その間にあの子は外壁材の剥がれ落ちた入り口を潜った。私もきっちり距離を詰め直す。
床板の軋みであの子に気付かれぬよう、靴を脱ぎ手に持って摺り足で進む。
見るからに建付けの悪いドアを開け、あの子はアパートの一室に上がり込んだ。
ここが彼女の住まいだと言うのか。
味噌でもしょう油でもキムチでもない、甘酸っぱくて魚臭い匂いを帯びた、湿度の高い
温気が鼻をくすぐって思わず噎せ返る。
慣れない匂いに戸惑いながらそっと中を覗き、私は――
絶句した。
あの子と同じ色の肌をした男たちが、三畳一間の部屋で鮨詰めに座っていた。
十何人いるんだろう。平静であればきっちり数えたい所だけど、そんな心の余裕は奪われている。
皆ぱっちりとした目、高く通った鼻筋。そんな顔がボロアパートに雁首揃えて並んでいる光景を、
私はテレビか家族旅行で行った某国のスラムでしか見た事がなかった。
あの子が聴き慣れぬ言葉で挨拶をして、男たちはこれまた聴き慣れぬ言葉で嬉しそうに返す。
「この人たち――」
湧き上がる唾液を飲み込み、目前の光景を私なりに少しでも理解しようと懸命に努める。
不法入国者――
私の推論はそれだった。否、断定しても差し支えはない。
今でもニュース等で取り上げられる現実の問題だというのに、私はついぞ彼らを見かけた事は
なかった。それどころか今朝出席を取るまで、彼らが身近に存在する事にさえ気付かなかったのだ。
「何で不法入国者がウチのクラスにいるのよ……」
ショックのあまり足が竦んで動けない。入国管理局にきっちり通報するにせよ、それとも黙って
看過ごすにせよ、一刻も早くこの場から離れた方がよいのは判っているのに――
「あ、委員長」
背後から聞き覚えのある陽気な声で呼びかけられ、私は驚いて振り返る。
どこから入って来たのか、いつもポジティブな風浦可符香さんがニコニコとその場に立っている。
「風浦さんどうしてここに?」
咄嗟に思いついた質問を投げかけたけれど、彼女は答えずに私の肩の真横を素通りして
部屋の中へと足を踏み入れる。
自称関内太郎くんが風浦さんに気付き、二人は呆然と見つめる私の目の前で手を高く掲げ、
まるで十年来の友人みたいに親しげな態度で互いの掌をぱちん、と打った。