でも、「どうかしら」って、何が?
間抜け面をしてぽかんと口を開けたままの祐巳に、祥子さまはこう聞いた。
「いやなの?」
「イヤじゃありません!」
何がイヤで、何がイヤじゃないのか。突然のことに、本当のところ祐巳はいまいちよく
分からなかった。
しかし、祥子さまの麗しの唇が紡ぎ出した、「キス」という甘美な言葉。それに対して
「イヤ」などと、誰が言えるものか。
そう思いながら身を乗り出して返事をした祐巳に、祥子さまは少しだけ驚いたような顔を
したのだけれど。
すぐに柔らかな微笑みを祐巳に返すと、祥子さまも少しだけ祐巳の方に身を乗り出し。
そして――
「祐巳、良い夢を」
祥子さまは優しい声でそう囁くと、祐巳の頬に軽くチュっ、とキスをした。
「それじゃ、おやすみなさい、祐巳」
「はい……おやすみなさい」
部屋の電気を茶色にしてからご自分のベッドに入られた祥子さまを見て、祐巳も
自分のベッドに横になる。
目を閉じると、さっきの祥子さまの唇の感触が思い出されてちょっとドキドキした。
祥子さま、この先はナシですか?って、一瞬そう思ったけれど。
でもなんだか本当にいい夢が見れそうで、祐巳はもうこれだけで、とても満足な気分に
なっていたのだった。
最終日の朝。
食卓に全員揃った薔薇の館の面々は、この旅行最後の朝食を食べていた。
そして祐巳はご飯を箸で口に運びながら、他の面々のことをこっそり観察していた。
まずは黄薔薇姉妹。
向かい合わせの席に座った由乃さんと令さまは、何やら楽しく会話している。
そんなを二人を見ながら、祐巳は考えた。
(うーん。あの二人、今日もいつもと変わらないなぁ。でも昨夜も……したんだよね?)
昨日、由乃さんが「今夜もする」って宣言してたし。
祐巳と乃梨子ちゃんに奮った熱弁からすると、あの由乃さんが昨夜何もナシで眠りに
ついたなどとは到底想像できない。
自分がもし祥子さまとそういう風なことをしたとしたら、次の日の朝なんて一体どういう状態に
なっていることか。きっと百面相どころの騒ぎではないだろう。
そう思って、祐巳の隣に座っている祥子さまを横目で盗み見ると。
今日の朝食当番である令さまお手製の料理を、おいしそうに口に運んでいる。
そうして祥子さまのことを見ていたら、ついつい昨日の「おやすみのキス」のことを
思い出してしまい、顔がにやけそうになってしまった。
(危ない危ない。キスだけでこれだ。しかもほっぺになのに)
ともかく今祥子さまのことを見つめるのは非常に危険だ。絶対顔に出てしまう。
そう思った祐巳は、気分を切り替えようと、今度は白薔薇姉妹の様子を観察することにした。