開かずの間――正確には引き篭もりの部屋と呼んだ方がいいだろう。元々は歴とした
化学室だったのだが。
各教室や職員室や体育館を廻った挙句、糸色が冬眠の場所として選んだのがここだった。
この部屋で暮らしている生徒がいるため、寒い冬でも暖房の面で心配が要らない。外出を
極端に嫌うので、水や食糧についても大量の備蓄が用意されていることだろう。冬眠には
打って付けの好条件ではないか。
糸色は全座連のシールが張られた扉を軽く叩いて開いてみる。鍵は掛かっていなかった。
かつて化学実験室だった部屋の中に足を踏み入れて辺りを見渡す。天秤などの器具を
収めていたはずの棚は漫画やDVDで占められ、実験台のゴムホースには本来家庭用の
ガスコンロが接続されていた。備え付けの流しを占めるのは二百ミリリットルのビーカー、
ただし箸やフォークと一緒に混じっている今では、食器にしか見えなかった。ご丁寧にも
蛇口に浄水器まで付いていれば、最早キッチンであると認識するのが正しいのだろう。
日当たりが良く、実験台もないので広い南角の一角には畳が六帖ほど敷かれ、テレビに
冷蔵庫それから炬燵まであった。壁紙にカーテンまで新調したようだ。
どうやってこんな生活用具を揃えたのか、と舌を巻く光景だが、全部インターネットの
通販で購入された物らしい。
キッチン代わりに使われている一台を除き、殆どの実験台は一見手付かずのままである。
その一台の蛇口から延びたホースが、換気扇の下に相当する窓の無い一角へと通じていた。
衝立で区切られた向こう側から、ぱちゃぱちゃとした音に混じってくぐもった鼻歌がする。
部屋の主はあの中か、と糸色は吸い込まれるように歩を進め、当然のように衝立を開く。
座敷童とも渾名される糸色の生徒――小森霧が、一糸纏わぬ姿で桶の水に浸かっていた。
小森霧は素早く首を背後に向け前髪を掻き分けて、衝立の傍らに立つ人物を確かめる。
それが袴姿の担任だった事に安堵の色を浮かべ、彼女は溜息と共に言った。
「開けないでよ」
霧の顔は長い前髪の下に隠され、普段は決して人目には触れない。何より本人が人前に
見せたがらない。ただし唯一の例外である糸色に対してだけ、彼女は積極的にその類稀なる
美貌を見せてくれるのだ。
そんな霧の表情が、本当に色っぽくなったように糸色には思われる。
元々知る人ぞ知る美少女だったのだが、それは単なる顔貌に留まらない。言葉遣いに若干
乱暴な面が見られるが、彼女が芯に女らしい匂いを秘めている事を糸色はよく知っていた。
一目見て、心中する時の相手に決めた程だ。尤も心中候補は他に何人もいて、彼女らの
名前を記した『ですのうと』も存在するのだが。
桜色に上気した霧の肌から立ち昇った湯気が、換気扇へと吸い込まれてゆく。湯を湛えた
木桶の外には牛乳石鹸にティモテまである。
それらを見て確かめてから、糸色は霧の裸身に目を向けて云った。
「お風呂ですか。前に来た時は無かったはずなのに」
「だって先生もこの部屋に来るのに、汚い身体でいられないから――」
霧は恥じらうように云って俯き、ほんのりと火照った頬を前髪の下に引っ込める。
彼女が目を逸らしている間に、糸色はたっぷりと霧の身体を目で楽しむ事に決めた。
全体的に見て、小森霧の肉体は明瞭な曲線から出来ていた。
例えば湯面近くの腰に注目すれば、しっかりと括れていて贅肉も少ない。前屈み気味の
体勢を取っていても、腰骨の左右にある窪みを見分けるのは実に簡単である。臀部の肉は
湯の中にあって直接見る事は出来ないが、腰のラインから推測する限り、肉付きはかなり
良さそうに見える。湯面からすらりと伸びた太腿も、蕩けるように柔らかそうだ。
確かにその一つ一つを取り上げても魅力的ではある。だが糸色が最も注目したのは――
太腿と、肩から二の腕にかけてのなだらかな曲線とで構成された三角形の内側に見える、
隠しようもなく張り出した霧の豊かな乳房だった。見るからに持ち重りしそうで、とても
糸色の手に収まる代物ではない。糸色の両手を使っても、包み込むのは難しいだろう。
もっと胸の大きな女性はこの学校にも確かに存在する。例えば霧のクラスメートである
帰国子女の木村カエレだとか、あるいはSCの新井智恵だとか。
けれども霧の乳房は形が良い。まだ十代という事もあって、重そうな質感にも関わらず、
綺麗な球形を描いている。
艶やかな長い黒髪に男好みの肉体を惜し気もなく晒していた美少女を前にして、糸色は
己が少しずつ興奮してゆくのをはっきりと自覚した。
「――それより先生、どうしたんですか?いきなり私の部屋に来て」
小森霧は木桶に座ったまま糸色へと向かい直す。両膝をぴたりとくっ付けてはいるが、
細い脹脛の隙間から覗かせる下腹部の茂みを糸色に見られてしまっている。
その事に気付かぬまま、霧は長い前髪を掻き分けて嬉しそうな様子で糸色に訊ねた。
大きな瞳を輝かせた幼けない表情が、よく発育した肉体と不釣合いな印象を与える。
糸色は眼鏡のずれを指で直して平静を取り戻した。どうせ茂みの奥の花びらは湯の中だ。
無理に覗こうとして好色な視線を霧に気付かれたくはない。それで糸色を嫌悪することは
恐らくなかろうが、彼にしてみればもう少し霧の裸を楽しみたいのだ。
霧はそんな糸色の内心に気付く様子もなく、部屋片付けときゃよかった、と小さく呟く。
糸色は軽く笑いを浮かべ、本来の用件を切り出した。
「ここで寝かせて欲しいんですけど、構いませんか?」
えっ、と霧は糸色の言葉に一瞬訝しんだ。戸惑いつつ彼女なりに糸色の言葉を理解する。
やがて前髪の下の肌が茹蛸のように赤くした。
「やだ、先生、その、あの――」
あたふたと身じろぎしながら糸色の表情を確かめる。眼鏡越しに見える糸色の表情は、
真剣そのものであるように霧には思えた。
ややあって、霧は黙り込む。
口元に恥じらいを浮かべ、小森霧はこくりと小さく頷いた。
風呂から上がるまで待ってと霧に頼まれ、糸色は畳敷きの上で時間を潰すことに決めた。
「別にただ冬眠させてくれたら嬉しいのですが」
そう一人ごちて糸色は溜息を吐く。霧がどういう勘違いをしたのか想像するのは容易い。
とは云え――
糸色は霧の入浴する姿を堪能したお蔭で、すっかり興奮している。冬眠するどころか、
今夜眠りに就くのも難しいだろう。小森霧が女として彼に抱かれるつもりならば、糸色は
甘んじてそれを受けようと思った。
衝立で区切られた向こう側で、肌を擦る音と湯を被る音とが交互に繰り返す。
糸色は退屈凌ぎにと、少し色褪せたテレビの画面を漠然と眺める。あっと声を上げた。
妖怪大戦争――それも元祖の方だ。霧の事だから神木隆之介君の登場するDVDばかり
観ていたのかと思っていたから、これは糸色にとっては意外な発見だった。
画面の中でアブラスマシが身長の何倍も高く跳び跳ねる。ペルシャからやって来た悪魔
ダイモンの目玉を、アブラスマシが槍で切り裂いた。
古びた映像は、糸色に彼の幼年時代を回想させる。
チョウレンジャーのショーが見たいと家族に駄々を捏ね、長兄の縁に蔵井沢の屋敷から
後楽園まで連れて行って貰ったこと。ショーが終わった後、チョウレンジャーのブルーと
握手した上に、レッドから「のぞむくんへ」と自分宛てのサインまで貰ったこと。
誰しも子供の頃は幸せな思い出に満ちている。その時が糸色の人生の峠だったのだろう。
峠を過ぎれば、後は斜陽族のように不幸への地獄下りが待っているだけ。それが人生だ。
――お金持ちは金持ちだ
――登り詰めたら、後は下り坂
何に登場した歌だったか、と糸色は唄いながら頭の中で出典を探す。中々出て来ない。
「お待たせ、先生」
少女の声で、糸色は我に帰った。
糸色の背後から呼びかけていた小森霧は、頭から毛布を被っていた。着衣はジャージに
薄手のシャツ。彼女のそんな姿は、糸色の意識にライナス坊やを彷彿とさせた。
霧は夏でもタオルケットに身を包んでいる。霧にとって毛布は、外部から身を護る為の
障壁として機能しているのだろう。心を許したはずの糸色の前でも、この癖が出てしまう。
糸色には彼女の気持ちが解らないでもなかった。だから霧の癖を咎めたりはしない。
DVD面白かった、と霧は糸色を気遣うように問う。
存分に楽しませて頂きました、と糸色はくつろいだ様子で答える。霧の口元が微笑んだ。
「よかった。それじゃあお布団敷くね」
霧はいそいそと押入れから布団を引き出し、手早く畳の上にそれを広げた。
「汚いお布団だけど、先生これでいい?」
充分です、と糸色は答えて早速布団の中に潜り込む。眼鏡を外して枕に顔を埋めると、
何故か少女の甘い匂いがしたような錯覚を覚える。
自分の布団で心地良さそうにしている糸色の姿に、霧の口元が小さな微笑みを浮かべた。
糸色は顔を上げて霧に呼びかける。
「よかったら君も一緒に寝ませんか?」
霧は彼の一言を待っていたかのように、いそいそと畳の上で三つ指を着いて云う。
「不束な娘ですけど、こちらこそ宜しくお願いします」
糸色と何度も肌を合わせているにも関わらず、まるで初めて抱かれるような振る舞いだ。
そんな彼女の態度が可笑しかったのか、糸色は軽く笑う。霧の口元も釣られて笑う。
糸色に手を取られ、霧は被っていた毛布を脱いで、素直に彼のいる布団へと潜り込む。
すぐさま糸色に抱き付き、たっぷりとした二つの暖かい膨らみを彼の胸板に圧し当てた。
前髪を開くと現れた霧の頬は、透き通るように滑らかだった。
指でつんと突付いてみると、瑞々しい弾力でもって押し返す。その指を顎まで這わせて
くいと持ち上げると、霧は素直に糸色の動作に従う。
霧の赤い唇に軽く触れてから、糸色は霧の大きな瞳を見つめて云った。
「お風呂上りにメイクもしたんですね」
安物の化粧水だけど、と霧は目を逸らしながら答えた。今度は霧が糸色に口付ける。
霧の肉感ある唇を、そして少し小さめの舌を舐め回しつつ、糸色は球状に張り出した胸へ
シャツ越しに掌を当てる。
そのまま円を描くように撫で回した。んふぅっ、と霧が鼻息を漏らす。
けれども霧は糸色から唇を離さない。糸色の頭に手を回し、より強く深く吸い付く。
糸色は陶然とキスに溺れた霧の表情を愉しみながら、シャツの中へ左手を侵入させる。
霧が唇を離した。深く息を継ぐ。
糸色は右手でぽよぽよと霧の乳房を弾むように弄び、左手を臍の下に這わせる。
「先生――」
早くも霧は酔ったように瞼をとろんとさせ、潤んだ瞳で糸色を見上げる。
掌に吸い付く霧の肌触りを愉しみつつ、肋にかけてゆっくりと左手を上らせる。
霧の息遣いが深くなる。
明らかに質感の違う丸みに指先が辿り着いた処で、糸色は意地悪そうに尋ねた。
「下着は、身に着けていないのですね?」
霧は恥ずかしそうに頬を赤らめ、無言でこくこくと頷いた。どうせ糸色に脱がされるの
だから、着けるだけ無駄だと判り切っていたのだ。
霧はシャツの中で乳首を弄られ、目を瞑り小さく肩を震わせる。
鎖骨の下にうっすらと赤い痕を付けて、糸色は徐に霧のTシャツを捲り上げた。