横山三国志なんかじゃ、一瞬で首を刎ねられるような剣があったけど
1800年前にそんな刃物が存在したとは思えません。
当時の武器、兵器を語りましょう
ゲームだと、発石車より井蘭の方が技術力いるみたいだけど、
実際そうなの?井蘭の方が作りは単純に見えるけど・・・
ちょうどこの時代は百煉鋼鋳造の技術が登場したなどの背景もあって、
武器の性能は古代に較べて格段にアップしているはずなんですけど、
実際スパっと首がいったかは確かに疑問ですよね。
孔明が当時の名刀鍛冶・蒲元に作らせた鉄刀の威力が、
鉄の玉をぎっしり詰めた竹筒を斬っても刃こぼれ一つ見せなかった、
なーんていう逸話も残ってますが。
>4
俺的な素朴な疑問。
鉄の玉をぎっしりつめた竹筒ってなに?
試し切りように作ったのか?
それで殴ったらかなり痛そうだな。
>>5 うん、なんかよーわからんですけど、小さい鉄の玉を詰めたらしいです。
私、この話については一次史料を当たったわけではなく、
学研の『戦略戦術兵器事典-中国古代編-』から知りましたので、
何で詰めたかまではよーわからんです。
この話について詳しい事知っている方がいれば補足キボン。
7 :
無名武将@お腹せっぷく:04/03/27 11:03
呉にもあったよね?>名刀
斬首して、首を一刀両断できる武器ってあったのかな?
通りすがりで言わせて貰うと、この時代、厳密には槍は主要兵器じゃない。
>>7 魚腸だったっけ?春秋時代の名刀ですよね。
まあ蒲元の作った刀も『神刀』と言われるほどの出来だったらしいですから、
もしかしたら、一刀両断いけるのかもしれませんけど、
何れにせよ、戦場に研ぎ石でも持っていって入念に手入れしないと、
サクッと血のりで錆びて使い物にならなくなるんでしょうね。
あー、よく戦略戦術兵器事典見たら鉄刀について詳しく書いてあった。
当時の鉄刀は基本的に騎馬隊の携帯武器としてよく使われたそうです。
その騎馬の機動力を生かして、その勢いを刃に乗せて首を狩るというのが
一般的な使用法だったらしいですね。
13 :
無名武将@お腹せっぷく:04/03/27 23:06
なんか当時の刀の写真とかない?
朱然の墓からでてきそうだけど
槍は諸葛亮が工夫して発明したっていう俗説聞いた事あるが
15 :
無名武将@お腹せっぷく:04/03/27 23:57
んなこたーない
>>11 干将・莫耶の事じゃないか?
呉王・闔廬に献上されたという名刀。
>>4 蒲元に作らせた刀は三千ほどあったと聞くね。
三国の中では、武器の質では蜀が最良だったともいうし。
それに三国時代は、刀の方が剣よりも需要が大きいうえに性能も上で、
剣は装飾・儀礼などに用いられる傾向が大きいとも聞く。
長柄の兵器では、戟・矛、次いで戈が用いられたと記憶。
>>16 干将・莫耶も呉でしたね。実際その辺の名刀の切れ味ってどれほどのものだったんでしょうかね。
蜀は武器だけでなく、防具に関しても筒袖鎧の発明など工夫が見られますよね。
武器防具の質に関しては、三国でも引けをとらないレベルのはず。
戈は本来戦車戦用の武器だったということもあって、
この時期には使用率は低かったらしいすね。
微妙にこの頃の戈のフォルムみると、純戦車戦用からの脱却っぽい変化が見られますけど、
やはり、矛や戟に較べると使いにくそうな印象があります。
18 :
無名武将@お腹せっぷく:04/03/29 12:27
画像キボーン
19 :
無名武将@お腹せっぷく:04/03/29 12:30
斬れっ!
20 :
無名武将@お腹せっぷく:04/03/29 14:01
干将・莫耶は名刀じゃなくて刀鍛冶の夫婦だろう。
魚腸の他に4本の名刀を作ったらしい。巨闕とか。
最期には夫婦そろって最強の刀を鍛えるために命を擲ったという、
かなりRPGチックなエピソードを残している。
名前が名刀に間違われる所以はそれか。
気になる。
斬首刑って、一刀両断で首を斬ることなのか?
>>20 彼らの作った2本の剣の片方が干将、片方が莫耶って名づけられてなかったっけ?
できた一対の剣のうち、陽の剣が干将、陰の剣が莫耶っていわれているね。
呉王に献上されたのは莫耶の方。
>3は放置?
25 :
無名武将@お腹せっぷく:04/03/29 18:42
そもそも、発石車なる兵器は三国時代に存在しません
霹靂車?
>26
秦明?
>27
そりゃ霹靂火だ
29 :
無名武将@お腹せっぷく:04/03/30 09:11
マジレスすると、鉄で鉄は斬れないだろ。
支那人特有の虚言癖
>29
日本刀は南蛮鎧も切るぞ。
31 :
無名武将@お腹せっぷく:04/04/01 11:41
南蛮鎧は斬れないだろw
あれはバールみたいなのでひっぱたくのが効果的
32 :
無名武将@お腹せっぷく:04/04/01 14:05
33 :
無名武将@お腹せっぷく:04/04/01 14:07
しょくるがほすい
34 :
無名武将@お腹せっぷく:04/04/02 00:09
>>32 中国の博物館とかにもないのかな?
残ってないなら、再利用されたりしてたのかもね。
越王の青銅剣くらい知らんのか
つーか
>>32のトコにも書いてあるじゃねーか。
越王の剣なんかボロいし、構造的にも物が斬れるとは思えん。
37 :
無名武将@お腹せっぷく:04/04/02 04:43
ドラゴンころしみたいな大剣(グレートソード)はなかったのかな?
38 :
無名武将@お腹せっぷく:04/04/02 05:01
日本刀みたくスッパと切れる剣はなかったって聞いたなー
斬るってって言うか、なぐるって感じで、切れ味が悪く、激痛に苦しみながら、
悶絶死する感じって、世界史オタクの高校の先生が言ってた。
それは、三国時代の人の骨をみれば分かるみたいよ。
日本刀も、戦国期あたりなら余程の業物じゃない限りは斬れんのが普通。
(兜割なんかがあるな、確か。)
基本的には「斬る」刀というものは、江戸期の産物。
>>21 少しずつのこぎりのように人の首を切る図を創造するとグロい・・・。
斬られる側としては「一思いにスパっと斬ってくれ!」てなことじゃないの?
41 :
無名武将@お腹せっぷく:04/04/03 22:08
日本刀みたいなイレギュラー系を除けば剣とか刀なんて「切る」んじゃなくて
「叩き切る」みたいな感じじゃないのか?重さに任せてズバっと・・・
それでバショクの首を一刀両断にできたか疑問だ
で、切り離された首にもしばらく意識はある。
46 :
無名武将@お腹せっぷく:04/04/03 23:13
47 :
無名武将@お腹せっぷく:04/04/03 23:14
でも青銅でしょ?
そんなに期待できる切れ味ではないと思う
日本刀でも首を一刀で切るには熟練者でないと難しいから
>>47 春秋期には、既に青銅器の性能は鉄器に近いものがあったよ。
鉄は加工の困難からくる強度を維持する問題で普及しなかった。
後漢末から三国時代でも、青銅製武器の占める割合は多いよ。
>>46 そうなのか?
いや、俺、刀剣史漁りはじめてから日が浅いんで、
出来れば解説キボンヌ。
後、おすすめの著書があれば・・・
>>49 波紋入りの牡丹と薔薇のトゲは痛かろうアホが!
鎌倉期の刀の方が切れるつうか、
実戦向きだったつうほうが正しくない?
江戸時代のものは飾りみたいなもんだし。
54 :
無名武将@お腹せっぷく:04/04/06 13:38
age
>>53 そんな事無いよ。
名刀と言われる大抵の物は、江戸の作。
実際にはそんなに切れ味なんてかわらないけどね
56 :
無名武将@お腹せっぷく:04/04/07 18:53
なんか……
三国時代の斬首刑は、一瞬では切れないから何度も何度も打ち付けて、
罪人はその間苦しみを味わうって書いてあったけど本当?
そりゃ変なところ斬ったら何度も打つだろうが
たぶん鉞みたいので斬るんで、ある程度の腕力と刃の鋭さがあれば一気に落ちそう。
まぁ古代中国のことだからわざと半端な力で打ったりしそうだ。
欧州とかでもギロチンができるまでは
よほどうまく行かない限り一発では殺せなかったと何かに書いてあった気がする。
なんか残ってる武器とかあるのかな?
微子啓とかの墓から殷代の武器とかでてこなかったのかな?
日本でも一撃で落とせるのは
名手だけではなかったっけ?
61 :
無名武将@お腹せっぷく:04/04/11 00:36
良スレあげ
古代中国って斬首?
それとも首を刃物でかすって、出血死させるの?
>>62 主に斧鉞。
後漢末から三国時代にいたると、刀の性能が向上してるから
そっちが主になったかもね。
拷問ならメチャメチャ種類あるけど。
>>63 >拷問ならメチャメチャ種類あるけど。
百杖の刑とかかな・・・。他には?
>>64 いや、そんな生易しいものじゃないよ。
煮えたぎった松やにを浴びせる、とか、手や足の指を専用の器具で
挟みこんで激痛をあたえ続けるとか………いや、もう書けんわ。
あまりに残酷な拷問が盛りだくさんで、多くは死へ直行するし………。
>>65 マ、マ、マジでーっ!?
さすが「拷問」か・・・。
生きたまま少しずつネズミに食わせるのは
中国では無かったっけ?
ネパールだったかなぁ・・・
生きたまま腸を少しずつ引きずり出す拷問なんてのもある。
つうか、手元の資料、斬首直後の首無し写真とかも載ってるな。
地面に頭部が転がってるよ…・……。