>>153の続き
「はい、もういいですよ。」
ティアーユの声を受けて、イヴは寝台から身を起こした。
検査の為とはいえ、一糸まとわぬ格好が余程落ち着かなかったのか、
慌てた様子で衣服を身に着ける。
星の使徒との戦いから既に一年。イヴは毎月ティアーユの家に通って、
定期的に検査を受けていた。体内のナノマシンの機能を調整してもらう為だ。
「え・・・と、その、どうでした・・・か?」
「うん、体内のナノマシンも安定してるし、今のところはさして問題はないようですね。」
パソコンにデータを入力しながら、ティアーユは答える。
「いえ、あの、そういうんじゃなくて、その・・・・・」
イヴは何故か顔を真っ赤にしてごにょごにょと何やら呟く。
「どうしました?何でも遠慮なく訊いて下さい。」
「・・・・・笑わないで下さいね?」
少女はますます顔を赤らめて、上目づかいでティアーユを見つめ、念を押す。
「もちろんです。」
「あのですね、む・・・胸は前よりどのくらい大きくなってるかな、なんて・・・ってやっぱり!
笑わないでって言ったのに〜〜〜〜!」
「あはは、ご、ごめんなさい、つい・・・・」
耳まで真っ赤にしてぽかぽかと叩いてくるイヴ。
「だ・・・だってだって、スヴェンもやっぱりおっきい方が好きみたいだし・・・」
厨房にいるスヴェンに聞こえると思ったのか、急に声を落としてぼそぼそと呟く。
そんな少女を見やって、ティアーユは微笑む。
可愛いな、と思う。人殺しの道具として生を受けた、自分の分身。
殺戮の為の人形となるはずだった少女は、今こうして想い人の目を気にして、
胸の大きさなんかに一喜一憂している。
そう、自分なんかよりも――――よほど『人間』と呼ぶにふさわしい。
「大丈夫ですよ、発育状態も良好ですし、胸だってそのうち育ちます。
何たって、あなたはわたしの・・・・・・」
そこまで言って、ふと口をつぐむ。自分は何を口走ろうとしたのか。
この少女が自分の―――なんて。
『もう二度と、命を弄ぶ研究はしない』
星の使徒に研究を依頼された時、命の危険も顧みずにそう答えた。
それは、ずっと昔。赤子のイヴをこの手に抱き上げた時に、理由もなく決意した事。
何故そう思ったのかは、今でもよくわからない。
神への冒涜か、自然ならざる生命を作り出すタブーへの畏れか。
馬鹿げている。そんなモノを意識するなどあり得ない。
ただ単に。
『人形が人形を造る』なんて事が―――たまらなく滑稽に思えたからだろう。
星の使徒は壊滅した。この戦いでクロノスは大きな痛手を負ったものの未だ健在。
他勢力と咬み合せ、混乱を引き起こすには、もう少しパワーバランスをいじる必要がある。
しかし、今はあえて何か手を打つ気になれなかった。
今までずっと自分を突き動かしてきた操り糸に目を背けても、
目の前のこの平穏に浸っていたい、そんな望みが芽生え始めていた。
それは、今まで心を殺し続けてきた彼女の胸に初めて生まれたささやかな願い。
後ろ向きで、滑稽で、それでも―――祈りのような幸せだった。
たとえそれが――――