いつものもやもやではなく、急に具体的な欲求を伴って心に浮かび上がってきた
その衝動。乃梨子は自分の心に驚き、冷や水を浴びせられたような気持ちになり、
密かに身震いをした。
椅子の上で不自然に身じろぎをし、慌てて自分の心を押さえ込もうとする。
今抱きしめることなんて、できはしないのだ。熱心に祈りを捧げている志摩子の邪魔を
してしまうことになる。そう、そんなことはしたくはない。でも……。
志摩子のことを抱きしめたい気持ちと、そうはできない気持ちとが混ざり合って、
乃梨子の心の中は訳も分からず複雑だった。
どうしてこんな気持ちになったのだろう。志摩子のことを見ているだけで、確かに
幸せなのに。でも自分も同じ心を共有できたら、同じように隣に並ぶことができたら……。
そうしたら、もっと多くの幸せを感じられるのかもしれない。
(好きな人と同じ行動をしてなくちゃ気がすまない人って、いるよね)
自分もそうなのだろうか……。いや、自分はそんな性格ではなかったはずだ。
少なくとも今までは、そんなことを思ったことなどありはしなかった。
そう、今までは……。
どうやっても入り込むことができない志摩子の心の領域。確かに存在しているその
部分に、少しでいいから自分も踏み込みたいと思っているのだ。
そう思い当たった瞬間、乃梨子はそんな感情を抱いてしまった自分のことが悲しくなった。
「乃梨子?」
「えっ?」
名前を呼ばれ、ふと気付いて顔を上げると、祈りを終えたらしい志摩子が自分の前に
立っていた。どうやら考え事に没頭してしまっていたらしい。志摩子は不思議そうに、
乃梨子の顔を覗き込んでいる。