「これも駄目、ぱっとしない、だめ、だめ、あ〜〜! 全部、ボツ!」
島津由乃はいらいらしていた。
怒りに任せて写真を放り出し、これまた怒りに任せてせんべいをバリバリと噛み砕く。
外は快晴。窓からの秋の陽だまりの中で、何を怒っているのか…。
「ちょっと由乃、止めなよ。借り物の写真でしょ」
一緒に写真を見ていた支倉令がかき集める。
とんとんと端をそろえると一枚一枚ぱらぱらとめくった。
「由乃さん、蔦子さんが、『これ以上写真を痛めるならもう貸したくない』っていってたよ」
令さまの傍から写真を一緒に覗きこみながら、福沢祐巳が釘を刺した。
由乃はそれも気に入らないらしく、ぷーっとふくれる。
放課後の薔薇の館。ここ連日三人は早めに集まって極秘会議を開いていた。
議題は『期限が押し迫った黄薔薇のつぼみ妹選考』。
前黄薔薇、鳥居江利子と交わした約束の期限まで3週間足らず。
お掃除と剣道部の部活の間でのわずかな時間を利用して開かれる会議、
しかしそれはまったく実を結ぶ気配がない。
「あーーーっ、もう! 何で学園祭でも何にもないのよ!」
一通りこなした秋の行事。しかしそれらは由乃にとって出会いのチャンスとはならなかった。
「そう言ったって、祥子のときみたいなこと、そうそう起こるわけないでしょ」
令が”一年桜組”と書かれた封筒から別の写真の束を取り出しながら言う。
「こうなったら私も一年生のタイを直して歩こうかな」
由乃が祐巳をちらりと見つめて言った。
「やだなあ由乃さん」
去年のことを思い出した祐巳が百面相をはじめたのを見て由乃はますます不機嫌になった。
「ごきげんよう…またやってるんですか」
そこに一年生の二条乃梨子ちゃんがビスケット扉を押し開きながら入ってきた。
今日も空転気味の会議を見て半眼で言う。
机に伏せて大きくため息をついた由乃は乃梨子を横目で見て訊いた。
「乃梨子ちゃん、一年生に活きの良いのいない? 二、三人見繕ってつれてきてよ」
もうめちゃくちゃだ。
「由乃、いい加減にしなさい。姉妹ってのはそんなに軽々しくなるもんじゃないの」
そうだそうだ。祐巳も内心うなずいた。自分の妹作りの参考になるかと思ってこの極秘会議に参加しているものの、
まったく進展を見せない上にぶーたれてばかりの由乃さんにはなんだかなあ、って思ってた所なのだ。
「私が一緒にお姉さまに謝ってあげるから。ね、こんなことやめようよ」
「やだ! 江利子さまに謝るぐらいだったらぜーーーったい作ってやる!」
はあ…。その場に居合わせた面々のため息。
「第一、令ちゃんだって妹選びで何の苦労もしてないじゃない。偉そうなこといわないでよ」
その言葉にさすがにカチンときたのか、令さまが立ち上がって写真を机に叩きつけた。
「由乃! じゃあなに? 私が他の人と姉妹になればよかったってこと?」
「そんな事言ってないもん。令ちゃんのばか」
「まったくもう! 剣道部の試合もあるってのに! 先行くから!」
令さまはぷいっと顔を背けると、鞄を掴んで肩を怒らせながら部屋から出て行った。
階段がぎしぎし悲鳴を上げるのが扉越しにも聞こえる。
気まずい沈黙。
「…由乃さん」
「分かってる。私が悪かった」
かさかさと写真をかき集める。
祐巳はそれを手伝いながら(あーあ、また痛めちゃった。蔦子さんになんていおう)などと考えていた。
「じゃあ、私も剣道部行くね。写真、蔦子さんに返しておいて」
さすがに反省したのか、由乃はいつになくしおらしい態度で言った。
「うん、頑張って」
祐巳がほっとした様子で送りだす。
由乃がドアを開いた瞬間、お茶の用意をしてた乃梨子がぽつりとつぶやいた。
「…こうなったら神頼みでもやってみます?」
『あるインターネット掲示板で見たんですけど。K駅前に中央公園がありますよね、
あそこの噴水、クリスマスに向けてライトアップが開始されたんですよ。
で、夜そこに行くとマリア様が現れて願い事を聞いてくれるという噂が…』
昨日の乃梨子ちゃんの言葉が頭の中でリフレインしている。
そのときはばかばかしいって一笑に付したけど、今朝いっしょに登校している令ちゃんの仏頂面を見ていると突然思い出した。
いつもは楽しい令ちゃんとの登校。
でも、けんかして仲直りの出来てない日は由乃にとって苦行以外の何物でもなかった。
「ねえ、令ちゃん」
「何」
昨日、あの後の剣道部でも令ちゃんはまったく話しかけてくれなかった。
試合を控えてピリピリしているときに(令ちゃんは気が小さいから本番の結構まえからいらいらし始めるのだ)
怒らせたのは大間違いだったようだ。
(何とか仲直りしなきゃ)
そうしないと、妹選びに(もしかしたら江利子さまに謝るのにも)差し支えてしまう。
「今日は私、放課後薔薇の館行けないからね」
つまり黄薔薇のつぼみ妹選考会議には参加できないという意味だろう。やっぱりまだ怒っている。
何か仲直りの出来るアイディアは無いものか。
『あそこの噴水、クリスマスに向けてライトアップが開始されたんですよ。
あそこの噴水、クリスマスに向けてライトアップが開始されたんですよ。
あそこの噴水、クリスマスに向けてライトアップが開始されたんですよ…』
ぱっと閃いた。乃梨子ちゃんありがとう。
「ねえ令ちゃん、明日の土曜行きたいところがあるんだけど…」
仲直りデートを切り出せば、令ちゃんの態度が軟化することを由乃はよく知っていた。