三国志発の故事成語

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1無名武将@お腹せっぷく
・水魚の交わり
・白眉
・泣いて馬謖を斬る
・呉下の阿蒙
・破竹の勢い

他にある?
馬兄弟だけで二つもあるのかw
2オスマンサンコン:2007/11/18(日) 15:23:29
三顧の礼は違うのかな。
3無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 15:34:46
「三顧の礼」は有名になったのが劉備と諸葛亮の例だけど
春秋戦国時代になんか似たようなエピソードがあり
それに倣ったものだというのをどっかで見たような気がしたので抜いたんだけど
実際のところはどうなんだろう?
4無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 15:38:51
竹林の七賢の一人・阮籍の代名詞と言える“白眼視” も当てはまるのかな?
6無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 15:56:25
>>5
余裕で。
>>6
ありがとうですw
と、オイラの好きな三国志時代の武将・杜預の“破竹の勢い”も
>>1の中に入れてもらいましょうかね( ^∀^)ゲラゲラ
8無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 17:00:19
・男子三日会わずんば剋目してみよ
9故事成語マン:2007/11/18(日) 17:03:53
七歩の才「しちほのさい」【世俗新語】
[曹丕の命で曹植が兄弟の不仲を嘆く詩を創ったことから]
詩を創るのが早く、うまいこと

脾肉の嘆「ひにくのたん」【蜀志・先主伝】
功名を立てる機会がないことを嘆くこと

鶏肋「けいろく」【後漢書楊修伝】  
大して役に立たないが捨てるに惜しいもの

諸葛菜「しょかつさい」
俗にいうハナダイコンの別名

饅頭「まんじゅう」
皮を小麦粉等でこねて、あんを入れたもの
諸葛孔明が作ったと伝えられている。

危急存亡「ききゅうそんぼう」【出師の表】
危機が迫って生きるか死ぬかの瀬戸際のこと

連弩「れんど」【太平記】
出展は太平記だが、創作は諸葛孔明と伝えられる。
10無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 17:09:05
白眼視
(出典) 【晋書・巻四十九・阮籍伝】より
http://www23.tok2.com/home/rainy/seigo-hakuganshi.htm

破竹の勢い
(出典) 【晋書・杜預伝】より
http://www23.tok2.com/home/rainy/seigo-hachikunoikioi.htm
11無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 17:24:46
断金の交わり、苦肉の策も。
12無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 17:49:28
> 断金の交わり

これは初めて知ったわ。
13無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 19:18:47
そういやぁ桃園の誓いって故事にはいるのかW?
14無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 19:43:23
後顧之憂、昼夜兼行、竹馬之友、あたりも
15無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 19:47:43
割りとよく日常で耳にする言葉が多いね。
16無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 20:23:00
カクカたんのアレは数に入れるべきかどうか迷うな
17国重高暁 ◆takawYpCqc :2007/11/18(日) 20:25:17
「泣く子も黙る」という表現は、
張遼の故事に由来するはず。
18無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 20:49:18
>>17、オレは蒙古だと思ってた。
19民 曹操 ◆CY0KyaZetU :2007/11/18(日) 20:55:37
水魚の交わり
20無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 21:03:55
>>16
どれ?
21無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 21:23:29
全てを受け入れろ
22無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 00:00:02
完璧
23リンリン大友 ◆SMo/oktNDM :2007/11/19(月) 00:04:11
「死せる孔明、生ける仲達を走らす」もはいるのか?
24八戸のぶなが ◆4v5JfLpxto :2007/11/19(月) 00:08:19
隴を得て蜀を望む
25無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 00:10:36
>>22
それは春秋戦国だべ。

故事成語でもなく、おそらく事実でもないだろうが「算盤」。
26八戸のぶなが ◆4v5JfLpxto :2007/11/19(月) 00:19:11
饅頭
27無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 00:25:50
三国時代
【英雄は英雄を知る】
【知音】
後漢時代
【梁上の君子】
【登竜門】
28無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 00:32:00
「死して後已まん」ってのは諸葛亮作でいいの?
29ひょーりみ ◆7rAzqBFcf. :2007/11/19(月) 00:35:14
惜しい哉、蜀。
30無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 00:38:51
出盧とかは?
雲泥の差は晋時代だったな。
31無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 00:39:33
>>24
元は光武帝の故事成語だろ
32無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 09:09:21
三戦板発の故事成語を作ってみたい
33国重高暁 ◆takawYpCqc :2007/11/19(月) 13:28:44
「関張の勇」といって、
関羽・張飛は後世、勇者の
代表とされたようですね。
34無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 15:32:43
鶏肋
35無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 15:36:22
>>17
遼来遼来
36無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 16:57:38
>>11
確かに、孫策と周瑜の仲を断金の交わりと言ったが、三国志発ではないのでは?
昔、漢文のテストに断金の話らしきものが出てきた。
でも、孫策と周瑜の名前は出てこなかった覚えがある。
うろですまぬが。
37無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 17:00:43
絵に描いた餅
38無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 17:16:07
・読書百遍、義おのずからあらわる。
・清談

「洛陽の紙価を高める」つうのはもう晋が統一した後だっけ?
39国重高暁 ◆takawYpCqc :2007/11/19(月) 17:30:07
>>36
孫策と周瑜の友情は
「総角のよしみ」ですね。
40無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 17:42:39
関羽の鬚
41無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 17:53:22
呂蒙の『見直す』
42無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 17:58:32
むむむ
43無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 18:16:46
天知る、地知る、汝知る、我知る
44無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 18:17:01
なにが むむむ だ!
45宇喜多直家信者 ◆W.uAGfax.c :2007/11/19(月) 18:40:37
七縦七擒
46ひょーりみ ◆7rAzqBFcf. :2007/11/19(月) 18:49:48
孔明の嫁選び
47無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 19:01:57
虎穴にいらずんば虎児を得ず
48無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 19:39:41
廖化当先鋒。
常駐ネタスレでの俺の状態。
49無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 20:11:25
ひょーりみの日和見
50無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 21:00:54
八戸のぶながの自己批判
51無名武将@お腹せっぷく:2007/11/20(火) 04:31:56
>>47
呂蒙だっけか?
52無名武将@お腹せっぷく:2007/11/20(火) 10:06:06
>>51
不入虎穴焉得虎子
後漢書/班超伝
53国重高暁 ◆takawYpCqc :2007/11/20(火) 14:32:19
>>52
「虎の子」という表現ならば、
呉志凌統伝にも見えますね。
54無名武将@お腹せっぷく:2007/11/20(火) 14:57:08
衆寡敵せず、論功行賞

>>39
総角の好って、晋書の何劭伝が出典とかいうけど
55無名武将@お腹せっぷく:2007/11/20(火) 15:38:26
国重さんすげー久しぶりに見た
56無名武将@お腹せっぷく:2007/11/20(火) 20:55:17
五斗米のために腰を折る
57無名武将@お腹せっぷく:2007/11/21(水) 14:27:41
・「水魚の交わり」
兄貴分の劉備が新参者の諸葛亮を尊重すること甚だしいので、嫉妬する弟分の関羽と張飛。
そこで劉備は彼らをなだめ諭した。
「私には諸葛亮が必要なのだ。それは魚には水が必要なのと同じだ」
関羽と張飛はそれ以来不満を漏らすことはなかった。
58無名武将@お腹せっぷく:2007/11/21(水) 14:36:14
・「白眉」
襄陽郡宜城県の馬氏の五兄弟はいずれも優秀だったが、なかでも四男の馬良、字は季常は特に優秀であった。
馬良は眉毛が白かったので人々は「馬氏の五常、白眉もっとも良し」と称えた。
そのことから集団の中で最も優れたものを「白眉」と言うようになった。(民明書房刊)
59国重高暁 ◆takawYpCqc :2007/11/21(水) 18:30:18
>>56
それは陶淵明ですよ。
少し時代が下りますね。
60無名武将@お腹せっぷく:2007/11/21(水) 19:04:35
>>58
なんで民明書房なんだよw
61無名武将@お腹せっぷく:2007/11/22(木) 09:21:34
兵は神速を尊ぶ【郭嘉伝】孫子の兵法書から引用
木牛流馬【蜀志諸葛亮伝】諸葛孔明が兵糧輸送に運用したもの
堕涙【羊祜伝】人望があった羊祜が死んだとき人々が堕涙の碑を建てた

62無名武将@お腹せっぷく:2007/11/22(木) 10:30:31
老黄忠
63無名武将@お腹せっぷく:2007/11/22(木) 11:39:26
顔に書いてある は違うっけ?
64無名武将@お腹せっぷく:2007/11/22(木) 18:18:20
髀肉之嘆
65無名武将@お腹せっぷく:2007/11/22(木) 19:29:00
甘寧の首に鈴を付ける
66無名武将@お腹せっぷく:2007/11/25(日) 17:18:08
「三顧の礼」はどうして出てない?
67無名武将@お腹せっぷく:2007/11/26(月) 02:29:28
苦肉の策
68無名武将@お腹せっぷく:2007/11/26(月) 02:54:48
>>57
>兄貴分の劉備が新参者の諸葛亮を尊重すること甚だしいので、嫉妬する弟分の関羽と張飛。

暑苦しいホモだな
69無名武将@お腹せっぷく:2007/11/26(月) 06:48:38
70無名武将@お腹せっぷく:2007/11/27(火) 09:39:26
典論
71無名武将@お腹せっぷく:2007/11/27(火) 11:11:25
豆柄で豆を煮るは?栗田さんも使ってたけど
72無名武将@お腹せっぷく:2007/11/29(木) 13:50:31
・泣いて馬謖を斬る
228年、諸葛亮は出師の表を上表すると北伐を敢行した。
魏の明帝はその企図を挫くため張郃を派遣してくると、諸葛亮は諸将の反対を押し切って日頃からその能力を買っていた馬謖を街亭に派遣してこれに当てた。
しかし、馬謖は適切でない行動を取っため、張郃に撃ち破られてしまった。
諸葛亮は侵攻するに当たっての足場を失ってしまい、軍を返すことになった。
成都に戻ると諸葛亮はその才を惜しみながらも、私情を押し殺し馬謖を斬罪に処した。
このことから私情を抑えてあえて大義を表わすような行為を「泣いて馬謖を斬る」と言うようになった。
73無名武将@お腹せっぷく:2007/11/30(金) 15:45:20
・呉下の阿蒙

呉の将呂蒙は武辺一辺倒な人間であったが、ある日、主君孫権に諭されて勉強を熱心にするようになった。
後年、周瑜の後任に当たることになった魯粛が、ある者の勧めで呂蒙と話し合う機会を持つことになった。それまで呂蒙を侮蔑していた魯粛であったが、呂蒙の見識の高さにしばしば圧倒されて嘆息して言った。
「君は呉にいた蒙ちゃん(呉下の阿蒙)じゃあないな」

これにより「昔のまま成長しない人間」の事を表わす言葉として「呉下の阿蒙」が使われるようになった。
74無名武将@お腹せっぷく:2007/11/30(金) 15:46:26
・男子、三日会わずんば剋目してみよ

呉の将呂蒙は武辺一辺倒な人間であったが、ある日、主君孫権に諭されて勉強を熱心にするようになった。
後年、周瑜の後任に当たることになった魯粛が、ある者の勧めで呂蒙と話し合う機会を持つことになった。それまで呂蒙を侮蔑していた魯粛であったが、呂蒙の見識の高さにしばしば圧倒されて嘆息して言った。
「君は呉にいた蒙ちゃん(呉下の阿蒙)じゃあないな」
それに対して呂蒙はこう答えた。
「男子、三日会わずんば剋目してみよ」

これにより昔のままの感覚で他者を見ることのないよう自らを戒める言葉として使われるようになった。
75無名武将@お腹せっぷく:2007/12/01(土) 20:03:37
>>73-74
既出
76無名武将@お腹せっぷく:2007/12/03(月) 17:45:51
阿斗の祭
77国重高暁 ◆takawYpCqc :2007/12/14(金) 14:38:46
水を得た魚。
類似表現は
出てるんだが(T_T)
78無名武将@お腹せっぷく:2007/12/15(土) 11:35:18
>>69
太公望だっけ?
79無名武将@お腹せっぷく:2007/12/17(月) 11:40:13
       /:
   ∧∧ /  :
  (,,゚Д゚/    :
_ / つ/) _  :
〜(⌒)__)  /| ,, :   /⌒ヽ 釣れますか?
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|/,,,    (=゚ω゚= )ヾ
        〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
80無名武将@お腹せっぷく:2007/12/22(土) 19:33:58
万事倶に備われど、只東風を欠く
司馬昭の心は、路の人すら皆知る
事の後の諸葛亮
関を過ぎること五つ、将を斬ること六人
三人の革職人は、一人の諸葛亮に勝る
曹操の話をすれば曹操が来る
81無名武将@お腹せっぷく:2008/01/04(金) 20:30:00
物故?
82無名武将@お腹せっぷく:2008/01/16(水) 01:42:03
「阿斗」って、中国ではバカ息子って意味じゃなかったっけ?
あと「出蘆」ってのは違うのかな?コウメイが社会復帰したときの。
83無名武将@お腹せっぷく:2008/01/16(水) 11:11:41
小学館中日辞典より
A( ̄) Dou(∨)【阿斗】
<喩>他人の保護に頼る人;無能な人物.能なし
84無名武将@お腹せっぷく:2008/01/20(日) 21:47:45
忘年の交わり
85無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 18:25:37
堅壁清野
86無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 18:26:55
既生瑜,何生亮
87無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 03:38:23
ああ言えば孔融
88無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 09:41:50
賠了夫人又折兵
89無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 09:43:13
空城計
90無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 09:43:45
鞠躬盡瘁 死而後已
91無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 09:45:16
大意失荊州
92無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 09:46:27
》87
孔融讓梨
93無名武将@お腹せっぷく:2008/03/13(木) 13:42:26
良スレage
94無名武将@お腹せっぷく:2008/03/15(土) 16:02:17
ここまで強弩の末無し
95無名武将@お腹せっぷく:2008/03/16(日) 09:26:48
画餅
96無名武将@お腹せっぷく:2008/03/24(月) 12:06:20
》87
覆巣之下岂有完卵
97無名武将@お腹せっぷく:2008/04/10(木) 00:33:30
ニート三士を殺す

解説
 劉禅(字は公嗣)君は、蜀漢の皇帝を追われて
ニートな生活に入りましたが、そのドサクサに紛れて
三人の将軍(姜維、鍾会、ケ艾)が殺されました。
98無名武将@お腹せっぷく:2008/04/11(金) 20:38:14
疎きは親しきを間てず
99無名武将@お腹せっぷく:2008/04/11(金) 20:39:15
燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや
100無名武将@お腹せっぷく:2008/04/11(金) 20:48:02
脾肉の嘆
101無名武将@お腹せっぷく:2008/04/14(月) 12:02:37
ふむう
102無名武将@お腹せっぷく:2008/04/15(火) 07:30:54
盛り塩
103無名武将@お腹せっぷく:2008/04/15(火) 07:35:00
孟宗竹
104無名武将@お腹せっぷく:2008/04/15(火) 09:39:16
アッ!
105無名武将@お腹せっぷく:2008/04/15(火) 13:05:37
読書百篇の人、三國志には出てこない何故(?д?)
106無名武将@お腹せっぷく:2008/04/15(火) 20:38:09
むむむ
107無名武将@お腹せっぷく:2008/04/15(火) 21:11:24
何がむむむだ
108無名武将@お腹せっぷく:2008/04/15(火) 21:22:25
ふむう
109無名武将@お腹せっぷく:2008/04/15(火) 22:21:00
>>105
董遇三余ね
110無名武将@お腹せっぷく:2008/04/17(木) 00:55:55
ふむう
111無名武将@お腹せっぷく:2008/04/17(木) 02:13:52
ふむう
112無名武将@お腹せっぷく:2008/04/17(木) 04:05:52
ふむう
113無名武将@お腹せっぷく:2008/04/17(木) 11:58:34
ふむう
114無名武将@お腹せっぷく:2008/04/17(木) 13:30:15
ふむう
115無名武将@お腹せっぷく:2008/04/17(木) 13:32:50
ふむう
116無名武将@お腹せっぷく:2008/04/17(木) 17:24:09
ふむう
117無名武将@お腹せっぷく:2008/04/17(木) 20:50:09
ふむう
118無名武将@お腹せっぷく:2008/04/17(木) 20:51:20
劉備死すとも蜀漢は死なず!
119無名武将@お腹せっぷく:2008/04/21(月) 22:14:41
げぇっ関羽
120無名武将@お腹せっぷく:2008/04/21(月) 23:43:04
炎上って熟語はもっと時代が遡るか
121無名武将@お腹せっぷく:2008/04/22(火) 07:40:41
玄徳に過ぎたるものが二つあり。虎の大将と諸葛孔明。
122無名武将@お腹せっぷく:2008/04/22(火) 22:56:20
  ∧_∧
 ( ´・ω・) <こたつめ、ハハハ
 //\ ̄ ̄旦\
// ※\___\
\\  ※  ※ ※ ヽ<ハハハ
  \ヽ-___--___ヽ
123無名武将@お腹せっぷく:2008/04/22(火) 23:53:46
漱石枕流
124無名武将@お腹せっぷく:2008/04/23(水) 01:46:23
性交童貞
125無名武将@お腹せっぷく:2008/04/23(水) 05:17:20
126無名武将@お腹せっぷく:2008/04/23(水) 22:20:28
>>100まで
127無名武将@お腹せっぷく:2008/04/24(木) 02:50:13
遼来来
関羽瀬(?)
128無名武将@お腹せっぷく:2008/04/24(木) 19:08:31
呉宮の三絶
129無名武将@お腹せっぷく:2008/04/25(金) 15:07:20
青菜に塩!
これで決まりだ!
130無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 12:47:23
黄忠の いくぞぇ〜!
名言ですな(泣)
131無名武将@お腹せっぷく:2008/04/29(火) 02:53:02
132無名武将@お腹せっぷく:2008/04/29(火) 03:11:41
>>131
GJ
ふむうとか入っててワロタw
133無名武将@お腹せっぷく:2008/04/29(火) 12:38:32
孫尚香の 呼んでみただけ! は?
134無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 01:15:23
>>61
孫子は「兵は拙速を聞くも未だ巧久を聞かざるなり」
135無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 22:33:34
鶏肋とかは有名じゃん

ステキな勘違いの話

136無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 23:10:01
小諸葛

賢い子供のこと
137無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 12:41:00
なんでもないようなことが
しあわせだったと思う

虎舞竜
138無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 14:26:59
お互いの力が拮抗している「伯仲」は
孫策と孫権、どちらも秀でた才があったことから
139無名武将@お腹せっぷく:2008/05/05(月) 22:13:02
↑それホント?
140無名武将@お腹せっぷく
違うだろ…

長男につける字に伯、次男につける字に仲を使うことから
僅かな差しかないことを指しているんだべ