そろそろ、12人の妹が戦国時代に飛ばされたらどうなるか、真面目に考察しよう。
諸事情が出来た(自治新党スレ参照)ので、小説でも書いてみよう。
陽光の下、白刃がきらめく。
ボロ布と、伸ばし放題の髭に身をまとった野盗の群れ。
「兄君様! さがって下さい!」
春歌の声と同じくらいのタイミングで、野盗が刀を振り下ろす。
刀の先には、雛子を抱きかかえた海神航。
しかし、バシュッという音とともに、春歌の薙刀は野盗のわき腹を切り裂いた。
鮮血が飛び散る。生ぬるい感触が、薙刀を伝わり春歌の手に伝わる。
春歌にとって、実際に人を斬ったのは初めての経験だ。
しかし今は、それで感慨に浸っている暇はなかった。
あたりを見回す。
山と山の間の、荒れ果てた街道。
電線やアスファルトの道路や電信柱といった高度に人工的な物は、見渡す限りまったく見当たらない。
そして今、自分と兄妹たちを囲んでいる、時代劇にでも出てきそうな野盗たちである。
ここは現代日本ではない……これはもはや、誰の目にも明らかだった。
しかし、はじめて人を斬った感慨と同じように、ここはいつの時代なのか、どうして
こんなところに来たのか、などといったことを考えている暇はなかった。
ただ考えなくてはいけないのは、いかにして兄や姉妹を無事に逃がすか、である。
それが、兄君様に仕え、兄君さまをお守りするという、春歌に課せられた使命であった。
考える間もなく、野盗の一人が大きな斧を振り下ろす。
薙刀でかわし、野盗の首筋に一太刀入れた。
またも鮮血が……といってもいかにもコレステロールが高そうなドロッとした血であるが……が吹き出る。
残った野盗は、11〜12人。
一人ずつかかってくるならともかく、一度に来られてはひとたまりもない。
もう一度、あたりを見回す。
野盗たちは、遠巻きにしてこちらを囲んでいる。
前方の街道に5人、山のある右側に2人、左側の山に2人、背後の方向の街道に、2人。
そこで、足にスケボーを装着した衛が、春歌に右側に並んだ。「ボ、ボクだって……」
「衛ちゃん……」春歌は、一言だけ耳打ちし、横目で合図を送った。
衛が、うなずく。
それを確認すると、春歌と衛は、きびすを返して後方に走り出した。
目の前の野盗二人を、薙刀で斬り、ジャンプさせたスケボーを顔面にぶつけ、突破する。
衛は、スケボーを拾うとまたそれに乗り、亞里亞を抱えてそのまま街道を走り出した。
可憐たち他の妹や、航もそれに続く。
春歌がいわば殿をつとめながら、街道を走る。
野盗が、10人ほどで追ってくる。春歌が斬った方は死んだが、スケボーをぶつけられた方は復帰したようだ。
走るうちに、両側の山壁がへり出し、街道が狭くなってくる。
見上げると、右前方に、今にも落ちそうな岩が見えた。
これを落としても、街道を塞ぐことはできずとも、半分くらい封鎖することはできそうである。
春歌は、衛と鈴凛の2人に、指示を出した。
一刻ほど後。
やや傾きかけた日が、畳のような色の光線を、木々の枝を通して差しかけてくる。
山の中腹に穿たれた、洞窟の前。
なんとか逃げ切れた航は、肩で息をしながら集まった妹たちを見回した。
花穂、可憐、四葉……。心配された鞠絵も、他の妹に手を引かれ、なんとかここに辿りついている。
しかし、春歌と衛と千影の姿は、ない。
と思った瞬間に、スケボーや薙刀を背負うカチャカチャという音とともに、
春歌と衛がゆっくりとした歩調で、やって来た。
急いでないところを見ると、野盗を全滅させたのだろう。石を落として道幅を狭くし、
同時攻撃をできなくさせ、各個撃破したのに違いない。
「無事……だった?」「はい、兄上様!」
春歌が、しかし沈んだ表情と声で答える。
航は、妹全員の無事を確認すると、ようやく安堵のため息をついた。
千影はまだいないが、それは最初から同行していないためである。
「さて……僕たちは今どこにいるのか、なぜこんなところにいるのか」
落ち着いたところで、当然の疑問を航が提起した。
本来なら推理好きの四葉が真っ先に発言すべきであるが、しかし全力疾走に疲れたためか、
あまりの急変ゆえか、押し黙っている。
思えば、今回の旅行は、千影が提案し、すべて千影が手配して始まったことであった。
しかし千影は、当日に「急用ができた」の一言で、参加を取りやめている。
そして、千影抜きでともかく目的地に来たところで、突然の日蝕と嵐に包まれ、
気付いたら見知らぬ道に放り出されていたのである。
動転しながらあたりを見回し歩き回ってから野盗に見つかるまで、ほとんど時間はかからなかった。
「ともかく……」航が、妹たちを見回す。
どうやらこのスレは、
デカ耳たぶ兄者と
関優(立派なひげを蓄えた赤ら顔)
張妃(一声で万人をびびらせる事の出来るだみ声を持つ猪突猛進馬鹿)
張噤i地味)
徐処(昔は悪してました)
諸葛怜(頭はイイが底意地が悪い)
龐桃(頭はイイが顔が悪い)
黄寵(爺むさい)
魏艶(反骨の相があり、諸葛怜に嫌われてる)
馬蝶(クーデター好き)
馬黛(地味)
姜早i諸葛怜には頭が上がりません)
阿兎(実は兄者の隠し子説浮上中)
といった12人の国士無双な妹たちのスレじゃないようだ
白雪は人肉料理に目覚めそうだな
可憐なんかも電波だから殺人鬼になりそうだ
世にも恐ろしい殺戮妹集団 う〜ん萌え
小説続き。ついでにHN変更。
「ともかく……がどうしたの? お兄様」
「いや、何でもない」航(声・三浦祥朗)が、一旦立ち上がりかけた腰をまた降ろす。
ここはどこなのか。なぜこんなところに飛ばされたのか、またそれを考える。
さっきの野盗は、明らかに現代日本に生息するようなものではない。
そしてあたりの景色も、明らかに現代日本ではない。
12人で旅行に出かけ、空間だか時空だかのねじれによってどこかに飛ばされた、これは確かだ。
どうすれば、元の世界に帰れるのか。
しかし、ふと思った。さっきの野盗は人種的には黄色人種であったが、ここは
現代の中央アジアか中国のどこかではないのか。
飛ばされたのは確かだが、空間だけ移動したのでは、ということである。
たとえば1969年には、イタリア人ペリオ・ジェルミ氏が操縦するセスナ機が、
午後2時20分にアテネ空港を離陸した後レーダーから消えて消息を絶ち、
離陸30分後に、なぜか右翼を大破した状態でホノルル空港に着陸した、という事件があった。
1943年には、レーダー不可視実験のため強力な磁場をかけられた駆逐艦エルドリッジ号が、
実験が行われたフィラデルフィアから2500kmも離れたノーフォークまで瞬時に移動し、
またフィラデルフィアまで戻ってきた、という事件があった。
それと同じように、日本から中央アジアだか中国だかまで、空間的に飛ばされたのではないか、
航はそう考えた。
もしそうなら、今いる国の日本大使館か領事館にでも連絡すれば、時間はかかるものの
家まで戻れるはずである。
「よし、それじゃとにかく人のいるところに出よう!」
航が、立ち上がり妹たちを見回しながら言う。
その言葉に、先ほど野盗と戦ったばかりの春歌が、眉をひそめた。
「しかし兄君様……。さっきみたいにまた、危険に遭うかもしれません。あまり
動きまわらない方がいいのではございませんか」
「いや! 確かにこの国は、さっきみたいな野盗も居る、治安の悪い国かもしれない。
しかし、ここでじっとしていたらいつまで経っても家には帰れないんだよ。
街に出て、日本大使館に連絡取ってもらって、保護してもらわないと!」
いささかヒートアップしながら、航がまくし立てる。
春歌は、航の脳内設定を読み取り、その楽観ぶりに内心ため息をついた。春歌としては、
回りの景色、生息する植物、湿度、温度、先ほどの野盗の格好から、
ここがいつ、どこであるかわかってしまっていたのだ。
しかし回りを見ると、花穂や可憐などは、兄の言う通り、とばかりに頷いている。
特に花穂などは、家に戻るための具体的なシナリオが航の口から示されたことで、
すでにもう帰宅が決まったかのような、安堵の表情を見せていた。
見回しても、航に同調せず、難しい表情を見せているのは鈴凛くらいであった。
「さ! 行くよ。出発だ。みんな、早く支度して」
なかば興奮状態になりながら、航が自分のリュックを背負い、妹たちを急かす。
航の指示通り、妹たちはそれぞれ荷を背負い、あるいは持った。
「行こう。明るいうちに街に出ないと、野宿になっちゃうよ」
枝の間から差し込む日の光は、さらに黄色を強め、赤みを混じえはじめている。
「お兄様……街にホテルはあるかしら。私、走ったからシャワー浴びたくなっちゃった」
「ううん。それはどうかな。街によるし、あったとしてもここの通貨持ってないから……」
などといった会話をしながら、山を下りて先ほどの道に出て、進む。
先ほど野盗から逃げた際に、走った方向である。
歩いていくうちに、さらに日は傾き、あたりが赤く染まっていく。
両側の山を彩るブナやクヌギといった広葉樹、遠くの空を飛んでいくカラスの鳴き声、
それらは中国奥地やアジアのどこかといった見知らぬ土地のイメージとは裏腹に、
むしろ懐かしささえ感じさせた。
一行が暫く歩くと、ようやく前方の山の陰から、集落らしきものが姿を現してきた。
萱葺き屋根と、木板の壁。それらが、十数件固まっているのが見える。
衛はかわいい。
歩くたびに少しずつ、集落が近づいてくる。
「30年くらい前にはね、ブエノスアイレスに住むビダルさんという人が、
ハイウェイを車で走ってたら突如消滅して、48時間後にメキシコシティに現れた、
という事件があったんだ。そのビダルさんは、すぎにアルゼンチン領事館に駆け込んで、
無事家に帰れたそうだよ」
航が、豆知識を披露しながら歩を進める。ちなみにビダル夫妻の事件は、1968年のことである。
話しているうちに、さらに集落が近づき、家の細かい部分までもはっきり見えるようになってきた。
萱葺きの屋根、土塗りの壁に、板で作られた縁側。
それらはまさに、狛江市のむいから民家園や、川崎市の川崎市立日本民家園、小金井市の江戸東京たてもの園、
そんなところでいくらでも目にできそうなものであった。
さっきまで航の話を興味深く聞いていた四葉が見上げると、航は顔色をなくし、絶句していた。
とうとう、集落が目前に迫ってくる。
十数軒の古民家の上空には、夕焼け空が広がるばかりで、電信柱や電線のようなもの
はまったくない。
「うおおぉぉぉ!」
途端に、航が叫び声をあげて走り出した。そして、家の扉や壁を、
「もしもし! 誰かいませんか!?」などと言いながら、叩いて回っている。
日本語を使っているのは、中央アジアか中国という脳内設定を放棄したためだろうか。
しかし、どの家からも返事がない。
11人の妹たちは、家から少し離れたところで立ち止まり、集落を見回した。
確かにこの集落からは、人の気配がまったく感じられない。
「わたくし……もう、歩けません」
よろよろと、鞠絵がへたり込んだ。それを、「鞠絵ちゃん、大丈夫!?」と、咲耶が支える。
「早く、鞠絵ちゃんを休ませないと」
花穂が、兄を追うようにして古民家に向かって走り出す。
そして、お約束のようにこける。
しかし花穂は、すぐに立ち上がると、「誰かいませんか!?」と叫びながら、
家々の中を覗いて回った。
どの家の中にも、人はいない。そしてどの家の中も、家財道具が無造作に散らばっている。
「誰も……いないみたい」
花穂が、振り返って他の妹たちに告げる。
ともかく鞠絵を休ませるため、他の妹はまた歩を進めた。鞠絵は、咲耶と春歌が肩を出している。
「仕方ないから……ともかく鞠絵ちゃんを休ませましょう」
咲耶が、一番近い位置にある家の扉を勝手に開け、鞠絵を連れて中に入る。
それに続き、なんとなく他の妹たちもそれにつられてその民家に入った。
中は、やはり無人。土間そばの床板が外され、下には空の瓶が二つほど転がっている。
どうも、金目の物を持ち、慌しくこの家を出たといった風情である。
衛と花穂が、2人で床板を戻すと、咲耶と春歌は、鞠絵を部屋に上げて、横にさせた。
「誰も……どこにもいないよ!」今ごろになって、航が息を切らせながら家に入ってきた。
「電話はないかな……」と言いながら、航があたりを見回す。
電柱も電信柱もなく、部屋の中には電灯もないので電話などあるはずがないが、
受け入れられないようだ。
「ん?」航は、土間の壁に貼られた、1枚の薄汚れた紙に気付いた。
手に取ると、筆で書いたような字が細かく紙面を埋め尽くしている。
「読めないな……。漢字みたいだけど。四葉、読めない?」
と言って、一番博識そうな四葉に渡した。しかし、
「四葉も読めないデス……」と、四葉はクビをかしげた。
張飛益徳なみのだみ声で「兄者〜ッ!!」
「私に……見せて下さいませんか」
春歌がそう言って手を伸ばすので、航は紙を手渡した。
よく考えると、妹たちの中で最も日本語が不自由な四葉に見せてもわかるわけないか、
と思いながら、春歌の真剣な表情に見入る。
「これは……暦です」
「暦? いつの……かな」
「これは……三島暦。右側のページに、元号と干支も載ってますから、それからすると……」
真剣な春歌の顔から、春歌の持つ紙へと視線を移す。確かに言われてみれば、右の頁の左下に、
正月小、二月大、三月小、四月大、五月小、6月小、7月小……といった月名称が続き、
その右側には、東西南北の文字を円が囲み、そのまわりに乾・艮といった本命卦の字が
4つちりばめられている。
「干支は戊寅で、天正六年……。つまりこの暦は、1578年のものです」
「!!」
航の表情が、ひきつる。ついに、タイムスリップという残酷な事実がはっきりとつきつけられた。
いやこの家は、古美術品として入手した昔の暦を飾っているのかもしれない、と一瞬考えたが、
気休めにするにも説得力がなさ過ぎた。
自分は、別の時代に来ている。ブエノスアイレスからメキシコシティにテレポートした
ビダル夫妻はアルゼンチン領事館に連絡を取って帰国できたが、
在16世紀の21世紀領事館に連絡を取る、などということは不可能である。
航は、畳の上に膝で立ち尽くした。
その時だった。
トコトコと、雛子が駆け寄ってくる。
「ね、おにいたま。お外、暗くなってきたよ。夜になったら花火するって約束したよね。
はやく、花火しよ、花火しよ」
状況を理解できてない雛子がそう言いながら航にまとわりついてから、
バキッと音がして航の拳が雛子の頭に炸裂するまで、一瞬のことであった。
「いたい! いたいよぉ、おにいたまぁ〜〜」
と泣きながら、雛子が畳の上で寝転び暴れる。
民家の中、空気が張り詰める。航は、呆然とした表情のまま立ち尽くしてる。
「お兄様! なんてことするの!? 雛子ちゃんをぶつなんて……」
咲耶が急いで雛子をつかまえ抱き寄せるが、その声は航には届いていないようだった。
一行の中に、いたたまれないような空気が流れる。
室内は、もう暗い。沈黙の中に、咲耶にしがみつく雛子の泣き声だけが響く。
その時だった。
ふと、外でドタバタという足音が聞こえる。1〜2人。
なにか喚いているような声がするが、何と言っているかは聞き取れない。
不意に、空気が緊迫した。
皆、神経を聴覚に集中する。
足音は、どんどんとこちらに近づいてくる。喚き声も近づくが、聞き取れない。
いつの間にか、雛子も泣き止み、震えている。
ドンドン、という音。
扉を叩いている。そして、ガラッという音がして、引き戸の扉が開いた。
全員の目が、扉の方に向く。
ボロ布を縫い合わせたような服、貧相な体つきと、顔色の悪い顔と、頭には無造作な曲げ。
典型的な農民だ。
農民は、扉を開ける直前まで何かを喚いていたが、家の中にいる航と妹11人を見ると、
驚愕した表情を浮かべ、すぐに踵を返して逃げ去った。
「お百姓さん……だよね。何て言ってたかわかった?」
航が、そう言って妹たちを見回す。妹たちもまた、顔を見合わせている。
農民は、家の中にいる人間に何かを伝えようとしていた。
しかし農民の言葉は、自分たちには聞き取れなかった。
曲りなりにも同じ日本人である、どこの地方だかはわからないが農民の言葉が
通じないというのは、航には不思議なことであった。
しかしそれは、無理はないことなのである。
今、航たちがいる時代から、航が育った時代まで、400年以上の時が経過している。
その間に、日本語も変化したのである。
たとえば今、ハ行はハ・ヒ・ヘ・ホがH、フがFであるが(注・IPAが入力できない
のでヘボン式ローマ字)、かつてはハ行はPで発音していた。これがFに変化し、
今のHに変化したわけである。この時代は、Fで発音していた。
また、今では「観音」は「くぁんのん」、「菓子」は「くぁし」と発音し、これを
合拗音といい、「感」=「かん」のような直音と区別していたが、今ではこの区別
は失われている。
また当時は、「別」「月」といった漢字を音読みする場合、入声音の「つ」「ち」は、
TSU CHIではなく、単子音「T」で発音していた。
このような違いは、挙げていけばきりがない。さらにその上、共通語(標準語)などと
いったものがない当時は、今以上に方言の地域差が大きかったのである。
ちなみに、現代では絶滅した、語中語尾のガ行音に使われる鼻濁音(ウ"グ"イス、など)
は、江戸時代に出現したもので、この1578年当時には存在していなかった。
春歌なら鼻濁音もマスターしていそうだが、この時代においては無駄な技能である。
ともかくこのように、縦軸の、時代による日本語の変化、横軸の、距離による日本語の変化(方言)、
この両方があったのだから、農民の言っている言葉の意味が聞き取れないのも、
当然のことなのである。
ともかく航たちは、農民が何を伝えにきたのか、顔を見合わせ考え込んだ。
緊急の用のような、ただならぬ様子が感じられたのが、気になるところである。
「何か……気になるわね」咲耶が、落ち着かないといった風に立ち上がり、障子窓から外を見渡す。
外、標高三百数十メートル級の山に、無数のかがり火が焚かれている。
薄暗い空を焼くかがり火の炎と、そこから伝わる一種の殺気。
「ねえ、お兄様……」思わず、振り返って呼んだ。
「!! な、なにかな……」さっきまでぼうっとしていた航だが、咲耶の声で少し我に帰ったようだ。
「外、なんだけど……」
「どれ……」ゆっくりと腰を上げ、咲耶と顔を並べて外の景色を眺める。
航の顔がすぐ近くに来たことで、咲耶は少し顔を赤らめた。
「お兄様、あれなんだけど……」と言って、山の方向を指差す。
それを見て航は、さすがにただならぬ気配を感じ、思わず背筋を震わせた。
いつの間にか、春歌をはじめとする他の妹たちも集まってくる。
「ね、あにぃ。あれ、お城じゃないかな?」
「城?」
「うん。石垣に、いかつい建物……」
衛にそう言われ、航は目を細め確かめようとするが、しかし山とかがり火くらいしか
判別できなかった。衛の視力には、とうてい敵わないようだ。
ともかく、あれだけかがり火が焚かれているということは、一つの戦略的に重要な
拠点というわけで、山の上であるから、それが城であるとしておかしなことはない。
窓の近くに人が集まりきつくなってきたので、一行は室内に鞠絵を残したまま、
とりあえず外に出た。
この家に入った時点では、まだ外は明るかったので気付かなかったが、
この薄暗い空の下に見上げる山は、無数のかがり火に彩られ、なにか威圧感を与えられた。
見上げる11人の中に不安がこみ上げる。
しかしそれは、口に出してはならないことのように、誰もが感じた。
山の上からは、日も暮れてきているというのに、なおも慌しく動き回る気配が伝わってくる。
妹たちは、無言のまま、一人また一人と、さっきの家に戻っていく。
しかし航は、すぐに戻る気はせず、その集落の他の家を回ってみた。
とりあえず休憩場所にした家が、土塗りの白壁に床が板張りだったのに対し、
他の家は板を合わせただけの壁で、中も土にゴザを敷いただけ、といったものが多い。
さっきの家は、庄屋か名主かといった家なのかもしれない。
航は、集落の家々の中もとりあえず漁ってみたが、ゴミのような物しかなかった。
農具も食器も、食べ物もない。みな、持ち去られたようだ。
もしや、盗賊が入った後なのだろうか、そんなことも思った。
しかし、争った形跡がどこにもないのと、盗賊だとするとそれが去ってしばらく
しているというのに村人が戻ってこないのも気にかかる。
村の一番はずれにある民家から出て、妹たちが居る家に戻ろうとした、その時だった。
街道の方から、それもさっき自分たちが辿った山間の細い街道ではなく、平野部を
通る広い街道の向こうから、ただならぬ気配と、ざわめきと、地響きとが伝わってくる。
よく目をこらすと、まだ遠くの方に、いくつかの松明の明かりらしきものが見える。
それが、ゆらゆらと揺れて、こちらの方に近づいてきている。
あの街道は、今いる村に通じているから、こちらに近づいているはずだ。
なおも呆然としたまま眺めていると、それが、大勢の人間であることがわかってきた。
さっきの地響きは、無数の足音と馬蹄の音へと変わった。
松明の他に、無数の旗指物も見える。
妹たちに知らせようとして振り返ると、既に家からは何人かの妹が出てきていた。
「ね、あにぃ。あれ……」目の良い衛が真っ先に口を開く。
「うん。合戦、だな」
ここに来て、この集落に人がいない理由がわかってきた。住民は、合戦に備えて
近くの山かなにかに避難していたのである。
先ほど、一人の農民がなにやら喚きながらやって来たのは、まだ避難していない
住民がいると思い、急がせに来たのだ。
航はここに来て、正直「しまった」と思った。
目の良い衛はともかく、自分や他の妹もあの軍団を視認できているのだ。
向こうからも、こっちを視認していることだろう。
まだ残っている村人、つまり我々を掃討しようとするかもしれない。
村人たちがそうしたように、避難すればいいのかもしれないが、しかし鞠絵は動かせる状態でない。
「ともかく……家に戻ろう。まだ見られてないかもしれないし」
そう指図しながら家に入るが、しかし見られてないとしても、どっちみち城攻めの挨拶代わりに
この村を焼き払うつもりかもしれない、だとしたら終わりだ、といったことを考える。
ともかく一行は、集落の一番大きい家に入ると、なるべく姿勢を低くし、息をひそめた。
足音と馬蹄が、だんだん近づいてくる。
窓から外を見て確認したくなるが、必死で堪えた。
足音。
馬蹄。
いななき。
近づいてくる。
ふと、喚声がわきおこった。さっきまでの整った行軍の足音が急に乱れる。
どうやら合戦でも起こったようだ。
航は、床にへばりついて震えたまま、必死に床をつかもうとしていた。つかめるはずはないが。
とにかく声を出してはならない、動いてはならない、と必死にじっとしていたその時だった。
春歌が、さっと立ち上がり、扉の隙間から外を覗く。
見つからないようにじっとしているのも方法の一つだが、場合によっては避難も必要になる、
と考えたのである。
しかし航は、春歌が立ち上がったのを見ると自分も立ち上がり、外に出ようとして走り出し、
そして雛子のリュックにつまずき、思いっきり音を立てて転んだ。
「……(兄君様!)」春歌が、声を出さずに呼びかけ、航を立ち上がらせようとする。
だが航は、何かを思いついたように雛子のリュックを開けると、中をあさった。
花火セットが出てくる。定番の手提げ花火や線香花火の他に、数本の打ち上げ花火がある。
「雛子、これ借りるぞ」
そう言うと航は、花火セットとライターを持ち、家の外に飛び出した。
200メートルほど離れた位置で、合戦が展開されている。しかし、それほど大規模ではない。
「誰か、他に花火持ってきてないか?」
航が、興奮した口調で叫ぶ。少々、平静さを失っている……というより、いくらか錯乱しているようだ。
「ボクも、持ってきてるけど……」
衛が、自分のバックパックを開け、袋を取り出す。
「お……打ち上げもあるし、それにロケット花火! でかしたぞ」
航はそういうと、戦場に向かって駆け出した。
衛と春歌が、それを追う。
春歌は、兄を取り押さえるつもりだ。
しかし、先行する兄に中々追いつかない。足の速い衛はもう、兄と並走している。
100メートルをいくらか切ったあたりまで接近すると、航は打ち上げ花火の一つに点火した。
台のプラスチックに片手を、もう片手を砲身に添え、水平からやや上に向けて構える。
打ち上げ花火の水平撃ちだ。
衛も、それに続く。
ようやく春歌が、「兄君様! お待ちください!」と追いつくが、既に打ち上げ花火
は戦陣に直撃していた。
突如、陣中に火花が飛び散る。それも、彩り鮮やかな火花だ。
旗指物か陣幕かなにかに引火したらしく、煙が出ているのが見える。
今攻撃をしかけているのは先ほどの軍団で、戦闘が起こっているのは反対側の
ようであるから、火を点けたのは自分たちのはずである。
つまり自分たちは、背後から奇襲したことになるのだ。
「おう、春歌。ちょうどいい。一緒に攻撃しよう」
航が、後ろから春歌が来たのを見て叫ぶ。
春歌は、一瞬考えたものの、一旦攻撃を始めて敵から視認された以上、逃げるよりは
上策と考え、内心ため息をつきながらも従うこととした。
次々と、打ち上げ花火やロケット花火が、光跡を夜空に残しながら、敵陣に吸い込まれていく。
突然の、それも奇妙な攻撃に、前方の軍がにわかに浮き足立ってきているのがわかった。
ふと、2〜3人の足軽が、こちらに向かって走ってくる。
「あにぃっ! ボクに任せて」
衛がそう言い、足元の石を投げつけるが、しかし石は凄まじいスピードながら、
明後日のまるで見当違いの方向に飛んでいく。
しかし、バキッと音がして、足軽3人のうち、一人がもんどり打って倒れた。
「お兄様! 怪我はないかしら。早く下がって!」
咲耶だ。
咲耶は衛と違い、球技が得意である。ラクロス部の試合に助っ人として呼ばれる
こともままある。
咲耶の投石は、飛距離や速度では衛にはかなわないが、コントロールなら上である。
さらに一人の足軽を投石で転ばせるが、しかし残り一人はかわし、接近してきた。
春歌が、用意していたロケット花火を地面に置き、薙刀を手に取る。
一旦倒れた足軽も、また立ち上がってくる。
航は、銃口を足軽の一人に向け、打ち上げ花火を撃ってみた。
的も小さいし当たらないだろうと思ったが、しかし見事に命中する。
口かのど元に直撃を食らい、足軽は倒れた。
そうこうしているうちに、投石を避けた足軽が辿りつき、春歌に斬られる。
投石を受けながらも立ち上がったもう一人も、やはり薙刀に斃れた。
前方の軍団が2000人くらいなのに対し、反対側で攻撃をかけている側は300〜400人
くらいのよう。
しかし後方に突如奇怪な攻撃を受け動揺したこともあり、大軍の方が押され気味になっている。
196 :
無名武将@お腹せっぷく:03/08/28 22:19
よく見ると、遠目に桔梗の家紋らしき旗指物も見える。
この時代で桔梗の家紋といえば、明智光秀であろう。
混乱する敵軍から、今度は数名の騎馬武者がこちらに向かってくる。
「兄君様! さがって!」
騎馬武者の一人に今までとは違った威圧感を覚えた春歌は、咄嗟にそう叫んでいた。
急いで下がろうとするが、しかし騎馬武者は速い。
衛は、逃げるのをやめ、足元にあった大きい石を渾身の力で投げつけた。
石が、馬の一頭にあたり、上の鎧武者もろとも倒れる。
咲耶もまた、馬の眉間めがけて投石を行うが、しかしこちらは当たらなかった。
衛がまた、足元にある足軽の死体から刀を奪い取り、投げつける。
刀は、衛の意図に反し空中でグルグルと回転しながら飛び、騎馬武者に叩き落とされた。
4名の騎馬武者が、目前まで迫る。
しかしそのうち一人が、顔を赤く照らされたと思うと、あっと叫んで落馬した。
「アニキ! 助けに来たよ」
鈴凛だ。手には、以前メカ鈴凛開発の副産物として出来た、護身用の簡易レーザーが握られている。
「鈴凛!でかした」「鈴凛ちゃん!危ないから逃げて!」
航と春歌の声が同時に響く。
レーザーが、さらにもう一人の鎧武者を狙う。威力が弱い分、同じ箇所に長時間当てないとならない。
鎧武者2人が、左右から分かれて接近。
衛は、足軽の死骸から槍を奪うと、左から来る馬の足元を払った。
血飛沫があがり、馬が前のめりに倒れ、上の鎧武者が投げ出される。
右側は、鈴凛がレーザーで狙っていたが、こちらは春歌によって、上の鎧武者が
直接切り落とされた。
春歌が、残り一人を見据える。これが、一番手強い。
横では、落馬した武者を、衛と咲耶が槍で突き殺している。
残った騎馬武者が、斬りかかる。
春歌が、徒歩のまま薙刀で受けた。
今までの敵とは比べ物にならない。最初の一太刀だけで、そうわかった。
打ち合う。
打ち合いながら、目は敵を見据えたまま、「兄君様! みんな! 逃げて!」
と叫んでいた。
鈴凛がレーザーを当てようとするが、しかし素早く動くので中々一定の箇所に搾れない。
春歌もまた動くので、春歌に当てそうになってしまう。
鈴凛は、レーザーの電源を切った。
「早く! 逃げて!」
また、春歌が叫ぶ。
「行こう」ようやく、航が妹たちに促す。
咲耶も衛も鈴凛も、咎める色を顔に浮かべる。
「僕たちがそばにいたら、春歌が安心して戦えないから!」
そう言って、咲耶たちの背中を押す。
咲耶たちが、渋々従い、春歌を置いて走り出す。とは言っても、ジョギングくらいの速度だ。
春歌は、航と姉妹が去ったのを気配で察し、少し安堵した。
そのまま、目の前の騎馬武者と打ち合っている。
敵は、とてつもなく強い。あと何合かで斬られるかもしれない。
その時だった。
後ろから、馬蹄が響いてくる。航の叫び声が起こる。
正直なんだかよくわからない>小説
何かなっちの戯曲が帰ってきたような悪寒を覚える。
文章は上手いのだが、何よりも設定が悪すぎる。
何故戦闘訓練も碌にされていない現代日本の小娘が、
戦乱の世の職業軍人と互角に渡り合えるのかわからん。
飛び道具所持の娘さん以外は、登場させない方が良いのではないか?
戦国自衛隊レベルの話しになることを期待します。
>>199 >何かなっちの戯曲が帰ってきたような悪寒を覚える。
拙者と村田は、なっちの戯曲氏の盟友ですからな。
>何よりも設定が悪すぎる。
それはまあ、そうですが……。三國志ならまだ大嘘もつけたんですが。
>飛び道具所持の娘さん以外は、登場させない方が良いのではないか?
鈴凛ですか。鈴凛は、原作では人気最下位クラスですからな……。
>戦国自衛隊レベルの話しになることを期待します。
それはおそらく無理です。いいとこ、『戦国の長嶋巨人軍』がせいぜいでしょう。
「どけい! 下がっておれ!」
とでもいった声がする。もちろん現代共通語とは、子音や母音、アクセントにも
違いはあるのだろうが、確かにそう聴こえた。
後ろで、航や姉妹が横に避けて道を譲ったらしき気配が伝わる。
彼らも、後ろから来る騎馬武者の言葉を聞き取れたらしい。
「下がれ!」
声とともに、後方から来た騎馬武者の一人が、春歌に代わり、敵の騎馬武者に斬りかかる。
「手出し無用ぞ!」
その指示通りに、春歌は後方に下がった。
春歌と、斬り合う騎馬武者二人の左右を、総勢30名ばかりの騎馬隊が通り過ぎていく。
そのまま、敵陣に攻撃をかけるようだ。
後方から来た騎馬隊は、おそらく山上にあった城から出撃してきたのだろう。
騎馬隊の何人かは、「丸の内雁金」の旗指物を身につけているが、
春歌の知識ではその家紋がどの武将のものであるかまではわからなかった。
目の前で、敵の協力な騎馬武者と、城から出撃してきた、おそらくは大将格の武将とが斬りあっている。
今は味方と見なしていい武将は、何合か打ち合った後、敵の騎馬武者を袈裟がけに切り捨てた。
春歌に死を覚悟させた程の強敵が、あっさりと斬り捨てられる。
現代日本で薙刀や弓道の段位を取得していた春歌としては信じたくない光景であったが、
しかし同時に自分の実力など乱世にあってはこんなものであろう、という思いもあった。
合計三十騎ほどの騎馬隊が、二千人余りの敵軍を切り崩していく。
反対側では、騎馬隊と呼応するように300〜400名ほどの部隊が奮闘しているはずだ。
春歌や航たちは、集落まで引き上げている。
そこから戦場を眺める。遠目にも、人数の多い敵軍が崩れ気味なのがわかる。
やがて、大きな歓声があがった。
それを契機に、蜘蛛の子を散らすように敵軍が散開していく。
おそらく大将が討ち取られたのだろう。
いわば味方の「丸の内雁金」の部隊が、深追いせずに引き上げてくるのが見える。
この集落は、戦場から城までの通り道にある。
30騎の騎馬隊が、中には手傷を負っている者もいるものの、一人も欠かさずに引き上げてくる。
深追いはしないようである。
航と春歌は、とりあえず顔を見合わせた。
どういう対応をすればいいのか、わからない。場合によっては、彼らとも一戦交えねばならない。
そうこう考えているうちにも、騎馬隊は集落の目前まで迫ってきた。
春歌にしても航にしても、もう戦う気力はない。
とりあえず恭順の意を示す必要があるが、平伏して迎えればよいのか、
ある程度は戦功を立てたのであるから、あまり下手に出ないでもよいのか、
その辺がわからなかった。
とりあえず二人は、道をあける形で並び、軽く頭を下げた。
「敵将・明智光忠を討ち取ったぞ」
そう言いながら、大将格らしき男が馬を下りる。明智光忠とは、光秀の一門宗で、
1575年の丹波過部城攻めでは大功を挙げた武将であった。
大将格の男は、すでに兜を脱ぎ、鉢巻らしきものを巻いている。額の部分の金具が印象的な鉢巻だ。
この大将格の男が航たちをじっくりと見るのは、この時が初めてである。
出撃前の段階で、「奇妙な風体の連中が明智軍に奇怪な攻撃を加えている」という
報告は耳にしていた。
その段階では、毛利家か、あるいは波多野家が手配した道士や陰陽師の類か、
または領民によるゲリラかなにかと思っていた。
そして戦場でも、航たちと出くわしたのは一瞬で、人相風体などには注意を払っていなかった。
今、改めて見てみると、この二人の格好が異様なのがわかる。
春歌の方は、袴をアレンジした和服であるからまだいいが、
航はというと、上は半袖のシャツ、下が綿パンツ、という格好である。
しかも頭は、戦前なら長髪の範疇に入る長さであるが、この時代としては髷のない短髪である。
男は、目を白黒させながら、航と春歌を見回した。
2人以外の衛や咲耶などは、すでに家に引き上げている。
トコトコと、一人の足軽が走り寄ってくる。足軽は、大将格に素早く小さな布袋を渡すと、
音をたてず退散した。
男は、袋の紐を困った風に指にかけながら、しばらく考え込んだ。
「褒美をやろうと思うのじゃが……」
と、おもむろに口を開く。喋りながらもなお、見知らぬ風体の2人ついて思考をめぐらしている。
「はっ」航が適当な相槌をうつ。
「ともかくこちらへどうぞ」春歌が、ほとんど占領した状態になっている家を示した。
この男が、自分たちに少なくとも殺意は抱いていないと判断したためである。それに、
この時代を生き抜くには、何らかの形で庇護者は必要である。
「……うむ」少し逡巡してから、男は家の引き戸をくぐった。
室内は暗かったが、春歌は居間の隅に灯台らしきものを発見すると、
航からライターを借りて油皿の上の灯心に火を点けた。
それ見た男の目が、少しギョッとなる。
部屋の中は少し明るくなったが、油皿の上の油は残り少ない。
3人はとりあえず、囲炉裏を囲んで腰を下ろした。
他の妹たちは、ふすまで区切られた隣の部屋に控えている。
男が、まわりをキョロキョロと見回した。
ふすまの向こうから伝わる人の気配を警戒したのだろう。
実際、衛、鈴凛、咲耶あたりはこの客人に対し臨戦態勢に入っているかもしれない。
「兄君様……」春歌が簡単に耳打ちすると、航はふすまを開けさせ、妹たちを呼び出した。
「みんな……え〜と、この方に挨拶するように」
ふすまの向こうでは、案の定壁際に刀や槍が立てかけてあった。つい直前まで、
それを握り息を殺していたことは想像に難くない。
男は、それを見て一瞬、眉間に皺を寄せた。
航の横にいる春歌を除く10人の妹が、居間から見えるところぞろぞろと並び、
バラバラに頭を下げる。
男は目を丸くした。若い、というか幼い女ばかりが、それもみな異様な風体の
女ばかりが揃っているのだ。
「これは……?」
「はっ。自分の妹であります」航が、なぜか侍口調ではなく軍人口調で応える。
「全部であるか……?」
「はい……」航は内心、頭を抱えた。妹が12人いるということは、あまり知られたくないことであり、
村沢たか美などの学校の友人にも秘密にしている。一度そんなことを知られてしまえば、
なぜそんなにいるのか、どんな娘がいるのか、養子なのか父親違いなのか、詮索・質問責め
にされることは明白であった。
しかし男は、「左様か」の一言で済ませた。
この時代、大名などでは20〜30人の子どもを持つケースは少なくない。
それに、妹11人(本当はさらに一人居るのだが)ということより、異様な格好の
方が衝撃的なのかもしれない。
ともかく航は、拍子抜けしながらも安堵した。なぜ妹がこんなにいるのか、自分
でもよくわからないのであり、他人が満足する説明をすることはほぼ不可能なのだ。
航は、男を指し示しながら、「え〜と、この方は……」と口篭もった。
ここに来て男は、自分がまだ名を名乗っていないことに気付いた。自分は黒井城の城主であり、
航たちは自分に加勢したのであるから、知っていて当然かと思っていたのであるが、
冷静に考えると、どこから来たのかもわからないような連中なのだから自分の名を知らなくとも
無理はないのである。
「拙者は黒井城城主・赤井直正と申す」
「赤井直正……」航が反芻するようにつぶやく。あまり歴史に興味のない航もその名前くらいは知っている。
そして同時に、知ってる名前を聞き取れたことで、いつの間にか発音レベルでは話が通じていることに気付いた。
やはり同じ日本語であるから、違いがあっても無意識のうちに修正できるのであろうか。
ともかく、赤井直正の名には、日本史に詳しい春歌の方が驚いている。赤井直正といえば、丹波の名称である。
「……としますと、ここは丹波の国なのでしょうか?」春歌が尋ねる。
「いかにも」不可解な顔をして、直正が応える。
「……(ね、丹波の国って?」
「……(そうですね……。今でいう、兵庫県の東と、京都府の中部が合わさった地域でしょうか)」
そんな航と春歌の小声話に、直正は彼らが自分のいる場所すら把握していないことに気付いた。
そして同時に、聞き手に直正を想定しない、内輪での会話にも日本語を使うことから、
彼らが日ノ本の民であることを知った。それまでは、奇怪な風体や攻撃から、南蛮人であるか、
人種的には朝鮮や明、はては崑崙人か、と推測していたのである。
日本人であるなら、行き過ぎた傾奇者か、道士の類であろうか。
「ところで、お主らはどこから来たのでござろうか」
直正の質問に、航は内心(来たか……)と思った。
戦国時代の人間にこれを説明するのは難しい。四百数十年後の未来から飛ばされて
きました、と言って「はい、そうでしたか」と納得してくれるはずはない。
そもそもこの時代、「未来」や「時代」といった言葉があったのかも疑問である。
日本語の、それも漢語の語彙は、明治以降に爆発的に増えている。
西洋の先進的な制度・技術・思想などを取り入れる際、それまでの日本語になかった
概念や単語の訳に、漢字を組み合わせた新語を大量に作って当てはめてきたのである。
政治、権利、法律、機械、電気、運動……。
これらは、外国語の訳として作られた新語であり、漢籍に同じ言葉があったとしても、
基本的に意味が違っている。余談だが、これらの単語は、中国語や韓国語など同じ
漢字文化圏の言語にも採用され、近代化理解に一役買っている。
さて、時間移動という高度に科学的な話を展開するには、そういった言葉の助けを
借りないと無理である。そもそも「時間」に対する概念が違うはずだ。
この時代の日本人は、時間は常に一定の速度で過去から未来へと流れ、人はそれに
固定的に同調させられる、とでもいった風に理解し、疑っていないはずだ。
SFや超科学によって、たとえ想像上だけとしても時間移動という概念を手にし、
時にはタイムパラドックスというものについて考える現代人とは、そこが違う。
たとえば現代人の生活を例にしよう。20平方メートルの部屋に、1×3メートルの
タンスを置く。そして2×4メートルのテーブルを置き、1×1メートルのソファを
幾つか置く。そうすると、大体部屋は埋まってしまうはずだ。
ここで考えつく工夫は、せいぜいソファを重ねようとか、そんなものである。
しかし天井や、壁に貼りつかせて置けば、まだまだ物が置ける。もっともそんなことを
すれば物が落ちてくるではないか、という声が出そうであるが、まさにその通りで、
我々は重力によって三次元世界にいながら、結構平面的な生活と思考をしているのである。
ということは、おそらく二次元世界にも重力はあり、二次元人たちは平面的ではなく
直線的な生活を送っていることだろう。
だが前述の、壁や天井にも物を置き、部屋を広く使うという方法は、宇宙空間などでは
可能だ。そして時間移動を考える上での問題は、こういった発想を時間にも持ち込めるか、
である。
過去から未来へ流れる時間上に、人は常に拘束され同調させられるものなのか、
移動も可能なのか。
空間と時間は異質なものではなく、同等に扱われるべきものだと、アインシュタイン
は主張した。とすると、この世界は3次元ではなく、4次元ということになる。
とすると、時間移動的な発想は5次元ということになりそうだが、しかし過去→未来
という時間の流れを重力のようなものと考えるなら、時間移動もまたそのまま4次元
的な発想ということになる。
つまり、『ドラえもん』の重力ペンキであばら屋くんの狭い家を広く使ったのと
同じ発想が時間に対してもできるか、ということになるのである。
これは、幼い頃から『ドラえもん』などを見て育つ現代人と違い、科学の知識どころか
用語すら無い(ということは概念もない)戦国時代の人間には理解不可能なはずである。
そこで航は、説明するのは諦め、適当に誤魔化すことにした。
「ええと、我々は……かなり遠いところから来ました」
このあまりに適当な航の言葉を聞き、直正は露骨に眉をしかめた。
それを見た春歌は、あわてて話に割って入ろうとしたが、しかし思いとどまった。
どう説明すればいいのか、春歌にもよくわからない。
納得のいくように、なおかつ保護することにメリットがあると思わせるように説明せねばならない。
本当に先進的な軍事技術を持っているならともかく、実際は遊び道具くらいしか
持ってきていないのだから、この時代を生き抜くには交渉とハッタリが肝要になる。
「して、遠いところとは? 」
直正が、難しい顔で再質問してくる。
人種的には、南蛮人(西洋人)として説明するには無理がある。
崑崙(東南アジア)、明、朝鮮ならそう押し通せるかもしれないが、
しかしこれらの地域はこの時代もはや先進地域とは見なされていなかった。
「それは……」
航が口篭もっている。春歌は、あまり答えに窮していると、スパイかなにかとして
斬られるのでは、と考えた。
「お主らは……言葉の癖からすると、東国の出であろうかの」
海内を前提とする直正の発言。
航と春歌はハッとした。航たちは首都圏、鎌倉に日帰りで遊びに行ける位置に
居住しているから、東国というのは当たっている。もっとも、ここは適当に
鎌をかけただけかもしれないが。
ここで、予期せぬ事態が起こった。
ふすまを開けたまま、隣の部屋に控えていた可憐が、つかつかと進み出てきたのだ。
航と春歌の表情が固まる。
2人の間ではなんとなく意図が通じていたが、可憐たちとは打ち合わせもなにもしていない。
可憐は、囲炉裏から少し離れたところで止まると、一礼してから、
「か……私たちは、400年後の、未来から来たんです」と言った。
航は内心、頭を抱えた。これをどんな風に、納得でき、かつ保護が得られるように誤魔化すのか。
「ふむ。お主たちは、ミライという国から来たのか」
直正の言葉に、航と春歌は内心ずっこけそうになった。
確かに、現代日本語の「未来」という言葉を知っていなければ、話の流れからして
地名・国名と思ってしまうのは当然かもしれない。いや、知っていたとしても、
知っている言葉と同音の別の言葉と解釈するだろう。400年後については、
聞き漏らしたか、数字のところだけ聞いて距離のことと思ったか、どちらかであろう。
「して、未来というのはどのような国であろうか」
「はい……。街には"ビル"という、空まで届くかのような塔が立ち並び、
道には鉄の車が走り、家の中では、蛇口をひねっただけで水が出る……、
"電気"を点ければ、家の中は夜でも昼と同じくらい明るい、そんな所です」
可憐の言葉に、直正が半信半疑で適当にうなずいている。
そこで航は、わざとらしいと思いながらも、消えかかっている行灯の灯心に
ライターで火を点けてみた。
直正が、「ふむ……」とでもいった風にうなずいたように見える。
可憐はなおも、現代日本の話を続けた。
それは、江戸時代から現代にタイムスリップした人間の体験談のごとく即物的でわかりやすく、
戦国時代の人間にも理解しやすい内容であった。
案外、可憐の現代社会への認識というのがあんなものなのかもしれない、と航は思った。
「ふむ……長居したな。ではわしは、城に戻らねばならん」
長い話が終わり、直正が腰をあげる。
そして、「これが今日の褒美じゃ」と、航に皮袋を手渡した。丁寧な手渡し方である。
軽く中身を覗くと、結構な量の粒金が入っている。
「おお……こんなに頂けるとは」
初めて見る純金の輝きに目を見張りながら、航の口から感嘆の言葉が漏れる。
家の扉を開け、直正が外に出る。航に春歌、可憐、そして咲耶がそれに続いた。
一瞬、航が息を飲む。
この家は、数十人の足軽によって囲まれていたのである。
目の前の直正に気をとられ、まったく気付いていなかった。
しかし春歌は驚いた様子がないから、こちらは察知していたのかもしれない。
「お主らは……今夜はここに泊まるのか?」
「はい。お許しを得られれば、しばらくここに逗留したいと思います」と、航が答える。
「ここに家にも持ち主がいるのであるから、わしが許す許さないといった問題ではないが、
しかし一晩や二晩借りるくらいならよかろう」
そう言って、直正が馬にまたがる。
直正と足軽隊が、城に向かって歩き出す。
何歩か進んだところで、直正が振り返った。
「お主らが今晩ここに泊まるのであれば、ではまた明日ここで話がしたいが、宜しいか?」
「はい。願ってもないことです」と、航が適当に調子よく答える。
それを聞き、直正は「ふむ」と頷いてから、また城に向かって歩き出した。
航たちは家に戻ると、妹たちを囲炉裏のある居間に集めた。
12人もいると窮屈になるので、隣の部屋とのふすまを外し、広くしてある。
「ええと……持ってきている物を、ここに出してくれないか」
航の命令通り、妹たちは、旅行に持ってきた荷物を開けて並べた。
服の着替えやお菓子やガイドブックといった何の役にも立たなそうなものが大半である。
花火は、打ち上げ花火は全て使いきり、ロケット花火も残り少し。あとは手提げ花火
や線香花火が大量に残っているばかりである。
他には、CDウォークマン、デジカメ、護身用簡易レーザー、懐中電灯、鈴凛のノートパソコン、
春歌の裁縫道具、目覚まし時計、電卓、虫除けスプレー、咲耶の痴漢撃退用スプレー、双眼鏡、
鈴凛の工具類、衛のサバイバルナイフ、その他、とそんなところである。
どれもそのまま武器として使えなさそうな物ばかりだ。
痴漢撃退用スプレーにしても、射程が短いので使う前に刀で斬られるのが必定。
サバイバルナイフにしても、やはり短い。この時代の物を使った方が良さそうである。
期待が持てるのは、発明したメカの設計図なども色々入っているらしい鈴凛の
ノートパソコンであろうか。
幸いにもバッテリーは充電したばかりであり、また予備も一つ持ってきている。
「ね、鈴凛。ここにある材料で、なにか強力な武器作れないかな」
「う〜ん、ここにあるのじゃ、ちょっと難しいわね……」
航の質問に、鈴凛が腕を組み考え込む。
「先ほどお金を頂いたのですから、これで材料を買うというのはどうでしょうか」
春歌が話に割り込んできた。
「でも、この時代で買える材料なんてタカが知れてるし……。LEDとか買えると思う?」
「ですが……それでも、鈴凛ちゃんの技術があれば、限られた材料でも、この国この時代の物よりは
強力な武器が作れるはずです」
「そうね……鉄砲改造して射程伸ばしたりとか、あとは……うん、ありがとう。
それで考えておくわ」
鈴凛がうなずく。どうやら方向がまとまったのを見て、航はホッと息をついた。
「それにしても……戦国時代か」
航が感慨深げにつぶやく。
「こんなとき……千影がいてくれれば頼りになったんだろうけどね」
この航の言葉に、妹たちは凍りついた。
そもそも今回の旅行は、千影が提案し、すべて千影が手配して始まっている。
しかし千影は、当日に「急用ができた」の一言で、参加を取りやめた。
そして、千影抜きで目的地に着いてからのタイムスリップである。
妹たちの中に千影への不信感が芽生えるのは、仕方のないことであった。
「なんで今回に限って千影来なかったんだろう。いてくれれば頼りになったのに……。
みんなもそう思わないか?」
航が、なおも妹たちを見回しながら尋ねる。妹たちは皆、唖然とした顔だ。
しかし、雛子だけは、航の言葉を聞いて、
「千影ちゃんにあいたいよぉ〜」と泣き出した。
千影はああ見えても小さな妹たちの面倒見は良く、特に雛子はよくなついていた。
泣きじゃくる雛子を、航は優しく頭を撫でてなぐさめた。
翌朝。
朝飯は、持ってきていた菓子の類だけで済ませた。
昨日の昼から何も食べていないので、皆腹は減っているはずだが食料がどこにも
ないので仕方がない。手持ちの菓子で何日か持たせなくてはいけない。
一行が居座っている家に供を連れた赤井直正が訪ねてきたのは、昼近くになってからであった。
居間に通すと、航は真っ先に食料を所望した。
それを聞いた直正は露骨に嫌な顔を見せたが、ともかくごく少量の食糧は分けてくれることになった。
昨日撃退した2000人の部隊はあくまで先遣隊であり、これから本軍が来る。
その本軍相手に篭城戦をしなければならないのだから、少しでも兵糧を減らしたくないのは当然である、
武器の材料を買いに街に行きたいことを告げると、今度は直正は気前良く金を渡して
くれた。どうやら、後ろ盾の毛利家からは、結構な資金援助を受けているようである。
しかし肝心の、兵糧や武器や兵士が足りないようだった。
毛利家の領国とここ丹波国黒井城は離れており、しかも間に羽柴秀吉の中国遠征軍
や宇喜多軍などがあり、丹後の一色家は細川藤孝の攻撃の前に風前のともし火となっていた。
つまり、毛利家からの物資補給や援軍は期待できなかったのである。
さて、直正との会談中、航は鞠絵のことを話題に出した。
鞠絵は、最近体調が良かったので旅行に同行したが、しかしタイムスリップ後は、
戦国時代という慣れない環境と、合戦による心労のためか、昨晩はうなされ気味でよく眠れず、
今日になってからも青ざめた顔を見せていた。
航の考えは、鞠絵は信頼できる医者かなにかに預けたいというものである。
航の話を聞いた直正は、しばらく黙って頷いた後、やがておもむろに口を開いた。
「一封 朝に奏す九重の天
夕べ潮州に貶せられる 路八千
聖明の為に弊事を除かんと欲す
肯て衰朽を将って残年を惜しまんや
雲は秦嶺に横たわりて 家何くにか在る
雪は藍関を擁して馬前(すす)まず
知る汝の遠く来たる 応(まさ)に意有るべし
好し 吾が骨を收めよ 瘴江の辺」
「??」
直正の口から意味不明の文章が飛び出してきたので、航の目が丸くなる。
「これは……韓退之の詩じゃ」
「なるほど。韓愈ですか」春歌が相槌を打った。その言葉に直正が頷く。
韓愈とは、中唐の詩人であり文章家であり政治家である。「愈」は名、「退之」は字だ。
春歌は、詩自体は知らなかったものの、名前は聞いたことがあった。
「この詩は、韓退之が皇帝の怒りにふれて左遷された際、藍関という関所で、
自分の家のあった長安を振り返りながら詠んだ詩じゃ。首聯の一封朝奏九重天、
夕貶潮州路八千とあるように、命令があってから出発までまことに慌しい旅でな、
この時韓退之には、病身の娘がいたのだが……」
そこまで言って、直正は口をつぐんだ。その娘は、道中で息を引き取るのである。
ちなみにこの韓愈の「左遷至藍関示姪孫湘」 という詩は、稲葉一鉄の茶室に
飾られていたことでも知られる。当時としても有名な詩であったのであろう。
216 :
無名武将@お腹せっぷく:03/09/10 08:41
妹に欲情するなんてありえない。
妹のいない奴のただの妄想。
>>216 醜い妹を持つと大変ですね
僕の妹は器量よしなので幸せです
欲情はしませんが
218 :
無名武将@お腹せっぷく:03/09/10 13:59
織田の鉄砲隊に2分で全滅。
219 :
無名武将@お腹せっぷく:03/09/10 14:06
定岡三兄弟が甲子園に飛ばされたら
rr二二二二二ニニニ--__、
r/r/l l r二二二二二二二二ニニ--_、
,'ニ三| | l 川川r二三三三三二=====ヽ、
,'二三三二川川川川川三三二二二=====ヽ
',二三;r'::::::::: ` ̄::::::ヽ二三三二=ヽ,
,'三=;/:::::::::: ::::::::`、二三三=ヽ,
;三=;;l:::::::::: :::::l三三三三ニ=ヽ
;二三:|:::::::,,,,,, ...,,,,,,,,,,, ::::l三三三三ニ=;
;三=;|::..kkkkkiiiiiis::.. ..::wlllffffffffffffffs ::::|三三三二二;;
;//;l:::: il' ` '' `ヾ、 :::ヾ三三三二ニ;;
l l l|:: _, -r。- 、 ::: ::: ,- r。-- 、_ ::::l三三三二;
l:l: l:  ̄ー  ̄ ̄_'.:r ヽ `  ̄ ̄ ー ̄ ::::|ヾヾヾ=r ̄ヽ
l l|::  ̄:/ ヽ ` ̄ ::::::|j'j'j'ヾ=f `l |
`ll: :| ヽ ::::|jjj:::`=f rノ ←村田銃三郎 ◆XJu3niw/cU
.| ,r---( _)ー 、 :::::::::::::::::〉ゝ r'
| |::::.:::::::::`⌒:ー:⌒' :::::::::::::.ヽ :::::::::::::l、_,|
.| |:::::::::::::- ― --―― 、..::::::::l :;:::::::::::::::|
ヽ ヽ ::::::く rtT_T T TコTt、ヽ::::::::| .:::::::::::::::|
ヽ ヽ::::::`、_`´ `´__/::::::ノ :::::::::::ノ
ヽ、 :::::::::::_::::::: ̄ ̄:::::::::::::;_:::::: ,:::::::::|
ヽ、::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::, ノ ..::::::;;;;:|
ヽ 、:::::::::::::::::::::::::::::::::::::: ................ :::;;;;;;;;;;::|
l ー――――-- ' ;;;;;;;::::::::::::|
>>220 村田はトリップ変わったよ。かなり前に。
さて、話の続きである。
「それでだ、その娘さんは寺にでも預けてはどうかと思うのじゃが……」
「それは、鞠絵を出家させるということですか?」航が訊き返す。
「いや、なにも出家しなくとも、わしが話を通せば、預けることはできる。
その娘さんは、なにも手術や強い薬が要るというよりは、静かな、空気のいい
ところで休むことが必要だろう」
「まさしく、その通りです」
確かに直正の言う通りであった。鞠絵は普段、環境のいい高原の療養所で暮らしている。
病は手術や投薬で劇的に治るようなものではなく、末永くつきあい、休みながら
体力を付けていき、克服すべき性格のものである。
「氷上に岩瀧寺という尼寺がある。そこには独鈷の滝をはじめとして滝が多くあり、
渓谷もある。水の良さは折り紙付きじゃ。それに、まだ氷上には光秀の手は及んで
おらぬ。どうだろうか」
「鞠絵は、どう思う?」と、振り返って訊いた。
「わたくしは……兄上様と……」と、ここまで言ってから、鞠絵がごほごほと咳をする。
「ねえ、鞠絵。僕たちはこれから、厳しい戦国時代で、あちこち走り回り、
戦い抜かなきゃならないんだ」
「しかし……」
「鞠絵には、落ち着いたところでゆっくりしていて欲しい。そうじゃないと、
僕も安心できない」
「…………」
「いつか、帰れる目途がついたら迎えに行くから。ね?」
「…………はい」
長い沈黙の後で、ようやく小さな声で頷いた。
「まとまったようでござるな。それでは、明日にも出発できるよう、こちらでも
準備を整えておく」
「はっ。ありがとうございました」
「このような、病床の娘さんを連れてまで、総出で旅に出ねばならんとはのう……」
そうつぶやきながら、直正が腰を上げる。
航と春歌は、家の外まで出て、直正を見送ろうとした。
玄関を出たところで、直正が立ち止まる。
「そういえば、街まで武器を買いに行きたいと申しておったな。この辺の道は
詳しくあるまい。そこで、この男を付けよう」
そう言って、連れてきていた供の一人を指差した。商人風の装束に身を固めた、
二十前後の男である。隙のないたたずまい、鋭い、しかも無表情な眼光。
装束こそ商人風であれど、一目で忍者とわかる風貌である。
スパイ行為という本来の忍者の役割を考えると、この男は忍者としては失格であろう。
それでも付けたのは、わざわざ忍者とわかる男を付けることで、航たち一行に対し
監視していることを示すためかもしれない。
「拙者、景信と申す者でござる」
その忍者が、手短に名を名乗る。無論、本名であろうはずはない。
後で、わざと違う名前で呼びかけてみよう、それで普通に返事をしたらからかってやろうか、
などと航は下らないことを考えながら、
「僕は……海神航といいます。そしてこれが妹の春歌、咲耶……」
と、自分と妹たちを紹介していった。ちなみにこの頃、「僕」という一人称は皆無
といわないまでも殆ど使われていなかったが、しかし「未来国」流の表現かなにか
として、通じているようであった。
「それでは……街まで、そろそろ出立しましょうか」
風呂敷包みのような物を持ち上げながら、景信が言う。
「え? もうですか?」
「早い方がいいでしょう。明智の軍勢がいつ来るかわかりません」
景信の言うことは、もっともである。
航は、家にいる鞠絵以外の妹を外に呼び出し、買出し班の人選を行うことにした。
「それでは、わしはこの辺で失礼するぞ」
そう断ってから、直正と供は去って行った。
妹たちは皆、適当に頭を下げて見送ったが、航だけは何を思ったか軍隊調の敬礼を送った。
「さて、誰に買いに行かせるかな。鈴凛は決定として。代表者の僕は家にいなきゃ
いけないし……」
そう言いながら妹たちを見回す。
「お兄ちゃま、花穂も一緒にお買い物行きたいな」
と花穂が言い出したが、例のドジで品物を駄目にされては困るので、却下する。
力のある衛を付けようかとも思ったが、しかし手元に置いておきたい気もする。
結局、洞察力のある四葉と、ある程度動ける咲耶を付けることにした。
「それじゃあ鈴凛、頼むよ」
と言いながら、支度している鈴凛の肩を航がポンと叩く。
「うん、任せてよ、アニキ」
そう言って鈴凛は笑うが、しかし航には一抹の不安があった。
「しかし鈴凛……この時代じゃ、相当原始的な物しか売ってないと思うぞ。
コンピュータの操作で作れる物なんてないし、作業は、力仕事になるんじゃ……」
心配そうな航に対し、鈴凛が右手を差し出す。
「?」
「あ・く・しゅ」
「?」なにか不可解ながらも、とりあえず鈴凛の右手を握る。そういえば、鈴凛の
手を握るなど、よくよく考えればほとんどない。
「あ……」手を握った瞬間、航は鈴凛の意図を理解した。
鈴凛の手は、女の子らしい柔らかさに、ある硬さが同居したものだった。
長年の機械いじりによって作られた無数のタコが、航の手にあたる。
これなら、大丈夫だ。この時代の粗末な材料や機材でも、立派な武器が作れるはずだ。
航はそう思った。そして、女の子らしくないと蔑まれながら機械いじりを
やめなかったこの妹を、改めて誇りに思った。
「それじゃね、アニキ」
鈴凛が、軽く手をあげて、歩き出す。
鈴凛・四葉・咲耶・景信四人の影が、段々と遠ざかっていった。
鈴凛たちを見送った航は、妹たちとともに一旦家に戻った。
しばらくして、直正に頼んでおいた食糧が届く。
想像以上に少ない、二食か三食分くらいにしかならない量である。
仕方なく、近隣の村か町に、食糧の買出しを出すことにした。
白雪、衛、花穂の3人に金を渡し、送り出す。
鈴凛らは出発が慌しかったため、鞠絵とのお別れができなかったが、
白雪ら買出し隊は、鞠絵とのお別れを済ませてからの出発である。
春歌は、護衛と相談役と、白雪がいない場合の炊事役として残してある。
航・春歌・可憐・亞里亞・雛子・鞠絵の6人で、翌日の朝を迎えた。
2隊の買出し隊が戻らないまま、日が高く上がる頃になって、家に一挺の輿と
数人の兵が訪ねてくる。どうやら、鞠絵を迎えに来たようである。
輿を持ってくるとは、予想以上の好待遇だ。
「さ、鞠絵。迎えが来たみたいだよ」
と言って、奥の部屋で休んでいた鞠絵の手を取る。
「兄上様……わたくし……」
鞠絵は、顔を下に向けたまま、中々立ち上がろうとしない。
「ね、鞠絵。昨日約束したろ」
「…………」
それでも鞠絵は中々動かない。表で、人夫や足軽たちがしびれを切らしているのがわかる。
航は、一旦鞠絵の手を離すと、背筋を伸ばしてため息を一つついた。
鞠絵はというと、しばらく動かなかったが、やがて下を向いたまま眼鏡を持ち上げて
目のあたりをこすったかと思うと、ようやく顔を上げ、腰を上げた。
「兄上様を困らせて……鞠絵、悪い子ですね」
航の目をまっすぐ見据える鞠絵の顔は、目が若干赤みがさしていたものの、
穏やかな、しかし決然とした、落ち着いた表情をつくっている。
「さ、行こうか」
手をつなぎ、肩を抱くように優しく先導すると、鞠絵は大人しく従った。
外に出る。
陽光の下、地面に置かれた輿は、思ったよりずっと小さいものだった。本当にこの
中に人が乗れるのか、と疑いたくなる。
航と鞠絵が、心配そうに輿を見回していると、一緒に外に出ていた春歌が、
「外見は小さく見えますが、中は意外と広いものですわ」
と口をはさんできた。
黙ってうなずき、鞠絵が輿に乗り込む。
二人の人夫が、前後に分かれて担ぎ棒を肩に乗せ、持ち上げる。
数人の足軽も立ち上がった。足軽の他に、一人の老婆も同行するようだ。
輿の御簾が上がった。
「兄上様……」
鞠絵の、透き通るように白く、そして蒼い顔が、暗い輿の中で浮き上がって見える。
「鞠絵……」
なにか気の利いた言葉でもかけようと思ったが、これしか口からは出てこなかった。
輿が、動き出す。
角度が変わり、鞠絵の顔が見えなくなる。
護衛の兵や老婆を連れ、輿が遠ざかって行く。
ここで航は、足の横で「ぐすっ、ぐすっ」と音がしているのに気付いた。
見ると、見送りに出ていた雛子が、目に涙を浮かべ、鼻をすすりながらも、
一生懸命泣き出すのを我慢してる。
「雛子……。大丈夫だよ、また会えるよ」
航は、雛子の前にしゃがんでから、頭をなでてやった。
「雛子ちゃんは、とても感受性の強い子ですから……」
春歌も、航の横に並んでしゃがむ。
「ぐすっ……おにいたま……ぐすっ」
泣きそうな雛子の頭を、黙って撫でる。
「ところで、兄君様……」
春歌が、そう言ってからあたりを見回し、また小声で続ける。
「兄君様、これでよかったのでしょうか」
「これでって?」
「鞠絵ちゃんです。鞠絵ちゃんは、これで赤井家や波多野家の手のうち……」
「でも……そうすれば、とりあえず赤井さんは自分たちを信用してくれるんじゃないか。
仕方が、ないよ……」
「兄君様……やはり兄君様も、そのおつもりだったのですね……」
「…………」
「鞠絵ちゃんが今日、従う気になったのも、そう気付いたからみたいでした……」
「…………」
航は、春歌の言葉には答えず、黙ったまま立ち上がった。
雛子を抱きかかえ、部屋に戻る。
居間に座ると、戻ってきた可憐に雛子を預け、航は座布団を枕に横になった。
白雪・花穂・衛の食糧買出し隊が帰還してきたのは、その翌日の朝であった。
土間に敷かれたゴザの上に、米や粟・稗、大根や人参などが積まれる。
白雪らは休ませて春歌に調理を任せ、8人で昼食を摂る。
昼過ぎには、城から直正と、数人の武士が訪ねてきた。
竹刀や木刀を持ってきており、どうやら剣術の稽古をつけてくれるようである。
そういえば、そんな話をしたような気もする。
航・衛・春歌・可憐・白雪の5人が稽古を受けるが、可憐と白雪は早々に脱落した。
元から薙刀の段持ちで弓道その他のお稽古事を受けていた春歌と、類まれな
運動神経と馬鹿力の持ち主である衛はめきめきと腕を上げたが、航の成果は
芳しくなかった。
明日からは直正は来ないものの、部下を派遣しての稽古は続けてくれるとのことである。
それから3日ほど稽古の日が続いた。
ようやく鈴凛たち、武器材料の買出し隊が帰還してきたのは、その3日目の夕方であった。
景信はというと、どこかで入手したらしい馬の綱を引いている。
荷物の大半は、馬の背に積まれているようである。
大量の物資を、家の居間に積み込む。
「お疲れさん、鈴凛」
航は、縁側に腰掛ける鈴凛の肩をポンと叩いた。
「アニキ……。予想以上に原始的な物しか買えなかったよ。鉄砲も欲しかった
んだけど、高くて。火薬も少ししか買えなかったし」
「そうか。ま、今日はゆっくり休むといいよ」
航のその言葉に、鈴凛が首を横に振る。
「駄目。少ししたら、すぐに武器を作んなきゃ。戦が近い気がするんだ」
「そうか……。鈴凛がそう思うなら、そうした方がいいかな」
と言って、鈴凛から離れ、咲耶と四葉のところに行く。
2人は、ぐったりして畳の上に横たわっていた。
「こんなになって……。2人とも、一生懸命手伝ったんだね」
「そうでもありませんよ」
横から、景信が口を挟んできた。
「そうでもないって?」
「はい。このお二人、特に姉の方は荷物を持つのを嫌がったので、馬に積めなかった
分はほとんど拙者と、あの娘さんが背負いました」
そう言い、景信が鈴凛を指差す。
足元では、横になりながらも咲耶が「しまった」という表情を浮かべている。
しかし航は苦笑しただけで、咲耶と四葉を叱る気にはなれなかった。
「ね、四葉。街はどんな感じだった?」
と尋ねるが、四葉は歩き疲れたのか「チェキ……」と答えただけであった。
「ところでこのお嬢さん、よく『チェキ』という言葉を使ってましたが、
どういった意味の言葉なのでしょうか」
景信が訊いてくる。
航は、「それは……」とだけ言ってから口篭もった。
航にもよくわかっていないのだから、説明のしようがない。
一応、英語の「check it」が語源のようであるが、これはもはや形態上の
語源に過ぎず、もはや意味はそれにとどまっていない感がある。
「……まあ、強いていえばただの口癖ですね」
本当に、そうとしか説明のしようがない。
「なるほど……」
と景信は口ではそう言ったが、明らかに納得していない様子であった。
そうこうしている間にも、白雪と春歌と花穂によって、夕食の準備が進められている。
前は可憐も手伝っていたが、あまりに料理が下手過ぎる上、上達の兆しもないので
外されている。花穂の方は、頑張れば上手くなると判断されたため、手伝っているのである。
航は、何気なく台所の方を見た。米、人参などの野菜の他、鹿肉が調理されている。
これは、村で買ったものでなく、近くの山で衛と春歌が仕留めたものである。
航は、しまったと思った。景信という、明治以前の人間の前で、獣肉を調理しているのだ。
しかし景信は、その鹿肉を目にしているはずだが、まったく表情を変えず、気にする様子がない。
もっとも景信は、いつも無表情なのであるが。
しかし、自分たちは一応知らない国の出身であり、この国の人間ではないという
ことになっているのだから、いわば文化・習俗の違いとして大目に見てくれている
のかもしれない、そう思った。
支度が終わり、料理が膳にのって運ばれてくる。
縁側で、メモ用紙にボールペンを走らせ苦闘していた鈴凛も、航に促され居間に集う。
景信は、居間の隅の方ながら、当たり前のように参列していた。
可憐が、遠慮がちに「どうぞ……」と膳を差し出している。
航は、なんとなく景信を戦国時代人の代表といった意識で観察していた。
碗によそられた鹿肉の鍋を、当たり前のように食べている。
思い切って、
「肉食べても大丈夫なんですか?」と訊いてみた。
景信が、キョトンとした顔で「えっ?」と聞き返してくる。
航は、図らずも景信の表情に変化を与えるのに成功したことに気付いた。
「いや、いいんですけど……」
ここで会話を区切り、食事に戻る。
中世日本の肉食禁忌は、かなり誇張して伝えられていて、実際はこんないい加減なものなのかもしれない。
また、江戸時代以降は多少厳格になったとしても、それ以前はこんなものなのかもしれない。
または、景信の忍者という職業に原因があるのかもしれない。
やや硬い鹿の肉を噛みながら、航はそんなことを考えた。
その日の夜から、武器製作が始まった。
この時間になると、さすがに景信は家から追い出している。
最初は鈴凛が一人でやっていたが、手先の器用な白雪と春歌も手伝うようになった。
徳利や梅干用のような陶器壺など、小さな陶器に油やら薬やら入れ、布で蓋をしている。
あれはもしかして火炎ビンだろうか、と思ったが、しかし怖いので訊く気はしなかった。
とても危なそうなので手伝う気もしなかった。
しばらく見ていると、火炎ビンらしきもの作りは白雪と春歌に任せ、鈴凛は
鉄製の金具や鎖などをいじり始めた。
そうしている間にも夜は深まり、雛子や亞里亞、花穂といったあたりはすでに
布団に入っている。
「ねぇ……。ヒメ、そろそろ寝ていいですの? 明日の朝ゴハンの用意があるですの」
「あ、いいわよ。春歌ちゃんも寝ちゃって。私は続けるから」
鈴凛が、手元の鉄製部品から視線を動かさないまま答える。
「ね、鈴凛もそろそろ寝ようよ。長旅から帰ったばかりなんだし」
「アニキも先に寝てて。私はあともうちょっとだけ続けるから」
鈴凛がそう言うので、航は「そ、そう……」と答え、春歌や白雪とともに寝室に移動した。
翌朝。
白雪と春歌が朝食の用意をしている音で眼を覚ました。
そのまま起きて隣室に移動すると、鈴凛がまだ工具を片手に機械部品をいじっている。
「おはよ、鈴凛」
「あ、おはよう、アニキ。私、早起きしちゃった」
訊かれないでも自分から「早起き」と言う鈴凛に疑問を持った航は、鈴凛の前に
回って、その顔を覗き込んだ。
「やはり……凄く赤い目だな。ずっと徹夜でやってたな」
「そんなことないって」
鈴凛が、首を横に振りながらなおも作業を続ける。
早く休ませねばと思うが、普通に言ったところで聞き入れないだろう。
航は少し考えたが、その間に台所では朝食の用意ができたようである。
「ね、鈴凛。朝ご飯できたみたいだよ。さ、行こう」
「ちょっと待って。ここんとこの部品うまくはめたら」
鈴凛が、部品を相手に少しの時間、苦闘する。やがて、少し目処がついたみたいで、
「さ、早く食べてまた再開しないと」と言いながら居間に移動した。
「駄目だよ、少しは寝ないと」と言ってみたが、鈴凛はそれに答えなかった。
みんな揃って、質素な朝食を食べる。
航は、自分が大体食べ終わったので、横目で鈴凛を見てみた。
早く作業を再開するため、早飯でもう食べ終わっているかもしれない。そう思ったが、
しかし鈴凛は、半分くらい食べたところで、膳に突っ伏して寝息を立てていた。
作業中はずっと続いていた集中力が、いざ一旦作業を打ち切り食事に移ったことで途切れてしまったようだ。
ここで起こしたら、食事を終えた後また作業に入ることだろう。
そう考えた航は、起こさないようゆっくりと、鈴凛を寝室まで運び、布団に置いた。
体を壊さないよう、ゆっくりと休ませねばならない。
さて昼過ぎになると、黒井城から数人の武士がやって来た。
剣術の稽古をつけるためである。今日は、それに子どもが一人ついてきてるようだ。
まだ10歳にはいかないくらいの男の子である。
航は、自分の腕前がまったく上達しないので、この稽古が嫌になってきていた。
そんな航の思惑とは関係なく、村の広場に航と稽古に参加する妹が集められる。
航が内心面倒なのと恥をかきたくないのとが入り混じった気持ちでいると、
武士の一人が近寄ってきた。昨日までは見なかった、色の黒い引き締まった顔に
鋭い目を光らせている、やや痩せ型で中背の男である。
「拙者、中澤治部大夫と申す者でござる。ここの物頭はそなたでござろうか」
中澤治部大夫とは、丹波の土豪・中澤氏の出身で、赤井直正の軍師格の人物である。
「物頭? ……まあ、僕が当主みたいなものですけど」
「それでは、稽古をすべきところ申し訳ないが、話があり申す。どこか……」
「そうですね……」
と言ってあたりを見回す。稽古をしないで済むのは嬉しいながらも、治部大夫
もまた面倒なものになりそうで、航はやれやれといった心境であった。
適当に、人のいない民家を指差し、中澤治部大夫と一緒に入る。
中は、土間にむしろ敷きといった、貧しい作りである。
「ちょっと、床机でも持ってこさせましょうか?」
「いや、結構」
と言って、中澤治部大夫はむしろの上に腰を下ろした。
航も、向かいに腰を下ろす。
中澤治部大夫は、自分と航の間に、地図を広げた。丹波国周辺の地図である。
外から、剣術の稽古の声と、子どもが駆け回る声が聴こえてくる。
「さて、明智の動向でござるが……」
中澤治部大夫が、低くしわがれた声を出しながら、地図を指差した。
指は、黒井城の南東で、摂津との国境付近にある八上城の上にに置かれている。
「明智軍の主力は、ここで、城を包囲しているようでござる。だが、光秀本人は
ここにはおらぬ……」
と言って、指を動かす。今度は、丹波から外れた、摂津は石山城を指差した。
「光秀本人は、ここで石山本願寺攻めに参加しているようでござる。しかし、拙者の
読みでは、来月あたりにはまた丹波攻めに戻ってくるでござろう」
「ちょっと待ってください」
「なんでござろうか」
「この前攻めてきた軍勢、あれは明智軍の先鋒で、次に本隊が来るという話でしたが、
それはどうなったのですか」
気になっていたことである。先鋒隊を撃破して一週間以上経つが、一向に本隊が来る様子はない。
「うむ。それは、欺かれたのでござる。確かに、三千ほどの軍隊がこちらに来る様子を見せていたの
じゃが、結局引き返し、八上包囲の軍に合流しおった。先鋒隊にしても、こちらを牽制するのが目的
だったのでござろう。光秀としては、石山に行きまた還ってくるまで、八上の包囲を続けておれば
それでよかったのじゃ」
「ふむ……。では、戦は当分ないのでしょうか」
「いや……」と、中澤治部大夫が首を横に振る。
今度は、播磨の国一帯を指差す。
「ここでは、今年の二月に別所長治が信長に背いた。今、羽柴秀吉の軍勢が攻めて
いるところであるが、しかし我らを釘付けにするため、ここから二千ばかりの軍勢
をこちらに差し向けたようじゃ」
「二千ですか」
「うむ。我らでは、七〜八百がせいぜい。ここで、海神殿のご助力をお願いしたい」
「…………」
航は、黙ったまま顔を上げた。ついに合戦である。
外に目をやると、初春の日差しが地の雑草を照り返し、まぶしい。
そして、春の陽気ゆえか、話が差し迫ってきたためか、額に汗をかいていることに気付いた。
中澤治部大夫は開け放しの扉に背を向けているが、航は外の明るさを真正面に受ける位置にいる。
外では、雛子や花穂ら年少組と、城から来た子どもとが、駆け回って遊んでいた。
「わかりました。……お受けします。我々の活躍、ご期待ください」
少し笑みを浮かべ、航は力強くうなずいた。
やけの開き直りであるが、しかし中澤治部大夫は、その航の自身ありげな表情を見て、
顔の強張りを解き、ほっとした表情を見せた。航を頼もしげに感じたようである。
「今度の合戦に勝利した暁には、すぐ八上の救援に向かいたいが、そこでもご助力願えるだろうが」
「はい。ぜひ」
大体話がまとまってきたので、また外に目をやる。
亞里亞が、なにか知らないが泣いている。その横では雛子が、城から来た子どもにマウントポジション
を取ってボコ殴りにしている。子どもは、腕でガードするのが精一杯のようだ。
「光秀には、播磨攻めを手伝うという話もあるようじゃ。ぜひ、戻ってくる前に
八上の救援に行きたいものでござる」
中澤治部大夫が、また顔に険を作って言う。
「それはいいんですが……」
「なんでござろうか」
「いま外で遊んでる子ども、あれは誰かの子どもか何かでしょうか」
「ふむ。それは、赤井直正様の御嫡男、直義様じゃ。ここに可愛い女子(おなご)が
沢山いると誰かから聞いて、行きたいと言い出したのでござる」
「それは……現金なものですね」
航は、苦笑した。顔を上げると、件の子どもは、相変わらず雛子にマウントを取られたままである。
視線を下に戻した。丹波の南西にある黒井城は、播磨とも近い。
ここで今後の戦略について考えこもうとしたが、しかしその前に何かに気付いた。
また顔を上げ、子どもを見る。
「主君の嫡子になんてことを! 止めなきゃ!」
言って、急いで腰を上げた。
中澤治部大夫もまた、振り返ってその光景を見た。
雛子のマウントからのパンチを子どもが腕でガード、というのはさっきと同じであるが、
花穂が横で、腕を広げながら二人になにか話しかけている。レフェリーのつもりだろうか。
「雛子! その子どもは……」
「まあ、待たれよ」
中澤治部大夫が軽く立ち上がり、手で航を制した。
「所詮、子どもの遊びでござる。それより、話の続きじゃ」
「そうですか……」
外が気になりながらも、また腰を下ろした。
それから二人は、航の左腕の腕時計でいうところの、一時間ほど話し合った。
当時でいうところの、半時である。
丁度剣術の稽古も終わり、城から来た侍が帰り支度しているところだ。
「あ! おにいたま〜〜」
先ほど直義に猛烈な攻撃を仕掛けていた雛子が、また猛然と駆け寄ってくる。
ボスッ!と音がして、雛子の頭突きが航のみずおちに直撃した。
航が、よろよろと思わずうずくまる。この強烈なタックルがあれば、直義からマウント
を取るのもたやすいことであろう。状況を理解できない雛子は、なおもしがみついてくる。
雛子を適当にあしらった航は、なんとか立ち上がり、赤井直正の嫡子・直義のところへ行き、
「君が直正様の嫡子・直義くんだね。よろしく」
と適当に挨拶した。直義は、気の強そうな目の他は、いたって量産型の子どもに見える。
「では、拙者はこれにて」
中澤治部大夫が、航に軽く会釈して侍たちに合流した。
直義も一緒になり、城に帰って行く。
それをしばらく見送った航は、それから春歌たちとともに家に戻った。
早い夕飯の支度とともに、金槌の音も聴こえてくる。
いつの間にか鈴凛も起きて、作業を再開しているようだ。
合戦は、数日後に迫っている。だがそのことを、鈴凛に言う気にはなれなかった。
言えば、更に無理を重ねることは目に見えてる。
「ね、鈴凛……」
「アニキ。もうすぐ合戦なんでしょ」
「えっ!? そ、そんなこと……」
隠そうとしていたことをいきなり突きつけられ、思わず絶句した。
「ね、アニキの腕時計、作ったのはだ〜れだ?」
「あ……」
言われて気付いたが、今左腕に着いている腕時計は、以前鈴凛がいつも資金援助してもらってる
お礼にと作ってくれたものである。時刻・日付・ストップウォッチ・温度計・200M防水だけでなく、
NYやロンドンなど主要都市の時刻や、方位磁石、太陽電池での半永久使用、そしてアパトサウルス
が踏んでも壊れない耐久性、と非常に高性能なものであったが、しかし盗聴機能まであるとは
知らなかった。
「ピッチを上げて間に合わせるから安心して」
「そんな。鈴凛が無理をしたら、余計安心できなくなるよ」
「私は、大丈夫だから。もっと日にち迫って貫徹なんて時、いくらでもあったし」
「そう……」
なおも不安はあったが、しかし何を言っても鈴凛は聞き入れないだろうと思い、引き下がった。
その日の夕飯を済ますと、鈴凛は家を出て、同じ村のやはり無人の民家に移った。
作業の音でみんなの安眠を妨害するのを防ぐためである。それは、それだけ鈴凛が気合を
入れてきたことを示している。
春歌、白雪、そして航の3人は、夜遅くまで鈴凛を手伝ってから、家に戻った。
金槌とドリルの音は、航が寝付くまで、そして朝目覚めてからも続いていた。
翌朝である。無人の民家改め鈴凛の作業場まで、朝食に呼びに行く。
この後、少しの間寝るのがパターンのようであった。
作業場の中には、得体の知れない大きな機械が置かれていた。昨日、航も少し手伝ったが、
しかしこれが何であるか、航にもよくわからなかった。
朝食が終わり、鈴凛が眠りにつく。
布団まで運んだ航は、一旦その横に腰を下ろした。
その日の昼近く、もうすぐ城から剣術の稽古が来る時刻である。
馬に木材を載せた一団と、それと景信とかがやって来る。
ガヤガヤうるさく、この音で鈴凛が起きやしないかと危惧したが、案の定家から、
やや寝癖で乱れた髪と明らかに寝不足の赤い目で、鈴凛が出てきた。
景信に指示を出し、そして景信が人夫に指示を出す形で、木材を一箇所に集めさせる。
木材は、すでにいくらか加工されているようであった。
「こ、これは……?」
航は、慌てて鈴凛に駆け寄った。
「鈴凛特製・超強力投石機! たまにはローテクも作っておかないとと思ってね。
分解して簡単に持ち運びができて、強力なんだから」
「投石機……」
思わず航は考え込んだ。投石機とは、ある意味紀元前の兵器ではないか。
「これは、随分大掛かりな石弓でござるな」
ここで、景信が会話に加わってきた。
「石弓?」
鈴凛が訊きかえす。
「石弓は、木や竹でしなを作って、その戻る力で石を飛ばす武器でござる」
「この時代にもあったんだ……。知らなかった」
「石弓は、主に篭城する側が、攻め手の一人一人を狙って使い申す。しかしこれだけ大掛かりなら、
城攻めにも使えそうでござるな。しかし、野戦では使えないような……」
「その点は大丈夫。飛ばすのは、石だけじゃないから」
「炮碌玉の類でござろうか? 応仁の乱でも使われてましたな」
「う……」
鈴凛が絶句している。どうも、戦国時代の技術力というものを甘く見ていたようだ。
鈴凛たちが材料を買いに行った街にはロクな物が売ってなかったので、時代を見誤ったのだろうか。
「まあ、他にも用意してあるから……」
そこで話を打ち切ると、鈴凛は投石機の材木に鉄の機械部品を取り付ける作業を始めた。
重い材木を動かすのは大変であるが、運んできた人夫たちが作業も手伝うようである。
そうこうしているうちに、城からまた剣術の稽古が来た。今日も直義が一緒だ。
稽古に参加するのは、春歌と衛と航の3人だけである。咲耶は、手が荒れるからと参加を拒んでいる。
今日も直義は、雛子・亞里亞・四葉・花穂といったあたりと遊んでいるようだ。
稽古が終わると、春歌と航は鈴凛の作業場に向かった。
合戦が迫ったため、夕食の用意から春歌を外した。かわりに、やはり手が荒れるからと
武器製作の手伝いを拒んだ咲耶を、食事係にあてている。
夕食が出来ると、可憐が作業場まで呼びに来る。
こんな日が、3日ほど続いた。
朝。
村の中を、早馬が通り抜け、城へと向かう。
合戦の気配を察知した春歌は、航を起こした。
2人で他の妹を起こしてから、鈴凛を作業場まで呼びに行くため、家を出る。
「あ……」
思わず声が漏れる。
そこには、すでに準備を整えたらしい鈴凛がと景信が、20人ばかりの足軽に指示を出し、
木箱や鉄部品のついた木材を馬の背に載せていた。
「おはよ、アニキ。もういつでもOKだよ」
と、鈴凛がいつものウインクと、親指と人差し指でつくったお金マークを見せる。
鈴凛の目は……予想に反して、白い白目と黒目で構成されていた。
「昨日は……寝られたの?」
訊いてみる。
「うん。12時頃に全部完成したから。久しぶりにぐっすり寝たわ」
12時というのは、現代から持ち込んだ腕時計での時間である。そして今は、航の左腕の
腕時計で5時45分だ。ぐっすりといっても、5時間半くらいしか寝てないことになる。
その時丁度、城から伝令の早馬が駆けて来た。
伝令の男は、すっかり出来ている準備に少し目を丸くしながらも、
「坤(西南)の方角から、敵軍接近! 総勢二千。旗印から、大将は脇坂安治と確認!」
と用件を伝えた。
航が「了解」と答え、伝令がまた城に駆け去っていく。
その伝令とすれ違うように、城の方角からまた一騎、こちらに向かってきた。
あたりはまだ、陽がのぼってないので暗い。
早朝特有の、眠気と活力の入り混じったものが、胸のあたりにこみあげている。
航は、目を細めてみたが、その騎馬が誰かはわからなかった。
目の良い衛に訊いてみるが、しかし「知らない人だよ」と答える。
その騎馬は、航の横で馬を停めると、ひらりと駆け下りた。
やや痩せ型の、中背の男。手には、丸めて筒状にした地図を持っている。
中澤治部大夫である。
「海神殿。いよいよでござる。早速、打ち合わせをしましょう」
「あ、これは中澤さんでしたか。どうぞこちらへ」
と言って、前回と同じ無人の民家に招き入れる。
行灯の灯心にライターで火を点けると、2人で地図を覗き込んだ。
前回とは違う、範囲が狭いながら詳しく細かい地図である。
「敵は、この辺を通ってくるようでござる」
と、中澤治部大夫は現代では国道175号線が通っているあたりを指差した。
「そして、決戦の場は、ここ」
と、南北に流れる加古川に、東南から西北に流れる高谷川が合流する地点の、
内側つまり黒井城側の平野部を指差した。
だいたい話が終わり、民家を出る。
鈴凛の手伝いをする人夫が、合計で20人ほどに増えている。
「さて今回の戦、海神殿には足軽二十をつけまする」
中澤治部大夫が、人夫たちを見回しながら言った。
「ということは、僕は足軽頭ということですか」
「いかにも」
「で、……この人たちが、足軽なわけですか」
「……?いかにも」
中澤治部大夫が、なぜそんなことを訊くのかといった風に答える。
「海神殿には、後で軍議にも参加してもらいます」
そう言って、中澤治部大夫は城に方に戻って行った。
鈴凛の方を見ると、準備はすっかり出来て、もう出発するところのようだ。
「あ、鈴凛。もう出るの?」
「うん。現地で組み立てる時間も必要だから、今のうちに出ないと。戦場は、景信さんから聞いてるから」
「そっか。じゃあ、先に行っててくれ。すぐに追うから」
そう言ってから、家に戻る。鈴凛たちが、景信に足軽20人とともに出発する。
家に入ると航は、春歌を探した。
可憐に訊いて奥の部屋に行く。ふすまを開けるとそこには、袴姿に胸当てだけ着けた春歌が立っていた。
その横には、いつもの服装の上に腹巻(鎧)と脛当だけ装備した衛もいる。
「あにぃ。ボク、似合うかな?」
「ああ、とっても似合う。かっこいいよ、衛」
衛の身長は150センチであるが、平均身長が低いこの時代、衛に合う大きさの鎧は男物でも結構手に入る。
「兄君様。出陣でございますか」
春歌だ。現代から持ってきた薙刀を握り、かなり気合が入っているようである。
「うん。鈴凛は先に出発した。今回は、花穂・可憐・雛子・亞里亞は留守番で、
あとはみんな連れてこうと思う」
そう言ってから居間に戻る。みんな、亞里亞以外は外出着に着替え、一応用意はしてあるようである。
「咲耶・四葉・白雪は来てくれ。可憐に花穂、雛子と亞里亞は留守番だ」
指示通り、咲耶・四葉・白雪は、素早く立ち上がり、サッと荷物を背負った。
「花穂も行って……お兄ちゃまを応援したいな」
花穂が、バトンを片手に、少し寂しげな目で見上げてくる。
このバトンは、旅先でもチアの練習を欠かさないため持ってきたものである。
「うん。花穂のその気持ちは嬉しい。でも、戦場はすごく危険なところなんだ。
走って敵から逃げなきゃならないこともある。そんな時、絶対に転ばないって約束できる?」
「…………」
うつむいたまま、黙って首を横に振る。
航は、右手で花穂の頭に優しく触れた。
「いざという時は、花穂には雛子と亞里亞を連れて逃げるという、大事な役目もあるんだから。
頼んだよ」
航の言葉に、花穂が黙ってこくりと頷く。
花穂から離れると、今度は可憐が近寄ってきた。
「お兄ちゃん……きっと、戻ってきてね」
そう言って、可憐の両手が、航の右手を包む。不安気な色を浮かべた瞳。
雛子と亞里亞は、状況をよく理解できず、キョロキョロとしている。
「じゃ、可憐に花穂。雛子と亞里亞を頼んだよ」
そう言ってから、航は春歌たちとともに家を出た。
戦場まで歩く。
遠い。
途中で、後から来た赤井直正の本隊と一緒になった。
本隊から遅れないよう、足を速める。
加古川と高谷川手前の平野部に着いたのは、家を出て暫く経ってからであった。
244 :
村田 ◆manko/yek. :03/09/19 15:55
三戦板史上稀にみる超良スレほしゅ
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>>1>>1>>1>>1>>1>>1
246 :
無名武将@お腹せっぷく:03/09/19 21:35
駄スレで懸命に頑張る武田義信>>>>>>>>>>>>>>立て逃げ村田
248 :
無名武将@お腹せっぷく:03/09/19 21:44
さて、現場に着いた航は、あたりを見回して、鈴凛たちを探した。
わからない。
「ね、あにぃ。あそこの丘の上にいるよ、ほら」
衛が、向かって左に見えるやや高い丘の上を指差した。衛は視力がいい。
それにつられて、四葉も虫眼鏡で丘の方を覗き込む。見えるはずはないが。
「それじゃ、早いとこ鈴凛と合流するぞ」
そう言って航が駆け出すと、衛や春歌たちも続いた。
丘の上に着くと、鈴凛の指示のもと、すでに投石機は出来上がっていた。
全部で4体ある。中型である。
「あ、アニキ。遅いよ。もう準備完了。いつ合戦始まってもOK」
「ごめん、まさか、こんな早いなんて思わなくて」
頭をかきながら、鈴凛の横に並び、戦場となる平野を見下ろした。
今居る丘は、後ろの山から続き、平野部に張り出す形となっている。平野部とは、なだらかな傾斜でつながる。
「お兄様、これ」
咲耶が、双眼鏡を航に手渡した。
受け取って覗き込む。高谷川の向こう、山と山の間の道に、人の行列が充満しているのが見える。
脇坂安治率いる2000の軍勢である。
やはておもむろに双眼鏡から眼を離す。航は、知らぬ間に膝が震えているのに気付いた。
礼も言わずに、咲耶に双眼鏡を返す。見ると、咲耶の顔もまた、青白く生気のないものであった。
逃げ出したい。航は、そう思った。
確かにここは戦国の世であるが、なにもみんながみんな戦わねばならないということはない。
他に方法があったのではないか。戦場まで来て、そんなことを思う。
そんなことを考え込む。
そこに、伝令の馬が小走りで来た。
「海神航様。今から、軍議が催されます」
「うん、わかった。今行く」
そう言ってから、振り返る。
「春歌……一緒に来てくれないか」
「ワタクシですか? 今回の合戦は、武器の活用が肝要ですから、鈴凛ちゃんの方がいいんじゃ……」
「うん、アニキ。私が行くから」
「そうか……」
妹2人の意見だ。容れて、鈴凛とともに、本陣へ向かう。
本陣に着くと航は、勧められて床机の一つに腰掛けた。
その後ろに、立ったまま鈴凛が控える。
軍議に参加するのは、総大将・赤井直正、軍師格の中澤治部大夫、直正の弟で三尾城城主・赤井幸家、
直正の甥で高見城城主・赤井忠家、その他土豪2、3と、海神航である。
軍議の途中、独断で丘の上に陣取ったことについて、航は忠家から少し嫌味を言われたが、
中澤治部大夫が取り成した。
軍議の結果確認されたのは、基本的に相手の出方を見るが、横陣を組み、左翼に忠家、
右翼に幸家を配し、敵を牽制するとともに敵陣を横に引き伸ばし、直正率いる本軍による
敵本陣の中央突破を狙う、という点である。
軍議が終わり、持ち場に戻る。
「アニキ……。勝手に陣取る場所決めちゃって、ゴメン。アニキの顔潰しちゃって……」
「いや、いいって。中澤さんも、大掛かりな武器を使うには良い場所だって言ってたし」
「でも……」
そう言って、鈴凛がうなだれる。
航は、慰めようかとも思ったが気の利いた言葉が浮かばなかった。
丘の上の陣に戻る。
投石機を運び、組み立てた20人の足軽は、すでに軽装の鎧をまとい、槍や刀を手に、戦闘態勢に入っている。
見下ろすと、脇坂隊の先鋒は、すでに高谷川の渡河に入っているようだった。
手前では、赤井軍が横陣を整える。
前方では、脇坂隊が渡河した先から次々と、進軍しながら隊列を整えていく。
敵の陣形は、衡軛(こうやく)の陣のようである。
左右を前面に出して、中央を後退させる形だ。敵本陣中央突破を狙う赤井軍としては、
これは困難な局面となった。
鬨の声があがり、合戦の火蓋が切って落とされる。
丘の上の海神隊は、鈴凛の指示のもと、素早く投石機の発射態勢に入った。
敵とは、まだ距離がある。
海神隊の逆サイドでは、右翼の赤井幸家隊と、敵の左翼とがもう衝突しているようであった。
左翼の赤井忠家隊は、今海神隊がいる丘の横で停まったまま、敵を待って動かない。
どうも、本陣からそういう指示が出ているようである。
敵の右翼が近づいてきた。横位置はどうも、右翼の右端が丘を少しかするくらいである。
もう少し接近させたかったが、仕方がない。
足軽たちが、投石機にセットした物に、松明で火を点けていく。
鈴凛が右腕を高く上げ、そして勢い良く振り下ろした。
木のきしむ音、鉄の金具がうなる音。
そして、風を切って飛んでいく音。
4体の投石機から、セットされた物が一斉に飛び出し、
敵の右翼のが一群となって進む中に、次々と吸い込まれていく。
そして、爆音。煙。
一発は敵から外れ、人のいない草間に落ちたが、残りの三発はうまい具合に命中した。
一瞬、敵の動きが止まる。
景信が、赤い旗指物を持ってきて丘の端に立ち、鈴凛の方に振り返った。
鈴凛は、首を横に振る。
そうこうしている間にも、足軽たちは次弾の発射準備に入っている。
鉄具の力を借り、割合簡単に軸木を曲げてしならせ、一旦固定する。
そして、先端に陶器製の弾丸をセットし、突っ込んである布に松明で火を点ける。
流れるような作業に、航たちは指を加えて見ている他はなかった。
鈴凛が、振り返ってまた、大きく上げた右腕を振り下ろす。
またも、弾丸が発射された。
凄まじい爆音と黒煙が、敵陣から吹き上がる。
何が起こっているか航にはよく見えなかったが、横にいる衛の顔を覗き込むと、
両手で口を押さえ、驚いたような目をして青い顔をしている。
「お兄様、これ……」
咲耶が横から、双眼鏡を手渡そうとするが、航は首を横に振って拒否した。
わざわざ双眼鏡で見なくとも、どんな状態なのか想像がつく。
どうせ、黒焦げの肉片が散らばっているのであろう。
鈴凛が、景信の方を向いて「いいよ!」と叫んだので、
景信は赤い旗指物を上下に振った。
それを見て、左翼の赤井忠家隊が突撃を開始した。
砲撃によって乱れた敵右翼を、押しに押す。
逆サイドでも、赤井幸家隊がうまい具合に敵右翼を翻弄し、徐々に本陣から離していく。
「撃ちかた、やめ!」
鈴凛はそう叫ぶと、航たちのところまで来た。
「あ、鈴凛。もういいの?」と航が訊くと、
「一旦休憩ね。今撃ったら、味方に当たっちゃうから。でも、左翼がまた押しかえされたら、
また撃たないと」と答える。
「しかし、凄い威力だったね」
「最初の4発はね。あれには、いい火薬使ってお金かけたから。後の4発は、音と煙だけ」
「えっ……」
「ああ、勿体無かったな。最初に一発外しちゃって。土にあんな穴開いたけど、意味ないし」
「じゃあ、味方が押し返されたら、どうするの……」
「一応、弾は残ってるから。威力ないけど、それにこれもあるし」
そう言って鈴凛は、持ってきていた幾つかの木箱を開け始めた。
中から、得体の知れない黒い鉄の機械が覗く。
確か、航や白雪たちも製作を手伝った物であるが、何かはわからない。
丘の下からは、なおも喚声が聞こえてくる。
ともかく合戦は、まだまだ終わらないのか。航は、そう思った。
253 :
無名武将@お腹せっぷく:03/09/21 21:59
激しく地元に近いw
スレ主は地元の者か。
でないと、悪右衛門とか黒井城とか出てこないしな。
ちなみに自分の地元は光秀が築いた城のある町。
>>253 おお! 地元の方がおられたとは!
実は拙者は、yahooの地図やネットで調べただけだったり……。
そういえば、志茂田景樹が以前、人が入れないような山を戦場にして地元住民の
失笑を買ったということがありましたが、私も気をつけませぬと。
>254
正確に言うと、黒井城のある町(まぁ、春日町だね)に比較的近い
だけで、隣の京都府の者です。
も一つ言うと、石塔転用しまくりの城のある町。
今は地元はなれて一人で住んでますが、実家はその町にあります。
春日局が大河でやってた頃、黒井城見に行ったなぁ。なつかすぃ。
しかし、えらいマイナーどころ選びましたな。
>>255 なるほど……。今も立派な天守閣が残っている城ですな。見たところ、
なんか祟りのありそうな石垣の……。
そういえば黒井城は、斎藤利三が城主になって春日局はここで生まれたんでしたっけ。
このあたりを舞台に選んだのは……結構適当に決めた気もします……。
相変わらず丘の下では、合戦が続いている。
どうも心なしか、味方が押されているように見える。
「なあ、春歌。もしかしてこっち、押されてきてないか?」
と思い切って訊いてみた。
「ええ、確かに……」と、春歌がうなずく。
考えてみれば、見方の赤井軍は700〜800。軍議で聞いたところによれば、760である。
そして敵の脇坂隊は、総勢2000。これだけの差があれば無理もない。
右翼の赤井幸家隊も、上手い具合に敵左翼を引き離しているのではなく、単に
追われているだけかもしれない。
「ね、アニキ」
今度は鈴凛が寄ってきた。
「あ、鈴凛。ね、戦況についてだけど……」
「それよりアニキに春歌ちゃんたち。投石機の操作法覚えた?」
「え? 僕たちが操作するの?」
「…………」と、鈴凛は少し呆れたような表情を見せてから話を続けた。
「いい? こっち(左翼)の赤井忠家隊、どんどん後退してきてるから。こっちにも、
敵が来るかも……。投石機は私たちで操作して、それで手の空いた足軽を敵にあてた
方がいいと思うんだけど」
「ま、確かにそうだな」
鈴凛の言葉通り、このまま投石機の操作を足軽に任せていても、航たちはやる事がない。
「で、操作は覚えた?」
「うん、大体……」
と話しながら、鈴凛と航たちは投石機のそばに移動した。
その上で、「それで、ここの金具とここの金具を合わせて……」といった具合に鈴凛が説明する。
大きな軸木を後ろに倒し、軸木の端の方についた金具を、基部の金具というより機関部に組み合わせる。
その上でレバーを上げて、ジョイントした金具を固定。それから基部に付いたハンドルを回し、軸木を
十分にしならせ、軸木の先端に弾丸をセットし、レバーを上げて発射、といった具合である。
この基部の機械に、色々仕込んであるらしかった。
足軽たちは松明で弾丸に火を点けていたが、航たちはライターを持っている。
航たちが覚えたのを見て、鈴凛は足軽たちに投石機から離れさせ、臨戦態勢をとらせた。
航や春歌は、投石機のそばで待機している。
鈴凛は、戦場を見下ろしていたが、やがて航たちのところに戻ってきた。
「あ、アニキ。やっぱり押されてる。敵が来たら合図出すから、頼むね」
「うん。で、弾丸は……」
「威力あるのは残ってないから、その火炎ビンタイプの使って」
と、弾丸の入った箱のうち、上を向いて口に布の詰まった陶器を指差した。
「あ、そうそう。飛距離はある程度調整できるから。ハンドルの横に目盛りが
あるでしょ? 7くらいでいいから。それ以上は力いるし。方向は動かさないようにね」
それだけ言うと、鈴凛はまた戦場を見下ろせる位置に戻っていった。
3分くらいして、鈴凛が振り返りざま、
「早く! そろそろ用意始めて!」と叫ぶ。
航は、一人で軸木を後ろに倒そうとした。しかし、重い。傍目には簡単そうに
見えたが、軸木の弾丸をセットする反対側にも、重石が付いているのだ。重量自体は、
反対側の方が重いくらいか。航はたまらず助けを呼んだ。
他の投石機についていた春歌がまず駆けつけるが、動かない。衛が来て、ようやく
セットできた。ハンドルを回し、弾丸を先端に乗せる。
この調子でもう一台の投石機もセットしたところで、鈴凛が発射の指示を出した。
すかさず、航と衛は、それぞれ弾丸の布にライターで火を点け、機関部のレバーを上げた。
木のしなる凄まじい音がして、2つの弾丸が風を切り頭上を飛んでいった。
そこで航が横を見ると、咲耶・四葉・白雪の3人が、投石機のセットに苦労している。力のない
この3人では、投石機のセットは無理だろう。
航は手伝おうとした。
しかしそこで鈴凛がこちらに走り寄ってきた。
「もう投石機はいいから! 近づいてきてる!」
「何! 本当か!」
航が走って丘の端まで行き、見下ろす。
遠く、敵軍のところで火が広がっている。これが、先ほど投石機で撃った火炎ビンだろう。
近くを見ると、「輪違い」の家紋を染めた旗指物が、すぐ近くまで迫っていた。
それどころか、何人かの足軽が、丘の傾斜を登ってきている。
矢の一本が、敵足軽の足元に落ちた。
横を見る。春歌だ。春歌が弓を構えている。現代で弓道の段を持つ春歌も、
戦国時代の弓の扱いにはなれていないのだろうか。
しかしもう一回弓をつがえ、射ると、今度は足軽の顔を射抜いた。
残りは、味方の足軽が突き殺す。
航は一旦、弾丸や得体の知れぬ機械など、持ち込んだ物資を置いたところまで戻り、
刀を持ってまた元の場所に行った。
見下ろす。味方の赤井忠家隊が後退するに従って、さらにこちらへ近づく兵が増えてきている。
春歌が、位置を変えながら射撃を続ける。
その時、敵足軽の一人が、春歌や足軽の弓、足軽の槍をかいくぐり、突進してきた。
まずいことに、航に向かって走ってくる。
逃げようと思ったが、足が動かない。
仕方なく、航は刀を下段に構えた。敵は傾斜の下から来て、しかも背はこちらのが
高いのだから、構えは間違っていないことはない。
航から離れた位置にいた春歌が、事態に気付き、その足軽の方向に向き直り、射た。
外れる。
足軽はもう、航の目の前だ。
一応航も、城から来た侍に剣術の稽古は受けている。腹をくくった。
足軽が打ち込む。なんとか、刀で受ける。
それと同時に、航の刀が、吹っ飛ばされて宙に舞った。
足軽が、やや態勢を立て直しながら、丸腰の航に向かって刀を振り上げる。
鮮血が飛び散り、航の顔にかかった。
「ぐえ」と声がする。
航は死を覚悟し、この「ぐえ」という声は自分の声だと思ったが、しかし倒れたのは敵足軽であった。
「あにぃ、大丈夫?」
と、切っ先を赤く染めた刀を手にした衛が、横に立っている。
状況を理解できないまま、航は放心し後ろに倒れこもうとした。
しかし咄嗟に、衛に支えられた。
顔面蒼白でめまいがしながらも、衛の細い身体にしがみつく航。
そこに、景信がゆっくりと近づいてきた。
「駄目ですよ、とどめ刺さないと」
と言って景信は、仰向けに倒れてる敵足軽の首に、手槍を突き刺した。
ピクピク動いていた足軽が、見る間に静かに、動かなくなる。
「こういうのは、起き上がってまた襲ってくることもありますからね……」
景信は、死んだ足軽の顔を覗き込んだ。
「ふうむ……。若い、というより幼いな。もしかして初陣だったのかもな」
それから、景信が航の方に向き直る。
「場数の少ない足軽で良かったですね。熟練の足軽なら、刀を叩き落すのと航さんを
斬るのと、一太刀で両方できますよ」
それだけ言って、景信は丘の斜面の戦場へと戻って行った。
気が付くと航は、衛にしがみつく腕に、さらに力に込めているのに気付いた。
景信の言葉によってリアルに感じさせられた兵士の死。そして、寸前まで迫っていた
自身の死。二つの「おそれ」が、航の体を震わせる。
いつの間にか、衛の柔らかい、端正な顔が、間近に迫っている。
女性にしては高めである衛の体温が、航の顔に伝わってきて、航の心を少し落ち着かせた。
「あの、あにぃ。ボクも戻んなきゃ……」
衛が、航の腕を振り払って戦場に戻っていく。
航は、その場にへたり込み、「少しの間、休憩……」とつぶやいた。
航の耳には、合戦の刀と刀がぶつかり合う音、鉄砲の音、矢の音や喚声がなおも
聴こえてきていたが、しかしどこか、体育祭の最中に一人だけ保育室で横になり、
スタートの号砲や放送、客の歓声を聴いているような、そんな気分がしていた。
その頃現場では、赤井忠家隊がさらに後退しているに従って、丘に殺到する敵兵も
さらに増え、危険な状況となっていた。座り込んでいる航は一向に気付かないが。
鈴凛が、一旦後方の物資置き場に走る。
そして、合戦の序盤で航に見せていた、木箱の中の黒い鉄の機械を取り出す。
二つ、ある。
鈴凛は、衛や景信、足軽の一人を呼んで担がせ、また戦線に戻った。
少し間をおいて、今まで聴こえてこなかった、新しい異様な音が航の耳に入ってくる。
それと同時に、味方の歓声も聴こえてきた。
何が起こったのか。
さすがに航も立ち上がって、戦線に向かった。
「な、なんだこれは……」
航の足が、立ちすくむ。
地面に置かれた二つの鉄の箱から、猛然と矢が撃ち出されている。
乱射された矢が弾幕をつくり、敵兵を叩く。
矢で叩かれた兵は、何とか進もうとするが、やがて力尽きて丘の傾斜を転げ落ちる。
「な、なんだこれは……?」
と航は、鉄の箱を操作する鈴凛の背中に訊いたが、戦闘の最中であり当然のように無視された。
鈴凛、景信、足軽4名が、ある者は木で出来た枠型のカートリッジに矢をセットして渡し、
ある者はそのカートリッジを鉄の箱に差し込み、ある者は鉄の箱を操作して矢を発射していく。
これが二台あるわけである。
矢の弾幕を前にして、敵は中々近づけない。
脇にそれて丘に登ろうとする兵も、春歌や足軽の弓に射抜かれる。
「連弩か……」
ようやく納得したように、航がつぶやく。
今日の鈴凛のテーマは、「ローテクの美学」のようである。
投石機にしても連弩にしても、この時代からしても大昔、紀元前後の武器である。
それを、戦国時代にも通用させている。
連弩から放たれた矢は、弓に比べると飛距離も威力も劣るようである。が、この弾幕、
いや矢幕というべきかは、脅威だ。
飛距離の違いを利用し、敵の弓足軽が遠巻きに鈴凛たちを狙ってくる場合もあるが、
これは弓を持つ春歌や見方の足軽が射殺する。
丘の下に目をやると、連弩効果か、さっきまで押されていた赤井忠家隊が盛り返してきていた。
状況の変化に、勝利を確信したその時だった。
銃声が、空気を切り裂いた。
航の耳、鼓膜を震わせて、後方の木に着弾する。
ここでも、木の弾ける凄まじい音がした。
連続して轟音が鳴り響き、足元や、投石機や、足軽の一人に、次々と銃弾が当たる。
鉄砲隊と対面するのは、初めての経験である。足軽たちはともかく、航や鈴凛、
春歌など、現代から来た連中はみな、顔面蒼白になり、取り乱している。
どうやら敵は、本隊に配備していた鉄砲隊を、こちらに回してきたようだ。
鉄砲は、弓や鈴凛製連弩より射程距離が長い。投石機もかなりの飛距離を誇るが、特定の
目標を狙うような性能はない。
つまり、鉄砲隊を差し向ければ、好きなように嬲り殺しにできるはずなのである。
航はたまらず、「後退!」
と叫んだ。まだ耳はキーンとしているが、しかし敵鉄砲隊は弾込め作業中らしく、
声がかき消されることはない。
航と妹たちは、一目散に戦線から離れ、後方に下がろうとした。
投石機の前で立ち止まる。
一応、車輪がついているので引っ張ったり押したりして動かすこともできるが、
基本的には分解して運ぶようにできている。それにこの丘の背後は、山である。
ここに投石機を持ち込むのは不可能だ。捨てていくのが当然だろう。
航がそう判断した、その時だった。
「お待ちくだされ!」
と、景信が航の服の後ろ襟を掴み、止める。
「は、放してくださいよ!」
航が、景信の手を振り払おうと暴れるが、しかし手は襟を掴んだままだ。
「落ち着いてくだされ。まだ大丈夫でござる」
「だって! あんなに遠いんですよ! あんなに遠いのに届いてるんですよ!」
と、300メートル彼方の鉄砲隊を取り乱しながら指差す。
「確かにあそこからでも弾は届きまする。しかし、あそこから狙うのは無理でござる」
景信の言っているのは、最大射程と有効射程の違いである。火縄銃の有効射程は、大体100メートルくらいだ。
「その証拠に、ご覧くだされ」
そう言って、先ほど火縄銃を食らった足軽の一人を指差した。
弾は大腿部に当たったようであるが、血を流しながらもなんとか立ち上がり、弓をつがえている。
火縄銃も、これだけ離れれば威力も大分弱まるようである。
「ほれ、春歌殿たちを見てくだされ」
景信の言うとおり、春歌と鈴凛は、戦線に復帰してそれぞれ弓と連弩を操作している。
しかし、衛・咲耶・四葉・白雪は、あるいは地に伏せ、あるいは投石機の陰にかくれている。
つまり、鉄砲によって海神隊は崩れかけているのであるが、しかし敵が海神隊のいる丘に殺到、という
事態にならないのは、味方の赤井忠家隊が押し返してきているからであった。
「来るわ!」
咲耶が叫ぶ。咲耶は、双眼鏡で敵鉄砲隊を監視していたようだ。
弾込め作業が終わったのを見て、警告を発した。
急いで春歌に鈴凛、それと足軽の数人が伏せる。
それと同時に銃声。
砕ける音。悲鳴はない。しかし、さっきより近い。鉄砲隊は、接近してきている。
またも轟音を聴いて、航は倒れこみかけたが、景信の手で支えられた。
「仕方ない。とりあえず、そこの投石機の陰にでもかくれてて下さい。しかし、
くれぐれも逃げてはなりませんよ」
そう言って景信は、航を投石機の陰に押し込むと、また戦線に戻って行った。
矢が放たれる弦の音。刀と刀が打ち合う金属音。それらが、投石機の陰にいる航の耳に届いてくる。
航は、背後に気配を感じて、振り返った。
「あっ!」
思わず声を上げる。馬だ。分解した投石機をここまで運んできた荷駄馬である。
こんな大きな動物が間近にいるのを見て、航は肝を潰した。
思えば、馬と触れ合った経験は、亞里亞の屋敷で乗ったことがあるくらいで、ほとんどない。
鈴凛が、他の投石機の陰に駆け込んできた。投石機は全部で4体ある。
鈴凛まで逃げてきたということは、それだけ鉄砲隊が近づいてきているということだ。
銃声。
航が隠れている投石機の軸木に、当たった。凄まじい破壊音。
足軽の悲鳴も聴こえてきた。近い。
景信が、航のいる方に走ってくる。
「ちょっと、景信さん! あんたまで逃げるなんて……」
航の言葉を無視したまま景信は、航の横を通り過ぎた。
そのまま、荷駄馬の一頭に飛び乗る。
「いいですか? 鉄砲というのは、一回撃ってから次の弾を込めるまで、かなり
手間がかかるんですぞ。そして、その弾込め作業は、複雑ですから、頭が指示する
のでござる」
そう言うと景信は、馬に乗ったまま姿勢を低くして、投石機の陰にかくれた。
少しして、また銃声が鳴り響く。一斉射撃である。
その時だった。
景信が、馬の腹を蹴って猛然と鉄砲隊に突っ込んだ。
なるほど。
267 :
無名武将@お腹せっぷく:03/10/03 22:10
期待age
あぼーん
あぼーん
元ネタ知らんのに記念カキコ。ついでに期待保守。
鉄砲隊の方では、指揮官らしき男が、大声をあげて弾込め作業の指示を出している。
火縄銃の発射プロセスは複雑で、火薬の量などの加減も難しいので、経験の浅い鉄砲隊の場合は
指揮官の指示が重要になる。
鉄砲足軽たちが、一斉に棒で筒内の火薬カスをこそぎ落とす。
火縄銃は、何発か撃つと筒内に火薬カスがこびりつくので、定期的にこそぎ落とすか、
または小さめの弾丸に換えるかしなければならない。
これだけ敵と接近したところで砲身掃除を行うというのは、今日のこれまでの戦闘で手入れを
怠ってきたか、油断があるかのどちらかであろう。
景信が、鉄砲隊まであと80メートルの位置まで迫る。単騎での接近なので、気づかれていない。
銃口を吹いて火薬カスを飛ばすと、今度は銃口に火薬と弾を入れ、さくじょうで突いて固める。
景信は、50メートルまで迫る。鉄砲隊も、接近に気付きペースを上げているかに見える。
景信の乗っている馬は、当然ながら日本在来種である。見ている航は、遅い、と思った。
1861年から、横浜の根岸で外国人によって始められた洋式競馬(居留地競馬)は、
当初はジャパニーズ=ポニー、つまり木曾馬や北海道和種などの日本在来種と、
チャイニーズ=ポニーと呼ばれたやはり小型の中国在来馬を使用して開催されていたが、
サラブレッドなどの軽種馬が導入されるに至って、これらのポニーは競馬から駆逐されていったという。
突進する景信の馬を見ながら航は、これなら衛に走らせるかスケボーに乗って突っ込ませるか
した方が良かったかもしれない、と思った。
ともかく鉄砲隊は、火蓋を開け、火皿に点火薬を入れる段になっている。
ここで、20メートルほどまで接近していた景信が、胸元から光る何かを取り出し、投げつけた。
「あっ」
と叫び、鉄砲隊の指揮官が倒れる。
どうやら、手裏剣の類を投げつけたようである。例の丸にトゲが生えたものではなく、
短剣状の棒手裏剣のようだ。
指揮官が倒されたことで、鉄砲足軽たちの作業が、急にぎこちなくなり、滞る。
丘の上から見下ろしていた航は、鉄砲隊に混乱が広がるのを観察し、胸をなで下ろした。
その時だった。
航の横を、春歌がやはり馬に跨り通りぬけ、鉄砲隊の方向に丘を駆け下りて行く。
航は咄嗟に「待て!」と叫んだが、止まる様子がない。
下の戦場では、景信が刀を振るい、鉄砲隊の指揮官に斬りかかっている。
手裏剣を受けても、致命傷にはならなかったらしい。
敵の足軽が助けに入るが、味方の赤井忠家隊がそれに襲いかかる。
鉄砲隊指揮官は、応戦しながら何やら叫んでいたが、足軽の槍を首に受け、今度こそ斃れた。
これで鉄砲隊の動きを止めることはできたはずだが、
航の眼下では、その景信や敵の鉄砲隊に向かって、春歌がなおも突進している。
なぜ急いで馬を走らせているのか、航にはわからない。
その時、2発の銃声、いや、1発の銃声と1発の爆発音がなり響いた。
鮮血を散らしながら景信が、馬から転げ落ちる。
見ると、鉄砲足軽の一人が持つ銃口から硝煙がたなびき、
その1人置いた隣では、やはり鉄砲足軽の一人が、後部が砕けた火縄銃を抱え自身の
無残に砕けた頭部を晒しながら、あお向けに倒れている。こちらは、弾込め作業
に誤りがあったのか、火薬の量を間違えたのかで、どうやら暴発を起こしたらしい。
残りの鉄砲足軽たちも、あるいは銃を構え、あるいはまだ慎重に弾込め作業を行っている。
ここで航は、ようやく春歌の意図に気付いた。
春歌が、景信まであと十歩ほどのところまで近づくが、しかしここで敵足軽が斬りかかった。
馬を下り、薙刀で応戦する。
馬上で武器を振るうのは、意外と難しい。春歌は、ドイツにいた頃には何度か乗馬の稽古
を受けていたが、日本に来てからは各種武道や茶道、舞踊などばかりで、馬に乗るのはあまり
習熟していない。そこで、馬を下りて応戦したのである。
見ている航は、馬上の利を活かさないことに不満を感じたし、それに春歌自身としても、
少々不本意ではあったが、しかしこの時代騎馬武者が下馬して戦うのは珍しいことではない。
さて、春歌と足軽が何合か打ち合ううちに、味方の足軽が割って入ったので、これに
任せて春歌は、跳躍して鉄砲足軽の一人に斬りかかった。
血が宙に舞い、鉄砲足軽が火縄銃を構えたまま倒れ、そのまま銃声が響く。
どうやら、引き金を引く寸前だったようだ。
そのままさらに、薙刀で横にいた別の鉄砲足軽を斬り捨てる。ここで、弾込めに手間取っていた
一人が、銃を捨て刀を抜き斬りかかってきたが、これもサッとかわして背中を斬る。
しかしそこから少し離れたところでは、ようやく作業を終えた一人の鉄砲足軽が、春歌に照準を合わせていた。
味方の足軽が、押し寄せてくる。
それを確認すると春歌は、地面に倒れている景信のところに駆けつけた。
景信は、うずくまったまま、右手で左ヒジを押さえている。脇腹からも血が流れ、
地を赤茶色に染めていく。
春歌は、まわりに敵足軽がいないのを確認すると、
「大丈夫ですか!?」と声をかけながら、景信を担ぎ上げた。
「拙者に……構うな。そんなことより……敵の鉄砲を拾っていってやれ。あの、髪の
短い娘が、鉄砲を欲しがっていたぞ」
景信がうめくように答える。髪の短い娘とは、鈴凛のことであろう。
春歌が倒した鉄砲足軽の持っていた火縄銃は、しばらくは死体の手に、あるいは足元などに
あったが、こうしている間にも敵の足軽が回収していっている。
春歌は、それには答えず、自分が乗ってきた馬の背に景信を横たえて乗せた。
その時、空気を打ち破り、銃声がなり響いた。
撃ったのは、先ほど装填作業を終え、狙いをつけていた一人である。
「あっ」と声をあげ、赤井忠家隊の足軽が、一人倒れる。
春歌が下がり、忠家隊が戦線を上げてきたため、狙いを変えたのであろう。
春歌は少し振り向いて、銃を撃った鉄砲足軽がそそくさとまた後方に下がっていくのを
確認すると、馬を引いて丘の上に向かって走った。
走りながら、丘の上に向かい、
「衛ちゃん!」と呼び出す。
春歌の声を受けて、衛が凄い勢いで丘の斜面を駆け下った。
衛の足は速い。
まだ中学生であるが、100メートルを12秒台で走ることができる。陸上部などからは
熱心なスカウトを受けているが、断っているという。
丘の上から、春歌のいる地点までは、赤井忠家隊が前進したことにより安全圏となっているので、
瞬く間に衛は春歌のところに着いた。
「で、春歌ちゃん。どうしたの?」
「衛ちゃん。これお願い!」
そう言って春歌は、馬の手綱を衛の手に渡し、また敵陣の方にキッと向き直った。
衛はというと、しばらく逡巡してから、おもむらに手綱を引いて丘の上に戻る。
本陣、つまり赤井直正隊の方で、銅鑼がなり響いた。
急に、馬蹄の音が、地面の振動とともに伝わってくる。
ついに、ここまで温存してきた直属30騎を投入するようだ。
この30騎は、黒井城近辺での夜戦で、やはり終盤に投入され明智隊を撃退するのに活躍した
30騎である。
敵の脇坂隊は、左翼を引き離され、右翼を押し戻され、本陣が丸裸に近い状態となっている。
地表を揺るがせ、馬蹄の音と咆声とともに、30騎とその供回りが突っ込む。
それと同じくして、春歌も本陣目指して地面を蹴った。
土煙をあげながら、一塊となった30騎およびその供回りが、敵・脇坂隊本陣へと、矢のように突き進む。
先端では、供回りの歩兵が弓を射掛ける。馬上からも、騎射を行う。
もっとも矢は、木や青竹などで作られた盾によって防がれるのでほとんど当たらないが、
しかし盾から身を出すのが難しくなる。
30騎の他にも、本陣付け足軽100名ほどが、右から迂回する形で、敵の左側を突こうと動き出す。
両軍から起こる叫声が、頂点に達した。ついに先端がぶつかったのだ。
30騎の武者が次々と、さっそうと馬から降り、刀や手槍を手に斬りかかっていく。
中には、騎乗したまま馬上で刀をふるう者も見られる。
脇坂隊の前衛が崩れかけた。
しかしすぐさま後方と右側から兵を、前衛と、赤井直正隊の足軽が迫ってきている左に回した。
脇坂隊右翼は、赤井忠家隊に押されているが、しかし両軍は全力でぶつかり合っており、忠家隊には
脇坂隊本陣に兵を回す余裕はない。
その、かなり薄い状態となっている脇坂隊本陣右側面に、春歌がただ一人で接近していた。
一方その頃、海神隊が陣取っている丘の斜面では、衛が馬を引くのに悪戦苦闘していた。
衛は、現代でもこの時代に来てからも、馬に触れたことはまったくない。自慢の怪力に
任せて手綱を引っ張ろうとするが、しかし気の荒い日本在来馬は反発し、一向に進まない。
さすがに見かねて、丘の上から鈴凛が駆け寄り、代わりに手綱を受け取った。
「あ、鈴凛ちゃん、ごめん。ぜんぜん言うこときかなくて……」
と、手綱を渡す。
鈴凛もまた、現代では動物に全く触れない生活を送っていたが、この時代に来てからは、
武器材料の買い出しや投石機の輸送などに馬を用いている。
現代で馬になれていたのは、ドイツでならっていた春歌と、自身は乗らないものの
自宅の庭でダービーを開催したりする亞里亞くらいであろうか。
鈴凛は、苦労しながらも、衛よりはずっとスムーズに、丘の上の陣まで馬を運んだ。
航から指示を受けた咲耶と白雪が、地面にゴザを広げる。
衛と鈴凛は、2人で力を合わせて、馬の背から景信を下ろすとそのゴザの上に寝かせた。
馬が暴れかけたせいかどうか、景信の脇と左ヒジからの出血はひどくなっている。
「誰か、手当てできる人は!?」
と、航はあたりの足軽たちを見回した。
景信はこの合戦で、海神航麾下の足軽たちを実質的に指揮し、また鈴凛らと一緒に
物資の買いつけに行くなど兄妹たちと行動をともにすることが多く、この時代における
通訳のような存在となっている。航たちにとって、必要な人物である。
足軽の中から、一人が汚れた布きれのようなものを出してきた。
これで傷口を巻けということらしいが、ともかく救急医療の知識を持った者は、
ここにはいないらしい。冷静に考えれば当たり前のことだが。
妹たちの中では、鞠絵が看護士を目指しており、怪我の応急処置についても勉強
して詳しかったかもしれないが、残念ながらこの場にはいない。
ともかく、とりあえずは傷口から弾丸を摘出しないと、と思った航は、
何を思ったか白雪の名を呼んだ。
「なんですの? にいさま」
白雪が寄ってくる。
「ああ。銃弾を摘出してみないか? 肉の扱いにはなれてるだろう?」
一応、訊いてみる。
白雪は、料理が得意で、この時代に来てからも当然のように炊事を担当している。
仕留めた鹿の解体なども白雪に任せた。現代でそんなことをやらせたら、「残酷ですの」
などと言って嫌がったり、やっても後でトラウマになりそうだが、しかしこの
まったく違う時代に放り込まれ、また危険な目にも遭ってきたがために、ある意味では
荒んできたのか、鹿の解体も平然と行っていた。
「弾の摘出……いい刃物はありますの?」
やる気のようだ。
「やってくれるのか。じゃあ、このナイフを使ってくれ」
と、航は荷物入れからサバイバルナイフを取りだし、白雪に渡した。
これは、衛が現代から持ってきたものである。刀などと比べ、あまりにも刃が短いので
実戦では使えないが、各種作業で使うにはこの時代の物より使い勝手がいい。
「にいさま、ライターくださいですの」
と言うのでライターを渡すと、白雪はナイフをライターの火であぶり、熱して消毒した。
白雪の顔つきが、口を真一文字に結ぶ真剣なものとなる。
四葉と鈴凛が助手につき、仰向けに横たわる景信の左腕を、邪魔にならないよう上にあげた。
この左腕のヒジもまた、銃弾が貫通し血を流している。関節のところを貫通するようなら、
復帰が難しくなりそうだが、しかし幸いにも弾丸はヒジ関節のわずか上、上腕二頭筋のあたり
を撃ちぬいているようだった。
「景信さん、弾はヒジ関節をそれてます。ゆっくり養生すれば、動くようになりますよ」
と、航は声をかけた。景信は左腕が大丈夫かどうか、心配しているのではと思ったのだ。
ヒジ関節などと言われて理解できたのかどうか不明だが、景信は苦しそうな表情の中で目に笑みを浮かべ、
目で頷いた。
しかし、腕自体は何とかなりそうとは言っても、肝心の胴体が死んでしまえば意味はなくなる。
そこは、白雪次第である。
咲耶と四葉は、景信の着ける胴当ての紐を小刀で切ってこれを取り外し、その下に
着ていた鎧下胴着も切り、傷口を露出させた。
出血は、多いとも少ないとも言えない微妙な量だ。
279 :
無名武将@お腹せっぷく:03/10/17 20:41
エノキはゴミじゃない
これから、水か濡らした手拭いか何かで拭き、それから手術を行うのだろうと考えた航は、
水を汲みに行くため一旦その場を離れようとした。
しかしその航の耳に、コロンと、小さな物が転がる音が飛び込んでくる。
振り返った。
白雪が、ナイフを右手に持ったまま立ちあがり、左手の甲でその広い額をぬぐっている。
足軽たちが、もう景信の体に汚れた包帯を巻いてやっている。
目を離した隙に、もう弾丸を摘出してしまったらしい。
傷口を露出させただけですぐナイフを入れるとは思っていなかったし、たとえ準備が整っても、
恐がって中々手を出せないだろうと思っていた。
どうやら妹たちは、航の思っている以上にこの時代に適応してきているようだ。
ともかく航は、景信がどうやら助かりそうなのと、勝負の行方が見えてきたのとで、
安心してその辺の大きな石の上に腰を下ろした。
合戦の中心は、航たちのいる丘からかなり離れていっている。
赤井軍が攻勢に転じ、脇坂隊の本陣に殺到し、そこが合戦の中心となっているのだ。
そしてそこに殺到する武者の中には、春歌の姿もあった。
そういえば今日は、衛の誕生日であった。おめでとう!
あげてみる&二日遅れのハッピーバースデイ
マイシスター衛
脇坂隊本陣は、前衛と左側面に兵を回して固め、なんとか赤井直正隊に対抗している。
直正直属30騎の圧力を、脇坂安治本人が槍を手に持ち、声を出すことで耐えているようだ。
春歌は、薄くなっている脇坂隊右側面に迫っていた。
直正隊の何人かが、左から、つまり脇坂隊から見て右に回って攻撃をかけようとするが、
しかし脇坂隊前衛が出てきて、迂回はうまく行かず、正面攻撃に合流。そんなことを繰り返している。
その前衛が迂回部隊を撃退しているのに安心してか、春歌が側面に接近してもあまり気にかける様子はない。
見ると、脇坂隊の中では、騎乗した武士の姿がちらほらと増えてきている。後方の馬備えから、続々と馬が
引き出されているようだ。すでに撤退の準備に入っているのかもしれない。
ともかく、気付かれていないようではあるが、何も考えずに斬り込むわけにはいかない。その場で
薙刀を構えたまま、考え込んだ。
(…………)
春歌の近くで、何者かが囁く。
振り向いた。
(ねえ……春歌ちゃん……)
衛だ。太刀を持ち、いつの間にかすぐ隣まで来ている。どうやら、かなりのスピードで
走ってきたようであるが、息の乱れた様子はない。
(衛ちゃん……危ないから、戻った方が……)
(敵の大将は、あそこ。丸い輪っかが二つ重なった模様の旗の、向こうにいるよ。丘の上から見たんだ)
と、指差す。丸い輪っかが二つ重なった模様とは、脇坂安治の家紋の、輪違いのことである。長方形の
軍旗の、上と下に染め抜かれている。同じ旗はいくつも見られるが、衛が指さしているのはそのうちの一つだ。
(わかりましたわ……。では、衛ちゃんは陣に戻って……)
春歌の言葉に、衛は黙って首を横に振る。
(危のうございますわ……衛ちゃんは、まだ……)
(ううん。鈴凛ちゃんから、武器を貰ってきたから)
(そう……)
仕方なく諦め、春歌は視線を脇坂隊に戻した。
春歌の草履が、地面を蹴る。
それを確認して、衛のスニーカーも地を蹴った。
衛が、腰にかけていた小型の陶器を持って、口につめた布にライターで火を付ける。
そうしている間にも、陣まであと少しに迫る。
火炎瓶ならぬ、火炎陶器を投げた。強肩。
陣の、密集したあたりに落ちる。割れて、火が広がる。
不意をつかれたためか、馬が火に驚いたのか、騎馬武者の一人が落馬した。
さらにもう一発、火炎陶器に火をつけ、今度は丘の上から確認した、大将の位置目掛けて投げた。
衛は強肩だが、不器用でコントロールは悪い。
目標を大きくそれ、前線の方に着弾したようだ。これで味方が傷ついてなければいいが、と春歌は思った。
そうしている間にも、敵陣の敵兵が目前まで迫っている。
春歌より衛の方が足はずっと速いが、春歌が全力疾走なのに対し、衛は火炎陶器に点火して
投げながらであるから、結果的に足並みが揃っている。もしかすると、それでもなお衛は
春歌にあわせて少し速度を抑えているのかもしれないが。
突入。
春歌の薙刀が、2、3人の雑兵を斬った。
敵は、逃げまどうばかりであまり応戦してこない。
それでも斬りかかってきた一人を、今度は衛が、相手の刀を叩き折って斬り捨てた。
衛は、剣術自体はまだまだ未熟だが、それを補う怪力がある。
前線で、喚声が大きくなった。
悲鳴も聞こえてくる。
雄叫びの如き声が、段々とこちらに近づいてくる。
それと比例するように、敵兵が次々と後退、あるいは逃走し、春歌と衛のまわりからも離れていく。
さっきの火炎陶器が功を奏したのか、それは関係ないのかわからぬが、どうやら赤井直正隊がついに
前線を突破したらしい。
「あっ!」
衛が、思わず声をあげた。視線の先には、混雑して折り重なる敵兵の向こうに見える、
丘の上から凝視した敵大将・脇坂安治の姿を捉えていた。
衛の、刀を握る手に力が入る。
右足を少し前に出し、少し屈む。
鋭い眼光は、脇坂安治の姿を捉えたままだ。
前線が崩れ、赤井隊の兵が本陣を掻き回している。
そのうち、鎧武者とその従者たちの数人が、安治に襲いかかった。
この鎧武者は、突入する前には馬に乗っていた、直正直属30騎の一人である。
脇坂隊の足軽数人が、安治の前に出る。
しかし安治は、味方の足軽を掻き分けると、持っていた手槍でまず従者の足軽一人を突き倒し、
次に鎧武者目掛けて槍を繰り出した。
速い。
鎧武者の首に突き刺さる。
引き抜く。
鮮血が飛び散り、鎧武者が倒れた。
残った鎧武者付きの足軽たちは、脇坂隊の足軽に蹴散らされる。
しかし安治には、なおも直正隊の兵が襲いかかる。
後方でその光景を見ていた春歌は、安治の強さに目を見張った。
ふと、近くで強い殺気を感じる。自分に向けられたものではない。
目をやった。衛だ。衛が、今にも地を蹴って飛び掛らんと、身構えている。
「駄目! 衛ちゃん!」と咄嗟に叫んだ。
しかし衛の鋭い眼光に変化はない。声は届いていないのか。
衛の全身は、今にも飛びかからんとする肉食獣の如く、体中の筋肉を緊張させている。
これがいざ動に転じれば、すさまじい瞬発力を発揮することだろう。
だが、先ほどからの戦闘を見る限り、脇坂安治は凄まじく強い。いざ打ち合えば、
春歌でも二合か三合持つか持たないかだ。剣術に長じていない衛なら、手槍の
一撃で即死するかもしれない。いくら怪力があるとはいえ、向こうの手槍の方が
リーチが長いのであるから、それを活かすことはできない。
春歌は、衛の首筋を掴むと、合気道の要領で地面に倒した。
衛が、尻餅をつく形になる。
突然のことに、衛は状況を理解できずに目を白黒させる。
「??」
「衛ちゃん! あの敵将は、衛ちゃんの腕では無理でございますわ」
そう言って、指差す。人差し指の先には、手槍を奮う安治の姿。
軍団としての脇坂安治隊はもはや崩壊しているが、しかし安治本人が手槍で次々と直正隊の
兵を倒すことで、直正隊は追い討ちを駆けられないでいる。
安治は、自ら戦いながらも、同時に声を出して効率的な退却を指示しているようだ。
衛が、慌てて飛び上がった。
前線に、とうとう赤井軍総大将の赤井直正が現れたのを、その優れた目で視認したのだ。
直正は、安治一人のために追撃にてこずっているのを見て、歯噛みしているようだ。
勝ち戦であるから、直正自身が戦いを挑むわけにもいかない。
やがて、脇坂安治隊の足軽が、どこからか馬を連れてやって来た。
安治が、馬に飛び乗る。
不安定な馬上で、器用に槍を振り回しながら、後方に退がって行く。
直正はというと、こっちも刀を振りかざしながら、指示を出している。
いや、中澤治部大夫が直正の馬の手綱にしがみついているのを見ると、直正は自ら
斬り込もうとして、止められているのかもしれない。
直正は、馬上から中澤治部大夫になにやら怒鳴りつけているが、衛や春歌の位置からは
何と言っているのかまでは聞こえない。
そうこうしている間にも、脇坂安治隊が後退して遠ざかっていく。
直正直属の上級武士たちが、再び騎乗して追撃態勢に入るが、しかし安治の槍に阻まれる。
その状況を見て春歌は、勝ち戦は決まったのになぜ直正が追撃戦にこだわり、あまつさえ
自ら斬り込もうとするのか、いぶかしく思った。
そもそもこの野戦自体、妙な点は多い。相手の脇坂勢は2000程度、黒井城に拠れば
落城するようなことは有り得ない。また、野戦をやるにしても、先に馬防柵や逆茂木
や土豪といった野戦築城を施せば勝機は増したはずだ。
なぜ、平地での決戦という挙に出たのか。そしてなぜ、帰趨が決まった今も、追撃で
相手に損害を与えることにこだわるのか。
春歌には、直正がなにかに焦っているように思えた。
気がつくと、山の向こうの西の空がわずかに赤くなっている。
脇坂安治隊は、崩れながらかなり遠ざかった。
直正は、中澤治部大夫に止められたままだ。
戦は終わったのか。
春歌の周りには、幾多の斃れた兵士たち。見ると、まだ息のある者も多い。
その時ふと、また喚声が起こった。振り向く。
味方である赤井軍の足軽や騎馬武者たちが、怒声や嬌声をあげながら、合戦の中心地
になだれ込んで来る。
そして、眼前の、斃れた、或いはまだ息のある敵兵たちに襲いかかった。
息のある兵士にはとどめを刺し、死んでいる兵士はそのまま、首を掻き切る。
春歌と衛の近くに横たわっていた、腹から血を流しながら呻き声をあげていた足軽もまた、
やはりとどめを刺され、首を切り取られた。
衛が、思わず顔を覆ってよろめいたのを、春歌は受け止めた。
しかし春歌としてもあまり見たくはない光景だ。
「行きましょ、衛ちゃん」
と言って、航たちのいる所へ引き揚げる。
合戦において、直接戦闘で命を落とす、いわば即死者はそれほど多くない。
部隊の兵数は、手傷を負った者が戦線から外れたり、逃亡者が出たりすることで
減少していく。
合戦で勝利した側は味方の負傷者を回収、治療できるが、しかし負けた方は、負傷者
を置き去りにして撤退しなければならない。その置き去りにされた兵は、このようにして
とどめを刺されるのである。また、撤退する部隊からも、軽傷者や足の遅い者が脱落
していく。こちらは、やはり追手に討たれることもあれば、野武士や土民に殺される
こともある。
ともかく負けた方は、合戦そのものではそれほど損害を出さなくとも、最終的には多くの
犠牲を払わねばならないのだ。
>>271に補足・訂正。
根岸で行われた居留地競馬で用いられた「ジャパニーズ・ポニー」は、
今では絶滅した南部馬だということが判明した。
この南部馬、1600M(1マイル)で、チャイニーズ・ポニーより5秒、
軽種馬(具体的な品種は不明)より30秒も遅かったという。
南部馬は、これでも日本在来種の中では大型の方だった。
完全な独り語りスレと化しているな。
言うなよ サラッと流して放置してあげるのが人情ってヤツさ 例え自慰スレでもね。
292 :
無名武将@お腹せっぷく:03/11/01 09:27
公開オナニー晒しage
リアルで妹が12人以上いた戦国大名の息子いるんじゃね?
>>293 まあ、子ども二十何人とかいた戦国武将も少なくないらしいから、有り得る。
しかし、このパターンだと男の兄弟もいっぱい居そうだなあ。
オスマン帝国のスレイマン1世は女のきょうだいしかいなかったそうだが、
いくらなんでも12人はいないだろうし。
295 :
無名武将@お腹せっぷく:03/11/03 09:17
新武将作成ですぐ死にそうな親武将(寿命ぎれ間近+能力最低の斬首候補)を作って12人の妹を姫武将にした方が面白そう。
妄想オナーニ君が占領したようです。
リアルの女でセクースでもすればそんなキモイ事しなくても済むぞ
エノキの妄想日記を心待ちにするスレはここですか?
>>295 最近の『信長の野望』ではそんなこともできるんですか。
PC版だと顔データを取りこんだりも出来るらしいですし、色々遊べそうですね。
エノキなっちんこの戯曲化現象
301 :
無名武将@お腹せっぷく:03/11/06 00:37
法政大3年吉野豪タイーホage
エノキ外野の野次に負けるな!応援してるぞ!
□■■■■■■■■■□□□■■■■■■■□□■■■■■■■■□□□■□□□□□□□□□□
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□□□□□□□■□□□□□□□□□■□□□□□□□□■□■□□□□■□□□□□□■□□□
□□□□□□□■□□□□□□□□□■□□□□□□□■□□■□□□□■□□□□□■□□□□
□□□□□□■□□□□□□□□□■□□□□□□□■□□□□■□□□■□□□□■□□□□□
□□□□□■□□□□□□□□□■□□□□□□□■□□□□□□■□□■□□■■□□□□□□
□□□■■□□□□□□□□□■□□□□□□□■□□□□□□□□■□■■■□□□□□□□□
合戦は終わり、居城に引き揚げる。
首実検は居城の黒井城で行われるようだが、航としてはあまり参加したいものではない。
城への道中、航たちの所へ、中澤治部大夫が馬を寄せてきた。
治部大夫は、馬の背に積まれている投石機の部品を見て、
「被弾しているようだが、以後も使えるのは何台ほどであろうか」
と訊いてきた。
訊かれても航にはわからないので、「ね、鈴凛」と促す。
「え、はい……。被弾したのは2台ですが、しかしそれぞれ被弾個所が違うので、
部品を融通することで、4台中3台が使用可能です」
と、鈴凛は相手が違うのでいつもと違う口調で答えた。
「そうであったか。それと、使った炮碌玉の類について、後で刑部大輔……赤井幸家殿が
いくつか話があるようじゃ」
そう言って、治部大夫は自分の部隊に戻っていった。
さて城では、航だけが首実検に参加した。春歌あたりについていて欲しい気もしたが、
物理的な危険はないこんな時くらい、兄らしいところを見せなくてはならない。
足軽たちの首は、ひとやま幾らといった具合に、まとめて処理されるが、下士官クラス
になると、場合によっては首に化粧も施され、大将直々に行う。
参加する前は、おどろおどろしい光景に吐き気がするかも、と思ったが、しかし沢山の
生首が並ぶ光景は、なにか作り物でも並んでいるような、現実感のない光景として航の
目には映った。
気候がまだ涼しいせいか、肉が腐るのも遅く、血の臭いはするが腐臭はそれほどしない。
首実検が終わると航は、城のふもとの村にある、妹たちがいる屋敷へと戻った。
航と春歌たちが屋敷の前まで行くと、そこでは留守番をしていた可憐たちが、困った顔を
して外で佇んでいた。
「あ、お兄ちゃん!」
可憐が、さっきまで暗く沈んでいたであろう顔に光をさして、航のところに走り寄ってくる。
「どうしたんだ、可憐?」
「この家の持ち主が帰ってきて……それで家を出されてしまったんです」
その可憐の言葉を横から聞いた鈴凛は、表情を変えて、屋敷とは別の、作業場にしていた民家に走って行った。
航たち12人がこの村に来た日は、ちょうど明智光忠の軍勢が攻め寄せている日であり、
村人たちは、戦に巻き込まれるのを防ぐため、家財道具を持って山かなにかに避難していた。
城攻めにおいて、城下の村を略奪したり焼き討ちしたり、というのはよく行われることである。
明智光忠の軍勢を撃退してからも、不穏な空気は続いており、村人たちは避難生活を
続けていたが、今日播磨から廻されてきた脇坂安治隊がまた撃退されたことで、ようやく
村に戻ってこれたようである。
そしてそれによって、留守中の家を使っていた可憐たちは追い出されることとなった。
見ると、着物に身を包んだ白髭の老人の指示のもと、人夫たちにより屋敷には次々と家財道具
が運び込まれている。
「困ったなあ。中澤さんか赤井さんに頼むしかないか……」
航が腕を組み考え込んでいると、鈴凛が戻ってきた。
「あ、アニキ。私が作業場にしてたとこは、まだ戻ってきてないみたい。とりあえず、
そっち移りましょ」
「そうだね。仕方がない」
一行は、鈴凛の言葉通り、作業場にしている民家に移った。
広さとしては、道具や機材を片付ければ11人でも入れないことはないが、前の屋敷と違って、
土間にムシロ敷きという貧しいつくりなのが難点だ。
とりあえず住人が戻ってきそうもないのを確認して、前の屋敷の外に積まれている、航たちの
私物を運び込んだ。そうすると、作業場はかなり窮屈なものとなった。
戦で疲れている航としては、広い屋敷で早いところ横になりたかったのだが、こんな
家に移る羽目になり、内心ため息をついた。
306 :
無名武将@お腹せっぷく:03/11/09 09:18
オナニー晒しage
読ませてくれるじゃないか。しぶとく頑張っていただきたい。
こういう妄想を書いてる時が一番幸せなのかな。
309 :
無名武将@お腹せっぷく:03/11/09 13:22
妄想で済んでるだけいいことだよ
何か実行して世間様に迷惑かけてないんだから
思わず、欠伸が出る。
今日は早起きして、且つ重労働して、さらに危ない目に遭った。相当疲労しているはずだ。
それでも、柔らかい布団も、思いっきり体を伸ばせる空間もない。
むしろ、狭い部屋で縮こまってるうちに、体を動かしたくなってくる。しかし体を動かせる
空間もなく、足のふくらはぎのあたりなど、むず痒く且つだるい。早い話が、エコノミークラス
症候群である。
仕方なく、座っている亞里亞をどけてムシロの上に横たわろうとすると、外から馬の蹄音が
聞こえてきた。
疲れているので、わざわざ見に行く気もしない。そのまま横になっている。
すると、「海神殿!」
と聞きなれた声がした。中澤治部大夫の声だ。
急いで飛び起き、外に出る。春歌もそれに続いた。
外には、中澤治部大夫と、もう一人大柄の男とが、すでに馬を下りて並んでいた。
もう一人の男の方は、どこかで見たような気もするが、思い出せない。
「これは、こんにちは」
と、とりあえず中澤治部大夫には通じる現代風の挨拶をする航。
しかしその斜め後ろでは、春歌が素早く平伏していた。
航は、その春歌の方を振り返り、怪訝な顔をした。
「??」
「兄君さま……。赤井刑部少輔……幸家様です」
「え?」
と声を漏らしてから、少し考える。幸家といえば、主君である赤井直正の弟であり、
三尾城の城主を務めている。
どこかで見たことあるような気がしたのは、合戦前の軍議で同席していたからである。
航が、なにかよくわからないながらもとりあえず平伏しようとしたところ、幸家は
手を挙げてこれを制した。
誰に読んでほしいの?
>>311 元ネタ知らないまま読んでる者ならここにいるぞ。
鈴凛ってなんて読むの?
すずりん?
「ところで、あの炮碌玉や大きな石弓を作ったのは、お主であろうか」
おもむろに、幸家が口を開く。落ちついた、柔らかな声である。
日に焼けているのか元々なのかわからぬが肌の黒い、やや平面的な顔の中で、線のような細い
目が穏やかに笑いかけている。口ひげを生やしているようだが、薄い。
兄の赤井直正が、「赤鬼」というあだ名通りの形相であるのに、この弟はそれにまったく似ていない。
兄のギロリとした大きい目と、弟の細い穏やかな目。兄の荒々しいヒゲと、弟の薄い口ひげ。
似ているのは、肌の色くらいであろうか。
「いえ、私ではありません」
と言って、航はぶんぶんと首を横に振ってから、
「私ではなく、妹の鈴凛です」と答え、家の中から鈴凛を呼び出した。
出てきた鈴凛を見て、幸家の細い目が一瞬、光る。そしてすぐに元の表情に戻る。
その変化を、航は気づかなかったが、後ろに控えている春歌は見逃さなかった。
鈴凛が軽く名を名乗り挨拶を済ませると、幸家は傍らの中澤治部大夫と少し耳打ち話を
してから、投石機の説明を希望した。
すぐに、家の隅や、家の外に積まれている、大掛かりな金具の付いた材木を見せた。
今度は幸家の額に一瞬シワが浮かんだのを、春歌はまたも見逃さなかったが、ともかく
また中澤治部大夫の説明を聞いて、納得したのかしきりに頷いている。
「うむ……。唐土の投石機のような大掛かりなものは、この山の多い海内では動かせず、
城に据えつけるかしか使いようがないと思っていたが、バラバラにして運び、いざ使う
段になって組み立てるとは、考えたな」
幸家の言葉通り、山の多い日本では、投石機の如き大きなものを移動させるのは難しい。
投石機どころか、馬や牛に引かせる荷馬車の類すらも発達せず、馬や牛の背に積むのが主な
輸送手段だったくらいである。
なお、釣井楼を分解して運び、現地で組み立てて使うようになったのは、戦国時代末期に
なってからのことである。
幸家が、腕を組んでしばらく考え込む。それから、
「……城に来てくれぬか。見せたいものがある」
と言ってきた。
航・春歌・鈴凛の3人で、一瞬顔を見合わせる。しかし多少心配であるが、断る理由はない。
とりあえず家から可憐だけ呼び出し、三尾城に行く旨を告げてから、3人だけで出立した。
3人で、幸家と治部大夫の馬に続く。航たちが徒歩なのは彼らが単に馬に乗れないからであるが、
身分の差という側面もあるかもしれない。また、当初はその側面がなくとも、徒歩を続けるうちに
そういった差ができてしまうかもしれない。
前を行く幸家と治部大夫を見ながら春歌は、ともかく航には乗馬くらい出来るように
なってもらわないと、と思った。
赤井幸家の居城・三尾城は、黒井城から離れた南東の、三尾山にある。
道すがら、幸家と治部大夫がなにやら話をしている。
すると、幸家が急にこちらに振りかえり、
「ところでお主らは……なぜ大勢であのような狭い家にいたのであろうか」
と訊いてきた。
そこで、前に住んでいた邸宅の住人が帰ってきて、作業場にしていた狭い家に移る
羽目になった次第を説明する。
それを聞いた幸家は、なぜか満足そうに頷いてから、傍らの治部大夫になにやら言った。
治部大夫は少し逡巡したが、幸家に再度言われ、仕方なく馬を止めてから向きを返し、
「……では、今からわしが殿と掛け合って、お主らの新しい居場所を手配しておく」
として、そのまま今来た道を戻って行った。
幸家一人について歩いていくと、やがて竹田川のほとりに出た。
川は最初南から北に流れているが、沿って南下するうちに、流れは東へと向きを変える。
いや、正確にいえば、西に流れていた川が、北へと向きを変える。
さらに川へ沿って東へ進むのだが、あまり体力のない航と鈴凛は歩きづめでヘトヘトになっていた。
そろそろ、春の長くなった日も沈もうとしている。
さらに東へ進むうち、ようやく三尾城のある三尾山が見えてきた。
596メートルと、黒井城よりずっと高い。そして急峻であり、上の方にある剥き出しの大岩壁が
見る者をしりごみさせる。
名の通り三つ瘤の山頂を持ち、あまり人がいそうな気配はしない。
しかし実際は、山中には石垣が築かれている。
ともかくあれを登らなければいけないのか、と思うと、航は頭が痛くなった。
あの山を攻め落とすのは大変そうだが、守るのも大変だろう。
幸家は馬から降り、手綱を引いて山道に入っていった。3人もそれに続く。
高尾山と同程度の標高ながら、手強い印象を与える山だ。とはいえまがりなりにも城であるから、
人も出入りもあり、登山道のようなものは人の足で固められ自然に出来ている。
登るうちに、何人かの兵と出くわす。やはり、それほど人はいない。
ある程度登ったところで、幸家は山頂に続くと思われる道からそれ、横道に入っていった。
しばらく行くと、小さな小屋が二つばかり見えてくる。よく繁った木に守られた、
隠し小屋のような風情だ。
そのうちの一室に入る。
中には、ざんばら髪で無造作に髭を伸ばした貧相な男が一人。
入った瞬間、航は思わず鼻をおさえた。
ざらざらとした、乾燥した鼻を突く空気。苦いような火薬の臭い。珍妙な硫黄の臭い。
室内には、火薬やその原料である硝石、硫黄などが入っていると思われる壷の類が、
整然として置かれている。
その他、なにやらわからぬ金具や機械、火縄銃も見える。
貧相な男は、城主である幸家が入ってきたのを見ても、わずかに顔を上げ目礼しただけだ。
「どうだ、進み具合は」と幸家の方から声をかけると、男は無言のまま、太く短い筒のような
ものを差し出した。細く、黒ずんだ指。意外と慎重な手つき。
それを受け取ると幸家は、これを鈴凛に見せてから、
「これは何だと思う?」と訊いた。
魔法瓶くらいの筒。上下とも塞がり、穴は開いていないが、なにか線のような物は出ている。
鈴凛は、口もとに右手をあてて、興味深そうに覗き込んだ。
エノキ視点でいいから、キャラ表つくってくれ。連載マンガの欄外みたいに。
衛・・・気は優しくて力持ち
可憐・・・なにごとも卒なくこなす優等生
みたいなの。「シスプリ」でググるとヒットしまくって逆にわけわからん。
320 :
無名武将@お腹せっぷく:03/11/19 17:43
では、キャラ表。順不同。
海神航(うながみ・わたる)……12人の妹たちの兄。この名は、アニメ版の主人公から。わりと頼りない兄。
可憐(かれん)……年中組。わりと大人しく、なにかと兄に依存する。男からは気にかけられるが同性からは
「カマトトぶった女」として嫌われるタイプ。
花穂(かほ)……年小中。ドジっ娘で、よく転ぶ。チアリーディング部に所属しており、無能ながらも、
なんとか兄の役に立ちたい、応援したい、という気持ちを持っている。花の栽培が趣味。
衛(まもる)……年中。スケボー、スキー、水泳、徒競走と運動神経抜群だが、球技は苦手。自分のことを
「ボク」と呼ぶが、しかし女の子としての自意識も持っているらしい。
バレンタインでは同性からチョコを大量にもらうタイプ。
咲耶(さくや)……年長。色仕掛けで兄を惑わす。クラスの男子の羨望を集める一方で、女子とも良好な関係
を持つ。帰宅部だが、ラクロス部の試合で代打を頼まれるなど、運動神経に優れた一面も。
雛子(ひなこ)……年少。こども。いかにも子どもといった感じで、あまり特徴はない。
鞠絵(まりえ)……年中長。病弱。眼鏡で読書好き。大型犬飼育。ゲームでは、遠く離れた療養所に居る。
白雪(しらゆき)……年中?。料理好き。兄の教室に毎日、膨大な量の独創的な弁当を持ってくる。料理の腕は確からしい。
兄妹総出で出かける際は、みんなのお菓子を作ってくる。よく気がつくというかお節介というか。
鈴凛(りんりん)……年中長。発明好き。自宅のラボで自分の複製ロボやら潜水服やら色々と勢作している。
材料代やら何やら金がかかるので、なんだかんだ言っては「資金援助」と称して兄から金をふんだくる。
千影(ちかげ)……年長。魔術好き。ゲームでは、実は魔界の王の娘という設定だったが……。
春歌(はるか)……年長。ドイツで育った。大和撫子を目指し、弓道やら薙刀やらといった武術から、茶道やら舞踊やら
まで色々な稽古事をこなす。兄の身を守るのを使命としているが、兄に道を訊こうとした罪のない
通行人を叩きのめすような面も。
四葉(よつば)……年小中。イギリスで育った。口癖は「チェキ」。シャーロック=ホームズに憧れる自称名探偵。
兄をストーキングするのが趣味。「美少女怪盗クローバー」の正体でもある。
亞里亞(ありあ)……年少。フランスで育つ。よく泣く娘であるが、戦略的に泣いている節もある。
行動は遅い。というか、メイドの「じいや」が居るので、自分ではあまり動かない。
おーよく分かった!
昔風雲録スレで見た「殿チャマ、チャキ」の元ネタってこれだったのか。
>>323 厨房板の「兄チャマチェキ」もこれなんだろうね。
「…………」
鈴凛が腕を組んで考え込むのを、幸家は微かに笑みを浮かべて見守っている。
「……威力はありそうだけど、……これで殺すにはくくり付けるかしないと……」
と、鈴凛は首を傾げている。
「これは……地や崖、枯草の中などに埋めて使うんだ。火花が飛び散り、もろい崖なら
崩すこともできる。これを、唐土の物語から取って、"地雷"と呼んでいる」
「地雷……ですか」
鈴凛は少し驚いた表情を見せた。幸家の言う「唐土の物語」とは、『三國志通俗演義』、
孔明の南蛮征伐のくだりであろうか。
実際に赤井幸家は、1578年12月24日の黒井城近辺での合戦において、地雷を用い明智光春
相手に勝利を収めている。これは、時系列からいえば航たちがいる時間から数ヶ月後のことである。
ともかく幸家は黙って頷いてから、"地雷"をもとの場所に戻した。
「さて、そなたの言う通り、この地雷は火薬を多く使っているわりには、これで多くの敵を
倒せるかというと、そうではない。前もって埋めねばならず、防御に使えても攻撃には
使いづらい。ところで、君たちは、先ほどの合戦では、炮碌玉に手を加えたものを使っていた
という話だが……」
「は、はい……それは……」
と、鈴凛が、先の合戦で使った"爆弾"の説明をはじめる。"爆弾"は、直撃した敵兵を黒焦げの
肉片に変えるほどの威力を発揮した。もっとも、製造にコストがかかり、先の合戦では実質4発
しか用意できなかったが。
鈴凛製の爆弾は、容器には陶器を用い、中心には火薬を詰め、火薬の周りには金属片を入れ殺傷力を
高め、などといった現代からすればオーソドックスなものである。
火薬については、この時代の火薬は、硝石・硫黄・木炭を調合した黒色火薬が主であるが、
鈴凛はそれにも工夫を加えているらしかった。
過塩素酸がどうとか、硫化アンモニウムがどうとかいう話を聞いたが、理系にうとい航には
よくわからない。結局出来たのも、黒色火薬より少し上程度のものだったようだ。
原料がないのか、あっても精製する技術がないのか、その辺はわからない。
航は、部屋の隅に腰を下ろしながら、鈴凛と幸家の、いわば理系人同士の入り込めない
会話を黙って見つめていた。そして、"現代"に居た頃、鈴凛が苦手な文系の宿題を自分が
見てやり、自分が苦手な理系の宿題を鈴凛に見てもらっていたのを思い出した。
しばらくすると、鈴凛がこちらに振りかえり、
「ね、アニキ……」と手招きした。
立ちあがり、鈴凛のもとへ行く。
「アニキ。ここの火薬使って、次の合戦で使う爆弾作ってくれっていうの。ここに泊まり
込んでも、ラボに持っていってもいいって……」
「そうだな……。鈴凛置いていくのも心配だから……」
「それが、次の合戦まで間がないらしいの」
「えっ」
と言って航は、鈴凛の顔から幸家の顔へと視線を移した。
「うむ……。殿は、三日後に出陣と言っている。それを、拙者や治部大夫が諌めて
伸ばし、五日後といったところか。それまでに、明智の軍を打ち破れるだけの炮碌玉
を作ってもらいたいのだ」
と言って、幸家が航の方に向き直り、頭を下げたのか頷いたのか、といった動作を見せる。
幸家は、兄・直正のことを「兄上」ではなく「殿」と呼んでいるようだ。
ここで不意に、扉の内側に立って外の気配を窺っていた春歌が、
振り向いて会話に加わってきた。
「3日後と、殿は仰っているのですか。今日の合戦の戦い方といい、そして今度の
明智攻めといい、とても急いでいるように思います。なにか、理由でもあるのでしょうか」
春歌の真っ直ぐな視線が、幸家を射抜く。
幸家は、「そ、それは……」と一旦口篭もってから、
「……日向守・光秀よ。明智の軍は今八上城を囲んでいるが、光秀本人は丹波を離れ、
石山攻めに加わっておる。攻囲を衝き、八上を救うには光秀のいない今を逃してはならぬ」
と続けた。
確かにそれ自体は正しい理屈だが、しかし聞く者になにか引っかかるものを残す話しぶりである。
ともかく春歌は、それ以上訊くことはしなかった。いわば外様の傭兵部隊のような存在である
自分たちに何もかも明け透けに話してくれるはずはないし、言いたがらないようなことをしつこく
訊くと内通を疑われる恐れがある。
幸家は、春歌から視線をそらすと、
「で、炮碌玉をどこで作るかだが……」
と鈴凛に話を振った。
「えっと、いつも使っている工具を家に置いてあるので、取ってきたいんですけど……」
「そうか。それならすぐに早馬でも出して取ってこさせようか」
「お願いします」
と、軽く頭を下げる。
幸家は小屋から出ると、どこからか足軽を一人呼び出した。
可憐たちの居場所は現在、中澤治部大夫に手配してもらってる状態なので、書状は
治部大夫宛てにして、それを可憐たちに回してもらう形となる。
春歌以外の妹は、筆で書かれ旧字体が使われたこの時代の文章は読めないので、
書状のうち妹宛ての部分はボールペンで航が書く。ただし、治部大夫宛ての部分の執筆は、幸家が行う。
工具等の三尾城への輸送と、白雪・咲耶・衛を呼び寄せる旨を書いた書状を渡すと、
足軽は軽快に駆けて行った。
もはや空は完全に暗くなっている。
足軽を見送るため外に出た一行だが、幸家が小屋に戻らず歩きだしたため、それに続いた。
なんとなくの散歩であろうか。
少し歩いたところで、幸家はおもむろに足を止め、道端に露出している岩の欠片を拾いあげた。
振り向いてその欠片を差し出し、
「これがなにか、わかるかい」
と誰にともなく尋ねる。
少し考えてから、鈴凛が首を横に振った。
それを確認すると、幸家は左手で懐から小さな刃の付いた板切れを取り出した。
右手に石を、左手に板切れを持って構える。板切れの刃は、水平にして右側に向ける。
そして、右手の石を、素早く刃に擦りつけた。
石が軽く削れる音とともに、鮮やかな火花が飛び散る。
それから二、三度、火花を闇に散らして見せた。
幸家は、石を道端の岩の上に戻すと、
「これは、火打ち石さ。ここ三尾の石は、火打ち石によく使われるんだ」
と言った。三尾山で産出される石はチャート(珪石)であり、チャートは、石英や瑪瑙
と並ぶ火打ち石の素材である。なお、チャートを擦りつけた刃は、火打ち金だ。
そのまま、元いた小屋に向かってゆっくりと歩き出す。歩きながら、話を続けた。
「子どもの頃、よくここで遊んでね。そこで爺が、その辺に落ちている石を拾い上げて、
今みたいに火花を出して見せてくれたんだ。なんてことない、ちょっと綺麗なくらいの
石なのに、子ども心にとても不思議でね……。それからかな。火に興味を持つようになったのは」
話すうちに、小屋の前に着く。ここで作られている地雷や各種爆薬こそ、その少年時代の
驚きが時を経て結実したものなのだろう。
鈴凛は、幸家の話を聞きながら、自身が機械作りに進むことになったきっかけを思い出していた。
五日後。
山陰道を、丸に結び雁金の旗をなびかせた大軍が南東に進む。
目指すは、八上城を囲む明智光秀麾下の軍勢である。
人数は、この時点で二千から三千。明智光忠に続き、脇坂安治の軍勢を破ったことで
さらに赤井家の名は上がった。そのため、八上城救援の号令のもとに、丹波諸豪族の軍勢を
これだけ集めることができたのである。
三尾城城主・赤井幸家、高見城城主・赤井忠家といった前回の面々に加え、余田城主・余田為家、
穂壷城主・稲継壱岐守、中澤治部大夫の一門で大山城主の中澤重基、といった面々が集まっている。
軍勢はまだ、黒井城からそれほど離れていないにも関わらずこれだけ集まっているのであるが、
これ以降も山陰道沿いの諸城からの加勢が期待できるはずである。
しかしそうして集まる諸勢力には、信長に通じる者もあるであろうし、また反信長であっても、
波多野寄りの勢力については寝首をかかれぬよう注意を払わねばならない。
三尾城前をいくらか過ぎたところで、最初の休息を取る。
ここではじめて、各種新兵器とともに、鈴凛と白雪・咲耶・衛が合流してきた。
鈴凛は三尾城の小屋につめての武器製作、手先の器用な白雪・咲耶はその手伝い、
衛は伝令役である。航・春歌・四葉は黒井から軍に同行している。
「ハ〜イ、アニキ。久しぶり」
と、三日ぶりくらいに会った鈴凛が声をかけてくる。寝不足らしく目の下に少しクマが
できているが、しかし元気そうだ。白雪も少し疲れ気味のようだが、咲耶は綺麗な肌を
したままなので、おそらく手先や肌が荒れるのを嫌ってあまり手伝わなかったのだろう。
「あれ? その簪(かんざし)、どうしたのですか」
と、春歌が鈴凛の髪に挿してある螺鈿を指差した。
「あ、これ。買ったの。5円で」
「5円?」
と、春歌が目を丸くする。
5円で買った現場を見ていた航は、二人の言動を見て思わず笑みを浮かべた。
きっかけは、爆薬に混ぜるアルミニウム紛を作るため、鈴凛が1円玉を削っていたところ、
見ていた幸家がそれに目をつけたことにあった。
16世紀を生きる赤井幸家にとって、アルミニウムは未知の金属である。軽くかつ硬い未知の
金属で作られた1円玉を、幸家は所望した。そこで、幸家が差し出した高級品らしい螺鈿の簪と、
未知の金属で作られた硬貨5枚を交換することとなったわけである。
本来なら、現代から持ち込んだ、この時代では入手不可能な物体はなるべく手放すべきではない
のであるが、しかし今後のことを考えると、赤井家の武将とは良好な関係を保っておかねばならない。
「これは……鼈甲に貝殻を貼りつけるのではなく、彫り込んだ鼈甲に貝殻をはめこむ方式で、
飾りには珊瑚も……」
と、春歌がかんざしについてのアクセサリーに興味のない人にはどうでもいい解説をはじめる。
鈴凛は、「そ、そう……」と答えてから、
「ね、アニキ。これどうかな?」と航に話を振った。
「あ、それね。鈴凛はほんと商売上手だよね」
という航の答え。鈴凛は苦笑いを浮かべ、(聞きたいのはそういうことじゃないのに)と
思いながらも、「そ、そう……」と言うしかなかった。
合流が終わったところで、また行軍が始まる。
行軍の際、馬に乗れるのは全体の10%程度。乗るのは士官クラスであり、その騎乗者一人が
数人の徒歩兵を従え、戦場では1ユニットを構成する。馬を用意できるという地位と、
従者や足軽を従える地位とは、イコールなのである。騎馬兵だけでユニットを構成するようなことはない。
そして馬は、航たちにも何頭か用意されている。
本来なら扶持の中から各自が購入するのであろうが、これは特別扱いされているということだろうか。
用意された馬は主に投石機の部品や弾丸の輸送に使っているが、残る一頭には、航自身が乗っている。
サラブレッドやアラブと違い、日本在来馬は体高が低いので、乗っても目線の高さはそれほど変わらない。
航は乗馬の技能がないので、春歌に手綱を引かせ、両手はただ鞍を掴むのみ、という形だ。
馬の背で揺られるのも、大腿の筋肉が特にそうだが、疲れる。しかし徒歩で歩くよりは疲労度は軽い。
だがこの行軍において、全軍でもっとも軽快なのは、衛のようだ。
現代から持ち込んだスケボーで、すいすいと先に行く。そして、道端に座って軍が追いつくのを待つ。
軍勢が追いついたのを確認すると、衛はまた、スケボーに乗り地を蹴って遥か先へ行く。
それを見て航は、近くにいて荷駄馬の手綱を握っている鈴凛に、
「あのスケボー、量産できないかな?」と訊いた。
「うん、できるかも。自転車は、タイヤやチューブの材料になるゴムが作れないから難しいけど、
スケボーのウィールはゴムや樹脂の他に、鉄や粘土もあるから。キックボードなんかも作れるかも」
「そうか……。ま、今は武器が優先だけど、そういった移動手段もそのうち作った方がいいかな」
航はそう言ってから、しかし一つの軍団が揃ってスケボーやキックボードで進軍する光景は相当マヌケだ、
と思った。
山陰道を南東に進むうちに、あたりが大分暗くなってくる。
途中、何度か小休止はとったものの、馬上の航はもはや疲労困憊だ。特に大腿などは、
後で入念にストレッチしないとまず間違いなく筋肉痛になる。
しかし、徒歩である他の妹たちは(ただし衛は除く)航よりもっと疲れているはずである。
この辺で、また軍の足が止まる。今度は小休止でなく、ここで野営のようだ。
>しかし一つの軍団が揃ってスケボーやキックボードで進軍する光景は相当マヌケだ、
だが見てみたい予感・・・
すでに日は沈み、あたりは大分暗くなっている。
あたりでは、足軽たちが道端や林で、小屋掛けを行っている。
戦場では柵に転用されるであろう木材を使ったテント状のものもあれば、生えている木の枝に
布をひっかけるだけのものもある。
航たちは、自分たちもこんなところで寝なきゃいけないのか、そういえばこの時代に来てから
野宿するのは初めてだ、と頭が痛くなりながらあたりをキョロキョロと見回していると、
どこからか中澤治部大夫がやって来た。
「あ、中澤さん。僕たちはどこで寝れば……」
「上様がお呼びです。そこの神社に集まっているので……」
と、すぐそこの麓に見える石製の鳥居を指差す。
中澤治部大夫の話によると、直正や一門衆たちはその神社を借りて寝泊まりするらしい。
航たち7人もそこに泊めてもらえるとのことだ。
その他の諸豪族たちはというと、もちろん兵と野営する者もいるものの、残りはあたりの村などで
屋根のある所を探して借りるようである。いくら敵陣と離れており夜襲を受ける可能性が小さいとはいえ、
自分の軍から離れて屋根の下でのうのうとお休みとはこの先心配だ、と航は、屋根のある神社で寝泊まり
できる安堵感の一方でそう思った。
鳥居をくぐる。
境内にはかがり火がいつくか焚かれ、警護の兵もちらほらと見える。
てっきり社殿に泊まっているのかと思っていたがそうではなく、裏手の方にある
小屋か住居のようなところに案内された。
中に入る。直正・幸家・忠家、他数人が地図を囲んでいる。
今後の戦略を練っているのであろうが、他家の者を入れていないので軍議ではない。
地図を囲む輪の欠けたところに中澤治部大夫と航が入り、妹たちは後ろで控える形となった。
何気なく、輪を見回す。よく見ると、子どもが一人混じっている。
どこかで見た顔だ。思い出そうとしたところで、直正が口を開いた。
「今回の合戦は、直義の初陣となる」として、航の方を、いやその後ろの方を見やる。
ともかくこの子どもは、確かに黒井の城下で何度か遊んでやった赤井直義である。
前に見た時は気の強いクソガキという印象であったが、初陣の緊張からか、今日の直義はいくらか青い顔
で黙ってうつむいている。
まあ、数え九歳、満年齢では7歳か8歳であるから無理はない。むしろ、そんな年齢でもう
合戦に連れてくるということに、なにか奇異なものを感じた。
直正の方に視線を戻すと、直正はこちらを、いやこちらの後ろに鋭い眼光を向けている。
そして唐突に、
「ところで春歌殿と申したな……」
と直正は春歌に話を振った。
「はっ」
と、壁のところでで正座していた春歌が一歩前に出る。
「春歌よ。先の合戦での働きは、よく聞いておる。ところでそちは、兄を守るために
武道を始めたと聞いたが……」
「はい……。ワタクシがドイツに居りました頃……」
春歌が、武道を始めるようになったいきさつを語り始める。
満座の視線が、春歌に集まる。
「ワタクシは、祖母のもとで育てられていたのですけれど、お祖母様からはよく、
『今は外国にいるけれど、春歌は日本の娘なんだから、日本の心を忘れてはいけませんよ』
って、言われておりました。それから、『日本の婦女子は、背の君の大事にお仕えする
ために、いざという時には鋼のように強くなれなくてはいけない』って。そこで、
小さい頃から、剣道・薙刀・合気道から、舞踊・茶道・華道と、色々な御稽古ごとを
してまいりました」
それから春歌は、小さい頃は臆病で弱虫だったこと、異国の地で友と呼べる者もなく
過ごす中、日本に兄がいることを祖母から聞かされて嬉しかったこと、それからは
まだ見ぬ兄の存在を心の支えにするようになったこと、そこまで語った上で、
「ワタクシ、いつまでも兄君さまにお仕えして、兄君さまをお護りいたしますわ。ぽっ」
と、そのライフヒストリー話を締めくくった。ちなみに春歌の「ぽっ」は、口に出して発音
するもので、さらに赤らめた頬を両手でおさえるアクション付きである。
この話を聞いた戦国時代人がどんな反応を示したのか知るため、航は恐る恐る顔を上げた。
赤井幸家はというと、口を半開きにして、額にうっすらと汗を浮かべたまま固まっていた。
幸家の細い目からは、外から目の表情を読み取ることはできないが、しかしこれも、呆気に取られた
ような色を浮かべているはずである。早い話が、予想通りの反応だ。
と同時に、この状況で満座のさらし者となっているのは春歌一人ではなく、いつまでも
お護りすると言われた自分も含まれているのだということに気付いて、航は思わず顔を赤くした。
ともかくそのまま、視線を横に動かす。直正はというと、
「!!」
航は、つい「のうわ!」と声をあげそうになってしまった。
直正が、普段は鋭い眼光を放つ目を心なしか潤ませ、力強く頷いているではないか。
ここで、直正がおもむろに口を開いた。
336 :
無名武将@お腹せっぷく:03/12/06 08:49
晒しage
続編きぼーん
キモイのが約一名。
339 :
無名武将@お腹せっぷく:03/12/06 19:23
この板はキモイ人達で出来ています
一名なんてとんでもない!
キモい成分99.99%ほとんど純キモといっていいでしょう。
341 :
無名武将@お腹せっぷく:03/12/06 20:17
残りの成分は優しさだな!?
「うむ。春歌殿こそ、真の大和撫子じゃ」
と言って立ちあがり、春歌の手を取る。
「そんな……お恥ずかしゅうございますわ」
春歌がまた、頬を赤らめる。
ここで直正は、表情を引き締めた上で、春歌の横に腰を下ろした。
「その春歌殿を見込んでお願いする。今度の合戦、直義についてやってくれぬか」
「えっ……」
春歌の表情から、笑みが消える。
「春歌殿が、航殿を護ることを使命としているのは、十分承知じゃ。しかし、
今度の合戦には赤井家の命運がかかっておる……」
直正が春歌を説得している横で、航は話を聞きながらも視線を赤井家の他の面々に向けていた。
忠家・直義はただ黙って座っているだけだが、幸家は何か言いたそうな、ちょっと右手を前に
出して腰を一瞬浮かせるが、すぐ引っ込めるといった動きを見せている。
「あの、赤井さ……刑部少輔さん。なにか?」
と、声をかけてみた。
「あ、いや、わしとしては……」
とまで言った後、口篭もる。話す内容がまとまらないというよりは、判断に困っているようではある。
横ではまだ、直正と春歌が話し中だ。
航が視線をやると、春歌が困ったような目でこちらを見てきた。
ここで、考える。春歌なしで戦場に出るのは少々心細いものがある。一方の春歌は、
嫡子・直義の護衛というが、九歳の子どもをあまり前線に出すことはないだろうから、
そちらの方が逆に安全だろう。考えはまとまった。
「わかりました。では私と妹たちで、直義様につきます。これでどうでしょうか」
と航は、直正の方に向き直って言い、春歌には、
「どうだ、春歌。これなら大丈夫だろう」と言葉をかけた。
「うむ、そうしてくれるか」
と、直正が満足そうに頷く。
そこから少し離れたところでは、航の話を聞いて幸家が困った表情を浮かべているが、
航たちの視界にはそれは入ってこなかった。
小説ではなく妄想です。
346 :
無名武将@お腹せっぷく:03/12/09 15:06
オナニーだからしょうがないよ
キーボード打ちながらオナニーしてるのですか?
「話がまとまったので、わしは兵のところに戻る」
と、直正が立ち上がる。どうやらこの家屋には直義を泊めるだけで、自身は兵と寝食をともにするつもりらしい。
それを見送るために航たちも腰を上げる。
しかしここで、
「お待ちくだされ!」
と幸家が血相を変えた。慌てて立ち上がり、直正を止める
「殿は……今晩はここでゆっくりと休む。そう決めたはずです。兵のところには、拙者が行きます」
「しかし、いくら敵陣から離れているとはいえ、夜襲の心配がある。明智の軍勢はここから遠いが、
氷上城の波多野宗長が背くやもしれぬ。そうしたら、急いで黒井に戻らねばならぬ」
「明智方には斥候を出しております。今のところ動きはありませぬ。黒井には、しばらく持ちこたえられる
だけの兵は残してありますし、波多野宗長も自分の首を締めるような真似はしますまい。であるから、
殿はゆっくりと休むことです」
「兵を夜風にさらし、わしだけがこんなところで休むわけにはいくまい」
直正は退く様子を見せない。話しながら縁側に出て、草履を履く用意をしている。
「今のうちに休んでおかぬと、いざ戦場で戦えなくなってしまいますぞ、"兄上"」
「……!」
この幸家の言葉で、直正の動きが止まった。
直正は、しばらく押し黙った後、
「……仕方ない」
と呟いてから草履をもとの場所に戻し、また部屋に戻った。
幸家は普段、兄・直正を「殿」と呼んでいる。「兄上」と呼んだのは、航の知る限りでは初めてであった。
直正は部屋に戻ったが、引き止めるため縁側に出ていた幸家は、そのまま草履を履き、出る用意をしている。
幸家は兵とともに野営し、夜襲に備えるのである。用意ができると振り返って、
「ところで海神殿。少し話があるのだが、出てくれぬか」
と呼びかけた。
「は、はい」
航と、春歌が即座に縁側に出る。なぜか鈴凛も、それに続いた。
すっかり暗くなった境内を歩きながら、幸家が口を開く。
「航殿と春歌殿が直義様につくとは……。直義様のためにはそれで良かったのであろうが、
しかし拙者としては、鈴凛殿の投石機と共同作戦を取るつもりであった。その辺は困ったことになった」
「あ、それですか。前の合戦では自由に動けましたけど、今回直義……様につくと、
確かに動かしにくくなりますね。どうしましょうか」
「ふむ……」
と言ってから、顔を上げ、西の空を眺める。山の稜線が、まだ微妙に赤い。
ここで鈴凛が、「ね、アニキ」と耳打ちした。
(今度の合戦用に作った大量の榴散弾、幸家さんのところで、材料も借りて作ったの、アニキも知ってるでしょ)
(あ、そういえばそうだった)
(私は幸家さんのところにつかないと。少なくとも、投石機を貸すかしないとまずいんじゃないかな。
そうすれば、アニキも春歌ちゃんと一緒に直義くん守るだけで良くなるし)
(そ、そうだね。そうしてくれ)
話がまとまったので、航が申し出る。決め手は、自分が動かなくても良くなることだ。
「それじゃ……今度の合戦では、鈴凛と投石機だけ切り離して、幸家さんの指揮下に入れて
ください。その方がいいでしょう」
「そうしてくれるか。すまない。では、投石機を入れて作戦を考えておく。それと、
投石機の扱い方を知っている者が鈴凛殿以外にいれば、それも貸してくれないか」
「あ、はい……。足軽に何人かいるのでそれも鈴凛につけます」
「すまない。ではこちらは代わりに、兵法(ひょうほう)に秀でた兵を何人か回そう」
「いいんですか?」
「ああ。どのみち今度の合戦は、撃ち合いで決まるはずだ……。一番手柄は、鈴凛殿の
ものになるかもな。それでは、よろしく頼む」
そう言い残すと、幸家は参道の方に戻り、野営地に戻って行った。
それを途中まで見送ってから、航たちも宿舎である小屋に戻った。
入れ替わるように、忠家たち他の面々が出ていく。彼らも、一応は兵と寝食をともにするようだ。
直正と直義は、さっきまで軍議をしていた間から襖一つ隔てた隣の部屋に移るところだった。
開いている襖から、直正父子の寝室の様子が一瞬見える。枕元のあたりに、厳重そうに和ぎれに包まれた箱。
父子が隣室に入ると、襖が閉まった。
350 :
無名武将@お腹せっぷく:03/12/12 02:35
いい年こいて妄想にふけるとは、乙なもんだ。
第2章 八上城攻防戦 (ここら辺で章分け導入。それにしても長い第一章だった)
決戦の日の朝。
まだ空は暗く、朝もやが立ち込める。そんな中で、兵の展開はすでに始まっている。
夜が明ける前に陣形を整え、夜明けと同時に攻撃を開始する算段である。
白昼に展開するのと違い、直前まで陣形を敵に読み取られない。と同時に、戦闘時間を長く取ることもできる。
航・春歌たちのいる赤井直義隊は本陣近く、鈴凛らのいる赤井幸家隊は右翼に展開している。
赤井幸家隊では、すでに位置につき、投石機の組み立てを始めていた。
早朝の、冷たい、肺のあたりが引き締まるような空気の中、鈴凛は足軽たちに投石機と榴散弾の使用法を説明している。
今回用いる榴散弾は、木の中をくり貫いて黒色火薬をつめた信管を点火用に挿し込むもので、操作を間違うと危険である。
日本では、榴弾自体は以前から使われていたが、これらは小規模の手投げ弾であり、文禄・慶長の役あたりからようやく、
手投げに加え木のたわみを利用するという、いわば初歩的な投石機の導入が行われている。
その文禄・慶長の役で日本軍は、明・李朝連合軍の大砲に苦しめられた。小銃の装備では勝っていた日本軍も、
大砲の装備では劣っており、その大砲で用いる弾丸も鉄の塊である無垢弾に過ぎなかった。その一方、
明・李朝軍は大砲の弾に榴弾の類を使っていた。
日本で、榴弾の発射に大砲を用いるようになったのは、大塩平八郎の乱からである。
鈴凛は、投石機と榴散弾の使用法の説明を終えると、打ち合わせのため、一旦幸家のところに戻ろうとした。
途中、奇妙な集団にすれ違う。
人数は百数十人。そのうち半数が、火縄銃を装備している。
前日に合流した、幸家が呼び寄せたという集団である。
「よ、娘さん」と気軽に声をかけてくるので、鈴凛もそれに答える。
どうやら、野営地を出たばかりで、所定地に向かうところのようである。
彼らの多くは徒歩の鉄砲足軽であるが、しかし軽装の足軽スタイルではなく、重装備の鎧武者も多く見える。
ほぼ全員が、陣笠でも鎧武者が被るような装飾の多い兜でもなく、薄鉄で作られた二枚板の特殊な形状をした
前立てのない兜を被っている。みな、他ではあまり見ないような兜であるが、その中でも、
ウルトラ怪獣でいえばバルダック星人のように頭が膨れ上がっている物、角のような小さいリベット
を付けた物など、いくつかのタイプがある。
全体としては、装飾の少ない見るからに実用的な鉢にしころを付けた物が多いが、しかし中には
しころの無い、鉢だけの物も見える。
鈴凛は、彼らの旗指物を見上げると、昨日彼らが合流してきた際に航が言った言葉を思い出した。
「JFA(日本サッカー協会)のマークみたい」
それが、兄の言葉だった。
三本足のカラス。確かに、サッカー日本代表が付けているマークに似ている。ただし、
JFAのマークと違って、サッカーボールを踏んづけていたりはしない。
これは八咫烏といい、雑賀衆の象徴であると同時に、JFAのマークでもある。
すなわちここで鈴凛とすれ違った連中は、雑賀衆ということになる。
そして、彼らの被る珍しい兜は、雑賀鉢である。
鈴凛は、雑賀衆から離れると、幸家の陣所に入った。
すでに陣幕は一旦取り外され、これから前線に移動するところである。
「あ、鈴凛殿」
幸家の方が先に気付き、声をかけてきた。兜を被るためか、髷をほどいている。
「おはようございます。点検も異常なし、準備も完了しました」
「そうか。では、もう少ししたら我々も移動する」
幸家はそう言うと、床几から腰を上げ、従者の用意した兜を被った。
幸家の兜は、普通の、前立てが付き、しころの端を鮮やかな吹返にした兜である。
これを見て鈴凛は、先ほどの雑賀衆の兜を思い出した。
「そういえば、さっきすれ違った集団、変わった兜を被ってましたね……」
「ああ。雑賀衆か。あれは、雑賀鉢といって、銃弾を跳ね返すのにいいらしい。
あれも、雑賀の鍛冶の賜物じゃ」
兜の紐を結びながら、幸家が答える。
「そうなのですか。面白いですね」
「雑賀衆といえば、刀も面白いぞ。蛤刃といって、凄まじく肉厚じゃ」
「へえ」
「では、そろそろ参ろう」
鎧を着終えた幸家は、従者の引いてきた馬に乗ると、号令をかけた上で進発した。
鈴凛も、幸家の馬と並ぶ形で歩く。
左側の遠くに、篠山川の流れを見ながら進む。
少しして、投石機のところに戻る。ここが、赤井幸家隊の位置である。
見回すと、投石機や榴散弾の操作法を教えていた時にはなかった陣幕が、すでに張られて
陣所が設けられている。
その陣所から少し前に出たところに、八咫烏の指物とともに、雑賀衆が展開していた。
こちらに気付いたのか、雑賀衆の一人が歩み寄ってくる。
先ほど、「よ、娘さん」と気軽に声をかけてきた男である。
鈴凛は、自分に声をかけに来たのかと思い、一歩前に出ようとした。
356 :
無名武将@お腹せっぷく:03/12/17 02:10
すると、横というか後でドタバタと音がして、急いで下馬した幸家が鈴凛を追い抜いていく。
幸家は、雑賀の男の手を取ると、頭を下げながら、
「おいで下さり、有難く存じまする。御助力を得られて、我々としましては百万の味方を……」
と、かなり腰を低くして礼を言っている。
それを見て鈴凛は、思わぬ展開に少々唖然とした。彼らを呼び寄せたのは幸家だということは
知っていたが、せいぜい金で雇われた野武士集団かなにかだろうと思っていた。
しかしどうも、そのようなものではなかったらしい。
少し話をして、雑賀の部隊長は、「それでは、最善は尽くす」と言い残して部隊に戻っていく。
幸家は、ただでさえ蒸す兜の下の額に汗を浮かべながら、それを見送った。
雑賀部隊長が、一瞬振り返って鈴凛の方に軽く手をあげて笑いかけ、また前を向く。
一方の幸家も、とりあえず機嫌を損ねなかったことに安堵したのか、ほっとしたような
ため息をつくと陣所に戻っていった。
鈴凛としては、彼らがどんな存在なのか、過去にどんなことがあったのか非常に気になった。
しかし、陣所に戻る幸家の背中が、それを訊くことを、立ち入ることをためらわせた。
彼ら雑賀衆と信長との対立は、1570年からの石山合戦に始まる。
この年7月、三好三人衆が挙兵。野田・福島城に拠り、信長に対抗する構えを見せた。
信長は、これを討つべく兵を出すが、ここで本願寺法主・本願寺顕如が三好三人衆と結び、
各地の門徒に檄を飛ばし、信長打倒の号令をかけた。
一部の雑賀衆は本願寺決起前の段階ですでに三好勢に味方していたが、決起以降、
多くが門徒である雑賀衆は本願寺のもとに参じ、信長との全面戦争を繰り広げることとなる。
そしてこの一向一揆は、石山にとどまらず、伊勢長島・近江・朝倉滅亡後の織田領越前へと拡大した。
さて問題は、赤井家と雑賀衆との関係である。
赤井家を含む丹波国人衆は、1568年の足利義昭を掲げた信長の上洛に際し、
一旦これに服従している。これにより、赤井家は所領安堵された。
1570年の石山合戦に際しても、赤井家と信長との関係は変わらなかった。
関係が悪化したのは、1573年に将軍・義昭が信長に対抗して挙兵して敗れ、京都を追放されて以降である。
それ以前から義昭は、本願寺や浅井・朝倉・武田などと通じ、「信長包囲網」結成を
謀っていたのであるが、この義昭京都追放をもってようやく、赤井家は反信長に転じた。
反・信長勢力と結び、挙兵上洛の姿勢も見せた赤井家。
丹波守護代の内藤氏もこれに続き、義昭に味方するに至った。
さて問題は、一向宗決起の1570年から1573年までの3年間である。
信長と一向宗の全面戦争が行われていたこの間、赤井家は織田家と良好な関係を保っている。
赤井家と一向宗との関係については史料がない。
しかし丹波・丹後両国の守護で、丹後をおさえていた一色家などは、やはり信長と結んでいた
時期に、越前一向一揆鎮圧のため船団を派遣している。
であれば、赤井家もまた、信長と結んでいた時期には、一揆鎮圧の助勢や、領内の一向宗
禁圧を行っていたと考えることができる。
幸家が雑賀の部隊長に対し平身低頭の姿勢で応じていたのも、そのような経緯がありながら、
この期に及んで力を借りねばならないゆえかもしれない。
しかし歴史にあまり詳しくない鈴凛は、そこまで思い至ることはせず、ただ幸家の背中を眺めることしかできなかった。
360 :
無名武将@お腹せっぷく:03/12/18 07:52
ここのオナニーも長いね
チェスと将棋を比較してゆくと、
欧米企業(チェス)と日本企業(将棋)の特徴の違いがよくわかります。
その土地で生まれ育ったものは、その土地の人がもつ何かを表現しているからです。
チェスの駒の種類は、キング、ルーク、ビショップ、クイーン、ナイト、ポーンと
6つです。将棋は王、飛車角、金銀、香桂、歩と8つあります。
日本の方が多いですね。升目もチェスは縦横8つですが、将棋は9つで一つ多いです。
駒の種類、升目の数が多くなるほど戦略、戦術の自由度は増え、
ゲームの複雑性が増します。指し手に高度知能を要求します。
また、取った敵駒の扱いですが、チェスは自軍の駒として再活用できませんが、
将棋はできます。
羽生善治さんは、余談ですが、
女性棋士は男性棋士と比べて取った駒を使いたがらない、
貯金したがるといっています。面白い話です。
以上を勘案して、戦略、戦術の緻密さ、人材活用の多様性において
日本企業は欧米企業を凌ぐと私は思っています。
文才があると思ってるんだろうね。ヲタはこれだからw
夜が、明けた。西の空まで、晴天の青さが広がる。
南から北へと流れる奥谷川を挟んで、両軍が対峙する。
明智勢一万、赤井勢五千。
南には、丹波富士とも呼ばれ八上城のある高城城がそびえ、さの左右にも小山が連なっている。
南北に走る奥谷川を前方に、東西に流れる篠山川を左手に見る。
だいたいこの周辺は、山に囲まれた盆地であり、民家も多く、奥谷川の向こうには城下町もある。
もっとも、明智光秀の包囲により、城下町も大分人が少なくなっているはずである。
川の向こう側には、土塁が築かれている。その向こうに明智勢は控えているようで、
旗指物が風になびくのが、土塁越しに見える。
その土塁の向こうにも、柵が用意されているというのが、斥候からの報告である。
これら、赤井勢を防ぐための野戦築城とは別に、八上城に篭る波多野勢に備えるための
堀や塀や柵が、丹波富士を囲むように用意されている。
篭城戦はまだ始まったばかりであり、波多野勢もまだまだ意気盛んだ。
明智勢としては、挟み撃ちにならないよう、そちらの方にも兵を割かねばならない。
左翼に赤井忠家、中心に赤井直正、右翼に赤井幸家と投石機を配した横陣が、ゆっくりと前進する。
364 :
無名武将@お腹せっぷく:03/12/19 01:47
萌え
みんな縦読みしてるでしょ。
面白いから良し。
木板や竹束で作った盾を掲げての前進。
竹束の盾は、鉄砲玉を防ぐのに良い。これらの盾は、雑人に持たせる場合もあれば、
足軽が自ら持つ場合もある。しかし、士分の者はあまり持たない。
これらは、土塁や塀などの野戦築城には負けるが、それなりに使える装備である。
右翼に見えるひときわ高い盾は、投石機のための盾だ。
距離約300メートル。
この辺で、敵の鉄砲足軽が動きはじめる。土塁の上に現れ、一発撃っては隠れる。
幸家麾下の鉄砲足軽が、反撃のための装填を行おうとしたが、幸家は手で制した。
鉄砲の弾は、飛距離だけなら何百メートルも飛ぶ。
だが、殺傷力を発揮するのはせいぜい100メートルくらいからである。
狙って当てられるのは60メートルがいいところ、ともいわれ、熟練の鉄砲放などは、
十間(約18メートル)まで引きつけてから撃つという。
すなわち、このくらいの距離での射撃は、威嚇としての意味しかない。
鈴凛は、投石機の後ろに隠れる形でいるが、一応念のため、いつも額にかけている
ゴーグルを下ろし、装着した。
距離、約150メートル。
この辺で、厳しくなってくる。
幸家は、鉄砲足軽に射撃命令を下した。命を受け、装填作業を始める。
鈴凛は、投石機の陰からちょっと顔を出して、雑賀勢の方を見た。
雑賀勢に、まだ動きはない。いや、部隊長と、その隣にいる男だけが、
装填作業を行っている。
「強薬」
そんな声が聞こえた。
川向こうの土塁の上に、また明智勢の鉄砲足軽が現れる。
すると、部隊長とその隣、2人の雑賀衆が、竹束の陰から飛び出して、いくらか前に出たところで、
引き鉄を引いた。
轟音と、硝煙。
土塁の上の数人の鉄砲足軽のうち、一人が撃たないうちにまた土塁の陰に隠れ、というか転げ落ち、
一人は前に倒れて飛沫とともに川の中に落ちた。
二人の雑賀衆は、撃ったと同時に、弾の行方を確認することなく、振り返って飛び退き、
また竹束の後ろに隠れた。
二人撃ち倒されたことで、敵陣からの銃声が鈍る。
さて、強薬とは、通常よりも多目の火薬を用いることをいう。銃身の強度がその爆発力に耐えられないと
銃身破裂などの暴発を引き起こすので、強度の高い銃身と、火薬の限界量を見極める
射手の熟練との、両方が要求された。
少し距離を伸ばすくらいならともかく、これほどの距離で命中させ殺傷するには、
銃の性能とも射手とも、かなり高度なもの必要だ。
一旦、進軍の足が鈍る。
もう少しで、鉄砲の通常射撃でも殺傷可能圏内に入る。
伝令が、投石機に陰に隠れている鈴凛のもとに来た。届くかどうか試しに撃ってみよとの命令。
鈴凛は、直属の足軽に命じ、発射の用意をさせた。試しであるから、その辺にあった大きな石をセットする。
軸木の端を機関部にはめ、レバーを上げて固定。
その上で、機関部にあるハンドルを回して、軸木をしならせる。
ハンドルの横には10段階の目盛りがあり、これで飛距離をコントロールすることができる。
足軽は、ハンドルを10までのつもりで回し始めたが、鈴凛はそれを8のところで止めさせた。
これも強薬と同じで、あまり力を入れると部品の消耗が激しくなる。
レバーが下げられ、風を切る音とともに軸木が立ちあがり、大石を投げ飛ばす。
石は、大きな弧を描くと、川向こうの土塁の上ではね、手前に跳ね返り大きな水飛沫を
巻き上げて着水した。
そういや
アンパンマンのキャラにナンカヘンダーってやつがいるけど
食い物関係ないな
そうですな。あと、今日は咲耶の誕生日みたいです。
おめでとう!
誰?
飛ばした石の着水から間もなく、幸家からの前進命令が下る。
敵陣まで届かせるには、もう少し前に出ろとのことである。
もう少し前に出ると鉄砲の殺傷可能圏内であるが、仕方がない。
敵味方双方からの銃声がさらに激しくなり、弓の弦の音も混じってくる。
投石機を何メートルか前に出したところで、鈴凛は再び投撃命令を出した。
今度は、榴散弾をセットする。
ハンドルを回し終わったところで、信管に着火。
鈴凛製の榴散弾に使われる信管は、木の中をくり貫いて黒色火薬をつめた原始的な物であり、
爆発時期の調節はできない。着火する時間を調整するしかない。
文禄・慶長の役では、明・李朝軍が破裂弾「震天雷」用の信管に、ネジ式の導火管で爆発時期を
容易に調節できる洩火信管を用いているから(奥村正二著『火縄銃から黒船まで』岩波新書)、
この榴散弾はその点劣っていることになる。
木のしなる音、風を切る音。
勢いよく鈴凛特性の榴散弾が、弧を描いて飛び出す。
土塁を越えた。爆発音。火花が、土塁越しに見える。
断続的に続いていた銃撃のうち、榴散弾が着弾した地点からのものが、途切れる。
続けて、2発の投撃を命じた。
たちどころに二筋の炎が、土塁の向こうに上がる。
この榴散弾に使われる火薬は、ただの黒色火薬ではない。1円玉を削ってつくった
アルミニウム紛や、独自に調合したリン系化合物などを使用しており、威力が高い。
三発続けて撃ち込んだため、敵の銃撃のうち、赤井幸家隊の前のラインだけが沈黙した。
駄文だな
376 :
無名武将@お腹せっぷく:03/12/23 13:57
>375
今ごろ気づいたの?
377 :
無名武将@お腹せっぷく:03/12/23 14:16
そもそも赤井幸家は直正の甥だったのでは?
>>377 その辺が難しいところで……。
ネットで調べたところ、直正が次男で幸家が三男となっているのが多いようなので、
ここではその設定を採用しました。
ちなみに直正死後の後継者も、ネットだと直義が後を継いで幸家が後見になったというのが多数で、
一方、高柳光寿氏などは著書『明智光秀』で時家としており、
『信長公記』や『細川家記』だと黒井城落城時まで悪右衛門(直正)が生きてることになってたり……。
一応ここでは、当主・直正、弟・幸家、甥・忠家、子・直義という設定となっております。
敵役の光秀なんかだと、親の名前や素性すら諸説あるようで、その点三國志と違い
『正史』のような存在のない戦国は難しいところです。
銃撃が沈黙したのを見て、
長柄の足軽たちが勢い良く飛び出した。
土塁を越えての攻撃ではない。それは、幸家がまだ許していない。
ザブザブと音をたて、足軽たちが川に突入する。
目指すのは、川に浮かんでいる敵の死体である。全部で3体。
一体は、雑賀衆の強薬で撃たれた鉄砲放。一体は、やはり銃撃で撃ち倒され、もう一体は、
矢を射るため土塁の上に出たところを、背中に榴散弾を食らって思わず川に転落した弓兵である。
皆、すでに死に絶えている。弓兵などは川に落ちた時点でまだ息はあったが、
遮る物のない中で銃撃を何発も食らい、絶命した。
足軽たちがこれらの死体に群がるのは、首を取るためである。
一軍の中で一番最初の首を取るのは、「一番首」(甲州流軍学の『信玄全集末書』では、「先登」と呼ぶ)
といって、一番鑓と並び第一の功名とされる。
銃撃で死んだ者の首であるから、冷え首、死に首であるが、一番首は縁起なのでそれでも評価せねばならない。
基本的に一番首は、首のランクは関係なく評価される。
なお、銃弾や矢が飛び交う中で敵に切りつけることを「場中の勝負」といい、これだけでも功名となるが、
死に首でも場中で取ってくればやはり功名となり、生きている敵を討って首を取ってくれば、
これはもう「場中の高名」であり、さらに高い功名となる。
今度の場合は、敵からの銃撃は止んでいるので「場中の勝負」にはならない。
(鈴木眞哉著『刀と首取り』平凡社新書より)
さて、今眼前で展開されている首の取り合いには、そのような背景があるのである。
今回は指揮官の眼前であるから心配はないが、こういうものは場合によっては同士討ちに発展することさえある。
ラグビーのような修羅場から、一人の足軽が首を抱えて脱け出し、陣に向かって駆けてくる。
首は全部で三つあるから、他の首を獲った者がそれを追う。首を取れなかった者も続く。
何をもって「一番」とするかは陣に戻り報告した順である。
つまり、首を持った者のうち一番に駆け込んだ者が、一番首となるのだ。
幸家の前には、けっきょく最初に脱け出した足軽が駆けこんできた。
簡単な首実検を終え、一番首を取った足軽の名を祐筆に記録される。
それからまた、戦闘配置についた。
土塁の向こうにあまり動きはない。
鈴凛は、幸家に近寄って訊ねた。
「あの……敵軍いなくなってるみたいですけど、今が攻め込むいい機会じゃないんですか?」
幸家が、首を横に振る。
「土塁の裏にはあまりいないだろうが、斥候の報告で、土塁の向こうにさらに柵が巡らされている
ことがわかっている。さらに、土塁が積んであるということは、土を掘り出した所が堀になっているはずだ。
今行っても、土塁の上に上がったところを、柵の内側から狙い撃たれるだろうな」
「そうですか……。この前みたいな形には中々ならないんですね」
この前の合戦とは、黒井城西南での脇坂安治との一戦である。
「この前のは特別だ。すぐに決着をつけねばならなかった。普通は、特に織田の連中は、
塀や柵、堀を念入りに構えおるからな」
織田軍が野戦築城で勝利を収めた合戦としては、長篠の戦いが知られている。
よくいわれる鉄砲三段撃ちは現在では否定されているが、一般に「馬防柵」といわれる
柵をはじめとする野戦築城が勝因となったのは確かである。
しかしあの合戦では、武田軍の側もまた、勝頼の本陣が拠っていた連吾川東岸の丘陵上に
野戦築城を行っている。
そうすると、真に勝敗を分けたのは勝頼の側から動かざるをえなくした鳶ノ巣山攻撃ということに
なるのであろうが、ともかく長篠以降、織田家諸将はさらに野戦築城を重視するようになったという。
川向こうの土塁の上の空を見据える。奥谷川の風が、鈴凛の髪をかきあげる。
今のところ、敵陣に動きは見られない。
後方で、不意に馬蹄の音。
使番であることを示す旗指物。本陣からの伝令であろうか。
幸家と伝令が話すのを、横目で見る。
伝令が去ると、幸家は手をあげて鈴凛を呼び寄せた。
「本陣前までの移動だ。ここには抑えだけを置く。殿も、攻めあぐんでいるようじゃ」
鈴凛を呼び寄せたのは、投石機を使うためである。元々、幸家隊としては渡河しての
敵陣への攻撃を行うつもりはあまりなかった。
投石機を借りる代わりに兵法達者を赤井直義隊に付けており、また鉄砲放の割合も他隊より多い。
やはり、川を渡り、土塁を越え、敵陣を衝くのは直正隊ということになる。
足軽や雑人が綱を引き、あるいは後ろから押し、投石機を移動させる。
特に指示を出したわけではないが、雑賀衆もそれに続く。
奥谷川に沿って北上。
直正のいる本隊が見えてくる。敵の攻撃に苦しんでいるようで、銃や矢、石などで負傷している者も多く見える。
投石機を敵陣の方に真っ直ぐ向け、土塁越しに榴散弾を撃ち込む。
雑賀隊もまた、銃撃を浴びせる。
敵陣からの銃弾や矢は止んだが、しかし石礫は依然として飛んでくる。
これは、手で投げたり、スリングを使うなどして飛ばしたものだ。
銃撃および投撃のかたわら、本隊によって、渡河攻撃の用意が進む。
直正が、采配を右手に、前に出てきた。大きな厳しい目で、あたりを見回す。
雑賀衆も、戦闘態勢にありながらも威儀を正すのがわかった。
采配を、振り下ろす。
それを合図に、押し太鼓が鳴り響く。
鬨の声が上がり、長柄足軽が、それに続いて弓足軽が、あるいは水飛沫を上げながら、
あるいは板で作られた即席の舟や橋に乗り、一気に攻めかかった。
川沿いに築かれた土塁を、乗り越え、また突き崩しながら突破する。
奥から、銃撃の音。土塁の向こうにも柵が築かれており、そこから撃っているのだろうか。
しかし銃撃の音はそれほど多くないから、敵の鉄砲放が意外に少ないことがわかる。
先ほどの榴散弾や雑賀衆の銃撃で、かなり負傷したためであろうか。
もちろん足軽だけでなく、士分の者たちも、雑人とともに鑓を持って突っ込む。
川と土塁越しでは十分な指揮を取れないためか、直正自身も鑓を取り、馬廻り衆とともに渡河にかかった。
その後方、赤井直義隊の陣。
父直正が突入したのを見て、直義が「突撃じゃ! 父上に続け!」と騒ぎ、単身で走り出した。
それを、春歌と衛が、急いで追い、抱きかかえて止める。
直義は右手の采配を振り回しているが、それに従う兵はいない。
「直義様、いけません。直義様は、ここで控える約束です」と、春歌がなだめるが、
「しかし、父上が……父上が……。拙者も戦って、父上を守らねばならんのだ! 離せ!」
と言ってきかず、必死に春歌の手を振り解こうとする。直義の幼い双眸からは、いつの間に涙が流れていた。
「春歌!離すのじゃ!」「駄目です。春歌は、直義さまをお護りするよう、仰せつかっております」
「無用じゃ! わしなど守らんでいい! 守るなら、父上を守るのじゃ!」と問答が続く。
春歌は、直義の言葉に、ようやくなだめる策を思い出した。
「それでは……この春歌が、戦場に赴き殿をお守りします。その代わりに、直義さまはここでじっとしていてください」
それを聞くと、直義は暴れるのをやめ、春歌の顔を見上げた。
「本当か……? 本当に、父上を守ってくれるのか……?」
「はい。この春歌が、命をかけてお護りいたします。ですから直義さまも、ここでじっとしていると約束してください」
「うむ。わかった。約束じゃ。父上を守ってくれ。頼むぞ……」
と、直義の潤んだ目が、しかし真っ直ぐに、春歌を見つめる。
春歌は優しくうなずくと、長柄足軽の半分と衛を従え、敵陣めがけて駆け出した。
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いぃ!!トン汁でも召し上がれ!^^
テンポ良くなったなあ
川を越え、崩された土塁を越え、敵陣に突入する。備えの柵も、すでに味方が突破済みだ。
采配代わりの鑓を振り回しながら大声で指示を出す直正を横目に見る。
その直正目掛け、突っ込んでくる一団。春歌と足軽たちは、その前に回り込み、立ち塞がった。
春歌の薙刀と、敵兵の鑓とが、激しい音と火花を散らして打ち合う。
薙刀が、一人の鑓を叩き落とし、別の一人ののど元を切り裂いた。
仲間の足軽が敵兵を突き伏せている間に、春歌は中央を突破して、部隊長格の男に挑みかかった。
男は、鍬型の前立てを兜につけた当世具足に身を固め、左右に雑人を従えている。鋭い目と無表情な口元の若武者。
男の名は、三宅弥平次。後の明智秀満である。
弥平次は、手で左右の者を制すと自ら手鑓を取り、春歌に打ち掛かった。
鑓を横から力強く叩きつける。春歌が、薙刀を縦に構えて受け止め、防ぐ。
弥平次が、素早く鑓を引っ込め、すぐに刺突を繰り出した。春歌が、地を蹴り素早く後ろに飛んで、かわす。
弥平次はなおも、横打撃、刺突、すくい上げ、と続けるが、春歌は身軽にあるいはかわし、あるいは防ぐ。
「素肌の者(甲冑を着けない者)と甲冑の者が戦えば、素肌の方が有利」。
これは、渡辺幸庵という、宮本武蔵などとも面識のあった武芸に詳しい陰士の言葉である。
まさに春歌は、渡辺幸庵の言葉通り、軽装備の身軽さを活かして弥平次を翻弄していた。
見かねた敵の鉄砲放が、装填を終えた火縄銃を斜め前方から春歌に向ける。
銃声。春歌の斜め前方からではなく、後ろから。斜め前方の鉄砲放が倒れる。
撃ったのは、ようやく渡河してきた雑賀の部隊長だ。撃った火縄銃を仲間の雑賀衆に渡し、
代わりに別の装填済み火縄銃を受け取るが、それで弥平次を狙うような真似はしない。
この一連の動きに、春歌は気付いていなかった。後ろを振り返りもしない。
斜め前方から火縄銃を向けられ、しかしその鉄砲放が倒れたのを微かに意識の片隅で捉えたくらいである。
春歌の視線と全神経は、ただ一点目の前の弥平次に向けられていた。
弥平次の無表情な口が開けられ、息が吸い込まれる。弥平次の身体に気魄が漲る。
それを見て、春歌はさらに集中を高めた。
少し離れた横で、敵の鉄砲放が前進してきているのにも気付かない。
弥平次が、鋭く鑓を上から振り下ろす。
春歌は、薙刀の後端の方でそれを受けると、そのまま鑓に薙刀を当てて滑らせながら前に出て、
弥平次の左手篭手に強烈な斬撃を浴びせた。春歌の手に、堅く重い手応え。
「ぐあ!」と声をあげ、弥平次の左手が離れる。篭手は断ち切られていないが、ダメージは大きい。春歌はそのまま、
右手だけで持たれた鑓をすくい上げる。手から離れた鑓が、春歌の頭上を飛び、後ろの地面に切っ先から突き刺さる。
その時だった。
けたたましい銃声。春歌から離れた横からの銃声。斜め後方での、着弾音。
振り向いた。直正の馬廻り衆が、直正の足元に倒れている。直正もまた、右脇腹と左肩から血を流していた。
しかし直正は、残った馬廻り衆に支えられながらも、なおも大声を出していた。
本陣附けの長柄が、装填中の敵鉄砲隊に向かう。雑賀衆も、銃口をそちらに向ける。
そして春歌もまた、目の前の弥平次を放って、直正を撃った鉄砲隊に向かって走り出した。
春歌の脳裏に、先ほどの直義との約束が蘇る。直義の潤んだ目、涙に揺れる声。
約束を守れなかった悔恨が、もう取り返しのつかないという思いが、春歌の中を駆け巡った。
裂帛の、しかし悲しげな音を伴った気合を発して、薙刀を振り下ろす。
この合戦における、春歌の記憶はここで途切れていた。
夜の帳に包まれた、宿営地の寺。
一室の中で、航や春歌、直義や幸家たちは、床に伏した直正を囲んでいた。
直正は、苦しげな息の中で言葉をしぼり出している。
合戦自体は、光秀不在の明智軍を突き崩し、勝利した。終盤には、八上城に篭る波多野勢も包囲を突破して斬り込み、
勝利に一役買っている。そして直正は、銃弾を受けながらも最後まで立って指揮を続けた。
しかし合戦が終わって寺に引き揚げ、そして今直正は苦しげな呼吸を部屋に響かせている。
「御館様をお護りできず……、申し訳ありません。春歌、この度は腹を切り自害いたします」
と、春歌が泣き崩れる。それを、幸家や直正は、怪訝な顔で見つめた。ただ直義だけは、黙ってうつむいている。
「あの、それはですね……」と航は、春歌と直義の間で交わされた約束を説明した。
苦しげだった直正の顔にわずかに笑みが浮かぶが、しかし春歌はそれに気付かず泣き続けている。
「自害して……お詫びを……介錯は兄君さまに……」
ここで直義が急に立ち上がり、「春歌殿! 死んではいかんぞ。わしが許さん!」と春歌の肩を揺さぶった。
その光景を眺めながら、直正は手で指示を出して中澤治部大夫に箱を持ってこさせた。
初日の宿営地で、直正の部屋にあったのを見かけた、厳重そうに和ぎれに包まれた箱である。
開けると、中から出てきたのは、見事な雌雄一対の貂(テン)の皮であった。
直正が、そのうち雌の皮を春歌に、雄の皮を直義に手渡して言う。
「この貂の皮は我が家の家宝じゃ。これを、春歌殿に授ける。自害などと申さず、これからも直義を頼むぞ」
それを聞いて春歌は、逡巡したが、さらに直正から「頼むぞ」と力強く言われ、
「この春歌、身命にかえましても直義さまをお守りいたします!」とまた泣き崩れた。
それから直正は、黒井の城主を直義とすること、幸家がこれをよく後見することを命じた。
もっとも、赤井家の当主は忠家であり、直正はその後見であったのだから、状況はややこしいことになる。
ともかく直正は、そこまで言い残すと、枕に頭を押し当てて目を閉じた。
一同に緊張が走るが、しかしすぐに寝息が聞こえてきた。
その日の夜更け。
寺の一室で、航や春歌、衛たちは布団を並べて寝入っていた。
航の口から、かすかにうめきが漏れる。
航は、霧の中のような、暗い水中のような、異次元のような中で、一人の少女を追っていた。
走るたびに、少女の幻影は同じ分だけ遠ざかっていく。まるで月を追っているように。
少女は、紫がかった結った髪をなびかせ、整った顔の中の大きな目で、遠くを眺めるような目で、
こちらを見つめている。その瞳に見つめられると、なにか吸い込まれそうな感覚を覚える。
「兄くん……」と、少女が声を発する。
たちまちその声が、兄くん兄くん兄くん……と、空間の中に翳りのある声が反響する。
千影だ。この少女は、まぎれもなく千影だ。
不意に、距離が縮まる。千影が、手を伸ばす。その手を、掴もうとする。
しかし、指先と指先が触れ合う寸前で、千影は霧のように消えていった。
「兄くん……け……」と、言い残して。
航の耳には、最後の言葉は、「助けて」と聞こえた。
ガバッと、布団を跳ねのけ、飛び起きる。夢が、覚めた。額には汗が浮かんでいる。
航は、妹たちが起きないようゆっくり立ち上がると、静かに障子を開け、夜空を見上げた。
金星が、怪しく輝いている。
同じこの夜空の下、どこかに千影がいる。なぜかそう確信した。
同じように金星を見つめているかどうかまではわからない。
しかし同じこの時代、この夜空の下に千影はいる。
そして、異時代に飛ばされた自分たちが現代に帰るための鍵は、千影が握っている。
根拠はないが、そう確信できた。
航は、この時代のどこかにいる千影を探し出すことを、固く心に誓った。
第1部・終
389 :
無名武将@お腹せっぷく:03/12/31 01:39
第1部・終了乙可憐(出番少ないがv)
『週刊少年ジャンプ』の連載漫画的な意味における第1部・終です。
391 :
無名武将@お腹せっぷく:04/01/01 02:40
このスレが板違いじゃないんだったら、ほとんど板違いはないだろ。三戦板には。
正論かな?
393 :
無名武将@お腹せっぷく:04/01/04 18:36
自分のサイト作ってやれよ。
395 :
無名武将@お腹せっぷく:04/01/05 13:59
>>393 だよな。こういうスレッドの使い方自体、認められてなかったはずだし
396 :
無名武将@お腹せっぷく:04/01/05 14:05
足引っ張るだけが能じゃないだろ。読んで楽しい住民もいるはずだ。
そんなヤシは、彼が自分のサイト作ってそっちでやっても読みに行くだろ?
398 :
無名武将@お腹せっぷく:04/01/05 14:12
ネタ板でやるネタならば充分だという考え方もある。
文芸やキャラネタに誘導すべきかもしれないという考え方もできる。
(張)衛
千(坂)景(親)(字がちょっと違うが)
花(房職秀と)穂(井田元清)
(吉川元)春(の)歌
(蹴)鞠(と)絵(画を愛する氏真公)
白(石宗利と穴山梅)雪
スマン。なんとなくやってみたが、この辺が限界だ。
400 :
無名武将@お腹せっぷく: