NARUTO〜ナルト〜其の壱百六拾七

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770sage
生い立ちヒストリー30 その1
 いきなり今回のストーリー30はボクの暗く重〜い青春の話です…。
もう大学生になって4年、卒業も間近になってしまったが、一向に
マンガのことは進まないでいた。心はいつもブルー…。
 少年誌っぽいバトルものをずっと描いていたのだが、ありきたり
で何を描いてもしっくりこない。描いてもボツ!思い起こすと、
この頃が一番辛い時期だった。人は少し変わろうとする時、思った
以上にパワーがいる…。ただの一マンガ好き青年からプロのマンガ
家になる…。この変化はボクにとって、すごく大きな変化だった。
…そして、ものすごくパワーのいることだった。
 マンガ家を目指し、賞をとったボクは少しうかれていた。マンガ
家に近づいた感じがしたからだ。別に賞をとったことを自慢したつ
もりも、そんな感覚もなかったが、やっぱり心の底では「オレはもう
賞をとったんだ…。少し安心できるんだ…」と思っていたんだと思う。
 しかし、これがボクの人生で一番大きな間違いだったと今でも思
い返すことがある。人は変わろうとする時、パワーがいると言った
けど、賞をとったことは、ボク自信が変わろうとして変わったわけ
じゃなく、ただ賞というものを貰って、ボク自身が自分で苦労もせ
ず、パワーも使っていなかったのに変化して見えたまやかしだった。
 担当の矢作さんは「賞をとってからが死ぬほど大変だからね…」
と一言、最初の打ち合わせで言っていた。その言葉の意味がだんだ
んと分かってきた。
 賞をとっていようが賞をとってなかろうが、今思うとあまり関係な
いというか…、賞をとったってのはプロにすごく近づいたというよ
り、マンガ好きに少し毛がはえたくらいで、プロとは全く違うもの。
今なら、それはすごく分かるが、賞をとりたての新人の頃は陥りや
すい罠だと思う。かく言うボクもこの罠に引っかかり、抜け出すの
にすごい時間と労力を費やした…。そのストーリーは次の続きで…。
…なんか…暗いなあ〜。
今回の生い立ちヒストリーは漫画家の厳しさを垣間見た
岸本がモノにしてるかどうかは兎も角、
逃げ道断って人生賭けなきゃジャンプ作家にはなれないんだなあ、と。
生い立ちヒストリー30 その2
 この前にボクも罠に引っかかったと書いたが、この罠ってのがすご
く強い罠で一度かかると、なかなか抜け出せない。
 賞をとったボクは「ボクのこんなストーリーと絵でも賞がとれるな
らプロもそう遠くない! 受賞作の『カラクリ』を少し変えてやって
みよう」ぐらいのかる〜いノリでマンガを描き続けていた。しかし当
たり前だが、ボツが続く。キャラや設定をこねくりまわしてるだけの
ムダな時間を1年費やした。この辺でだんだんと自分の才能や能力を
疑い始め、自分はマンガ家になんてなれないんじゃないのかと思い始
めた。
 友達はどんどん就職活動を始め、就職していく。しかしボクは大学
を卒業したらマンガ家になると決めていたため、就職活動は一切しな
かった。確かに少し怖かった…。ホントにマンガ家になれるのか自分
を疑っていた時期でもあったからだ。しかし逃げ道を作っておいたり
するとマンガ家になれないと自分で認めたことになる。
 焦りは、から回りして、ただプロに近づいている感覚が欲しく、闇雲
にネームを作るだけ。…そしてボツ。
 そしてとうとう何の成果も上げられないまま、大学を卒業すること
になった。
 親には大学に大金を出してもらったし、いくつも借りがあった。そ
れなのに就職活動は一切やらず、夢見たように「オレはマンガ家にな
る!」と親に言うだけ…。何かにつけてキビシイ親だったので、ひど
く怒られると覚悟していたが、両親はオレのバカな夢を応援してくれ
た。そんな、ある日、弟に両親が大学に払うお金をどうしようと話を
していたことがあったと聞かされた。弟には「てめーの大学にかかっ
た金でフェラーリが買えた!」と言われ、どれだけの金がかかったか
身にしみて分かった…。その頃、ボクは大学で友達とマージャンばか
りしていたと思うと自分のバカさかげんに腹が立った。そんな時、父
親がオレのところに来て、こんなストーリーはどうだ? とか、こん
なキャラクターはどうだ? とか言ってくれた。たいして面白くもな
いそのアイデアを聞きながら、早くマンガ家になって、両親を安心さ
せてあげなきゃ…、このままじゃダメだ!と思った。
 さらにつづく…。あ〜〜暗い…。
生い立ちヒストリー30 その3
 別に両親や金のためにマンガ家になるんじゃないけれど、自分がマンガ家を目
指す以上、色々なことが、その道に関わりを持ってくる。その関わりを全てうま
くいくようにするのが、自分のため…つまりマンガ家になることだった。
 そのためには、まずこのままの自分ではダメだと思った。
 一番初めの初心を思い出して、一からマンガの勉強を徹底的にやり直すことに
した。
 まずストーリーとは何ぞや? から始まり、テーマってホントのところ何のこ
と? エピソードって? 構成って? キャラクターって? 演出って? マン
ガに関する全ての言葉の意味を調べ上げ、それが何のことを言って、どう扱うも
のなのか、などを理解するところから始めた。
 実際にどうしたかと言うと、図書館に行き、ストーリーの書き方や脚本のハコ
書き、ミスリード、前フリのテクニック、つかみ、三幕構成、set upの順、キ
ャラクターの作り方、見せ方、役割りなど、さらにストーリーのパターン、エトセト
ラ…。物語を作る上で勉強しなければならないことを脚本の書き方、ライターに
なる方法などの本を読んで勉強した。
 実際に本に例として書かれてある映画を観て、その演出テクニックやキャラや
構成テクニックを学んだり、サスペンス小説で、ひっぱり法やため、名詞をわざ
と言わないテクニックなど、エンターテインメントに欠かせないミスリードテク
ニックを勉強したり、とにかくストーリーの書き方を本を読んで勉強した。
 …しかし、ただそんな本を読むだけでは、なかなかテクニックは身につかない。
映画を何本も観て、その本のテクニックがどこでどんな風に使われているのか探
しながらノートに書き出してストックしたり、そのネタをふくらましたりして自
分のものにしていった。
 『パルプフィクション』などはセリフを全部書き出して、キャラや構成の勉強
をしたし、テーマの扱い方は太宰治の小説などを読んで、いくつかのパターンを
見つけ出した。エンターテインメントと思うものには食いつき、何が面白いのか?
 どこがどういう風に面白いのか? を探索した。朝起きて図書館、本屋、ビデ
オ屋を巡る。そんな生活が大学を卒業して2年近く、毎日続いた。
 その間、ネームはあまり書いてはいないが、勉強を始めてすぐに書いた
『NARUTO』の読み切りは荒い作りだったが、どうにか赤マルジャンプで人
気が取れたみたいだった。
つづく。少しだけ明るくなったでしょ…。
生い立ちヒストリー30 その4
 長く苦しい、そして自分がパワーアップしていく楽しさも含みな
がらの2年間で自分なりのやり方をまとめたノートを作った。岸本
斉史のマル秘ノートだ。他の人には見せられない虎の巻!
 この2年間で、ものすごく自分に自信がついた。
 さっそく虎の巻を見ながらマンガを描くことにした。そのマンガ
の題材は野球! タイトルは野球王!
 さっそくネームを書き上げて担当の矢作さんに見てもらった。
「面白いけど…少し暗いな」と言われたが「けど岸本くんがこんな
テイストのマンガを描けるとは思わなかった…。一皮むけたな」と
言われ、すごくうれしかった。その『野球王』は矢作さんチェック
はOKだったが、上の会議で内容が重すぎて少年誌ぽくないとのこ
とだった…。つまりボツ。
 しかし、この『野球王』はボクの転機になるマンガだった。ボツ
には、なったが、矢作さんは「面白いよ! このマンガは確かに面
白いよ! 青年誌なら全然OKだったんだけどなあ…」と言ってく
れた。矢作さんがちゃんとホメてくれたのは、このマンガが初めて
だった。2年間の成果が少しだけ出たんだと思った。
 そしてそれから4カ月後、今度は別の少年誌もののネームを書き
上げ、矢作さんに見せることになる。矢作さんは「カンペキだよ!
ちょっとだけつっこみどころはあるけどね!」と言ってくれた。ボ
クも2年間で少しだけ変わることができた。そして、そのネームで
連載をスタートさせることができた。