関羽討伐について一考

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4 名前:無名武将@お腹せっぷく :02/09/26 11:16
そもそも当時の水軍がどのようなものであったかわからん以上は・・・


5 名前:無名武将@お腹せっぷく :02/09/26 12:39
お、一考シリーズ続編か


6 名前:無名武将@お腹せっぷく :02/09/26 18:37
孫皓の時代は有能な武将が処刑されたり讒言で失脚しているから
水軍の差というより呉を守る武将の質や量が晋に圧倒的に劣ってるのが原因では?
それと王濬は魏の武将というより晋の武将ではないか?

>>1
テーマがいくつかに分散しているので一度整理して
一つ一つ議論した方が盛り上がりそう。

>>2
揚げ足取るだけか

>>3
そう。
読み手が理解できる文章になっているから問題ない。

>>4
それも考えながらやるとスレが盛り上がる。

>>6
人材の問題のほかに組織の問題もあるかと思う。
しかし、レスの付かんスレだ
なんで戦争をするの?
というスレが密かに面白い
956
俺が昨日立てたネタスレがここみたいになった
958
新しいスレ、レスつかんね
960
961
962
年表を作るスレはそこそこ面白いな
200年以降はかなりつまらんが
そろそろ寝ます
928 名前:無名武将@お腹せっぷく[sage] 投稿日:02/09/25 14:30
じゃあ、魏はなぜ晋によって倒されたのかを考えろ

929 名前:無名武将@お腹せっぷく[sage] 投稿日:02/09/25 16:42
曹氏の権力が分散していた上、司馬氏に味方する者が多かったから?

930 名前:無名武将@お腹せっぷく[sage] 投稿日:02/09/25 16:47
そう
543 名前: [sage] 投稿日:02/09/17 05:01
国家だとか戦略だとか難しい言葉が飛び交ってるね〜。
しかし、ゲームや小説でしか歴史を知らない奴らはすぐ分かるね。
国家を語るならせめてプラトンの「国家」ぐらい読めよ。
岩波文庫から出てるよ。
戦略論、戦術論を語るなら何が良いんだ?
547 名前: [sage] 投稿日:02/09/17 08:39
>>544
>厳oじゃ無理だろ〜そんな軍事に疎いただの文官に、国家の大事を託していいとでも?
>といって、軍事に明るい文官的用兵家が他にいたかな?
>呉の人材不足はこの頃からか?
ロシュクも文官。
漫画やゲームでは諸葛亮やシバイは「軍師」となっているね。
しかし、彼らは基本的に国主の下で政治軍事を総覧する立場なので、
文官出身者でも武官出身者でも良いんだね。
>>535が厳oと言っているのは、従軍する参謀という意味ではないのは明らかだから
問題ないことになる。

>余計なお世話だ。そういうお前は三国志を知ってるのか?
>知らないでカキコしてたら、DQNだな。
研究者じゃないので小説や三国志についての本、
あとは菅子、論語、孟子、荀子、戦国策、史記、十八史略とその考察を行った本ぐらいしか
読んでない。
白文では読めないので現代語訳を読んだんだけど。

>偉そうなことほざいてエリートぶってんじゃねぇ!この西洋かぶれインテリもどきが!
偉そう?
あなたの方も私と変わらず偉そうなんだけど?
西洋かぶれ?
ゲーテとプラトンの著作を少し読んだことしかありませんよ。
インテリもどき?
2ちゃんに来るのにわざわざインテリぶる人はいないと思うが。
556 名前: [sage] 投稿日:02/09/17 09:58
>>543
>俺は国家とか戦略とかの定義や意味はあまりよく知らないです。
>だから、もしよろしければ国家について簡単にでもいいので語っていただきたい。
>いきなり本を読めと言われても、何かしら興味が出るきっかけがないと
>人間、なかなか素直に言うことは聞けないものですから。

失礼しました。
いきなり「本を読めよ」と偉そうに発言したのは、
このスレのレスの内容が200前後から低下しているのを残念に思ったからです。

国家について
昨日から国家についての意見が出てきていますね。
国家目標、国家戦略、志など色々と。
「呉は統一の意志を持っていたかどうか」「強大な魏に対抗するために呉が住民を戦死させるのは良くない」というものが多くありました。
ある人は「中国を統一して外部の民族からの侵略に備えなければならないのなら戦争はなくならない。それなら統一する意味はあるのか?」という問いを発しました。
戦争と平和という話題もありました。
極論してしまいますが、「上記のようなことを考え施策を行うのが国家である」と私は考えています。
これらの問題は個人で解決できる問題ではなく、その地域で権限を持った人及び組織が取り組み解決する問題です。

特に、呉(孫家といった方がより正確でしょう)は豪族の寄合によって成立しています。
周家、陸家は孫家の構成員(スタッフ)であると共にある地域のオーナーです。
周家、陸家はある時はオーナーとして自らの利益を追求し、単独で解決できない時は
より大きな組織である孫家の力によって解決しようとします。
(これは日本の荘園制誕生〜戦国時代の統治体制に似ていますね。)
557 名前: [sage] 投稿日:02/09/17 10:00
一番良い例が赤壁の戦い(曹操との関係)ではないでしょうか。
呉の内部で講和と対決に意見が分かれます。
講和を主張する人も対決を主張する人もそれぞれがオーナーであり、孫家の構成員です。おそらくまずオーナーとしてどうするべきかを考えるでしょう。
その後にそのオーナーとしての行動をより効率的・効果的に行うために、「孫家にはこうしてもらうのが良い」と考えを進めるでしょう。

人は今直面している問題をまず解決しようとします。
「曹操との関係をどうするのか」という大きな問題に対して、自分がスタッフとして所属する孫家という組織を第一に考えるのか、それともある地域のオーナーとして存在する自分を第一に考えるのか。
どちらを選ぶか、直面している問題とそれに対する自分の解決力と価値観それによって決まります。
557 名前: [sage] 投稿日:02/09/17 10:00
一番良い例が赤壁の戦い(曹操との関係)ではないでしょうか。
呉の内部で講和と対決に意見が分かれます。
講和を主張する人も対決を主張する人もそれぞれがオーナーであり、孫家の構成員です。おそらくまずオーナーとしてどうするべきかを考えるでしょう。
その後にそのオーナーとしての行動をより効率的・効果的に行うために、「孫家にはこうしてもらうのが良い」と考えを進めるでしょう。

人は今直面している問題をまず解決しようとします。
「曹操との関係をどうするのか」という大きな問題に対して、自分がスタッフとして所属する孫家という組織を第一に考えるのか、それともある地域のオーナーとして存在する自分を第一に考えるのか。
どちらを選ぶか、直面している問題とそれに対する自分の解決力と価値観それによって決まります。


558 名前: [sage] 投稿日:02/09/17 10:01
話を国家に戻します。

私が考える国家は上でも述べたように「個人では解決できない大きな問題の解決策を考え、それを行う組織」です。
国家方針とは「国家の判断・行動の基準」であり、国家戦略とは「国家方針をより効果的・効率的に行う為の手段」であると考えています。
簡単ですが、以上が私の国家についての基本的な捉え方・考え方です。

補足
 国家と国主と地域のオーナーなどの話は史記の列伝の商君などを読んで私の頭の中で整理したものなので、間違いがあるかもしれません。
560 名前: [sage] 投稿日:02/09/17 10:12
>>549
>>543=>>547です
孫子、六韜三略は読みましたよ。
戦略論はクラウゼビッツのものでしょうか?
これも少し読みましたが、読みづらいのでパスしてしまいました。

>>555
まさにそうでしょう。
ロシュクは呉蜀同盟という基本戦略を実践しえる人物を後任にしようとした。
しかし、適任者がなく「取り敢えずリョモウ」という判断でしょう。
しかし、リョモウは基本戦略を覆し荊州に兵を進めた。
681 名前: [] 投稿日:02/09/18 19:35
ここまでの議論を俺の意見を含めまとめてみる。
あくまで俺の意見を含めてのまとめなので、
反論のある方がいて当然。

関羽の元へ孫権は「婚姻関係を結ぼう」と使者を送った。
関羽はこれに対して傲慢な断り方をした。

このスレでは「関羽自身が返答した事自体が問題であった」という指摘、
「孫権から使者は事実上呉への誘降の使者だった」という指摘があった。

683 名前: [] 投稿日:02/09/18 19:36
これに対して孫権は呂蒙を司令官とする軍を荊州へ進め、
関羽を斬る。

このスレでの指摘。
呂蒙が魯粛の後継者に選ばれた理由についてなかなか面白い意見(俺がそう思っただけだが)があった。
呉は魏・呉に比べ豪族連合体としての性格が強かった。
その為、赤壁の戦いの前に豪族達の間で意見が分かれ孫権も決断に時間がかかった。
孫権の立場が絶対的なものではなかった。
それが魯粛の時代まで続いた。
孫権は魯粛の後継者に叩き上げの呂蒙を採用することで諸豪族を押さえ、
自らの立場を高めようとした。
また、国家戦略も呉蜀同盟を基本とする魯粛から、
荊州領有を積極的に行おうとしていた呂蒙へ変わっていた事が、
呉蜀の対立を決定的にした。
684 名前: [] 投稿日:02/09/18 19:36

関羽を殺され、荊州を呉に奪われた劉備は家臣の反対を押し切って
夷陵へ進軍する。
しかし、蜀軍は陸遜率いる呉軍に大敗し白帝城まで敗走する。

このスレでの指摘。
劉備の出兵理由。
1.関羽の敵討ちという劉備の私怨、ロマン的に言うと義侠的理由。
2.荊州出身者達からの要望に答えたという内部統制上の理由(突き上げというか拒否できない要望だった)。
3.荊州が国家戦略上不可欠で奪還しなければならなかったという、戦略的理由。
1.の理由であれば劉備は所詮は遊侠の徒でしかない。
2.の理由であれば自分達には直接の利益のない巴蜀出身者達が納得せず
本来の目的である内部統制は実現できない。
3.の理由であれば余りにも準備不足でお粗末すぎる行動であった。
1.2.3.のいずれを理由にしても、夷陵への進軍(呉との対立)は蜀にとって
戦略的に正しい行動ではなかったと言える。

夷陵の戦いを境に、実質上の蜀の指導者は諸葛亮に
呉の指導者は陸遜になる。
そして呉蜀の関係が改善される。

夷陵の戦いの後呉蜀の関係が改善された理由、
呂蒙の後継者に陸孫がなった経緯・理由については
まだ十分な意見が出ていない。
694 名前: [] 投稿日:02/09/18 20:08
>>685
婚姻の話を承諾するかしないかに関わらず、
関羽が国家の代表として呉の使者に対応せず、
関羽個人として対応したことが失敗だったということになるかな。

>>686
建前が漢朝の再興で、それを行おうとしたのが遊侠集団を核とする蜀だった。
それが求心力にもなり蜀の行動を制限(より効率的な戦略行動を取れなかったという意味での)
したということになるのかな。

>>687
「関羽の敵討ち」「荊州出身者達の要望」のどちらにせよ、
荊州に出兵しなければやはり内部統制は難しかった。
劉備の唯一の存在意義がなくなってしまうから。
そういったことかな。

>>689
>蜀の報復なんて読んでたに決まってるじゃん
>そして勝った
>更に魏もけちらした
この部分は呂蒙の戦略で
>(蜀呉の)国交の復活
は魯粛の戦略だよね?
後者は魯粛・呂蒙の死後に実質的な指導者となった陸遜の考えが入っているのかな?
陸遜の戦略はどんなものだったのか。
>>684でも最後に書いたが、陸遜が起用の裏に孫権のどのような意向があったのかにも
興味がある。
713 名前: [] 投稿日:02/09/18 21:36
>>699
>関羽処刑よりも荊州喪失に激怒したのかもしれんな、
>せっかく手に入れた地盤を奪われるわ麋芳以下多数が寝返るわ
>荊州軍は壊滅するわ、
蜀建国までの全てを失ったということですね。
劉備にとっては巴蜀の人・土地・戦略的要素よりも
ずっと思い入れの多い(ロマン的な表現になった)荊州以前のものを失ったことの方が
重かったということかな。
>>700
なるほど。
戦略的な見地からの出兵であれば、家臣の諫言も冷静に受け止めることができたかも知れない。
>>701
荊州はそれだけ蜀の国家戦略上必要だったということですね。
それは劉備のみならず蜀の諸臣に共通していたでしょう。
しかし、夷陵への進軍に反対したのが少数ではなかった。
それは荊州奪還の可能性が難しいもしくは、
奪還してもその後、呉との対立はより深まり荊州領有と同様に重要な
蜀呉同盟路線を完全に放棄することに繋がるという事を指しているのでは?
以上は関羽の敵討ち、荊州豪族の故郷奪還の為という義理を通すことが重要だったということ?
>>703
>呂蒙に変わったときに国家戦略が変化したわけではなく、この戦略を実現するために
>蜀を敵に回すかできるだけ協調していくかの差しかない。
>魯粛は確かに親蜀だが、荊州領有の為には蜀と事を起こす寸前であった。
なるほど。
魯粛の戦略は「第一に呉蜀同盟、第二に荊州領有」だと私は捉えていたが、
あなたは「第一に荊州領有、第二に呉蜀同盟」という捉え方ですね。
あなたの捉え方でいけば、
「時期の早い遅いはあるが荊州領有を巡る戦争が呉蜀の間で必ず起きる」
ということになりますか。
716 名前:701[sage] 投稿日:02/09/18 21:56
>>713
そうだね。
関羽の復讐にそれが当てはまるかどうかは別としての一般論だが、
国としては義理を通すのは重要な政治上の課題。求心力=統一性に
関わる問題だから。家の連合体である封建制下ではそれは顕著に現れる。
例えば武官は、自分の死後も国に子孫が引き立てられ繁栄すると信じる
からときに命を捨てる。
そういう種の「義理」を欠けば、国の拠って立つ基盤が崩れる。

あなたは基本的な思考の基盤として、計算上の戦略を至上のものとし
義とか侠とかいうものを軽視して、歴史が、当時の人間達の生き死に
の足跡だということを忘れているのではないか?

720 名前: [] 投稿日:02/09/18 22:09
>>716
>あなたは基本的な思考の基盤として、計算上の戦略を至上のものとし
>義とか侠とかいうものを軽視して、歴史が、当時の人間達の生き死に
>の足跡だということを忘れているのではないか?

ん?
少し行き違いがあるようです。
私の書き込み(>>694での>>687へのレス、>>713>>699へのレス)を
見て頂ければ解消されるでしょうか。
727 名前: [] 投稿日:02/09/18 22:21
>>721
>劉備一党に関しては、益以上のものも考慮しないといけないと思う。
>自分の利益を先に考える輩は劉備についていかない。
確かに入蜀以前に劉備に従った人達はそうでしょうね。
しかし、巴蜀出身者は必ずしもそうではないかもしれません。
その二つをどう組み合わせていくのが非常に難しい。
荊州奪還について劉備に反対した人が多かったのも事実ですね。
義理を優先するか、戦略を優先するかという選択をしなければならなかった。

740 名前: [] 投稿日:02/09/18 22:42
>>730
634、695、711を拝見しました。
私なりにあなたの見解をコンパクトにまとめました。
「組織維持の為に義は欠かせない。
 しかし、義を立てるために戦略を捨てて行動してはいけない」
という事でしょうか。
付け加えるなら
「組織維持のため義を重んじたのは劉備だけではない」と。
もしそうであるなら、私の考えとと大きな隔たりはないと思います。

蜀軍の夷陵進軍に関して私は
>>684>>694での>>687へのレス、>>713でのあなたへのレスで述べています。
743 名前: [] 投稿日:02/09/18 22:47
「義侠話」について
私の書き込みは>>701さんだけでなく、他の方とも行き違いが生じているようで。
私は「義侠は劉備だけのものだ」と主張しているのではなく、
「入蜀以前の劉備には義侠を前面に押し出す以外に他との違い(魅力)がなかった」と
主張しているつもりです。
その辺りをご理解頂けると嬉しいです。

745 名前: [] 投稿日:02/09/18 22:52
>>744
漢王朝再興じゃだめですか?

748 名前: [] 投稿日:02/09/18 22:56
>>746
ちょっと疲れたので
ttp://www.plastic-rouge.com/souten/t_ryubi.htm
751 名前: [] 投稿日:02/09/18 23:27
>>746
「大義」広辞苑で今調べてみました。
1.重要な意義。大切な意味。
2.人のふみ行うべき重大な道義。特に、主君や国に対して臣民のなすべき道。

「義侠」も
強きをくじき弱きを助けること。おとこぎ。おとこだて。

以上が言葉の意味です。

当時、漢王朝は弱ってます。
統治能力もなく各地で軍閥が割拠しています。
事実上、「中華」は分裂しそれぞれの勢力が拡張を狙っています。
その中で曹操は曲がりなりにも献帝を迎え形式上は
漢の大官の一人として中華統一へ邁進しましました。

劉備は。
ほとんど朝廷とは縁のないところで、なぜか「漢王朝の再興」を主張しながら
軍閥に食客として招かれ各地を放浪。
劉備が長く朝廷に仕えていたのであれば兎も角、すでに力を失った漢「王朝の再興」を
劉備が掲げる理由は?

大義であるとするならばむしろ曹操にある。
曹操は献帝を擁しています。
また祖父、父は大官でした。
更に中華統一へ向け一歩一歩成果を出しています。

劉備が自分とほとんど関係のない「漢王朝の再興」を掲げたのは、
大義と言うよりは義侠と言った方が近いのでは?
755 名前: [] 投稿日:02/09/18 23:37
失礼。
長文のレスを何度もつけて疲れたもので。

「大義」広辞苑で今調べてみました。
1.重要な意義。大切な意味。
2.人のふみ行うべき重大な道義。特に、主君や国に対して臣民のなすべき道。

「義侠」も
強きをくじき弱きを助けること。おとこぎ。おとこだて。

ということは劉備は義侠を大義にしたとお思いで?

757 名前: [sage] 投稿日:02/09/18 23:38
>>755>>752へのレスで

759 名前: [sage] 投稿日:02/09/18 23:39
>>756
じゃあ、あなたの意見をどうぞ。
人にちゃちゃを入れるだけで自分の意見を言わない人が多いので
たまには言う人がいても良いかと。
761 名前: [sage] 投稿日:02/09/18 23:41
>>758
>漢王朝再興は大義であって義侠ではない
はいはい。
それなら劉備は曹操のとこで働くでしょ。
劉備が曹操のところで働かなかったのはなぜ?

764 名前: [sage] 投稿日:02/09/18 23:45
>>760
董卓にも大義はあったと言えるかもね。
でも、中華統一へ向けての実績もしくは漢王朝の統治力を回復できなかった。
あくまで皇帝を擁立しただけで終わった。

768 名前: [sage] 投稿日:02/09/18 23:50
>>762
>諸侯は自分の正当性を主張したりして勢力拡大を図る際の助けとするが
>劉備の場合勢力の面で劣り特にこれといった能力が無いため漢王朝を
>再興するとのたまわって独立勢力としての支持拡大に勤めた、と言うか他に何もなかった。
勢力を持つものが勢力を持たないものに大義を説いて支持するか?
孔子はどうだった?
劉備はおめでたい坊ちゃんではないのでそれぐらいわったんじゃない?
それを分かった上で「漢王朝再興」を掲げるのは大義ではなく義侠(名誉心を伴った)によるものだと
私は思う。

>>763
じゃあ、「漢王朝再興」は大義ではない。
769 名前: [sage] 投稿日:02/09/18 23:52
>>765
荊州の清流派の何人が劉備に従った?

772 名前:無名武将@お腹せっぷく[] 投稿日:02/09/18 23:56
>>771
>男気で大勢力が作れたら苦労はしない
>>743
頼むからレスを確認してくれ
疲れる

773 名前:無名武将@お腹せっぷく[] 投稿日:02/09/18 23:58
>>771
>>2.人のふみ行うべき重大な道義。特に、主君や国に対して臣民のなすべき道。
>と述べているように劉備の行動倫理は大義
放浪していた劉備が漢王朝を再興しなければならない責任を持っていたとは思わない。

778 名前:無名武将@お腹せっぷく[] 投稿日:02/09/19 00:01
>>774
これは失礼しました。

>>775
結果だけを見ればそうなってしまう

779 名前:無名武将@お腹せっぷく[] 投稿日:02/09/19 00:02
>>777
じゃあ、これで決着で
疲れたよ
782 名前:無名武将@お腹せっぷく[] 投稿日:02/09/19 00:05
>>776
それなら私とほぼ一緒ですな。
結局、互いの意見の違いを明らかにするより最初に
共通の認識を確認してから違う部分について意見を述べたほうが良いね
821 名前: [sage] 投稿日:02/09/19 21:26
>>820
それを言ったのは俺だよ

827 名前: [sage] 投稿日:02/09/20 01:03
>>825
俺がプラトンぐらい読めって言ったんだが、
それは「プラトンの国家に答えが出ているから」ということではなく、
「国家の概念の基本が比較的わかり易く出ているから」だ。
読めば分かるが、『国家』はプラトン流の理想国家像が出ているだけで
普遍的に通じる国家がどういうものかが結論として出ているわけではない。
あくまで「国家の概念を理解するのに役に立つから読め」と言ったまで。

>>826
>一人二人が話していただけの話題を、全体のことのように話して釘を
>刺してみせることはないだろうに。
全くその通りだ。
俺が「読め」って押し付けたものを話題の中心にする必要はない。
俺はみんなの意見をもっと引き出したいから
あの様な発言をしたに過ぎない。
872 名前: [sage] 投稿日:02/09/22 03:23
煽る訳では決してない。

魏呉蜀のそれぞれの国家とそこに住む人の事を考える時に、
「国家とは何か?国家が存在する理由は何か?国家はなくてはならないのか?」
という問いになるのではないだろうか?

「プラトンの『国家』を読め」という煽りの様な発言以降
「偉そうだ」「意見を押し付けるな」と散々言われ、
さらに煽られる事も多かったが、俺も色々参考になる意見を拝見でき良かった。

それぞれの意見をもう少しまとめて述べるようになれば、
それに対して「同意見である」とか「この部分は考え方が少し違う」という
形で更に議論の内容は良くなるのではないだろうか。
ここでは議論ではなく論争が多すぎるような気がする。
893 名前: [sage] 投稿日:02/09/22 20:11
>>892
呂蒙蜀へ逝って良しとかいうやつか?
悪いけど俺が削除以来出したわけではないぞ。
ちなみに俺は正史に詳しくない。
544 名前:無名武将@お腹せっぷく[] 投稿日:02/09/17 08:02
>>535
厳oじゃ無理だろ〜そんな軍事に疎いただの文官に、国家の大事を託していいとでも?

といって、軍事に明るい文官的用兵家が他にいたかな?
呉の人材不足はこの頃からか?

>>543
余計なお世話だ。そういうお前は三国志を知ってるのか?
知らないでカキコしてたら、DQNだな。
偉そうなことほざいてエリートぶってんじゃねぇ!この西洋かぶれインテリもどきが!

837 名前:あぼーん[あぼーん] 投稿日:あぼーん
あぼーん

875 名前:無名武将@お腹せっぷく[sage] 投稿日:02/09/22 09:29
>>872
一人でHP作ってやってください。もう2chにはこないでね♪

892 名前:無名武将@お腹せっぷく[sage] 投稿日:02/09/22 18:50
俺が書いた煽りが消されてら

  プ  ラ  ト  ン  氏  ね

    正   史   は   カ   ス
988 :02/09/30 01:13
>>966->>986


>>987
俺へのレス
989 :02/09/30 01:25
989
990 :02/09/30 01:25
990
あと10
991 :02/09/30 01:26
991/1000
992
ヒソーリ993
もぞもぞっと
994
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あと一息だ
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