三戦文民党 2

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430アンジェ ζ ◆YI1yrpC6Lo
   東皇太一

  吉日兮辰良    吉日にして辰も良し
  穆将愉兮上皇   穆みて将に上皇を愉しましめんとす
  撫長剣兮玉珥   長剣の玉珥を撫し

  璆鏘鳴兮琳琅   樛鏘として琳琅を鳴らす
  瑤席兮玉瑱    瑤席に玉瑱
  盍将把兮瓊芳   盍せて瓊芳を将把す
  薫肴蒸兮蘭藉   薫肴 蘭藉もて蒸め
  奠桂酒兮椒漿   桂酒と椒漿とを奠う

合唱、「占い定めたこのめでたき日に、謹んで天帝(東皇太一)をお祭りしよう。」
 東皇太一に扮した女巫が登場。剣を帯び佩玉を腰帯に下げている。
合唱、「長剣の玉の鍔をおさえつつ歩を進めれば、腰の佩玉はすずしく鳴り響く。」
 璆鏘は玉が鳴る音。琳琅は美玉の名。中国古代の人々は腰に佩玉を下げた。
 その鳴る音を聞いて行動に節度あらしめたのだという。
 女巫は神座につく。片手に芳り草の枝を持つ。その前に飲食物がそなえられる。
合唱、「瑤かな席の四辺を玉の瑱でおさえ、
    美わしい芳り草のたばを手に取り持って〔東皇太一はそこに坐られた〕。薫草で香りをつけた肉を、
    蘭の葉の上に盛って神前におすすめし、桂〔肉桂〕をまぜた酒、椒をひたした漿をおそなえする。」

※「盍せて瓊芳を将把す」の瓊芳は、朱子の「楚辞集註」に巫が舞うときに持つものという。
  日本の能楽などで神がかりになるために手に持つ笹の枝と同様の、神をそれに寄り付かせるための採物であろう
431アンジェ ζ ◆YI1yrpC6Lo :2009/06/19(金) 01:48:45
 やがて音楽が始まる。

  揚枹兮拊鼓    枹を揚げて鼓を拊ち
  □□□兮□□   (一句脱落)
  疏緩節兮安歌   節を疏緩して安歌し
  陳竽瑟兮浩倡   竽瑟を陳ねて浩倡す
  霊偃蹇兮姣服   霊 偃蹇として姣服し
  芳菲菲兮滿堂   芳 菲菲として堂に満つ
  五音紛兮繁會   五音 紛として繁会し
  君欣欣兮樂康   君 欣欣として楽康す

合唱、「枹をあげて太鼓を打ち、拍子をおさえつつゆるやかに歌い、竽と瑟の伴奏でのびのびと声をはりあげる。」

 女巫に東皇太一が降り、神がかりで舞う。

合唱、「神が降った女巫は舞いはじめ、身につけた飾りがきらきらと輝き、よい香りが堂いっぱいに広がる。
    五つの音階は入り乱れつつ重なり合って調和し、あなた(東皇太一)は楽しげにお気持ちを安んぜられる。」

※最後から四句目、「霊 偃蹇として姣服し」の霊は、神が降った巫を指す。
 霊の語は楚辞の特色的な用語で、神々と交感状態にある巫を意味し、そこから派生してある場合は神を、
 ある場合は巫を霊の語であらわしたりする

※次の句、「芳 菲菲として堂に満つ」とあるのは、おそらく芳草が堂の床にまかれていて、
 それを踏みしだいて女巫が舞うため、良い香りがその場の者の鼻を菲菲として襲うのであろう
432アンジェ ζ ◆YI1yrpC6Lo :2009/06/19(金) 02:07:20
太一:
天帝。漢代にも信仰は盛んで、天の北極の周りの星座がその宮居だとされる

→東皇と呼ばれるのは、その祭祀の場所が楚の国の東方にあったから
→太陽が東から昇るのを意識?
→だとすれば、太陽神的色彩を帯びるのではないかと疑う余地がある

楚辞の特色を「美人香草」という言葉で取り上げることがある
→美人に理想の君主を象徴させ、香草に歌い手(祭祀者)みずからの潔白を象徴させる
→萌え萌え!?

「東皇太一」に登場する香草:
瓊芳、薫、蘭、桂、椒

→それぞれの正確な和名を比定することは困難
→ただし、いずれも香り植物であろう

お供え物の香りを天に届かせる
→中国古代の祭祀において、天の神を招き降ろす手段として相当重要な地位を占めていた

例:
天子が天下の安定を天に告げる柴の祭りは、動物を焼いてその香りを天に届かせるもの
→ちなみに、旧約聖書に見える燔祭と同様


「「東皇太一」の篇からうかがわれる、人々の天帝に対する態度には、絶対神とその被支配者といった
 切羽詰ったものは感じられない。太一への祭祀は、「上皇を愉します」と表現され、
 女巫の歌舞によって「君は楽康する」のである。おそらくこのとき、人々も楽康するのであろう。
 この太一神に絶対神としての性格が感じられぬのあ、無為にして宇宙を治める古い絶対神が、
 たえず新しい太陽神などの職能神によって影をうすくされるという、世界じゅう共通の宗教史の流れの中にあり、
 この太一神も引退しかかって、人々と平和な関係を結んでいたものと理解したい。」
                           小南一郎『中国詩文選6 楚辞』、筑摩書房、1973