1 :
無名武将@お腹せっぷく:
三国時代には劉備ならば玄徳、曹操ならば猛徳というように、
姓名とは別に "字" という通称があったものなんだけど、
今でも中国人の風習として、成人時には字を名乗るものなのかね?
板の趣旨にそぐわないスレで申し訳ないが、知っている人教えてね。
ちなみに漏れの親父は、ケコーンする前は姓が一文字・名が一文字だったそうで、
中国人チックな名前に嫌気が刺して、ケコーン時に婿養子になったわけでもないのに
母方の姓を名乗ることにしたんだってさ。
2 :
無名武将@お腹せっぷく:01/11/15 16:14
字の風習はもうなくなってるよ
4 :
無名武将@お腹せっぷく:01/11/15 16:23
今から
>>5 そんな君も漏れの代わりに返答してくれてありがとう!
7 :
無名武将@お腹せっぷく:01/11/15 16:32
うそだよ
あいしてる
>>にせ1
今夜はおうちに帰ったらすぐにオナーニして寝ます
10 :
無名武将@お腹せっぷく:01/11/15 16:40
お城のホテルに直行
戦国時代みたいに「馬乗り」がしたい
または下克上の気分を味わうために、たまには上にも
のってみたい・・・
11 :
無名武将@お腹せっぷく:01/11/15 16:47
誰か中国を勉強してるやつはおらんのか
漏れは最近なくなった、ぐらいしかしらぬ
漏れの職場に中国人が何人かいて一緒にチームを組んで仕事をしているが、
その中国人に聞いてみたら「知らない」って言われた・・・
13 :
無名武将@お腹せっぷく:01/11/15 17:07
あざな自体を知らないの?
じゃあそいつが生まれた頃にはもうなかったんじゃない?
>>13 字の存在自体は知っているみたいなんだけど、
そういう風習がいつ頃から無くなったのかということが
知らないんだってさ。
15 :
無名武将@お腹せっぷく:01/11/15 17:31
毛"沢東"
江"沢民"
これって字では?
16 :
無名武将@お腹せっぷく:01/11/15 17:35
毛沢東の字は旬之かなんかだよ。
17 :
無名武将@お腹せっぷく:01/11/15 19:12
ある書物の人物解説で孫文の号、「中山」を字と紹介しているのがあった。
>>16 「旬之」は本当に字なんですか?号を持つ中国人はいても、字を持つ中国人はいないんじゃないかなぁ。
あくまで推測だけど。
18 :
無名武将@お腹せっぷく:01/11/15 19:40
纏足の女性は存在してるのに字を持つ人はもういないのか
19 :
無名武将@お腹せっぷく:01/11/15 19:53
>17
間違いなく字です。字があっているかは不明ですが。毛沢東は三国志好きで知られてるし。
20 :
無名武将@お腹せっぷく :01/11/15 21:24
蒋介石の字は中正だそうだ。この辺が字を確認出来る一番若い世代かな。
21 :
無名武将@お腹せっぷく:01/11/15 21:31
「字」は主に士大夫が名乗るものだったので、
辛亥革命後ぐらいからしだいに廃れていった。
共産党政権下では互いを「〜同志」などと呼びあうのが普通。
22 :
無名武将@お腹せっぷく:01/11/15 22:10
>>20 中正が本名で、介石は字と聞きました。そうだとすれば項羽(名は籍)、
羅貫中(名は本)と並ぶ、歴史書でも字で呼ばれる一人となりますね。
なお、今年100歳で亡くなった張学良氏は、字を漢卿といいます。やはり
この辺りの年代が限界なのでしょうか?
23 :
無名武将@お腹せっぷく:01/11/15 23:34
オレは張学良の字を見つける事が出来なかった・・・
>やはりこの辺りの年代が限界なのでしょうか?
蒋経国にはありませんか(確認できまさんか)?>字
>>21からすると、中華人民共和国系の人のを捜すのは難しそうなんで台湾系で。
あと李登輝あたり。
蒋経国・李登輝が駄目だとやはり張学良が最終世代かもしれません。
24 :
無名武将@お腹せっぷく:01/11/15 23:42
漏れの大学のチャイ語講師(中国人)が言ってたが、やっぱ今では使わんそうだ。
21が言ってるように、辛亥革命以前(うろおぼえ)まで、知識人は字を持ってたらしい。
ちなみに、その講師は字(あざな)のことを「じ」と言っていた(w
そのまんま訳したんだろうか… それとも、むこうでは「じ」と言うのか?
漏れも字ほしいな。なんか気のきいたヤツ。
25 :
無名武将@お腹せっぷく :01/11/16 00:23
>>24 日本人でも字がある人いますよ。徳川慶喜は字を子邦というそうです。
ただ
>それとも、むこうでは「じ」と言うのか?漏れも字ほしいな。
これ見たら「じ」→「ぢ」で「字」→「痔」を想像していまいました。
ゴメンナサイ
悲惨な15は放置ですか
28 :
無名武将@お腹せっぷく:01/12/05 12:32
俺は昔台湾人の娘に中国語の指導を受けていたが、彼女に字のことを聞いた。
彼女は(若い娘だよ)ちゃんと知ってたよ。
で、何を付けても、人生で何度も変えてもいいけど、ふつう本名と何らかの関係がある字を
使うんだとか言ってた。
で、俺は勝手に「慶覚」というのをジブンで付けた。その頃仏教にこっていたから。
・・後に、最後の足利将軍の僧名が「覚慶」だと知って複雑な気分になったりしたが。
29 :
無名武将@お腹せっぷく:01/12/05 12:44
>>28 関係ある、というか
”名前の漢字と似た意味””名前の漢字と同じ音”が大抵なのだ
>>24-25 中国人が「あざな」といわないのは当然だろ。中国語の
音韻構造を何だと思ってやがる。「阿雑那」とかそんな当
て字になるぞ。
劉備=漢祖の徳を備えるもの=玄徳・・って?
曹操=爽やかに晴れる(曹氏)の子=猛徳=猛々しいまでに真っ直ぐな徳を以って。?
ありゃりゃ、演義にでてくる登場人物の性格って、もしかして字から由来してんの?
32 :
無名武将@お腹せっぷく:01/12/05 21:17
33 :
無名武将@お腹せっぷく:01/12/05 21:20
>>31 曹操の字を間違えてる上に、言ってることが支離滅裂。
孟=文字の意・・始めの意。物事の、これから生まれる勢いのあるさま。
孟夏などと使う。
ちなみにヘン、またはツクリはその文字の音を示す事がままある。
くだらんツッコミ入れて悦にいたってねぇで子供はオナニーしてさっさと寝ろ。
36 :
無名武将@お腹せっぷく:01/12/05 21:46
>34
いーじゃん、本物の専門家から見れば俺らの言ってることなんか全部
五十歩百歩の妄言の嵐だろうし。紳士のえんたーていめんとってことで。
37 :
無名武将@お腹せっぷく:01/12/05 22:01
ここぞとばかりに叩くヴァカ
38 :
無名武将@お腹せっぷく:01/12/05 22:44
>>35 孟には庶長子って意味もあるぞ(特に字の場合は)ヴァカ
39 :
無名武将@お腹せっぷく:01/12/05 23:22
孟は 長者の意。
曹操(孟徳)も馬超(孟起)もその一族の長となるから
(伯仲叔季の伯とはまた意味が違うようだ)
その字がついたんだろう。
40 :
無名武将@お腹せっぷく:01/12/06 10:17
字といえば話は変わるんだけどさ、
よく三国志のサイトで諸葛亮を「孔明」って書くと、
特別あつかいしてるだの、物を知らないだのって扱いを受けるけど
あれってどうなんだろ?
孔明で意味が通じるんだから、それで良いじゃん。三文字が二文字に節約できるし。
伍子胥、項羽、李卓吾、蒋介石、みんな字で有名だけど、
「他の人物と平等じゃない、本名で書くべきだ」なんて話、聞いたこともないぞ。
41 :
無名武将@お腹せっぷく:01/12/06 12:07
>>40実際「孔明」の方が「諸葛亮」より広く知られている気がするし。
孔明はいいけど、劉備のことを玄徳と書く奴は間違いなく物を知らない。
43 :
ググール日本のみ:01/12/06 18:07
>>40 伍子胥…452 伍員…39
項羽…6290 項籍…223
李卓吾…163 李贄…66
蒋介石…7440 蒋中正…38
諸葛孔明…5360 諸葛亮…10200 諸葛亮孔明…3280
特別あつかいしてるのは間違いないと思うよ。諸葛亮でも全然問題ない。
44 :
無名武将@お腹せっぷく:01/12/06 18:43
45 :
無名武将@お腹せっぷく:01/12/06 18:47
>>44 駄目。
いかにも「私は三国志詳しいですよ〜」って自慢したがってるのがミエミエ。
46 :
無名武将@お腹せっぷく:01/12/06 18:57
ホウセンは?
47 :
無名武将@お腹せっぷく:01/12/06 19:31
>>31 「荀子」の勧学篇に「徳操」という言葉が出てきます。
この徳操を名と字に分け、字の方に長男をあらわす孟をつけて
「孟徳」とした説がよくいわれますね。
>>48 ふ〜ん。そうやって名前つけるんだ・・・
ますます今の中国の人たちはどうやって名前つけてんのか気になる。
字は名前に吸収されたんかな?3文字の人多いし。本名中に字に一文字分とる
風習みたいなのが残ってるとか。
それにしても名前どうりの性格しすぎてる気がするな。演義の人物像。
52 :
無名武将@お腹せっぷく:01/12/08 10:29
56 :
無名武将@お腹せっぷく:01/12/08 14:43
>55
憎々しげな事をわざわざ言わなくてもよかろ。
仮ーに横山+吉川だけでも、別に文句言われる筋合いもないと思うんだが。
とにかくたかが字の話題で妙な批判はせんでもよろし。
57 :
無名武将@お腹せっぷく:01/12/08 14:54
109 名前: 無名武将@お腹せっぷく 投稿日: 2001/04/18(水) 14:47
王義之の話でてたけど、王羲之とか冦謙之とか、南北朝から隋唐あたりの
名前が「〜之」って人は鮮卑とか北方民族の出身なんだってね。
111 名前: ななし 投稿日: 2001/04/19(木) 02:37
>>109 すまん、あの頃は漢民族の名家出身で『之』のつく人物がヤマのように
いるんだが。
ソースはドコですか?
これってどうよ?
58 :
無名武将@お腹せっぷく:01/12/08 22:01
宗 茂
59 :
無名武将@お腹せっぷく:01/12/08 23:21
>>57 「〜之」は南北朝時代に流行した名前の付け方。
「之」自体には意味はなく、名前に付け足すことで音を調える。
日本で言うところの「お絹」「お富」などの「お」に近い。
だから普通はタブーである名前の父子共有もこの字だけは例外。
ははは