シンデレラの衣装も手芸部からあがってきた、文化祭の準備も大詰めのある日。
支倉令は自身の役どころである「貴公子」の着替えに大いにてこずっていた。
(ネクタイってどう結ぶんだっけ……)
昨日初めて結んだときは、お姉さまがくれた説明図を見ながら落ち着いてやったからできたんだけど。
ど忘れというか、なんというか。一度左右の手順が頭のなかでこんがらがった途端、
ネジが抜けたかのように全くわからなくなってしまった。
今日の舞台練習が始まる時間まで後少しで、準備する暇がそんなにないことが混乱に拍車をかける。
「あら、まだ準備できてなかったの?」
わやわやと輪っかを作ったりそのなかに通したり、試行錯誤をしているとお姉さまが楽屋に入ってきた。
藁をも掴みたく猫の手も借りたいところに現れた、ある意味仏さまより頼りになる人物。
「あ!お姉さま、ネクタイの結び方がわからなくなってしまって……」
渡りに船と助けを乞う。
「もう、仕方ないわねえ……貸してごらんなさい」
「はい……」
少し気恥ずかしいが、みんなを待たせるわけにもいかない。
令は顎をそらすと、ついと喉を押し出すようにした。
「綺麗な首筋ね」
お姉さまは妖艶さを感じさせる微笑みを浮かべながら、顔を近づけてくる。
目の前に光る髪がある。いい匂いがする。
こらえきれず少し視線を落とすと整った眉と長い睫が瞬きに動くのが見えた。瞳は真剣にネクタイを見ている。
盗み見るように更に視線を落とす。
鎖骨と、白い胸元。真上から見下ろしているぶん、いつもより露出が大きい。
「おかしいわね。うまくできないわ」
そう呟いて、さらに前かがみになるお姉さま。
セーラーカラーの襟元がたわんで、白い下着と双丘のなだらかな稜線が垣間見えた。
「……!」
いけないものを見てしまった気がして、あわてて視線を天井に戻す。
頬が紅潮してしまっているのが、自分でもわかった。
「お、お姉さま、まだですか……?」
「うーん……」
「実は私も他人のを前から結ぶのって初めてなのよね。どうもうまくいかないわ。
後ろにまわれば自分で結ぶようにできると思うから、そうするわね」
「あ、はい」
私はそのときに気付くべきだった。
お姉さまが珍しく楽しそうに笑っていたことに。