◆ 武田騎馬軍団 vs 三國志VIII ◆

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【シドー】三国志vsハーゴン【光臨】 ver1.01

<帝都の憂鬱>

広大な中国大陸。時は後漢末の時代。
帝都にて、多数の武官・文官が、間者からの報告を受けている。
群議の上座に座す男の名は曹操、字を孟徳。

この数十年、彼は乱世に乗じ、「乱れきった漢帝国を再興する」として、
戦を繰り返し、ついには漢帝国の北半分、ほぼ全てを支配下に置いた。
しかし、それに抗する勢力が、二つばかり健在していた。

「……賈[言羽]よ。間者の報告が事実なら、
 ついに劉備は蜀(益州)の占領に成功したのだな?」
「はい。帝国南西部の蜀、南東部の呉。そして我ら中原の魏。
 謀らずも大陸は三つの勢力に分割されてしまった訳です」
「父上、これは捨て置けません。赤壁での痛手も癒えた今、漢中の張魯を破り、
 その勢いで劉備をも討ち滅ぼしてしまうべきです」
「曹丕、そう急かすでない。情勢を冷静に見つめるのだ。
 聞く所によれば、蜀の劉備と呉の孫権には、同盟国でありながら、
 国境線の揉め事が絶えないという。
 闇雲に兵を動かすよりも、このような情勢を利用して、
 彼らを争い合わせ、国土が疲弊した後に攻取るのも面白いと思わないか」
「さすが、丞相。私もその策が一番かと心得ます」
「大陸の覇者は俺一人だけでよいのだ。劉備、そして孫権。今に見ておれ…」
<悪魔の大神官>

その頃、この国の北西端に位置する西涼の地に、
大神官ハーゴンなる人物がどこからともなく現れた。彼の狙いはただ一つ。
魔王バラモスが果たせなかった世界制覇。

この大陸の人民全てを悪霊の神々に捧げれば、破壊神シドー様が光臨なさる。

されば彼の野心も夢ではない…。
しかし不幸にしてこの国の人民はまだ何も知らない。
果して中国大陸の、そして世界の運命は如何に……?

神官 ハーゴン... 武 73 智 63 政 70 魅100
将軍 ベリアル . .武 88 智 58 政 43 魅 01
軍師 バズズ  . .武 75 智 96 政 73 魅 01
武臣 アトラス   武100...智 31 政 01 魅 01

使用ゲーム:三国志VIII
プレイ君主:大神官ハーゴン
シナリオ:西暦214年。

群雄:
中国大陸の主要部分を支配し、そして漢王朝の皇帝を擁する曹操の魏。
大陸南西にある益・荊を領有する劉備の蜀。
大陸南東の江南一帯に君臨する孫権の呉。

他にも弱小ながら、漢中を支配する新興宗教勢力の教祖的存在・張魯、
遼東に割拠する公孫恭がいる。
<荒野の四人>

大魔王ゾーマが勇者ロトに討たれた時、その遺臣はこぞって表世界に脱出し、
ギアガの大穴を急ぎ閉じる事で、ロト一行をアレフガルドに封じこめる事に成功した。

大神官ハーゴンは失地アレフガルドの奪還と、ロトの勇者への復讐を誓い、
まずはバラモスが君臨し損ねたこの表世界で、自らの勢力を蓄える事を考えた。

夕日。塵を含んだ風。そして、うら寂しい荒野に広がる四つの不気味な影。

「ここが中国大陸というところか…。聞きしに勝る広大さだな。アトラス」
「そ、そうみたいなんだな。こ、これが」
「人間も多い。よって悪霊の神々に捧げる生贄に不自由することもあるまい。
 この大陸を制すれば、世界制覇もたやすいであろう。
 それでわしはまず、ここ西涼に拠点を構えようと思う。
 バズズ、差し当たって何か良案はないか」
「そうですな…。差し当たっては軍備の増強が必須でしょう」
 何、たやすい事です。我らにはゾーマ様より受け継いだ
 金銀宝石と生命体とを組み合わせて魔物を作り出す秘術があります。
 まずは近隣より財物を略奪し、それを用いて、
 この地にいる人間どもを魔物に変え、徐々に力を蓄えるのです」
「不肖、このベリアルも同意見です」

一つ眼の巨人・アトラス。有翼の猿獣・バズズ。牛頭の魔王・ベリアル。
この頼りになる三人の臣を前にして、大神官は杖を高く掲げた。
三人もこれに続き、悪霊の神々に野望達成の誓いをたてた。
476無名武将@お腹せっぷく:02/05/27 23:46
おい、つまんねーよ。才能ねよおまえ。やめちまいな。
                      晋陽        薊              北平               
西涼■┓      上党┏━◇━━━━━◇━━━┳━━━━◇━━━【】遼東   
      ┃          ◇┓      業β┏━━━┳◇渤海┏━┛             
      ┃  弘農    ┃┗━━━━━◇━┓  ┗━━━◇平原          
西平□┫  ┏◇━┓┃洛陽    陳留┃  ┃┏━━━◇┻━┓ 
      ┃  ┃    ┗◇━━━┳━━◇  ┗◇濮陽  済南  ┃ 
天水┏◇  ┃長安  ┗┓宛┏◇許昌┗━━┫      ┏━◇┛   
    ┃┗━◇━━━━◇━┛┗┳━━◇━◇小沛  ┃  北海     
    ┃  ┏┛        ┣━━━◇━┓言焦┃┏━━┛     
武都□━〓漢中  新野◇      汝南┗┓  ┗◇下丕β 
    ┃  ┃上庸      ┃襄陽        ┃  ┏┛        ■=ハーゴン
  倍▲━┻□━━━━◇━┓    寿春◇━□広陵      ◇=曹操
    ┃    ┗┓永安┏┛┏▲江夏  ┏┛  ┃          @=孫権
    ┣━┓  ▲━┳▲━┫┗━┓┏┻━━@┓抹陵    ▲=劉備
    ┃巴▲━┛  ┃江陵┃柴桑┗@廬江  ┃┃        〓=張魯
成都▲━┛  武陵▲    @━━━┫  ┏━┛┗@呉    【】=公孫恭
    ┣□建寧    ┣━▲┛      @━┛    ┏┛      □=空白
永昌□┃    零陵▲  ┃長沙    翻陽      ┃     
    ┃┃        ┗▲┛              会稽@      (C)三國志VIII
三江□┛        桂陽                           作成:武田騎馬軍団
478無名武将@お腹せっぷく:02/05/27 23:53
>>477
ずいぶん時間かかったな。やっぱ才能ねーよ。
<西涼に迫る影(1)>

西涼は、中央アジアと中国大陸とを結ぶ、交易の要所として栄えていた。
時に周辺より騎馬民族の襲撃を受けるが、住民は勇敢で、
紛争に負けず、敢闘してこれを常にしりぞけていた。

そんな彼らの領域に、荒涼とした大地に渇いた風が吹きすさぶ。
城門を守る兵士が地響きを感じ、その方向を見やると、
身の丈が常人の三倍はあろう、尋常ではない巨大なる人影があった。

ゆるゆると迫る謎の巨漢。半裸だ。肩には丸太を一本ばかりかついでいる。
百戦錬磨のいかつい守備兵の一人が怖れを隠して、声をかけた。

「何用か存ぜぬが、残念ながらこの城門は夜間は開かぬ。
 しばらく、その辺りで夜営したま……、ややっ!」

ここで男は絶句した。月明かりが巨漢の姿を明らかにしたためだ。
男の筋骨たくましい肌は汗血馬のように真っ赤であった。
しかしそれよりも驚いたのは、彼が「一つ目」だった事だ。
噂に聞く夏侯惇のような「片目」ではなく、本当に一つしか目玉がないのだ。
<西涼に迫る影(2)>

「さあ、じ、城門を開けるんだな。
 あ、開けないって言うんなら、力づくでこじ開けるぞ。これが」

一つ眼の巨人の脅しに、守備兵が恐慌の状態に陥った。

「構えーーーっ」

誰かが大声で号令する。弓矢がまばらに向けられた。
しかしどれも身に突き刺さる事なく、払いのけられる。
巨漢はそのまま城門に歩み寄り、手にした丸太で城門をぶんなぐった。

揺れた。凄い衝撃だ。
それが二度、そして三度と続く。

一度、殴りつけるたびに数十の兵卒が逃げ出した。
七度目でついに城門がぶち壊れた。
巨漢はここでふりかえり、何者かに拝礼した。

「ハ、ハーゴン様、開きました」
「うむ。アトラスよ、ご苦労であった」

この日より、西涼は悪魔が支配するところとなる。
<地獄の支配者>

悪魔が西涼の支配をはじめて早、一ヶ月が過ぎた。

西涼は元々馬騰・馬超の一族が支配するところであったが、これが魏に座を追われた後、
魏によって新たな太守が派遣されるも、馬親子に恩義を感じる土豪らに殺されてしまい、
以後、太守不在の独立領と化していた。

しかし、これが彼らに災いした。
強力な軍事力が背景にない状況は、わずか三体の魔物を引き連れた大神官が、
この地を支配するのを容易にした。

大神官らは地域の要所を、爆破の呪文と大地をも割りかねない怪力を駆使して、
破壊し尽くし、たちまち政庁を占拠してしまった。

紫の悪魔・バズズは地元の有力者を呼び集めると、「我らに力を貸せ」と脅し、
彼らから財産を奪った後、人民を強制的に徴発し、各種労働にあてた。
脅しの意味も兼ねて、毎日、数人の男女がむごたらしく殺されて食われたり、
あやしげな術で魔物に転生させられたりした。
これにより、はじめはたった四体であった魔物が、見る間に数千、数万と増えて行く。
他国に逃れようとする者はアトラスが手勢を率いて残らず殺す。

今日もまた、突貫に徴発された、住民の群れが現場に向かう。
道中、水路に湯気を放ちながら腸をさらけ出した死体が流れるのが見えたが、
その死体が誰のものなのか、なぜこんな所を流れているのか、
既にそれすら考える者もいない。

まさしく極限の恐怖政治が布かれていた。
<西涼の死道軍>

西涼の各地に怪しげな旗が立てられた。
それには不吉にも大きく「死」、或いは「死道」の文字が記されている。
ハーゴンが築かんとする王国は死の王国。それを真正直に表す旗である。

その「死の旗」が堂々と翻る西涼の政庁に、狭そうな顔をしてアトラスが入って来た。

「全員、揃ったようだな」

アトラス、バズズ、ベリアル。皆、ハーゴンの忠実な家臣である。

「まずはバズズ、周囲の情勢を述べよ」

軍礼するバズズ。

「周辺の騎馬民族は西涼一帯の異変を恐れ、こらちに近づく事を極力避け、
 これを話題にのぼらせる事でさえ、忌避している有様です。
 魏もこの異常事態を察したようが、視察に派遣された男は一人残らず、
 その場で殺し、生きて帰らせた者は、ただの一人もおりません。

 魏の為政者たちは、まさか西涼に本当に『悪魔』がいるとはゆめ思わず、
 いまだ馬一族の治世をなつかしむ勇猛な人民が抵抗を続け、
 派遣された視察者を残らず捕らえ、頑強に抵抗しているのだろうと
 くらいにしか思っていないでしょう」
「いずれはわしらの事も知れようが、今はまだ誤解されたままの方がよいな」
「この間に我々は魔物を増やし、着々と国力を育てるのが上策かと心得ます」
「うむ。まだまだ我が軍は戦力が不足しておる。引き続き行政に当たれ」
「御意にございます」
<蜀の劉備軍>

山深い蜀の首都、成都。
かつて劉焉・劉璋親子がこの都に益州の民政に力を入れていた為、
辺地とは思えない程の隆盛を誇り、民情も落ち着いていたようである。

しかし、帝国の体制をおびやかす曹操の野望を砕かんとする劉備軍が、
曹操に対抗する拠点を求めて益州を奪ってからは、
成都は俄かに軍事都市の一面を深め始めていた。

城内外を行進する兵卒の群れ。列を成して運ばれる武具・兵糧。
政庁に集う群臣たちにも軍装の者が目立つ。
武官は公事に関わる時、帯剣以外の武装を解くなと命じたのは、
現在の蜀主・劉備である。その劉備が、馬超に訊ねた。

「かつてお前が治めていた西涼の様子はどうだ?」
「一時期、魏に奪われましたが、すぐに地元の豪族達が行政官を追放し、
 自治を回復させましたが、最近、音信が完全に途絶えた所を見ると、
 どうやらまたしても魏の手に渡ったものと思います」
「確かにあちらの情勢はある日から、全く解らなくなった。
 魏からも独立したという噂もあるが、それはあるまい。
 おそらく不穏な空気のまま、厳しい管理の元に置かれているのであろう。
 私は魏軍から皇帝陛下を取り戻し、帝国の復活に尽力せねばならないが、
 それとともに、お前の旧領回復にもつとめるつもりだ」
「我が父の願いもただ一つ、帝国の復興でありました。
 魏軍の壊滅まで死力を尽くし、蜀軍とともに戦います」

馬超が深く頭を下げた。隣の魏延がこの背を叩く。

「よくぞ申された。そのためにはまず漢中の張魯を征伐し、
 しかる後に長安へ攻め上らねばなりますまい。
 我ら正義の力を見せ付ける日は間近ですな」

蜀軍の士気は多いに沸き立っていた。
<悪の祭壇>

ハーゴンは西涼の山岳に簡素な祭壇を築き、毎夜、悪霊の神々への祈祷をかかさなかった。

月もない闇夜。轟く稲妻。

ハーゴン! ハーゴン! ハーゴン!

いつしか彼の篭る山に、狂気と化した群集が集い、その名を喉から血が出る程に連呼していた。
小牛ほどの巨大ななめくじ、肉体を持たぬ鎧のかたまり、火を吹くとんぼ…。
群集は全て「人」ではなかった。

もはやこの西涼に奴隷以外の「人」と呼べる生き物は絶えているのだ。

「悪霊の神々よ! その主神・シドーよ! わしらに力を!」

渦巻く風。狂ったように歓喜の雄叫びをあげる魔物たち。
目玉が輝く。体液が飛ぶ。遠吠えが響く。

「人々に狂気と破壊を! 死の道は偉大なり!」

ハーゴンの得意とする「夢」や「幻」を用いた、「あやかしの術」が放たれた。
ある将兵の夢の中では、美女は悪霊の神々の教えを説き、
ある者は執拗に悪夢に苦しめられ頭痛を患う。
怪しげな周波を受けた群雄は争いを求め、その動きを活発にする。
中原では幾度となく、民衆の反乱が勃発し、
漢中の張魯もその中にあって曹操軍の侵略を受けてあえなく滅びた。
<魏の銅雀台にて>

魏は公孫恭が謀反したとの名目をもって、彼らの勢力を遼東から駆逐し、
盛りあがる戦勝気分で、人としてあるべきではない傲慢な祭典を催した。
なんとこの国の皇帝の親族を人質に、恐喝の末、強引に王位を得たのである。

[業β]の都に立ち並ぶ、王宮にも似た装飾豊かな建造物。
文武百官が集い、豪勢な大宴に皆が酔いしれていた。大変な熱気である。
高台には、中原の覇者・曹操が誇らしげな笑みを見せている。
一方、その傍らで、この国の本来の主である皇帝陛下は沈鬱な顔つきであった。

「今日より我輩は魏王の位についた。皆の者、一層の忠誠を願うぞ」
「曹操様はついに人臣たる丞相から国王の地位に上り詰められた!」
「魏王殿下万歳! 魏王殿下万歳!」

しかし魏の臣で曹操が王位に封じられた事を喜ばない者も少なからずあった。

荀[或〃]や華[音欠]のように、帝国の安否を気遣う者たちは、
「皇帝陛下の一族を脅迫し、大王の御位を実力で奪い取るとはなんという暴挙!
 私はこれまでこんな男に従っていたのか…。
 このままでは皇帝の位まで奪いかねない奴だ」
等と嘆き、その拳に血が滲む程、壁を殴ったそうである。
<ピサロ誕生>

その日のハーゴン邸は期待と緊張につつまれていた。
大神官の寵愛する側室が一人の男児を生んだのである。
この側室は西涼一といわれる美女で、ベリアルがその家族を殺して奪い取った女である。

「…おお。これはこれは。ハーゴン様に似て、見事な赤子でございますな」
「うむ。母にも似て美しい顔立ちだ。
 しかし、わしの素質もしっかり受け継いでいるのであろう。
 全身から強大な魔力を感じる。きっとわが世継ぎとして大きな男になるだろう」
「じつにめでたや。…名前は何と致しますか?」
「それはもう考えてある。『ピサロ』というのはどうだろう」
「よい名前かと思います」
「決まりだ。今日よりこの子はピサロだ。立派な魔王に育てて見せるぞ」

ピサロはひたすら泣きじゃくっていた。
<四万五千の魔物>

ハーゴン軍の兵備は整った。揃った手勢は四万五千ほど。
総大将ハーゴンが二万、参謀バズズが九千、アトラスとベリアルが各八千。
充分過ぎる兵力であった。
西涼は暴政というのも愚かな統治ぶりで、開発もおざなりな為、
生産力に乏しく、そろそろ兵糧の残りが危なくなって来た。

「そろそろ攻め時ですぞ」
「うむ」

ベリアルに促され、ついにハーゴンは隣接する魏の天水を攻略するよう軍令を発した。
表世界での初陣に胸が高鳴るハーゴン軍。

「アレフガルドではゾーマ様の指揮に従って数千ほどの軍勢を動かした事があるが、
 これほどの大軍ははじめてであるな。果してどのような戦になる事か…」
「怖れる事はございません。アレフガルドの連中は魔法を使いましたが、
 この国の連中は物理的な戦い方しか知らないはずです。
 もっとも若干ながら例外がいるようですが、それも子供だましです」
「…ベリアル殿、油断大敵でございますぞ。いくら敵が魔法を知らぬと言えども、
 それに勝る戦闘力を秘めた者が多数ございます。
 伝聞ではアリアハンのオルテガも放浪中、この国の呂布なる武将と立合い、
 ついに一歩も踏みこめなかったとか。
 しかもその呂布と引き分ける程の武量の持主が一人や二人ではないらしいですぞ」
「ぼ、僕も聞いた事があるんだな。し、しし、蜀の関羽や張飛というのは
 黄巾が率いた一撃で[登β]茂(トロル)を斬り殺す勇者らしいって」
「ほほう。この国の人間はそれほどまでに強いのか…。
 構わぬ。目にものを見せてくれるわ」
<魑魅魍魎の大行進>

「敵を殺せ! 破壊神シドー様に生贄を捧げよ!」
「ぐおおおおおーーー!」

ハーゴン軍、四万五千が狂暴な行軍をはじめた。
行く先々で集落を根こそぎ潰し、道中に見つけた生き物は兎一匹、生きて返さなかった。
時をそれほど置かずして、天水を預かる太守・夏侯淵のもとに伝令が走る。

「夏侯将軍、伝令によると怪しげな行列がこの城砦に迫っているようです」
「おそらく北方の異民族であろう。どれ、軽くあしらってくれるか」

前にして口では軽く侮って見せたが、より多くの伝令の報告を冷静に集め、
その数が四万五千に及ぶと知ると、自らはそれに倍する
九万五千の大軍を催して出陣すると共に、長安に援軍を願った。

「…敵勢は古今東西の化け物に仮装し、異様な姿で押し進んでいるらしい。
 これには何か計り知れぬ策が張り巡らされているのかも知れぬ…」

夏侯淵の脳裏に蜀の天才軍師・孔明の名が浮かんだ。
<ハーゴン軍 対 夏侯淵軍>

天水の各地から大軍が集められた。彼らを前にして夏侯淵が演台に昇り、
大声で号している。

「北方の異民族が連合して攻め寄せている。大将は不明。軍備も並のものではなく、
 化け物じみた衣装を纏っているという事しか解らぬ。
 しかし戦意は高く、先々で我が国の人民を殺戮しているらしい。
 密かに蜀の馬超が西涼に入り、豪族どもを糾合したのかも知れない。
 いずれにしろ、侮れる相手ではない。兵卒は指揮官の指示を絶対厳守し、
 指揮官は全てこの夏侯淵に従え!
 もし俺が前に出れば、お前達も前に出て、下がるならば、お前達も下がれ」

夏侯淵は全軍が残らず揃った事を確認すると、厳粛な隊列で迎撃に向かう。

一方、ハーゴンの軍勢もまた、夏侯淵が迎撃に出ると聞き、
陣列を突撃の態勢に改めた。

「斥候のグレムリンの話によれば、敵はわしらの倍に近いようだ。
 しかも組織戦に手馴れていて装備も充実しており、手ごわい相手となろう」
「まずはこのバズズが呪文攻撃で敵軍の士気を阻喪させ、
 あとはアトラス殿とベリアル殿に叩き潰してもらいましょう」

夏侯淵の騎馬隊が見えて来る。時を置かず、ぶつかるのが面白そうだ。
突進して来る魏の騎馬軍団。
バズズは空を見た。鬱々と曇っている。あの呪文を使う好機である。
呪文を唱え始めた。長々と続く抑制の効いた詠唱。
そしてそれは一つの言葉に辿りついた。

「イオナズン!!」

静かな閃光。……そして、大爆音!!

将兵が塵のように吹き飛んだ。

「なんだ今のは」

衝撃に気を失った騎馬、呆気に取られる騎兵達…。
焼け焦げた仲間を気遣う時もなく、陣列の崩れ始めた魏の騎馬隊。
構わず前進する者もあれば、驚き退散する者もある。
どちらかと言えば、後者の方が圧倒的に多い。
後方に待機する歩兵の部隊もひどくざわめいた。

幾らかの指揮官は前線の立てなおしをと、部隊を前進させる。
しかし、友軍が近づく前にアトラスの巨体が騎馬隊に迫る。
後方に構えを置く本陣はアトラスの軍を見て驚いた。

「何だ、あの大軍は…」

立って歩く骸骨の兵、目や口を持つ粘土の塊、不思議な踊りを舞う泥人形…。
どう見ても人間が仮装しているのではない。
まさしくこの国の誰もが夢にすら見た事もない化け物の群れだった。

アトラスが棍棒を振るった。一度に数百の兵士が薙倒された。
夥しく、血が、剣が、人が、天に跳ばされた。

「イヒヒヒヒ」

想像を絶する惨状に、夏侯淵は顔面蒼白となった。
「アトラスに続くぞ」

ベリアルが、バズズがその巨体を現した。魏軍は驚き戸惑っている。
ハーゴンが将兵の頭に仕込んだ呪いを放った。たちまち壊乱する各部隊。

夏侯淵らは恐怖に駆られながらも、強く引き絞った弓を次々に放つ。
「放てーっ!」
「ぐあっ」
「うげぇえっ」
連射する弓矢に当たるとあっけなく倒れる魔物達。
これは案外組みやすいのではないか。恐る恐る魏軍が前に進んでくる。

ハーゴンが甲高い声で命じた。

「ものども、引くのだ。わしらの前に現れる部隊を各個撃破する!」

ハーゴン勢が後方に引くと魏軍の部隊も前に出る。
数を頼みに突き進む魏軍。緒戦で士気を阻喪されたとはいえ、
さすがは天下に名高い魏軍。その戦いぶりは勇敢であった。

たちまち追撃部隊は壊滅させられた。
ハーゴン軍はその半数を失ったが、魏軍もまたその半数を失った。

大神官軍の兵力、二万五千。抗する魏軍の兵力、三万。

「大神官様、これだけ痛めつければ充分でしょう。
 我らも痛手を蒙りました。そろそろ引き上げ時です」
「うむ。天水はいずれ頂く事にしよう」

大神官軍は天水の魏軍に恐怖の二文字を叩きつけた後、静かに陣を引いた。
夏侯淵の頭髪は真っ白になっていた。
<魏王・曹操、天水の報せを聞く>

許都の曹操。そしてその軍師・賈[言羽]。
回廊を歩きながら、天水からの報せを聞いている。
報告は天水で従軍した朱霊が行なっている。

「朱霊。すると涼州に割拠する人ならぬものが大挙して押し寄せ、
 お前らを襲ったと、そう申しい訳であるな」
「ははっ。彼らはその後も時折、我らの領内に略奪部隊を繰り出しては
 こちらを絶えず挑発してかかっています。
 人民のみならず将兵も彼らを恐れ、不安に怯える日々を送っています」

曹操は立ち止まって、軍師の方を振り向いた。

「賈[言羽]よ。今の話、聞いたな?」
「蜀の軍師は、火計を成功させる為、風の向きすら変える仕掛けを知る男。
 得体の知れぬカラクリを用いた可能性は高いかと思います。
 残念ながら何をどうしたのか、この目で見るまで想像もつきませんが…」
「余もこれは蜀軍の陰謀だと思う。ここは早めに奴らを叩かねばならんな」
「すぐにも兵を挙して荊州・益州を侵すべきでしょう。小細工の根を絶つのです」
「な、何と仰せられる! 此度の敵はどう見ても本物の化け物であって、
 蜀軍なんぞの成せるカラクリではありませんぞ! どうかお早く天水に援軍を!」
「朱霊、そちは少し疲れておる。天水の夏侯淵にはこちらから労いの品を
 送っておくゆえ、しばし都で休んでいくがいい」
「……(どうして信じてくれないのだ)」
<曹操と賈[言羽]の不覚>

天水の諸官もあれから幾度となく魏王・曹操に化け物に関する詳報を送ったが、
彼は帝位簒奪の準備と、蜀・呉の攻略の対策に頭を痛めており、
それどころではないようだった。

一度は深刻に側近の賈[言羽]に相談したが、この天才的な名軍師も、
夏侯淵や朱霊の眼力を頭から馬鹿にしており、彼らごときなら、
諸葛亮の策に嵌められても無理はないと侮っていた。

勿論、賈[言羽]も馬鹿ではないので優秀な斥候を涼州に送ったが、
どのような知らせがあっても「荒唐無稽」の四文字でしかとらえられなかった。
しかしおそらく、曹操や賈[言羽]の不覚を責める事は、誰にも出来まい。
<天水に再来する大神官>

ハーゴンが再度、本格的な軍勢を編成し、天水攻略に挑んだ。
その数、五万。

今度もまた、突然の挙兵であった。
戦の準備が充分に整う前にハーゴン勢は天水を侵し始めた。
天水太守・夏侯淵は慌てて諸将に命じて七万の軍を集めた。

以前は四万と九万だったのに、今度は五万と七万である。
しかも先の戦で戦力を消耗した彼らには覇気が見えない。
ただし今日は、前の戦で天水の留守役を命じられていた司馬懿がいる。

「…司馬懿殿。今度はあの化け物たち、どうやって攻めてくると思う」
「予想できません。ただ、我々に成すべき対策があるとすれば、それは…」
「それは?」
「奴らの好む爆発を伴う謎の火計を防ぎ、防火に力を入れるべきでしょう」
「むむむ…。おい、もっと積極的な戦い方はないのか」
「…時も物資も不足しております」

司馬懿ですら無策であった。
<第二次天水攻防戦>

「ふははは。魏軍は寡兵で気迫もない。軽く蹴散らせそうだぞ」
「バズズ殿のベギラマと、我輩のイオナズンがあれば簡単に片付きそうです」
「それでは早速参りましょうか」

魏軍に迫る大神官軍。
三里、二里、一里…。双方の距離が少しづつ縮まって行くのがはっきりとわかる。

「…死にたくねぇ」

泣きそうな声が魏軍の中から、小さく漏れた。
先陣にある程武の部隊が弓を構える。
『もっとひきつけてから』…そう思った時だった。

敵軍の先鋒が、天空に舞い上がった。

その陣頭にある金色に輝く化け物は、翼を持った兵を連れて
程武隊をその頭上から攻めたてた。
ベリアルだ。

「ガーゴイルのAからR! お前らは右翼をつけ。俺は正面を狙う」
ハーゴンは呪文を唱えながら舞い踊った。
指や手首が、人間だったら動くはずの無い方向に動き、
「マヌーサ!」と祈るような叫びをあげた。

「ぐあああっ」

程武の兵は俄かに失明した。点滅する激しい光が彼らの目を襲ったのだ。
果して視力が戻った時、彼らが時に目にしたものは、見るべきではないものであった。
ガーゴイルに殺される味方。援軍にかけつける友軍。

猛牛の頭を持ち、拳だけで牛馬の身体ほどありそうな、巨大な化け物が振るう三ツ又の槍。
そしてそれが彼らの身体を切り裂いていた。

「ぎええええーーーっ」

バズズの「烈火」の如き、ベギラマの呪文。火炎に包まれたまま転がる兵卒たち。
アトラスが先陣の大将を踏み殺す。

敵は鬼神のようであった…と言いたい所ではあるが、本当に鬼神であった。

やがて魏軍の兵士たちが徐々に姿を消し始めた。

はじめは四人が疾走した。
それを察した三十人が持ち場を離れた。
間もなく周囲の七百人が上官を殺して山に走った。
それを見た遅れるなと五千人が土煙をあげて雪崩れてしまった。

魏軍の軍規は、大陸史上類を見ないほどで厳しい事で知られている。
敵前逃亡は死罪どころではない。親族皆殺しである。
それなのに彼らは競って逃げ始めた。
しかしこの凄惨な情景に身を置きながら歯噛みする男が一人。
都から逃げるようにして天水の守備職に舞い戻った朱霊である。
かねてより曹操に疎んじられてきた男。負け戦の他に見の置き所を見失った男。

その彼が、「命を捨てる時は今ぞ」と、玉砕覚悟で、
ハーゴンの本陣に全軍を突進させた。

残兵、わずかに数千。
精鋭であるが、狼の群れに格闘家が単身乗り込むような、
無謀で、孤独な突撃だった。

それでも朱霊は構わず、突き進んだ。
敵味方の血飛沫を何度も見るうち、彼の目は狂気の光を帯びて来た。

気づけば周囲に友軍はいなくなっていた。
ただ一人で魔物の陣中深くまで乗り込んでいる。やがてそこが活路に見えた。
「魔物の大将はどこだっ! この俺がぶっ殺してやる!!」

部隊を置き去りにして単騎、二万にも及ぶ魔物の群れの中を突っ切る。

「敵将を通せ」

ハーゴンが静かに命じた。
スライム、ゴースト、ハーゴンの騎士などの魔物が朱霊に道を開ける。
小柄な、しかし異様な気を放つ大将の姿が見えた。

「貴様が親玉かっ」

ハーゴンが不敵に笑う。

「死にくされぇええええーーー!!」

槍が飛んだ。
しかしハーゴンはひらりとかわした。
そのまま迫る朱霊。ハーゴンは杖を身構えた。

「…貧弱な。むんっ!」

ずざっと朱霊が馬ごと吹っ飛ばされた。気を失っている。

「ふふふふ…。生け捕りにせよ」

朱霊は虜囚の身となった。
ついに魏の全部隊が討ち取られた。
夏侯淵は司馬懿らが無事に落ち延びさせたが、多くの将は生け捕られた。

生け捕りになった二万程の将兵は皆、
俺達はこれからどのような殺され方をするのかと絶望している。

ハーゴンは敵将を全員、目の前にひったてさせた。全員縄にかかっている。

誰もが恐怖に震えている。
司馬懿ですら、自分の首がついているか、目で鏡を探して見た。

せむしのバズズが彼らにやさしく声をかけた。

「お前たち、よく戦った。思った以上に立派な戦であった」
「…」

皆、沈黙している。何を言えばどうなるのか読めないのだ。

「おそらく我らに聞きたいことは山ほどもあろう。
 一人、一つづつ質問を許す。何か申せ」

しかし誰も何も言わない。
しばしの沈黙の後に、司馬懿が口を開いた。

「私が今、見ているものは何でしょうか」

バズズはくすりと笑った。

「私は悪霊の神々の信仰者であり、我らの棟梁は大神官ハーゴン様だ。
 そしてお前達が戦ったのは悪魔の軍勢である」

他に捕縛されている将達が続けて一つづつ質問した。

この後、バズズは意外なほど、全ての質問に饒舌に答えた。
ハーゴンたちは某所のボストロルのように策略で国を乗っ取る事は好まない。
正々堂々、この国を、そして世界を、手中に収めるつもりでいる。
だから包み隠す事など何もなく、彼らの疑問に答えてやった。

「我々の志は邪悪過ぎて、お前たちにはとても理解出来まい。
 しかし、我々に従えば目も眩むほどの栄華が得られる事だけは確かだ。
 お前たち、大神官様に従え。従わないと言うのなら…」

アトラスが痴呆のようにだらしなく、涎を垂らして彼らをじっと見つめている。
朱霊は、「誰が悪魔なんぞに」とつばを吐き捨た為、
アトラスに首根っこを掴まれ、口の中に放りこまれてしまった。
「むしゃむしゃ…」
涎(よだれ)とともに、血や脂が唇を濡らす。

気を失う者。兵の命乞いをする者、覚悟を決める者、狂気を得てにたにた笑う者。

勢いづいたアトラスはそのまま意識のない者をも食べてしまう。

バズズはそれをたしなめて、魏将に投降を求めた。
彼らは兵らの命がそれで助かるならば…と無念そうに従った。
司馬懿などは、もしかすると内部からハーゴン軍を蝕む機を得られるかも…
と、蜂蜜入りの水よりも甘い期待を抱いていた。

「投降しよう」

司馬懿が申し出た。幾人かの魏将がこれに続いた。
<悪魔に導かれし者たち>

ベリアルに引き連れられた降将は、大神官の前で跪かされ、
悪霊の神々への忠誠を誓わされるとともに、儀礼の一つとして、
謎めいた輝きを持つ玉石を飲み込むよう強制された。

皆、家畜のような面をしたいやらしい化け物の言いなりになる屈辱を堪え、
苦々しい思いを隠し、一つづつしっかりと飲みこんだ。
司馬懿は喉にひっかかって咳き込んだ。賈逵は舌を切ってしまって血の味を感じた。

「よくぞ来た。素晴らしい戦士たちよ!
 このハーゴンとともに人間の支配する世界を塗り替える事が
 お前たちの天命である。大義だの人情だのという、弱い心、偽善の仮面は
 ここで一切脱ぎ捨てて、我々に尽くすよう致せ」
 
司馬懿は「その通りだ!」と一瞬思って首を傾げた。
…おかしい。私はこんな理の通らない言葉のどこに共感しているのだろうか。
隣ではかつての戦友がハーゴンの吐く言葉にいちいち大きくうなずいている。
汗が流れた。次第に全身に痛みを感じた。がくがくと身体が震える。
「…人間の築き上げた王国などというものは。…おっ、利きはじめたようだな」

ハーゴンの前で司馬懿らは悶え苦しんだ。絶叫。嘔吐。
そんなものがしばらく続いた。やがて沈黙。

やがて『司馬懿だったもの』が気を取り戻した。周囲を見まわした。
朱霊や賈逵の姿はない。そして自分自身もいない。
『司馬懿だったもの』は近くにいたベビルにそっと手鏡を渡された。
鏡には司馬懿ではない、とてつもなく邪悪な顔がうつっていた。

「司馬懿。お前は今日から『エビルプリースト』として後の生を全うせよ」

投降した武将達は魔物にされてしまった。
<夏侯淵の手土産>

夏侯淵の馬車行列は驚くべきものを、いくつかの木箱に保管して、
都の魏王のもとへと運び入れた。

天水が賊徒に奪われた報告は既に届いている。
しかし挙兵以来の臣である夏侯淵を、曹操は機嫌よく出迎えた。

「やあ、妙才。息災かね」
「本日は大王様の目にかけたいものがありまして」
「何だ。その大きな箱は」
「これは我々が天水で戦ってきた敵の死体であります。おい、お前開けろ」

従者が箱を開いた。きしむ音。

「げぇっ」

そこには、有翼の人体が横たわっていた。しかも頭は巨大な鷲である。
その手には両刃の剣が握られていた。
かつて大秦帝国より贈呈された「ソード」に似た造りである。

曹操は腰を抜かしてガタガタ震えた。

「こ、ここ、これは…!」
「天水を奪った化け物たちの兵士です」
「化け物…。いや、このような面妖な生き物がほんとうにいるとは…。
 この曹操の不明であった。西方の生き物だろうか」
<蜀の孔明>

曹操は早速、配下の者に死体の解剖と研究を進めさせた。
一方、涼州一帯を支配した化け物らには、賈[言羽]と相談し、
朝廷の使者を送り、「涼州・州牧」の官爵を与えて、その出方を見る事にした。

一方、その頃、蜀では…。

その日もまた朝早くの衆議を済ませると、諸葛亮(孔明)が劉備に拝謁を願い出た。
いつもの謀議である。

「蜀公様、涼州で不穏な動きがあったようです」
「間者からの情報が途絶えて何年になると思う? 孔明、何があったのか」
「詳細は解りませんが、謀反でございます。涼州全土は謀反勢力の手に渡ったとか。
 この隙を突いて漢中を奪うのが上策かと存じます」
「よし。では攻めてみよう。それと同時に涼州で何があったのか、
 事細かく調べさせるよう、怠るな」
「御意にございます」
<蜀の快進撃>

化け物侵攻の噂が都から各地へと広がるのに大きな時間はかからなかった。
蜀の策であるとか、異民族の神々であるとか、太平道の祟りだとか、
数え切れないほどの憶測と妄想が大陸を襲った。

「今が好機だ」

したたかにも蜀の劉備は、魏の態勢が乱れているを見て取り、
漢中を馬超に、襄陽を荊州の関羽に命じ、それぞれ攻略させた。
備えの整っていない魏軍はあっと言う間に潰走した。
暴れたりない馬超は漢中に李厳を残し、武都まで占領してしまった。
釣られてか、関羽もこれに負けまいと盛りあがっているようだ。

一方、ハーゴン勢もこの機を逃さず、長安を襲撃したところ、
逆らう城兵も乏しく、簡単に陥落してしまった。

「ついに我が軍は涼州・雍州を得た。この勢いで司州を侵してしまおうぞ」
<馬超の報告>

孔明は北方の最前線にいる馬超からの報告を受けて眉をひそめた。

『…涼州に太平道や五斗米道とは全く異なる、
 不気味な邪教を信奉する勢力が全土に広がり、
 これを奉ずるものはすべて人の形相を捨て、
 言うもおぞましい衣装風俗に染まりつつあります…』

「いくら馬超が情勢を見るに疎い男であっても故郷の様子を間違うかな。
 いや、それはあるまい。
 …だとすればこの手紙が意味する所は何であろうか。
 西涼の情報を、より詳細に集めなければなるまい」

孔明はしばし黙考した後、劉備の元に出向いた。
<魏を討つべし!>

「ほう、邪教集団の噂は真実らしいと…?」
「左様です。これは私の推測に過ぎませんが、彼らの姿が化け物じみているのは、
 手術と薬物で肉体を変容させる、異国の最新科学ではないでしょうか」
「お前が赤壁で風の向きを変えた時、皆は妖術と恐れたが、実の所、
 周瑜らと組んで、山野を削って谷を作り、人工的に風向きを変えたものであったな」
「この世に奇妙な出来事などございません。必ず全て物理的な裏づけがあります」
「ところで奴らの行政はどうか」
「馬超が保護した亡命者の話では、かの勢力の支配を受けた領民は、
 中毒性のある薬物を投与され、魂を抜かれ、日夜働かれ続けているそうです」
「董卓の暴政に、輪を掛けたような非情さであるな…」
「しかし暴虐な支配者が長く生延びた例はありません。
 おそらく自然に内部から分裂して行くでしょう。されば…」
「されば?」
「…されば、これを利用しない手はありません。
 どうせいずれは自滅する邪教の群れ。
 隆盛のうちに奴らの手を借り、ともに魏を討ちましょう!」
「孔明、それは…」

劉備は、それは少し違うのではないか、と言いかけて止めた。
孔明は幼年期、曹操の徐州大虐殺をその目で見ている。
彼自身、この時何度も死にかけた。
魏に対する憎しみの激しさは凄まじい。孔明の目は正気ではなかった。
×××××××××××晋陽××××薊×××××××北平××××××
西涼■┓×××上党┏━◇━━━━━◇━━━┳━━━━◇━━━◇遼東
×××┃×××××◇┓×××業β┏━━━┳◇渤海┏━┛×××××
×××┃×弘農××┃┗━━━━━◇━┓×┗━━━◇平原
西平■┫×┏◇━┓┃洛陽××陳留┃×┃┏━━━◇┻━┓
×××┃×┃××┗◇━━━┳━━◇×┗◇濮陽×済南×┃
天水┏■×┃長安×┗┓宛┏◇許昌┗━━┫×××┏━◇┛
××┃┗━■━━━━◇━┛┗┳━━◇━◇小沛×┃×北海
××┃×┏┛××××┣━━━◇━┓言焦┃┏━━┛
武都▲━〓漢中×新野◇×××汝南┗┓×┗◇下丕β
××┃×┃上庸×××┃襄陽××××┃×┏┛×××  ■=ハーゴン
×倍▲━┻▲━━━━▲━┓××寿春◇━◇広陵××  ◇=曹操
××┃××┗┓永安┏┛┏▲江夏×┏┛×┃××××  @=孫権
××┣━┓×▲━┳▲━┫┗━┓┏┻━━@┓抹陵×  ▲=劉備
××┃巴▲━┛×┃江陵┃柴桑┗@廬江×┃┃
成都▲━┛×武陵▲××▲━━━┫×┏━┛┗@呉
××┣▲建寧××┣━▲┛×××@━┛××┏┛
永昌▲┃××零陵▲×┃長沙××翻陽×××┃
××┃┃××××┗▲┛×××××××会稽@
三江▲┛××××桂陽×××××××××××
>>509
失敗。漢中も劉備領です。
<ピサロと母>

花園にて、ピサロは母親と一緒にちょうちょを追っていた。
母親は彼を生んで以来、狂気が進行し、今ではただの白痴である。
その時、突如、ピサロの脳裏に謎の声が囁いた。
彼はこれに応答せねばなるまいと思い、一人、その声に向けて何か呟きをはじめた。

『エスエスエスエスエスターク、エスエスエスエスエスターク』

おそらくピサロ本人も何を呟いているのか理解していまい。
しかし彼は何ともなしに無意味な呟きをしばらく続けた。

母親はまたしてもピサロが奇妙なふるまいをするのを見て、
不安そうな顔をし、その場に崩れて泣き始めた。
ピサロはその背をやさしくさすってやった。
ハーゴンが開いた新たな宗教・死道は領内に広まりつつあった。

時代が移り変わる時、中途半端な勃興はその妨げとなる。
ありとあらゆる倫理、哲学、風習を破り捨て、殺し尽くし、
全てを滅ぼし尽くさねば何も新しいものは生まれないと言う過激な教えだ。
各地で悪魔神官が人々を煽りたてる。

「悪と呼ばれる事を怖れるな。善もなき世に悪もまたない!
 つまらない外見や、つくりものの道徳なんぞに惑わされるな!
 悪の糾弾者を疑い、権威と権力を疑え!
 見よ、既得権益にしがみ付く醜い収奪者の顔を。偽善、欺瞞、戯痴!
 そんなもので満ちておるぞ。今までお前たちはつらない迷信や圧力で
 多くのものを奪われてきた。さあ、自由を奪い戻せ!」

平常ならばこのような狂った思想は人々に伝播しないはずであるが、
それまで各地の権力闘争に虐げられ、已む無く賊徒にまで落ちた連中は、
太平道の失敗に懲りず立ちあがった。

「ありとあらゆる制度・習慣を解体せよ! 自由が全てだ」
「皆が個々の意志を持って立ちあがる時が来たぞ」
「徴兵制も納税制も体制側の勝手な話さ。王制も家族制も捨てよ!」
「俺たちを縛るものは例えそれが何であろうと死なせてしまえ!」

言葉巧みな神官たちが、民衆にそういう気分を広めた。
ハーゴンの勢力では、諸志百家の教えに逆らい、権力や体制から逃れる事が美徳とされた。
敬語を捨て、親を殺し、子から奪い、家畜を犯し、墓を壊す。
やがて人々は集団生活を捨てて、個々で放浪するようになる。
隣人が突然消えても心配してはいけない。人との関わりは自由を妨げるからだ。
領内では麻薬が至る所で栽培され、これを安価で吸引する事が出来た。
魔物は中毒者を密かにさらっては人知れぬ場で死ぬほどの労働を強いた。

弱肉強食。

この時代を形容するのによくその言葉が用いられたが、
それではこの有様はどう言い表したらよいのだろうか。

愚かにも億万の古人が積み重ねて築き上げてきた知恵をあっさりと捨て、
安易な快楽を盲目に求め、悪魔の好きなように利用される世界がここにあった。

今日もハーゴンの領内で、「死」の旗が、強風に激しく靡く。
<ピサロと壁>

宮殿内をよちよちと歩むピサロ。昨日は久しぶりに父上と食事をした。
それが何ともなく嬉しい。
「昨日はありがとうございました」
それだけが言いたくて、父のいる宮殿まで一人でふらりとやって来てしまった。
しかし、宮殿は広い。たちまち迷ってしまう。この時、壁から声が聞こえた。

『語り部殿は、>>512-513のタイトル<死道の教え>を忘れたそうだ』

ピサロはこの壁の出す声にも答えねばなるまいと思った。

「本日はここまでにして、しばし休むように言え」

やがて壁は沈黙した。
515韓玄四:02/05/29 00:34
前スレの頃より、楽しみに読ませていただいておりました。
dat落ちしたのは、残念でありましたが、
ここでまたお目にかかれるとは幸いであります。
お互いがんばりましょう。
http://game.2ch.net/test/read.cgi/ff/1020717871/249-
ここのアドレス教えていい?

あと、FFDQ板の方のログ上げられるけど
>516
漏れが変わりに独断で知らせといたよ。
優しい人(>517さん?)に教えてもらってFFDQ板から来ました。
なんもできんのでこっそり応援だけしてます。
519大神官ハーゴン:02/05/30 11:25
〈ご来訪感謝〉

>>515 四代目殿
貴殿による今連載中のリプレイ、いつも楽しく拝読しています。
重厚な雰囲気ではかないませんが、以後もよろしくお願いします。

>>516-518
遠い所(?)よりお越し頂きまして恐れ入ります。
こちらではDQ板で連載していたものを誤字脱字の訂正などの微調整を施し、
改めて続けて行く方針です。以前の続きに至るにはあと少しだけ時間を頂きます。
<怒れる孫権>

魏が死道なるものによる、謎の怪奇現象に苦しめられている間、
孫権の支配する呉の国では、国力を蓄えた蜀が国境を侵すという噂が飛び交い、
正確な情報の収集と、適切な対策を求めて、日夜、重臣会議が開かれていた。

「最近、劉備どもが不戦条約を結んだと言う『死道』とは何だ?
 太平道や五斗米道とはまた違うものなのか、張昭?」
「この発生不明な宗教は、奇妙な宗旨、信者の異装、禍々しい儀式、
 どれをとっても既存の宗教とは全く異なります。
 信者は皆、人の姿を捨て、破壊と快楽を求め狂っておるそうです。
 このような連中と同盟する蜀は恥知らずもいい所でしょう」
「魏は帝を脅かして王位を取る。蜀は邪教と組んで領土を広げる。
 どいつもこいつも人でなしだ。この中華を滅ぼすつもりか……」
「当人らにその自覚はございますまい。
 あの連中の『正義』とやらは、いくら擁護した所で『乱世の正義』に過ぎません。
 勝ちぬくための正義なのです。その先に何があるかまで見えていないのです」
「……俺は義憤に耐えぬ。あいつら皆、一人残らず打ち殺してしまいたい」
「その思いを、今は胸の奥深くにしまっておく事です。
 やがてこの国はじまって以来の大きな戦が起こるような気が致します。
 その時は多分、我らだけが、『本当の正義』を掲げる事が出来るでしょう」

孫権はその『大きな戦』とやらが来るまで生延びる事が出来るのか、
一瞬不安に感じたが、静かに目を細めただけで何も言わなかった。
<潼関に集う死と蜀と魏の精鋭>

「夏侯惇、お前に十二万の軍権を貸し与える。
 長安を速やかに取り戻せ。副将には于禁をつけよう」

曹操の命を受けた両名は、洛陽に十二万の将兵を集め、失地回復の遠征に出た。
長安を占領して間もない死道軍は、まだ備えが整わず、駐屯する兵数はわずかに五万。

「夏侯惇将軍が我らの倍を超える兵力で攻めてくる。
 これほどの兵力差を前にすれば、尋常の防衛では長安の保守は困難だ」

ハーゴンが、重臣を見渡す。幹部と呼べる魔物はここしばらくの合戦で増えていた。
兵卒にした魔物で優れたものを、大胆に抜擢し続けた成果であろう。
将校の数も幾らか揃い、軍制も指揮系統も、以前よりは整いはじめていた。

「さすがに今回ばかりは負けるかも知れませんな」
「では撤退か」

バズズの眼に嘲るような色が見えた。ハーゴンは彼に策を求めた。

「やれやれ、せっかく新参の諸兄に発言の場を与えようかと思いましたのに」
「そういじめてやるな。お前は既に手をうっているのであろう?」
「はい。劉備軍に援軍を頼んでございます」
「おい、バズズ。お前、劉備軍など招き入れてどうするつもりだ。
 奴ら、スズメの涙程の兵しか寄越さないに決まっているではないか。
 それにあれも人間に過ぎぬから、結局の所、魏に肩入れして、
 俺たちに歯向かって来るかも知れんぞ。全く余計な事をする」

不服そうに、うごく石像が悪態をついた。しかしバズズの眼色は変わらない。
<潼関の大神官>

ハーゴンは潼関の前に全軍を広げ、迎撃態勢を整えた。
しかし危ないと見ればいつでも関の裏手に逃げ込んで、その門を固く閉ざし、
しばらく時間を稼いだ後に退却するつもりなのだろう。

その潼関に、堂々と姿を見せはじめた魏軍十二万。一応は漢帝国の官軍である。
その威風は曹操が独自に築き上げてきたものだけでなく、
四百年に及ぶ歴史と伝統から来る風格を備えていた。

ハーゴン軍の魔僧・司馬懿は、その威容に一瞬ばかり胸を奪われた。
が、既に心の中枢は悪霊の信仰に染められている。
すぐに魔僧としての正気を取り戻した。

やがて劉備の援軍であろう、漢中の李厳が難路を抜けて、
牙旗を靡かせ、近づいて来るのが見えた。

「漢中軍・李厳推参! 逆賊・魏の手先どもを見事討ちとってくれん!」

ぞろぞろと山道をかいくぐって埃塗れの小汚い兵士たちが現れる。
華やかさは全くない。どの兵も粗野で泥臭い。
しかし呆れるほどの大行列だった。それが巧みに徐々に陣形を作る。
その数、およそ四万五千。誰もが予想し得ない大軍だった。

「何と気前のよい事か」

魔僧・司馬懿もしばし呆然と蜀軍の陣容を見つめていた。
しかし蜀軍には、死道軍と合流する様子も見せなければ、
伝令すら送ろうとせず、連携を望む気配は皆無に等しかった。
彼らは勝手に前線の脇に陣を形作ろうとしている。

「……あれはどういう事だ、ベリアル?」
「あれはどうも我らのために戦うのではないように見えますな。
 思うにこの機を逃さず、我らを利用し、魏を叩くつもりではないかと」
「するとつまり己が戦略に、このハーゴンをも一つの手駒に使う所存か。
 …劉備、そして孔明とやら、なかなかよい度胸をしておるな」
「ならば我々もその手に乗ってやらねばなりますまいな…」

死道軍のあちこちから蛮声があがっている。
何も知らずに蜀軍の到来を喜んでいるのである。

「ほう。劉備軍は相手が例え悪魔であっても、一度交わした約定はたがえぬと
 左様に心得ている訳か。さすがは徳の男よの」

皮肉な笑みを浮かべる夏侯惇。

「それでは先に奴らの『義』と言う奴を見せてもらおう」

魏軍は当初、死道軍に向けて走らせていた先発隊を急遽、針路変更し、
李厳の率いる蜀軍へと向けなおした。
縦列に伸びていた陣列が、今度はそのまま横長に広がって蜀軍を襲う。
海の波が砂浜に向かうような流れで、蜀軍の先鋒が魏の先発隊に取り囲まれる。
「今だ! かかれっ」

この戦は速さだけが全てだった。

その側面に蜀の左翼部隊が付け入る。
魏も新手を繰り出す。于禁の指揮する精鋭だ。
横腹を突く于禁。蜀の左翼は手痛い打撃を受けた。
李厳が備えに置いていた右翼を繰り出して助けに入る。
于禁も勢いにのって奮闘する。武将の質も兵士の装備も魏軍が上だ。
見るうち、魏軍が優勢にたった。蜀の部隊の幾らかが敗走の気配を見せる。

「ここまではこの夏侯惇様が思った通りだ!
 間もなく死軍が来援して来るであろう。その時、一気にかたをつけてやる!」

しかしここで死軍が思わぬ手に出た。
ベリアルが瞑想し、そして恍惚とした目で呪文を唱えた。

「ベホマラーーーー!」

なんと、蜀軍の傷ついた兵たちが見る見る元気になって行く。
割れた皮膚がふさがれる、ちぎれた腕が元通りになる、潰れた目玉が蘇る…。
魏軍のみならず、癒されている蜀軍の将兵も驚きを禁じえなかった。

「お、俺は一体…」
「まだ戦える、まだ戦えるぞ!」

信じられない光景だった。
しかも傷の癒された兵達は、深手を負った時に体内を走る麻薬に似た養分で、
気分が異様に高揚している。疑問を持つよりも先に戦い続けた。


ハーゴンの手勢にある魔物の兵らもベリアルに続き、詠唱する。

「ベホマ!」
「ホイミ!」

蜀の兵士は倒れても倒れても起き上がって戦い始めた。
兵隊が頭数で勝っていても、これでは全く意味がない。計算が合わないのだ。
数の少ない軍の方が戦力を持っているのである。

ついには死道軍の魔物たちも機を見て前線に加わり、優劣は圧倒的に逆転した。
崩れる陣形、逃げ惑う官軍たち。
本陣の兵士たちも馬を奪い合い、争って逃げはじめた。

その中で、ただ一人。
夏侯惇は迫り来る死道と蜀の追撃の群れを前にして立ち尽くし、絶叫していた。

「…こっ、こ、こんな…馬鹿なっ! …こんな、こんな馬鹿なことが……!!」

「あるんだよ」

アトラスの棍棒が夏侯惇の頭を吹き飛ばした。
<魏王の死>

「…世が乱れて以来数十年。
 この曹操は、大乱の平定に持てる力の全てを尽くして働いて来たが、
 どうやらそれもここまでのようだ…。

 赤壁では敗戦を蒙り、死道軍の勃興を許し、晩節を汚してしまったのは手痛いが、
 幸い魏にはよい人材が揃っている。世継ぎの曹丕も英邁だ。

 余は後事を皆に託すに当たって、与えられる助言は何もないが、一つだけ願いたい。
 いつ如何なる時であろうと、人たるものは美しくあれ……」

夏侯淵が魔物の死体を連れ帰ったのが、心の負担になったのか、
以来、曹操は病気がちになり、長安で夏侯惇が死んだと聞いた時も病床の中にいた。
最近は特に頭痛がひどくなり、起き上がろうとすれば痛みに襲われ絶叫し、
食事を取れば嘔吐する。そして日に日に哀れなほど衰弱して、ついに息絶えてしまった。
死道の呪いのせいではないかと人々は噂しあったそうである。

魏王・曹操が死ぬと、世継ぎの曹丕がその広大な領土を受け継いだが、
曹操幕下の人々の中にそれを快く思わない者が多数いた。

この隙をハーゴンたちが狙わない訳はない。
<司隷 破滅への序章>

特に洛陽を預かる曹熊(曹丕の弟)は、曹丕と不仲で知られており、
これは長安に拠を構えるハーゴンにとって見過ごす事の出来ない好機であった。

「ハーゴン様、ここは曹熊にメダパニの呪文を毎晩こっそりと仕込み、
 狂気に陥らせ、そして隙をうかがって魔物にしてしまいましょう」

パズズの献策により、ハーゴンは巧く曹熊に美女に化けた魔物を送りつけ、
終いには彼を狂気の人にすると、洛陽へと電撃的に軍勢を向けた。
城門を開かせ、死道軍の入城の手引をさせた。
周辺の州や群県も、洛陽が悪魔の手に渡ると知ると、
役人は任地を、そして庶民も田畑や商店を捨て、散り散りに遠国へ逃亡した。

この時、司隷の曹真は、わずかに残った、(或いは逃げ遅れた)手勢を集めて、
ハーゴンに歯向かったが、士気も軍備も調練も不足があり、
鎧袖一触に討ち滅ぼされ、主だった将は皆殺しの憂き目にあった。

かくして、ハーゴンは労少なく、司隷全土を支配下に置いた。
<許都 新魏王・曹丕、初の軍令>

「曹丕様、曹熊殿は魔性に魅入られ、曹真殿も捕殺されたとの由!
 独断で援軍に出た夏侯淵殿も討ち死になされた模様にございます!」
「おっ、おのれ化け物どもめ! 父上の喪中を狙って卑劣な真似を! 
 司隷を奪い、わが魏の誇る夏侯両将軍を討ち取るとは」
「新王様、こういう時、先王様ならばすぐに洛陽奪回の兵を整える事でしょう」
「曹仁、徐晃。両将軍に命じたい。
 ただちにこの許都から洛陽へと攻め上り、悪魔どもを滅ぼしてくれ。
 兵の数が足りないのは解っている。が、国力の回復をはかっている時はない。
 故にお前たちの武略だけが頼りだ。何としても司隷を取り戻すのだ」
「御意!」
「御意!」
<死軍の色に染められたる洛陽>

曹丕は夏侯淵将軍の弔いを兼ねて、曹仁らを討伐の兵を西へと向けた。

洛陽に向かうには途中、虎牢関を抜かなければならないのだが、
どうやら死道軍はその地までは手中に入れていないらしい。
関を幾つか奪うと、それぞれの関所に数百の兵を残す。
一度は関所に篭って、敵を挑発して、その出方を待とうとも思ったが、
何度か先に送り出した少数の斥候は決まって帰還せず、
一つ二つばかりの部隊をあちこちに動かして見ても何の反応もない。

已む無くいくつかの部隊を小分けして洛陽に向ける。しかし。

「なぜだ」

曹仁は道中、非常な不安に襲われた。街道のあるべき所にそれがない。
見れば地形の多くも違う。人間の気配も集落もなぜかどこにもない。
幾らかの山や河は、まだこの付近が魏領だった頃の
数ヶ月前に見たものと相違ないが、幾つかは決定的にその時と違う。
こんな事があるはずがない。しかし、それが現実にある。
空を見た。雲の流れまであやしい。
一方向に流れずに四散したり、ぶつかりあったりして不気味だ。

やがて、洛陽があるはずの所に近づいてきた。
見えた。あれがそうではないか。将兵が不吉な声でざわめきはじめた。

城壁には見覚えがある。しかしどこか違う。
都の中央に天をも貫くような塔が聳え立っている。
「誰じゃ、私の祈りを邪魔する者は」

雷雲立ち込める天窮より、身の毛もよだつような声がした。
閃光。雷が轟いた。
皆が恐怖に凍りついたまま、その眼だけを左右した。
誰の声なのか、何の前触れなのか…。背をつたう汗が身を震わせる。

「愚か者め。私を大神官ハーゴンと知っての行ないか」

歯が合わないほどの震え。曹仁は自分が失禁しているのに気づいた。
まだ若い兵が泣きはじめているのが聞こえる。

「いいえ! 我々は何も知りませんでした!」
「どうかご慈悲を!」
「まさか、あなた様がハーゴン様だなんて!」

見え透いた嘘である。彼らはハーゴン討伐に向けられた軍勢なのだ。
しかしそれでも彼らは先を争って武器を捨てて、恥も外聞もなく、哀れみを乞うている。

「では覚えておくがよい。私が偉大なる神の使い、ハーゴン様じゃ」

許しを願った将兵は、いつの間にか城門前に現れたベリアルに導かれ、
悪魔の大神殿前広場に通された。
そこで彼らを待ちうけるものは魔物に転生する儀式である。
誰一人逆らわず、ベリアルの指示に従いはじめた。

塔の頂上よりこの情景を眺める大神官の背後に忍びよるバズズ。

「これでまた、我が軍が増強されますな」
「うむ。彼らを魔物に生まれ変わらせた後は、時を置かず、
 許都の曹丕を襲撃してやろうと思う。バズズ、準備を怠るな」
「御意」

ハーゴンの高笑いが天地に響く。誘われるように雷が轟いた。
>529-530 書き下ろし?
<漢の帝>

誰も戻ってこなかった。

洛陽に攻め上った大軍は容易に破られ、魏が誇る猛将も多く討ち取られたようだ。
ハーゴンはこの勢いに乗り、曹丕の都を襲撃した。

稀代の英雄曹操を失うと、魏はたちまち結束力を失い、
抗する力も乏しく、許昌周辺を奪われた。

曹丕自身は命からがら逃れる事が出来たが、
許昌に捨て置かれた帝はハーゴンの手に渡った。
大神官の引き据えられる漢の帝。

「ほう、貴公がこの国の親玉であるか? …なるほど他の者とは何か違う。
 何かが人より優れていると言うのではなく、四百年もの間、
 王者として栄えてきた血筋だけが醸し出せる風格というものか。
 見るものが見なければ解らないものではあるが…」
「……」
「しかし、わしは人間の王国など認めぬ。漢の帝よ。わしに従え。
 さもなくば曹操の元で受けた以上の屈辱を味わう事になるであろう」
「…そうはいかぬ。朕の血は朕一人のものでもなく、漢室のみのものでもない。
 この身には、高祖、光武帝、そしてその人臣たちが命を賭して守り通した
 『思い』が脈々と流れうっている。それを魔の輩に犯されてなるものか」
「意気のよい事を申すわ。よい。いま少しこの国の行く末を見せてやる。
 地下牢にて余生を過すがよろしかろう」

漢の帝は地下室に監禁され、無為に生延びる事を強いられたという。
<幼児ピサロ>

ピサロは六歳にして馬に乗る事を覚えた。背にはまだ若い母親の姿がある。
今日、母は二十歳になった。
誕生祝にとピサロは母とともに、洛陽の都を離れて山深くまで駆け上った。
泉で母を自由にする。しばらくすると母は一人花を積んで遊び始めた。
ピサロが泉で身体を洗っている最中、馬がピサロに話しかけてきた。
彼は愛馬に静かに答える。

>>531
 気まぐれにそのような事もあるようだ」

ピサロは愛馬の身体も洗ってやる事にした。
<武勇の人 関羽>
劉備軍の動きが不穏になった。
以前交わした不戦条約の月日は過ぎたが、条約の延長を申し出てくる気配がない。

劉備の腹心・関羽が手のものと思われる斥候がひっきりなしに新野に現れるという。
そして、不意に関羽は赤兎に跨り、襄陽から一路、ハーゴン領に攻め上ってきた。

「なに、あの関羽が我が領内に馬を乗り入れてきおっただと?
 して城兵の首尾は…?」
「そ、それが…」

伝令によれば関羽は自慢の青龍刀、一振りで十人のサイクロプスを薙ぎ払い、
怯えるバーサーカーの群れを、鍛えぬいた騎馬隊の突撃で追い散らし、
向かう所敵なしの獅子奮闘ぶりを見せたという。
勿論、新野の諸城は関羽の手に渡った。

「馬鹿どものめが、たかだか人の子一匹にそこまで気前良く負けてやる馬鹿があるか」
「おそれながら、一匹ではありません。奴めには優れた部将が多くついています。
 しかも処罰を恐れる当軍の将校が数名、関羽に降ってしまいました。
 魔物になって日の浅い連中は体内より宝石を出してしまえば再び人間に戻れます故、
 今では連中も人間の身体を取り戻して蜀軍の一員に加えられているでしょう」
「劉備、孔明、関羽…。覚えておれ」

ハーゴンは苦々しい顔をし、関羽を屠る策に思いを巡らせていた。
<成都 関羽の勝報と孔明>

「劉備様、およろこびください。関羽殿が難なく新野を占領したそうです。
 周辺の豪族たちも蜀に続々馳せ参じており、状況は全て有利に動いています」
「やったか! さすがは関羽。私の期待を裏切らない男だ。
 何か褒美を送ってやってくれるよう手配して欲しい。
 しかし、本当にこれでよかったのか? 孔明。
 私はこれから悪魔を相手にしてやっていけるかどうか不安だぞ」
「そろそろ叩いておかなければ、これ以上大きくなられ、後々厄介です。
 それに我らは民草の安寧と漢朝の復興を大義に闘う集団であれば、
 あまり不義の輩を利用しすぎてはその意義が薄れます。
 どの道、今の死道勢は我らに手だしできる状況ではありません。
 この間に地歩をしっかり固めて後の大事に備えておくべきでしょう」
「それは随分と…」

劉備は孔明の言い分に、随分と自分勝手な大義だと、半ば呆れながらも
その戦略に従うほかに道を知らなかった。
<エビルプリーストの眼>

エビルプリースト・司馬懿は、洛陽に築かれた死道(シドー)大神殿にて、
生贄供養の儀式を終えたハーゴンの元に、各地の戦勝報告を持ち寄って来た。
しかし、いつになくハーゴンは沈鬱な顔をしていた。

「大神官様、何にお心を悩まされておられますか」
「うむ、これからの戦略の事よ。魏(曹丕勢)は土地ばかり広大であるが、
 内実はないに等しく、落とすのは容易いと思う。
 だが、まだ侮れるほど弱体化してはいない。
 一方、蜀の劉備はどうか。
 益州・荊州・漢中をよく治め、兵力も国力も着々と充実しつつある。
 やがて彼らは一気に北上して来るだろう。わしはどのように当たるべきか…」
「なるほど。そのような事でお悩みでしたか。ならば勘考致しますに…。
 曹丕は窮鼠であり、どのような噛みつき方をして来るか解りませんので、
 大物量で力押しに潰してしまうべきでしょう。
 一方、劉備は治世が続き、領民も平和に慣れ、好戦的ではありません。
 つまり…。
 曹丕に向けては武を向けて、劉備に向けては智を向ける事が上策かと」

エビルプリースト・司馬懿の言に、道理を感じた。
<永安 ある日の劉禅>

劉禅はここしばらく、毎日のように悪夢に悩まされていた。

闘鶏に興じていると、その鶏がコウモリみたいに真っ黒にばけて、
キイキイ泣き喚きながら襲いかかってくる夢である。
そいつがいつも耳に痛いことばかり喚いてくる。

「何かほかにすることはないのか。やい、このどら息子。
 お前には簡単な学問も理解できず、道義を知る父の才に一歩ですら及ばない。
 それなのに永安の太守などと大それた大任を預かっている。
 もっともお前さんはそんな事お構いなしだね。
 いい年をして、何の足しにもならない遊びごとに夢中だ。
 一体、誰のおかげでここまで立派になれたのか一度でも考えた事があれば、
 そんな自堕落な生活はできないはずだぜ」
「うるさいなあ。よいか、タホドラキー。俺は毎日遊んでいるように見えて
 実は天下のことを考えているのだ。闘鶏では武勇とは何かを学び、
 音楽を聴いては歴史の深淵に触れ…」
「いいわけはよしなよ。いくらお前が粋がったって、父親の足手まといさ。
 早く首をくくってしまうといい。家督は才気溢れる劉封くんに譲りな」
「だまれだまれっ。おれは、父親よりも立派な君主になれるぞ。きっと」
「ほんとうか」
「ほんとうだ」
「お前の父親は全くのゼロから出発して今の地位に至った。
 いっぱしの勇者を気取るなら、お前も一からはじめてみろ」
「ようし、ならばやってやる!」

劉禅は夢から覚めると、父に謀反する事を決意し、
独立を宣言して近臣の人望を失った。
<新野 ある日の関羽>

関羽はわずかな供回りを連れて、ある小さな城砦を巡察していた。
前日は荊州の太守らしくもなく野宿をした。
何日も何日もその付近を見て廻った。

曹操の元を去り、義兄・劉備のもとに舞い戻ったあの頃の面影は
わずかな時間のうちにほとんど消えかかっている。

あの時、劉表・劉備らの庇護を受けていた領民は曹操に追われて四散し、
今では散り散りとなっている。残ったわずかな人々は曹操に親しんだ分、
劉備の家臣である関羽にはどことなく距離を置いている。

昔の城もほとんど焼け落ち、新しく改築されてしまっている。
あの頃にいた幕将も多くが成都にいってしまった。

「孤独とはこういうものか」

すっかり白くなった髭に触れた。何本か抜けてしまった。
敵軍も曹操が消えてからは、正体不明の怪物たちと戦う日々だ。
何だか自分一人だけが違う世界に迷い込んでしまったような孤独だった。

そういえば、あの頃から残っているものと言えば何だろう?
息子はいる、忠実な僕も幾人か生き残っている。
精鋭だった兵士も世代は耐えず代わりつつあるとは言え、今も俺に従っている。
しかし、それだけだった。
何がかわってしまったのだろう。

劉表が死んで、曹操が攻めて来てから、何かがぼんやりかわってしまった。
劉璋を降し、蜀を得てからははっきりとかわってしまった。

それは何か?
ひょっとして義軍として大陸を駆けまわったあの頃の日々のことだろうか。
昔の劉備軍にあった、純粋な世直しへの思いが失われたのではないだろうか?
ふとそんな切ない思いが頭をよぎる。

「馬鹿な」

──俺たちは何もかわっていないさ、なあ、張飛?

そう言いたかったが、あの頃はいつも傍らにいた兄弟がいない。

赤兎はいつしか、雪中に義兄弟達と共に歩んだ道にあった。

──この先は孔明殿の古邸であったな…。

関羽は突然思い出したかのように馬に跨り、単騎、田園を駆けた。
<成都 怒れる劉備>

「一体、なにがどうなっているのだ…」

劉備は自らの頭を抱えて危うげな足取りで評議所を歩き回り、
近くの陶器を頭高く掲げたと思うと怒りのままに床へ叩きつけた。

長男・劉禅が永安にて謀反し、これに永昌の太守も加担。
更には義弟・関羽が新野で行方不明になったとの事である。
いずれもハーゴンの差し金ではないかと蒋[王宛]が申し出ると、
劉備は腰から剣を抜いて、おらびあげた。

「お前もそう思うか。よし、死道に組する輩は残らず討ち滅ぼしてやる!」

早足に評議所を出ようとする劉備。
孔明らは「これより全軍」と言いかけた彼の腕や足にしがみつき、
「なりませぬ。なりませぬ」と必死になだめた。

「なぜ止めだてする。黒幕は既に見えている。悪の根は元から絶つのだ」
「しかし今はまだ時節にあらず! 短気に駆られて動いては、
 謀の網に雁字搦めとなるでしょう。詳細を調べた後に動くべきです!」
「殿、孔明殿の仰る通りですぞ! 今ここで殿にもしもの事があれば、
 劉禅殿の説得は誰が請負うのですか。
 また、まだ若い劉禅様や劉封様にこの国を託せるとお思いですか」
「……」

頼りない息子・劉禅の顔が、劉封の慢心した笑い声が、同時に浮かんだ。
劉備の力が抜けた。その剣を王平がそっとしまう。
にわかに暗い表情になる劉備。沈黙の後にすすり泣きが聞こえた。
<大樹の葉>

ピサロは大きな樹木に見惚れていた。まだ見た事もない立派な大樹である。
あまり立派なので従者に命じて葉っぱを取らせて持って帰ってしまった。
父・ハーゴンに聞いて見るとこれは人面樹の葉に似ているが、
実はただの大葉で、煎じて飲むと美味しいらしい。

ピサロは早速試しに飲んでみたが苦いばかりで美味くも何ともなかった。
守役の悪魔神官Aが言うには、子供ではまだ味がわからないだろうとの事。
ピサロはその一言で何となく理解した気になった。
<関羽 失踪の行方>

数ヶ月に渡る大捜索の末にもついに関羽の行方を知ることが出来ず、
この事態に責任を感じた腹心の周倉も自決。
公的には両者とも病没したことにされ、真相は闇に紛れたままとなった。
この事実は蜀軍の中でもほんの一握りの者しか知らない。

劉備と張飛は密かにハーゴンを疑っていたが、
孔明は密かに孫権が怪しいのではと睨んでいた。
しかし勿論口に出して言うつもりはない。

それからというもの、劉備は些細な事で落涙するようになり、
次第に食事の回数も減って病を患う事が多くなった。
張飛は張飛で酒乱の気が強くなり、周囲への乱暴が目立ち始めた。

その間にも死軍は曹丕から領土を奪い続けて膨張を続けている。
孔明は側近の馬謖らと毎日政議を行ない、事態の打開策を講じる。
<曹家座興の腰を折り、悪行の数え歌に指を折る男>

魏王・曹丕は落日の時を過していた。
父君・曹操から拝領した勢力は日に日に弱まり、
彼自身もわが命が十年続けば奇跡であろうと読んでいる。

慰みに曹植を呼び、詩文を詠ませる。
曹植の発する言葉が、父・曹操の勇姿を過去の英雄たちに重ね、
一族はこの偉大なる父の天命を継がねばならぬと、静かに、しかし力強く説く。
苦難を耐え忍んだ勇者には、必ずや天佑神助が微笑みかける。
希望を捨ててはならない。必ずや、必ずや…。

「ふん、果してそれはどうですかな」

不意に座の文官が一人立ち上がり、嘲りに歪んだ唇で呟いた。
彼の名は華[音欠]。曹操の代より長らくその執政に加わってきた男である。

「座興を乱してまでの異見、面白い。料簡があれば申せ」

曹丕の眼が、直立する華[音欠]の微笑む顔を、忌々しげに見据える。

「曹丕様、これは曹家に天が与えた試練などというものではなく、
 むしろ魏王の覇道がこれまでの戦いで伴ってきた
 悪逆無道の所業に対する天の怒りではないかと」
「何で曹家に天の怒りが向けられる。
 乱世の収束に向けて死力を尽くしてきた魏王に何の過失があった」
「…それをわざわざ私の口に求められますか。よろしいでしょう。
 私はここで、あの男の悪行を一つ残らず、数え上げて見せましょう」
彼はここで曹操の悪行を一つ一つ指を折りながら数え上げはじめた。
少年時代の曹操が行なってきた戯れに含まれる無辜の民への暴力から、
宮中への出世を目論んで行なってきた多くの謀略、呂伯奢の殺害、
偽勅の流布、軍制の名の元に行なわれた苛烈な施政…。

一つ、また一つ指が折られる。
やがて全ての指が折られると、憂鬱に首を振った。

「…人の指ではとても数え切れませんな」

不意に華[音欠]の指がにょきにょきと増えはじめた。
それも掌からだけではない。顔から、背から、太ももから、次々と出る。
今度はいくら数え上げても指が減らない。数百ほどの悪行が批判された。

「ああ、曹操の悪行につきあえば、人ではなくなってしまうのですなあ」

気づけば華[音欠]の姿は数え切れないだけの触手を供えた化物に変容していた。
皆、青ざめる中、曹丕は絶望的にうつむいて呟く。

「華[音欠]よ、お前もか」

華[音欠]は嫌らしい笑顔を曹丕に向けて、はっきり答えた。

「私はこれまで曹操様に人道を重んじた英雄になって頂きたく、
 敢えて多くの罪悪につきあって来ました。
 …が、あのお方は最後まで乱世の姦雄である事を愉しんで請負い、
 我らは結局、青史に『姦雄の手先』として名を残すはめになった。
 つまり我ら清流派を自認する者は曹操様にこの手ばかりでなく
 名まで汚されてしまったわけです…」
「それでついに身体まで汚れる事を受け入れたのか」

下品な笑い声が華[音欠]の喉から大きく響いた。

「名も心も人ならぬ者と化してしまったのに
 今更、身体に未練して何になりましょうや。
 私はこれからハーゴン様の教えに従い、悪魔として新たな生を得ます。
 全てを壊し、そして殺し尽くします。その果てに何があるかは知りませんが、
 それが私のせめてもの最後の主張です」
「後世の者はお前をただの狂人にしか見ないであろう」
「それはあなたが決める事ではありますまい」

華[音欠]は微笑みを絶やさない。

「…これまでの縁から最後に申し上げておきましょう。
 曹操と言う者を受け入れたこの国の民は、
 人間ではないものの君臨を喜ばない資格などありませんよ。
 私憤から無辜の民を万に至るほど殺し、主従の筋を曲げとおし、
 人道の価値を形はどうあれ、根本では否定した。
 このような人民は滅びて当然の人種です。
 もしあなたたちが人間として生延びる事を考えるのなら、
 今までの奢りを省み、はじめから出なおす覚悟を持つことですな」

それだけ言い残すと、『おおめだま』と化した華[音欠]は、
ゆらゆらと揺れて消えてしまった。
<ピサロと死の呪文>

「ピサロは優し過ぎる。これも人間の血が混ざっているためか?
 たまには残酷な遊びをさせてやらねばならん」

ハーゴンの一命により、ピサロは数人のブリザードを連れて、
死道領から脱走を図る百人近い亡命者の討伐隊に出向かされた。

ピサロの掲げる『悲』の旗を見た哀れな女子供が、
叫び声をあげながらぶつかりあい、蹴散らしあいつつ、疾走する。

「ブリサードAよ。誰も皆、自分の命ばかりが可愛いようで
 とても見苦しい、不愉快な光景だな」
「ピサロ様、それがしも同感にございます。
 人が生延びようとする姿ほど醜いものはありません。
 ここはどうぞ我々にお任せ下さい」

ブリサードBが呪文を唱えた。
まだピサロが聞いた事もないような呪文だった。

逃亡する集団の数人が突然、転んだ。
ざっと見た感じでは十人は倒れただろう。

またブリザードAが同じ呪文を唱えた。今度はもっと倒れた。
立て続けにブリザード全員が呪文を唱える。

面白いように少しづつ人が倒れて、
とうとう一人も立っている者がいなくなった。

「凄い! こんな強力な眠りの呪文があるとは知らなかった」

ピサロはいたく感心して倒れた連中を捕らえに駆け出した。

「ピサロ様、お待ち下さい。
 この者たちは眠っているのではありません。死んでいるのです」
「えっ?」

ブリザードの言う通り、一人残らず死んでいた。
ピサロは呪文の妙味に感じ入るよりも、何か嫌な気分を覚えた。
<洛陽の大神殿>

その日は風が強かった。雲の流れも早い。
大神殿の中心部は巨大な塔になっており、
大神官は今日も朝早くからその頂で破壊神に熱心な祈祷を続けている。
ハーゴンの装束が音を立てて靡く。篝火も風に襲われ激しく悶える。
玉のような汗がいくつもいくつもハーゴンの額をつたう。

「生贄が…生贄が足りぬ」

神々の声に触れ、彼らに捧げる魂が充分ではない事を悟った。
今まで死道の軍勢が悪霊の神々に捧げた命は数知れない。
それでもまだ不足があるらしい。
物量としてはこれで悪くないかも知れない。しかし「魂」とでも呼ぼうか、
個々の濃度、(存在感? 影響力? レベル?)、そういうものが足りないのである。
これには相当、名実を兼ね備えた人間の魂が必要だ。

なぜならば生贄の質量は、そのまま招来させる神々の質量に比例する。

例えば大魔王ゾーマ様もある悪霊の神を呼び寄せたことがある。
その時の生贄は名もない無辜の民が約百名であったため、
呼ばれた神はわずか半日ほどで冥界に帰還してしまった。

当面、ハーゴンの目的は悪霊の破壊神シドーをこの世に権現し、
人類勢力を壊滅に至らせる事である。
そのためには少なくとも半年くらいその肉体を維持して頂かなくてはならない。
しかし現状ではそれが難しいようなのだ。

これまでは虜囚と化した武将すべてに、我が教えに忠実な魔物に転生し、
富貴をともにしないかと呼びかけた末、
屈辱に耐え、新たな生を望む者にはそれを認めてきた。

このやり方には人手不足を補う利点と、一部の抵抗を弱らせる効果があった。
何といっても彼らは死ぬのではない。例え魔物に化けたとしても、
体内から「魔宝石」を取り出せば、まだ人間に戻れるのである。

だがその方針もここまでで変えたほうがいいかも知れない。
つまり以後捕らえた武将は有無を言わさず皆殺しにするのである。

「だが…」

ハーゴンは目を閉じた。

このやり方をはじめると、この国の者たちの反抗はより厳しいものになるであろう。
やがては領土拡大に伴って深刻な人材の不足に悩まされるのも必定だ。

「それでもやるしかない」

ハーゴンは以後、捕らえた武将は一人残らず皆殺しにする事を腹心たちに宣告した。
<劉備と張飛>

関羽が消えてどれほどの月日が流れたであろう。
今では劉備の眼は痩せた老狼のような静かな殺気を放ち、
義弟・張飛も口数が減り、滅多に言葉を発しなくなった。

夜が来ると二人は決まって館に集い、灯りもつけず、
暗闇の中、冷えた酒を酒を酌み交わす。

孔明は劉備に変わって政務に忙しく動かねばならなくなった。

彼は情勢を見て、敵味方の境域を当面は自らで設けず、
相手が誰であろうとも手薄な領土を攻め取る方針を決めた。

傷だらけの曹丕領を襲ったり、死軍に謀を凝らしたり、孫策を脅かしたり、
と慌しく動きまわる蜀軍たち。しかし意外に誰も守りは固く、
一向に得るものはない。

ハーゴンはこの小うるさい連中の存在には守勢で当たり、
決してこちらから武力を向けようとはしない。
何度かハーゴンの領土を侵そうとする動きもあったが、
全て見事に蹴散らした。

ある日、劉備が数刻の沈黙の末、そっと張飛に命じた。

「お前は死ね。仇討ちのために」

張飛は無言でうなずいた。二人が暗く微笑んだ。
<偽りの告白>

劉備と張飛が天下の事柄に興味を失って久しい。
人を遠ざけ、蜀の全ては劉封と孔明に預けている。

そのおかげか、劉禅らの謀反人は
何の処罰も受けずに帰参が適った。

蜀にしては珍しく雲もなく、すっきり晴れた朝のこと、
約一年ぶりに劉備が政庁へ顔を出した。
開口一番、彼は吐き捨てるように言った。

「張飛が酒乱の気を出して暴れたので斬り殺した」

群臣一同、耳を疑い、しばらく言葉を失った。

「張飛の葬儀はすぐに行なえ。喪主は厳顔でいいだろう」

日輪が激しく輝いていた。
<楊松の命乞い>

[業β]が落ちた。
防備堅牢な城ではあったが、力押しに攻められては一たまりもない。
多くの守将がいずれもすぐさま処刑場に引っ立てられた。

楊松が耐えきれず命乞いをする。

「命ばかりは…命ばかりは…」

ハーゴンは密かにこれを見ていて、すすり泣く彼らの姿に眉をしかめた。
あの手この手で助命を願おうとするその浅ましい様には
ハーゴンもついに見ていられなくなり、その前に身を晒す。

「まあお前らも思ったより長く持ちこたえたものだな。
 まずはその敢闘ぶり、誉めてつかわせよう」
「おお。ハーゴン様! お願いの儀がございます。
 どうか私を貴軍の一員にお加え下さいませ。
 きっとご期待に添うだけの働きをご覧に入れましょうぞ」
「…そうか。では楊松。お前の首を取る事はよそう」
「あっ、ありがたき幸せ!」

楊松は地に頭を打ち付ける勢いで礼を述べた。
ハーゴンは残酷な目で彼を見据え、言葉を続ける。

「その代わり、これからお前の爪、毛髪を残らず引き剥がし、
 首を除く、全ての突起物を一週間に一つづつ切り落とし、
 それで一ヶ月持ちこたえれば魔物にしてしんぜる」
「ひ、ひぃーーっ」
「…何が、ひぃーっ、だ。この痴れ者めが。
 わしの領土では何千万に及ぶ領民がおる。九割以上が人間だ。
 そしてその多くが奴隷として酷使され、血涙を流し続けている。
 ただし、わしは彼らに『望むならいつでも魔物に転生させてやる』と
 伝えている。か弱い人間としてより、魔物に生まれ変わってもらった方が
 今以上の労働力になるであろうし、治安も落ち着く。
 だが彼らはなぜか喘ぎ苦しみながらも魔物になるのは嫌だと抜かす。
 理由は知れぬ。そして不都合かつ不愉快ではある。
 しかし、今のお前よりも何か感じ入るものはある。
 それが何か、わしは知りたいと思う。
 手がかりを得るためにもお前には凄まじい拷問を覚悟してもらおう」

楊松は白目をむいてその場に崩れた。
<勇者の旅立ち>

陽平関は漢中から長安に抜ける道を阻む要所である。
その関所は今、劉備軍の所有するところになっていたが、
ここを抜けて密かに危険な北方へ向かおうとする男が一人。

彼はなぜか正規のルートを好まず、関の西部に位置する
険しい山道を一歩一歩、踏み進む。見るからに危険な登攀であった。
風が強いので時折、ある時は崖に落とされそうになった。
足元の石ころが一つ落ちた。岩壁に何度かぶつかって霧に消えた。

汗をぬぐうゆとりさえない。
このような岩山を抜けるのは尋常な人間には真似できない事であるが、
尋常でさえなければ可能な事なのかも知れない。
不可能と呼ばれることは大抵『勇気』の不足が原因である。
彼には『勇気』があった。決して誰にも負けることのない勇気。
蛮勇とも言うべき無謀なものではあったが、
それほどのものでもなければ、ここまで危険な真似は出来ない。

「…この先は敵中だ。出会うものは全て殺す。その時は頼むぜ相棒」

この孤独な旅をはじめた初老の男には、背に負った蛇矛だけが道連れだ。
<魏軍無常>

緒戦でこそ、飛行戦を得意とする死軍に対し、
開発された新兵器(射程角度を水平から垂直まで変化自在の巨大な弩)が
魏軍を優勢に立たせたが、死軍決死隊である爆弾岩が戦局を変えた。
前線にて魔物の突撃を防備する大弩の群れが彼らのメガンテにより、
瞬時にして木っ端微塵になり、陣中への魔物の突破を許してしまった。

満寵が馬を駆らせて枯れるほど高い声で叱咤する。

「通すなっ! 決して通すな!」

それでも死軍の勢いを留められるものではなく、
友軍の敗走が止まる訳でもなかった。

曹丕軍の主力はこれで壊滅した。討ち取られた将兵は数え切れない。

戦場を高台から見下ろしながら、バズズは中原の戦は終わったと感じた。
おそらくこれからしばらくは華北に散らばる魏の残党を
始末するのに少しばかり手間取るだろう。

こいつらさえ片付けてしまえば、次は呉か蜀だ。
幸い蜀は、関羽は大神官様の奇策で消え失せてしまったし、
張飛も病死か事故死か知らないが、既にこの世の人ではない。
そして呉も気運が振るわない。

「どれも雑魚よ…」

バズズは翼を広げた。追撃は戦ではない。ただの虐殺だ。
そしてそれを空から眺めるのは何ともいい気分なのだ。
<虎髭流離う>

「誰だ、俺様の足を握っているのは」

目をやると地面から手が六つ伸びている。二つは男の左足を捕まえて放さない。
蛇矛でざっとなぎ払う。こんなことが毎日続いた。
翼を持った紫色の小さな魔物は、握りつぶした後、
にわかに残酷な衝動にかられ、鍋で煮て食べてしまった。
その肉は脂と臭みばかりであったが、なぜか塩が利いているようで、
ちょっと癖になりそうな味だった。

それからは殺した魔物は事あるごとに食べて見た。
川辺に転がっていた球体をした蛇の塊を生でかじったこともある。

この虎髭、『ここは地獄』と達観しているのか、何があっても動じない。

道中の孤独を紛らわせるため、食した魔物を日記につけてはいるのは、
彼の精神状態がどの具合に向かっているのか、判断に苦しむところだ。
殺伐に徹しているのか、気弱な狂気か、生来の気まぐれか。

道もない未開の野原ばかりを歩み渡り、その足は確実に洛陽へと向かっている。
<水流夢譚>

特に大きな船が今日、数隻、進水した。

孫権は陸遜らに軍の再編成と調練を命じ、壊れてしまった軍船の修理を進め、
孫呉の再起を企んでいた。兵士も軍馬も新たな精鋭が育っている。
中原はもはや魔の手に落ちたそうだ。落ち着いてはいられない。
その思いが兵士たちをより激しい鍛錬へと駆り立てる。

「魏は相次ぐ戦いで疲弊し、蜀も呪いをかけられたように災難続き。
 この数年、無傷なのは我が呉軍のみであるな」
「左様。これは天が与えた時と見てよろしいでしょう。
 一旦は劉備らに押されましたが、これもかえって死軍と境界を接さず、
 結果、有利な立場にたてる布石になりましたからな」
「しかし、これですら死軍と渡り合えるなどと本気では思っておらぬ。
 油断せず、出来る限りの工夫を凝らして、万全どころか兆全の備えをせよ」
「…ははっ」
「うむ。俺がこうして言葉で言うのはたやすいが、
 実際に作業にあたるお前たちの苦労は計り知れないであろう。
 しかし無理を承知で頼むのだ。俺はこの国の民を魔物にはしたくない」

孫権の言う「民」が中国全土のものなのか、
彼の領するところまでを指しているのか不明だが、
孫権の苦渋はその目だけで察せられた。
<いにしえの帝都>

激痛を伴う凍てつく光が全身を刺し貫いた。足が、腹が、舌が、肉離れする。
一歩進むごとに氷を叩き割るような激しい音が頭に響いた。
七歩歩くと、もう限界のように感じた。とてもじゃないがこれ以上進めそうにない。
しかし退く事など考えられなかった。

『バリア』と呼ばれるこの空間を潜り抜ける事は尋常の心体では無理であるが、
「ここまで来たのだ」という思いが、彼を耐えがたい苦痛に向こうに歩ませた。

いくら歩いただろう、ひどく消耗した肉体がこの恐るべき空間を抜けた。
その先に見えたのは、円筒状の殺風景な塔である。

この先に、義兄の仇・ハーゴンがいる!

蛇矛を握る張飛の手が汗ばんだ。
ここまでの道乗りは古今東西の英雄が行なった冒険譚に匹敵する偉業であった。
つい先ほど、洛陽の門番を背後から突き殺し、都の中心部にまで疾駆した。
ここまで誰にも気づかれずにやって来たはずだ。
あとは急ぎ頂に登り、悪霊に瞑想するハーゴンを串刺しにするばかり。

生きて帰えるつもりはない。
長兄と謀り、敵味方を欺いて旅立ったのだ。とっくに命は捨てている。
張飛は音もなく扉を開いた。暗闇が続いていた。
闇夜を行くのはこの旅ですっかり慣れた。
しばらく進むと螺旋の階段がある。行き止まりに扉があった。
開いた。またしても暗闇だ。先では道が分岐していた。
上がり坂を選んで進む。またしても扉。開いた。また暗闇がある、と思った。
しかし夜明けに立ち会った時のように徐々に視界が色めいて行く。

淡く、やわらかな香りと色彩。
春の風。
季節の鳥がさえずいでいる。

「ここは…?」

どこかなつかしい花園に、ほどよく暖められた酒の匂い。
桃の木が美しい香りを放つ。鼻が少しくすぐったい。

「よお、張飛」

美髭の男が先に一人で座っている。関羽だ。

「久しぶりに一杯どうだ」

お互い、髭が白く濁っている。
<魔僧の蠢動>

魔僧司馬懿。彼は激しく人間というものを嫌っていた。
かつて生来の人間嫌いから隠棲を決意していたが、
曹操から強引に召し出されてからは人の汚濁に塗れて生きざるを得ず、
ついには魔物の虜囚となって、人間を超える生き物になってしまった。

その彼が、よからぬ企みを持っていることを、幼いピサロは何ともなしに察した。
ピサロを後継者に据える磐石の体制を作ろうとするその意気込みはよいのだが、
やたら後継者ピサロの名を出して、職権を強く用い過ぎるきらいがある。

彼は独自の軍勢を築き上げ、一つの派閥のようなものを形成らんと動いている様に見える。
更にはハーゴンやゾーマですら忌み嫌った恐るべき魔法の存在を知ると、
その研究に多くの資金と人材を投資しはじめた。

ピサロは、司馬懿が何の研究をしているのか興味を持った。
訊ねると司馬懿は優しい顔で答えた。

「今はまだお教えできません。
 しかしいずれそのうち、ピサロ様だけにはその成果を伝授しましょう」

ピサロは司馬懿に好感を持っていたので、その言葉を純粋に信じた。
ある日、司馬懿はピサロに言った。

「よいですか、ピサロ様。
 ハーゴン様はやがて破壊の限りを尽くし、自らの王国を築き上げます。
 …が、しかしそれも長く続かないでしょう。
 なぜならばハーゴン様は悪霊の神々の大神官ではありますが、
 ハーゴン様が提唱する、破壊神シドーを第一の主神と崇める教えは、
 実は魔界でも異端に属する宗派なのです。
 おそらくこの世界をハーゴン様が統一なされば、
 別世界を支配する魔王との戦がはじまるでしょう。
 しかもその別世界は一つではありません…」
「すると父上の野望は無意味というのか」
「ハーゴン様が統べた世界を支配するのがハーゴン様自身であれば、
 それはピサロ様の仰る通り、空しいものになりうるかと思います。しかし…」
「しかし?」
「その志を受け継ぐお人が、正しき覇道を歩むならその天下は磐石です」

司馬懿は日々ピサロの心に謀反の種を仕込みはじめた。
<劉備病床>

あれから数年たったが、張飛からは何の音沙汰もない。
密命を果たす事はできなかったのか。
思えばつまらない事で弟を死地へと追いやってしまった。
劉備は2人の弟を失った事にひどく心を痛め、すっかりやせ細り、
一日中寝所から離れない日も増え、もはや余命幾ばくもないと噂され始めた。

「劉備様、こんなところで全てを終えてしまってよいのですか」
「ご子息たちは蜀主を継ぐにはまだ若すぎますぞ」

誰かが身に触れている。だが何も見えぬ、何も聞こえぬ。
聞き覚えのある老いた嗚咽は、側室のものであろうか。

(いや、これは…)

その嗚咽は母のものではなかろうか。
私が生まれ育った華北の桜桑村。時は夕暮れ。
桑の木の元、一人の老婆が泣いている。泣いて茶壷を投げ捨てた。
茶壷は川の中に飛び込み、ゆらゆらと流れ始めた。
私はそこで戸惑いながら母を見つめている。

「備や。どうしてあれほど言ったのに、この桑の木から葉を抜いたのですか」

母は泣き濡れた目で睨んだ。
私がある商人に頼み、そこの桑の葉を用いて茶を作らせたのを咎めている。
「この桑は世界に一本しかない、大事な桑。
 時がくればアリア汗の勇者がこの樹を必要とするはずなのです。
 それをお前はたかの知れたちっぽげな孝心から引きぬいてしまった。
 もしこれでこの“世界樹”が枯れてしまったらどうするのです」

母の怒りはもっともだった。私は何と言う事をしてしまったのだろう。
背を何度も叩かれる。ともに泣く。

そういえばこの桑の樹に関しては他にも忘れえない思い出があった。
──桃の花が咲き香る春のこと。

淡く、やわらかな香りと色彩。
春の風。
季節の鳥がさえずいでいる。

「ここは…?」

どこかなつかしい花園に、ほどよく暖められた酒の匂い。
桃の木が美しい香りを放つ。鼻が少しくすぐったい。

「やあ、義兄」

二人の男が、その桑の樹のもと、ゴザを敷いて酒を煮ている。

(おや?)

劉備は一度目をこすった。どこかあの日と違うのだ。
彼らの毛髪が白い。そのごつい手には幾らか染みがある。

「…おお、お前たち!
 私はすっかり死軍の魔法に殺されてしまったとばかり思っていたが
 無事で何よりだ。しかし、ここはどこなのだ?」
「兄者、よく来られました。ここはあの桜桑村。
 我らが義兄弟の誓いを立てた思い出の村です」
「うむ、そうであったな。しかし、この桃園は昔から変わらないなあ」
「俺もそう思いました。あの日と寸分違いありません」
「変わってしまったのはむしろ我々のほうで」

関羽が髭をしごいて微笑んだ。

「いや、気持ちは何も変わっていないぞ。
 私たちはあの時と同じく、いつまでも兄弟だ」

劉備の言葉に、張飛と関羽がうつむいた。

「実はそのことなのですが…」

三人の視野の外で、桑の木がその幹より血を流し始めていた。
アトラスが世界樹の幹に何度も斧をぶつけていた。
ベリアルは高笑いをあげ、「もっと力強く!」とそれを励ましていた。

「ハーゴン様が“まやかしの呪い”で関羽と張飛を亡き者にした。次は劉備だ。
 劉備を夢の世界に誘いこみ、永遠の眠りにつかせよ。

 そして劉族が長年受け継いできた、人類隆盛の源である
 この“世界樹”を伐採してしまうのだ」


──この国の皇帝には秘められた使命があった。

西洋でイエス・キリストが生まれた年、この国では劉秀なる男児が生まれた。
またの名を光武帝。後に漢帝国を復興した、中国史上最も優れた皇帝と呼ばれる男だ。
その公武帝は大陸を平定すると、ひょんなことから始皇帝が探して止まなかった
『世界樹』と呼ばれる樹を東夷(扶桑)より得る事がかなった。
彼は巫女より、この樹木を『四つの霊峰交わる所』にて守り続けるよう、
預言を受けて、密かに側近らに命じ、それを守らせ続けたが、
やがて帝国の中枢からその使命は忘れ去られ、守り手の一族が知るのみとなる。
そしてその末裔にいたのが、この劉備であった。

「それもこれまで」

桑の樹がゆっくりと倒れた。切り口には血がびっしりと付着していた。
劉備は「死ぬ時は三人一緒。それが私の誓いだった」と呟くと、
大きく咳き込み、それがしばし続いた後、自らの吐き散らした血の中で絶命した。
<死のピサロ>

ピサロは司馬懿に「進化の秘法」なるものの存在について教えられた。
噂ですら聞いた話がないので半信半疑ではあったが、
全ての魔物という魔物はこの秘法によって生まれたという説もあるらしい。

「この秘法を知るものこそがまことの支配者たりえるのです。
 いずれ、拙僧の研究がピサロ様のお役に立てる日が来ます…」

言われて見ればそうかもしれない。しかし彼の言葉の裏には野心を感じる。

これを見かねたピサロのもう一人の側近、アンドレアルは、
その野心を抑えるべく、ピサロを「死のピサロ」と美称する事を周囲に強制し、
ピサロはあくまで「死軍(ハーゴン軍)の御曹司」であることを強調した。

かくて司馬懿の野心は牽制され、
ピサロもまた「デスピサロ」の異名で呼ばれ始める事となった。
564無名武将@お腹せっぷく:02/06/02 14:32


         氏 ね よ お め ー ら
    \\    氏 ね よ お め ー ら     //
 +  + \\    氏 ね よ お め ー ら    /+
                            +
     ___      ___      .___
    /     \   /     \   ./     \
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  |     ・ ・   ||     ・ ・   ||     ・ ・   |
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  \     ー   ノ.\     ー   ノ.\     ー   ノ
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    (つ   ノ     (つ  丿     (つ  つ ))
    ヽ  ( ノ       ( ノ       ) ) )
    (_)し'       し(_)      (_)_)

565無名武将@お腹せっぷく:02/06/02 14:32

     ___
    /     \     _____________
   /   ∧ ∧ \  /
  |     ・ ・   | < つまんねーよ、おめーら
  |     )●(  |  \_____________
  \     ー   ノ
    \____/


やれやれ、そう思うならわざわざageなくても。
567無名武将@お腹せっぷく:02/06/02 17:56
つづきを、、、
<孫呉、動く>

「ついに劉備が病没し、蜀の国は劉封が継いだそうです。
 おそらく蜀より正式な使者が事実を知らせに来ると思います。
 両国は長く交流が絶えてはいますが、弔問の使者ぐらいは出した方がよろしいかと」
「劉禅は劉備の実子ながらも次男扱いである事と、人望の薄さから選から外された様ですな」
「なにしろ劉禅は前科があるからな。到底世継ぎは無理であろう。
 まあ、どちらが継ごうとも、器量では劉備に及ぶことはあるまい…」
「仰るとおりです」
「やっとこの時が来ましたな…。
 蜀が新体制を築く間に、我らにはやるべき事をやせねばなりますまい」
「わかっておる…。今のうちにハーゴン軍に両断された魏の南方を頂いてしまおうぞ」

孫権は劉備が死んだと知るや、抜け目なく曹丕の領土に手を出した。
<魔物の城攻め>

曹丕は渤海の城地にて篭城しており、孫権が南方を奪った事すら知らない。
城の周囲はベリアル率いる魔物の群れが、愉快そうに歌や踊りを楽しんでいる。

魔物たちも本気で攻めれば、このような古城くらい簡単に落とせるはずだが、
意地悪く、曹丕らを城内に閉じ込め、飢え苦しむ姿を心待ちにしている。

「飢えも限界を超えれば人と人が食らいあうらしいぞ」
「人という字は一つと一つが支えあって成り立つってのは本当だな」
「俺らも知らない人間の調理法を披露してくれるかもしれんのう」

この城を囲む数万に及ぶ魔物たちは、軍勢というよりは野次馬に近い。

「とりあえず早く奴らの限界とやらを見てみたいものだ」
「がっはっはっはっ」

曹丕は密かに蜀と呉に援軍の使者を送ろうと考えていた。
<現在の情勢>

×××××××××××晋陽××××薊×××××××北平××××××
西涼■┓×××上党┏━■━━━━━■━━━┳━━━━■━━━◇遼東
×××┃×××××■┓×××業β┏━━━┳◇渤海┏━┛×××
×××┃×弘農××┃┗━━━━━■━┓×┗━━━■平原××
西平■┫×┏■━┓┃洛陽××陳留┃×┃┏━━━◇┻━┓×
×××┃×┃××┗■━━━┳━━■×┗■濮陽×済南×┃×
天水┏■×┃長安×┗┓宛┏■許昌┗━━┫×××┏━■┛×
××┃┗━■━━━━■━┛┗┳━━■━■小沛×┃×北海×
××┃×┏┛××××┣━━━■━┓言焦┃┏━━┛×××
武都▲━▲漢中×新野■×××汝南┗┓×┗■下丕β××
××××┃上庸×××┃襄陽××××┃×┏┛×××× ■=ハーゴン
×倍▲━┻▲━━━━▲━┓××寿春@━@広陵××   ◇=曹丕
××┃××┗┓永安┏┛┏▲江夏×┏┛×┃××××   @=孫権
××┣━┓×▲━┳▲━┫┗━┓┏┻━━@┓抹陵×   ▲=劉封
××┃巴▲━┛×┃江陵┃柴桑┗@廬江×┃┃×××
成都▲━┛×武陵▲××▲━━━┫×┏━┛┗@呉
××┣▲建寧××┣━▲┛×××@━┛××┏┛×
永昌▲┃××零陵▲×┃長沙××翻陽×××┃×
××┃┃××××┗▲┛×××××××会稽@×
三江▲┛××××桂陽×××××××××××
<蜀の王者・劉封>

「曹丕殿から届けられた書簡によれば、
 ハーゴン軍の主力は全て河北の曹丕軍残党の征伐に向けられている。
 この隙に南方から攻め入れば、幾らかの戦果をあげられるでしょう」

武勇では遥かに父を上回ると言われる、蜀の新君・劉封は、
軍師・孔明の進言を受け入れて、成都に十万を超える大軍を終結させた。

「父上の遺志を継ぎ、魔物とそれに降った逆賊どもを討ち滅ぼし、中原を制す!」

白馬の劉封が挙手すると、古参新参を問わず、将兵は旗や槍を高く掲げて雄叫ぶ。
新たな主君のもとでの指揮系統がまだ固まっていないせいか、
動きがどこか不揃いであるが、意気盛んである事だけは明らかだ。

今まではただ恩賞目当てで戦って来ただけの兵卒も皆、
ここ数年の大陸の状況を、心から憂い、憤っている。

父祖・劉備がはじめて決起した時も、兵は皆、このような悲壮な目をしていたのだろうか。

劉封は孔明ら、劉備軍古参の将兵を漢中の抑えに置き、
自らは動きやすい次世代の軍団を率いて荊州に向かった。
<孫権軍、ハーゴン領に乱入を決意する>

呉の孫権はハーゴンに分断された曹丕の領土を奪い取ると、
その鎮撫と国境守護のため、兵力を増員した。そんな折…。

「孫権様、曹丕からの書簡はご覧になりましたか?」
「勿論だ。ハーゴン軍の主力は北方ばかりに集中して、
 我らとの国境の守備は怠っているらしい」
「丁度、我らは軍備も整い、調練も行き届き、戦意も盛んです」
「手の者からは劉封軍は既に動きはじめたと聞いています」
「これは願ってもない好機ですぞ!」
「よし、決断の時だ。…陸遜、韓当。すぐにも下[丕β]の解放軍を編成せよ。
 この戦では、わし自ら総大将の指揮をとる」
「御意!」

荊州からは新野に劉封が、江南からは下[丕β]に孫権が、
それぞれ親征軍を北方に向けた。

劉封も孫権も、魔物と直接矛を交えるのはこれが初めてであるが、
長年積み重ねてきた敵軍の研究により、その準備に怠りはない。
<曹丕落命>

どこからか肉を煮る匂いがただよいはじめた。
一人、また一人と、槍を手に力なく立ちあがる兵士たち。鎧など遠に捨てている。
曹丕が篭城をはじめて早、何ヶ月になるであろう。
その間に矢も糧食も尽き、城兵の命も徐々に尽き果てようとしていた。

そこで誰かがついにはじめた。
煮られているのは、飢えに倒れた仲間である。

誰が料理人であるのかは知らないが、その肉は誰が見ても人肉には見えない。
それほど巧みに原型を留めずさばかれている。
しかしそれでもこれが人の肉である事は明らかだった。
一度、歯止めを失うと、その後は留めようもない。
各地で死体が調理されはじめた。

その匂いは城外にまで届き、魔物たちは舌なめずりをはじめた。

「親方! この匂い、耐えられません!」

自暴自棄に仲間を食らいはじめた城内の将兵たちと、
暴力と飽食への欲求をもてあます城外の魔物たち。

ベリアルは涎をたらす部下達に合図した。

城門が開き、魔物の群れが殺到した。
やせ衰えた兵士たちは歯向かう暇すら与えられず、次々と打ち倒され、
つい先ほどまで仲間を煮ていた鍋に生きたまま放り込まれる。
泣き叫び、命乞いする者もいたが、容赦されるはずもない。

肉包丁が振りまわされ、魔炎が飛び交い、肉片が転がって行く。

「ぐわっはははは。取り放題。食べ放題」
「血が、脂が、涙が、この鍋の隠し味だ」
「スープ一丁上がり!」

既に戦場ではなく調理場である。

曹丕はこれから南方より起こる新展開を見る事なく、
本陣に火を放って自害してしまった。
<劉封の猛進>

「…劉封が新野に進出したようですな」

背後よりバズズの声。ハーゴンは振りかえりませず祈祷に集中している。

「魔僧(デビルプリースト・司馬懿)殿は迎撃体制を整え、
 長く奴らと対峙したままでいます。
 劉封は何度か攻めて、挑発してきましたが、さすがは魔僧殿。
 固く守りを崩さず、蜀軍を寄せつけません」

ハーゴンは背を向けたままである。

「しかし、死軍も職軍も兵力や物量の損耗は激しいようで、
 魔僧殿はしきりに物理的戦力の補充を願い出ています。
 一方、蜀は追い返しても追い返しても無尽蔵に攻めてきます」

ハーゴンの祈祷の声が終焉に近づく。

「怖れながら、領土のほとんどが屍と荒地である我が死軍と、
 官民ともによく潤う蜀軍との国力の差が、徐々に戦局を決めて行きそうです」

ハーゴンが振り向いた。邪悪な笑みを浮かべている。

「バズズよ。それだけではあるまい。
 孫権もまた下ヒ城に攻めこもうとしているそうではないか」
「左様。こちらはおそらく数週間で孫権の手に渡ってしまいましょう。
 そうなってしまえば、奴らは“勝算あり”と見て、
 総力をあげて我が軍に挑みかかって来るに違いありません」
「劉封に関しては、わしはある手を考え、今まで悪霊の神々に祈願していた。
 どうやら悪霊の女神は我が願いを聞き入れてくださるようだ。
 これで劉封の方は何とかなりそうであるが、孫権の方は手ごわそうだな…」
「下ヒには、早急に援軍が必要かと存じます」
「このわしが直々出向いてやろう。目にものを見せてくれるわ」
「我らもお供いたします」

ハーゴンはベリアル・バズズ・アトラスを伴って孫権討伐の準備をはじめた。
<新野攻防戦>

陣頭で指揮をとる劉封の軍隊は勇猛であった。
敵軍とぶつかれば、必ず自軍が受けた以上の被害を敵軍に与える。

まず劉封の武量が並ではない。

三回目の野戦では劉封が単騎で先頭に突出して、
これに群がったスモークグールやメタルスライムらの、
数体の魔物をなぎ払い、颯爽と旋廻した程である。
この時は蜀軍が大きくどよめき、いつもの倍の働きを見せた。

いくら魔僧・司馬懿に数多くの策があったとしても、
圧倒的な攻撃力を前にしては持ちこたえるに限界がある。

蜀軍はこれまでの恨みとばかり、蛮勇の限りを奮って挑みかかる。
次々と倒れて行く魔物たち。

「このままではいずれ…」

魔僧・司馬懿の背中に冷たい物がながれた。
<下ヒ落城>

一方、下ヒを攻める呉軍の手際も見事なものであった。

ここを守る魔物の数は一万にも満たず、
七万を超える呉軍は力づくでぶつかり、魔物らを揉み倒す。

しかも彼らは受ける被害を最小限に留めるための工夫を怠らない。
火炎の呪文に対しては火の燃え広がりにくい地形を離れず戦うことで避け、
飛行部隊に対しては連弩を放ち、更にはどこで得た知識か、
天地の神々に捧げられた酒を兵士一人一人が腰に持ち、
魔物が寄れば、それにひっかけて火傷を負わせた。

「大神官様の援軍はまだであろうか。……うぐぅっ!!」

丁奉の放った矢が、下ヒの総大将・アークマージの喉元を貫いた。

残りの連中はこれを見て逃げ出そうとするが、
この時既に七万の呉軍が退路をほとんどふさいでおり、
唯一隙の見える逃げ場も罠でしかなく、
我先にと走り出すと、次々に討ち取られる。

「かかれーーっ、かかれー!」

魔物の群れは、残らず殺され、下ヒも呉軍の領有する所となった。
<劉封と劉禅>

ハーゴン軍は孫権に下ヒを奪われたと知ると、援兵を取り止め、ただちに撤退。
これ以上の侵略を防ぐべく、周辺の防備を固めるに留まった。

一方、新野付近では劉封が狂ったように攻めかかり、
このままでは持ちこたえられそうになかった。

大神官は洛陽に戻ると、この状況を前にして、重臣たちの諫言も聞かず、
また長らく大神殿にひきこもるようになった。

「いよいよ、大神官様の知恵も曇り、輪が軍の勢いもそがれ始めたか」

魔僧・司馬懿はここは何としても生延びねばと思うばかりだった。

しかし、その頃である。新野攻略も間近という劉封のもとに凶報が届いた。
建寧を預かる劉禅がまたしても謀反の挙に出たというのだ。

「何のつもりだ!」

劉封は歯噛みしてすぐにも全軍引き返し、建寧の劉禅を討つべしと号令しようとした。

「なりませぬ。まずは目前の新野を落とすのです」
「左様! 劉禅様のご謀反はおそらく死軍が裏で手を引いています。
 ここで退いては相手の思う壺ですぞ」
「では、禅の謀反を捨て置いてよいと言うのか! よいわ、俺一人でも行くぞ」

劉封は父・劉備の血をひいていない、同姓の養子に過ぎないが、
実の子・劉禅よりは遥かに優れた器量と武勇を誇り、
蜀を担う裁量を持つ後継者は他にはいないと多くの家臣が思っていた。
だからこそ彼は劉禅を差し置いて、劉備の世継ぎになれたのである。
しかし誰しもが彼に従うことをよしと思っている訳ではない。

例えば主君は器でさえあればいい、思うようにさせて欲しいと考える者もいれば、
器量を誇るなら、俺の方がまだ上だと考える者もいる。

劉封はこのまま劉禅を放置しておくと、
このような連中がどういう動きを見せるか知れたものではない、と焦るばかりだった。
今、ここで俺を止めようとしている奴らとして信用は出来ないのだ。
孔明の動きは信じられないほど早かった。

成都にて反乱鎮圧の兵を糾合したとの知らせが劉封に届いた時は
既に建寧の劉禅を襲っていたそうである。
劉封が建寧に到着した時は劉禅は自決した後だった。

劉封は孔明の涙ぐむ姿をよそに、
 ──最後ぐらいは武人らしい死に方をしたものだと感心するよ…
 ──が、本当は孔明が独断で殺してしまったのかも知れない
 ──それならそれでもいいのだが、俺に隠しているのならつまらん事だ
と思った。

劉禅の首が劉封の元に届けられた。
その首は、普段の穏やかな顔ではない。苦難の形相だった。

 ──何がお前をこのような動きに駆り立てたのだ?

劉封は首を振った。
孔明はそれを見て、我が戦略の第一歩が密かに成功した、と感じた。
<孔明、馬謖を重用する>

劉封が劉禅を殺した隙に、孫権は江南の失地を奪回せんと、西に兵を出した。
蜀軍はこれに抗する事もなく、すみやかに撤退した。

孫権も陸遜も大勢を考えれば、
ここで蜀と連携し、ハーゴンに立ち向かうべきであるのに、
目の前の欲を優先しようとする。
呉の孫権は、再び四方にその勢力を広げつつあった。

しかし、蜀はそれほど孫権の動きを気にしてはいないようだ。

孔明は蜀の政情を落ち着けるため、劉備の血筋である劉禅を死なせ、
劉封の権威を固める戦略を取り、劉禅の謀反を事前に知りながら放置し、
時が来ると、電撃的にこれを潰した。
そして、その筋書きはすべて馬謖が描いていた。

「馬謖よ。その智謀、やがて私も及ばぬ時が来るだろう」
「孔明様。これでうまい具合に、『蜀の主は血筋ではなく実力で決まる』
 との認識が内外に広まった事でしょう。
 やがては猪武者でしかない劉封様も我々が取って代わり、
 この国を魔物の手から守らねばなりますまい。その時まで気が抜けませんな」
「うむ。劉備様には申し訳ないが、他に手はないであろう…」
<ハーゴン軍、蜀に遠征するを決める>

ベリアルが間者の報告をハーゴンのもとに持ち寄った。
ハーゴンは児戯にも似た孔明の戦略を嘲笑い、愉快そうに杯を傾けた。

「…以上が孔明の考えのようです」
「連中は実力さえあれば、誰が国の主を名乗ってよいというのか。
 ならばわしらが覇者になろうとも、彼らには異論の唱えようもあるまい」
「くくくく。奴らには我らの恐ろしさが未だに解っていないようですな」
「中原は落ち着いた。孫権への備えも整えなおした。
 次にやるべき事は何だと思う?」
「目障りな蜀に黄泉の国への引導を渡してやる事です」
「よくぞ言った。わし自らお前たちを引き連れて大遠征を行ない、
 山中に暴れてまわり、蜀の人という人を全て抹殺してくれよう」
「死力を尽くしましょう」

大神官はベリアル、バズズ、アトラスに命じ、洛陽の大神殿前広場に、
十万近い大軍を集めさせた。
夜の広場を埋め尽す、色とりどりの魔物たち。
それがみんな、手に武器と松明を掲げている。
「ハーゴン様、あの松明の煌きの一つ一つが彼らの魂。
 殺戮を心から渇望する魂の灯火。
 全てを殺し、壊して尽くしてしまった時、あの灯火は全て消え、
 美醜の差別なく、万物は闇にまた戻る。
 華麗なる破壊の儀式が、いよいよ大詰めに入るのですな」

バズズはそれだけ言うと、音もなしに一歩退いた。
入れ替わりに無言で塔の頂きより広場の軍勢にその姿を現すハーゴン。

挙手。

魔物のどよめき。

「諸君!」

静寂。

「これより我らは蜀に向かう」

広場より、耳をつんざく程の雄叫び。

その威光に煽られた、狂者の叫びにも似た歓声と、
乱暴に振りまわされる松明の灯りだけが闇を支配した。
<エビルプリーストの野望>

エビルプリースト・司馬懿は「進化の秘法」の研究を進める事で様々な知識を得た。
彼はまだ独自の政権を討ちたてる野望を捨ててはいない。
その野望に役立ちそうな知識もいくらか見つかった。
彼は、ピサロを主君に頂く王国を築き、後にその王位を奪う事を夢見た。

彼に親しい魔物たちは、真相までは知らないが何となくそれを察し、忠告した。
が、とても聞き入れる様子はない。
<魔の行列>

険山。飛行するグレムリン。今日もその目は間道を見逃さなかった。
魑魅魍魎の行列が、グレムリンの合図に従って、間道に入る。
軍列の七割目ほどに、バルログが肩に掲げる禍禍しい御輿が四つ。
それぞれに、ハーゴンとその側近が乗っている。

「薄暗い。曇り勝ちだな、この辺りは」

魔と闇とは相性がよい。ハーゴンも暗闇が好きであった。
しかし彼は魔物の棟梁としては珍しく、陽の輝きも嫌いではなかった。

魔物の全てが闇に属する存在ではない。
陽のもとでこそ表れる魔性もあれば、晒される悲劇もある。

しかし太陽そのものは、やがて始まる殺戮の光景を直視する勇気がないのか、
雲の裏に、何度も隠れようとする。日輪の臆病に微笑する大神官。

「はじめの要所・武都の守りは馬超である。次の要所・漢中の太守は魏延。
 ここさえ破れば、蜀の全土を奪うまで何年もかかるまい。
 この戦では蜀軍を一人も残さず殺してしまうぞ」

ハーゴンは全軍に伝令を飛ばし、行軍の速度を上げた。人馬の及ばないほどに。
<錦馬超、出陣!>

若い兵が目を凝らす。老兵がそれを見る。

「なんだ、あの土煙は」
「土煙?」

老兵は、はっとして突如駆け出した。
馬に飛び乗り、振り返りもせず砦を出る。

──数刻後。

轟音とともに、錦馬超が武都のほぼ全軍をかき集めて打って出た。
驚くべき速さで五万ほどの蜀兵が、血相を変えて馬超に従う。

大軍が砦に入った。
「…急げぇっ!」「二番隊は前へーーーっ!」「遅れた者は斬り殺してよい!」
怒声、喧騒。時々兵士の駆け足が響き、少しづつ隊列が整い始める。厳粛な空気。

入りきらない将兵は砦の外で遊軍になる。禁じられているはずの私語がやや続く。
「来たらしい…」「せめて一匹でも道連れを!」「…援軍が来るまでは身を楯に」
馬超は七度、私語の禁止を命じた。まだ私語を続けた者は殺された。

数名ばかり斥候を出しても無駄だ。全て殺され、戻って来ない。
百人づつ先発隊を十隊ほど出す。数名が戻って来た。

「紛れもなく死道勢です。見たこともない速さでやって来ま…」

言い終わらないうちに山岳から雲がぬうっと伸びた。
一分足らずで天空を覆った。
それは雲のように見えて、実はドラゴンフライの大軍であった。
<魏延、抜刀>

漢中で戦支度がはじまった。
六万に及ぶ将兵が落ち着き払った動きで陽平関へと集う。
その全軍を顎で使う将軍がいる。その男、魏延。総大将だ。
副将の李厳に言う。

「馬超から援軍の要請が来た。おそらく馬超は手筈通り、
 前線を固く守り、我らの着陣を待ちかねているだろう。
 そこで我らは、これまでにない秘策を持ちいる。孔明殿が…」

絶叫があった。ぐんたいアリの大群が早足に迫る。
続いてバピラスやポイズンキッスなどり、考えられない姿をした生き物が
どこからともなく山のように現れ、漢中軍に炎や毒を浴びせ掛けた。

「遅かったか!」

矛先に馬超の首を掲げるベリアルを見て、李厳はようやく全てを悟った。
陣列が乱れ、ほとんどの将兵が逃げ惑う群集に成り下がった。
若干名はそれを押しのけ、あるいは打ち殺し、前に進む。
魏延は陣頭に向かい、抜刀して叱咤する。
<決闘 魏延とベリアル>

魏延、前進。
取り囲むようにして、荊州にいた頃から彼に鍛えられた精鋭が続く。
走るうち、彼らは自然に魏延を中心として、小さな隊列を組んでしまう。

魏延は誰言うともなく、進んで殿軍(しんがり)を買って出、
彼に直属する兵もまた、それを悟ったのだろう。
手足のように動く兵とはこのようなものか、と驚く李厳。

しかし、このまま僅かばかりの兵で、敵軍に突撃する事は死を意味する。
ハーゴンの戦を一度、直に見ていた事がある李厳は、魏延の命を惜しんだ。
「退がれ!」と叫ぶ。だが、騒音で自分の声すら届かない。魏延も何か叫んでいる。
李厳には聞こえないが、「李厳、兵を無駄死させてはならぬ。後は俺に任せて逃げろ」
と怒鳴っているのだ。

ベリアルの隊が一歩、前に出た。
三ツ又の矛を振りまわす。先に刺さった馬超の頭がどこかに飛んだ。
数百か数千か、乱戦では既に定かではない、魏延の部隊が、
敵味方を薙ぎ払いつつ、目前に迫る。
縦に伸びた魏延の兵を魔物達が周囲より包み込む。
馬から叩き落されたり、かまいたちの呪文で切り刻まれたりしながら、
数十年、老練に鍛え抜かれた魏延の兵が血みどろになる。
やがて魏延の視界から、生きている友軍がなくなった。

魔物がじりじりと四方八方から歩み寄る。刀を手に、魏延がおらぶ。

「俺を殺せる奴はいるか!」

魔物たちが数歩退いた。魏延は再度、破れ鐘のように呼ばわった。

「俺を殺せる奴はいるか!」

サーベルウルフが、背後から忍び寄り、飛びかかった。
魏延は素早く跳躍して身をかわし、その胴を真っ二つに叩斬った。

「俺を殺せる奴はいるか!」

「ここにいるぞ!」

ベリアルが、くさったしたいを踏み潰しながら現れた。
「貴様が化け物どもの棟梁、ハーゴンだな」
「違う。俺は大神官様の腹心、ベリアルだ。そしてこの戦の総大将である」
「ハーゴンはどうした」
「大神官様は今、武都にてお前の同朋(蜀の人民)を
 悪霊の神々に捧げる儀式を行っている真っ最中だと思う」

魏延の毛が逆立った。彼は正義の人だった。
これまでずっと民草を守る戦いだけに生きてきたし、今もそうだ。
仲間と兵卒を死なせたくない。だから死兵となってまで前に出た。
ベリアルの言葉にどれほどの怒りを感じた事であろう。
何か人知を超える力が働き、握る刀が鈍く光った。
それを見やったベリアルの眉が皺寄った。

(…バイキルト? まさか)

ベリアルの目が怯えた。

「忌々しい化け物め! この魏延を前にしたが最後だ、覚悟せい!」

魏延の刀が、とても大きく横薙ぎに振り払われた。

ベリアルは不意に衝撃を受けたかと思ったら、なぜか空が見えた。
「浮いた」と感じた時には、断末魔の叫びが轟き、どかどかと全てが揺れた。

魏延の刀が彼のわき腹を叩き割り、
その巨体を刀の突き刺さったまま高く振り上げ、周囲の魔物に叩き落したのだ。
魏延が刀を振るうたびに、魔物たちが吹っ飛ばされる。
続々と魔物たちが寄せてくる。魏延は休みなく殺戮に狂う。


その間に、ホイミスライムやマドハンドらが、
気絶したベリアルを助け起こして後退した。

ベリアルは静かに目覚め、深手を治療する呪文を唱えようとする。
しかし、彼は既に、ここまでの電撃作戦で魔力を使いきっていた。
更に不幸なことには、彼は小さいながらも「魔王」であった。
魔王は皆、並の連中が使う呪文を全く受けつけない身体を得ている。
わき腹からはいくらでも血が流れている。
ホイミスライムが泣きそうな顔で見ている。

「…ホイミン、案ずるな。俺は一旦、大神官様の元に下がって療養する。
 あとはアークデーモン七人衆の指揮を仰いで、漢中を攻略せよ」

ホイミンは深く頷いた。

「魏延討ち取ったり!」「やった!」「ざまあみやがれえ!」

魔物たちが無数の槍が貫いた魏延の身体を誇らしげに高く掲げて振りまわした。
魏延の右手から刀が落ちた。
左手に大事に抱えられている馬超の首は落ちなかった。
本日は三戦板投票日ですな。
こちらのスレの皆様もどうか一票ばかり…。

http://live.2ch.net/test/read.cgi/vote/1023113183/l10

<<三国志・戦国>>板に一票

と一行書きこむだけでいいです。
<ダーマの孟獲>

兀突骨の死体を引き取りたいと、南蛮より数名の男達が現れた。
カンダタなる盗賊の残党だった兀突骨は、ダーマ地方にて悪事を重ね、
それを追跡する、ダーマの戦士・孟獲の手を逃れ、
この蜀の地で蛮勇を売り物にしていたという。

「左様。この首じゃ」

孟獲は早速手渡しされた、皺だらけな人頭の剥製を受け取り、
満足げに何度も大きく頷いた。

「馬謖、とやら。礼を申す」
「それには及ばぬ。ところでいつまでこの蜀に留まれる?」

孟獲が「明日にも発とうかと」と答えようとする寸前、
勇敢な、しかし甲高い雄叫びがあがった。
外を見やると錬兵所で若い兵たちが上官にしごかれている。

「…戦ですかな」
「うむ。近く、ハーゴンの手勢が蜀を攻める予兆があってな」

孟獲の眉間がこわばる。

「ハーゴン…ですと?」
「お。孟獲殿はご存知ありませんでしたか。
 いや、隠者の国、ダーマの人民が、他国のことに
 興味を持つはずもないのでしょうが…」
「正式には『国』ではないがな。山深い神殿に過ぎぬ。
 しかし、そのハーゴンというのは何ものぞ」

馬謖は喜色を押し隠してこの国の情勢を語った。
漢王朝が乱れ、それに乗じた群雄が好き勝手に兵を動かし、
相克の果てに、魏・蜀・呉の三国に分裂した事。
そして、突如理由も知れずに現れた魔物たちが西涼より勢力を伸ばし、
今では大陸の過半を占める領土を持つに至った事。

「ところでダーマの秘術に、この魔物たちが使う呪術に似た
 不思議な技があると聞いたのだが…」

馬謖の目が光った。
ダーマの事は、馬謖も子供の頃に数度、
「誰でも魔法使いになれる、望みがかなう不思議な国」
との御伽噺を聞いた程度の知識しか持たず、
その国が実在する事すら本気には思わなかったが、
最近、蜀で暴れていた兀突骨がこのダーマから現れた男だと後に知り、
急ぎ使者をダーマに発して、孟獲らに打診したのである。

ほぼ話し終える頃、俄かに館の外が騒がしくなった。
錬兵していた将校が一方に駆け出した。

「李厳様ぁーーーっ!」「どうされました、その傷は!」「もしや…」

馬謖も駆けた。
息を引き取る寸前、李厳が馬謖に伝えた漢中の有様は
「悪夢」と言うのも月並みに響く程、信じがたい事態であった。
孟獲はここでようやく、ハーゴンなる名を思い出した。

───
あれは俺が修行を積み重ねていた頃…。

荒涼とした風。天空の神々が時折舞い降りると伝わる山頂。
何日もそこで神々の到来を持つ孟獲。
ある日、雷鳴り響く嵐の最中。
巨大な黄金の龍が天雲を貫いて、孟獲の前にその神々しい姿を現した。

「孟獲よ」

それから具体的にどういう対話があったのかは覚えていない。
しかしその時、後の世にはびこるであろう、
悪の勢力と戦う使命を与えられた事だけは確かだった。

その時に敵の候補としてあげられた名前がいくつかあった。
バラモス、ヤマタノオロチ、ハーゴン、ムドー…。
いすれも天界では名だたる悪魔たちだった。

───

数日後。孟獲の一党は、孔明の前にいた。
<これは戦ではない>

孟獲は蜀に滞在するうち、衣装が美しく、威もあるので、
「あれは異国の王様であろう」と誤解され、南蛮王と呼ばれはじめた。

その南蛮王が、孔明と向き合って、これからの戦略を語らっていた。

「とりあえず、連中の軍勢を蜀の内部に誘い入れる。
 そして一部誘い入れた後、彼らの補給網を狙い、これを寸断する。
 あとは連携を奪われた敵勢を各個撃破するつもりです」

大略はそうだった。細かい所は現場で順次変えて行く積もりである。
孟獲は渋い顔をして、孔明の鋭い眼を見た。

「今まで幾度戦っても正体が見えない相手に、
 奇を衒う事なく、兵法の常道を行く。これはこれで間違ってはいまい。
 だが、孔明さん。あなたは一つ、間違えている事がある」
「孟獲殿、孔明様は蜀の軍師であるぞ。口に気をつけなされ」
「馬謖、よいではないか。私は孟獲殿の意見をうかがいたい」

地図の上に置かれた全ての駒を、孟獲は払いのけた。

「よいですか。孔明さん。これは戦のように見えて戦ではない」

水をあおった。その口を腕でぬぐう。舌なめずり。

「まだ、あんたたちはハーゴンと『戦争』をしているつもりでいる。
 そこからが間違っていると俺は思うのだ。
 火災や洪水なんかがあった時、あんたはどうやって国を守る?
 槍でつついて見るのかね。騎馬隊を突撃させるかね」
「……しかし、奴らは生き物で」
「しかしも何もないよ。孔明さん、あんたには素質がある。
 もしこの国難を救いたいと思うなら、あんたの身体を数ヶ月ばかり預かりたい。
 およそ半年ほどかな。別にダーマまで来いとは言わない。
 俺が直接指導して、ハーゴンなる現象を終わらせる技を仕込んでやる」

孔明は詳細を求めた。孟獲は黙って首を振る。決心する他なさそうだ。

「じゃあ、早速俺と一緒に修行するんだ」

孟獲は、孔明の手を握り締めた。

「ルーラ!」

跳躍。引力から自由になった。

空。雲。空。一瞬だけ異国風の神殿が見えた。
次に見えたのは、風雲に浮かぶ、奇妙な造りの城郭だった。
<三国情勢>

何の前触れもなく、孔明が蒸発したため、
荊州は劉封が、益州は馬謖が、それぞれ守る事になった。

劉封が北伐に出るたびに孫呉は荊州を侵そうとする。
何度も武装していない、面妖な集団が国境を越えて来る。

そいつらが蜀の義勇兵に志願したり、役人として使えるぞと学問を自慢し、
荊州の権力構造に入りこもうとする。

さすがに蜀の役人はこれを拒んだが、
同時にまともな人材の確保も難しくなった。

益州には既に深い所までハーゴンが入りこみ、
馬謖の預かる成都は孤立しつつある。

劉封は何度も援軍を出そうとしたが、荊州に睨みを利かせる
幼将ピサロ、勇将アンドレアル、参謀エビルプリーストらがそれを許さなかった。
ピサロはそろそろ十五歳に達しようとしていた。
<ロンダルキアの予兆>

ハーゴンは蜀の地理をとても面白がっていた。
洛陽のある、司州のような華やかな文明とは無縁だが、
見渡す限り、山に閉ざされ、陽射しも弱く、どこまでも陰鬱である。
いつかこういう所を本拠を移したいとさえ考えた。

この天険の要塞を、数億に至る奴隷と、強力な魔法を使ってこねまわし、
蜀一帯を、全ての地から浮き上がらせた巨大な台地にしてしまいたい。
人はおろか、ありとあらゆる生き物が登攀できない絶壁に囲まれた悪魔の要塞。

そこから全世界を見下す。見下ろされる方は台地のある方角を見ては戦慄する。

かつて始皇帝なる人間は、民衆にして見れば息の詰まるような話だが、
その限られた支配圏を万里に至る城壁で囲み、『独裁の帝国』を守ろうとした。
これが馬鹿げたやり方に見えるのは、そこに現れる始皇帝個人の
私的な欲求と臆病とが露骨過ぎたためであろう、とハーゴンは思った。

「始皇帝は外敵への怯えから城を築いた。…が、わしの考える要塞は違う。
 わが城は、外敵への備えではなく、人々を支配する為の城だ。
 反抗など考える余地のない、見ただけで屈服せざるを得ない巨大な城。
 絶対な支配の象徴。それがわしの望む要塞」

──尚、これは余談になるが、このハーゴンの構想は、
   千数百年後の倭国で「織田信長」なる男が実現する事になる。
<成都の馬謖>

アトラスが軍勢を連れて、成都にゆっくり歩いていた。
彼らは時々、何の理由もなく、ゆっくりと横たわって、
そのまま何日も昼寝(?)する事があった。

実にいい加減な行軍で、人の足で三日かかる距離を、
彼らは十日かけて進んでいた。

馬謖は兵馬に調練を重ね、要所普請には女子供容赦なく動員して、
その守りを固め、篭城に備えつつあった。人民も不平一つ言わない。

結果がどうなろうとも、いっそ野戦でも開き、
一度に全て終わらせてしまいたい気持ちもあったが、
孔明が最後に残した「必ず戻る」の言葉を信ずる限り、
こうする他にないのであった。

「敵は、あと一ヶ月でこの成都に辿りつくかと思います」

斥候の報告を聞くたびに、敵が何を企んでいるのかを考えた。
奴らは明日にも考えられないくらい速度をあげて、
奇襲をかけるつもりかも知れないし、
あるいは成都を疲れさせるためだけに迫っていて、
途中で引き返してくれるかも知れない。

どうあれ、馬謖は孔明の帰還が待ち遠しかった。
あれからもう約束の半年が立とうとしている。孔明は間に合うだろうか?
<孔明の帰還(1)>

成都に迫る軍勢は、一部を残して近くを通り過ぎ、
そのまま益州各地の要所を攻略しに向かって行った。

馬謖はこの状況を指をくわえて眺めている他になく、
やがて成都は孤立を深めていった。

死道軍が本気で攻めれば、この成都を落とすのは難しい事ではないはずである。
多数の犠牲を出す事を嫌っているとも思えなかった。

「奴ら、我らの命そのものを奪う事よりも、心を惑わし狂わせる事を望むか」

それにしても苛立たしいのは、荊州の劉封である。
本拠である成都が窮地に陥っているのに、援軍をよこす気配がない。
何度も催促の使者は送っているし、それ以前にこちらがどれだけ苦しんでいるか、
おそらく充分過ぎる程、理解しているはずだ。

「劉封様にして見ればこの成都など、本拠でも何でもないのかも知れないが」

もう一つ、危なっかしいのは、人材の不足である。
有能な、あるいは忠節な人士の多くは長年の戦で落命し、
残っているのはただの武僚か、官僚に過ぎず、
自分の頭で物事を考えて戦術や経略を担当する人間は皆無に等しい。

「どいつもこいつも役立たずが」

馬謖に独り言が増えた。
<孔明の帰還(2)>

やがて約束の時も過ぎ、孔明が消えてから既に一年近い時間がたつ。
馬謖は孔明が帰還しないことに、深く疑心を抱いた。
やがて疑心が、諦めに変わり、成都は主君・劉封にも師・孔明にも、
そして天にも見捨てられた事を感じた。

益州のほとんど全てが攻め滅ぼされた。
荊州の情勢は、情報網が完全に寸断されていて解らない。
成都の民はこれまで蓄えられた兵糧と、新たにはじめた屯田で、
何とか生き長らえてはいるが、いつ魔物が自分たちを殺しに来るのか、
それを思うと「生きている」と言う実感は薄かった。

「馬将軍、我らに総攻撃の命令を」

訓練で鼻を潰した若者が真剣なまなざしで願い出る。

今までも馬謖にそう申し出てくる連中が何人もいた。
はじめの頃は「孔明の帰還」、「劉封の援軍」を期待していた為、
これを退けていたが、最早ここまで至っては致し方あるまいと感じた。

「よかろう。誰も当てにならぬ今、自ら活路を開く他あるまい」
<孔明の帰還(3)>

馬謖自らが率いる一万数千の騎兵が城を出た。
山岳の高所に仮の陣地を作り、敵の襲撃に備える。しかしどこか危うげである。
戦慣れしている者なら、明らかな挑発と見てかかって来る事はない構えだった。
だがアトラスは馬鹿だった。馬謖の掲げる牙旗を見て、どもりつつ呟く。

「あれが成都の馬謖かあ。兵隊の位でいうと、大将だな」

わざわざ「兵隊の位」で言わなくとも、歴とした「大将」である。

「おい、みんな。大将首を狙え。攻めかかるぞ」

死道軍は、なぜ馬謖が歩兵ではなく、騎馬隊を率いたのかも考えず、
その陣地へと向かう。馬謖はそれを見下ろし、全軍に命令した。

「よいか。何としてもここを突破せよ。敵の首など取らずともよい。
 どうせどこからどこまでが首なのかもはっきりとしない連中ばかりだから。
 それよりも生延びる事だけを考えてひたむきに前へと走れ」

馬謖の組んだ陣形は、防御と見せて、敵の突進を誘い、
防御の時には安易に見えない、部隊ごとの士気の温度差を見出して、
弱点を狙い、敵中突破を狙うものであった。

成都を脱して、荊州で遊ばされている将兵を糾合し、成都を救うのだ。
そして益州をも奪回し、劣勢に立たされた敵軍が態勢を整えなおす前に北進し、
騎馬隊を中心とした奇襲部隊で、長安を攻め、中原に踊り出よう!

馬謖は、これは既に戦略というよりも夢に近いなと、自ら思った。
<孔明の帰還(4)>

逆落とし。悪魔の大群の中を、騎馬隊が駆け抜けんとする。
二千人の先発隊が敵にぶつかる。この部隊はほとんどが老兵だった。
ぶつかったかと思うと、すぐに何人かの兵が弾き飛ばされた。
落馬した兵たちが踏み潰されて行くのも見えた。

しかし彼らは捨て駒であった。この後、すぐに若い精鋭部隊が続く。
これは巧くアトラス軍の虚を突いた。
馬謖に指示された通り、雄叫びで魔物を威嚇し、不意に思わぬ動きを見せ、
芸術的な連携を繰り返して、敵軍を陽動する。
あっと言う間に四千ほどの騎馬隊が敵の先陣を突破した。

奇跡としか言いようのない手際だったが、
彼ら自身は無我夢中で、どれほどの成功に繋がっているか自覚はない。
ただ、おのれの首がまだ繋がっている事だけが現実だった。

疾走中、自分の父が魔物を食い止めている姿を見た若者もあった。
電撃を受けて、落馬し、たちまち槍にかけられた落ちこぼれもあった。
いつしか首を失った兵を乗せたまま、友軍と駆けている騎馬もあった。
しかし、ここで心動かしていてはいけない。
生き残るためには、「人である前に兵」でなくてはならなかった。

馬謖もまた、若い将校に混ざり、生き長らえた。
一度、暴れ牛鳥にぶつかって、馬を失ったが、
近くで泣きながら駆けている少年兵を見つけたのが幸いだった。
躊躇せず彼を突き飛ばし、その馬を奪い、事無きを得たのである。
<孔明の帰還(5)>

「やった、俺は助かった。ついに成都を抜けたぞ!
 これで荊州に帰ることが出来る! 俺は生き残ったんだ!」

馬謖は自分の叫びに我ながら驚いた。この声が俺の本音だったのか。
返り血と汗に汚れたその顔を左右した。道連れは誰も彼の叫びを聞いていない。
彼らも必死の形相だ。これを見て、彼は脳裏に詩心が生まれるのを感じた。

「生きる事、それは」

だが、その後に続く言葉は出てこなった。
なぜならこの時、爆音とともに、彼の四肢は天高く舞っていたからである。
<孔明の帰還(6)>

「すわ、新手か」

伏兵か、援軍か。バズズの率いる大軍が、横槍を突いて、わらわらと現れた。
次々と放たれる火炎を伴う爆発の呪文。
あっちに来たかと思ったら、既に自分も吹き飛ばされている。
そんな凄まじい爆発が幾度となく巻き起こった。

数分後、戦場に静寂が訪れた。

バズズ軍の本陣に、だいまどうが報告に来た。

「…馬謖は死にました。彼の率いる騎馬隊もほぼ全滅。
 ですが、何人かは討ち洩らしてしまったようです」
「それくらいは仕方ないと思う。だが、馬謖を殺せたのは戦果だ。
 して、その死体はいずこに?」
「あちらの荒地をご覧下さい。殺した時、そのままにしています」

バズズは彼のいう場に出向いた。
そこで馬謖の死体を見つけたバズズは、
焼け焦げた身体から抜けて脈打っている腸につばを吐き、
「これはこのまま野ざらしにしてやれ」と命じた。

数刻後、死道軍は全て、成都に向かった。
残されたのは、馬謖隊が哀れな討ち死にを遂げた痕跡だけであった。
<孔明の帰還(7)> (今回、長くてすいませんでした)

夜のとばり。散乱する騎馬隊だった者たちの肉片。
この時、一人の男が月明かりに照らされた。

男は静かに戦場を歩いて廻った。
やがて何かを少しづつ拾い集めると、それを足元に投げ巻き、
一言、そっと呟いた。

「ザオリク」

閃光。地面にばら撒かれた塊が一つに合わさり、
それがやがて、馬謖に戻って立ちあがる。

目が合う二人。

「馬謖」
「……こ、孔明様!?」

孔明はやさしく馬謖を抱きとめた。
<ピサロ成人>

大神官の玉座。一人の美しい少年が現れてひざまずく。
その瞳は残酷な輝きを宿している。
ハーゴンは、しかしまだ幼さが残っている、と感じた。

「ピサロ」
「ははっ」
「いよいよお前を我が軍の大将に取り入れる」
「ありがたき幸せ」

清らかで気持ちのよい返事であった。

もしこの場に人間がいたならば、彼らが邪悪と呼ばれる所以は、
彼らが卑劣で利己的な生き物だからではなく、
人間が家畜に愛情を持たないように、
彼らは人間に愛情を持たないだけである事を察したかも知れない。

だが、厄介な事に、人間は家畜と違って、「知能」を持つ。
それゆえに人間と家畜の間には生まれ得ない感情を、
すなわち「憎悪」を持ってしまう事が多い。
それゆえに分かり合う事がない。それだけの事なのだ。

館に帰ると、数え切れないほどの届け物があった。
いずれも将軍職の就任を祝う品ばかりで、祝いの手紙が添えられている。
ピサロは全ての手紙を読んだが、どれも面白味に欠けていると思った。

「…ピサロ様」

不意に背後から呼ぶ声があった。
振り向くと、エビルプリーストがいた。

「おお、お前か。明日より俺は荊州攻略軍の大将となる。
 今後は我が補佐役としてよろしくお願いしたい」

エビルプリーストは畏まって頭を下げた。

「ところで大神官様が攻め続けている益州の情勢でございますが…」

このよき教育係であった男の報告では、成都だけがなかなか陥落せず、
いつまでも抵抗を続けているという。

「……。何が原因なのだ?」
「孔明が戻ってきました。…それも賢者としての修行を積んで」
「賢者? すると奴はロトの一党の如く、呪文を使い始めたというのか」
「左様。どうやら裏でダーマの孟獲たちが手引した模様です。
 更には蜀と、ある勢力との仲介を試みているとか」
「ある勢力というのは何だ」
「アレフガルドの精霊ルビスです」
<とてつもなく恐ろしいもの>

ハリネズミの如く、全身に矢が突き刺さった人面樹の死体。
それが魔物たちに担がれて、何度も何度も、城門にぶつけられる。
その割れ目から飛び散ってしまう、人面樹の血や体液。
魔物の血や体液は、その身体から放たれると、乾かずに毒の沼地を作る。
とても嫌な臭いが漂う。そこにアトラスの怒鳴るような声。

「あと一歩だ。あと少しで突破できるぞ」
「うおおおお」

地響き。またぶつけられた。城門が少し歪んだように見える。
城門を取り囲む城壁からは、守兵らが魔物に向けて、
刃物や岩石、熱湯などを休みなく投げつける。

「これしきの事で怖れる我らではないわ。いけえいっ!」

魔物達は死を怖れず、門や壁に、傷だらけになって体当たりする。
もうすぐここは突破されるであろう。

城壁の上からそれを眺める影が二人。孔明と馬謖である。孔明が羽扇を振った。

「パルプンテ」

時空が歪んだ。途端、空が曇りはじめ、ぽつぽつと雨がふりはじめる。
髪・衣に水気が加わり、大地を濡らせたかと思うと、
突風が木を揺らし、稲妻は轟き、アトラスたちは目を見開く。
暴雨の痛みを堪えつつ、「これは何の技か」と叫ぶが、
その声は枯葉ふぶかせる天風が奪う。
暗雲、狂風。そしてつぶてのような雨。
そして凄まじい数に及ぶ馬蹄の地鳴り。あれを見よ!
風林火山の旗印。人の肉をも食らう勢いで迫る騎馬の嘶き。

「御旗楯無(みはたたてなし)、ご照覧あれ!!」

狂気じみた大音声で、謎の騎馬軍団が四方八方より突進する。
アトラスは気違いのように「退け」の叫びだけを繰り返し、
手足をちぎらせるほどに振りまわして逃げ出した。
続こうとして、魔物どもが先を争う。

「今こそ」

ここで馬謖が城門を開かせた。孟獲隊が追撃に懸かる。
弓矢が放たれ、槍が投げられ、わずかな時間に、多数の魔物が討ち取られた。

──こんな戦が何度も続いた。

蜀軍の、……いや、孔明軍の抵抗はとても手がつけられるものではなかった。
孟獲が、祝融夫人が、そして孔明が、持ち前の奇策と、強力な魔法を用い、
攻め寄せる魔物たちを全て、徹底的に痛めつけた後、追い返す。
孔明は馬謖の目を見つめては静かに微笑み、馬謖もまた微笑みを返す。
祝融夫人が、二人の師弟愛を羨ましげに眺めて呟く。

「敵を蹴散らし続けている間に、ルビス様からの返事が来て下されば…」

彼らは密かにルビスと接触し、救いを求めようとしていた。
<荊州の悲劇>

劉封は「劉」の旗を、そしてピサロは「死」の旗を、
それぞれ掲げて、平野に対峙していた。

ピサロの手勢はまとまりが悪く、時々陣中で揉め事すら起こっているが、
誰もみな、疲れ知らずで、覇気に満ち溢れている。
一方、劉封の手勢は、無謀な戦が荊州の国力を削ぎ、
その将兵も兵糧や武器の不足に苦しんでいる。

特に劉封らが辛いのは、破損した武具の補充が出来ない事である。

かつて、武装品の元である金属の多くは、益州や中原などから、
商人達が運んで来たものを買い取っていたものであるが、
孫権の支配する江州ならまだしも、北も西も魔物たちが行く手を塞ぎ、
必要な物資がどこからも手に入らない状態が長く続いている。

次第に弱まる荊州の劉封軍。
おそらく数で押しかかれば、これは容易に突き崩せるに違いない。
この戦は間違いなく勝利する。
まず間違いなく大戦果を上げられる戦こそ、ピサロ様の初陣に相応しい。
エビルプリーストはそう踏んで、主・ピサロに出撃を進め出た。
ピサロはこれが初陣とは思えない程に立派な采配ぶりを見せた。

先陣のアンドレアルに、敵将・張苞を焼き殺させ、一番槍の名誉を与えた。

エビルプリーストは倒れた兵をスモールグールにして甦らせ、
傷ついた軍勢を何度も何度も立てなおし、全軍の補佐にあたった。

右翼のギガデーモンには、劉封軍の周囲を守る諸将を討ち取らせた。

そして左翼のヘルバトラーが劉封の本陣を突いて、全軍を壊滅させた。

追撃する魔物たち。

直後、劉封は敵に背を見せるは恥とばかりに馬首を返し、
化け物みたいに巨大な長刀を彼らに斬りつけて、少しばかり追撃軍を揉み砕いた。
すると本気で劉封の本陣を追う魔物はいなくなった。

この隙に劉封は「俺だって負け戦もあるさ」と荊州の南方に逃亡する。
だが、手痛い敗戦であった。
これで荊州の北方はほぼ死軍の手に渡ってしまうだろう。
<孫権の野望>

「劉封が敗戦」

民政の評議中、孫権の元にもたらされた報せ。

「左様にございます」

予想し、待ち望んでさえいた機の一つではあったが、
いざ立ち会って見ると、さすがにこれは、と感じられた。

「して、荊州は如何した」
「仰せ付けられていた通り、前線の徐盛殿が、
 追撃に狂う死道軍より先んじて、蜀領の征圧に奔走しています。
 首尾は上々。このまま行けば、荊州は全域は呉の手に渡るものかと」

孫権は一度、ハーゴンと戦って以来、適当に領土を増やすと、
長い間、甲羅に閉じこもった亀の様に守りに入り、
自らが解放した民草を安んじる事だけに専心した。
多分にそれは彼の気質がさせたのであるが、
幕僚らはその気質に従った上で、大陸に生き残る戦略を立てた。
地道に領土の拡大を図る。それが呉の戦略であった。

「蜀主・劉封はまだ生きているのだろうか」
「生死不明。辛うじて確認出来るのは成都がまだ健在である事のみです」
「出来れば彼はハーゴン如きに討取らせるな。我らで身柄を抑えるべきだ」
<KEISHUの呼び声>

劉封の頭に兜はもうない。親衛隊の一人が身代わりを買ったので彼に譲った。
不思議な事だが、その者の名は彼の印象に残らなかった。

「孟達、孟達」

劉封はふと思いついたように、騎乗のままで語りかけた。

「俺たちは、どこまで逃げればいいんだろう」
「もうすぐ武陵近辺です。あすこならば、まだ敵の手は伸びていますまい」
「武陵…。思えば父上の王業が軌道に乗り始めたのは、あの辺からであったな」

不意に思い出が甦る。金旋、韓玄、劉度、趙範…。
もし、この暗愚な四人があそこになければ、父上は孫権の部将程度で
その生涯を終えていたかも知れない。
奴らの墓はまだあそこに残ってるのだろうか。

武陵への道乗りで何気に金旋の墓場へ立ち寄った。合掌する気など当然ない。
それなのに何故立ち寄ってしまったのか、自分でも解らない。
数十人の旗本とともに通り過ぎようとした。
その時、劉封の頭にどこからともなく声が響いた。

『負けたのかね』

瞬時、身体が震えた。すぐに廻りを見まわしたが、誰も見えない。
そんな乗り手の挙動を馬がいぶかしむ。
そこで、別の声が届いた。

『劉備の息子もこの程度では、わしらも何の為に侵略されたのか解らんわい』

「貴様は誰だ。そして、どこにいる」

思考でもって問いかける。すると四人の『声』が答えた。

『我が名は金旋』
『余は趙範よ』
『ワシ、韓玄だけど』
『そして俺は劉度様だ』

突然、馬が怯えるように前を浮かせて嘶いた。
足元から、くさったしたいが一人現れた。
くさったしたいは仲間をよんだ。
くさったしたいBがあらわれた。次にCが現れた。そしてDがあらわれた。
泣く子も笑う、荊州弱四英傑のなれの果ての姿だった。
<夢の金旋ワールド>

金旋のくさったしたいが天を仰いで大声をあげた。

「肥沃な土地に只一人!! 男一匹金旋ワールド! みんなも来いYO!
 つか、お願いです侵攻してきても構いませんから首だけは撥ねないで…」

趙範が、劉封を見つめて言う。

「俺らって仲間だよな」

劉度が、劉封の手を握って、自分たちの墓に誘う。

「俺らってsageでやるのが似合ってるよな」

韓玄が、劉封の腕を組んで頷く。

「まったくだ」

劉封が、泣きそうな声で叫んだ。

「ワシまでいっしょにするなよ」

韓玄が不愉快そうな顔で「それはワシの台詞じゃ」と呟いた。
身を縛られ、口を塞がれ、墓穴へと押しこまれる劉封。

四人は劉備への復讐がなった事を喜び、愉快気に歌い始めた。

「君も今日からは僕らの仲間、飛びだそう穴倉の下へ」

http://curry.2ch.net/test/read.cgi/warhis/978208304/

旗本が気づいた時は、もう劉封の姿はどこにもなかった。
<以上が前回までの物語>

いよいよ大詰めに入りはじめたハーゴンの覇業。

河北・中原・涼州・漢中・荊州の大部分は死道軍の手に渡り、
曹操も劉備も、そして曹丕も劉封も死んだ。

死道軍の支配する領土では、人間はただ奴隷として使役され、
山河は毒を含む湿地に侵され、この世の地獄と化す。

残るは成都で孤軍奮闘する諸葛亮と馬謖。
そして荊州の1部分を奪った江州の孫権軍。

果して彼らの命運はいかに…。

http://game.2ch.net/ff/kako/1017/10175/1017517981.html

書き下ろしの物語を近日中に披露致します。あまり期待せずお待ち下さい。
<荊州の徐盛>

呉は焦りを感じていた。いつのまにか大陸の過半は死道軍が支配する所となり、
自らは地歩を固めたとは言え、果してこれを抗しきれるかどうか危うく、
あれこれと出した戦略も思うほど巧く運ばず、その責任は孫権の身辺に侍る
重臣たちにあるのではないかと、臣や民の多くが囁き始めていた。

孫権はそういう噂を知っていながらどうする事も出来ず、船や馬を揃え、
ただ斥候と、蜀からの亡命者の報告に基づいて、
ハーゴンとの戦いを想定した軍事訓練を繰り返していた。
時には兵力の不足を感じて、海を越えて人狩りの真似事までした。

そのうち、死道軍は蜀より荊州を奪い取り、
それに乗じた孫権の軍勢と小競り合いをはじめたと言う。

「援軍を出すべきかな」

群臣を集めて訊ねる孫権。

「荊州の前哨を預かる徐盛は並の男ではありません。
 先日、参謀として陸遜殿を派遣させたばかりであるし、
 当面は彼らに任せてよろしいかと」

結果、そのような意見が大勢を占めた。

「それでは援軍は送らず、しばらく情勢を眺めるか」

しかしそこで驚くべき報告があった。

「援軍を出す余裕はございませぬ。
 北方よりアトラスの軍勢が迫っています!」
「な…、なんと!」

孫権は急遽軍議を取り止め、迎撃を決断した。
>>613
題名訂正 <揚州の危機>
やっと続きが読めるYO 多謝
616韓玄四:02/06/05 18:03
魏延の死を二度見ることになるとは・・・合唱。
いよいよ新章突入ですね。がんがってください。
ちなみにFFDQ板のスレの方はhtml化したようですよ。
アドレスは失念
618韓玄四:02/06/06 09:37
619大神官ハーゴン:02/06/06 11:16
<成都 ルビスのお告げ>

「馬謖」
「ははっ」
「天空はどうか」
「平素と変わりなくございます」
「そうか…」

小さく嘆息する孔明。ルビスのお告げを聞いて二週間が過ぎようとしている。
あの日、孟獲の身体に乗り移った精霊は孔明に次のように語った。

「孔明や、よくぞ厳しい修行を耐え、賢者の力を獲得しました。
 おそらくその力があれば、まだしばらくは魔物と戦い続けられるでしょうが、
 それでもやはり、限界というものがあります。
 成都はもう、半年と持たないでしょう。
 しかし、決して希望を捨ててはなりません。
 天空で修行中だったあなたが、神竜に助けを求めて、すげなく断られたのは、
 まだ記憶に新しい所でしょうが、今度は私がじかに頼みこんで見ます。
 私はかの一族とはかねてより深い結びつきを持っています。
 きっと彼らは力を貸してくれるでしょう。
 ですからもうしばらくだけ頑張りなさい。
 天空の援軍が来るその日まで」

一瞬、孟獲の芝居かとも思ったが、孟獲が真似ても出せぬほど華麗な声であった為、
孔明はこの言葉を精霊のお告げであると信じた。
以後はそのお告げを頼りに、負けない戦をこころがけた。
何があっても防戦一辺倒で、出来る限り、被害を最小限に留めて踏ん張った。
百人を生かすために一人を殺す事もあったが、
百人を殺すために一人を死なせる事はしなかった。

おかげでここ二週間、味方の被害は驚くほど少なく、死んだ者はわずかに七人だ。

「もう少し、もう少し耐え凌ごう」

その、もう少し、がもう何日目になるだろうか。
<将星墜つ>

「そのルビスという精霊は直接我々を助けてくださらないのでしょうか。
 わざわざ当てにならない神竜の一族に頼みこむより、
 ルビス様自身が来て下されば、手っ取り早そうなものを」
「無理を言うな、馬謖。精霊殿はゾーマなる連中にひどく傷つけられ、
 今はまだ戦いに挑めぬからだ。それに元来、精霊殿は戦いを得手としない」
「…ははあ、そんなものですか。それともう一つ、疑問に思うのですが、
 神竜の一族が我らへの援軍を渋る理由は何ですか。
 孔明様も何度か頼みこんだそうですが、何が彼らを止めたのですか」
「神竜殿自身は実は乗り気であった。
 しかしその取り巻きが、頑として許さなかった。理由は知れぬ。
 今はただ、精霊殿の言葉を信ずる他にあるまい…」

秋風。空一面に星が輝いていた。
今夜はなぜか成都を取り囲む魔物たちも穏やかである。
これまでの戦いに疲れ、じっと眠っているのだろうか。
そういえば時折、こんな夜がある。

「そして、そんな夜の翌日は決まって激しい戦になる」
「……」

その時、空に異変が起きた。
流れ星。それも一つや二つではない。一度に数え切れないほどの星が走った。

「あれは呉の…」

孔明は首を振った。
<孫権の最期>

野戦跡。多数転がる呉の兵馬。全て死体である。
その死体を魔物達が乱暴に取り扱っている。
彼らにとって人間は、食用に、快楽に、玩具に最適な材料なのだ。

その中で一際異彩を放つ巨漢が一人いる。
アトラスである。彼の周りにはお抱えの料理人が何人かいて、
鍋を煮たり、包丁を研いだりしている。

「ぼ、ぼくは小さい頃に、お父さんとお母さんを亡くして、
 それでお母さんはなくなる時に、『アトラスや、母さんはもう死ぬ。
 母さんが死んだらば、お前はほうぼうの家にいって、
 おにぎりをもらって食べて生きなさい』と言い残して死にました。
 だ、だから、ぼくにおにぎりを下さい」
「かしこまりました」

アトラスお抱えの料理人が、孫権の一族を片っ端から握りつぶし、
塩をしこたまばら撒いて、うまそうな団子に仕上げた。
アトラスはそれを立て続けに、がぶりがぶりと食べ始める。

それを見て可哀想なほど震えているのは、
ただ一人生け捕りにされた呉主・孫権である。

「あ、あんたは最後に生け作りにして食べるので、
 それまで死なせるつもりはないので、
 もうしばらくそのままお待ち下さいなんだな」

心の底から嬉しそうな顔だ。
孫権はその無邪気な笑顔に、狂気の高笑いで応じた。
<倭国からの贈り物>

「貴殿の主が倭に暗躍する魔物たちの新棟梁か。
 よくぞ参られた。私が大神官ハーゴンの一子・ピサロである」
「はい。本日はわが主君よりハーゴン様のご隆盛を祝う品をお持ちしました」
「これは痛み入る。残念ながら父上は成都攻略の遠征に出ている為、
 この席に出られぬが、我らの大神殿などをゆっくりと見物なされよ」

使者である、ざしきわらしを下がらせると、
ピサロのもとにエビルプリーストが歩み寄る。

「どうせ奴ら、自力で人間から倭を奪えないので、我々に援軍を頼む腹です。
 もしその話になりましたら、適当に話を濁して返すのが上策でありますぞ」
「解っておる。しかし、彼らの貢物には珍しい物が多いな」
「そうですな…。おや、こ、これは!」
「どうした、エビルプリースト」
「……い、いや。な、何でもありませぬ。ありませぬぞ」

エビルプリーストは奇妙な形の土偶をそっと懐に隠し入れた。

(これぞ紛う事無き、進化の秘法がもたらす最強究極の魔物の姿!)

「ピサロ様、しかし使者を早々に追い返してはなりませんので、
 しばらくはこのエビルプリーストが接待役を仕りましょう」
「それは助かる」

(しかし驚いた。まさか倭にこのような手がかりが隠されていようとは)

控えの間にいるざしきわらしは、単身でエビルプリーストが来るのを見、
「我が君の仰せの通り、奴は一人でやって来たわ」と腹中でせせら笑った。
623無名武将@お腹せっぷく:02/06/08 11:00
<荊州の徐盛>

徐盛の鍛えた数万の軍勢が、果敢に魔物とぶつかりあう。

「怯むな! 幸い敵は成都と荊州占領地の残党狩りに精鋭を向け、
 戦慣れしておらぬ雑魚ばかりをこちらに投入しておる。
 ひたすら守れ! 負けぬよう戦えば、勝機は俺が見出す!
 そして勝機を見出せば、そこに」

ここで徐盛は敵陣に弱点を見つけた。長らく呉軍と揉み合っていた
アンクルホーンとキラーアーマーの混成部隊がついに押されはじめたのだ。
一体、二体と下がる魔物に、呉の槍が襲いかかる。
新手の魔物が助けに入ろうとするが、勢いづいた槍の数に怯む。
怖れて一歩も前に出られない。ここだ。ここに勝機がある。

「騎馬隊投入」

それが突破口となった。徐盛軍が魔物の群れを揉み崩す。
勇ましい突撃が絶え間なく繰り返された。
──呉軍荊州に徐盛あり。
しかし、その名が孫権に届く事はなかった。
625無名武将@お腹せっぷく:02/06/08 21:00
漏れら極悪非道のage武田騎馬ブラザーズ!
ネタもないのに騎馬軍団スレageてやるからな!
 ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ∧_ヘ        ∧_ヘ
  / \〇ノゝ     / \〇ノゝ age 
 /三/´∀`)∩ ∩/三/´∀`)  age
 (つ  丿    (   ⊂) age
  ( ヽノ      ヽ/  )   age
  し(_)      (_)J
<大祈祷 大虐殺>

洛陽の大神殿。暗雲の謎めいた脈動。
大神官ハーゴンは再び祈祷の人と化していた。

「既に大神官様は大陸のほぼ全域を制圧しました。
 捕らえたる人民の数は億を超え、もしこれを生贄に捧げたらば
 破壊神の降臨は疑いありません。成都の孔明如きを相手にして
 いたずらに時と家来を無駄に失うより、
 神々の偉大な力を呼び起こし全てを破壊し尽くしましょう」

大神官は、このバズズの献策に従い、成都をベリアルに任せて
洛陽に舞い戻ったのである。

今、ハーゴンの全領内で大虐殺が敢行されている。
多い所で日に数万。
少ない所でも数百が流血の儀式によって殺され続けているのである。
それが毎日、大神殿にまで報告される。

「本日は青州にて女ばかり七千人を殺しました」
「こちらは一夜で三万人の目玉を一つ一つ丁寧に繰りぬき申した」
「わが冀州にては袁紹の兵卒であった者を七万人」

死臭が大陸全土を覆った。生きる者も皆、狂気に犯されている。

「…シドー様の復活は近い」
「ハーゴン! ハーゴン! ハーゴン! ハーゴン!」

洛陽を覆う暗雲の一部分が、巨大な腕の形を取り始めている。
あれはシドーの腕ではないかと誰もが噂し合った。
<成都落城(1)>

「メラゾーマ!」

物凄い数の炎弾が次々と城壁に叩きつけられた。
巨大な煉瓦にひびが入る。そこにまた四つくらいの炎弾がぶつかった。
破裂。また炎弾。ついに爆発。轟音を立てて倒壊する。

「ついにやったか!」
「いくぞ!」
「うおおおぉぉおおっ」

魔物たちは土煙がなくなる前に雄叫びをあげて城内に突撃をはじめた。

「孔明様、もはやここも持ちこたえられそうにありません!」
「馬謖よ、ついに神竜は間に合わなかったな」
「ここは是非とも斬り死にさせて下され」
「もういい、お前の役目はとうに終わっている。
 お前は私と違ってまだ若い。孟獲とともに落ち延びよ」
「それは出来ませぬ。孔明様を置いてそのような」
「言うな。私はここで最後にやらねばならない大仕事が残っている。
 これが終わってまだ生き残っていればお前たちのあとを追おう。
 だからせめて馬謖、お前だけでも生延びてくれ」
「馬謖殿、前々から掘り進めていました退路があります。さ、お早く」
「孔明様、そんな…」
「奴らの野望が中華を覆う前に潰してしまおうと思っていたが、
 その目論みはここに破れた。お前は孟獲の言う退路に向かえ。
 ダーマにて力をつけよ。そして世界の英雄たちに大神官の存在を伝えるのだ。
 されば被害はこの中華だけに留まるかも知れない」

城内の各地で兵が魔物と戦っている。しかし絶対的に劣勢だ。
半日も立たずしてこの政庁も魔物の手に落ちるであろう。
<成都落城(2)>

「それでは孔明様、先に参ります。何卒ご武運を」
「馬謖よ、達者でな」
「この孟獲、命に代えても馬謖殿をお守り申す」

孔明が頷いた。その時、天空より妙な脈動が感じられた。

「なんだあの雲は…」
「北の空が曇っていますな」
「それだけならまだよい。
 私にはあの雲が何かの生き物のように蠢いているようにも見える。
 いや、このような事に心奪われている場合ではない。急げ」

馬謖と孟獲は、孔明に急かされて、たった二人で秘密の退路へと消えた。
やがて政庁に群がり始める魔物たち。

「来るか…。おのれ食らうがいい。
 イ、…イイ、イイイオ…イ…オイオイオ……、イオナズン!」

大爆音。
しかし吹っ飛ばれされた魔物を踏み越えて、また多くの新手が再び攻め上ってきた。
幾度となく放たれる孔明の呪文。そのたびに絶叫があがる。肉片が飛び散る。

孤軍奮闘。いや、孤人奮闘だった。
孔明の魔力は無尽蔵で、一人で何万もの魔物を焼き殺した。
何時間も飽く事無く、魔物たちが突撃する。そして死ぬ。

ベリアルが苛立たしげな目でこの情景を眺めながら、なおも配下をけしかける。
奇声をあげて突進する魔物の軍勢。そして瞬時に吹っ飛ぶ。
<成都落城(3)>

ベリアルが突撃を制止した。孔明の顔に疲れが見え初めている。

「ハーゴンよ、いつまでこのような雑魚を私に差し向ける!
 そろそろ我が前にその姿を現してはどうだ!
 それでも貴様は男か。この孔明を恐れて何が魔族の王者だ!」

苦し紛れに叫んで見る孔明。

(そろそろ魔力が尽きたらしいな)

ベリアルの微笑。

「ではそろそろ決着をつけようか、孔明殿」

孔明の前にベリアルがその姿を現した。
彼は魏延に敗れて以来、その汚名を晴らそうと、この機を待ち望んでいた。
名のある敵将との一騎討ち。

そのために十万近い配下を殺させた。
孔明を確実に仕留めるためにはその魔力を使い果たさせるのが一番だと考えたのだ。

「…お前が魏延に敗れたベリアルか。私は諸葛孔明。
 この大陸に残ったただ一人の人間だ。せめてお前と刺し違えてくれよう」
「こわっぱが。大層な口を聞くわ。わが腕の中で生き絶えさせてやる。覚悟しろ」

ベリアルが三ツ又の矛を高く振りまわした。
孔明は扇一つを手にしている。

──孔明の死体を持ちかえれば多大なる恩賞あり

その事のみ頭にあるベリアル配下の魔物たちも
主君の一騎討ちの後に、孔明の死体を奪おうとにじり寄る。
<成都落城(4)>

六万の大軍が孔明一人を包囲した。

「これで最後だ、孔明」

ベリアルが大きく矛を振り下ろした。その先で大地が爆発した。
孔明はかろうじてそれを逃れた。
この瞬時の出来事を理解出来かねた魔物たちは
孔明が一撃で殺されたと見てワッと寄せて来る。

「小癪な」

ベリアルは土煙の中に孔明を探した。朦朧とした煙の中に人影を見た。
魔物たちが駆け寄る騒々しい轟音。

「そこか」

二合目を食らわせようとした。孔明と目があった。
その目は冷たく笑っていた。
唇が妖しく動いた。

「メ」

ベリアルは「はっ」として跳び上がった。

「ガ」

その足は魔物の群れとは反対に向かう。

「ン」

光にも似た速さで彼の翼がベリアルを飛翔させた。

「テ」

周囲7キロメートルほどの万物が木っ端微塵に砕け散った。
631スラリソ:02/06/11 20:49
…今の領土関係。君主とかの状態を教えていただきたいんだが。
>>631
只今の勢力ですが、もはや徐盛を残しては何も残っていません(笑)。
いよいよ明日か明後日頃には最終回に入らせて頂きます。

×××××××××××晋陽××××薊×××××××北平××××××
西涼●┓×××上党┏━●━━━━━●━━━┳━━━━●━━━●遼東
×××┃×××××●┓×××業β┏━━━┳●渤海┏━┛×××××
×××┃×弘農××┃┗━━━━━●━┓×┗━━━●平原
西平●┫×┏●━┓┃洛陽××陳留┃×┃┏━━━●┻━┓
×××┃×┃××┗●━━━┳━━●×┗●濮陽×済南×┃
天水┏●×┃長安×┗┓宛┏●許昌┗━━┫×××┏━●┛
××┃┗━●━━━━●━┛┗┳━━●━●小沛×┃×北海
××┃×┏┛××××┣━━━●━┓言焦┃┏━━┛
武都●━〓漢中×新野●×××汝南┗┓×┗●下丕β
××××┃上庸×××┃襄陽××××┃×┏┛×××  ●=ハーゴン
×倍●━┻●━━━━●━┓××寿春●━●広陵××  □=徐盛
××┃××┗┓永安┏┛┏●江夏×┏┛×┃××××
××┣━┓×●━┳●━┫┗━┓┏┻━━●┓抹陵×
××┃巴●━┛×┃江陵┃柴桑┗□廬江×┃┃
成都●━┛×武陵●××●━━━┫×┏━┛┗●呉
××┣●建寧××┣━●┛×××●━┛××┏┛
永昌●┃××零陵●×┃長沙××翻陽×××┃
××┃┃××××┗●┛×××××××会稽●
三江●┛××××桂陽×××××××××××
…メガンテ、か…


ウワァァァン
<破壊神降臨する>

バズズがさも愉快そうに笑い転げていた。

「死せる孔明、生けるベリアルを走らせる、か」
「バズズよ、そう冷やかすな。お前もあの場に居合せていたら
 我が姿をかほどに笑う事はできなかったはずだ」
「これはあいすまぬ。しかし、これで大陸はついに我が勢力に統一された」
「うむ。まことにめでたき事よ」
「ところでハーゴン様の祈祷もいよいよ佳境に入る。
 見よ、あれを。暗雲が次第に破壊神の御姿に近づかんとしておるわ」

真っ暗な天上では鬱々とした景色が広がっていた。
風雲が集い、脈打ちながら、巨大な魔神の姿を形作ろうとしている。
大地にある万物を絶望で覆うような不気味な翼。
現れてはまた消える無数の腕。その先に伸びる好戦的な鉤爪。

やがてその雲がぬらりと粘液の滴をたらす。
ぬっと現れる濡れた鱗に覆われた肉体。

「おお……」

眩いばかりの神々しい光が暗雲を貫いて、破壊神の御姿を照らし出す。
七色の光。降臨する悪霊の神シドー。
ある魔物は神の光に触れただけで塩の塊になった。
ある魔物は神の姿を直視しただけで爆発した。
ある魔物は神の音で…。

「なんと素晴らしい……」

恍惚とするアトラス、バズズ、ベリアル。そしてピサロとその腹心たち。
ハーゴンは彼らと隔絶した塔の頂上でシドーを仰ぎ、祝福の声をあげている。
<シドー 光臨>

(( 下界というのは、なんと清清しいところよ ))

久々に生界に現れたこの魔神は、肉体を得る心地良さにしばし酔った。

(( この哀れな子供達がわしを呼び招いたのか ))

シドーはハーゴンをはじめとする下界の哀れな生き物たちを見つめた。

(( 実に気分がよい。よろしい、わしはこの子供達の望みを聞いてやろう ))

魔神は首をもたげた。

『『 ハ ー ゴ ン よ 』』

厳かな魔性の響き。

『『 願 い が あ れ ば 何 な り と 申 す が よ い 』』

「さればシドー様」

いつもは百万の魔物を震えあがらせるハーゴンの大音声も、
この時ばかりは驚くほど弱弱しい声に聞こえた。

「この世界の人類の命と彼らの文明全てを、その麗しき毒爪で残らず打ち砕いて下さい」

『『 望 み は た っ た そ れ だ け か 』』

「ははっ」

(( 欲の無い奴 ))

シドーは微笑すると、その翼を大きく羽ばたかせた。
突風が脆い建築物を崩し飛ばせてしまう。破壊神の姿は消えた。
<地獄の業火>

魔神は洛陽の空より天高く舞い上がり、大陸を一回りせんとした。
翼に身を覆いつつ、ひゅるひゅると矢のような高速で幾つもの雲を貫く。

夜空に出て、勢いよく翼を広げた。足元には一面に広がる雲海。
再び翼で身を包み、急降下する。下界に華北の大地が見えた。

方角を変えて飛ぶ。

中原には転々とハーゴンに追い詰められた人間の集落が見えた。
大陸全域を支配したとは言っても
広大な大地に潜む生き物全てを掌握する事は出来ない。

シドーはそれが視界の片隅に入れば必ず呪炎を放った。
爆音がその耳に届く前に、この神は次の景色に出会う。

荊州。やや大きな砦が見えた。「徐」や「呉」の旗が見える。
翼を開き、地面にぶつかるかと思うほどの高さで飛行する。
その姿に驚く将兵の群れ。叫び、怒声。そして音よりも速く迫る魔神。
魔神は口の関節を外し、胃の底から燃え盛る炎を喉元でたぎらせた。

砦にぶつかる寸前で、魔神の口で爆発がした。
槍や木片が爆風に乗った。魔神はしばらく宙に浮いたまま、
暗闇に業火を放ち続ける。
徐盛の砦は、全て焔に染められた。
<援軍遅参>

銀河と業火。

『 ふ が い な い 』

生き物はおろか、草木すら絶えた燎原に降り立って、静かに嗤う。

『 西 に 嫌 な に お い が す る』

ダーマが放つ神聖な気を感じたのかもしれない。

『 そ こ か ら や っ て し ま お う か 』

シドーは手足を大きく伸ばすと、一咆えして飛びあがった。


──その頃

(どうやら遅過ぎたかも知れない)

ダーマに続々参集する有翼の戦士達を見つめつつ、馬謖は絶望的な気持ちになった。

(多分、孔明様はとうに……)

青空の中心に日輪が真っ白く輝いている。
翼人の将軍が甲高い声を出す。

「全員、整列! わが神竜軍はこれより中華のハーゴンを討伐に向かう」
「おう!」

槍を握る八万人の戦士達が一斉に飛行した。
638無名武将@お腹せっぷく:02/06/12 14:59
ジハドage
<戦乱終焉>

──それからの事は大意だけに留めておく。


シドーは神竜と壮絶な闘いの末に絶命した。


大地に転がるシドーの腕はその場に打ち捨てられたまま、
数十年、屈辱に打ち震え続けたと言う。

「神界で改めて殺さぬ限り、またいずれ甦る事もあろうが、
 まず百年は奴もそのような気は起こすまい」

これを見るや、ハーゴン達は天空軍の奇襲を避けるべく、
大勢の魔物を見殺しにして、洛陽の大神殿ごと地下の魔界に逃避した。
(余談ながら、この魔界は数百年後、アレフガルド界と繋がる)
残った魔物は一匹残らず、天空軍とゾーマの馬謖に刈り取られた。

神竜はシドーの屍体を丸呑みにした後、
傷中に染み込んだ魔神の毒素に百年苦しめられて絶命するが、
その生前に、息子の竜王とマスタードラゴンをいくつかの異世界に派遣し、
ハーゴンの残党狩りを命じた。

竜王はアレフガルドでなぜか野心を抱き、主命に叛いてロトの勇者に殺され、
マスタードラゴンは見事、ピサロ軍の残党を討ち滅ぼした。

一方、馬謖は各地に逃げ隠れていた人々とともに祖国の再建をはかるが、
後に謀反や外敵の侵略を受けて絶命。
この時の歴史はあまりに不吉なため、抹殺されて、全て陳壽が捏造した。
<英雄転生>

ハーゴンへの恨みを抱きつつ絶命した三国志の英雄達は、
生前に貫いた正義から魔物と戦う勢力の人間に転生した。


──アレフガルド

長耳の男、曰く
「おれはゆうていだキム公を探している」。
美髯の男、曰く、
「俺はみやおうだ。キム公を探している」。
虎髭の男、曰く、
「えーん。あてが迷子のキムこうだす」。
この三人は後にローラ姫の近衛兵としてローンブルグ建国に尽力する。


──ロンダルキア某拠点

羽扇持つ一人の賢者曰く、
「よくぞ来た! わしはそなたたちが来るのを待っておった!
 おお、ルビスよ! 伝説の勇者ロトの子孫達に光あれっ」。
サマルトリア王子が甦った!


──とある地下世界の城

進化の秘法究極の姿を形取る「土偶戦士」が、デビルプリーストの前で踊る。
「いずれ、この城にあの貴公子を入れ、巨大な破壊マシーンにする。
 そして全て破壊させ尽くした後に、この私が新たな天下を作り上げよう」


──ブランカ北方

反骨の男が若い有翼の女を犯していた。女は何度も快楽の果てに上り詰める。
「お前、俺を愛しているか」
返るのは歓喜の声ばかりである。
この男は女にあと二回、同じ問い返した後、精を放った。
<ロンダルキア大神殿>

「お前達には判るまい、夢破れた後も三百年、
 再起をはかり続けて来たハーゴン様の哀しみが!
 おお、我が主・ハーゴン様に栄光あれ!」

ローレシア王子の剣に胸を貫かれて、
老いたる魔王・ベリアルはその場に倒れた。

悪魔にしては何とも幸せそうな死に顔だった。

「あたしの祖国が蒙ったものに比べれば、
 お前たちの事なんか!」

まだ幼さの残るローレシアとサマルトリアの王子、
そして亡国の王女だった娘が一人。
その場にやるせない怒りを感じて立ち尽くした。

彼らがここまで辿ってきた艱難苦難は数知れない。
しかしそれもあと少しだ。

勇者達はらせん状の階段を上り詰め、上階に出ると、
聖堂に一人の小柄な男を見つけた。

──あいつだな……

祈祷する老神官の前に、一歩一歩近づいて行く。
勇者の瞳に、正義の光がそっと宿る。

大神官ハーゴンは皺だらけの顔で振り向いた。

「誰じゃ」

往年の勢いを失い、敗者の狂気が蓄積された、見るも哀れな笑顔。
その口から涎が落ちた。


    【シドー】三国志vsハーゴン【光臨】 THE END