不定期連載小説『卞喜 〜鈍き流星の如く〜 (仮)』 (3)
機会は思いの外早く訪れた。先の事件に恐怖した洛陽周辺の村々だったが、その中の一つが、董卓に言いがかりを付けられる理由になるのを恐れて
村で古くから所有していた珍しい形の銅製の壺や鏡などを献上したいと都に伝えたのだ。董卓はこれを聞いて「それはよい心掛けだ」と喜び、
視察も兼ねて自ら赴いて受け取ると言い出し、その日取りと、併せて「年頃の娘を何名か差し出すように」という達しをその村に伝えた―― 。
そして迎えた当日。充分な下調べを終えている卞喜は、日が昇る前に密かにその村の外れにある新葉の生い茂る巨木の上に登った。
董卓が村を訪れる予定は正午過ぎだが、その時間帯、村の南側にあるこの巨木は、村から見れば逆光となる。絶好の位置関係と言えた。
やがて朝が訪れ、村人たちが重い足取りで家屋から出てくる。先の一件があるので、村長をはじめ年の行った者、幼い子供、董卓に差し出される娘たちだけを村に残し、
他の者たちは田畑へと農作業へ向かう。心配性の村人の中には「それが逆に董卓様を怒らせはしないか、村人全員で迎えた方が良いのではないか」
とオロオロとする者もいたが、村長らに諭され、村の決定に従って仕事へ向かった。思いがけず董卓への献上物の一部となってしまった娘たちは
父母たちとの別れの挨拶に涙する。その様子を眺めながら、これが力無き者たちの仕方のない定めなのだろうと卞喜は思った。
これまでの二十数年の人生において、奪われる者と奪う者、そのどちらの立場も知っていたが、特に感傷的な気分が起きることもなかった。
正午過ぎ、予定通りに董卓を乗せた馬車と、それを取り囲む騎兵の一団が村を訪れた。平伏した村長ら村人たちの前に、馬車から姿を現した董卓は
でっぷりとした腹を揺らしながら、上機嫌な様子で近付いていく。
(さて、あの豚ちゃんのど頭かち割って派手に脳味噌ぶち撒けさせてやるかね)――巨木の上に立つ卞喜は、手にした流星鎚を回転させ始める。
続く