簡単に後始末をした糸色が大の字に横たわり、霧は甘えるように彼へと身を寄せた。
糸色は彼女の頬に張り付いた前髪を払い除け、軽く口付ける。微笑みを返した霧はしかし、
繰り返し激しく求められて余程疲れていたのだろう。
すぐに糸色の胸に顔を埋め、長い黒髪の下からすぅすぅと幼けない寝息が漏れ聞こえた。
「――先生」
眠っていたはずの霧が静かに呟き、糸色は彼女の前髪を開いてみた。
静かに瞼を閉じ、安らかで無邪気な寝顔は、糸色が初めて彼女の家を訪問した日から、
少しも変わっていないようにも見える。
寝言だったのか、と納得して糸色は天井を仰いだ。一体どんな夢を見ているのだろうか、
と彼が聞き耳を立てる中で霧の寝言は続く。
「今夜はお泊りしてくれるの――?」
糸色は胆を冷やした。小森霧の呟きは本当に寝言なのだろうかと疑問を抱き、霧の肩を
わずかに揺さ振ってみる。霧は眉を寄せるだけで何も言い返さない。
胸を撫で下ろしつつも、糸色は霧に対してある種の煩わしさを覚えた。
女という生き物はいつもこうだ。どれほど抱いても飽き足らずに男の存在を求めて来る。
それどころか一晩中、いや隙あらば人生まで独占しようとさえ企む悪しき生き物なのだ。
もっとも小森霧には罪の意識などない事は糸色もよく知っていた。
彼女はただ純粋に糸色を慕っているだけだろうし、仮に彼女が邪悪な生き物へと変貌を
遂げていたとしても、それは貞操を奪い色欲を教え込んだ糸色の責任である。
泣きそうな気持ちになった途端、眠気が押し寄せる。
「まるで子供ですね」
一人そう呟いて、糸色は大きく息を吐く。一晩どころか冬中眠れそうな勢いだった。
心地良く訪れた疲労に欠伸を一つ吐き、霧ごと包まろうと毛布を引き上げた所で――
がらりと扉が開く音が糸色の耳に届いた、と思って頂きたい。