支倉令は困惑していた。
彼女の妹である島津由乃のわがままに付き合わされて、
少し足を伸ばしてこの繁華街まで映画を観にやって来たはずだったのに、
どうして自分はこんな所にいるのだろうかと。
そして自分をこんな場所に連れてきた当の本人である由乃は、なぜそんなに楽しそうなんだろうかと。
「ねえねえ。こっちのお部屋はフランス風なんだって。どんななのかしらね」
「…ど…それでもいいよ。人が来ないうちに早く選んじゃってよ」
「えー。令ちゃん、私ばっかりに頼らないでよ!あ、こっちのインド風って面白いかも」
穴があったら入りたい。祐巳ちゃん、その気持ち私にもようやく判ったよ。
支倉令は心の中で泣いていた。
街頭で手渡されたチラシに載っていた地図を見ながら辿り着いたふたりは、
ラブホテルといえば西洋のお城のような妙な趣味の建物を頭の中で連想していただけに、
まるで普通のシティホテルのような外観にほっと安心した。
「ここよね。へえ。なかなか素敵じゃない」
「なんだ。特に普通のホテルと変わらないんだね。…じゃあこれでか」
「では!しゅっぱーつ!」
帰ろうか。という言葉を飲み込んだまま、令は由乃に引きずられるように歩いていく。
何だってよりによってこんな場所に。という気持ちの重さが足の重さに繋がっているのか、
俯き加減でのろのろと歩く令に由乃の叱咤が飛ぶ。
「ほら。もっと胸張ってよ。令ちゃんはこんな可愛い彼女を連れ込む『彼氏』なんだから、
もっとシャキっとするの!」
気持ちの準備もできない間に、着合い入れにぱんっ!っとジーンズのお尻を平手打ちされて、
ひゃうっと妙な声をあげてしまった令は由乃にぎろりと睨まれる。
「まったく。こーんなだらしない彼氏といっしょだなんて思われたら、私の沽券に関わるわ」
また年季物の言い回しを引っ張ってきたね…と、突っ込みを入れる気力すら沸かない。
「あ、ここよここ。では、失礼して」
受け取ったキーナンバーを見ながら辿り着いた部屋は、
建物の外観のままにリゾートホテルの一室のような雰囲気で、令はなんとなくほっと安心した。
「別に普通のホテルみたいだね」
「なーんだ。くるくる回るベッドとか無いんだ…」
きょろきょろと部屋を見渡した由乃が残念そうに言う。
「どうでもいいけどさ…そんなのどこで覚えてくるんだよ…」
「うわっ!令ちゃん令ちゃん!見て見て!天井が鏡になってる!」
天井が?どうして?意気の上がらない頭でぼんやりと考えながら、
はたとその理由に気付いた令は思わず顔を熱くしてしまう。
「…だ!だからどうしたのさっ!?」
素っ頓狂に上ずってしまった令の声と赤くなった顔に、由乃が声を上げて笑った。
「あ。令ちゃんのエッチ!」
「なっ!なんでそうなるんだよっ!」
そうやって令がムキになればなればなるほどに由乃のペースに絡め取られるのが
黄薔薇姉妹のお約束なのだが、興味本位とはいえ高校生の身でありながら
ラブホテルになど足を踏み込んでしまった罪悪感で心をちくちくと痛める令には、
由乃の冗談を笑って受け流す余裕もない。
「…へぇ?だったらどうして顔が赤いのかしら?ねえねえどうして?」
にんまりとした笑みを浮かべて、自分の頬を突き回す由乃の声に、
令は『格』の違いを思い知らされたような気分にもなった。