨子は自分の気持ちを抑えられなくなったのだった。
今日は土曜。週明けの月曜に学校で会うまで待っていられない。
家に帰ったら志摩子に電話をして、明日の日曜に会いに行けばいいのだ。そう理性は
告げていた。
しかし気が付いた時には電車に飛び乗り、乃梨子の身体は志摩子の家へと向かっていた。
少しでもいいから自分のこの気持ちを、今すぐに志摩子に会って伝えておくべきだと
思ったのだ。
「月曜まで待てなくて」
「いつだって、来たい時に来ていいのよ」
放課後別れたばかりのはずの乃梨子の突然の訪問に、志摩子もさすがに驚いたようだ。
しかし勢いでやって来たものの、玄関先で居心地悪そうにしている乃梨子を励ます
ように、志摩子は優しく言葉をかけた。
部屋へ行きましょう、と言う志摩子の後に続いてひんやりとした廊下を歩く。
もうすっかり暗くなったこんな時間に押しかけるのは、どう考えても失礼にあたる。
家の人になんて挨拶をしようと慌てて考え出したが、大きな家は他に誰もいないかの
ようにひっそりと静まり返っていた。
そして志摩子の部屋へと通されると、どうしても今すぐに会って話したかった気持ち
とは裏腹に、乃梨子は何から切り出していいのか分からず動揺した。
「お茶は、後でいいわよね」
「うん……」
何の用も無くいきなりやって来たのでないことは、やはり志摩子にも分かっているの
だろう。乃梨子の心配をよそに、部屋に入るとすぐに志摩子が立ったまま話を切り出した。
「乃梨子、最近時々辛そうな顔をしているわ。今日も少し、おかしかったように
思うのだけど」
やはり悟られていた――。
自分の心の内を無防備に表面に出さない自信はあったのだが。しかしよくよく考えて
みれば、志摩子が悩みを抱えている時は、たとえ何も言われなくても乃梨子にも分かる
自信があるのだ。