通行人に迷惑そうな顔で見られながら、駅ビルの中を走り回る二人。気がつけば駅から離れ、商店街の方にまで来ていた。
ここまで来ればいいだろうと思い、ホッと息をつく。
「もう大丈夫でしょうね……」
「うん……あの……手……」
「え?」
そう言われて自分の手を見ると、しっかりと令の手を握ったままだった。
「わわっ!! すいません!!」
急に恥ずかしくなって、腕を離す。姉がいる分、男子校の花寺の中でも女性に免疫があるほうだとは思っていたが、こんなにしっかりと異性の手を握ったことはなかった。それは幼稚舎からリリアンにいた令も同じだろう。
なんとなく気まずくなり、無言になる二人。だが、それを打ち消すように令が口を開いた。
「その……祐麒君って、強いんだね……生徒会長って、そういうこともやるの?」
「まあ……俺の場合、柏木先輩みたいに、ただ立ってればいいということにはならないんで。実際に動かなきゃいけないことも多いから、鍛えられたんです」
男子校の花寺には、昔ながらのヤンキーやツッパリも居る。といっても、ほとんどはそれなりにスジを通す連中なので特に問題にはならないが、中には他の生徒に暴力を奮う者も居る。そういう者に対しては、力で押さえつけなければいけないこともあるのだ。
「祐巳ちゃんは……知らないんだよね。祐麒君が生徒会長やってたことすら知らなかったみたいだし」
「ええ……あまり心配かけたくないし、かっこいいとも思ってないですから……」
柏木なら、もっとスマートに済ませることができた。祐巳には『無理することないって』とは言われたもの、ついいつも自分と比べてしまう。
「だから、令さんも祐巳には黙ってて欲しいんですけど」
「わかった。私も箒で人殴ったなんて言えないから……二人だけの秘密ね」
二人だけの秘密。言った後で、
「そ、それじゃ俺はこれで」
「あ、ちょっと……」
何かお礼でも、と令が言おうとした時。
「ん……?」
祐麒が急に、ベタベタと自分の体を触り出した。まるで、何かあるはずのものを確かめるように。
十数秒後、サーと顔を青くして叫んだ。
「あーっ!! コスモス文庫の新刊置いてきた!!」
そう言った直後、ハッと口元を押さえる。
「祐麒君……コスモス文庫読むの?」
「ま、まあ……」
今度はカァと顔を紅く染める祐麒を見て、祐巳の百面相を連想する令。やはり姉弟なのだなと思った。
「新刊って……もしかして、須加星の『いばらの森U』?」
「え?」
予想外の言葉に驚きつつも、コクンと頷く。
「それなら私、今持ってるけど」
あたりまえのような顔で、鞄からひょいと文庫本を取り出した。確かに自分が先ほど買った物と同じ物である。
「令さん、コスモス文庫……読むんですか?」
「そうだけど?」