遠方より、緑色の鎧武者が一騎、こちらに歩み寄ってくる。
そしてそれは不自然なほど巨大に見えた。
「あれは何でござる」
櫓の足軽が凝視した。
やがて地が震えているのに気づく。
ザクがマシンガンを構えた。
爆音にも似た銃声が絶え間なくなり響く。長篠の銃声を凌ぐ大音響。
ザクが敵陣に向けて左右に緩々と機銃を放つ。
陣中の将兵が、バラバラになって天に舞う。
「今のは何ぞ!?」
「敵ぞ、敵ぞ」
ザクが歩みを進めた。
「ひぃっ」
前衛の備えがその巨体に触れるまでもなく崩れた。
事態を理解できぬまま、鉄砲隊が種子島を肩に掲げて前方に走る。
土塁の影に百人ほどの鉄砲隊が駈け込んだ。
大将らしい、不器量な男が立ちあがって采配をあげた。
「鉄砲隊、放てー」
百人が一斉に頭を出して種子島に火を吹かせる。
「足ぞ。足を狙え」
射程距離から見ても、敵の造形から見ても無理のない狙いである。
だが、種子島の銃弾はザク本体の塗料をわずかに傷つけただけでに終わった。
「ジーク・ジオン」
ザクのコクピットにある男が、そうつぶやく。
再度、前進。
「退けい、退けい!」
鉄砲隊は引き下がった。
「まだ誰にもこちらから仕掛けるよう命じた覚えはないが、抜け駆けか」
家康の陣営がにわかに騒がしくなったのを見て三成は立ちあがった。
「霧深くてよく見えん。果して維新斎がはやったか」
「いや。島津殿の陣はあちらに」
左近が示した方向に島津の旗印が見える。
「すると誰が…?」
そこへ駈け込む武者の姿。兜はつけていない。
「物見からの報告!」
灰色装束の男。左近の忍びだ。
「敵陣に巨大な鎧武者が現れて、単騎暴れて廻っております」
「なに」
歯の根が合わない。
「家康様」
歯の根が合わず、応答できない。
「緑の武者に、西軍は呼応する動きを見せ始めました」
家康の眼が恐怖に見開いた。伝令は総大将の様子に青ざめた。
歯の音が耳に入った。
「わしは」
指の爪を噛んだ。
「逃げる」
立ちあがった。
「家康様」
忠勝がその肩を抑え、主君を床几に留めようとする。
「平八。あれを見ろ」
指差した先でザクが福島正則の身を握り締めて暴れている。
「逃げる他にない」
「かかれー、たんだ、たんだ、かかれー」
ザクの手の中で一人、吼えている武者がいる。
彼の頭蓋からは血が流れていた。
「この正則があれば、我が軍に敵はないのじゃー」
その声の向きは安定せず、滑稽かつ凄惨であった。
ザクの力加減が時々変わって、あばらを折る。
正則がぐったりとなった。
「皆の者、正則殿をお救い申せ」
細川忠興が、一度は敗走した正則の兵卒をまとめて、前に走らせる。
何人かは土埃とともに足蹴にされ、そのまま命を失った。
「よじのぼれ」
再度、ザクに数名が走り寄った。また、足蹴にされる。
しかし一人、ザクの足にしがみつく事に成功した。