2 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/10(月) 20:55:58
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3つ成
『徳川家康』の主なキャスト
454 :無名武将@お腹せっぷく :04/05/19 23:07
徳川家康………滝田栄
豊臣秀吉………武田鉄矢
織田信長………役所広司
北政所…………吉行和子
淀君……………夏目雅子
築山殿…………池上季実子
本多作左衛門…長門裕之
濃姫……………藤真利子
納屋蕉庵………石坂浩二
西郷局(亀姫)…竹下景子
南光坊天海……竜雷太
石田三成………鹿賀丈史
石川数正………江原真二郎
本多正信………内藤武敏
伝通院…………大竹しのぶ
455 :無名武将@お腹せっぷく :04/05/19 23:09
雪斎……………小林桂樹
今川義元………成田三樹夫
今川氏真………林与一
華陽院…………八千草薫
武田信玄………佐藤慶
徳川信康………宅麻伸
徳川秀忠………勝野洋
松平忠輝………田中健
豊臣秀頼………利重剛
千姫……………石原真理絵
於万……………東てる美
徳姫……………田中美佐子
朝日姫…………岩本多代
茶屋四郎次郎…中山仁
明智光秀………寺田農
456 :無名武将@お腹せっぷく :04/05/19 23:10
大久保長安……津川雅彦
木の実…………紺野美沙子
酒井忠次………福田豊土
本多忠勝………高岡健二
松平広忠………近藤正臣
伊達政宗………尾上辰之助
柳生宗矩………夏木陽介
おみつ…………萬田久子
大野修理………谷隼人
加藤清正………伊吹吾郎
真田幸村………若林豪
前田利家………瑳川哲朗
亀姫……………原日出子
あやめ…………田中好子
五郎八姫………岡本舞
水野忠政………北村和夫
457 :無名武将@お腹せっぷく :04/05/19 23:12
本多正純………本田博太郎
毛利輝元………御木本伸介
武田勝頼………藤堂新二
岩松八弥………村田雄浩
市姫……………真野あづさ
小督……………白都真理
本阿弥光悦……大出俊
片桐且元………久米明
島左近…………川津祐介
水野信元………村井国夫
鳥居強右衛門…上條恒彦
木村重成………加納竜
鳥居忠政………橋爪淳
『葵 徳川三代』の主なキャスト
徳川家康………………津川雅彦
徳川秀忠………西田敏行
徳川家光………尾上辰之助(現・尾上松緑)
お江……………岩下志麻
淀殿……………小川真由美
石田三成………江守徹
徳川光圀………中村梅雀
豊臣秀頼………尾上菊之助
北政所…………草笛光子
毛利輝元………宇津井健
片桐且元………小林稔侍
大野治長………保坂尚輝(現・保阪尚希)
おりん(三成の妻)…高橋惠子
佐々介三郎……浅利香津代
安積覚兵衛……鷲尾真知子
島左近…………夏八木勲
蒲生郷舎………竜雷太
松平忠吉………寺泉憲
宇喜多秀家……香川照之
小早川秀秋……鈴木一真
大谷吉継………細川俊之
藤堂高虎………田村亮
安国寺恵瓊……財津一郎
吉川広家………なべおさみ
増田長盛………佐藤慶
長束正家………黒沢年男(現・黒沢年雄)
本多正信………神山繁
本多忠勝………宍戸錠
榊原康政………清水綋治
井伊直政………勝野洋
本多正純………渡辺いっけい
井上正就………天宮良
大久保忠隣……石田太郎
島津義弘………麿赤兒
島津豊久………山口祐一郎
石田正継………内藤武敏
石田正澄………津嘉山正種
福島正則………蟹江敬三
加藤清正………苅谷俊介
黒田長政………山下真司
細川忠興………佐々木功
池田輝政………磯部勉
浅野幸長………渡辺裕之
京極高知………大橋吾郎
浅野長政………三上真一郎
前田玄以………神山寛
小西行長………菅生隆之
田中吉政………斎藤志郎
加藤嘉明………早坂直家
織田有楽………平松慎吾
舞兵庫…………池上尚吾
石田重家………崎本大海
大谷吉勝………若林久弥
稲葉正成………石川武
可児才蔵………竹本和正
宮本武蔵………竹村直毅
脇坂安治………坂口進也
朽木元綱………阿部六郎
小川佑忠………伊藤紘
赤座直保………本田清澄
上杉景勝………上条恒彦
前田利家………北村和夫
島津忠恒………中村俊介
中村一氏………坂口芳貞
堀尾吉晴………三木敏彦
生駒親正………篠原大作
結城秀康………岡本富士太
於大……………山田五十鈴
阿茶の局………三林京子
大姥局…………草村礼子
千姫……………大河内奈々子
於万の方………長内美那子
大蔵卿局………馬渕晴子
お亀の方………床嶋佳子
お梶の方………森口瑶子
前田利長………長谷川初範
於茶阿の方……五大路子
西郡局…………岩本多代
お万の方………尾上紫
お夏の方………松尾あぐり
珠姫……………仲根紗央莉
松平忠輝………阪本浩之
藤田信吉………和田周
青山忠成………斎藤真
内藤清成………長克巳
安藤重信………藤田宗久
勝姫……………月見恭子
常高院…………波乃久里子
京極高次………小野寺昭
鳥居元忠………笹野高史
細川ガラシャ……鈴木京香
芳春院…………汀夏子
細川忠利………小栗旬
伊達秀宗………碓氷諒爲
京極忠高………辻輝猛
毛利秀元………小林健
雑賀孫市………鳥木元博
山内一豊………斉藤暁
細川忠隆………大沢健
真田信幸………堀越大史
奥平信昌………岸本功
蒲生秀行………清水邦彦
結城晴朝………大木正司
武田信吉………横堀悦夫
細川興秋………三田恭平
村越直吉………阿南健治
完子……………小川範子
長曽我部盛親…冨家規政
後藤又兵衛……重松収
立花宗茂………大和田伸也
毛利秀包………仲恭司
毛利元康………坂部文昭
志乃(秀忠側室)…櫻井淳子
徳川義直………赤羽秀行
伊達政宗………すまけい
天海僧正………金田龍之介
金地院崇伝……大河内浩
お静……………高橋かおり
広橋兼勝………石橋雅史
勧修寺光豊……井上倫宏
出雲の阿国……花柳貴代人
徳川頼宣………本郷弦
九条忠栄………山下規介
板倉勝重………鈴木瑞穂
徳川頼房………大柴邦彦
松平忠直………北直樹
初姫……………森下涼子
春日局…………樹木希林
孝蔵主…………樋田慶子
松平信綱………飛田航介
稲葉正勝………緒形幹太
三浦按針………テレンス・オブライエン
ヤン・ヨーステン…イェール・ポッチェス
お六の方………菊池麻衣子
皆川広照………大矢兼臣
徳川忠長………高杉瑞穂
土井利勝………林隆三
青山忠俊………石倉三郎
酒井忠世………岩崎ひろし
古田織部………依田英助
中宮和子………酒井美紀
後陽成天皇……木下浩之
板倉重昌………寺杣昌紀
木村重成………畠中洋
大野治房………高橋和也
渡辺糺…………梨本謙次郎
明石掃部………松橋登
薄田隼人正……湯浅実
塙団右衛門……須藤雅宏
林羅山…………寺尾繁輝
織田信雄………清水幹生
真田幸村………西郷輝彦
前田利常………荒井靖雄
お楽(家光側室)…仲間由紀恵
千代姫…………桑名里瑛
お万(家光側室)…持田理沙
お夏(家光側室)…石川瞳
堀田正盛………明日良
>>1 乙です。
>>9-19 実に豪華キャストです。
見てみると芝居をぶっ壊すような大根タレントが少ないのがよく分かります。
1年間楽しむのですから、主役の人気頼みでは困りますね。
>>21 釣りバカで言うと、三國連太郎も家康キャラ(最晩年)かな。
23 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/14(金) 15:38:14
>>19 鷹司孝子・・・中江有里
お振の方・・・木内晶子
も忘れないであげて
>>23 お振の方って最初は男装して小姓として仕えていたよね?
27 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/15(土) 21:49:50
前スレが1000到達したので浮上させます。
28 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/15(土) 21:51:10
家康:後家好き、晩年はロリコン
秀忠:恐妻家
家光:強烈な男色癖、尼好き
家綱:タネはあるけど虚弱
綱吉:強烈な男色癖
家宣:バイセクシャル
家継:童貞
吉宗:権勢欲>性欲
家重:やることはやってる。
家治:薄い
家斉:種馬
家慶:種馬2号
家定:奇行癖
家茂:純愛
慶喜:オヤジが種馬1.5号(本人もなかなかの種馬)
29 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/16(日) 01:58:50
家斉の子でもまともに成人したのはこの程度。
1789-1817 淑姫(尾張名古屋藩十代藩主 徳川斉朝室)
1793-1853 家慶
1800-1853 峯姫(常陸水戸藩八代藩主 徳川斉脩室)
1801-1846 斉順(紀伊徳川家)
1809-1837 文姫(讃岐高松藩十代藩主 松平頼胤室)
1810-1845 斉荘(尾張徳川家)
1811-1847 盛姫(鍋島斉正室)
1813-1868 溶姫(加賀金沢藩十三代藩主 前田斉泰室)
1814-1891 松平斉民(美作津山藩へ)
1817-1872 末姫(浅野斉粛室)
1818-1868 喜代姫(酒井忠学室)
1819-1839 斉温(尾張徳川家へ)
1820-1849 斉彊(紀伊徳川家へ)
31 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/16(日) 16:33:15
>>29 鉛白粉と大奥という環境を指摘する声があるね。
政敵が闇から闇に葬ったということもあったのかも知れない。
32 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/16(日) 17:56:11
33 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/16(日) 19:18:39
>>29 大名家も押し付けられていい迷惑だよなぁ・・・
嫡子がいるのに将軍家のために廃嫡したり、嫁を迎えるのに莫大な財産をつぎ込まなきゃいけない。
前田家に嫁いだ溶姫は、将軍の娘という地位に奢らず夫によく仕え、
あの父母からよくこんないい娘が生まれたなってくらい人のできたお姫様だったらしいけど。
34 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/16(日) 22:24:53
>>33 >嫡子がいるのに将軍家のために廃嫡したり
何とも迷惑な話。
かつて幸松丸(保科正之)を引き受けることになった保科家でもそういうことがあったね。
但し、保科家の場合には正光が弟・正貞を養子としていたので、実子を廃嫡にするのとは
多少勝手が違うかもしれないが。
なお、正貞は廃嫡から2年後、事情により保科家を離れ、桑名の松平定勝の下で食客と
なっていた時期もあったが、後に徳川家に仕えて大坂・二条城番を務め、上野国飯野に
1万7千石を与えられている。
なお、保科正之が会津に転封となって松平姓を名乗るようになったのを機に、正之が飯野
保科家に家宝の類の一切を返却し、以後、飯野保科家が嫡流となっている。
保科正光には小日向家から迎えたもう1人の養子・正重がいたが、正之の入嗣前に病没
したという。
35 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/17(月) 00:01:52
>>34 末期にはもう廃嫡された元・嫡子に与えるような所領もなかったしね。
それがあるくらいなら、自分の子に与えているだろうし。
姫の場合にも化粧料すら捻出できなかったようだし。
36 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/17(月) 16:09:48
>>33 溶姫も晩年はあまり幸せではなかったようだが。
37 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/18(火) 17:54:28
>>36 維新後、加賀に移り住んで間もなく急死。
徳川家の姫君ゆえに維新後は冷遇されたようだね。
38 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/18(火) 22:25:55
小山内美江子……ガチの共産主義者
ジェームス三木……終戦時、満州での悲惨な経験により左派系支持
39 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/19(水) 01:48:47
>>37 前田家も時流に乗り遅れちゃったしな。
しかも、将軍家と縁続きとなると新政府の下では厳しいはず。
>>28 >家継:童貞
これは仕方ないだろ。むしろ童貞じゃなかったら恐いぞ、さすがに。
41 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/19(水) 12:03:39
>>28 >家治:薄い
家治は愛妻家にしてやってくれ。
歴代将軍夫妻の中でも微笑ましいくらいのオシドリ夫婦。
42 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/19(水) 18:06:41
43 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/19(水) 23:26:50
>>40 だよね(w
側室を置くならば種の濃い間は後家さんがいいね。
子供を産んだ経験があれば尚更。子を産めない側室に無駄な種を使ってもな。
それにどうせ公家娘なんて子を産めるような体力ないだろうし。
で、中年過ぎたら「アンカ」代わりにロリータ趣味に。
その点でも大権現様は合理的。
>>43 確かに偉くなった途端、美女狩りとかやってしまう
劣等感丸出し男ってのは魅力ないなぁ。
>>43 ネパールあたりの結婚だな。婚礼をあげる前に子供のいる男に孕まされて
子供産めますよって証明してからじゃないと結婚できないっての。
末子相続だから出来るんだろうけど。
46 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/20(木) 02:30:32
>>43 家康の場合は「無駄撃ちしない」作戦の他に、築山殿へのコンプレックスがあるんじゃないの?
人質時代から散々バカにされ続けたようだし。
築山殿とは対照的な身分の低い寡婦に走ったと。
47 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/20(木) 21:28:14
>>46 同年説と10歳近い年の差説とがあるよね。
48 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/20(木) 22:43:03
10歳年上説は、築山御前の悪女ぶりを誇張させるために
後世の人が後付けしたという説があるみたいだが。
4つ上だったとうろ覚えが。
言われるほど仲が悪くなかったと言う人もいる。
まあ確かに築山殿が悪女の方が幕府にとっては都合がいいよな。
実際の築山殿はさっぱりわからないけど。
51 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/21(金) 00:37:25
姉さん女房の方が萌えるじゃん。
今でこそ姉さん女房は珍しくないけど、
夫の方が年上っていう夫婦が圧倒的に多かった当時としては、
家康(同年説もあるが)、秀忠、家光、家綱と4代続けて妻が年上っていう家も珍しいよね。
あと家宣と慶喜もそうだっけか?
52 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/21(金) 07:25:14
53 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/21(金) 09:25:01
>>50 でも、築山殿は岡崎に置かれていたね、浜松時代も。
54 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/21(金) 18:57:24
>>53 で、西郷局が浜松に。
これって愛人と一緒に家族と別居してます、ってことだよね。
さすがは大権現様。
55 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/21(金) 23:25:45
>>51 ええ、しっかり者の姉さん女房は下半身のチェックも厳しいですよ。
56 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/22(土) 03:33:59
57 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/22(土) 14:58:33
58 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/22(土) 15:18:22
一説によれば、家康から築山殿にプロポーズしたらしい。
築山殿は美女の誉れが高く、その姿を垣間見た家康が一目惚れ。
今川義元(?)に頼み込んで婚姻したそうだ。
60 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/22(土) 17:43:58
>>59 で、のちにプロポーズした事を後悔すんのか。メガヒドス
なんかの小説で、若き瀬名が川で褌一丁で水浴びをする竹千代を見て、
顔はブサなんだけど、その逞しい肉体に恥いつつも惹かれてしまうって描写があったなぁ。
家康は青年期はデブはデブでも筋肉デブだったらしいからな。
がっしりとした感じがタイプなら、惚れるかもね。
それこそ葵徳川三代でやってたな。
デブり出したのは晩年、腹の虫をやった以降だって。
63 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/22(土) 21:42:21
>>59 逆に選り好みをしているうちに嫁に行き遅れて、宿無しに押し付けたって説もあるが。
一応、義元には目をかけられていたみたいだし、それはないんじゃない。
まあ、義元にしてみれば家康を一門にして三河支配を手堅いものにできればよかった訳で、
そういう副次的な理由もあったのかもしれないけどさ。
65 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/23(日) 01:16:06
男装の加芽・・・(;´Д`)ハァハァ
66 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/23(日) 18:25:36
67 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/23(日) 22:42:24
>>64 とりあえず厳しい作戦を押し付けて、それで生き残れば使ってやろうと。
そんな感じでは?
68 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/24(月) 13:08:07
>>63 10歳年上説にはあまり根拠がないらしいけど。
69 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/24(月) 13:38:04
「徳川家康」では今川家に鶴姫、亀姫の2人がいて、鶴姫が池上季実子、亀姫と西郷局(一人二役)
が竹下景子だったよね?
70 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/24(月) 14:40:03
叔父(今川義元)の年齢から考えても、
築山殿が10才年上なんてありえないよ。
71 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/24(月) 15:46:35
10歳年上説をとった場合、築山殿の生年は1532年という事になる
義元の生年が1519年。
築山殿の母は義元の妹ないしは養女といわれてるから、
やっぱ無理が生じてくる罠。
まぁ、家康と同年、年上だとしてもせいぜい1〜2歳程度と考えるのが妥当じゃない。
>>67 そうだとすると、自分の片腕を家康の教育係にしている事に説明がつかない。
義元−雪斎みたいに、家康に氏真を補佐させようとしていたのかも、
そうではないとしても、有力武将の一人として今川の屋台骨を支えさせようとしていたと思う。
73 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/24(月) 16:23:56
>>69 亀姫は初恋の女性という設定だった気が。
なんで、あの凶暴な長女と同じ名前なんだろう…
義元は家康を一門として大事にしていた。
だから元の字を与えた。
尾張攻めの先鋒を任されたことをマイナスにとらえる向きもあるが、
先鋒は最も重要かつ名誉ある役割であり、義元の信頼の現れ。
家康もその信頼によく応えて戦果を挙げている。
家康は今川家滅亡後に氏真を保護し所領を与えている。
それを見ても、勢力拡大のために今川家と戦ったが、恨みは無かったと思われる。
75 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/24(月) 16:53:01
>>73 亀姫(吉良御前)と鶴姫(築山御前)が
自分達が他家に嫁ぎ、もし娘が産まれた時は
その娘にお互いの名前を付けようと約束していた。
築山御前に娘が産まれた場合は亀姫と、吉良御前に娘が産まれた場合は鶴姫と名付けるって感じに。
確か亀姫が生まれたとき築山が家康にそんなお願いをしていた気がする。
76 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/24(月) 17:03:57
>>72 岡崎衆は今川家臣ではないからね。
その御曹司殿を手元に置くのに、ろくな教育も施さないんじゃ拙いでしょう。
岡崎衆の宣撫工作のためにも、優秀な教育係をつけております、というのは大事なポーズ。
と悪意的に解釈してみる。
77 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/24(月) 17:11:04
>>74 一門の姫を与え、縁戚として扱うのは良いとしても、元の字を与えて元信、元康と名乗らせたのは
明らかに家臣化を企図したものでしょうね。
常に犠牲の多い先手は岡崎衆でしたから、士気高揚のために元康を大将に据えるなんて心憎い
演出じゃありませんか。
それでもし不甲斐ない戦いでもしようものなら・・・と考えるのが無難だと思いますね。
>家康は今川家滅亡後に氏真を保護し所領を与えている。
これは掛川開城の際に交わした密約という説もありますね。
78 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/24(月) 23:24:59
>>77 東から武田軍が侵攻しつつあったからね。
掛川城攻略に時間を掛ければ掛けるほど、自軍にとっては不利になっていく
状況だったしね。
80 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/25(火) 05:07:03
>>78 牧野城主に据えたんでしたっけ?
でも、城主であった期間はそれほど長くはないですよね?
81 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/25(火) 09:30:23
>>77 確か掛川城兵の助命と開城と引き換えに、氏真、家康、氏康の間で
「武田軍を駿河から駆逐した後、氏真を駿河国主として迎える」という
約定を交わしたんじゃなかったか?
82 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/25(火) 09:31:08
>>80 元亀2年に氏康が病没し、その遺命により氏政が武田氏と和睦して
しまったことで、頼るべきは家康ただ一人になってしまったと。
そこで庇護を求めて遠江に移り、諏訪原(牧野)城主となったまでは
良かったが、間もなく解任されたと言うよね。
当時としては家康も三河・遠江の防衛と経営に手一杯で、とても駿河
に侵攻できる状態ではなかったわけだけど。
83 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/26(水) 04:59:54
84 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/26(水) 21:01:19
氏真と言えば林与一。
85 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/26(水) 23:11:04
氏真の書いた記録に、
家康と関係をもっていたとあるらしいが…
86 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/27(木) 05:48:10
>>85 衆道の間柄?
そちらの世界では太マッチョ系はもてるからなぁ。
87 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/27(木) 10:22:36
88 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/28(金) 02:08:08
89 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/28(金) 19:28:25
90 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/28(金) 20:20:16
こっちが本スレみたいなのでこっちで聞きます
大河の葵で家康が黒田長政か秀忠に「○○から目を離すな」
と言っていたんだけど誰か思い出せない。
福島正則だったような気もするけど・・・
誰か教えてください。
91 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/28(金) 22:31:16
>>91 おっと会話の成り立たないアホが登場〜
質問文に質問で返すとテスト0点になんの知ってたか?
JOJO厨は巣に帰れ。
だから本誌から島流しに会うんだよ。
>>90 政則であってる。
「福島政則から目を離すな、直情径行ゆえ謀略にのりやすい〜・・・
〜・・・逆上のあまり心変わりいたしかねる。」
94 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/29(土) 02:27:21
>>93 蟹江さんの台詞の半分くらいは「ぬぁ〜に〜ぃ!!!!!!!」で
占められていたような・・・
95 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/29(土) 07:03:12
>>94 血圧上がりっ放し状態だったよね。
対して、清正(刈谷俊介)は陰が薄かったような。
96 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/29(土) 15:00:51
97 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/30(日) 00:36:53
>>95 福島も大坂の陣後、改易になったところで出番終了。
98 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/30(日) 04:56:05
どうせならもう少し千姫にクローズアップしてもらいたかったな。
99 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/30(日) 09:12:13
大河内奈々子のあまりの大根さに台詞が大幅カットされたって話を聞いたぞ。
100 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/30(日) 16:26:14
>>99 そうなの?
でも、ジャリタレの姫様に比べれば芸歴も長そうだしね。
101 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/30(日) 16:47:28
>>99 病弱そうで痛々しい印象。
縁切り寺と本多忠刻との馴れ初めくらいやってやれっての。
時代劇の大事なところでもあるんだけど、当時の風習と現在の価値観の違いというのを
視聴者に理解してもらう努力って必要だと思うんだけどね。
例えば、三行半なんて現在の認識とはまるで違った制度だったわけだし。
「女は政略の道具」一辺倒で塗り固められているけど、実際にはそうでない部分もあった
わけだしね。
来年の作品ではそのあたりに日が当たるんだろうか?
103 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/31(月) 04:01:11
>>102 そこまでのものを求めてないでしょ、視聴者は。
104 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/31(月) 12:11:56
そういや昔の大奥で三原じゅん子が
大坂の陣のショックから立ち直れずに酒浸りの毎日を送ってるというという
やさぐれた千姫やってたな
105 :
104:2005/10/31(月) 12:13:20
毎日を送ってるというという→毎日を送ってるという
に訂正ね
106 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/31(月) 14:20:20
>>104 それ以前に三原じゅん子というキャストに拍手。
107 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/10/31(月) 15:19:58
和子が杉田かおるだっけか?
>>104 関テレ制作の『大奥』リメイク版だろ?
>>107 和子は高橋かおり(子役)から杉田かおるへバトン。
スレ違いどころか板違いだが一言。
隆慶一郎先生は秀忠になにか恨みでもあったのですか?
110 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/01(火) 04:06:12
>>108 お万の方は、大河ドラマの姫様役の第一人者・紺野美沙子でしたね。
111 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/01(火) 12:12:13
大奥リメイク版は徳川家康って同時期に放送してたが、
キャストがダブってる事が多かったな。
112 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/02(水) 02:54:04
>>110 紺野美沙子の三条夫人なら粗略に扱わないぞ!!!!
>>112 でも、諏訪御料人も捨て難いよねぇ。。。
114 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/02(水) 08:40:51
115 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/02(水) 09:55:51
築山殿と恵理
同じ人が演じていたとは思えない…
116 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/02(水) 12:38:06
117 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/02(水) 15:33:37
「風林火山」の信玄公がTOKIOの松岡である件
118 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/02(水) 17:46:47
池上姐さんにまた大河出てほしい…
築山殿、淀殿、(大河じゃないけど)三条夫人と戦国三大タカビー女を演じている。
119 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/03(木) 05:19:15
>>118 末路は悲惨な役柄が多いな。破滅型の姫君・・・
いつの間に武田家の女たちのスレに・・・
>>120 >徳川将軍家が登場するその他のドラマとの作品比較も大歓迎です。
>ふふふ・・・
というスレですからね。
徳川家を語るとなると武田家に話が及んでしまうのですよ。
しかし、何が「ふふふ・・・」なのかよく分かりませんが。
122 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/03(木) 11:21:23
>>119 草燃えるでも大姫様やってたしな。
ところで将軍家を舞台にしたドラマなら「春日局」もあり?
秀忠がお江与や竹千代に対して怒ってばっかいた印象がある。
123 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/03(木) 16:15:45
>>122 比較対象としてはノー・プロブレムでしょう。
124 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/04(金) 05:04:14
>>122 中村雅俊でしたっけ?
それほど印象の強いドラマではなかったような。。。
125 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/04(金) 13:05:45
>>124 家康が丹波哲郎、秀忠が中村雅俊、
家光が江口洋介だった。
浅井三姉妹が上から大空真弓、松原智恵子、長山藍子。
秀吉が藤岡琢也、ねねが香川京子、
秀頼が渡辺徹、千姫が野村真美だったかな
チリチリパーマの秀吉と大霊界家康と若き日の若村麻由美しか印象に残ってないよ…
126 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/04(金) 15:40:39
>>125 >大空真弓、松原智恵子、長山藍子
萌えてこない・・・
127 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/04(金) 16:35:41
>>125 フジタクの秀吉がかなり変だった…
この人は家康役のほうがあってるかも
128 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/04(金) 17:25:13
お江与と秀忠の婚礼が決まった時の家康の秀忠に対する台詞
滝田家康「2度も夫と生き別れになった女子をそちが幸せにしてやろうとは思わぬか?」
丹波家康「2度も嫁に行った女子を押し付けてくるとは人を馬鹿にしておる!!」
両作の家康の性格の違いを如実に表した台詞だな。
てか長山藍子を押し付けられりゃ誰だって文句を言いたくなるか。
>>126 少女時代は喜多嶋舞、宮沢りえ、坂上香織だった
129 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/05(土) 13:00:40
>>128 秀吉の都合ひとつで3度も・・・許すまじ!
131 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/05(土) 15:58:12
>>128 バツ2の長山藍子との間に2男5女・・・・秀忠恐るべし・・・・
132 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/05(土) 18:23:40
春日局では長丸もお江与の子と言う事になってたから3男5女。
マジ秀忠尊敬するよ。
133 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/05(土) 18:30:22
n n
(ヨ ) ( E)
/ | _、_ _、_ | ヽ
\ \/( ,_ノ` )/( <_,` )ヽ/ / good job!!
\(uu / uu)/
| ∧ /
秀忠 於江与
134 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/05(土) 18:37:49
『葵』では志乃(櫻井淳子)が伏見で秀忠と××しちゃった設定だったよね。
しかし、お江与こと「姐さん」の激怒ぶりを見たら、大抵の男は萎えるよぉ・・・
135 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/05(土) 23:22:08
>>134 バツ2の極妻姐さんとの間に2男5女・・・・釣りバカ秀忠恐るべし・・・・
136 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/06(日) 10:03:27
>>135 次回作は釣りバカ家康ですけどね。
また、太鼓腹に赤褌で走り回っちゃうんでしょうか?
137 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/06(日) 13:32:16
>>135 バツ2の極妻姐さんには、前夫との間にも一女(完子)が・・・・姐さん恐るべし・・・・
138 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/06(日) 16:42:13
139 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/06(日) 23:24:34
>>138 「私にお任せくださいませ」Part.2ですから。
140 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/07(月) 00:20:20
>>136 家光誕生の時、嬉しさのあまり赤褌で走り回るのかw
141 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/07(月) 14:32:33
>>138 来年の大河は99%地雷だと思ってる。
風林火山に激しく期待、というか信玄公大好き。
信玄は鼻デカ兄さんがやってるのにな
143 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/07(月) 15:06:48
>>134 大奥で高島礼子(こちらもやっぱり極妻)扮するお江与が、
渡辺いっけい扮する秀忠にものすごい剣幕で、お静との浮気を問い詰めるシーンがあったなぁ。
鬼の形相のお江与に腰を抜かして脅える秀忠にワロタ。
糞ドラマだったけど、この二人だけは好きだった。ハマリ役。
>>141 99%とはまた低いな。
確実に、地雷だよ。
145 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/07(月) 18:09:12
>>143 後半に行けば行くほど糞でしたね。やはり続編ってダメですね。
あれなら痣付き家定の方がナンボも良かったです、はい。
146 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/08(火) 09:45:34
>>145 >痣付き家定
あれは良かったね。
スペシャルではハリスにケンカ売ってた。
>>146 ああ、「浦賀の大砲の返礼じゃ!」のシーンね。
148 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/08(火) 12:12:53
>>147 確かにハリスと謁見したときに、徐に足踏みをしたってエピソードはあったらしい。
有名な家定奇行禄のひとつ。
しかし、それを「浦賀の大砲の返礼」とは・・・・実に上手く表現したもんだ。
149 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/08(火) 12:53:29
家慶役の大杉漣がいい味出してたな。
本当に爬虫類系のエロオヤジって感じで。
閨で石田未来の腕の火傷をねっとりと舐め回すシーンが忘れられない。
150 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/08(火) 13:13:41
>>149 ただ生きていればいい、上様っていいよなぁ。。。
151 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/10(木) 11:50:28
>>149 しかし、家慶の子って家定以外成人してないんだよねぇ。。。
152 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/10(木) 12:27:44
大人の無法地帯
http://www.infosnow.ne.jp/~sevas/adult/japan/japan2.html 世界で一番偉い人って誰でしょ?
判りやすく言えば、世界で最も権威のある人。
もっと砕けて言えば、世界で最も地位が高い人。
ぶっちゃけて言えば、皇帝が一番偉い。
以下法王、王様、大統領、首相の順に続く。
一覧にするとこんな感じ
皇帝(emperor)≧法王(Pope)>王様(king)> 大統領(president)>首相(premier)
皇帝と法王の間は一応≧にしてるけど、ほぼ=。
ちなみに法皇だと皇帝と法皇兼任ですので更に偉い。
で、これを現在の世界情勢に合わせてみると・・・
天皇陛下(emperor)≧ローマ法王(Pope)>英国女王(Queen)>
アメリカ大統領etc(president)>日本国首相etc(premier)
っつーわけで、天皇陛下が一番偉い。
と、まで言わないが、世界で2トップのうちの一人なのよ。いや、マジで。
言い方によっては、先に書いたとおり日本神道の法皇なわけだから、ぶっちぎりで偉いともいえる。
ただ、白人にとってはキリスト教以外はどうでもいいので、普通に皇帝(emperor)扱いですな。
そんな訳でエリザベス女王だって天皇陛下と同席するときは上座を譲るし、当然アメリカ大統領だって空港へホワイトタイで出迎えます。
ちなみにアメリカ大統領がこの歓迎の仕方をするのは、天皇陛下とローマ法王と英国君主のみ。
アメリカ大統領に最敬礼させられるのはこの3人のみといったほうが判りやすいか?
153 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/10(木) 17:39:31
154 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/10(木) 18:01:40
>>148 その時のナレーションが奮ってるんだよなぁ。
「米国の理不尽な軍事的恫喝にはけっして屈しない。あくまで対等に米国と交渉を進めたいとする。
それは堂々たる一国家の宣言でした。結果的にこの発言が、アメリカに抑止力として働き、国内の
攘夷派の予想に反して、幕府はこの時点での外交を水際でうまくやりおおせたのでございます」
155 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/10(木) 23:11:57
>>154 あのシーンにそこまでの意味を持たせるか?とは思うが、脚本家の思想背景が
ちょっと顔を覗かせて好感。
157 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/11(金) 15:55:10
第一章ではものすごい叩かれてたけどなW>脚本家
ありゃ無理ないか・・・ショムニののりで書いてるんだもん。
158 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/11(金) 18:12:43
>>153 種や畑が悪いというか、大奥の環境や生活習慣そのものが母体に最悪だよな。特に貴族化してから
化粧や食事はもちろん、外に出られるといえば中庭を散歩する程度。
女社会だから嫉妬や羨望によるストレスだってあっただろうし、こりゃ胎児にも悪影響だよ。
仮に成長しても、奇形や障害を持った子も多かったみたいだし、家慶も精子に異常があってもおかしくないよな。
唯一成人した家定だって癇癪持ちの病弱で30代でアボン
やっぱり戦国の気風で育った家康や秀忠の子ってそこそこ生きてる人多いもの(勿論夭逝した子もいるが)
159 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/11(金) 19:39:02
>>157 というか・・・第一章以降はもうダメでしょ。
今やってるのなんて見る気しないもの。
>>158 むしろ幼少のうちに見性院、保科家を渡り歩いた幸松の方が壮健だったりして。
>>158 環境の問題もさることながら、鉛白粉による鉛中毒も大きな原因のひとつでしょう。
当時の乳母たちは、鉛の成分が含まれた白粉を顔から首筋、胸から背中にかけて広く厚く塗って
おり、乳児は授乳の際にこれを舐めてしまうため、貧血や歯ぐきの変色、便秘、筋肉の麻痺、脳膜
の刺激症状といった鉛中毒を起こしていたのではないかと推測されます。
事実、明治時代になって大きな問題となり、使用が禁止された経緯もあるのでほぼ間違いはない
と思われます。
162 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/12(土) 17:53:43
>>161 環境が最悪なうえに鉛中毒・・・逆に成人した香具師の方が偉いわな。
163 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/12(土) 22:16:08
>>158 もう後半戦は悲惨極まりない状態だったしね。
164 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/12(土) 22:17:17
今日のしんぶん赤旗、滝田栄が共産主義者と一緒に憲法改正反対の声明出してた……
>>164 平和主義的家康ですから・・・って個人の思想信条どうでもええわい。
166 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/13(日) 02:43:14
(〜0〜)
168 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/14(月) 13:29:25
>>166 以前、綱重と家茂?の頭蓋骨の比較ってのがあったね。
顎まわりとかの発達具合の歴然たる違いにビックリ。
169 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/15(火) 14:13:05
>>168 墓を暴かれて頭蓋骨を調べられてしまうなんて将軍様も大変だな。
170 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/15(火) 15:14:49
墓を暴かれてというか、改葬するついでにって感じじゃなかったっけ
お江与は火葬だったため分からないが、将軍夫人や側室は結構美人ぞろいだったそうだ。
172 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/15(火) 22:59:27
元禄繚乱再放送キタコレ
ついでに葵徳川三代もやってくれ。
利家とまつイラネ
173 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/16(水) 02:59:35
174 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/16(水) 09:55:58
来月放送開始だから間に合わない。
>>170 あれ?お江与は骨柄の華奢な人だったと読んだ気が。
140cm位だったらしい。
176 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/16(水) 15:56:16
177 :
170:2005/11/16(水) 23:02:14
>>175 あっ、顔に限定しての話ね。
もともと火葬だったお江与と、
棺の蓋の重みや浸水した雨水によって遺骨が最悪の状態になってしまった秀忠と家継については
顔の復元が不能だったそうだ。
しかしなんでお江与だけ火葬だったのだろう・・・
178 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/17(木) 11:33:31
>>177 晩年は家光どころか秀忠との関係も良くなかったという説も。
179 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/17(木) 14:59:03
お江は夫や子供にあまり執着してなさそう…
180 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/17(木) 18:41:08
しかし、忠長の正室は織田家の姫だからねぇ。
忠長の正室に自分の親戚筋の姫を据えたのはお江与の意向があったと思われる。
偏愛していた忠長に対してお江与が入れ込むのは分かるのだが、
母子仲が最悪と言われていた家光の結婚の際、鷹司孝子はお江与の養女として輿入れし、
(家光正室の選定にもお江与の意向があったという説もなんかの本で見たような・・・)
婚儀の際はお江与も家光夫妻とともに能を愉しみ、
二の丸に帰らずそのまま本丸に泊り込むほどの入れ込みようだったそうだったから、
母子仲が悪けりゃここまでやるかなぁ?って気はする。
家康から忠長偏愛を嗜める訓戒状を貰って以降、
忠長への肩入れは変わらなかったものの、家光を嫡子としてちゃんと立ててはいたそうだから、
181 :
180:2005/11/17(木) 18:53:13
ごめん途中で送っちゃった・・・
家康から忠長偏愛を嗜める訓戒状を貰って以降、
家光を嫡子としてちゃんと立ててはいたそうだから大権現様の意に素直に従ったって事か?
まぁ、ドラマでは烈女として書かれがちのお江与も実際は大人しい物静かな性格だったという説もあるから、
お江与自身は案外後継者が誰とかにそれほど執着はなくて、
春日局が勝手に暴走して事を起こした故の後継者争いだったのかも・・
182 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/18(金) 21:35:44
>>181 そのわりには嫉妬で騒動起こしてるけどな。
183 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/19(土) 03:13:18
184 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/19(土) 16:04:07
>>183 生母を春日局とする説があるようだが、ありゃ、何の根拠があるんだ?
185 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/19(土) 22:32:49
うろ覚えでスマンが、前読んだ本書いてあった話だと、
家光の誕生は慶長九年七月。そうなると前年の九月に仕込まないといけないわけだが、
その頃お江与は千姫の婚礼の後で京に逗留していたから無理があるって事らしい。
ちなみにこの頃、お江与は初姫を産んだばかり。
春日は実は当初奥女中の一人として奉公していて、
お江与が千姫輿入れの付き添いで城を留守中に、秀忠が鬼の居ぬ間にと春日に手を付けて出来ちゃったのが家光。
世継ぎが女中ってのもあれだし、お江与への遠慮もあったので、春日は生母としては認められず
系図上ではお江与を生母とし、春日には乳母として家光を育てさせたって話らしい。
確かに春日が乳母に取り立てられるまでの経緯は諸説あるがなんか胡散臭い・・・
映画「女帝春日局」では乳母の面接に来た春日に家康の手が付いて春日が妊娠。
お江与の産んだ子は死産だったため、春日(と家康)の子を替え玉とした。これが後の家光という設定。
186 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/20(日) 18:21:55
>>185 んで、家光は徹底して「かかさま」嫌いだったと。
筋が通るじゃん(w
187 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/21(月) 00:32:08
乳母をしてたということは、春日に家光と同じ年齢の子がいるはずなんだが…
188 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/21(月) 06:49:51
>>187 忠長の小姓をしてた稲葉正利じゃなかったっけ?
そう考えると春日生母説は無理があるか・・・
189 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/23(水) 13:42:00
190 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/23(水) 14:25:50
>>189 1603年。
家光誕生の前年だが、月日までは分からない。
正利の資料自体少なすぎ。
191 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/23(水) 18:42:25
>>190 乳母は必ずしも乳をやるためだけの存在ではない、と言ってみる。
192 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/24(木) 02:14:35
193 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/25(金) 03:13:27
尾張徳川家21代当主、徳川義宣氏が死去
ttp://newsflash.nifty.com/news/tk/tk__yomiuri_20051124i514.htm 尾張徳川家21代当主で、徳川家康の遺品などを収蔵する名古屋市の徳川美術館館長を務める
徳川義宣(とくがわ・よしのぶ)氏が23日、肺炎で死去した。71歳。
告別式は29日午後2時、東京都文京区大塚5の40の1護国寺桂昌殿。喪主は長男、義崇氏。
銀行員だったが、結婚により徳川家に入ったのをきっかけに、同館長に転身。
散逸の危機にあった旧大名家のコレクション保存に尽力し、国宝「源氏物語絵巻」など
優れた収蔵品を生かして、同館を日本有数の私立美術館に育てた。
学芸員の資格を持つ美術史の専門家としても活躍し、青山学院女子短大などで教べんを執った。
194 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/25(金) 15:27:40
195 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/26(土) 16:06:12
196 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/26(土) 17:45:14
>>192 足利義政と今参局みたいなケースもないことはない。
197 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/27(日) 18:44:43
>>196 あれは乳母というよりは子守姉やみたいなものでしょ?
198 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/27(日) 19:21:50
>>197 確か義政と今参局の間にも子供いたよな?
199 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/28(月) 01:22:04
>>197 保母から家庭教師、んでもって愛人に変化かいな(w
200 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/28(月) 15:30:12
>>199 まあ、あの守銭奴みたいな嫁と比べたら、どっちが心休まるかって話でもあるんじゃない?
富子ってそんなに美女じゃなかったみたいだし。
>>200 富子ってのもあまりいい印象ないんだよなぁ。。。
京が餓死者で死屍累々の有様だというのに庭園作りに躍起になっている旦那と、
それを横目に関銭だの何だのと徴収しまくってセッセと金を溜め込む嫁。
もはやどうしようもない状態。
202 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/28(月) 20:17:52
富子の場合はダンナが働かないんだから仕方ないべ
203 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/28(月) 20:30:12
>>202 義政も一時はやる気になっていたんだけどねぇ・・・
ありゃ、もはや性癖だから・・・
204 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/29(火) 18:07:50
>>203 義政ひとりでどうにかなった問題じゃないしね。
そもそも足利家には守護大名に伍する直属軍というものが存在しないし。
205 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/29(火) 23:17:30
>>202 でも、義政の活動資金を捻出していたわけじゃないでしょ?あの守銭奴女は。
すみません、葵の御紋のAAを探しているのですが
どこかにありませんか?
207 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/30(水) 01:10:12
208 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/11/30(水) 21:52:06
守銭奴だってさ '`,、 ( ´∀`) '`,、
_,,. -- ....,,,_
_,,. -'''"~ ~''''ー-.,,_
_,.‐'" _,,,,,_ ~''‐.,,_
_,.-" _,, -‐ ''"ヽ. ヽ ~`'''ー-.,,_ '-,
, " _,-'" _,. ‐'''' ''¬ )''"~^''ー .,_ ~''-._ ヽ
/ , '" ,< _,. -‐( )( )‐- ,,,.へ '‐.,, \
, ' / ,く / /フT T~i \ ゙ 、 ゙>、 \ ゙、
/ .' レ'"__/ / | l ゙i \._\i ゙、 ゙、
/ ,' ∨ / /. ! | ', ゙,__ヽフ ヽ ',
.' / `7 _,,/| /l | |\ L ノ ゙, ',
! ,' ,.-, ‐- ._` -''_|/ ゙ l\. ト、/`/ _,,....,,_ l i
l ' ,<~7∨∨ |/ l~- _ ''ー"_゙、 ノ∨_`-'~_,,.-'「∨ Vヽヽ. l l
! l / .∨ ゙y' レ" /ニー.,,_ _,,.. -~」 丶| ∨ ',/ヽ. l |
. ! l l\/ / / /,. -'‐''''フ 「` ┘-.,,i \ ヽ |/|. l !
! l ! `,. / / ,.-'" / l │ゝ、 `-,,_ ヽ. ゙, / l l !
i ゙, ', レ‐-、 / _,∠~フ| |、_丶,_ ''-,,r''~'' / / i
', ', \_ _ ノ _,,.-‐''" ~> l\ ~''-.,,_ 丶 _,ノ _ノ ,'
', ' , / /⌒)ー‐--─<,>| l<_>- ...,,,...て⌒ヽ、 ~ , '
゙、 ' ' /( くー- ..,,__ __,>/ i<,,__ _,,... -> ノ `7 /
丶 ( \ ヽ- ..,,_ ~\>/ ゙< / __,,,/ / , " /
\ ゙‐,_ 丶、ヽ ゙、_~>′ ` <7 /_,. ‐' / , '
. \ '-,_  ̄~"  ̄ _, ‐'" /
\ ~''-,,,_ _,,. -'" /
`-,,_  ̄''''''' ー ''''''' ̄ _,..-'"
'''ー-.,,__ _,,.. -‐'"
~~''''' ー--─ '''''~
211 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/01(木) 11:32:33
中森明菜「 落花流水」
テレビ東京系新春ワイド時代劇「 天下騒乱 徳川三代の陰謀」 主題歌
OA:2006年1月2日 14:00〜
12月7日発売
作詞:松本 隆
作曲:林田 健司
編曲:坂本 昌之
213 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/01(木) 14:44:21
214 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/01(木) 15:14:29
土井利勝…………西田敏行
柳生十兵衛………中村獅童
荒木又右衛門……村上弘明
伊達政宗…………清水綋治
春日局……………片平なぎさ
お江与……………かたせ梨乃
みね………………田中美里
白狐………………佐藤江梨子
若狭………………真中瞳
和子………………高橋愛
お咲………………佐藤仁美
215 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/01(木) 15:16:33
徳川家康…………山崎努
徳川秀忠…………山下真司
柳生宗矩…………柄本明
徳川家光…………池内博之
徳川忠長…………海東健
渡部数馬…………平山広行
河合又五郎………石垣佑磨
河合甚左衛門……林隆三
桜井半兵衛………榎木孝明
池田忠雄…………保阪尚希
松平信綱…………森岡豊
本多正純…………綿引勝彦
松平忠輝…………山田純大
荒尾志摩…………石橋蓮司
216 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/01(木) 15:17:25
蜂須賀蓬庵………六平直政
福島正則…………勝野洋
安藤重信…………西田健
天海………………平野忠彦
河合半左衛門……岡本富士太
八重………………遠野凪子
さわ………………加藤夏希
志田源左衛門……猪野学
津田豊後…………大出俊
安藤治右衛門……山西道広
美その……………松見早枝子
杏…………………仲村瑠璃亜
菖蒲・桔梗…………北陽
柳生兵庫助………永島敏行
山野辺義忠………竹中直人
大久保彦左衛門…藤田まこと
217 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/01(木) 19:22:23
>>214 >柳生十兵衛………中村獅童
工エエェェ(´д`)ェェエエ工
218 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/02(金) 14:30:12
>>217 隻眼なら誰でもいいってわけじゃないんだが・・・
219 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/02(金) 18:36:13
>>215 山崎努の家康は盲点だったw
テレ東にしては頑張った配役ではなかろうか?
221 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/03(土) 17:00:16
岩下お江とかたせお江、どっちが迫力あるか見ものだな。
極妻かいな。
223 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/04(日) 19:14:34
>>220 我慢する時は我慢しそうな感じ。
後家好き&ロリコンもクリアしてくれそうな感じがする。
賛同票プラス1。
224 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/04(日) 22:35:16
正室がお志麻姐さんという時点で寿命が10年は縮みそう。
225 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/05(月) 20:57:05
>>224 側室がかたせだったら、それもまた・・・・
226 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/07(水) 00:34:06
>>225 心も体もズタズタでしょう。
早死にしそう。
227 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/08(木) 14:01:12
腎虚か?w
228 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/09(金) 19:44:44
腎虚って何?
229 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/09(金) 22:04:09
正室・・・岩下志麻
側室1・・かたせ梨乃
側室2・・桃井かおり
側室3・・浅野ゆう子
正室侍女・和田アキ子
側室侍女・泉ピン子
お手つき・小池栄子
230 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/09(金) 22:12:11
231 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/09(金) 22:16:57
>>230 はい。いかがですか?殿様役はあなたで・・
232 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/09(金) 22:33:18
所で土井利勝の母親は秀忠の乳母でしまいには
父親は家康という落胤説があるて本に書いてあった。
面白すぎ。
233 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/10(土) 02:05:05
>>231 う〜む。
俺は東照大権現様同様、後家好きで、多少ロリコンの気もあるからなぁ・・・
小姓クンにもちょっと興味あるし・・・難しい。
234 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/10(土) 02:39:13
>>233 正室・・・大地真央(離婚したよ。)
側室・・・小泉今日子(離婚したよ。)
側室・・・石原さとみ(言わずもがな)
小姓・・・山下智久
235 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/10(土) 14:56:47
>>234 >側室・・・石原さとみ(言わずもがな)
何で(言わずもがな)なの?
236 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/10(土) 18:05:58
>>228 腎虚とは…
腎の力が不足し、働きが衰えた状態のこと
腎虚によってあらわれる症状
腰痛 倦怠感 頻尿 尿失禁 足腰の無力感 耳鳴り 精力減退
記憶力低下 健忘 自然治癒力の低下 免疫力低下など
237 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/11(日) 21:59:56
>>236 腎水(精子)が枯渇した状態という解釈なんだろ?
238 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/13(火) 00:24:06
239 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/13(火) 16:52:45
240 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/14(水) 01:23:54
殿様かぁ・・
しかし、「お世継ぎを!」なんて周りからヤンヤ言われたら辛いよなぁ。
現在でも似たような話題があるよな。
242 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/15(木) 15:37:13
皇室とか。
244 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/16(金) 14:44:37
>>243 しかし、皇太子さんももう少し若いうちに、若いお嬢さんと結婚しときゃね。
状況は変わったかも知れんのに。
というか、雅子さんは外務省でこそ活躍できた人材だったかも。
245 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/16(金) 17:06:11
皇太子も腎虚になるくらいに励めば良かった
246 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/17(土) 01:01:25
247 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/17(土) 17:57:15
248 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/17(土) 23:58:08
249 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/18(日) 20:28:38
>>247 でも、いい年して19歳の小娘と××というのは願望として「あり」かも。
250 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/18(日) 22:25:10
>正室・・・大地真央(離婚したよ。)
と釣り合う年齢設定なら完全にロリータ趣味ですわね(w
251 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/19(月) 00:18:44
>>250 性格的に・・・・・・・・・・まあ、いいか。
253 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/20(火) 12:29:31
>>229 >正室侍女・和田アキ子
梶芽衣子が(・∀・)イイ!!
254 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/20(火) 22:32:37
255 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/21(水) 03:09:10
256 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/21(水) 16:29:12
良妻かあ・・・
女囚さそりのほうが時代背景を思えば・・・
258 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/22(木) 05:45:42
おまさは良妻やん。
260 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/23(金) 15:47:47
>>259 TVシリーズでは一度結婚するけど、すぐに旦那が病死して再び平蔵の下に。
>>259 確かに奥方よりもおまさの方が良いでつ。
262 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/23(金) 23:51:46
原作では大滝の五郎蔵と夫婦になるよね。
264 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/24(土) 03:14:20
265 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/24(土) 17:52:22
やはり浅野ゆう子の滝山様でしょw
266 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/24(土) 18:48:53
267 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/24(土) 20:38:53
>>266 「浦賀の大砲の返礼じゃ」は史実にあったんか?
269 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/24(土) 21:14:51
>>268 ハリスの面前で足踏みをしたのは事実。
また、家定が「遠国から使節をもって送られた書簡に満足する。同じく使節の口上に満足する。
両国の交際は永久に続くであろう。」と言葉を発したのも事実らしく、『日本滞在記』にはその
記載がある。
270 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/24(土) 21:21:51
>>269 「米国の理不尽な軍事的恫喝にはけっして屈しない。あくまで対等に米国と交渉を進めたいとする、
それは堂々たる一国家の宣言でした。結果的にこの発言が、アメリカに抑止力として働き、国内の
攘夷派の予想に反して、幕府はこの時点での外交を水際でうまくやりおおせたのでございます」
というナレーションにはちょい涙…
271 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/24(土) 21:24:15
>>270 何か二行目までは今の日本にはない姿勢だよなぁ・・・脚本家の願望をチラリと感じる。
272 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/24(土) 22:17:13
273 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/24(土) 23:23:30
>>272 自分が盛った毒で家定暗殺が成功したと思って自決したんだろ?
274 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/24(土) 23:28:47
>>270 阿部さんもハラハラドキドキだったろうね。
書状をいきなり投げちゃうんだもの。
275 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/25(日) 03:25:40
>>269 しかし、ハリスは家定の装束を見て、当時の日本の国力が大したことないことを悟ったようだけどな。
276 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/25(日) 04:01:54
_,,、、、、,,__
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/.:::::;:;:;;;| _ );;;;;;;;;;;;:;:;::::::.ヽ
|:::::::;:;:;;;|,,ェ'ニミ! r'レ-三ミヽ <゙;;;;;:::..:;;;;;:;:;:::::::゙i
゙!:::::::;:;;;ドr,,v=' ト''-"ー'>ゞ ヽ;;;;;::...:;;;:;:;::::::::|
ヽ::::::;;;| ´ ),、;;;;;;;;...:;:;::::::|
ヽ:::;;;| ,、_,,,,、 ,;ツ ヲゥ;;;ッ:::::::/
`-i -ミ,=ミ) . r゙:::::/ サッサと開国しろ!ヴォケ!
. | ノゝノ::::;/
| ノ゙''~~'''^= ,,ィ;'' L,. |
,/ヽ -'~゙ ,、-''" ゙i
<゙ ヽ ,,ィッ ,、-''"、=''う |,ィ=、、
\ ゙゙''=ェェェニプ,,イ" /,、=''"-" | (r-、ヾ
\ 、、___,,ィ',/ ,、,、 ー'''"´ `'-、,,_
277 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/25(日) 18:19:04
278 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/25(日) 18:22:39
>>275 実物は癪持ちで手足も不自由だったらしいじゃん。
279 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/25(日) 18:58:40
>>267 で、通訳のヒュースケンはあの頃、近藤勇たちと絡んでたわけねw
280 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/25(日) 19:55:30
281 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/25(日) 22:32:05
木村多江
282 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/26(月) 00:55:40
川平慈英
ヒュースケンは帰化米国人。
生れはオランダのアムステルダム。石鹸製造業を営むヨアンネス・ヒュースケン
の子として生れた。1853年に渡米して帰化している。
したがって、日本語→オランダ語→英語→オランダ語→日本語というやり取り
で通訳が行われたことになる。
なお、家定との謁見後、日米修好通商条約の締結交渉に際しては、病床の
ハリスの代理として交渉の席に着いたこともある。
なお、ヒュースケンの墓は東京都港区南麻布の光林寺にある。
公使館のあった麻布の善福寺には記念碑が建てられているが、何故こちらに
葬られなかったのだろうか・・・。
ちなみに福沢諭吉の墓は善福寺にある。
ついでに善福寺には越路吹雪の墓碑も。
285 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/26(月) 01:46:13
>>284 善福寺には一向宗の旗印も保存されているはず。
286 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/26(月) 02:55:45
『徳川女刑罰史』のほうが遥かに面白いぞ
288 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/26(月) 18:11:36
289 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/26(月) 22:37:52
エロス映画だろ、俺も見た。
290 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/27(火) 13:14:28
291 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/27(火) 19:29:12
292 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/28(水) 17:27:14
293 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/28(水) 20:20:03
元禄の糞大奥の後だったから、SP見て幕末編がいかに気合入ってたかが分かった。
続編は手抜きになるから駄目だね。
第一章なんか某小説のもろインスパイヤだし。
>>293 家光、綱吉バージョンは見る気しないからパス。
家定という今までまるで日が当たらなかったキャラをあそこまで作り込んだ幕末編のみ
評価対象。
295 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/28(水) 21:35:13
296 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/29(木) 01:00:37
>>294 ま、男色癖の強い家光から逃げなかったところくらいか?
297 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/29(木) 10:19:55
298 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/29(木) 13:03:44
>>296 男色癖はお江与の流したデマという事で片付けられてもした。
昔の大奥は、男色シーンやオッパイポロリなんか当たり前だったな。
そういうエロチシズムも大奥の醍醐味だと思うが、
単なる純愛路線に走った冬ソナもどきの今の大奥はイラネ
随分それたレスばかりだな
滝田栄はいい
でも草燃えるでの伊東なんとか役はもっとよかった
301 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/29(木) 20:21:42
>>299 いいんですよ。それがスレの趣旨ですから。
302 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/30(金) 11:18:58
>>301 「徳川」絡みの作品であれば取り扱い可という懐の広さ(w
303 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/30(金) 11:26:55
304 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/30(金) 12:52:20
305 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/30(金) 13:58:22
>>304 秀忠がいきなり勝野洋になった時もワロタよ。
306 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/31(土) 02:23:02
>>305 しかし、吉宗がいきなり西田敏行になったのには負けるがw
307 :
トキ ◆PMSktwfo8g :2005/12/31(土) 17:26:40
>>306 疱瘡がなおって顔の包帯を解いたら
あーら浜ちゃん
309 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/31(土) 18:48:34
>>308 顔と体が一気に肥える・・・確かに恐ろしいw
310 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/31(土) 19:27:41
中村雅俊の秀忠って・・・・
311 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/31(土) 20:14:18
>>310 悪くないんじゃないの?
優柔不断っぽくて。
312 :
無名武将@お腹せっぷく:2005/12/31(土) 22:51:52
>>311 秀忠=優柔不断の二代目 という印象か。
しかし、大名の改易が最も多かったのは・・・
313 :
トキ ◆PMSktwfo8g :2005/12/31(土) 23:04:34
大名改易
葵三代だと秀忠より土井利勝が実行犯ってイメージ
ただ秀忠(西田敏行)も勇断を振るってたね
むしろあのドラマは秀忠が主役だな
314 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/01(日) 00:01:40
>>313 ジェームスさんもそう言ってましたしね。
315 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/01(日) 00:09:40
316 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/01(日) 00:15:29
秀忠時代に改易されたのは大名家41家。石高にして439万石。
これ以外にも転封が数多く行われている。
ちなみに家康による改易は石高にして377万石。
317 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/01(日) 00:16:57
主たる事例と言えば・・・
元和2年 7月 松平忠輝(70余万石)
元和2年12月 坂崎直盛(津和野4万石)
元和3年 7月 福島正則(安芸・備後国49万8千石)
元和8年 8月 最上義俊(出羽国57万石)
元和8年 8月 本多正純(宇都宮15万石)
などなど。
318 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/01(日) 00:22:11
>>317 もう浪人ゾロゾロって状態だよな。
家綱の時代についにクーデター起こるところまで事態が悪化しちゃったと。
319 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/01(日) 00:45:19
そりゃ、41家も改易すりゃ、どれだけの数の浪人が出る?
再仕官といっても、欠員の絶対数だってそれほどなかっただろうに。
320 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/01(日) 02:07:10
ショーケンの綱吉は意外と良かったと思うのだが・・・俺だけ?
321 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/01(日) 02:40:05
322 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/01(日) 03:20:43
>>321 ご本人によると、すぐに声が裏返っちゃうそうです。
323 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/01(日) 22:44:12
>>322 バカ殿って感じで良かった。
善かれ、と思ってやったことが全部裏目に出ちゃう人っているじゃないですか。
そんな感じですよね。
324 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/02(月) 12:20:08
そうですね
325 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/02(月) 13:32:38
おまいら、今日はかたせお江与VS片平春日ですよ
>>325 >かたせお江与
・・・・・・・・・何かエロそうでいいな。
327 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/02(月) 21:02:58
328 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/02(月) 21:45:54
かたせお江与長生きし過ぎですな
329 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/03(火) 02:17:52
時専で利まつやってますけど、
あの高島家康の評価はどうなんでしょうね?
築山は命乞いのようなことしてるし、信康も・・・・。
330 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/03(火) 14:43:30
>>329 最初は遠慮がちにビクビクしていて、織田家臣にも敬語を使ったり。
しかし、秀吉が衰えを見せると一気に存在感を発揮してくる。あの悪趣味そうな笑い方もOK。
高島兄もなかなか頑張ったのでは?
331 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/04(水) 04:03:43
>>330 次の大河では舘ひろし(信長)、西田敏行(家康)のコンビですか。
また、老け専かいな。
332 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/04(水) 06:57:56
▼▼▼▼▼▼▼▼▼新選組!メインテーマ▼▼▼▼▼▼▼▼▼
__
(シ゛゛"ミミヽ ♪いとしき 友はいずこに〜
( ・ω・`6)シ ♪この身は 露と消えても〜
ノi~:~/>ヽ ♪忘れはせぬ 熱き思い〜
(m|、jヽと)__) ♪誠の名に集いし 遠い日を〜
(⌒~=(⌒)メヽ ♪あの旗に 託した夢を〜
| ̄|7ソ~| ̄|Tレ\
(二」/ー(二」‐ヽ
333 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/04(水) 20:30:27
>>332 本編よりもいい出来。
芝居下手のカスのようなキャラが1人もいなかった。
334 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/04(水) 20:55:02
335 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/04(水) 23:07:47
>>332 銃弾を受けて倒れたのに、ムクッと起き上がって数人斬ったよな。
で、名を尋ねられて「新選組副長 土方歳三」と答えて再び倒れる・・・萌えた。
>>335 そこは逆に萎えた。
でも全体的にはいい出来だったし、不覚にも泣きそうになった。
337 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/05(木) 03:04:40
>>336 あら、そうなの?。
俺もあそこは萌えたけどな。やっぱり武士は名乗ってから死なないと。
>>337 いやー、名乗って死んじゃうと史実の土方の遺体不明ってのがおかしくなるから、
新政府側にしてみれば敵の要の一人で遺恨の相手だから放置するはずもなく。
大谷善継みたいに戦に負けてもその身までは自由にさせないって死に様が好きだからな。
しかし実に良い土方だったのは異論はないぞ!
339 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/05(木) 14:24:58
>>338 あそこで門前の兵士が突進して乱戦の中で・・・が良かったのかも。
340 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/05(木) 14:30:11
>>338 「五稜郭」の渡哲也の方が死に方としては正しかった???
341 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/05(木) 21:37:28
>>340 あっちは蜂の巣というか風穴というか、そういう感じで撃たれたよね。
342 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/05(木) 21:50:29
山本耕史は最高でした。
他を覗いてみてもとにかく評判がいい。
343 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/06(金) 00:32:23
>>342 最後は島田、尾関、山野、蟻通の4人っすか。
344 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/06(金) 01:24:36
>>342 TBSの里見八犬伝に比べたら雲泥の差でこちらが秀作。
>>344 赤マフラーが出てた時点で嫌なデジャブが見えたしなw
346 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/06(金) 19:40:37
347 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/06(金) 21:00:29
里見はスタッフらも時代劇的な台詞回しや所作には拘らないって公言してたからな。
まぁ、脚本に大森美香、キャストに滝沢、山田優、お塩様、佐藤隆太を起用してる時点で
本格時代劇を期待するような代物じゃないよな。
348 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/07(土) 03:14:56
>>347 それで原爆に反戦メッセージに、心からの謝罪か?
あんなモン、2日にわたって見るなんて「間抜けなロマンチスト」だな。
349 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/07(土) 08:30:21
>>347 >里見はスタッフらも時代劇的な台詞回しや所作には拘らないって公言してたからな。
そういうのは時代劇と言わんのだが・・・もうTBSも終わったな。
>>348 その「ロマンチ」の方がよほど見応えあったぞ。
最後に尾関が旗を立てたシーンと、小林某の「戦って敗れてなお 我に正義はあったのだ」
のカットがオーバーラップして見えたのは俺だけですか?そうですか。
351 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/07(土) 17:18:48
>>350 言われてみると・・・なるほど。
『戦争論』の最後ね。
352 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/08(日) 03:21:53
353 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/08(日) 18:56:18
354 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/09(月) 01:58:54
355 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/09(月) 17:46:01
356 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/10(火) 02:16:09
>>352 いいじゃん。
時間の経過と共にボロボロになっていく隊旗って。
357 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/10(火) 02:24:37
渭城朝雨潤軽塵 渭城朝雨 軽塵を潤し
客舎青青柳色新 客舎青青 柳色新たなり
勧君更尽一杯酒 君に勧む更に尽くせ一杯の酒
西出陽関無故人 西の方 陽関を出ずれば故人無からん
358 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/10(火) 09:49:12
359 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/10(火) 14:49:40
『西遊記』で深津絵里の三蔵法師を見て思わず・・・(;´Д`)ハァハァ
少しだけ家光の気持ちが分かった気がした。
361 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/11(水) 02:41:35
362 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/11(水) 11:08:58
>>360 お万の方ね。
でも、尼から還俗させたのは結果、彼女ひとりでしょ?
家康も信松尼を狙ってたとか言われてるね
364 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/11(水) 16:45:07
で、信松尼の代わりが下山殿って事か
365 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/12(木) 19:27:43
>>363 もし文献などがあれば教えて欲しいなぁ。
366 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/13(金) 05:08:16
穴山梅雪は本能寺の変の際
家康を救うためにわざと別行動をとって自らは囮となり
家康一行を脱出させた義将
368 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/13(金) 06:42:40
369 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/13(金) 08:06:12
370 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/13(金) 16:07:06
>>368 僅か1日の違いが命取り・・・と思ってたけど、事件起こしてるんだ。
>>370 路銀の足しにでもしようと思ったのかね?
372 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/15(日) 06:47:33
と言いながら、梅雪って家康の家臣じゃないしな。
373 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/15(日) 09:24:05
>>372 正確に言えば信長の家臣だね。
これは奥平家などにも当初言えたこと。
家康がなかなか約定通りに亀姫を輿入れさせなかったので、家康の頭越しに
信長に訴え出たりしているし。
374 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/15(日) 17:53:33
375 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/16(月) 10:16:34
376 :
なっちの戯曲 ◆xbu34FJucg :2006/01/16(月) 11:40:49
この糞スレまだ存在したのかよ
377 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/16(月) 14:47:38
378 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/17(火) 13:11:48
379 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/17(火) 21:32:45
380 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/18(水) 11:36:01
>>379 でも、家康の武田氏に対する思い入れは相当なものがあるからね。
所縁の女性を所望したのは事実。
但し、下山殿は秋山氏の出身だけど。
381 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/18(水) 12:26:52
阿茶局の実家飯田氏は武田の血引いてなかったっけ?
382 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/18(水) 15:15:41
>>381 武田家臣だったことまでは知っているが・・・。
慌ててこれは焼き味噌じゃと言い訳したのですが
どう見てもウンコです。
本当にありがとうございました。
の完全版をくれ
384 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/18(水) 23:53:42
>>383 それを人差し指に付けて臭いをかいでしまう本多作左は ネ申 だと思いますた。
385 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/19(木) 01:40:24
386 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/19(木) 10:36:59
387 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/20(金) 14:49:37
しかし、何で大軍に対して鶴翼の陣なんだ?
家康が糞を漏らしたというのは誤伝。
武田に完敗し、意気消沈した家康が入城したときに事は起こった。
雨に打たれながら馬に乗っていた為、腰に下げた袋から焼味噌が漏れていたのだ。
暗い雰囲気を払拭しようとした本多作左は一計を案じた。
作左「殿、糞が漏れておりますぞ!」
場は一転して笑いが響く事となった。が、
家康「それは焼味噌じゃ!馬鹿者が!!」
家康はマジギレ。
あまりに怒った為、本当に漏らしたのではという噂が生じたそうだ。
鶴翼の陣は総大将を後方に置く為、自身の討ち死にを避け易い利点を持つ。
しかし、武将達にとっては迷惑この上ない。
鶴翼と魚燐が対峙した場合、鶴翼は圧倒的に不利になるからだ。
「馬鹿かあいつは?」
家康譜代の家臣ならともかく、派遣社員の佐久間にすれば馬鹿くさくて戦えたもんじゃない。
しかも前方からは魚燐の陣形を組んだ武田軍が羅刹の如く向かってくる。
あっという間に崩れ始める佐久間軍団。
それを助けようとした徳川軍団は横合いからの攻撃を受けて壊走。
気がつけば家康も逃げてるし、ここで死ぬ義理はないとばかりに佐久間も逃亡。
「平手はどうした?」
平手は奮迅したがあえなく戦死。これが後に佐久間の首を絞めることになる。
390 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/22(日) 23:17:48
酒井の陣太鼓も後世の作り話。
武田軍にすれば、家康を初戦で完膚なきまで叩き潰し、
長引く城攻めはせずに濃尾方面に進軍する予定だったのだと思われる。
孫子の兵法に「城攻めは下策」とあり、信玄もそれを常道と踏んだ。
米作時になれば、武田は一時撤収する。
無駄な時間を浪費するわけにはいかないからな。
後背に敵を残して濃尾平野に進出してどうするの?
織田本隊を相手にしつつ、後背の備えもするのは無茶。
少なくとも、あの信玄がそんな博打を打つとは思えない。
393 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/23(月) 17:44:01
>>392 後背の敵?
徳川にしてもかなりの支城群を失っており、動くに動けなかったのでは?
孫子にはこうもある。
意訳するが、行きはよいよい帰りは恐いを地でいく土地及び本国から遠く離れた土地では戦うな、と。
ただでさえ本国甲斐から遠い上、敵地徳川領の先にある織田領はいろんな意味で遠すぎる。
また、徳川本隊の野戦能力は激減したとはいえそれでもまだ健在、鬼の居ぬ間に悪さすることくらいは出来るだろう。
織田と対峙してる間に撤退路(=補給路・連絡路)を断たれる怖れもある。
最低限、浜松の徳川本隊を無力化を計らない限り前に進むのは無謀も良いところ。
>>392 秋山信友が別働隊として動いたのは、
岩村方面から織田軍を牽制するのが目的だと思われる。
>>394 確かにそうだな。
だが、多少の残留部隊を残す事は考えられないだろうか?
あるいは内藤昌豊あたりに城攻めをさせ、信玄は残兵を率いて進軍する。
いや・・・無理があるな。
396 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/23(月) 21:53:50
>>392 当時、浅井・朝倉・本願寺・足利などの信長包囲網が形成されていたので、
中央(京都)に進出すれば反信長陣営の諸大名も勢いづいて、武田&反信長
陣営の合計戦力で、織田家に対して十分勝てるとと考えたのではないかと思う
又、足利義昭は武田と通じていたので錦の御旗を担ぎ出せば、信長は朝敵となり
信長の家臣になってからまだ日が浅い者のなどは、動揺して寝返る可能性も出て
来たと思われる。
中央で信玄が信長に勝ち体制が固まれば、後は家康がどうあがこうと大勢は決した
様なものだし。
局所的に家康に大勝(滅ぼす)するよりも、戦略的に勝つもりだったではないかと。
(長文レス失礼)
397 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/23(月) 22:13:15
>>396 追記補足
後、信玄は自分の病が良くならない事も自覚して、無駄な戦いで時間を浪費したく
なかったのではないかと
ただ、信玄が自分の死期を悟った時、後を継ぐ勝頼の為に、三方ヶ原の勝利の余勢で
徳川家をの息の根を止めていれば、後を継いだ勝頼も、信長にあんな簡単に滅ぼされ
はしなかったと思う。
>>396 >足利義昭は武田と通じていたので錦の御旗を担ぎ出せば、信長は朝敵となり
簡単に言いますねw
399 :
396:2006/01/23(月) 23:07:27
>>398 旧来の伝統を無視して将軍を軽んじた扱いをする信長に、足利義昭は危機感を覚えて、諸大名に
密使を送り、信長包囲網を画策し信玄にも上洛を要請した。
足利義昭が信長打倒の為に動いてたのは間違いないし、その中で、実力声望共に、信玄がNO,1
包囲網の中心的な存在だったと思われる(信玄=伝統重視派)
400 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/24(火) 00:23:48
401 :
396:2006/01/24(火) 01:02:09
>>398 >>400 信長が、朝廷方と通じてたとされる光秀の謀反で、本能寺に倒れるのは後の事だから、>396の信玄上洛時点で
「錦の御旗」「朝敵」
という言葉を使うのは、確かに早計でした。・・・「逆賊」という言葉だったらいいのかな?
>>396 浅井:羽柴・磯部隊に完全に押し込められている
朝倉:及び腰
本願寺:この時は織田と事を構えていない
足利:動員できて二千
余力があるのは朝倉と武田だけであとは自分のことで手一杯。
朝倉が頼りに出来ないのは史実を見れば明らか。
(信長と)信玄は戦略で勝負するタイプなので、同等以上の兵数の敵に勝てるかどうか疑問。
特に信玄は自分以上の兵力を持つ相手と野戦で戦った経験が無いんじゃないか?
三増峠ですら、半分強だし。
403 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/24(火) 13:26:27
徐々に武田の残党が召し抱えられているようでw
404 :
長レス失礼:2006/01/24(火) 18:56:07
>>402 >浅井:羽柴・磯部隊に完全に押し込められている
裏を返せば羽柴・丹羽・磯野等の兵力は、浅井の押さえの為にその場所に割かれる事となる
>朝倉:及び腰
それでも動員兵力約2万の存在は大きいし、備えの兵も相応に必要
>本願寺:この時は織田と事を構えていない
第一次伊勢長島一向一揆戦が1571年5月に行われてる。織田5万対本願寺2万5千で、織田が撤退
顕如上人(石山本願寺)は信玄の妻の娘婿にあたり、信玄の上洛に共に行動を起こすのは必然かと
>特に信玄は自分以上の兵力を持つ相手と野戦で戦った経験が無いんじゃないか?
上州平井城の上杉憲政と戦った時は、相手方3万強に対して武田は1万の軍勢で、勝った
>(信長と)信玄は戦略で勝負するタイプなので、同等以上の兵数の敵に勝てるかどうか疑問。
姉川の合戦では戦力的に織田方が有利だったにも係らず秀吉、柴田の陣を次々に突破され、13段
の備えのうち11段までを打ち破られ、信長が自軍の弱さに嘆息をついたという話がある
一方の武田方は、後年上田城で徳川の大軍を二度に亘り撃退した真田昌幸や、家康に恐れられた
山県昌景等の将星達の存在、織田軍が手取り川の戦いでボロ負けした上杉軍と互角に戦った事や
三方ヶ原の敗戦で平手、佐久間が負けた事による士気への影響を等を考え合わせると武田有利と
思われる
又、>396では書き漏らしたが信長包囲網には浅井・朝倉・本願寺・足利の他に、大和の松永弾正
三好党、雑賀党、伊勢長島一向一揆、比叡山残党などもいた
調略を好む信玄が伊勢の北畠残党、美濃の斎藤家旧臣、北伊勢海賊衆などに、将軍の権威と旧領
回復の願いを利用して、作戦と同時に一斉行動を起こさせる事も十分考えられる
兵站に関しては、駿河から伊勢湾に武田水軍を派遣し、物資を輸送したと思われる
>>404 松永は筒井勢におされっぱなし、三好は内部分裂+周囲に反三好勢力、
雑賀は遠すぎ、長島は引きこもり、比叡山残党は初めて聞いた(六角残党なら聞くけど)。
本願寺は1571年の蜂起のあとに講和してる、それに本願寺は一向宗を完璧に統率できる訳ではない。
朝倉は若狭のゴタゴタに加え、一族から軍役拒否を喰らってる状況をどうにかしないと。
致命的なことを言えば、織田方は指揮系統がはっきりしているのに対して、連合軍には明確な指揮系統が無い。
関ヶ原における、東軍と西軍のようにね。
ふむ、平井城はしらなんだが、
兵数では有利にも関わらず、信濃平定や川中島、箕輪城で辛酸をなめたのはどこのどなたでしたっけ?
それとも長野や長尾、村上ら信濃豪族は信玄以上の兵力を持っていましたっけ?
武田が強い、と言うよりは信玄の戦略手腕が優れている、だろうね。
故に、敵地の更に奥の敵の本拠地で、自軍と同等以上の兵力と戦うのは、信玄らしからぬ事。
あと、姉川の十三段を未だに信じている時点でちょっとなあ。
406 :
404:2006/01/25(水) 02:25:14
>>405 足利将軍の要請で、信長包囲網に加わる以上、大名達にゴタゴタはあったにせよ、とりあえず目の前の強大で当面
の敵である信長打倒の為に、武田軍に協力して動くと思うが。
>長島は引きこもり
第一次伊勢長島一向一揆戦(織田5万対本願寺2万5千)で織田軍を撃退した長島本願寺が、信玄上洛時にで引きこ
もっているとはとても思えないがw 彼等にとって比叡山焼き討ちなどを行う信長は「仏敵」
>比叡山残党は初めて聞いた
比叡山の僧兵の事ね
>それに本願寺は一向宗を完璧に統率できる訳ではない。
一向一揆は、上人が呼びかけて起こるものでは?
>致命的なことを言えば、織田方は指揮系統がはっきりしているのに対して、連合軍には明確な指揮系統が無い。
織田の武将も各戦線にちらばっているので、要は、主力本隊同士の戦いが、その後の大勢を決めるのではないかと
>兵数では有利にも関わらず、信濃平定や川中島、箕輪城で辛酸をなめたのはどこのどなたでしたっけ?
>それとも長野や長尾、村上ら信濃豪族は信玄以上の兵力を持っていましたっけ?
信濃平定は、信濃勢力連合軍VS武田軍との戦い。それと長野は上野の豪族
川中島は謙信と互角に勝負した。手取り川の戦いでボロ負けした織田とは全然比較にならない
箕輪城でも相手は関東官僚上杉憲政以下連合軍で、兵数的に武田が有利だったか?
>兵数では有利にも関わらず、
具体的な合戦名を宜しくw
>あと、姉川の十三段を未だに信じている時点でちょっとなあ。
そう言うなら根拠となるものを提示してくれ。姉川の十三段に関しては調べれば結構出てくるぞ
ぶっちゃけ、織田軍は弱いと思うけどね、伊賀平定時も百地三太夫に大軍を率いたにも係らず一度、負けてるしw
対本願寺でも兵数的には織田は圧倒的に有利だったにも係らず、討伐にかなりの年月を要してる。
一個の一個の敵に手こずる織田が、武田、足利連合軍相手に、勝つのは難しいと思うナ
織田軍が手取り川の戦いでボロ負けした相手の、上杉謙信軍と武田が互角に勝負した事についてはどうお考えで?
例えば川中島は兵数有利にも関わらず、互角な訳だ。
村上と対峙したときは、比べるまでもなく国力では村上方が劣っている。
また上杉憲政は1552年に国外逃亡済、武田の西上野侵攻は1550年代後半からです。
関東管領上杉憲政以下の連合軍なんてどこに存在するんでしょう?
調べればわかるが、姉川十三段の根拠となる史料は江戸時代の編纂したものが多い。
例えば、比較的良質とされる信長公記にはそんな記述はない。
一向衆に関してはもう少し調べるべき。
それに一向宗と天台宗は宗派が違いますよ。
武田の上洛に会わせてというが、足利義政が蜂起した以外は特に目立った動きはありませんが。
全体の指揮系統が確立しているかという話なのだが。
それが確立しているから、単一の意志の下で戦える織田方と、
それがないから各々勝手な行動を取る連合側の差異がわからないと言うのなら、
これ以上語ることはないが。
408 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/25(水) 14:27:50
>>405 >それに本願寺は一向宗を完璧に統率できる訳ではない。
仰る通り。
我々が想像するような主従関係が明確化されていなかったのが中世の一向一揆軍。
>>406 >>それに本願寺は一向宗を完璧に統率できる訳ではない。
>一向一揆は、上人が呼びかけて起こるものでは?
檄を飛ばしたからすぐに軍事行動を起こすというものではない。
門徒集団同士が利害関係を持っており、軍事力の中枢である国人衆もそれぞれに
利害関係を持っている。
逆に石山退去後、顕如が抗戦し続ける門徒衆の説得に苦労したのがその証拠。
>>407 それと情報伝達の速度も勘案しないといけないよね。
本願寺などは情報収集能力に疎くて、信玄の異変に3ヶ月近くも気づかなかったのは有名な話。
411 :
404=406:2006/01/25(水) 18:47:33
小笠原長時の事には触れてない様だが、武田は塩尻峠で村上・小笠原連合軍に勝利(信濃の国力は甲斐の1.8倍)
402>>>兵数では有利にも関わらず、信濃平定や川中島、箕輪城で辛酸をなめたのはどこのどなたでしたっけ?
1547年の時点で関東管領の上杉憲政が佐久郡に侵入して来て武田方と戦った
笠原、上杉連合軍合わせて3万強に対して、武田1万の軍勢で打ち破った事実がある。
406>>箕輪城でも相手は関東官僚上杉憲政以下連合軍で、兵数的に武田が有利だったか?
>また上杉憲政は1552年に国外逃亡済、武田の西上野侵攻は1550年代後半からです。
>関東管領上杉憲政以下の連合軍なんてどこに存在するんでしょう?
訂正。正確には、関東管領上杉憲政配下で箕輪城主長野業正以下、上野国豪族連合軍 対 武田の戦い
>調べればわかるが姉川十三段の根拠となる史料は江戸時代の編纂したものが多い。
>例えば比較的良質とされる信長公記にはそんな記述はない。
(信長公記=著者は信長の家臣であった太田牛一。江戸時代初期に成立)著者が織田家の家臣という点で身贔屓で
姉川の十三段の陣のうち十一段まで破られた事実を書かないという、可能性は考えられないか?
織田公記の記述のみを参考にして、姉川の十三段陣の事は無かったと結論付けるのは公平さを欠いてるのでは?
412 :
404=406:2006/01/25(水) 18:49:10
411、続き
>一向衆に関してはもう少し調べるべき。>それに一向宗と天台宗は宗派が違いますよ。
一向宗と天台宗の違いぐらい解るさ。406で言いたかったのは、信長は両方の宗派に対してむごい仕打ちを行った
事実からして、宗派は違えど元は同じ仏教から派生した両派は対信長という点では、一致していただろうという事
>全体の指揮系統が確立しているかという話なのだが、それが確立しているから単一の意志の下で戦える織田方と
第一次伊賀平定時、百地三太夫相手に兵力差も有るにも係らず、織田軍は敗退
一向一揆が相手の第一次長島征伐、織田5万対本願寺2万5千の戦いでも敗退。手取り川の戦いで織田方は柴田を
筆頭に前田、羽柴、滝川といった最強布陣で挑んだにも係らず上杉軍に蹴散らされる。一方の武田は、上杉と互角
◆武田3万5千+[朝倉・浅井・本願寺(石山・長島)・三好・松永・雑賀・旧家臣(北畠・斎藤・六角)・北伊勢海賊衆〕連合軍
対 織田軍
>>408平行線なのでもう止める、スレ違い議論スマヌ
>>412 >一向宗と天台宗の違いぐらい解るさ。406で言いたかったのは、信長は両方の宗派に対してむごい仕打ちを行った
>事実からして、宗派は違えど元は同じ仏教から派生した両派は対信長という点では、一致していただろうという事
延暦寺と本願寺の歴史的な関係を理解していないから、こんな素っ頓狂なことが
言えるんだろうな。
414 :
404=406:2006/01/25(水) 19:00:55
411-412は →407へのレス
>>413 >延暦寺と本願寺の歴史的な関係を理解していないから、こんな素っ頓狂なことが
>言えるんだろうな。
足利将軍が呼びかけた信長包囲網に、両派とも参加してたのは事実じゃないのか?
>>409 >>410 一向一揆が相手の、第一次長島征伐。
織田5万対本願寺2万5千の戦いで、織田が敗退した事実
415 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/26(木) 14:12:58
>>414 対織田という共通項があるから、み〜んな仲良し、と思っちゃいけない。
>>411-412 >笠原、上杉連合軍合わせて3万強に対して、武田1万の軍勢で打ち破った事実がある。
三万強ってどんなに少なく見積もっても百万石は必要だぞ、上杉離れの前とはいえ、それだけ動員できるか?
二万くらいならいけると思うけど。
>笠原、上杉連合軍合わせて3万強に対して、武田1万の軍勢で打ち破った事実がある。
当然、信長公記のみを参考にした訳ではないよ。
ただ信長公記は信憑性が比較的高い事で有名だから名前を出しただけで。
>足利将軍が呼びかけた信長包囲網に、両派とも参加してたのは事実じゃないのか?
だから、本願寺は(この時の反織田方には)参加していない。
>第一次伊賀平定時、百地三太夫相手に兵力差も有るにも係らず、織田軍は敗退
戦闘と戦争の区別はつきますか?
一戦線と全線戦の区別が付かない、敗退と撤退の差がわからない、仏教を一括りにする、
ソースを求める割には自分で出さない、
ちょっとどうかと思う。
417 :
411=412:2006/01/26(木) 20:07:17
>>416 >三万強ってどんなに少なく見積もっても百万石は必要だぞ、上杉離れの前とはいえ、それだけ動員できるか?
>二万くらいならいけると思うけど。
ソース、学研歴史群像シリーズ「武田信玄」P50記載
>当然、信長公記のみを参考にした訳ではないよ。
信長公記以外で、姉川十三段陣は無かったという資料はあるのか?
>だから、本願寺は(この時の反織田方には)参加していない。
義昭 御内書 信長包囲 本願寺、でググってくれ
それでも否定するなら、そちらこそ↓
>本願寺は(この時の反織田方には)参加していない
の、ソース提示ヨロシク
>戦闘と戦争の区別はつきますか?
区別付けようが付けまいが、兵力差が有るにも係らず百地三太夫相手に織田は敗退した
という事実が、有るのだが・・・・なにを言いたいのか?
>ソースを求める割には自分で出さない、
具体的に、どこの文章の箇所を、指摘しているのか?
418 :
417:2006/01/26(木) 20:13:07
>417補足
>区別付けようが付けまいが、兵力差が有るにも係らず百地三太夫相手に織田は敗退した
>という事実が、有るのだが・・・・なにを言いたいのか?
↑第一次伊賀平定時の事
419 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/29(日) 17:47:56
質問です。
葵・徳川三代の『合戦関ヶ原』の章で討ち死にしてた武将が誰なのかわかりません。
「裏切り者の小川佑忠はどこじゃー!」とか叫んでた武将です。
421 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/29(日) 21:24:56
>420
覚えてないしわからんが、
平塚因幡守か戸田武蔵守じゃないか?
大谷の与力。
竜雷太・蒲生ぢゃないよね?
あの備中真令と郷舎がごっちゃになったw
>>421 一人で馬に乗って敵勢に斬り込んだ後、
殺到した足軽に馬から落とされて首を取られました。
>>422 多分そうです。
平塚か戸田だと思います。
蒲生郷舎は違いますねw
424 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/01/30(月) 22:08:56
425 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/01(水) 11:32:53
>>423 あれ?左近って黒田隊の伏兵に横合いから狙撃されたんだっけ?
426 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/02(木) 22:52:04
427 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/03(金) 21:38:09
428 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/06(月) 14:08:48
>>427 でも、戦国自衛隊での謙信役も捨て難いのだが。
サニー千葉様と褌姿のツーショットは必見。
429 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/07(火) 10:14:05
葵徳川三代の淀殿良かった。
治長がちょっと若いかなあとは思ったけど。
430 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/07(火) 11:07:27
>>429 工エエェェ(´д`)ェェエエ工
釣り?
戦国自衛隊・関ヶ原の戦い
「完結編〜愛する者のために死す
命を賭け隊員の運命!石田三成になった男の愛と野望!
裏切り略奪亡父を待つ幼女を犠牲にする非情戦乱を生きろ!号泣衝撃ラスト」
戦国自衛隊・関ヶ原の戦い
http://www.ntv.co.jp/sengoku/ 第一部 1月31日(火) よる9時放送〜
第二部 2月 7日(火) よる9時放送〜
役名 ………… 配役
伊庭明義(3等陸佐) ………… 反町隆史
嶋村拓也(3等陸佐) ………… 渡部篤郎
徳川家康 ………… 津川雅彦
本多正信 ………… 長門裕之
石田三成 ………… 竹中直人
島 左近 ………… 松方弘樹
小早川秀秋 ………… 藤原竜也
豊臣秀頼 ………… 杉村怜音
淀の方 ………… 秋吉久美子
前編は15.7%と微妙な数字だったけど、後編はどうだろ?
432 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/09(木) 15:33:31
>>430 ということは「武田信玄」の八重も良かったということか。。。
433 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/09(木) 17:12:32
434 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/09(木) 20:08:03
>>433 あれほどお節介な女はおらんだろ。
しかも、どこでもドアで瞬間移動するし。
436 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/09(木) 21:39:56
瀬名(池上季実子)と竹千代(子役)のやりとり、
手をベタベタ握ったり、後ろから抱きしめて「そなたが好きなのじゃ」とか、
どう見ても危ないショタ姉さんだよな・・・
>>437 あんたこのスレにいながら、そんなシーンもわかんないのか?
結局、家康の筆おろしの相手は亀姫というわけでいいのか?
あの中庭でやっちゃったんだろうか・・・
440 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/10(金) 12:50:33
>>436 昔の作品の方がハアハアできる要素が多かったよな。
瀬名が家康にホレてるという設定に違和感が・・滝田家康だからよいものの・・・
442 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/10(金) 17:51:41
プライドの高いお嬢様である瀬名にとって、
自分より家格の低い人質の竹千代が亀姫にばっかにうつつをぬして、
自分を蔑ろにしていてるという現実が許せなかったんでしょ。
だから意地になって竹千代を振り向かせようとしたんじゃない?
瀬名が竹千代にアプローチ
↓
それを関口のお父さんに見られる。
↓
娘の恋愛成就のために、
関口のお父さんが二人に内緒で義元に娘と竹千代の婚礼を許すよう願い出る。
↓
竹千代、義元から瀬名との婚礼を命じられる。
↓
何も知らない竹千代「工 工 エ エ エ エ ェ ェ ('д`) ェ ェ エ エ エ エ 工 工」
って展開だった気がする。
443 :
無名武将@お腹まんぷく:2006/02/11(土) 23:16:15
あのう、親父の秘蔵してた古い週刊誌の漫画では、築山殿は今川氏真のセフレで
バックを仕込まれてて、元康との初夜の時、いきなり尻を突き出して、はよう来やれ
というシーンがあったが。
しかし、三河松平郷はすごい山ん中だし、上野世良田徳川の地は利根川の氾濫をもろ
に喰らいそうなすごいとこみたいだが、こんなとこから湧いてくる松平徳川氏って何?
444 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/12(日) 00:13:31
>>443 「半蔵の門」では義元、氏真に抱かれ、押し付けられるように元信の下へ。
しかも、氏真が左利きなので、右利きの元信は難儀すると。
445 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/12(日) 07:31:36
氏真とデキてたのは、
むしろ家康のほうなんだがな
446 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/12(日) 11:25:51
三成が太りすぎだと思います。
447 :
無名武将@お腹まんぷく:2006/02/12(日) 12:34:16
444殿ありがと。古い記憶がよみがえりましそでつ。
448 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/12(日) 18:54:34
>>445 信長とデキてたんじゃないの?
家康って案外そっちの筋にもてるのね(w
449 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/12(日) 23:45:28
>>444 間合い的にはどう考えても信康は家康の子なのに、氏真の子と疑われて切腹するんだよね。
450 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/14(火) 00:35:26
>>449 順序としては亀、信康の順だしね。
亀が氏真の子なら辻褄も合うんだけど。
史実では、亀は信康の妹だよね?
452 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/14(火) 12:39:48
そうだよ。
信康は永禄2年、亀姫はその翌年生まれの年子
453 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/16(木) 04:24:32
でも、『半蔵〜』では逆なんだよなぁ。
しかも、氏真が馬並みの巨根。
454 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/16(木) 05:05:14
>>451 そうですね。
ちなみに信康は亀姫の奥平家輿入れに猛反発してますね。
松平郷に実家が近いのですが、8,000,000,000,000蜻蛉が生きる美しい土地です。
昔は何とも思わなかったけど都会の喧騒に埋もれている今では望郷の念にかられますな。
457 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/16(木) 14:55:44
>>455 元々山間の豪族ですよね、松平氏って。
山師の元締めのような存在だったらしいし。
葵 徳川三代で大谷義継が三成に向かって
「ぅお主とともに死ぬるわぁ」
と言ったシーンで涙した。
前にもちょっと話に出てたけど、
「葵」は完全の秀忠の物語だったと思う。
秀吉の死・関が原合戦へ至る道からスタートするのはいいとしても、
ラストはかなり尻切れトンボで最終回は既にドラマじゃなかった。
秀忠の出生から死までというのが一番スマートだったと思うんだけど、
それができなかったのは、関が原も春日局もありますよー!という客寄せ
要素もさることながら、徳川秀忠という人物のマイナーさ最大の要因なのかな。
個人的には普段陽があたりにくいだけに凄く興味があるんだが。
461 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/17(金) 23:46:00
>>460 もうね、家光時代はスッチャカメッチャカだったし。
時系列的にすっ飛ばしていた印象。
【早稲田】一芸入試で「姉上を守る武士です」【合格】
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news7/1140009566/ 義務教育が終わってすぐに叔父の所有する山に籠もり3年間修行を
積んだ青年が早稲田大学に受かっていた事が分かった。
彼は書物を参考に自己流で学問と武芸の修行をしていたそうだ。
面接の際には木刀で熊と戦った武勇伝を語り学長以下、年配者に好評を得た。
彼の両親は5年前に他界しており、叔父の家に姉と共に世話になっていたが
自分の力で姉を守りたい気持ちが強く武士を志すようになったという。
学力面での問題もなく大検取得も下山後に済ませていた。
姉弟愛、善哉善哉
マルチuzeeeeeeee
464 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/18(土) 03:28:24
確かに慌ただしく終わった印象。
465 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/18(土) 05:42:05
それと、後半あれだけ尻切れだった割に
お江が死んだ時、まるまる一回使って総集編やったのは不満。
466 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/18(土) 05:57:02
467 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/18(土) 09:09:36
姐さんじゃしょうがないか。
でも、お江が口癖のように「女子は戦の道具ではありませぬ」
ってのはちょっと不自然に感じた。
少なくとも大名家において自由恋愛での結婚自体がまず考
えられないわけだから、秀忠の娘達にしても別段特別に不
幸な結婚を強いているわけでもないのに毎回かみつくのは
ちょっと、ね。
>>467 私生活に政治や軍事が絡むのが当たり前の時代なんだし、
二度の落城と結婚を経験してきた人の言葉とは思えないね・・・。
469 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/18(土) 11:18:06
幕府との仲が芳しいとは言えず、生活様式も違う皇家、しかも天皇に嫁ぐ和子を心配するのならまだ分かるが、
他の娘たちの嫁ぎ先って姉である淀や初の息子だったり、義兄の息子だったり殆どが親族でしょ。
政略結婚とはいえまったく見ず知らずんとこに嫁がされるわけじゃないんだし、
お江もいちいちそこまで憂慮する事もないと思うんだがね。
まぁ、結果的に一番婚家に大事にされたのは血のつながりのない前田に嫁いだ珠姫だったみたいだけどね。
470 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/18(土) 16:12:30
千姫の存在が作用している・・・?
471 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/18(土) 22:11:34
彼女だけは敵方ですしね。
472 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/18(土) 22:55:59
しかし、和子の入内で天皇家は財政的にかなり潤ったんですけどね。
久しぶりに「葵」の録画ビデオ(総集編じゃない)を鑑賞したのだが、それ以後の大河と比べて明らかにコストが違うな。
前半はストーリーにも細やかな配慮が至る所に見受けられる。
でも後半は最悪だな。
>>473 視聴者の評判がよくないから、ホームドラマ風に変えたとか聞いたけど
後半がダレルんなら大久保彦左衛門をメインクラスに持ってきたほうが良かったんじゃないか。
彼なら奇行も豊富だわ、庶民と接点もあるわ、エピも沢山な分充実した内容になったと思われ。
そうだったら江与の臨終前の長々とした使い回しの回想シーンなんぞ無かった筈。
476 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/19(日) 14:27:32
「姐さん」だからしょうがないですよ。
477 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/19(日) 16:25:30
>>475 確かに彦左を使わない家光ってのも。。。
478 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/19(日) 16:30:57
しかし、あの秀忠にスポットを当てた稀有な作品ということで一応の評価を与えて良いのでは?
では次は足利義詮にスポットを・・・
>478
ドラマ自体は好きだし、価値はあると思ってる。
秀忠主役もそうだけど、通常はしょりがちな関が原〜豊臣滅亡までの流れを
丁寧に描いてるから色々と参考になったし。
>>480 家康の目線から秀忠を描くというのはよくある路線。
「おいおい、しっかりしろよ、二代目!」というやつね。
ところが二代目から初代、三代目を描くというものは珍しい。
482 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/20(月) 10:36:53
当初は家光をやる予定だったが、
調べてみると家光の功績と言われてたものが実は殆どが秀忠の功績だった事がわかり、
急遽秀忠を主人公にする事にしたが、彼だと大河の主人公としては知名度的に弱いので
有名な父家康と息子家光を前後に繋ぎ合わせて三代記にしたって聞いたが。
まぁ家光って実際ろくでもない逸話ばっか残ってるよな。
戦国の真っ只中なら家康も普通に利発で人望厚かった忠長を三代目に推していたような気がする。
まあ実際、
家康と秀忠がせっせとため込んだ財産は、家光の時代が終わる頃には怪しくなってるし。
東照宮にしろ、上洛にしろ、二人の遺産が無ければあれだけの物は出来なかったわけで。
売り家と唐様(洋風)で書く三代目とは良く言った物だ。
484 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/21(火) 13:16:31
女装癖があったり、男色対象の男妾に湯殿番させたり、
女と浮気した小姓を自害に追い込んじゃったり、
尼さんを無理やり還俗させて側室にしちゃったり、
性癖がらみの話題ばっかだな、家光って。
485 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/21(火) 14:59:50
しかし、そういう性癖の持ち主だからこそ、ネタにできる部分も多い。
486 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/21(火) 23:00:07
できれば、男色の趣味も描いて欲しいな。
今の世の中、ホモ=悪、でもあるまいし。
487 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/21(火) 23:14:47
家光の男色癖に真正面から向き合った葵は偉いな。
春日局でははなからウホッな気はなく吉原で遊女に入れ込んでたし、
昔の大奥では正室孝子と愛し合ってたけど、春日の陰謀で引き離され、
孝子への未練を誤魔化すために男色に走ったという設定だった。
488 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/21(火) 23:21:42
489 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/22(水) 03:05:04
>>488 「徳川家康」でも木の実(紺野美沙子)を男装させてた。
俺も大名だったら一度はやってみたいかな(w
490 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/22(水) 07:40:50
美童をはべらすのも悪くなさそう。
492 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/22(水) 12:44:50
>>490 当時としては当たり前。
逆に「女専門?大丈夫か?」という時代だし。
493 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/22(水) 16:13:25
>>492 秀吉はまさにそれ。
ヘテロセクシャルの秀吉は変わり者と馬鹿にされたらしい。
家光も男色自体が問題なのでなく、女と睦み合わないのが問題なわけで。
494 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/23(木) 02:20:09
家康と家光には男色の噂があるけど、秀忠はどうだったんだろう?
>>494 正直、微妙。
秀忠がその気の有無はともかく、家庭の問題で難しい気がする。
496 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/23(木) 06:01:06
あの奥方じゃ、小姓相手にハァハァして無駄に子種を消耗するのを許しちゃくれないでしょう。
497 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/23(木) 07:59:26
でも、実際のお江はおとなしい人じゃなかったんだっけ?
498 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/23(木) 11:22:30
しかしお静親子が匿われてる見性院(信玄の娘)屋敷に侍女を寄越して
秀忠の浮気を追及しようとしたという話もあるしなぁ>お江
お江が嫉妬深くなきゃ妾のお静をわざわざ遠ざける必要がないわけで、
お江に内緒で見性院に預けたのはやっぱり彼女の嫉妬を恐れてじゃないのか?
499 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/23(木) 14:47:47
仮にも将軍が側室を持てない状況というのが異常。
家康はやはり今川時代に男色を仕込まれたのだろうか…?
501 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/23(木) 17:56:30
織田人質時代では?
502 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/23(木) 21:03:15
>>498 それで啖呵を切って使者を追い返した見性院様は、さすがは武田信玄の忘れ形見。
家康は、取っ替え引っ替えやりまくって、いっぱい子供作ってるからな。
衆道趣味が無いと言われれば、あれだけ作りまくってさもありなんと思うし、
衆道趣味が有ると言われても、精力絶倫だなあと思う。
秀忠は奥さん一人に六人生ませてるからな、愛妻家か恐妻家かはわからんが江与とは馬があったんだろうよ。
御落胤は一人だけだし。
504 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/24(金) 22:39:48
505 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/26(日) 16:06:39
この流れを読んでいて思ったんだけど、
大河の徳川家康でも、竹千代時代岡崎が今川の支配下になった時
今川の兵に岡崎の女が犯される描写があったけど
現実には、美形の青少年も襲われてたのかね。
あまり想像したくないな。
雑兵まで衆道に耽っていたとは思えんが・・・
家康は「やろうと思えばできる」程度の男色
508 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/26(日) 19:11:18
>>505 足軽・雑兵の類(社会階層として)までそういう嗜みがあったとは思えないが。
509 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/26(日) 19:14:11
>>507 でも、凄い可愛い子だったら「抱いてみたい!」と思う衝動はあるが・・・。
510 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/26(日) 19:16:31
たしか井伊直正がお相手だったと聞いたことがあるぞ
美少年だったらしいからな、直政は。
ただ家康が女色(誇張)に走り出すのは、築山殿が死んでからだからな。
それまでは側室もこっそりひっそり。
かみさんが恐くて作れなかったから、男で紛らわしたり、
それ以後好みの女性を囲ったりしたんじゃねーの?
512 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/27(月) 04:16:35
>>511 男だったら許してくれたのかな?築山さん。
若い頃の家康は仕事人間だし、奥さんとは桶狭間以降は事実上の離婚だからあまり関係ないでしょう
514 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/27(月) 09:26:04
ですね。
遠江進出後は浜松と岡崎でしたしね。
515 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/27(月) 10:09:01
>>512 池上瀬名なら侍女に「直政を誘惑して一物をちょん切ってしまえ」とか余裕で命じそう。
516 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/28(火) 21:53:02
俺が殿様でも美童クンのお尻は捨てがたいものがあるな。
女なんて所詮、子作りの道具だし。
517 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/02/28(火) 23:40:09
518 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/01(水) 03:47:26
大河の西田家康が秀忠に見えてしまう…
520 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/02(木) 00:00:43
>>519 せめて疱瘡治った後の吉宗だと思ってくれ
522 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/03(金) 15:57:08
523 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/04(土) 03:57:54
>>521 違うだろ。
しかし、あの入れ替えは……問題あるよなw
524 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/04(土) 06:45:34
http://plaza.rakuten.co.jp/aiaifudousann/diary/200602100000/ 慶応3年11月15日、33歳の誕生日の日、龍馬は刺客に襲われ、凶刃に斃れた。
百数十年を経た今日、未だにその真相は分からない。
暗殺の真相が不明なため、その下手人や黒幕については様々な説がある。
下手人については、新撰組や京都見廻組が有力視されてきたが確証はない。
黒幕については、公儀つまり幕府説、薩摩藩や長州藩の武力倒幕派説、
伊呂波丸事件の紀州藩説、身内の土佐藩説などイロイロだが、どれも定かではない。
本書では、長崎・出島を本拠地とした武器商人グラバーを黒幕としている。
薩長同盟を後押しし、倒幕戦争を煽り、莫大な商機を目前にしたグラバーにとって、
無血革命を唱導し始めた龍馬は抹殺すべき存在だったという。
そしてそのグラバーの背後には、ユダヤ資本のロスチャイルドが・・・。
中国のアヘン戦争でしこたま儲けた次は、日本の内乱戦争だったというのだが・・。
『龍馬暗殺―捜査報告書』 小林久三、光風社文庫。
525 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/04(土) 07:29:43
今や薩摩の飼い犬説まで。
526 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/04(土) 10:37:50
>>467 時専で現在放送中の春日局を見れば岩下お江がどれだけマシか分かると思う。
秀吉から秀忠に嫁ぐよう強要されて自殺未遂はかったり、
千姫が産まれて秀吉が秀頼の嫁として貰い受けるといった時、
家康や秀忠の同席の中にも関わらず「千姫はわらわの子じゃ!!秀吉殿の好きなようにはさせぬ」と秀吉に楯突いたり、
珠姫の輿入れの時も「珠姫は何処へもやらぬ!!」と懐剣振り回して駄々こね、年下のお勝(家康の側室)を困らせたり。
ここまでDQNだと、むしろこの先どんな事しでかすか楽しみになってくるよ。
527 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/04(土) 22:38:27
528 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/05(日) 15:26:24
当時は娘可愛さに癇癪起こすなんてあり得ないだろ。
それで自家の権勢が安定するのだし。
529 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/05(日) 22:17:09
>>528 ですね。
二度の落城を経験している女性ですからね、そのあたりは。
家に対するこだわりは人並み外れたものがあったのでは?
でもなければ、あれほどの嫉妬心は燃やさないでしょう。
530 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/05(日) 23:16:41
>>528 昨今の時代劇にある、女が嫁入り先がきまってヒス起こしたり、母親が反対
したりする描写はマジでカンベンしてほしい
今回の功名でも千代のヒスっぷりには引いた。
忍者崩れに対して、一豊を助けろだの戦地に連れてけだの無茶苦茶言うし、
大体戦に行くって事は観光じゃない、運が悪ければ死ぬという事を考えてもないのか、あの馬鹿。
というか仲間や脚本は見性院様に土下座で謝ってくるべき。
見なくなって4週が経つ。
今どのあたりでしょうか。親切な方、お教えください。
533 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/06(月) 00:47:31
534 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/06(月) 03:02:03
金ヶ崎の撤退戦。
なんか殿軍で、個人個人がてんでバラバラに逃げて追い詰められている様は失笑もの。
何のための殿「軍」なのか。
そこを救ったのが我らがひでたd、じゃなくて吉宗公(疱瘡後)だったのさ。
で、京に帰還。
養生中くのいちに簡単に籠絡されて軍事機密をほいほいバラした一豊は、まあ一豊だしな。
535 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/06(月) 08:05:34
山岡荘八の徳川家康は、創作キャラだが石坂浩二が演じた納屋蕉庵(竹之内波太郎)が印象的だった。
初めは信長の影の軍師みたいな位置付けで、そのうち豪商になって時代の見届け人になっていった。
>>508 市政の連中にお稚児さん趣味が流行ったのは江戸時代から
江戸初期は猫も杓子も衆道に走り、専門店まで出来た。
知識人達はこぞって衆道を賛美し
「男同士の情愛こそ真である」と言っていたそうな。
ちなみに、あんまり流行したもんで風紀上ヤバイという声が幕府内にも広がり
カブキ者と一緒に弾圧されて廃れたそうな。
>>535 原作を読まずに脚本を書いたらしいから仕方がない。
知識人といえば聞えはいいが、実際はただの保守派である。
その時代に沿った道徳観念しか持ち合わせていない愚物であり、決して国家の成長を援ける者ではなく、
逆に革新的な言論、行動などを打ち壊す元凶である。
昨今では堀江氏の逮捕が良い例だ。
逮捕されるまでは「新しい時代の力を感じる」などと言っていた知識人達が
罪状が明らかになるにつれ「私も怪しいと思った」と言い出している。
連中には大した理念や信念はなく、ただ世俗的な意見しか持ち合わせていない国家の膿である。
このように愚鈍な人間達の考えが上層階級を支配している国家は永久的に進歩できず、逆に没落してしまう。
>>534 >養生中くのいちに簡単に籠絡されて軍事機密をほいほいバラした一豊は、まあ一豊だしな。
まぁそこは原作通りなんだがな
>>540 ポルポトってなに?
カンボジアの虐殺魔か?
542 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/09(木) 03:00:35
>>537 当時の江戸の人口比率を見ると男の方が圧倒的に多かった。
このことも、男色が主であった江戸の性事情の土台になっている。
543 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/09(木) 04:18:50
勝新みたいな豪快なやつがもういないからな
544 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/09(木) 18:00:08
545 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/10(金) 12:50:06
>>536 信玄暗殺の指揮を執っていたのも彼。
あれは射殺・・・だよね?
546 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/10(金) 15:15:09
>>545 肺病を患っていたけど、あの倒れ方は命中したと見ていいんじゃないか?
547 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/10(金) 17:45:28
>>536 あの役は、納屋『呂宋』助左衛門や竹之内流関係からインスパイアされたのかも。
小説では朝廷の祭事を執り行う祭司の末裔とか書かれてた。
桶狭間合戦でも村の代表として今川軍に進物をして足止めしたり、
元康だけで織田軍と当たらないように策をうったり、架空の役なのに大活躍すぎるw
つか、その娘役の木の実を演じた紺野美沙子がラブリー。
548 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/11(土) 06:47:35
『半蔵の門』では、信長側から「大高城から動かなければ元康を攻めない」と申し出が
あるんだよな。
但し、その言外に「兵糧と兵の命は保証しない」とも。
信長の梟雄の気性を見抜いた元康は、半蔵に命じて米粒を胡麻粒の大きさにさせて兵に
背負わせ、荷駄の米俵に土を詰めて囮に。
信長軍の一隊に襲われた元康は、囮の荷駄を捨て、一目散に大高城に駆け込む、と。
しかも、仮に今川軍が敗れた時の織田・徳川ことを考え、元康は鷲津砦攻略の先鋒を務めてこれを
攻略、信長に地団駄を踏ませる。
そんな話の流れ。
549 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/11(土) 22:17:49
家康の意向で関が原に秀忠をわざと遅参させるのはなんか納得いかない・・・
やっぱ秀忠は真のヘタレじゃなきゃ。
550 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/12(日) 07:21:54
>549
あれは謎だね、ガチで遅参した説と故意に遅参した
説がある。
秀忠個人の才覚はともかくとしても、本多正信がつ
いていたということは後者もアリかなって気がする。
ただし、「葵」では関ヶ原に徳川本隊が間に合
わないことで戦後の関ヶ原の位置づけが変わっ
てしまうと津川家康はかなり焦ってた。
551 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/12(日) 13:19:16
そのあたりの謎解きの鍵は家康と榊原康政の戦後のやり取りにあるようにも…。
552 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/13(月) 07:15:12
553 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/14(火) 02:05:10
>551
「葵」だと、関ヶ原後にやっと到着した秀忠は父への目通りも叶わず、
秀忠についていた榊原、同じく秀忠付き戦目付の本多正信を父に持つ正純、
そして弟で先陣を飾った忠吉が波状攻撃で取り成してたね。
思えば、この件が元で家康は重臣に世子は秀忠でいいのか?という質問を
した、後継として秀忠を挙げたのは大久保忠隣のみ。
にも関わらず家康は独断で秀忠後継を発表する。
この流れも考えたら変な話だし、秀忠遅参には色々ありそうだね。
554 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/14(火) 02:19:25
あと、上のを書いててふと思ったんだけど、
徳川家臣団に「忠」の字が多いのはなぜだろう?
秀忠以降の忠吉、忠輝、忠長やその世代の家臣は秀忠の偏諱としても、
本多、酒井、大久保、鳥居は軒並み「忠」の字を使っている。
この辺の「忠」はどこから来たんだろう?
家康から数えて五代前の親忠が初出っぽい。
三代前で曾祖父の信忠、父の広忠、息子の秀忠と、一代置きで使われている。
松平の系字の一つと考えても良いんじゃないか。
556 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/15(水) 09:55:56
>>553 >先陣を飾った忠吉
「逸物の鷹の子は皆逸物なり」(徳川実紀)
もはや腫れ物の病で余命幾許もない忠吉が、見舞いに訪れた家康に、関ヶ原の役での
傷跡を見せる姿には一掬の涙を禁じえなかった。
557 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/16(木) 10:25:34
558 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/16(木) 13:25:18
>>557 眉唾物でしょう。
松平氏を名乗る山間の豪族がいたのは事実でしょうけど。
559 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/17(金) 15:45:50
560 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/17(金) 19:10:18
561 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/18(土) 18:16:58
>>560 鉱山技術者や林業に従事する人々のこと。
562 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/20(月) 18:24:02
やま‐し 【山師】
1 鉱脈の発見・鑑定や鉱石の採掘事業を行う人。
2 山林の買付けや伐採を請け負う人。
3 投機的な事業で大もうけをねらう人。投機師。
4 詐欺師。いかさま師。
563 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/21(火) 14:12:00
けっこうな地方巧者?
564 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/22(水) 01:59:38
565 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/22(水) 20:53:17
「徳川家康」の最後の方に出てた万田久子演じるおみつって結局なんのために出てきたんだろう。
納屋蕉庵の孫娘で千姫付きの侍女って設定だったけど、
秀頼の手がついて子供を産んでからどっか消えたよね。
次の回にはおみつはいなかったかのように侍女が別の人(おちょぼ)に変わってた。
大坂の陣後の国松丸処刑事件とかに絡めればよかったのにね。
566 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/24(金) 14:33:24
>>565 納屋蕉庵の孫娘だっけ?
娘かと思ってたよ。
567 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/24(金) 15:10:34
娘は木の実(紺野美沙子)じゃなかったっけ
568 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/26(日) 21:34:36
え?
じゃ、木の実の子?
その前に三成の放った刺客に斬られたんじゃない?
569 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/26(日) 21:36:49
さっき総括関ヶ原見たけど左近テラカッコヨス!
納屋蕉庵と娘の木の実。
架空の人物達が大人気のスレはここですね!
571 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/27(月) 01:47:41
572 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/28(火) 13:28:01
>>570 話の軸がしっかりしていれば、架空キャラはあまり気にならない。
むしろやたら主人公に絡んできて、ちゃっかりと影響を与えるようだと腹も立ってくるが。
573 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/28(火) 15:29:51
納屋蕉庵は主役を食ってたな。名前かえて最初から最後までいるしよw
架空キャラを使う事で歴史を新しい視点、違った視点でってやつだわな。
悪く言えば御都合主義だけど、歴史的な事物の空白みたいな所を、
ある程度好きに描いて味付けできるのが歴史小説の醍醐味ではある。
書いてるわけじゃないがw
574 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/28(火) 15:48:47
家康が好きで、家康のことを世間で言われるほど
陰湿な悪人だとは思わないけど、
山岡壮八の徳川家康は、ちょっといい人に描きすぎで
正直引いてしまうところが何箇所もあった。
個人的には「葵」のしたたかな家康の若い頃を見てみたいな。
575 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/28(火) 16:43:30
>>574 家康自身は秀頼親子をなんとしてでも助けたかったのに、
井伊直孝が独断で追い討ちかけて自害に追いやってしまったって設定だったよね。
個人的には朝日姫と秀忠の親子の絆がやりとりが好きだった。
朝日は史実じゃ本当に救いようがないから、
このドラマでは秀忠という息子が持ててよかったよ。
>>574 私人的観点から見るか、公人的観点から見るかでがらりと評価が変わる人物。
ただ徳川当主として、また天下人として淡々と障害を排除していっただけ。
それに善や悪を持ち込むのは無粋だと思うけどなー。
負けず嫌いの喧嘩好き、だけど忍従を知り、長い雌伏を耐えられるケチでしたたかな親分って所だとおもう。
>576
そう、まさにその通り。
歴史的な観点で見れば、300年の太平を実現した功だけで
充分評価されるべきだと思うし、なまじ情けをかけて禍根(豊臣家)
を後世に残さなかったのは政治家として正しい判断だと思う。
だから、余計過剰な「いい人」の味付けはいらなかったと思う。
578 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/29(水) 22:55:39
>>576 漬物の塩分を多めにして倹約してしまうところなんて・・・・大好き☆
579 :
某:2006/03/29(水) 23:49:38
>>575 それは、70を過ぎて自分は老い先短いのに、前天下人の息子が
成人して天下の堅城に莫大な黄金とともに居座ってるのを見ては
とても死ねんと思ったでしょう。徳川家安泰のために自分の目の玉の
黒いうちになんとしても除いておこうと思案したのは最も自然なことでしょう。
当時の家康の立場にあれば、十人いれば八、九人は同じことをしたのでは
ないですかね。特に家康が腹黒かったわけではないと思いますよ。
580 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/30(木) 01:12:22
確かにそう判断するよね。
その件に関して言ったら、腹黒いのは家康じゃなくて、周りの坊主どもだと思う。あと、大坂方の女連中が城内では強すぎた。
581 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/30(木) 14:55:57
>>580 いかに罠に嵌めるかの勝負なんだから、腹黒いなんて言葉は無意味。
それが権謀術数の限りを尽くしての政争というものでしょう。
人の嘘は方便だが、武将の嘘は策謀である
方便は仏の嘘です
584 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/03/32(土) 16:03:19
勝てば官軍
正義が必ず勝つのは世の道理だ。
なぜなら、勝った者こそが正義となるからである。
戦争が始まる以前の善悪など関係ない。
戦争を行った人間の清濁など関係ない。
要は勝者となるか、それとも敗者になるかで正悪が定まるのである。
586 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/02(日) 20:45:26
>>585 >戦争が始まる以前の善悪など関係ない。
いや、ある。
大義名分は重要だ。
適当な大義名分付けだと勝った方が正義ってのも国内だけの話で対外的には悪だからな
任意の正義を貫くためには邪義を倒さなければ成り立たず、殉教者か加害者になるしかない罠。
反対概念を尊重し合える時代は、現代になっても戦国時代と変わらず来ておりませんよと。
590 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/03(月) 02:28:53
>>587 その通り。
大義名分は極めて重要だし、それを立てるために策謀を巡らせるのだから。
したがって時には嘘八百を並べても構わない。
嘘八百も勝てばそれが真実になるのだし。
591 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/04(火) 16:28:38
>>590 ・・・・・・・・・・・・・で、次の展開は?
592 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/04(火) 23:42:41
その時を生きる人たちにとってはそうでも、
後世、歴史を楽しんで見る我々などは違う場合もある。
「あいつは勝つために嘘をついた、汚いやつだ」になるし、
「勝てば官軍は当たり前」と感じる人もいるだろう。
それは歴史を見ている人それぞれの感性。
極論に正解はない。
横山の家康、泣けた。最後にきてさらに泣けた。
594 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/06(木) 19:56:18
595 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/06(木) 23:13:27
>>592 一側面からしか評価できないということが問題。
596 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/08(土) 02:16:22
>>595 まあ、一般の人は興味もないだろうしね。
597 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/08(土) 18:36:00
で、本筋の話は?
598 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 16:33:42
599 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/10(月) 15:08:08
神山繁で600
三國連太郎
田中信夫
603 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/11(火) 21:39:13
>>599 意外と佐藤慶などがハマッてくれそうな悪寒。。
604 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/12(水) 01:55:33
605 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/12(水) 13:08:36
606 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/15(土) 16:18:00
>>605 蕉庵は「当たったことは確実だと思うが、致命傷になるかどうか・・・」という判断。
ところが信玄は一言、発しただけでバッタリと倒れたよね。
607 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/16(日) 02:04:09
>>606 信玄は兵を動揺させないようにしたのだけど、それを聞いた蕉庵は致命傷を与えられなかったと
思ったのでは?
ところが秀吉は信長に「信玄が死んだ模様」と報告してるんだよね。
608 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/16(日) 20:35:29
/././,,-,,_
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// y- ,ヽ)).ノ イ .i.>、 ノ .~ ''''''''
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./ r'' .! \ ~ ./ ヽ ヽ, _ ノ
././ \ ,, - .ヽ - >~
ノ/ /ノ .ノ ,,--''
( ./ノノ .ノ
.\__ _ ノ .ノノ イヽ
` 7 ヽ // / ノ ノ 人
) >> ./ !
【佐倉広夢】
「んもう・・・
>>1さんまた駄スレ?駄スレ控えめにね」
「
>>2さん、2日間だけ僕の恋人になって」
「
>>3さん、デートしよ、ね!いいでしょ。デート、デート♪」
「
>>4さん、あま〜いアイスクリーム食べに行こ♪」
「
>>5さん、やっぱり女の子がいいの?男の子の僕は嫌いなの?」
610 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/17(月) 16:56:39
↑何がしたいんだ?おまえは。
611 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/17(月) 22:33:50
>>607 ちなみに徳川作品って本能寺の変直後の甲信攻略戦についてはあまり触れないんだよなぁ。
小牧・長久手の役すら省かれることが多い中では致し方ないが、北条軍5万に対して僅か1万数千で
勝利を収めたあたりなどはなかなかに興味深いと思うのだが。
山岡の小説だと、木の実は納屋蕉庵の娘(養女?)で、
家康の母である於大の兄、水野信元の孫という設定だった。
信元は信長に武田との内通を疑われて、家康に討殺されたと言われているのに、
謀反人の血筋が出てきたらやばい気もするがw (討たれたから養女なのかもしれないけど。)
信元の弟、水野信近(竹之内久六)の設定もかなり電波だったが、
納屋蕉庵周辺の架空人物もかなりすごい。
それに少しでもリアリティを持たせるために血縁にしたものなんだろうね。
614 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/19(水) 11:58:08
>>611 かつて勝頼が放棄した新府城を手直しして本陣を置いた結果、信濃から甲斐に侵攻した
北条軍が完全に足止めされたからね。
真田昌幸が徳川方についた結果、退路まで断たれて和睦するハメに。
615 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/20(木) 00:16:44
>>613 架空キャラの成否がそのまま作品の成否に繋がりません?大河って。
陪臣あたりは自由に作った方が、作品に人間臭さや思考の深み、
原作者、脚本家の意図などを反映しやすそうですね
史実の人物に色々と無茶をさせると各方面からの苦情も多いでしょうし・・・
617 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/20(木) 00:58:30
ageる 理由は聞くな
618 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/20(木) 01:35:17
>>615 わかるわかる。架空人物だけに、出しゃばらせすぎず、かといって空気キャラに
しても意味が無いからな。
619 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/20(木) 15:59:10
620 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/20(木) 18:09:16
>>614 甲斐・信濃攻略戦と小牧・長久手の戦いは、家康が織田の与力大名から脱却する上で
重要な戦いだったからな。
そこはきちんと描かないと、武田との局地戦に手を焼いていた一属将が、信長が死んだ
途端、天下獲りレースの有力候補に・・・という展開になってしまう。
621 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/20(木) 22:04:23
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゙、〈 '、,r‐:l l-、 / /.,ィ,)t、
. ヽゝ、 .ゝ,r.、 ,riノ ,r'',r' ! /l、
l.ト //゙;彡三三ミ;ヽ /" / |/ ス
__,,,,,,l ヽ リ!''‐´ ''' `ヤリ ./ ノ / ./┴''" ̄ ̄
,,,,,,r'ヽ. ヽ ヽ. / / ノ
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. | ヽ. ヽ `'l;;;;;;;;;r'" .t'"', ',
| ヽ ヽ l;;;;;/ 人. ゙,.゙,
| ヽ ヽ. リハ,_,,、-‐''"´/\',.',
l ヽ. ヽ l'! ゝ、-、 \ \゙、
622 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/21(金) 01:54:11
>>621 三方が原では、ご難儀でござりましたなぁ。
623 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/22(土) 04:10:21
>>620 それもそうですけど、全体的に本多平八郎って影薄くないですかね?
624 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/22(土) 16:19:39
>>623 家康を主役にした場合には、武功は家康のもの。
家臣が目立っちゃダメでしょう。
625 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/22(土) 19:57:59
626 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/24(月) 05:53:42
何それ?
627 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/24(月) 11:10:57
>>623 でも、脇役にも見せ場を作ってナンボじゃないの?
訳の分からん架空キャラがあり得ない展開をかますよりは、
「平八郎、最高!」という名シーンがあった方が良いと思うのだが。
628 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/24(月) 19:41:48
>>627 そう言えば・・・
大河「徳川家康」の大阪夏の陣で柳生宗矩が怒涛の七人斬りをやってたね。
スタジオ撮りなんであまり臨場感はなかったけど。
あれは実話ベース?
630 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/25(火) 01:50:24
「徳川家康」の総集編に、大坂夏の陣なのに、真田丸が出てくる。
631 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/25(火) 02:15:34
向坂兄弟にやられるけど、姉川のは真柄直隆の見せ場っぽい
石川数正と本多作左には見せ場あったよ
>>627 時専で見たけど、私場での家康にはタメ口で話してくる感じが強かったが、違うかな。
635 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/25(火) 23:24:10
>>633 つーか四天王は影が薄いなぁ・・・。
それに比べて「葵」の平八郎は馬上で頬がプルプルしてたな。
636 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/26(水) 16:21:43
637 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/26(水) 23:26:48
DVD欲スィ
639 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/27(木) 11:16:15
>>637 ちょっと軽いよなぁ。
宍戸錠の忠勝は逆に落ち着いていて良かったけど。
エースのジョーならば若い頃に少々の無茶はしていそうだし。
640 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/27(木) 21:58:10
641 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/28(金) 13:40:55
642 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/28(金) 15:22:11
一番の見せ場は秀吉の前で暴言吐いたとこだろう
644 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/28(金) 19:32:30
>>643 実話じゃないっしょ?
デフォルメし過ぎじゃないの?
645 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/28(金) 21:10:32
徳川家康全盛だった時代、彼よりも権力の高いような人物はいなかったんですか?
>>645 ちょっと意味が分かりませんねぇ・・・。
647 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/04/29(土) 21:41:52
>>643 お愛が病死した直後、「築山殿は殿に勝ち、お愛殿は殿に敗れたのじゃ・・・」も名言。
648 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/01(月) 18:15:25
>>642 しかも、鼻元までその指を持って来て、クンクン臭いを嗅ぐし!!!
長門裕之のソレは名シーンだった。
650 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/02(火) 01:53:25
>>648 大河史上、もろに「物体」登場は後にも先にも・・・
651 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/02(火) 04:35:29
>>650 味噌と言われれば、味噌とも言えなくも無い色具合でしたな。
あれを作ったスタッフ、どういう心境だったんだろ?w
652 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/02(火) 15:39:06
>>651 楽しんでたんじゃないの?
視聴者からクレームが来れば、「あれは腰味噌だって家康も言ってたでしょ」で
切り返せるし。
653 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/02(火) 18:50:03
>>648 鞍にウンチがべったりって・・・漏れ出すものなの?
654 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/02(火) 22:44:15
真田幸村って若林豪でしたっけ?
655 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/03(水) 17:39:21
>>654 そうです。
当時は樽に跨って、背景をクルクル回して合成してましたね。
656 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/04(木) 02:19:27
657 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/04(木) 10:38:34
>>656 家康を草刈が演じるのと同じくらい違和感あり杉
ハゲチビ爺さんの幸村を男前に描いている分有難く思え
658 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/04(木) 17:28:43
659 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/04(木) 20:38:22
661 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/05(金) 01:43:02
662 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/05(金) 08:26:40
中村梅雀、西田敏行、渡辺いっけい・・・秀忠って常に微妙な位置付けだよな。
勝野洋、中村雅俊ならまだしも。
663 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/05(金) 16:37:41
664 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/06(土) 16:37:45
665 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/06(土) 23:23:35
>>664 そうだね。
鼻モゲラでもなかったし、猛将って雰囲気も無かった。
あの秀康と忠吉は、間違いなく兄弟に見える。
667 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/09(火) 10:48:57
>>666 というか秀忠ひとりが種違いっていうか・・・。
668 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/09(火) 11:20:01
>>662 二枚目か三枚目かの違いだね。
勝野、中村雅の二枚目組は温厚に見えて冷酷非情な一面も持ち合わせているように描かれ、
西田、渡辺(梅雀は未見)の三枚目組は奥さんに尻に敷かれる情けない駄目亭主に描かれてる。
まぁ三枚目組の奥さん役は両方極妻だし頭が上がらないのも無理ないか。
秀忠の恐妻家ぶりは保科正之の出生譚とかである程度有名だから
軽いノリを求める最近の大河にゃ恰好の食い付き処なんだろうね。
670 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/09(火) 22:12:19
>>668 でも、いっけいの秀忠はいざって時にゃあ、カミさんの戯言ぶった切っても決断するタイプだったけど。
671 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/10(水) 03:16:31
そりゃ、家康の意向は無視できないもの。
672 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/11(木) 02:40:42
>>669 しかし、何でそんなに恐妻家なんだ?
大御所様には絶対服従でも、仮にも将軍様だぞ?
>672
権威的なものより情愛的なものなんじゃない?
年齢差もあるし、妻であり姉であり母であり、
そんな風に見ている気がするよ。
藤堂高虎なんかも尻に敷かれているな。
比喩ではなく、夫の留守は妻が守る時代、
共同統治者として今よりも妻を立てなければならない時代だったんじゃないか?
それだけに、情も深まりそうだけど。
世継ぎを作れた正妻は強いとか。
高虎の正妻はどうか知らんが。
676 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/13(土) 19:43:34
677 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/15(月) 00:30:37
678 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/16(火) 21:50:27
>>675 世継ぎがいなくても一定の発言権は保たれてたでしょ、あの時代は。
679 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/18(木) 17:23:04
>>678 そうですね。
確かに子を産もうが、産むまいが正室の発言力と立場は絶対です。
側室の子である世継ぎは父の正妻の養子になるとか?
中国ほど堅苦しくはないだろうけど
そういう概念は無いだろう、北政所と淀をみればわかると思うが。
また、まつや千代のように実子が家督を継がなくても正妻は相応の地位と礼を持って遇されるのが一般的。
まあ679の言うとおり、
子がいようがいまいが、正妻の地位は揺るがない。
682 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/19(金) 18:39:20
>>681 芳春院あたりにしても嫡子の利長が没し、結果、側室の産んだ子(利常)が後を継いでるけど、
家中における彼女の威光はまるで揺らがなかったしね。
683 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/20(土) 00:07:46
>>682 そりゃ利家さんの糟糠の妻ですからね。
他所から輿入れした姫様とはちょっと質が違いますわね。
684 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/21(日) 19:29:08
>>683 その言い方だと逆に時代背景的に例が絞られないか?
685 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/22(月) 21:32:58
>>684 いやいや平安期から近世までを通して、それが本来の姿ですよ。
どこでどう歪めたのか知りませんけど。
利家夫人は前田家の幹部のような扱いだったんじゃないか?
前田家で生まれ育ったようなもんだし。
正妻というのは共同統治者としての色合いが濃いと思うよ。
実家を通してその一族や他家との外交窓口としても機能するし、
武家ならば夫が留守の時の有事には城を守るし、
もちろん奥を一切取りしきるしね。
前田利常は利長の養嫡子として跡を継いでいるから
形式上、芳春院は利常の「祖母」として前田家の家政を見ていたのです
689 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/23(火) 16:05:18
>>685 現代の価値観からはとても推し量れない制度・慣習ですからね。
690 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/24(水) 15:04:50
>>689 それを現代の価値観でドラマ化してしまうから妙なことになる。
691 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/25(木) 03:41:23
>>672 秀忠は性格的に律儀という事を考えると何となく
理解できるんだが、福島正則が奥さんに薙刀で
追い回されたというのが信じられん。
マジ?
やべ、福島政則カワイイw
694 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/26(金) 16:34:26
695 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/27(土) 00:06:12
>>694 津田備中守の女を正室としたが、難産のため死去。
次いで、牧野康成の女(家康の養女)を継室に迎えている。
696 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/27(土) 18:27:06
>>695 確か倅にも徳川家(養女だけど)が嫁いでなかったか?
697 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/28(日) 16:29:29
698 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/29(月) 12:39:55
正之は養嗣子で、正則の姉と別所重棟の間に生まれた七男。
正之室は家康の養女(松平康元女)・満天姫。
正之は関ヶ原の合戦の際、竹ヶ鼻城・岐阜城攻略戦に加わり、非凡な才能を見せた。
人格的にも領内の修道士が「すぐれた行状と好ましい性質のためあらゆる人に慕われている」
「神父たちに親切また尊敬を持って遇している」と評したほどであったが、慶長4年(1599)に
正勝、慶長6年(1601)に正利と相次いで正則の実子が誕生すると、正之の運命は暗転。
慶長12年(1607)、正則は「近来の所行ただならず、ひとへに狂気の致すところに似たり」と
正之の狂疾を幕府に訴え出ることになる。結果、幽閉されて餓死したとも、自害したとも言わ
れている。
『慶長見聞録』は、往来の人々や人家に対し理由なく鉄砲を撃ちかけたり、養父・正則の葬礼
の真似をするなど狂乱ぶりを伝えている。
正之の狂疾について真偽のほどは定かではないが・・・。
699 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/29(月) 20:05:25
700 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/05/30(火) 01:18:33
701 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/02(金) 02:14:00
702 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/02(金) 14:35:34
>>701 波乱万丈の姫様ですな。
福島家のことなど序の口でしょう。
703 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/03(土) 14:31:20
満天姫
天正17年(1589)〜 寛永15年(1638)
徳川家康の異父弟・松平康元の女。
家康の養女として慶長4年(1599)に福島正則の養嗣子・正之に嫁すが、慶長12年(1607)に
正之が乱行のため幽閉されて死去(餓死とも自害とも言われている)すると実家に戻った。
(正之の義弟・忠勝に嫁したとも言われているが詳細は不明)この時、満天姫は懐妊しており、
後に男子を出産する。
慶長18年(1613)、南光坊天海の進言により、満天姫を弘前藩主・津軽信枚に再嫁する。
しかし、この時すでに信枚には妻・辰姫(石田三成の三女)がいた。
津軽家は、石田三成の取り成しにより大名家として存続し得たこともあり、関ヶ原の戦いの後、
三成の子・重成と辰姫を匿っており、辰姫の存在を公にすることを憚っていた。
そのため、満天姫の輿入れにあたり、辰姫は津軽家の飛び地領である上野国大館村に移され
ることになる。なお、輿入れにあたって満天姫は正之との間にもうけた男子を伴っており、弘前
藩家老・大道寺直英(大道寺政繁の養子)の養子となり、直秀と名乗っている。
704 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/03(土) 14:32:56
>>703の続き
一方、信枚は参勤の度に大館村の辰姫の居館に立ち寄っており、辰姫は元和5年(1619)、信
枚との間に男子をもうける。平蔵と名づけられた男子は、元和9年(1623年)に辰姫が死去した
後、信枚の懇願により津軽家の嫡子として迎えられ、満天姫によって養育される。後の三代藩
主・津軽信義である。
平蔵誕生の翌年、元和6年(1620)に満天姫も男子を出産したが、この男子は信枚の二男とし
て育てられ、後に弘前藩の支藩・黒石藩の藩祖・津軽信英となる。
705 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/03(土) 14:33:42
>>704の続き
寛永8年(1631)に信枚が死去すると、満天姫は葉縦院と名乗ることになる。
ところが、ここで正之の遺児である大道寺直秀が問題を起こしてしまう。津軽本家どころか分家
の当主にすらなれなかった直秀は、改易後、旗本に転落していた生家・福島家の再興を考え、
しきりに活動するようになる。葉縦院は幕府の心証を害しては津軽家にも危害が及ぶと考えて
直秀を再三にわたり諌めるが、直秀はこれに従わずに、江戸に上って幕閣に福島家再興を訴え
ようと行動を起こす。そのため、葉縦院は寛永13年(1636)、江戸に向かう前に葉縦院の居館を
訪れた直秀を毒殺している。
葉縦院は寛永15年(1638)、弘前で死去。後に上野国の飛び地領2,000石は、津軽信英が分家
した際、その領地に含まれている。
707 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/03(土) 22:13:38
>>705 直秀、ちょっと気の毒ではあるな。
とはいえ、忠勝は正則の実子だからしょうがないか。
大道寺直英の養子になって直秀って名乗ったのか。
養子とはいえ親子で同じ読みってのは珍しいな。
709 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/04(日) 16:38:52
710 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/04(日) 23:43:10
長男・直繁……秀忠に召し出されて仕官。
直繁の子は越後高田藩主・松平忠輝に仕えたが、忠輝の改易に伴い浪人。
孫の友山は甲州流軍学者として広島藩、会津藩の食客となり、後に越前福井藩に仕官。
以後、子孫は福井藩士として存続。
次男・直昌……前田利政に仕え、前田家改易後は松平忠吉、次いで尾張徳川家に2,000石の家禄で
仕えた。子孫は4〜5,000石の大身となり、名古屋城代を務める家柄となった。
三男・弁誉……仏門に入り、深川本誓寺を中興。
四男・直次……母方(遠山綱景女)の遠山姓を名乗り、黒田孝高・豊臣秀次・福島正則に仕えた。
福島家改易後、徳川家光に召し出されて1,000石取りの旗本となった。
尾張藩士・舎人恒忠の子を養子とし、子孫は大道寺に復姓して存続した。
養子・直英……大道寺隼人。舎人忠経の嫡子であり、母が大道寺氏の出身。
尾張藩の客分から津軽家弘前藩に仕えて1,000石取りの家老職となる。
なお、子孫は維新後に県会議長となっている。
711 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/05(月) 02:33:23
712 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/05(月) 14:09:40
713 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/05(月) 16:57:57
>>712 そうですね。婚姻関係が存在したようです。
714 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/07(水) 22:06:12
>>711 直英の父・舎人忠経は紀伊・藤縄でしょ?
715 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/08(木) 23:07:01
>>714 意見が分かれるところですが、ほぼそう考えて良いと思います。
716 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/09(金) 11:51:32
つーか、両作品で大道寺ってどの程度登場するんだ?
717 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/09(金) 23:28:42
>>716 印象無いね。
時代的に「葵」にはまず出て来ないだろうし。
718 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/11(日) 01:07:51
>>717 確かに。秀吉死後から物語が始まってるからな。
719 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/11(日) 18:22:43
>>718 江守徹の評価は分かれるよね。
あんな癇癪ぶりじゃ、近寄りたくないものな。
720 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/13(火) 13:50:59
>>719 演技は上手いけど、三成の小男のイメージとは違うかな。
721 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/13(火) 23:15:53
722 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/14(水) 00:49:13
>>721 もともとそういう芸風の方なので・・・脳梗塞からの復帰だし、勘弁してよ。
723 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/14(水) 04:06:50
>>720 時専の「吉宗」では近松門左衛門に扮してますね。
江守徹ってNHKでは漢詩朗読とかやってるから、
大河でも語り部のような役を振られるイメージなのかなあ。
725 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/14(水) 17:13:37
何をやっても一緒だよな。
さよなら999で黒騎士ファウストやってたなぁ
728 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/15(木) 01:34:39
>>723 漏れは、あの近松好きだったよ。
今年も、今川義元で、ちょっとdけ出てきたね。
関係ないけど、今、新キッズ・ウォーで、千姫と阿茶局(民部卿)が、嫁・姑を演じている。
729 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/15(木) 14:00:51
葵の阿茶は存在感あったね。
葵は側室だの子作りだのをぼかさずに真正面から描写してるから返って清々しさがある。
森口瑶子とかの美人さんたちが七十男のナニを取り合う生々しさね。
732 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/16(金) 01:41:39
>>728-729 キッズウォーには、九条忠栄も出てるぞ。
忠栄とお千が夫婦、忠栄の母が阿茶。
733 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/16(金) 02:13:41
734 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/16(金) 12:59:13
そなたは鉄砲突きが甘いのう。
735 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/16(金) 23:55:44
736 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/18(日) 01:09:28
737 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/18(日) 23:53:49
>>736 お江与の華麗なる?男性遍歴の賜物ですなw
738 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/19(月) 00:13:52
739 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/19(月) 23:11:22
>>736 千ちゃんの本多家輿入れは千ちゃんのごり押しでしょ?
740 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/20(火) 15:17:08
>>739 そうらしいね。
秀忠におねだりしたらしいですよ。
741 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/20(火) 23:40:40
742 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/21(水) 01:59:15
>>741 出戻りで今度はお公家さんねぇ・・・そりゃ、本人は望まないわな。
743 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/22(木) 19:04:30
>>742 しかし、秀頼とはほとんど夫婦生活なんか無かったわけでしょ?
じゃあなぜ子供が
745 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/22(木) 23:08:58
746 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/23(金) 01:08:00
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_) (_
_) ナ ゝ ナ ゝ / ナ_`` -─;ァ l7 l7 (_
_) ⊂ナヽ °°°° ⊂ナヽ /'^し / 、_ つ (__  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ o o (_
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/イ ,ィ/l/ |/ リuヽlヽト、 | ゝ ,、.___, \ > , ! | ,ィ/l/ l/ uハlヽトiヽ. |
イ /r >r;ヘj=:r‐=r;<ヽ│ 「 ./ u \ | ≧ , ,ィ/ハヽ\ | |/゙>r;ヘ '-‐ァr;j<`K
r、H ┴'rj h ‘┴ }'|ト、 |./ ヽ | 1 イ/./ ! lvヾ,.ゞ、 ! .ry ┴ 〉 └'‐ :|rリ
!t||u`ー-‐ベ!` ` ー-‐' ルリ r|´゙>n-、ヽ-rj='^vヽ _レ「゙f.:jヽ ーT'f.:j'7`h |t|. ヾi丶 u レ'
ヾl. fニニニヽ u/‐' :|r| ー "j `ー ′ h゙リ {t|!v ̄" } ` ̄ !リ ヾl u iニニニヽ /|
ト、 ヽ. ノ u,イl. ヾ! v ヾ__ v イ‐' ヾl ヾ_ v ./' ト、 、__丿u ,イ ト、
,.| : \ `ニ´ / ; ト、 ト.、u L_ フ , ' |. ト、u ヾー `> /.|. ,| ::\ / ; / \
-‐''7 {' :: ` ー ' ,; ゝ:l`ー- ⊥:`ヽ. __ / ,' | | :\  ̄ /,' ト、_ /〈 :: ` ー ' ,'/ 「
/ \ :: , '/ :| `'''ー- 、 , ' '>-,、.._ノ :: `ー ' /,.イ \:: / |
/ \ / | | ヽ-‐'´ _,.ヘ< _:: _,. イ/ | ,.へ、 /´\ |
747 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/23(金) 02:56:58
748 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/23(金) 16:24:22
調べてみたら妾腹だった
ごめ
750 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/23(金) 19:18:56
>>747 正室と言っても、敵方の姫君ですからね。
夫婦生活以前に場を同じくする機会がどれだけあったのかすら疑問です。
【上杉謙信テーマ曲】
教室の隅っこにしゃがんだ 悲惨な上杉ファンを見ていた
人それぞれ好みはあるのに 誰も君に話しかけないね
上杉謙信が1番だなんて 信者がブヒブヒ吠えてて
ゴミ溜めの中顔真っ赤にして アンチ上杉に論破されてる
それなのに上杉謙信は どうしてこうもショボすぎる
できることもないのに信者たち 1番にさせたがる
そうさ、謙信は
世界でもまれに見るクソ武将 ひとりひとりキモイ信者もいる
上杉のスレ立てコピペ貼りに一生必死になれば良い
武田信玄と上杉謙信 信者は必死に比べようとするけど
ナンバー1になれるはずがない もともとぶっちぎりのワースト1
752 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/23(金) 22:18:30
753 :
◆6mBWCgfMCU :2006/06/24(土) 18:52:28
test
754 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/24(土) 20:19:18
>>750 子作りなんてできる状況じゃなかったでしょうね。
本人たち以前に周囲がそれを許さなかったはず。
上杉謙信最強
756 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/25(日) 03:30:23
>>754 徳川家には「公卿の血は入れるな!」という不文律があったけど、
豊臣家にも「徳川の血は入れるな!」という不文律があったのね・・・。
上杉謙信の強さは世界一ぃぃぃ!!!!!!!!!!!!!!!
',ヽ、
i \__| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄l
l ヽ/ !
l / .r―――┐l
. l / / | |
,ゝ、',,,,,,,,_/ | |
, ' / ゙゙゙゙̄'''''''''''''''''ヽ
, ' / zェ:、、,_ _,,、」,
/ /. |
. / ./ / ヾニo= .i =e/
/ / / l |
/ ./ ./ ィ ,l .!
/ / /,.. r'`ニニヽ, .l'、
. , ' / l;;;ヽ ,イ;;f'゙---ヾゝ;/‐t、
. ,.' /. ヾ;;;;`‐、';:;:;:;`;;;;';;;';";;/ l ヽ、_
、. f.-、 /ヽ `':、;;:;:;:;:;;;;;;;;;;;;;;;ン | | ト、
. ヽ,i'" `'i:、 .∧ ヽ `''''ーァ'7" l l | \
| ` ' ヽ ヽ , ' ,:' / | |
758 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/26(月) 00:24:59
いとこ同士だしな
761 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/26(月) 23:07:43
>>760 松平忠直(結城秀康の嫡男)と勝姫(徳川秀忠の娘)もいとこ同士だが、
ちゃんと子供がいる。
>>761 いとこ同士だから、ないはずはない、と言う意味で。
いたした、いたしてないの根拠には、参考文献か何かがあるんですか?
床入りの儀式みたいなものがある時代だからね。
そりゃ普通に考えれば。
765 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/27(火) 08:55:10
766 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/27(火) 15:17:37
秀頼にはタネがあるから、原因は千姫に・・・
767 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/27(火) 22:17:58
>>766 千姫も、本多忠刻の子供を産んでるよな。
768 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/28(水) 03:35:00
769 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/28(水) 20:37:01
>>756 スレ違いだけど、この流れでいくと農姫に子供が生まれなかったのは
織田家には「まむしの血は入れるな!」って不文律?
帰蝶がくわを持って畑耕してるのを想像して
思わずワラタ。
772 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/29(木) 18:11:26
>>769の農姫 に さんずいへんを持ってきたんだろ
774 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/29(木) 23:38:01
775 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/30(金) 16:06:29
/ ̄ ̄ ̄ ̄ヽ
彳 ヘ
| 从从从从从ミ
| | ヘ ノ_ ヽノ |ミ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
┌V/ `( ・ノ ( ・ノl |
| 6| ; `⌒__,J,_`⌒| |
└ 、 /_;_;_;_;_;ヽ| < オタクはこの世のゴミやろ!
| ヽ 王王王ツ| │
l\ ヾ==' l │
_lヽ \;_;_;_;_;_;_/ \_________
/ .∧ \__/ヽ\ ̄\
/ / \ハ__ハ/ 〉 \
> ヽ ハ / < |
777 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/30(金) 18:35:47
778 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/06/30(金) 21:51:10
葵徳川三代の鳥居元忠がよかったな
「お答えいたしかねる」「それもお答えいたしかねる」「控えよ!速やかに御退散あれ」
779 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/01(土) 14:05:53
>>778 その直後、あの俳優さんがショムニに、ライバル会社の社長役で、コミカルな関西弁を使うキャラクターとして出演していた。
さすが、なんでも上手いなぁと思いつつ、忠臣元忠のイメージもガラガラと崩れていった。w
780 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/02(日) 04:57:46
『釣りバカ日誌』での前原運転手。
鳥居元忠に前原運転手というのは線が細すぎてどうもな。
俺は綿引勝彦か石橋蓮司をイメージしたんだが。
782 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/02(日) 19:30:32
783 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/03(月) 06:17:59
主君が所望した女性を密かに我が物にしてしまった御仁だからね。
ただの忠臣というわけでもない。
784 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/04(火) 10:29:40
あの運転手、葵の前に毛利元就に出てなかった?
786 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/04(火) 23:03:27
787 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/06(木) 03:02:05
788 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/07(金) 20:57:04
789 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/07(金) 23:37:32
昨日は、篠原涼子の新ドラに出てた。
愚痴があると口下手故に、トランペットを吹くという特殊な人。
雑誌の、若い娘の切り抜きにキスしてたぞwww
790 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/08(土) 18:53:02
>>786 元就の叔父さんじゃなくて、元就の爺さん(外祖父)だよ。
役名は福原広俊。
武将にしては珍しく最期は皆に看取られて安らかに逝きました。
793 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/09(日) 20:00:04
>>792 一応、ここはドラマ回想録っぽい展開ですが?
795 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/10(月) 17:06:58
796 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/10(月) 22:47:32
関ヶ原本戦で小早川秀秋が寝返った時の石田三成(江守徹)の狼狽ぶりがリアリティあったなぁ。
「小早川め気は確かか……」
「なに…っ」
それにしても小早川を演じていた鈴木一真は余り存在感がなかったな
797 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/10(月) 23:04:59
あんな文語体的な話し方実際みんなしてたのかな?方言の代わりの共通語
みたいなもんかもしれんが
798 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/11(火) 14:06:29
>>796 あそこと戦後、処刑前の三成に罵られるところくらいだしね、出番。
800 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/11(火) 15:37:52
>799
細川俊之の亡霊を見て、
「ぐふ〜!」
って死んじゃうところもあるでよ。
801 :
営業中:2006/07/11(火) 17:26:07
テレビドラマや小説などの作品どれでも思うこと。
豊家の内臣が秀秋にあんな不遜な態度は取れないはずなんだがなあ。
関ヶ原にあって秀秋にタメ口叩ける将って敵味方ひっくるめても、
家康とせいぜい宇喜多くらいしか見当たらないし。
>>799 秀秋の数少ない出番の件だが、死ぬ一年ぐらい前にどこかの城(名前は忘れた)に正装して出かけていった時に、
他の大名に挨拶したら連続してシカトされ、遅れてやってきた松平忠吉と井伊直政とだけ、
まともに口をきいてもらえる、という場面があった。
でもそれも、関ヶ原の追撃で追った傷が悪化した直政を婿の忠吉が支えていた所に、
声をかけたので無視しるわけにはいかなくなった、という状況だったんだよ…
現に、忠吉の方は嫌そうで、すぐ場を離れたがってた。
裏切った秀秋のおかげで助かった武将も多かっただろうに、人間って怖いよね。
803 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/11(火) 23:44:05
>>801 官職も中納言という点も含めると、家康親子、毛利輝元、宇喜田秀家、上杉景勝は同格か?
>>802 無視したのは、毛利輝元と伊達政宗。輝元が無視するのは分かるけど、政宗は何でって感じ。
>>803 上段:秀忠と輝元と景勝は関ヶ原にいない。
下段:単に関わりになりたくないだけだろうね。
>>802 直政に手を貸そうとして、忠吉さんに邪険にされてたっけ…
いかん、何度思い出しても、あのシーンはつらい。
806 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/12(水) 02:47:27
>>805 しかし、今の時代で言えば「裏切り者」が冷たい仕打ちを受けるんだろうけど、
当時もそうなの?
807 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/12(水) 06:23:37
>>805 動かなければ動かないで文句を言われただろうし、踏んだり蹴ったりだな。
まあ、最後の最後まで去就を明らかにしなかったことが全てだったということか。
808 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/12(水) 16:42:34
809 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/12(水) 18:26:58
さあ、
>>926に大変なプレッシャーがかかりましたwww
810 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/14(金) 01:04:22
おそらくは京極高次関係のスレッドの誤爆か?
811 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/14(金) 04:24:38
>>810 というか蛍大名になり損ねた香具師が圧倒的に多いのは事実だなw
812 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/14(金) 17:24:55
813 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/15(土) 01:40:42
>>805 そのおかげで勝てたのに酷い香具師らだな。
814 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/15(土) 18:17:39
>>813 使い捨て、ですから。鈴木一真も使い捨てw
815 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/15(土) 23:45:45
>>789 そのドラマには、御台所様がご出演ではないか!
816 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/16(日) 01:16:46
小早川秀秋が伏見城での諸侯列席の席でシカトされたのは、恐らく、東軍従事の大名とて、
あの場の小早川の裏切りによって救われたのは事実だとしても、同時に、人として憎体に思い、素直に小早川に胸襟を開く気にはなれなかったのであろう
817 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/16(日) 09:31:29
>>816 当時の価値観ってそんなものだろうか・・・。
誘っておいて「裏切り者」かいな・・・金吾ちょっと気の毒。
何故だろう。
「葵徳川三代」と「功名が辻」、キャストも脚本も雰囲気も全然違うのに
「功名が辻」の黒田官兵衛と葵三代の黒田長政が本当に実の親子に見えてしょうがない。
819 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/17(月) 02:25:54
>>818 斉藤洋介と山下真司は、2人とも面長だからかな?
俺は、「葵」の徳川秀忠と、「功名」の徳川家康が実の親子に見える。
俺は「真田太平記」の家康と秀忠が親子に見えるw
821 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/17(月) 20:35:10
おやこやーん!
orz
823 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/17(月) 23:39:36
:::::::::::.: .:. . ∧_∧ . . . .: ::::::::
:::::::: :.: . . /彡ミ゛ヽ;)ヽ、. ::: : ::
::::::: :.: . . / :::/:: ヽ、ヽ、i . .:: :.: :::
 ̄ ̄ ̄(_,ノ  ̄ ̄ヽ、_ノ ̄ 奇矯屋・・・・
図書館で総集編DVD借りて見てる
関ヶ原開戦時、泣きそうになりながら絶叫して突撃する足軽
(´・ω・)カワイソス
825 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/19(水) 03:13:25
826 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/19(水) 09:01:43
すいません、おしえてください
猪熊事件は何話ごろですか?
828 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/20(木) 21:59:27
>>825 宇喜多軍の一兵士。
しかも、銃撃に怯えて伏せてるだけだったような。
829 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/20(木) 23:53:05
830 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/21(金) 03:29:10
>>829 後の大河への伏線?
それにしちゃインターバルがありすぎるんだよなぁ・・・タケゾー。
831 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/22(土) 02:43:10
832 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/22(土) 19:53:10
833 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/24(月) 09:43:06
>>833 NHKでは斬新だったらしいカメラワーク。
835 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/25(火) 20:04:42
「用心棒」も実はアメリカ映画をパクってる事実は
ほとんど知られていない
837 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/26(水) 22:34:20
838 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/27(木) 00:57:58
>>837 私にお任せくださいませ!も長身女。
「信長」の正室に収まったが。
839 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/28(金) 22:51:36
>>838 デカ女に時代劇は厳しいよなぁ。絵ヅラが間延びしちゃって。
840 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/30(日) 16:20:53
>>839 時代劇はモデル系で170cm超の身長に髷を結ったらお化けきのこみたいになるわなw
他の俳優が阿部ちゃんくらいじゃないとバランスとれないっぽい。
相手が滝沢くんみたいに170cmない場合は、おまえはどこの弁慶だよって事になりそう。
>>840 大きいのが良くないの反対は、必ずしも、小さいのが良いではないっぽ。
842 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/07/31(月) 13:34:45
>>841 甲冑の似合わない香具師は出演させるべきではない。
リアルタイムで全話見てました。このスレを見てあまりの懐かしさに総集編
DVD買おうと思ったんですが、パソコンで見たとき解像度はどれ位になりま
すか?(確かハイビジョンだったからそこそこ解像度は高いのかな?)あと
できればカットされている重要な(または面白い)場面をあげてもらえると買
うときの参考になるんですが・・・
844 :
843:2006/07/31(月) 18:02:41
すみません、葵 徳川三代のほうです。
総集編じゃ物足りないな・・・
一話ずつ発売してないのか?
超駄作、新撰組はそれがあるんだから、世の中どうなってんだ?
846 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/01(火) 03:05:54
>>845 しかし、あちらはスペシャルが制作されたんだよねぇ・・・。
847 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/01(火) 16:23:38
>>843 総集編DVDなんぞを買うのは辞めとけ。総集編はどれも駄作だ。
気が長くて懐に余裕があるならCSで放送される日を待て。
849 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/02(水) 02:59:21
>>848 時専にリクエスト出しているんですが・・・だめぽ・・・。
850 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/03(木) 02:29:11
851 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/04(金) 16:46:43
852 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/05(土) 03:19:49
853 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/06(日) 08:39:15
854 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/06(日) 09:00:27
NHKや時専の様子を見るに葵は失敗作扱いなんじゃないのかな?
満を持して臨んだ2000年大河で久々の大コケだろ。
できれば触れたくないほどの作品なのかもしれないぞ。
俺はそれなりに面白かったけどな。
855 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/06(日) 18:47:25
856 :
関ヶ原:2006/08/07(月) 21:53:27
大谷吉継は義理に厚い武将で好きだけど、小早川秀秋は嫌いやな。忘恩の徒は嫌いじゃ。
>>854 そりゃそうさ。コアファン向けに作ったって一般には無理ってことを証明づけたんだろうよ。
俺は「葵」を関ヶ原部分のみ映像フェチ物としてしか見てないよ。大坂の陣は消化不良。
話なんて単なる事実の羅列だし、継ぎ接ぎだらけのエピでキャラの感情の起伏が取って付けたようなもんだから感情移入が出来ないわ。
>>855 それ言い出したらキリがない。これ以降の大河は次第に失速していくザマだし。
「葵」じゃなくて「三河物語」のタイトルで大久保彦左を主人公に描いた方が良かったんじゃないかと思う。
858 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/08(火) 01:35:51
葵は前半はひたすら家康の勝ち勝ち勝ち勝ち・・・で、後半はひたすら
徳川が磐石で万歳、万歳、万歳、万歳・・・・みたいな流れだからな。
主人公三人に苦悩の部分が少な過ぎる。 少しあっても上流階級が
くだらないことにこだわってるようにしか見えなくてドラマとして視聴者の心を
つかむ要素がない。 江戸幕府の成り立ちと徳川家初期の系譜を知りたい人には
教材ビデオとして秀逸だろうけど。
まあそれでもこのスレの住人なら大概面白いと思うわけだろ? 日本史好きだから。
859 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/08(火) 11:25:37
>>858 というか三代記なんかやった日にはエピソードなんて盛り込めないっての。
>857-858
わたしがこれおもしろくないと思ったのはそういう理由だったのか
なっとく
関ヶ原から大坂の陣までに絞れば、もっと濃い作品になったかもしれないね。
>>858 >まあそれでもこのスレの住人なら大概面白いと思うわけだろ? 日本史好きだから。
そういう決め付けたような言い方は良くないと思う。
自分は日本史好きだが、だからと言って、このドラマの全てを好きとは言えない。
好きな部分もあれば、嫌いな部分(特に家光関連のエピ、朝廷いびりの件)もある。
862 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/09(水) 10:16:10
>>861 まあ、事実だから仕方が無いんだけど、あそこで大河お得意の架空キャラが登場するというのもねぇ。
どうにもイジりようがない話。
863 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/10(木) 00:51:52
話の始まりが太閤死去の翌日からというのが普通の人には難しすぎだ。
豊臣政権末期なんてもの凄く複雑な無理に無理を重ねてなんとか建前だけの安定状態を
保ってる有様なのにそんなとこから始められても分かるわけねーよ。
ただでさえ秀吉は天下人だから豊臣政権は安定してるんだと勘違いしてる人が多いのに。
864 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/10(木) 01:09:35
普通の人にとっては
小川真由美演じる淀君の方がよほどの踏絵だと思う。
迫力あったよなあ。
>ただでさえ秀吉は天下人だから豊臣政権は安定してるんだと勘違いしてる人が多いのに。
そうなの?
解説希望
868 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/11(金) 01:32:02
>>867 学生時代に教科書や授業で「豊臣秀吉が天下統一」と習う=日本が安定した。
茶の間のほとんどのオサーンやオバサンの認識なんてこんなもんだよ。
869 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/11(金) 02:46:16
>>863 >豊臣政権は安定してるんだと勘違いしてる人が多い
確かにそうだね。
秀吉の存命中から、既に政権基盤の脆弱さを露呈していたよね。
あくまで秀吉という個人の力だけの政権。
彼の老化がそのまま政権の疲弊に直結していた。
しかし、その一方で秀吉の死後、18年にわたって豊臣家が生き長らえたという事実を
どう捉えるかということもあるんだよね。
豊臣家が潰されないように付け入る隙を与えなかった
という訳では断じてないな。
871 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/11(金) 10:19:38
>>869 やっぱり関が原後に政権をあっさり家康に渡したことと大幅減封を受け入れたことが
豊臣家の余命を延ばしたんだろうね。
それ、全く逆ですから・・・残念
家康の力を世に知らしめる事になっちまったという失態だよ
873 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/11(金) 16:23:38
事実の羅列だけじゃないか、って批判があるけど、じゃあ架空人物や赤マフラー満載のほうがいいってのかい?
874 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/11(金) 17:44:46
>>871 それはちょっと違うんじゃない?
豊臣家は徳川家に臣従したことはないのだから。
それに家康はあくまで 豊臣家の大老 として戦後処理を行っているからね。
豊臣家としては「何が起こったのかよく分かっていない」というのが実際のところだったのでは?
気がつけば蔵入地は激減し、諸大名は豊臣秀頼から恩賞をもらっておきながら、実際にはそれを
差配した大老・家康に付いていくという捻れ現象が起こっていったのではないかな。
おまけに秀頼は関白職にも就けない※状況では、諸大名は武家の棟梁(征夷大将軍・右大臣・
源氏長者)に従うのか、前関白の子息(内大臣、後に右大臣)に従うのかという選択を迫られるこ
とになる。
結果、軍事的にも政治的にも優位な立場にあった武家の棟梁側に吸収されていったと。
※豊臣家は1595年、秀次の処刑によって関白職まで手放してしまった。
これにより政権の正統性まで失ってしまうという手痛い失策を犯している。
875 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/11(金) 19:42:35
>>873 何故、痛い架空キャラを出してくるんだ・・・赤マフラーなんて・・・。
俺、赤マフラー好きだったけどな・・・
あの時代にカッコイイ!!と思った
877 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/11(金) 22:53:08
>>874 >これにより政権の正統性まで失ってしまうという手痛い失策を犯している。
手痛いを通り越してないか?
そもそも豊臣政権自体、関白職+軍事力+経済力で成り立っていたのだから。
但し、秀吉の存命中は軍事力+経済力で対抗するような勢力が無かったから
太閤による全国支配という図式で問題は無かったし、いずれは秀頼が関白職
に就くことを誰もが疑わなかったということもあるのだろう。
家康は関が原の戦いの後、秀頼の名で論功行賞を行うことで豊臣家から経済
力を奪い、尚且つ、摂関家を復活させた足利尊氏に倣って関白職に九条兼孝
に就け、以後、九条兼孝から近衛信尹、鷹司信房、九条忠栄へと継承させる
ことで豊臣家の関白世襲の芽を断ち続けたわけだよな。
で、その間に豊臣恩顧の武将たちへの宣撫工作によって軍事力までも奪って
しまった。秀頼の名で論功行賞を行っているのだから、豊臣家としては諸大名
は皆、秀頼の家臣であると信じて疑わなかったのだろう。
恩顧の武断派が揃って健在であったことが判断を誤らせたのかも知れない。
気がついた時には手足を完全に捥がれていた・・・そんな感じか?
>>873 大河の架空の人物が活躍することは「太閤記」以来の大河の伝統です。
それと赤マフラー満載とは言うが、彼以前に「風と雲と虹と」の草刈正雄の前例がある。
それに「葵」には道化師キャラとして水戸光圀が赤マフラーの如く(こっちは時代を遡る)暗躍していることを忘れるな。
大久保彦左衛門をメインに据えた方が、秀忠の上田攻めで端を発する本多親子との確執や
後々の長安事件に本家の忠隣の左遷、大坂夏の陣の旗奉行不首尾騒動、一心太助との出会い、後々の頑固爺エピとか色々描けたろうな。
せめて彼を取り巻く群像劇で俺は十分。
朝廷弄りなんぞ視覚的にツマンナイ話なんぞナレだけで済ませりゃ良かったんだよ。
879 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/12(土) 00:11:18
>>872,874
いや、関が原後の抜け殻みたいな豊臣家が徳川による減封や政権簒奪をどうやって防げと。
880 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/12(土) 01:07:56
確かに幕府の朝廷いたぶりの場面は見ていてもつまらない内容が多かったのは確かだ・・・
881 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/12(土) 03:31:23
>>879 >徳川による減封
これは間違い。
結果、豊臣家の蔵入地は大幅に減じたが、これらの多くは豊臣恩顧の大名に分け与えられている。
あくまで表向きではあるが、豊臣秀頼から与えたもの。
882 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/12(土) 11:42:42
>>881 要するにそれほどの建て前で固めてまで徳川は豊臣の減封を狙ってくるわけだから
豊臣家の力の減衰は免れ得ないわけだよ。
関が原で西軍が勝っていたら豊臣の世になっていたみたいな考えだな
豊臣家の力なんて、関が原時点ですでに象徴としての力しかなかったんだよ
西軍が勝っていたとしても、豊臣家は直轄地を切り売りして褒賞与えなきゃいけないのは代わりないし
西軍の大名は豊臣の世のために戦ったわけでもないから、豊臣以外に実権が移るのは免れない
>>883 西軍勝利時の褒賞として豊臣家の直轄領切り売りというのはさすがに妄想入りすぎというか
ほとんど暴論に近い。
政治的には確かに西軍が勝っても豊臣家は実質政権は手放して名目上の後見や顧問のような
立場に退いた可能性はあるがそれを通り越して豊臣家の直轄領を分配するようなことをすれば
それこそまた争いの種を生み出すことにしかならない。 褒賞にする東軍の領土とて膨大だし
なにより徳川・結城の300万石は丸潰しにすることも可能なんだから。
885 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/12(土) 17:28:49
結局、政治的実権が既に豊臣家に無かったのは事実ですね。
政権の正統性を示す「関白」の地位も無ければ、直轄軍も存在しない。
軍事力の中心は恩顧の大名たち。
この恩顧の大名たちが分裂したとして東軍が敗れ、武断派と呼ばれる大名たちが処断された場合には、
豊臣家の軍事力の中枢は宇喜多、毛利、上杉、島津などが握ることになり、秀頼に石田、小西や譜代が
近侍したとしても、秀吉全盛期のような政権であろうはずはない。
結局、軍閥による合議制を基本とする政権では、遅かれ早かれ足利将軍家のような状況に陥ったことは
想像に難くない。
886 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/12(土) 18:26:09
豊臣家ってさ、石田や加藤や福島みたいな子飼いの人材もみんな大名にしちゃったから
肝心の豊臣家自体の軍事組織って石高の割りにもの凄く貧相じゃん?
これってよく考えたらもの凄い異常な状態だよね。 秀吉は本気で自分の死後の
有事の際には恩顧の大名の力だけで相当強大な敵性因子も排除できると思ってたのかな?
それとも呆けてそこまで考えが及ばず、周囲の進言も聞かずの状態だったのかな?
スレ違いだけどすごく大きな謎だよね。
887 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/12(土) 19:17:49
>>886 旗本八万騎に比べるとお寒い限り。
豊臣政権の場合、恩顧大名とはいえ豊臣家直轄軍ではないし、大名間の抗争がそのまま軍事力の
低下を招いてしまった。これが豊臣家の軍事的基盤の脆弱さ。
秀吉個人が権勢を誇っていた時代ならばいざ知らず、晩年、我が子を溺愛するばかりの恍惚の老人
に成り下がってしまった秀吉に、もはや政治・軍事機構を整備しようという意欲は無かったし、いくら
誓紙を書かせたところで、それがどれだけの意味を成したかと言えば、ほとんど意味を成さなかった
というのが正しい。
雁字搦めの組織・機構・職制、さらには旗本八万騎と呼ばれた常備兵力を有した徳川政権に比べる
と、諸侯による連合政権の脆さを早速に露呈してしまったというのが正しいだろう。
888 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/13(日) 01:04:07
西軍敗北の遠因としては、戦前に宇喜多家で内紛がおこり、浮田、花房、戸川ら有力家老が離反したこと、戦力を大津城攻め、安濃津城攻め、宮津城攻めに分散したのが悔やまれよう
あるシミュレーションによると、無事に西軍が勝利した場合は、石田三成は奉行筆頭に帰り咲き、近江一国78万石、大谷が越前一国42万石、
島津が日向三郡加増で77万石、小西が肥後一国55万石に加増、鍋島が本地安堵、毛利が豊前一国加増で150万石、
長宗我部が阿波一国加増で50万石、真田が信濃一国47万石、毛利秀包が甲斐一国23万石、上杉景勝が越後一国加増で160万石、
小早川秀秋は筑前に加え、関白料として飛び地の播磨を加え、計70万石。そしてなぜか、宇喜多が徳川旧領260万石に封せられるとある
なお、秀頼は政治機構から切り離され、オーナーとして奥に退いている、とある。
徳川に対する処分としては家康、秀忠の処刑と、北政所の助言により、結城宰相秀康をもって家督させ、陸奥棚倉6万石どなろう
そんなことより着々と形成しつつある亀田包囲網について語ろうぜ
890 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/13(日) 11:20:36
>>888 そんな「IF」を持ち出したところで虚しい限りだね。
891 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/13(日) 13:59:09
>>890 そうなったとして、さてその政権が長続きするかという不安も。
893 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/14(月) 14:09:05
>>892 豊臣家の権威が時間の経過と共に失われていくことだけは確実。
894 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/15(火) 01:55:24
春秋時代みたいになるだろうな。 じゃあその後は戦国時代か。
895 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/15(火) 03:18:01
津川雅彦の徳川家康役はハマり役だなぁ。
897 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/15(火) 11:38:32
>>896 あと100もレスが入れば、言われないでも出て行くよ。
くだらんことを言うな!ヴォケ!
898 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/15(火) 20:06:16
恐らく黒田如水が九州を平らげて石田三成と決戦したはず
899 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/16(水) 13:05:59
900 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/17(木) 19:46:52
900
そういやこの大河では、黒田如水はキャスト無しだったんだな…。
902 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/19(土) 02:07:59
903 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/19(土) 03:22:35
904 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/20(日) 16:14:18
でも、京極兄弟は登場。
905 :
無名武将@お腹せっぷく:2006/08/23(水) 13:06:51
さっさと埋めろやクズ共
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