護衛兵日記2

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魏延様の護衛兵だった者です。

「だった」と言うのは、ご存知の通り、五丈原の敗戦後の乱で、
魏延様が斬り殺されてしまったからです。
魏延様は孔明様が亡くなられると、「ワレ、マカセロ」と、
諸侯を前に例の片言で意見しました。
もしこの時、普段から魏延様のお傍に仕えている我々がそこにいたならば、
その言葉が何を意味するものか、恐れながら皆様方に
ご説明申し上げたでしょうが、不幸な事に我々はそこにいませんでした。

そこでまず魏延様の言葉の意味を理解しかねた楊儀様が
「任せろ? お前がこの戦の総大将になるつもりか?」とあざ笑いました。
普段から魏延様の片言喋りは群臣の失笑を買っていたのは事実ですが、
それまでこんな表だって露骨にいう人なんかしませんでした。

多分、諸葛亮様が消えて、軍を抑える何かも消えてしまったためなのでしょう。
おそらく魏延様はあそこで「殿軍は俺に任せろ」と言いたかったのですが、
諸侯はそれをわからず、魏延様を激しく責め立てたそうです。
それでさすがの魏延様もたまらずに刀を抜いて、風を切ると、
すぐにそれを収め、諸侯の前を去りました。
「通じないなら、行動で示す」と考えたのだと思います。

諸侯も退陣の支度を急ぎ、我々を置いてたちまち撤退してしまいます。
死に物狂いで魏軍の追撃を食い止めました。
生き残った護衛兵は私を含め、たった二人になってしまいました。
魏延様と三人だけです。
しばらく見失っていた馬岱様より、空城を奪ったとの知らせがあり、
そこに避難することにしました。

数日間、休みましたが、もう魏は追っては来ないようでした。
安心して、互いに傷の手当てをしていましたが、ある日のこと。
外から「反逆者魏延に申し渡す。大人しく城を出て降伏しろ」との声。
見ると友軍である蜀の軍勢が我らを取り囲んでいるではありませんか。

矢文が来ました。
「丞相没後、謀反を行い、蜀に攻め入らんとするとは言語道断。
 しかし今、命乞いすれば命だけは助けてやる」という意味のことが
書かれていました。

何のことはありません。諸侯の嫌われ者だった魏延様は、
諸葛亮様が亡くなられてては、誰にも抑えきれる存在ではないため、
謀略で殺されようとしていたのでした。
魏延様は事の次第を知ると、城門の上からゆっくりと
その仮面姿をあらわしました。

楊儀様が言いました。
「おい、謀反人。片言野郎。これでお前も最後だな」
「……」
魏延様は黙っています。
「何か言ってみろ」
「……ワレ、殺セ。……馬岱、護衛、コレハ見逃セ」
「ほう……。さすがに見上げた根性だ。
 よし、それならば、『俺を殺せる者はあるか』と三度言ってみろ。
 そうしたら、お前ら全員助けてやる」
「……ウソハ」
「嘘は、ない」
「……オレ」
「早く言え」
「ヲ……コロセル……モノハ……アルカ」
「そうだ、その調子だ。……あと二回だぞ」
魏延様が胸を張りました。
「俺を……殺せるものはあるか!」
高々と片言でもなんでもない、堂々たる武人の声が響きました。
楊儀率いる軍勢もその姿を見て、驚いています。
「俺を殺せるものは」
三度目です。これで全員助けてやるという約束でした。
しかし、ここで馬岱様がいきなり魏延様の背後に現れました。
「ある……」
そういった時の魏延様の首は楊儀様の足元にありました。
この光景にあった我々は武器を捨てて降伏しました。
ここで武器を捨てた時、我々は護衛兵としての人生も捨てたのです。

以上、つまらない昔話で申し訳ありませんでした。
長らくおつきあいありがとうございます。
あなたの護衛するご主人も無事である事をお祈り申し上げます。
石になってまで主の帰りを待ち続ける忠烈なるあなたのご主人にも
ご武運を……。