「もしもーし。由乃さーん」
「あ」
ぼんやりしながらニヤニヤし始めた由乃さんに声をかけると、やっと意識がこちらに戻って
きたようだ。
「今、令さまのこと考えてたんでしょ。でもいいなぁ、由乃さんと令さまはそこまでいってるんだ」
「ふふん、いいでしょ。祐巳さんも頑張りなさいよ」
羨ましい。祐巳は素直にそう思った。自分も祥子さまとそこまでの関係になれたらなあって。
もちろん無闇やたらとそういう関係になりたいわけではないけれど、でもお互いに好きなら、
やっぱりそこまでいくよねって、そう思うのだ。
「でも祐巳さんもそうだけれど、志摩子さんのところもねぇ」
「志摩子さん?」
話題の主である志摩子さんの方を見ると、彼女は穏やかな表情で静かにお茶を飲んでいた。
「お互い好き合ってるのは分かってるんでしょうから、乃梨子ちゃんとさっさとゴールイン
しちゃえばいいのに」
「うーん。まあでも、あれだけ仲いいんだから、そのうちなんとかなるんじゃない?」
祐巳のその言葉を聞くと、由乃さんはビシッと指を一本立てて、「甘いわ祐巳さん!」と
勢いよく言い放った。
「ロザリオの授受だけでも、あれだけぐずぐずしてた二人なのよ。結局また誰かが背中を
押してやらないと、一線を越えられないのよ」
まったく世話が焼ける、なんて由乃さんは口の中でぶつぶつ言っている。
でもまさか……。
「由乃さん、まさか。二人の背中を押すつもりなの?」
そう聞いた祐巳に、由乃さんは「何言ってるの」というような視線を寄越しこう言った。
「押すわよ、もちろん。あと祐巳さんの背中もね」
「ええーーーっ!」
由乃さんが「誰かの背中を押す」。それは、押された方は空の彼方まで飛んでいって
しまうのではないかと心配になってしまう、それくらい強烈なイメージを伴って聞こえてきた。
「でも祐巳さんはともかくとして。こういうアダルトチックな話題の場合、志摩子さんの背中って
どうやって押せばいいものやら」
「そうだね……。志摩子さんにそういう話って……なんだかしづらくない?」
「うーん。やっぱりそうよねえ」
眉間にしわを寄せ、うーんと唸る由乃さん。
そんなに悩むなら、無理して押してくれなくてもいいんだけど。志摩子さんだけでなく、自分の背中も。
祐巳は喉元まで出かかったその言葉を、すんでのところで飲み込んだ。
そして祐巳がそんなことを思っている間にも、由乃さんは何かを思い付いたようで。
一瞬ニヤっと唇の端を上げたかと思うと席から立ち上がり、ちょうどお茶を入れに席から立っていた
乃梨子ちゃんに声をかけた。
「ちょっと、乃梨子ちゃん」
どうやら由乃さんは、背中を押すターゲットを志摩子さんではなく乃梨子ちゃんに絞ったらしい。
まあ、志摩子さんを交えて過激な話っていうのはかなり想像しにくいし。
由乃さんに捕まってしまった乃梨子ちゃんには悪いけれど、妥当な選択だと祐巳は思った。