しかし令がいくら長身だとはいえ、ろくな助走も付けられない距離からの体当たりだったので、
男を転倒させることはできなかった。
すんでのところで踏みとどまった男と令が、バランスを崩しながらもつれ合う。
「貴様!」
そしてそれを見たもう一人の男が、令に銃口を向けようとした。
すると今度はその男の腕に祥子が組み付く。
パアン!
ずれた銃口が火を噴き、薔薇の館の階段に銃弾がめり込んだ。
「お姉さま!」
今目の前で起こっている出来事はなんなのか。
それはよく分からなかったが、祐巳は祥子の危機だけは感じ取り、聖の腕を振り払い
祥子の方へ駆け寄ろうとした。
しかし、もうほとんど男に身体を拘束されている状態になってしまっている祥子が
「祐巳、来ては駄目!」と悲痛に叫ぶのを耳にすると、祐巳の脚はピタリと動きを止めた。
「聖さま!祐巳を、祐巳をお願いします!」
祥子の叫びを聞き瞬時にその場から逃げる決意をした聖は、祐巳の腕を掴んで強く
引き寄せる。
しかし祐巳は今にも男に組み伏せられようとしている祥子から目を離すことができず、
かといって祥子を助けようにもどうしていいのか分からずに、走り出そうとする聖にただ
ずるずると引きずられるようによろめくだけだった。
「祐巳ちゃん、逃げるよ!早く!!」
「でも、お姉さまが!」
祐巳と聖がもたついていると、不意に薔薇の館のビスケット扉が開いた。
中にいた男が異変を察知して、外へ出てくる。まだ仲間がいたのだ。
「おい、どうした!」
遠くで男が叫ぶのを聞きながら、逃げることも助けに入ることもできずに
うろたえる祐巳を、聖は一喝した。
「祥子が逃げろって言ってるのよ、あの子の言うことが聞けないの!」
聖のその一言に祐巳はハっとし、一瞬身体から力が抜けた。
祐巳のその様子を認めると、聖は更に力をこめて祐巳を強く引きながら、
すぐ側にある校舎の入り口に向かって走り始めた。