男塾が戦国時代に出現したら(富樫家)

このエントリーをはてなブックマークに追加
1無名武将@お腹せっぷく
http://www.geocities.co.jp/Playtown-Denei/1604/vol8/takano801.htm


ああ!どうすればいいんじゃ!虎丸!
知恵をかしてくれ!桃!
前の男塾スレは流行らなかったぞ
江田島平八を軍師として召喚しろ!!!
4無名武将@お腹せっぷく:04/01/25 21:55
百姓い「くくっ!之で落城はまちがいあるまい!」
?  「そうは如何崎! ここは俺が逝こう!」
富樫「お、お前は信長〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

5無名武将@お腹せっぷく:04/01/25 21:57
このスレは絶体絶命に陥った富樫家をなんとかして救って
天下統一させるスレデス
我こそはと思う男塾の有志よ!
修行で鍛えた秘儀を存分にみせてくれ!
6無名武将@お腹せっぷく:04/01/25 22:07
松尾「なんじゃあの開墾は 穴掘ってるだけじゃねえか」
富樫「フフフ そりゃそうだ 体力と根性だけの男塾に内政なんぞ
   わかるやつおるかよ」
一向一揆が発生しました
8無名武将@お腹せっぷく:04/01/26 03:23
伊達はなんとなく伊達政宗だ!!と思ったがよく考えると苗字が同じだった
剣桃太郎は上杉軍かな
10無名武将@お腹せっぷく:04/01/26 03:50
>>6
桃だけはわかるでしょうね
虎丸「桃の奴、一体どこであんな知識を〜」
雷電「恐るべき男だ、剣殿…」
明石「俺がブッタ切ってやるっ!」
12無名武将@お腹せっぷく:04/01/26 12:31
仮面ライダーブレイド桃太郎
「ぬう、あれが世に聞く 雁行の陣!」
「知っているのか 雷電 」
14無名武将@お腹せっぷく:04/01/27 01:03
あげ
相場9の米を9石買った場合、金は88減ります。
16ハート様:04/01/30 09:57
>>1
難しいスレだね。
http://hobby.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1071146340/242
のスレや、鈴木眞哉の『刀と首取り』などによると、槍>刀。
江戸期に槍術家と剣術家が試合を行ったところ、百試合以上やって槍術家の圧勝だった、
という話も載っていた。

ということは、槍を得物としながら刀を使う桃に負けた伊達は、結構弱いかもしれない。
梁山泊戦でも、梁皇の燧石拳銃に伊達はほんのちょっとてこずっていたが、
赤石はアルカトラズ刑務所でガンマンを一瞬で葬った。
この辺から、赤石>伊達という推測ができなくもない。
桃が強過ぎるんだよ
むしろ、対戦相手やタッグ相手を矮小化させる伊達のが問題。
20無名武将@お腹せっぷく:04/02/08 10:48
邪鬼のパンチで敵の下半身が骨だけになるとか
ありえね〜。
とりあえず民明書房に三国志や戦国時代のエピソードが多いから
そこから突っ込んでいけばどうだろう?
ホウ託生の行…戦国時代屈指の名将といわれた毛利元就が天下分け目の砥石が原の合戦の折りに、
戦場に送り出した隆元・元春・隆景の三人の息子と危険と苦しみをわかちあい、
戦勝を祈願するため 中国秦代の韓信将軍の故事にのっとりおこなったのが最初とされる。
戦場にある者に対する深い愛情なくしてはできない荒行である。
ちなみに現代でも使われる親が我が子を思う気持ちの強さをたとえていう「毛利三綱の情」とはこれより発する。
『戦国武将人情譚』より。

独眼鉄が死んだ際に引用。
23無名武将@お腹せっぷく:04/02/09 01:13
>>22
信長シリーズで何度も毛利つかってるんですけど
ぜんぜん起きないんですよねぇ…。どなたか
わかる方お願いします。
24無名武将@お腹せっぷく:04/02/09 19:15
>>23
民明書房を信じてはいけません。
25無名武将@お腹せっぷく:04/02/09 19:30
江田島VS頼廉
>>15
田沢を取引に行かせるな
27八作 ◆144/FHQQQQ :04/02/09 19:59
張飛は怒馳暴流の達人らしい
2823:04/02/09 23:03
>>24
えー… ネタスレだから私もネタを書いたわけで…
マジレスされても困るね。
>>26
それでもあいつは、大手ゼネコンの社長だぞ。
得意の九九を活かした、素晴らしい設計をしてくれたはず。築城技能の持ち主だ。


>>23
それは難しいっすね。強敵に当たる前に隆元が普通に死ぬことが多いし。
しかしこれ以上に難しいのが、壟義盾行イベントの出し方だ。
川中島合戦イベントを発生させた上で、なおかつそれに直江兼続を参加させないといけない。
年齢の調整が非常に難しい。しかし陣形追加は魅力だから、ぜひ出したいイベントだ。

壟義盾行(りょうぎじゅんこう)…
戦国時代屈指の名勝負として名高い武田信玄と上杉謙信の川中島の戦いの折、
上杉方の武将・直江兼続の斥候隊が武田方の弓部隊の待ち伏せに遭遇し窮地に陥った時に考案された戦法。
死を決した四名の勇士が雨あられと飛来する矢に対し、互いにしっかりと肩を組み、
自らの体を盾として前進し突破口を開き、後に続く味方が敵を全滅させたという。
以後、その戦法は至高の陣形とされ、盾となった四名は上杉家の軍神として讃えられた。

ミュンヒハウゼン出版刊
『心に残る戦国名勝負100選』より
戦徒・蛮恋多院出夷

殷王朝の時代、当時の中国では「女性は家庭に」という概念はまだ確立されておらず、
男女の別なく力仕事や兵役に就き、共に同じ場で働いていた。
そのため、男女が兵役に就いている間に知り合うことも少なくはなかったが、
女性の兵士が男性の兵士に思いを告げる際に、野生の猪と虎を狩り、
これを渡して己の戦闘力と生活力を示すことによって
相手の気を引くという「猪虎霊渡(ちょこれいと)」と呼ばれる風習が存在した。
しかし、周辺の属国の人々は殷のこの奇異な風習を野蛮な物と見なし、
殷の出身者は「蛮恋多殷出夷(ばれんたいんでい)」と呼ばれ忌み嫌われることとなり、
そしてこの周辺国の殷王朝に対する嫌悪感が後の殷周革命の原動力となったと言われている。

そして現在、女性はかつてのように積極的に社会進出するようになり、
女性側から思いを告げる場面も多く見られるようになり、
ついには、特定の日には女性は男性にプレゼントを渡しながら告白しよう、
という風習が復活するまでとなった。
そしてこの日は、かつての殷王朝時代の女性兵士の呼び名にちなみ
「戦徒・蛮恋多院出夷(せんと・ばれんたいんでい)」と呼ばれるようになった。

ちなみに、女性が男性に渡す品の定番が「チョコレート」なのは
当時の風習「猪虎霊渡」からきているというのは言うまでもない。

民名書房刊「こんな風習いらない・慟哭編」より
522 名前: 愛蔵版名無しさん 投稿日: 03/03/01 17:19 ID:???

----------------
訂正

○赤石 VS 黄忠●
○赤石 VS 魏延●
●赤石 VS 趙雲○
○伊達 VS 趙雲●
●伊達 VS 張飛○
●邪鬼 VS 張飛○
●桃  VS 張飛○
○塾長 VS 張飛●
○塾長 VS 関羽●

男塾精鋭チームの勝ち
桃と張飛は桃では?
主人公ボーナスで
つーか、赤石と張飛が強すぎる……。
赤石はJと並んで雑魚掃除が得意だが、黄忠と魏延は雑魚とは言い難いしなあ。
あれかな、黄忠の連射した弓を全部はじき返し、一刀両断。で、はじき返した弓が魏延に刺さった、とか。
張飛は、桃云々以前にこの3人抜きは無茶過ぎる……。
3432:04/02/15 03:01
あっ!これってチーム戦だったんですか
今気づいたw
過去ログから拾いました。
http://comic.2ch.net/rcomic/kako/1045/10452/1045297440.html
他にも、男塾VS北斗の拳やら、ドラゴンボールやらといったネタが。
望月藩藩主・江田島平八之守。
37 :04/02/26 00:22
38無名武将@お腹せっぷく:04/02/26 01:29
わしが男塾塾長、江田島平八である
あの宮本武蔵も師事しようとした偉大なる剣術家・一文字梵土。
蒼傑のモデルは花栄なのだろうか。
江田島平八伝で塾長の家は名家だったらしいですが…
戦国時代はどうだったんでしょう?やはり武将?
多分、武将。『天より高く』では、佐々木小次郎や猿飛佐助が生きてる時代に、
先祖が望月藩藩主になってた。
藩主ってことは大名だった可能性もありますね。
さすが江田島家…
44無名武将@お腹せっぷく:04/03/21 16:14
ふーん
不思議だ… エノキのレスが聞こえる…
ゴゴゴゴ……
47無名武将@お腹せっぷく:04/04/07 00:24
江田島平八が一人でつっこんで
敵将を討ち取る
ちなみに、明智光秀が謀反起こしたのは瑪羅門が操ったため。
49無名武将@お腹せっぷく:04/04/24 06:50
エノキ・・・氏ね
それにしても>>1は富樫家といっているのに誰も
富樫について触れていない…
そういや>>1のリンク先ずっと見てなかった。
52無名武将@お腹せっぷく:04/05/16 19:07
鬼ヒゲ「塾長ーっ!!!桃たちがついに張宝軍を打ち破りました」
「ぬう あの妖術というのは もしや!!」
「知っているのか 雷電!!」
孔融「武安国が敗れた……」
袁紹「フッ。だが武安国など、我々反董卓連合軍十六将にあっては一番の小物」
55無名武将@お腹せっぷく:04/05/26 11:04
「ぶ 武安国先輩・・・・・!!」
「たいしたことはないカスリ傷だ」
56無名武将@お腹せっぷく:04/05/26 11:27
マジレスするのも何だが・・・
>>22
毛利元就は天下分け目と言われる合戦は行ってない。
あと砥石が原の戦いなんて戦いはない。
武田信玄がそれに似た名前の戦いで大敗してるけどな。
>>29
直江兼続は川中島の戦いの頃産まれていない。
養父の景綱ならなあ。
思うに作者が「花の慶次」を読んだうろ覚えの知識で
直江兼続を出したのだと思われ。

あと武田上杉なら
あの人間がつり橋になって
味方の部隊を渡したという話しの方が
よっぽど信じてしまうと思われ。
てっ、昔は俺も三つとも信じてたな・・・・
民名書房にマジレスする人始めて見たよ
面白い人だね
>>56
橋とは、これですな。

万人橋……
戦国時代武田信玄と松山勝善の合戦の折、
窮地に陥った主人、松山勝義を助けるべく侍大将楠清久は援軍をひきいてむかった。
しかし松山勝義のたてこもる高楼山へ行く途中にある雛谷の橋は敵の手によって落とされていた。
そこで楠清久は一計を案じ、中国の兵法書『武鑑』にヒントを得た人橋をかけ、谷を渡った。
この時人橋となった者三十人は、味方の兵を渡しきったあと、ことごとく力尽きて谷に落ちたという。
その後松山勝義はこの三十人の勇者達を讃え そこに高楼三十塚を建立した。
現代でも橋を建設するときは工事関係者がこの塚に参拝し工事の安全を祈願する習慣がある。

中津川大観著 時源出版刊行
『戦場にかける橋』より


信玄の敵方の話だったのか……。