風浦さんが寝返りを打ってお尻を向けたその時、マリアが私の目を真っ直ぐに見つめた。
迷いや淀みのない、とても綺麗な瞳をしている。
「ワカッタ!!じゃあマリア、委員長の家デ何すれバイイカ?メイドサンカ?」
「家はそんなメイドさんがいるような大金持ちじゃないわ。メイドのマリアさんだなんて
漫画じゃあるまいし。ルームメイトなんだから遠慮はいらないわ。あ、それとエッチは無しね」
それでいい――と私は彼女の意志を確かめた。
マリアが大きな目と可愛い口をぽかんと見開いて訊ねる。
「エッチッテ何?」
まだ日本語の語彙が不足していたのか、マリアは自分のした事を指す言葉だとは理解できない
様子だった。真正面から聞かれても返答に困る質問なだけに、私は恥ずかしい気持ちを抑えて
努めて冷静な態度を取る。
言葉を選びつつ、彼女にも解るように言い直した。
「セックスの事よ。あなたの友達がしたみたいな事しなくても、私とあなたは仲良しだからね」
ナカヨシ――呟いてから彼女は、何か頭の中で閃いたように急いた様子で言った。
「マリア仲良しの意味分かったヨ!マリアと委員長は仲良し!委員長優シイネ、アリガト」
彼女らしい元気な返事には、私の中の不安まで掻き消してしまう力強さを備えていた。
私は微笑んで座り直し、制服を手繰り寄せる。携帯の画面を見れば、十一時三十七分。
「そう。それじゃ今日は私の家に泊まりましょうか。明日になったら病院へ行って、
お医者さんに事情を話して処置して貰いましょう。石神井の方にいいお医者さん
知ってるから――」
言いながら親指を動かしてメール文を打つ。内容は家族に帰宅が遅れた事を詫びつつ、
マリアの事情について説明である。
書き終わり、いざ送信ボタンに指を掛けた所で――
――さすが委員長!
突然頭上から聞こえた声に私は驚いた。携帯を放り出し、あっと叫んで顔を上げる。
風浦さんが何事もなかったかのように、ポジティブな笑顔を浮かべて立っていたのだ。
聞きましたよ委員長さん、と風浦さんは笑顔を崩さずに言う。
「あなた身体の方は大丈夫なの?ってゆーか――」
ついさっきまで丸裸で横になっていたのに、いつ制服を着たのだろうか。
勿論、と風浦さんは笑う。陵辱された面影など微塵も覗えぬ笑顔だった。
その笑顔に私は内心で戦慄を覚える。この娘一体何者なんだろうか。
委員長、と呼び掛けられ、私は慌てて風浦さんの顔を捉え直した。風浦さんが言う。
「マリアちゃんを家に引き取るそうじゃないですか。さすが正義の粘着質!」
言うに事欠いて何て事言ってくれるのこの娘は――
私は全身の気怠さも忘れて立ち上がった。背丈の関係で風浦さんを見下ろす格好になる。
委員長お尻キレイ、とマリアが感心したように呟く。そんな彼女を余所に私は肩を怒らせ
拳を握り、風浦さんに向かってアパートが揺れるほどの大声で叫んだ。
「 誰 が 正 義 の 粘 着 質 だ ! !」