年の瀬も押し迫った12月28日、福沢祐巳はリリアンの銀杏並木を歩いていた。
(あーあ、面倒くさいな)
銀杏の木々はすっかりその葉を落とし、寒々しい幹を晒している。
(もっと早く気が付けばよかった)
冬休みの最初の二日間をおうちでごろごろ過ごした祐巳。
今朝、お母さんにいい加減に宿題しなさい、って叱られて自分の部屋に戻ってから気が付いた。
数学の宿題の問題集が入った手提げかばんを忘れて来てしまったのだ。
(多分、薔薇の館かな。…クリスマスパーティの後のごたごたで忘れちゃったんだ)
終業式は荷物が多いからってもうひとつ余計に持ってったのだが、それを見事に忘れてしまった。
祥子さまからクリスマスプレゼントを貰ったおかげですっかり舞い上がっちゃったせいだ。
(はあ…)
気が重い。薔薇の館まで行って家に帰ってその上苦手な数学と向き合わなければならないのかと思うと、足取りも重くなる。
見上げると曇り空。お天気にまで見放されたかと思うと祐巳の心はますます沈むのだった。
「寒っ!」
冷たい風がスカートの裾を揺らす。
とりあえず薔薇の館に行ったらダージリンで温まろう。お砂糖も入れて。
そんなことを考えながら昇降口の脇を通り過ぎた。
「祐巳ちゃん?」
突然かけられた声にびっくりして振り返る。が、声の主が見当たらない。
「ここ、ここ」
昇降口脇の窓からやっほー、と手を振る人物が一人。
「白薔薇さま!」
「はいはいこんにちは。ちょっと待ってて、すぐ行く」
窓をぴしゃりと閉めると、すぐに昇降口から白薔薇さまがやってきた。
冬休みでシスターの目がないからって、全力ダッシュはないだろう。
「…ごきげんよう」
「ごきげんよう。なーに、祐巳ちゃんどうしたの。私に会いに来てくれたのかな〜?」
うわ、冬休み中も白薔薇さまのオヤジモードは全開だ。
ニタニタ笑いながら両手でお下げをぴこぴこ動かしてくる。
「違います…ったら! 忘れ物です」
祐巳は数学の問題集を今から薔薇の館に取りに行くのだと手短に語った。
「白薔薇さまは?」
「うん、先生と面談。呼び出されちった」
進路決めてないからねー、とカラカラ笑う白薔薇さま。おいおい、大丈夫なんですか。
「薔薇の館に行くんでしょ。ここ寒いし、早く行こう」
あれ、いつの間にか白薔薇さまもご一緒することになってしまったようだ。
それでも、さっきまでの重い気分はすっかり飛んでしまった祐巳だった。
探し物はすぐに見つかった。二階の会議室の隅でぽつんと置かれたかばんを開けて、中を確かめる。
プリント、裁縫セット…、数学の問題集。よしよし、中身も大丈夫だ。
「あったー? よかったね」
流しのほうでは白薔薇さまが電気ポットの仕度をしている。
「白薔薇さま、私やります!」
そんな雑用をやらせるなんて畏れ多い。
「じゃ、お茶の用意よろしく。ええと、お茶請けの在庫がどっかにあったはず〜♪」
語尾を歌うようにいいながらごそごそと棚の奥を漁る白薔薇さま。長期休み真っ只中なのにお菓子なんかあったっけ。
「お、あったあった」
何かの缶詰を取り出して埃を手で払う。ほら、といって手渡してくれた。
「乾パン?」
「そ。山百合会の非常食。賞味期限も切れてないし、何もないよりはましでしょ」
そうこうしているうちにお湯が沸き、ティータイムになった。