泣いてはいない。目をきつく閉じ、喉を震わせながらも唇を噛んで涙をこらえてる。
「どこか痛いんですか」
我ながらとぼけたことを聞くなあ、と思いながら聞いてみる。
「ううん、もう、すこし、このまま…」
途切れ途切れの答えが返ってくる。それを聞いて体の力が抜けてくのがわかった。
よくわからないけど、いまの白薔薇さまを振り払って逃げるなんてできない。
しばらくこのままでいることに決め、祐巳は窓の外をぼんやりと眺めた。
あんなに厚かった雲が薄れ、冬の青い空が見えはじめてきた。
15分ほどそうしていていただろうか。
「ふうっ…」
ため息ひとつ付くと、白薔薇さまはやっと解放してくれた。
「よっこらせ」
そのまま椅子にどかっと座り、両手で髪をかきあげる。
祐巳もその正面に椅子を引き、向かい合うように座る。
白薔薇さまはすでにオヤジモード入ってて、足を組んで背もたれに寄りかかり首をこきこきと鳴らした。
「いやー、びっくりしたびっくりした。祐巳ちゃんも驚いたでしょ、ごめんね」
さっきから謝ってばかりですね、と思ったがそれを口に出さずにとりあえず聞いてみた。
「どうしたんですか」
白薔薇さまは自分の目尻に抑えきれなかった涙のかけらを発見したのか、ぐいっと乱暴に拭うと話しだした。
「ここ数日ね、自分でもわかんないんだけど感情が高ぶっちゃうときがあるんだな。
突然大波が押し寄せてくるって言うのかな。さっきも窓の外見たら、こうぶわっと」
ぶわっと、の言葉に合わせて両腕を広げてみせる。
自分でもわかんないんだけど、なんて嘘だ。つい先日、『いばらの森』事件があったばかり、理由はそれしか考えられない。
「さっきのは今までで最大級だったなあ」とか言ってとぼけているけど、嘘に決まってる。
祐巳の視線から考えてることを察したのか、白薔薇さまはちょっと困った顔をした。
「うん、やっぱり、まだ完全には吹っ切れてないみたい」
悲しくなった。自分が『いばらの森』事件に首を突っ込んだのは好奇心からだった。
面白半分でしたことではないが、白薔薇さまの癒えかけた心の傷に触れてしまったことには変わりがない。
「でもね」
そういって白薔薇さまは祐巳の頬に手をかける。
「さっきは祐巳ちゃんがいてくれたから耐えられた」
「え」
白薔薇さまが優しい笑顔が近づいてくる。
「すがりつく私を受け止めてくれたじゃない。…すごく頼もしかった」
それは抱きつかれて固まってたって言いませんか。なんか過大評価されてるんですけど。
「どうもありがとう。本当に君は不思議な子だね」
これはお礼、といってほっぺたにキスされた。
いつもはほっぺたの真ん中にチュッなのに、
今回は祐巳の唇のすぐ隣、触れるか触れないかぎりぎりのところにそっとキスされた。
「…」
ぼっと顔から火が出る。そんな祐巳をほほえましく見つめると、白薔薇さまはさめた紅茶をぐいっと飲み干し、
「さ、帰ろ帰ろ。また大波が来たら困る」
今度は祐巳ちゃんに何するか分かんないし、とセクハラ発言を付け加え帰り支度を始めた。