ネギま!ネタバレスレ94時限目

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806名無しさんの次レスにご期待下さい
「もういないと思ってた」
 ベンチに座った栞はそう、ぽつりと言った。
「私ね――、一旦電車に乗ったの。聖を置いて」
「どうして」
「聖と行ったら……良くないことになるような気がして。……今でもそんな気がしてる」
「どうして!」
 隣に座った私は同じ言葉を繰り返した。
「行けば、二人きりでずっといられるんだよ――誰にも邪魔されないで」
 私がそう続けると、栞はただこくんと一回頷いて、呟いた。
「いつまでもね」
 私はただその言葉をそのまま咀嚼しないで飲み込んで、「でしょ」と畳み掛ける。
「――いいでしょう? さいごに私は聖を選んだんだから。一回電車に乗って、それかで、
目的地――遠くの教会で住み込みでシスターになるつもりだった――の駅に着いて、駅舎
の外に出た時に、もう聖に会えないと思って……でね、そう思った時に、ああ、やっぱり
駄目だ、って思って」
 そう言って薄く笑った。
「涙もそのときは出てこなくて、ただやっぱり駄目だ、生きていけないって。それだけが
直感的にわかって。それで何も考えずに引き返したの。まさかまだ駅で待ってるなんて」
「うん」
 私はただ頷いた。それ以外に何かすると、また泣いてしまいそうだった。
「ねえ――」
「何?」
「許してくれる? 一回聖を裏切った私を」
「何を言ってるの」
 許さないわけが無いじゃない。そう答えようとした私の声は、栞の願いにかき消された。
 ゆるして、おねがい。
 という、願いに。
 次に来た電車に乗った。M駅から新宿への快速だった。一刻も早く、リリアンの近くから離れた
かった。家族、お姉さまや蓉子、江利子――裏切る人たちとの断片的だけど密度の濃い思い出から。
 南に行く事にした。栞がそう主張したからだ。
 新宿からなら小田急線がある。終点の小田原まで行けば箱根に近いし、JRに乗ること
もできる。約二十分で、新宿に着いた。
「それに、富士山も近いから」
 M駅のホームで栞がぽつりとそう言ったとき、私は子供っぽい、と笑った。
 南へ。そのまま小田急線に乗り換える。新宿の喧騒――ましてやクリスマス・イヴ――
は私には慣れたものであるが、栞にはストレスになるようだったので早くに立ち去った。
 もう特急は出尽くしていた。もとより特急券を買うつもりはなかったので急行の小田原行き
に乗った。混雑していた中央線と違って、小田急線には座ることができた。車内では他愛もな
い話をした。お聖堂のことがあってから、栞とこんな風に話したことはなかった。
何よりも大切なことがなにもかもそうであるように、その時間がいかに私にとって濃密であった
かは、いったんそれから引き裂かれないと実感を伴うことはない。
 これからずっと、栞とこうしていられる。
 そう思うと、胸の奥に熱いものが溜まってくるのがわかった。
「栞」
 そう呼びかけると、微笑を浮かべ栞が振り向く。
 呼べば、振り向く。振り向けるほど、近くにいる。
 不意に、泣き出しそうになった。必死で我慢する。こんな幸せな時間を、涙なんかに邪
魔されたくなかったから。
「いっしょに――いようね」
 そんな子供じみた台詞を自分の口は発していた。瞬間、恥じる。
「もちろん」
 栞は言った。私は、
「――どうしたの、聖?」
 やっぱり泣き出していた。