日本は北朝鮮とおなじ?

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6名無しさん@お腹いっぱい。
あるユダヤ人が天皇と日本について語った文がある。

 彼の名はモルデカイ・モーゼ。戦時中にルーズベルト大統領のブレーンとして日本を研究し、
戦後の対日処理立案(GHQ政策)にも加わったという。彼は『日本人に謝りたい』という、極め
て異例な内容を含んだ本を残している。

彼はこの本の中で、「共産主義」はユダヤ人が作り出したものだと言明し、日本を揺るがした美
濃部達吉の「天皇機関説」もユダヤ人ゲオルグ・イエリネックによる国家機能弱体化運動の一
環であったとか、宮本共産党委員長を育てたのもユダヤのラビ(ユダヤ教指導者)だったとの衝
撃的な事柄を記述しているが、その上で、このユダヤの長老モルデカイ・モーゼは、実はユダヤ
人は日本を誤解していた、日本こそユダヤの永遠の理想があると言い切り、「日本人に謝りたい」
と語っているのである。

7モルデカイ・モーゼ:2012/09/10(月) 20:32:58.86 ID:gvcoLXLT
戦前の日本に体現されていたユダヤの理想

 戦後すでに30数年を経た今日、日本人は真の日本歴史を構築してきたという実感を全然感じない、
とよくおっしゃる。私にはその意味がよく分るような気がするのである。それの意味するところは、経済
の驚異的高度成長に反比例する精神面の退化現象とこの二者にみる跛行性のことではないだろうか。
戦後は虚妄だといわれて久しい。私がここで考えることは、何よりもこの跛行性の原像を日本人はまだ
つかんでいないのではないかということである。この病理のルーツが分からないと、治療法も発見できな
いのは至極当然であろう。日本をこよなく愛する私としては、この問題を解明して日本人が真の日本歴
史を生き生きと構築できるよう側面から及ばずながらお助けしなければならないという強い義務感、責任
感におそわれるのである。
 何故か。それはこれら病巣のルーツがほとんど誤れるユダヤ的思考の所産であるからに他ならないか
らである。我々は信じ難いほど頭が悪かったのだ。もともと、我々が犯した誤ちはごく単純そのものの誤ち
だったのだ。
 しかるに、この小さな誤ちの及ぼした影響は想像以上に大きかった。それは、戦前まで日本が世界に
冠絶した類い稀れなものとして誇っていた数々のものを破壊してしまう結果となったのであった。
 このことを知るに及んで、我々の心は痛むのである。しかも、その日本が戦前もっていた類い稀れな長
所というものが我々ユダヤ民族の理想の具現化されたものでもあったことを知り、ますます我々の苦悩は
倍加されるのである。
 我々ユダヤ民族は、西洋人にない高尚な理想を常に頭に画いていたのである。しかし日本の皆様もご存
知のように、ユダヤ民族は永い永い迫害の悲しい歴史の中ではこれら理想を具現化する余裕など全くなく、
ただどうして生命の安全を全うするかということに心血を注ぐのが精いっぱいであった。第二次大戦終結ま
では我々の解放のための闘いは絶えず続いていたのであり、そのような理想を追求する余裕は残念ながら
なかったのであった。
 しかるに第二次大戦後、日本が占領政策の結果大幅に改革された結果初めて、戦前の日本に我々の理
想とするものが多々実在したことを発見したのであった。これは我々にとって大きな驚きであった。

8モルデカイ・モーゼ:2012/09/10(月) 20:37:42.63 ID:gvcoLXLT
 最近、日本でいろいろ比較文化論的にユダヤ人と日本人を対比した論調が出回っているようであるが、
それらはいずれも軽佻浮薄なものばかりのようである。もっとも、それらは若い同胞やユダヤ人の仮面を
かぶった日本人の書いたものであるから、その程度のレベルにとどまっているのもむしろ当然かも知れ
い。たとえば、イザヤ・ベンダサン(山本七平)氏もその一人かも知れない。彼は、日本の戦後史の非連続
性を嘆くかの如きポーズをとり、日本人の小善人的な性質をくすぐり、日本の病理は指摘しつつも、我々の
犯した過誤に頬被りしようとしている。しかし、日本の戦後史は、我々ユダヤ人が過去の過ちを真摯な態度
で告白しなければ解明できない性質のものなのである。
 私は、今後末永く日本人と親しく友好関係を保たせていただきたいと心から願うものとして、日本の戦後の
歴史的非連続性、いいかえれば何故戦前の理想的な数々の長所が失われたのか、そのために真の日本歴
史の構築を阻まれている日本人の深い苦悩からの脱出をお助けするために、これら病巣のルーツを解明す
る作業を進めたいと思うのである。それはまた同時に将来我々ユダヤ民族の理想を追求するときにも再び大
きな助けとなるであろうと信ずるからである。
 ハーマン・カーンの『21世紀は日本の世紀』、最近のエズラ・ボーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』など
は哀心よりの親日的な論調であることは日本の皆様もご理解願えると思う。しかし私にいわせれば、これらの前
にどうしてもしておかなければならない大切なことがあるのである。それをとばして今後の日ユ親善はあり得ない
と思うのである。もしユダヤ人が最も大切なことに頬被りしたままで日ユ親善を求めるなら、それは間違いなく失
敗に終わるであろう。
 私は今後の末永き日ユ親善のためこの筆をとったのである。この拙稿がささやかな日ユ親善の礎となれば望
外の喜びである。

ユダヤ人こそ日本人から学ばねばならない


日本における近ごろのユダヤブームの特徴は、比較文化論的にユダヤ人と日本人を二元論的思考で対置し、大抵
の場合、ユダヤ人は頭がいい民族である、日本人も学んだらどうか、というパターンのようである。そこでは、ユダヤ
人がさも自慢げに、タルムードその他の宝典から都合のいいものを抜き出して得意然として高説をぶつ、というパター
ンが多いようである。これに対して日本人は、お説ごもっともと謹しんで拝聴しているが如くである。この光景を見てい
ると、ユダヤ人が先生であり日本人は常に生徒ということのようである。
 また同時に、文化的、歴史的、思考的、感覚的特徴を二元論的に対置して比較するほとんどのケースは、ユダヤ的
なものを主役としているようである。私から見た場合、日本にいる若いユダヤ人が以上のようなことで得意然となってい
るのであれば、わがユダヤ民族の将来も決して明るいものではないという気がする。と同時に、黙って拝聴している日
本人の謙虚深さにむしろ敬意を表さなければならないと思う。

私は、逆に、ユダヤ人こそ日本人から真に多くのものを学びとらねばならないのだということを、若いユダヤ人に教える
義務があると信ずるものである。日本にいていろいろと著作その他で活躍しているユダヤ人は、戦後の日本しか知らない
のである。しかし、真の日本の世界に冠たる長所は、残念ながら戦後の日本にはもはやないのである。ということは、戦前
までの日本には存在したということである。
 この事実を全く知らずに若いユダヤ人達は、日本でさも得意顔で日本のウイークポイントと思われることを槍玉にあげて
優越感に浸っている。私が悲しむのは、これら若い世代のユダヤ人達が自分達ユダヤ人の理想とするものが何であるか
さえ知らないということだ。そのような状態であるから、彼らは自分達ユダヤ人の真の理想とするものが戦前の日本にあっ
たということなど全く知る由もない。日本人が黙って君たち若いユダヤ人の能書きを拝聴している理由がわかったことであ
ろう。全く問題にしていないのである。反論するにも値しないということだ。
9モルデカイ・モーゼ:2012/09/10(月) 20:42:54.71 ID:gvcoLXLT
 ただ例外は、日本にしばらくいたことのあるラビのマーヴィン・トケイヤーであろう。彼は『日本人は死んだ』という本を著わし、
それは日本でベストセラーになったものであるが、この中でトケイヤーはユダヤ人の真に理想とするものが戦前の日本には
多々あったとし、それが戦後全く失われてしまったのを非常に悔んでいるのである。
 一人よがりの狭量をふり回して、あたかも日本人にものを教えてやってるんだと妄信して得意然としている同胞の若者の多
いなかで、このトケイヤー君はさすがラビだけあって急所を突いている。こういう同胞を私は誇りに思う。
 日本でいろいろ能書きをたれている同胞の若い連中の恥知らずの愚行に対してユダヤ人として一言弁護させてもらえるなら、
彼らは例えばタルムードの内容についてもすべてを知らない。彼らが日本で書きまくっているユダヤ的思考法、タルムードの宝
石などなどで彼らがあまりにも多くのミスを気がつかずに過ごしていることには、実は我々長老にその責任のすべてがあるとい
ってよいかもしれない。
 戦後生まれのユダヤ人は、タルムードの思想といってもその最も肝要な部分を教えられていない。それはタブーとされているか
らである。彼らはしたがって、真のユダヤの理想というもの──それは恐らく人類の理想でもあるだろうが──を全く教えられてい
ないのである。このような同胞の若者が、日本に戦前あったすばらしいものを感知するわけがない。尊敬する日本の皆さん、私は
ユダヤ人の長老として、これら若僧の犯している恥知らずな次元の低い誤りをお詫びすると同時に、我々ユダヤ人が犯したところ
の大きな誤り、第二次大戦終結直後の日本人の精神的空白につけ込んで我々が持ち込んだところの諸々の誤れる思想について、
その過誤の原因および内容的非論理性、反真理性について詳しく分析し、それが如何に日本人にとって有害なものであるかという
ことを実証してみたいと思う。
 勿論、この問題からみると、同胞の若僧どもの無知からくる誤りなどはものの数ではないのだが。これによって一日も早く、尊敬
する日本人が戦前あった世界に燦たる民族的長所を復活させて頂きたいのである。何故ならば、それが即ち我々ユダヤ人の理想
でもあるのだから。

天皇制は古代からユダヤ民族の理想だった

 日本民族のもつ最大の財産は天皇制である。これは全く世界に類例のない偉大なものであり、人類の理想とするものである。かつて
ユダヤ人の大思想家でフランス革命に大きな思想的影響を与えたジャン・ジャック・ルソーは、かの有名な『社会契約論』で次の如き
ことをいっている。「人もし随意に祖国を選べというなら、君主と人民の間に利害関係の対立のない国を選ぶ。自分は君民共治を理想
とするが、そのようなものが地上に存在するはずもないだろう。したがって自分は止むを得ず民主主義を選ぶのである。」
 ここでいう君民共治というのは、君主が決して国民大衆に対して搾取者の位置にあることなく、したがって国民大衆も君主から搾取さ
れることのない政治体制のことである。
 ところがここで驚いたのは、日本人にこの話をするとみな不思議そうな顔でキョトンとする。私は最初その意味が全くわからなかった。
しかし、だんだんその意味がわかってきた。日本の天皇制にはそのような搾取者と被搾取者の関係が存在しない、ということを私が知ら
されたからである。今度は私の方が驚かされた。

10モルデカイ・モーゼ:2012/09/10(月) 20:45:10.15 ID:gvcoLXLT
 日本人のためにちょっと説明しておくと、欧州でも、また最近追放されたイランの王室でも、君主はみな国民大衆に対しては搾取者の
地位にあるものである。したがって、亡命するときは財産を持って高飛びする。これが常識である。だが、日本人の知っている限り、この
ようなことは君主制というものの概念の中には全く存在しないのである。
 しかるに、ユダヤ人ルソーの思想は搾取、被搾取の関係にない君主制を求めているわけである。これは確かに理想である。しかし残念
ながら、ルソーはそのようなものが実在できるはずもないからやむを得ず、民主主義を選ぶというものである。私がルソーの時代に生きて
いたならば、ルソーにこういったであろう。「直ちに書きかけの社会契約論など破り捨て、速やかに東洋の偉大な君主国へ馳せ参ぜよ」と。
 ここで非常に重要なことをルソーはいっているのである。今日本で絶対の善玉の神として一切の批判をタブー化されている民主主義とい
うものは、ルソーによれば君民共治の代替物にすぎないということである。私が日本人を最高に尊敬するようになったのも、この天皇制とい
うものの比類ない本質を知ったからである。
 日本では戦前、比類なき国体という言葉があった。またポツダム宣言受諾の際にも、この国体の護持という点が一番問題になったのであ
る。これは真に賢明なことであった。
 この日本の天皇制はユダヤ思想の理想であったことはルソーの言葉でもわかるが、他にもあるユダヤ人の言った言葉に次のようなもの
がある。「わがユダヤの王は、目に見えない護衛だけで守られる。われらの王は威厳にみちてその権力を行使するのは人民の幸福のため
にだけであり、決して王自身や王朝一族のためにこれを用うることはない。かくして王への尊敬と威厳はいやが上にも高まり、人民に崇拝さ
れ敬愛されるのである。そのため王は神格化されるだろうが、それはひとえに王の権威が人民に安らぎと幸福を保証するコーディネーター
の役を果たすからに他ならない。」
 断っておくが、これは日本の天皇制の描写ではない。ユダヤ民族の理想の表現なのである。これを見てもおわかりと思うが、ユダヤ人は
ルソーのいった如く、国民との利害関係をもたない君主が理想なのである。私が日本の天皇制の本質を知ったときの驚きが如何なるもので
あったかは、推して知られたい。地球上にユダヤ民族の理想が実在したのである。一般のヨーロッパ人は、とてもこのようなすばらしいものを
創ることはできないであろう。我々ユダヤ民族も残念ながら未だ創ってはいないのであるが、しかしそれがすばらしい理想であるということを
知っているだけでも日本人に近く、ヨーロッパ人よりも優れていることを日本人に認めていただければ無上の光栄である。
 一般にユダヤ人が天皇制の類い稀な点を発見したのは、戦後の天皇とマッカーサーの会見の時であった。かといって、ユダヤ人全部が知
ったわけではない。今日本で勝手気ままにペンを走らせている若僧たちはもとより、こんなところまで知っているわけではない。
 それではユダヤ人が初めて天皇制の類い稀れな世界に燦たる本質、我々ユダヤ民族の理想である要素を完全に我々に教えてくれた、天皇
とマッカーサーの会見の時の様子を述べてみよう。

11モルデカイ・モーゼ:2012/09/10(月) 20:50:09.12 ID:gvcoLXLT
世界に類例のない君民共治

 天皇が開口一番、自分の事はどうなってもいいから国民を救ってほしいと切り出した時、
マッカーサーは驚天せんばかりであった。この席にルソーが同席していなかったのが真
に残念であるが、西洋の君主というものはそれこそマルクスのいう支配者、搾取者である。
一般大衆は被支配者、被搾取者に甘んじなければならない。
 西洋の君主は、大衆から収奪した莫大な財産をもっている。戦後GHQが天皇の資産16
億円と発表した時、日本人はキョトンとしていた。つまり、GHQは西洋の君主並みに日本の
天皇も収奪した財産をもっているはずであると考えたから、それを直ちに国民の前にみせつ
けたわけであろう。ところがこれを聞かされた日本人は一様に、そういう感覚の持主もいるの
かと内心驚いたということである。しかし西洋の常識としてはこれは奇異でもなんでもなく、至
極当然なことだったのである。
 かような西洋の君主は、いざ革命、戦争、政変などのあった場合は、直ちに自己の生命の
保証と財産の保全を求めて亡命などを計るのを常とする。したがって、マッカーサーも最初
天星が訪問の希望を述べた時、非常にきびしい顔をしていたという。いってみればそれは当然
のことであろう。日本の天皇もいよいよ生命の保証と財産の保全のためどこか適当な亡命先の
斡旋を懇願に来るのであろうとマッカーサーが考えたのも、無理からぬ話であろう。
 しかるに前述の如く、天皇は開口一番、自己の生命や財産の保証ではなく、国民の財産や生
命の保証を求めたのであった。国民を質入れして自己の保身を計る西洋の君主とは逆に、自己
を質入れして国民の救済を求めたということである。
 マッカーサーたるもの、すべからくルソーに対して自分が味わった感激を報告すべきであろう。
戦後の占領改革にも拘らず天皇制が存続できたことは、私の最も喜びとするところである。これは
ひとえに当時GHQを牛耳っていたニューディール派、つまりユダヤ勢力が天皇制に自己の民族
の理想を見出したからに他ならないのである。
 日本国憲法は後で詳しく述べる如くユダヤ人がユダヤ思想に基づいて作った作品であるが、その
憲法の冒頭に天皇の項を設けたのはこのためである。

なぜ欧州では君主を輸入したのか──万世一系の天皇との違い

 万世一系の天皇を頂く日本人は幸せである。この万世一系の天皇は、如何なる意味をもつとお考
えであろうか。この点では、ユダヤ人が借越ながら日本人に少々参考になる意見をお聴かせできる
かも知れない。日本人からすると、万世一系の天皇といってもピンとこないかも知れない。他にどん
な天皇があるのか、と反問されるであろう。だから日本人は幸せだと思うのである。何故か。ヨーロッ
パの王朝というものはみな混血王朝である。歴史上、しょっちゅう外国から国王や王女を輸入した。
しかも王朝の権力が強くなればなるほど、外国からますます輸入するようになる。何故か。王朝の権
力を弱める必要からである。国内から昇格させようとすると当然争いが起こり、国内が乱れるのでまず
い。その点、外国からの輸入君主は当りさわりが少なくしかも飾りものなので、最も有効な方法という
ことになる。
 こんな話をすると、日本人は全くお話にならんと思われるかもしれない。まさにそうなのである。私が
万世一系の天皇をもつ日本人は最高に幸せですといった意味が、これでお分かり頂けたことと思う。
 しかし、では何故に王朝の権力が国民がいぶかるほど強くなるのか。また、王朝の権力が強くなるこ
とはどうして悪いことなのか、と疑問をお持ちのことと思う。

12モルデカイ・モーゼ:2012/09/10(月) 20:55:41.00 ID:gvcoLXLT
 ここでもう一度、われらの大思想家ジャン・ジャック・ルソーの言葉を思い出して頂ければ幸いである。
ルソーは「我もし随意に祖国を選べといわれれば君主と国民との間に利害関係の対立のない国を選ぶ。
しかし現実にそのような国があろうはずもないから、止むを得ずその代替物として民主主義国を選ぶ」と
いっている。
 ここにすべてが盛られている。ヨーロッパの王朝では常に君主と国民の利害が対立している。然るに、
日本の天皇制には決して利害関係の対立などない。仁徳天皇の「民のかまどに立つ煙」の故事を引き合
いに出すまでもなく、また前述の天皇とマッカーサーの会見時の模様を説明するまでもなく、利害関係の
対立は全くないのである。これこそ、君民共治の完壁な見本である。
 このような天皇制では、常に天皇と国民の間には強固な理性的バランスがとれているのである。人間精
神の最も高尚なものが両者を結んでいるのである。そこには物質的欲得など、みじんも入り込むすきはな
い。なんとすばらしいことであろうか。このような国で、なんの必要があって天皇を外国のものと取り替える
必要があろうか。
 ユダヤ人はルソーの言を待つまでもなく、長年このような君主制を夢に描いてきたのである。しかし祖国
を持たないわがユダヤ人は、王を頂くこともできなかったのである。わずかにユダヤ教を「携帯祖国」として
もち、これによって民族の連帯と発展を推し進めてきたのである。キリスト教国では、このような高尚な理想
をもった国は永遠に現われないであろうと思う。その点から見ても、ユダヤ人は日本人には及ばないが、一
般西洋人よりは優れた民族であると日本人に認めていただければ、甚だ光栄である。

ユダヤ人の教条主義的誤り──戦前の天皇制攻撃

 これから本論として述べる如く、我々は戦後の占領改革において大きな過誤を犯したのであるが、ただ一つの
喜びは、天皇制の偉大さを認識でき、それを憲法の冒頭で存続させることができたことである。だがここで日本
人に謝らなければならないのは、戦前において我々の認識不足から、天皇制を最大限に攻撃し、なんとかこれを
打倒しようと努力してきたのも我々ユダヤ人である、ということなのである。全く穴があれば入りたい気持ちである。
 フランス革命でフランスの君主制を打倒したのが、我々の最初の大事業であった。つづいて、ヨーロッパの主な
君主制を打倒することが至上任務となるのである。何故そうなるのかということは、マルクス主義の国家論をお考
え頂ければ十分と思う。マルクス主義というものは別章で詳しく述べる如く、ユダヤ人が自己の民族的解放事業
のための道具として編み出した虚構論理なのである。マルクス主義の国家論はご存知のように、国家とは破壊、
転覆すべきものであるということを根本原理としているものである。国家というものがあるためにユダヤ人は過去
幾千年、迫害、虐殺をくり返されていたものである。自己をこのような悲惨な境遇から救うためには、国家というも
のを転覆することが唯一の方法であったのだ。
 つまり、それによりユダヤ人が権力と財産──後にこれは生産手段という社会科学的用語にかえられたが──
を奪取することによってのみ解放されるということである。これがマルクス主義の根本原理なのであるが、この国家
の破壊という大事業の前に最も邪魔になるのが君主制という制度であったのだ。そのため特に、君主制の打倒とい
うことが最大の目的となったわけである。

 今世紀に入ってからは、第一次大戦時に、ヨーロッパの主な三つの王冠、ドイツ、ロシア、オーストリア=ハンガリー
における君主制の打倒に成功したのであった。さて後に残された有力な君主制は、東洋の一角に燦然と輝く日本の
天皇制だったのだ。ユダヤ人は、これの打倒に全精力を注ぐことになったわけである。
 ただここで、日本人は一つの疑問をおもちになることと思う。ヨーロッパでは各国でユダヤ人が王制のもとに苦しんで
いたのであるからこれらを打倒するのはわかるが、では何故にユダヤ人のいない日本で天皇制を打倒しなければなら
ないのかという疑問であろう。
 ユダヤ人の単純な教条主義的思考なのか、君主制と名のつくものはすべて敵であるとする単純な発想からくる誤ちな
のか。答は否である。このことは日本人はいまだほとんどご存知ないだろうが、ユダヤ人には天皇制を打倒する理由が
あったのである。それについては別章で述べる機会があると思うので、今は触れないでおこう。

13名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/11(火) 21:09:48.26 ID:HHF6yuRv
美濃部達吉の「天皇機関説」はユダヤ人が吹き込んだ

 さて、日本の天皇制打倒のための最大の攻勢はゲオルグ・イエリネックによって始められたのである。
彼はワイマール時代ドイツの法学界を牛耳っていたユダヤ人である。マルクスの時代は、国家の破壊は
階級闘争という虚構論理によるものを主力としていた。しかし今世紀に入ってからは、マルクス式にいえば、
上部構造よりの破壊を考えついたのである。つまり、法理論により国家機能を弱体化させることである。特
に君主制を骨抜きにする作戦である。このために利用されたのが美濃部達吉である。イエリネックは美濃
部達吉に巧妙に天皇制破壊、弱体化の戦術を授けたのである。
 その前に、イエリネックの学説の真髄をご紹介しておこう。これは戦後の占領改革で行なわれた「国家」と
いう言葉を「社会」という言葉に変えられたことについての日本人の疑問に答を与えるものでもある。

何故「国家」が「社会」にかえられたのか

イエリネックは超観念論的思考の所産として、国家の存在を否定しようと試みる。国家は感覚的に認識する
をあたわず、その制度や活動においてのみ認識できるものであるとする。そして国家の最終的客観的要素は
作用となって現われる人間の間の一定の社会関係の総和であり、より精確にいえば、人と人の関係に現われ
る一定の作用の同時または継時の存在であり、これのみが国家の証明できる最終の事実であるとする。
 イエリネックの狙いとするところは、「国家」という観念を去勢し、それに代わって「社会」という観念を導入する
にある。戦後日本では、しばしばこの「国家」という観念が「社会」という観念に代えられたということが議論され
ている。そのへんの疑問に答を与えるのが、このイエリネックである。
 イエリネックは、したがって先輩のオットー・フォン・ギールケのいう有機体説も否定しようとする。つまりギール
ケにあっては、国家は実際に存在するものであるから「有機体」を考えるべきであると主張するのであるが、イエ
リネックは「有機体」が人間の認識の如何にかかわらず存在すると考えるのは実証的研究の地盤を去ることを
意味し、真理に代えるに詩をもってするようなものと極論している。これはまごう方なき観念論であり、マルクス
の国家否定論と対照的である。しかし、同じユダヤ人であるマルクスとイエリネックの国家否定論は軌を一にす
るものであり、ユダヤ民族の大目的に奉仕する論理であることを認識する必要があろう。
 イエリネックの役割は「上部構造」より国家の解体へ向かうことであった。つまり、法理論を活用することである。
この目的のために利用されたのが、美濃部達吉である。例の「天皇機関説」がそれである。
 ところが、イエリネックの深遠な狙いはその協力者、美濃部達吉の無知により、かなりあいまいなものにされて
しまった。それというのは、この「天皇機関説」の受け取り方がイエリネックの当初の思惑をかなりズレてしまった
のである。美濃部は、イエリネックの Organ というドイツ語を単純に「機関」と訳してしまった。日本語の「機関」とい
う言葉は、マルクス主義者の受け取り方を除いては、イエリネックの当初の狙いを十分反映できない言葉である。
 一般には、天皇即国家であったのを、天皇は国家の一機関にすぎないというふうに天皇を格下げしたものである
と考えられるようになった。これは、日本語のもつ「機関」という意味からすれば、むしろ当然かも知れない。
 ドイツのユダヤ人の間ではドイツ語の Organ は、抑圧、搾取のための「道具」、「手段」を意味する。しかし、普通
の日本語訳からすれば「機関」ということになろう。ただ「機関」となると、Organ のユダヤ的意味を完全に伝達しない
きらいがあるということである。もし美濃部がもう少しユダヤ的思考に通じていたら、ノーベル賞(ユダヤ機関が設置
運営している)でももらったかもしれない。イエリネックは、さぞ不満であったことだろう。彼の狙いは、あくまで天皇を
抑圧、搾取するものと形容したかったのである。
 ユダヤ人のいう Organ は具体的にいうと、支配階級が被支配階級を抑圧、搾取する手段、道具という意味である。
美濃部が「機関」と短絡思考でやってしまったお蔭で、かなり意味あいの異なるものとなってしまった。天皇は国民を
抑圧する手段であるとする宣伝は、かなりぼかされた。
14モルデカイ・モーゼ:2012/09/11(火) 21:18:48.51 ID:HHF6yuRv
 君民共治は、日本の天皇と国民の間にのみ存する理想的政治形態である。これがある限り、日本の共産主義化は
困難と判断したユダヤ勢力は、「天皇制」を絶対悪として宣伝し始めたのである。戦前はコミンテルンを通じて大々的
に「天皇制」打倒のキャンペーンをした。コミンテルンの日本出張所として誕生した日本共産党に「天皇制」打倒を至
上命令として実践させた。今日に至るも日本共産党が「天皇制」打倒、「天皇制」絶対悪論を振り回しているのは、そ
のためなのである。
 以上のように我々は戦前天皇制の打倒を至高目的としていたのであるが、戦後天皇制が類例のない偉大なもので
あることを初めて知るに及んで、天皇制の存続を図ったわけである。この時には天皇制廃止論者が周りに多く、大変
苦労したものである。
 ここでの我々の努力を評価して頂ければ光栄である。戦後史の解説書などでしばしばいわれている天皇制存続の
理由、「占領政策のため利用する目的で存続させた」といったことが如何に認識不足かということをお分かり頂けると
信ずる。日本共産党はいまだに天皇制を絶対悪と信じている。国会の開会式に天皇が臨席される時に共産党議員が
欠席するのは、その現われといってよいだろう。

日本共産党は誤れるユダヤ思想のエピゴーネン

 日本共産党は、コミンテルンの日本出張所として誕生したものである。コミンテルンの目的の一つには日本の天皇制
打倒があった。コミンテルンはスターリンの独裁が強化されるまでは、国際的なユダヤ勢力により動かされていたもの
である。日本共産党はユダヤ勢力が「残置謀者」として残したものであり、完全なるエピゴーネン(亜流、継承者)である。
このエピゴーネンは、すでにユダヤ人の意志とは全くかけはなれた思考により行動しており、我々としては全く邪魔な存
在なのである。もともと共産主義というものは、ユダヤ人が創った虚構論理である。したがって、今日でも日本共産党が
日本の社会で害毒を流していることに対して我々ユダヤ人は心を痛めている。さらに、日本共産党の誕生に我々が責任
あるというだけでなく、戦前、日本の支配勢力により行動を抑止されていた日本共産党を戦後陽のあたる場所へ出すのを
助け、さらに赤だるまが火を吹く如く大躍進させたのもニューディール派、すなわち、ユダヤ勢力である。

八紘一宇の大思想──称賛された満州の近代化

戦前の日本には、八紘一宇という大精神があった。これは神道のこれまた類い稀な偉大な思想に基づくものである。西洋
の宗教の如き排他性をもたない、傑出した思想であるといえよう。この点を証拠づけるものは、西洋列強の東洋侵略と日本
の満州国建設のコントラストであろう。西洋列強の東洋諸国支配は搾取、収奪、奴隷化に他ならなかった。英国が印度支配
のため最初に打った手は、既存の教育関係を絶滅し、諸民族を相争わせ、言語の複雑化を計ることであった。オランダのイ
ンドネシア支配も同様であった。そこには何ら建設的なものはなく、ただ自己のための搾取があるのみであった。

しかるに、日本の満州国建設大事業はこれとは対照的であった。五族協和を唱い諸民族平等の関係を育て、その投資は建
設的なものであった。当時欧米でも識者は、人口3000万の満州国は十年後には人口1億を有する大近代工業国家として
極東の一角にその勇姿を現わすであろうと、称賛と期待をもって見守っていたものであった。

他のアジア諸国で、欧米列強によって近代的工業国家に育てあげられた国が一国でもあっただろうか。満州の近代化の成果
は、現代に至るも中国の工業の心臓部である点をみても分かることである。

これを可能にしたのは、八紘一宇の大思想のしからしむるものである。

15モルデカイ・モーゼ:2012/09/11(火) 21:21:57.75 ID:HHF6yuRv
すばらしかった戦前の家族制度

さて次に、我々ユダヤ人の理想のお手本となるべきものに日本が戦前誇った家族制度があった。

面白い話を一つ紹介しよう。

かつて「国際連盟」の労働部長であったユダヤ人、アルベール・トーマが日本の労働事情調査のため来日した。
「国際連盟」といっても、教科書的歴史観しか教えられていない日本人にはその本質を知る人は少ないようだが、
これはユダヤの世界政府ともいうべきものである。第一次大戦の結果、金融支配力に自信をつけたユダヤ人は
政治面へも進出をはかり、その結果つくられたものが「国際連盟」なのである。この連盟の指導者は、日本人の
杉村陽太郎氏を除いて他は皆ユダヤ人だったのである。

この他、「国際労働局」というのがやはりジュネーブにあったが、これは「国際連盟」の一局の如く考えられるふし
があるが、さにあらず、全然独立した機関で実際の規模は「国際連盟」よりはるかに大きいものであった。私もこ
こで極東問題を担当していたのであるが、これも勿論、ユダヤ人の機関であった。

何故ユダヤ人が労働問題にかくも力を入れるのかということは、マルクス主義の階級闘争史観をご存知の方は
お分かりいただけると思うが、かつてユダヤ人は非ユダヤ人の協力者を集めるためマルクス主義の階級闘争史
観を宣伝したのであり、その結果エピゴーネン(亜流、継承者)としての各国共産党を生んだのである。

一方、ユダヤ人自身としてもユダヤ民族の解放を非ユダヤ人の協力者にのみ任しておくわけにはいかないのは
勿論である。当然、ユダヤ人自身でも自己の解放運動を進めていた。国際連盟はその機関の一つとご理解願い
たい。したがって、「国際労働局」の方がむしろ規模が大きいという点も納得されることと思う。

話がちょっととんだが、面白い話というのは、アルベール・トーマが来日し、日本へ階級闘争の激化工作をしようと
したとき、その前に立ちはだかったのが、日本の強固な家族制度だったのだ。

アルベール・トーマは、「日本では家族制度が強固なため階級闘争、つまり労働運動の激化を仕掛けることは非常
に困難である。何故ならば、労働者は失業しても労働運動などする必要はない。家族が暖かく迎え入れてくれるか
らである。この家族制度をなんとかしない限り、日本へ階級闘争を持ち込むことは難しい」といっているのである。

アインシュタインもまた来日した時、日光の金谷ホテルからドイツのユダヤ機関へ手紙を書いているが、その中に
日本の家族制度の立派さを書いているのである。

かくの如く、日本の家族制度はこれまた類い稀な存在であったのだ。戦前の日本の家族制度にはとても及ばないが、
現在世界中で一番この家族制度というものを強固に有しているのは我々ユダヤ人社会であろうと思う。この点、我々
は常にそれを誇りとしている。

ここでまた日本人にお詫びしなければならないのであるが、この日本のすばらしい家族制度を破壊したのは我々ユダ
ヤ人なのである。具体的には、占領改革の時ニューディール派が行なったものである。

前述のアルベール・トーマの件でもお分かりと思うが、ユダヤ人がマルクス主義的変革を実行するためには、家族制度
は国内の君主制といわれる如く邪魔な存在だったのだ。家族制度が「小さな君主制」としてユダヤ民族のマルクス主義
的変革事業の邪魔になるということは、なにも今日昨日の問題ではなかったのである。

16モルデカイ・モーゼ:2012/09/11(火) 21:25:41.68 ID:HHF6yuRv
さて現在のユダヤ人社会では、戦前の日本にあったようなすばらしいものではないにせよ、
家族制度というものは固持されている。恐らく世界一のものではなかろうか。

親と子は、多くの場合同居している。これは決して住宅難のせいではないのである。子は、
年老いた親の面倒をよくみるのである。特に親孝行という言葉はもっていないが、将来でき
るかも知れない。また、親類づきあいも密である。安息日にはたいてい、どこかの親類と家
庭で交わるのを普通とする。我々は戦前の日本の家族制度を見習いたいのである。

ユダヤ人は、福祉ということはあまり考えない。これは家族制度のアンチテーゼだからである。
福祉とはただ食わせるだけといえるかも知れない。老人ホームに例をとると、そこでの老人に
保証されているのは餓死しないということだけである。生き甲斐というものは何も保証されてい
ない。然るに家族制度の枠内の老人は子の成長、孫の成長を楽しむという生き甲斐をもつこと
ができる。どちらがいいかは、議論の外であろう。

日本では戦後、ニューディール派の改革で姦通罪というものが外されてしまった。これも家庭の
不和を増長させる重大な要素であると考えられ、家族制度の破壊を狙ったのものであると私は考
える。ユダヤ人の社会では、現在でも姦通ということはまずあり得ないのである。十戒において厳
に禁ぜられているからである。

外国の例を見ると、やはりロシア革命後の婦人国有化政策を上げねばなるまい。

レーニンは「家庭は利己主義の砦である」といって、婦人を全部社会へ出してしまった。現在のソ
連で依然として女性が男性と同じ肉体労働までしているのは、その名残なのである。別章で説明
するが、日本人の皆様には驚きかも知れないが、レーニンはユダヤ人なのである。

女性の社会への進出というとなにか進んだ制度の如く感じるかも知れないが、家族制度という観点
から見た場合、これもやはり崩壊へ導く要因であるようである。このへんのところは日本国憲法の内
容と密接な関係があるので、そちらでまた述べることにする。

義理人情は世界に類なき美徳

次に我々ユダヤ人が是非学びたいと思うことに、日本の戦前にあった義理人情という美徳がある。武士
の国日本では、他民族では絶対にもちえない繊細な心の機微というものがあった。本能的な西洋人には
想像もつかない深遠な人間性の発露である。私は、この義理人情が究極点として天皇制に到達するもの
と考えている。

私の大好きなものの一つに大相撲があるが、ときどき「こんちわ相撲」ということを聞かされる。これを八百
長相撲と表現する人もある。しかし私は、この表現は正しくないと思う。「貸し借り相撲」ともいわれる。この
言葉はどちらともとれる言葉だが、「八百長」よりはましだと思う。つまるところ、日本の大相撲のそれは根
本において義理人情から発しているものだという点を理解するまでに、私は相当の日月を要したのである。

武士道的義理人情から発したものであったため、戦前ではこの「こんちわ相撲」のことは角界以外には決し
て知られていなかったものである。つまり、マスコミの好餌となる材料ではなかったわけである。義理人情か
ら出た結果なら、戦前の日本人なら決してそれを追及せず、そっとしておいてやる雅量をもっていたと思われ
る。しかるに戦後、特に義理人情がほとんど失われた今日では、単純に汚い八百長と同次元に考えられるこ
とのほうが多いようである。

ユダヤ人の社会には、日本ほどの義理人情というものは存在しない。しかし、同胞相助け合うという精神では
日本の義理人情には及ばないものの、ある程度のものはもっている。少なくとも、欧米人よりは優れたものを
もっていると思う。ユダヤ人はよく「感動の民族」だといわれる。これはビジネスにおいてもそうである。ふだん
がめついと思われているユダヤ人でも、ちょっとした「感動」により時には利害を忘却したのではないかと思わ
れるようなことがある。

決して恩に着せるわけではないが、この点に関する格好の例として我々ユダヤ人が自慢できるものがある。
それは日露戦争の時、クーン・ローブ商会のヤコブ・シフが高橋是清と会って外債を引き受けたことである。

17モルデカイ・モーゼ:2012/09/11(火) 21:29:14.10 ID:HHF6yuRv
日本の勝利を予想した者がだれ一人いなかった日露戦争で、日本へ戦費の調達を考慮する者があろうはずもなかった。
英国など日英同盟の関係から知らん顔はしにくいと思われるが、例によって全く打算的な態度であった。

ヤコブ・シフは、高橋是清と会っているうちに、いうにいわれぬ感動に陥ったのである。勿論シフには、ユダヤ人を迫害して
いるツァーを倒したいという考えも強く作用していたことは事実である。しかしそれにしても、必敗と予想されていた日本へ計
算高いといわれるユダヤ人が何故に金を貸すのか。常識ではあり得ないことである。そこには、日本の義理人情に匹敵す
るユダヤ人の「涙」があったことを是非ご理解頂きたいと思うのである。

現在でも日本人とユダヤ人との商取引においてこのような「感動」の商法が行なわれている実例は、しばしば見受ける。ユダ
ヤ人はこの「感動」をさらに高めて、日本の戦前の義理人情にまで高めたいと思っている。よろしくご指導願えれば幸甚の極
みである。

次にユダヤ人がすばらしいと思うものに、戦前の武士道精神がある。

ラビのトケイヤー君も『日本人は死んだ』の中で「軍国主義のすべてが悪いとは思わない」という意味のことを書いているが、戦
前の軍人精神というものは人間性の発露として至高のものであったと思う。個人の利害を忘却して全体のために奉仕するという
ことに対するあれほどの完全さは、他民族には決して見られないものである。特攻隊員がその最たるものであることは、いうまで
もない。

また、日露戦争以来、日本の陸海軍はいたるところで武士道精神を発揮してきたことは世界中から尊敬されている。

「男は度胸、女は愛嬌」は男女の天分を表わすもの

その他では、戦前の日本人には「男は度胸」「女は愛嬌」という言葉があった。これは皆様も欧文に翻訳する時困った経験をお持ち
であろうと思う。この「度胸」「愛嬌」に相当する欧米語が見当たらないからである。しかしこれは当然のことである。何故なら、この両
者は欧米人の男女とももち合わせていないのであるから。

これは全くすばらしいものであると思う。男女の天分の顕著な発露であり、人間を最も個性的に飾るものとして、例のないパーソナリ
ティである。男の「度胸」という点で、戦争中、「アメリカ兵は白兵戦になると赤ん坊のように声を上げて泣きだすのだ」と聞かされた銃
後の日本人は、キョトンとして信じられないといった表情だったのだ。まさかいくらなんでも、兵隊たるもの、戦地で泣き出すなんて大
げさな話だろうと考えたのである。これは、当時の日本人なら無理からぬ話である。然るにである、これは全くの事実なのである。つま
り、アメリカ兵には「男の度胸」というものが備わっていない。「女の愛嬌」の問題にしても、戦前外遊した人々は欧米の女性に愛嬌がな
いという点を指摘していたものである。これは無論、今日でも変わらない。戦後の若い世代の日本人には、もはやこんなことを感ずる余
地はないようである。この両者を戦後完全に失ってしまったからである。

これら多くの戦前の日本人がもっていた世界に類い稀な美点、長所は、我々ユダヤ人の理想を具現化したものであったのだ。しかるに
第二次大戦の終結を機として、これらが完全に失われてしまったのである。真に残念というほかない。

今回私がどうしても本稿の筆をとろうと決意したのは、これら類い稀な人類の財産ともいうべき長所を喪失せしめた責任が実は我々ユダ
ヤ人にあるということを率直に認め、深くお詫びすると同時に、我々の犯した過ちがいかなる思考、動機から惹起されたものかという点を
詳しくご説明させて頂いて、一日も早くこれら美点を復活させて頂きたいと思ったからである。何度も繰り返す如く、これらは我々ユダヤ人
の理想でもある。これらを積極的に自己の理想といえるのは日本人の他にはユダヤ人しかありえない、とはっきりいえると思う。

どうか、尊敬する日本のみなさま、これから私が解き明かすことをじっくりと検討され、戦後の病巣、社会的混乱、経済と精神衛生面の跛
行性の原因をよくお考えいただきたいのである。

18モルデカイ・モーゼ:2012/09/11(火) 21:33:00.73 ID:HHF6yuRv
西欧追随は文化の退化をもたらす

ただここでちょっとと申し述べておかなければならないのは、これら戦前の日本にあった類い稀な
美点が戦後100%失われたということではない、ということである。
それはどういうことかというと、日本の社会の内部では、つまり日本人の間ではこれら美点が失わ
れているのを認めなければならないが、日本人が外人に対するときはまた別の話だということであ
る。つまり、国際的には日本人の美点は存分に生かされているということである。
比較文化論的に考察するに、日本人は西洋人一般よりも理性的にはるかに優れているといえよう。
今まで述べた戦前の美点もつまるところ、日本人が理性的に西洋人をはるかに凌駕しているという
ことに他ならない。この点で西洋人が日本人に追いつくには数世紀、いや数十世紀、あるいは永遠
に追いつくことができないのかも知れない。
こういう相手とつき合う場合、否応なしにこの地球上で生存するためには付き合わなければならない
が、このことがどういう結果になるかということである。
日本人は「国際性」という場合、100%西洋のペースに日本人が適応することというふうに考えている
ようであるが、これは人類の文化の退歩を招くことであり、断じてそうあってはならない。これは全く逆
立ちしている。西洋人こそ日本人に適応させなければならない。何故なら日本人の理性の方がはるか
に西洋人のそれより進んでいるのであるから。
ところが、西洋人は未だそんなことなど全く理解していない。はばかりながら、我々ユダヤ人はそのへ
んをおぼろげながら理解できると自負している。この点でも、ユダヤ人が一般西洋人より進歩した民族
であると認めていただければ無上の光栄なのである。
この点が逆になったため、大東亜戦争は起こったのである。日本はなんとか戦争を避けようと、全くの
善意から必要以上の譲歩をした。ところが相手は、その譲歩を全く単純に弱さの現われとしか取ること
ができなかった。
この理性的なものの差は、数世紀やそこらで埋まるものではないと私は考える。
残念ながら、現在の人類の理性の水準では、西洋人側の単純極まりない思考法が表通りを大手を振
って歩いているのである。これでは人類の進歩はあり得ない。

ユダヤ人は日本人を理解できる唯一の外国人

我々ユダヤ人は、この逆説をひっくり返すために最大限の努力をする覚悟である。例えば、東西のか
け橋になるとか……。
その他、個人的交際においても日本人は対外人となると古来の伝統的美徳を完全に発揮している。し
かしそれに対して一般外人は、これを全く理解する能力がないといわねばならない。このため、日本人
はどれだけ損をしていることか。私は、このようなことがいつまでも続くことを耐え忍ぶことはできない。
手前勝手なようだが、ユダヤ人はこの日本人の特性をある程度理解でき、したがってそれなりのお返し
を日本人にできる唯一の外人であると自負している。
私は結論として、当分の間日本人は外人に対して美徳を与えることは差し控えて、外人以上の低次元
の感情的、非理性的、本能的な態度でもって外人に接するべきではないかと考える。そのような美徳は
何もわからない外人にタダで与えるより、日本人のコミュニティの中で一日も早く復活させるべきではな
かろうか。私はそう考えるのだが、しかし現実には日本人はなかなかそういうふうに割り切れないというこ
とも十分知っている。割り切れないということが、またしても日本人の理性的高尚さの証左であろう。

どこをどうつついても、西洋人は日本人には頭が上がらないのである。

19モルデカイ・モーゼ:2012/09/11(火) 21:39:39.08 ID:HHF6yuRv
第2章:二元論的思考法──典型的なユダヤ的思考パターン

なぜか語られない二元論的思考パターン

最近、若い同胞が一人前の顔をして能書きをたらたらたれているようである。その大部分は、
ユダヤ的思考法をすべからく日本人たるもの学べ、といったもののようである。私はこの恥知
らずな若い同胞のことを考えると、全く穴があれば入りたい心境である。彼らは日本についてあ
まりにも無知であるのみならず、ユダヤ思想のなんたるかについても全く教育されていないので
ある。だからこそ、かくの如き恥さらしが平気でできるのであろうが。

彼らが決して触れないものに、二元論的思考パターンというものがある。

この思考法を知らないなら、もはやユダヤ人とも呼べないだろう。そのくらい大切な思考法が、こ
れから述べる二元論的思考パターンなのである。現在、日本に限らないが、我々のあらゆる面に
おける思考パターンの典型として支配的要素となっているのが、この二元論的思考法なのである。

直接、間接を問わず、この思考パターンはユダヤ教の思想から来たものであるということを知って
いただきたいのである。

現在まで日本人は日常のあらゆる面でこの二元論にはまっているのであるが、残念なことに、ほと
んどそれを意識していないのではないかと思われてならない。

ユダヤ人の思考法で最も基本的なものに、二元論と呼ばれるものがある。論理学的には二値論理
といわれるものである。ユダヤ人は両建て主義ということが多いようである。

この二元論というのは、絶対に相容れない両極端の対応物を設定することから始まる。しかも宗教民
族らしく、この二元論は多くの場合、倫理的要素が混入されているのである。したがってこの二元論は、
善悪二元論、時によっては明暗二元論など、いろいろいわれよう。

○×式思考法はユダヤ人が作った

戦後、教育界に最初に持ち込まれたものに、○×式思考法がある。この思考法も見て分る通り、二元論
の典型的なものである。これを最初に社会に持ち込んだのはルーズベルト政府、つまり、ニューディーラ
ーである。1941年、アメリカが第二次世界大戦に突入した結果、国家総動員ともいうべき戦時体制に飛
び込んだのをチャンスに、ルーズベルトはまず教育界というより一般産業界に持ち込んだのであった。

産業界では、戦時体制生産のため労働力の飛躍的増強が要求された。そこで大量の労働者、技術者の
募集が始まった。その際これら労働者、技術者その他の採用試験には従来の如き主観に基づく要素の
多い問題形式では間尺に合わない。採点作業のスピード化のため、思い切った客観法に基づく採点方法
が焦眉の急であるというのが、この○×式を持ち出す時の理由づけであった。
教育界へ本格的に持ち込まれたのは、日本が最初である。戦後の日本の教育界にとっては、アメリカの
産業界の緊急動員体制時の如き採点のスピード化といったことは、理由にはならないはずである。そこで
つけた理屈が、主観主義の排除ということであった。つまり、科学的、客観的ということである。
しかし、その裏に創造的能力を奪うという大きな問題点を含んでいることは、何故か表面には出なかった。
この点は、最近のアメリカ教育界で大問題になりつつある。アメリカの教育界でも、この○×式試験が大手
を振ってまかり通っているのである。
日本でも戦後一時期、大学受験生に進学適性検査、通称進適といわれるものを実施していたが、現在のア
メリカでは「全米共通進学適性試験」=SATといわれるものが1947年から実施されている。この○×式を標
準化テストと称している。そして全米共通という標準性と比較の単純性、能力の客観的評価の正確性に秀でて
いると理由づけられている。
これに対してこの○×式に批判的な人々は、創造的才能をもつ者に不利だと急所をついている。5つの答の中
から選ぶとすれば確率はすでに5分の1であり、目をつぶってやっても5問に1問は当たる。これを科学的という
のだろうか。さらに問題は、設定された答の中からしか答を出せないことである。そこに設定されたものが全てと
考えることは創造的才能をもつものにとってはこの上ないつらいことである。
また、これだけの手段で人間本来の才能、判断力、リーダーシップ、組織力、表現力、意志の強靭性などが正
確にはじき出されると信じることができようか。

20モルデカイ・モーゼ:2012/09/12(水) 20:48:28.73 ID:h29FCxi8
ルーズベルト政府が第二次大戦中、この○×式を採用した時、ニューディーラーの真の目的は
創造力を奪うことであるという声が強かったことが思い出される。もし何らかの目的をもって意識
的に広められたのだとしたら、これは恐ろしいことではないだろうか。

日本においては、戦後の思想界に支配的に君臨したマルクス主義の影響もあり、この思考パター
ンにすっかりとりこにされてしまっているというのが現状であろう。

GHQを支配していたニューディーラーはいろいろな二元論的思考を戦後の日本へ植え付けたので
あるが、教育界へ持ち込まれたこの○×式思考法により育てられた現在の中堅クラス以下の多くは
社会、政治、経済その他あらゆる面でこの○×式教育を忠実に反映した思考法により諸現象を分析
することにすっかり慣れているようである。

「保守」か「革新」か、「大企業」か「国民大衆」か、「戦争」か「平和」か、「経済成長」か「社会福祉」かな
ど、二元論花ざかりである。これらを持ち出しているのが共産党、社会党といったマルクス主義を絶対
的な世界観、あるいはそれに類する思考をする政党であるからには当然というべきかも知れない。何故
なら、後で説明する如く、マルクス主義は二元論から成り立っている虚構論理なのである。この○×式
思考法なくしては、「革新」政党たるもの、今日まで生きのびることは不可能であったかも知れない。

第3章:日本人の知らない東京裁判の本質

「大東亜戦争」と「太平洋戦争」

日本の首相は、国会などで共産党、社会党から大東亜戦争責任論を質されると、おおむね、「後世の史家
の判断にゆだねられるべきもの」という意味の答弁をするのを常としているようである。これは日本の一般ジ
ャーナリズムの東京裁判の宣伝をほとんど鵜呑みにして、日本が戦争責任の火の粉をかぶるのが当然であ
るといわんばかりの軽挙からみれば、主体性のある態度といわねばならない。

ここで一つ是非注意しておきたいことは、「太平洋戦争」という言葉である。日本には本来この「太平洋戦争」と
いう言葉は存在しない。これは勿論、戦後占領軍がそれこそ押し付けたものである。

戦後、いろいろな方面から大東亜戦争に関する歴史書が出ているが、その中に「太平洋戦争」という言葉で語っ
ているものが如何に多いことか。これではその歴史書はアメリカ側の立場に立って全て書かれたものと考えら
れて致し方ないのであるが、著者達はそれで満足なのであろうか。

問題はそれだけではすまない。日本の歴史には「太平洋戦争」という戦争はないのである。あったのは「大東亜戦
争」である。よく考えてみる必要がありはしないか。これは明らかに歴史の偽造に他ならない。「日中戦争」然りであ
る。あるのは「支那事変」である。

戦後史の跛行性という点で戦後日本は真の日本歴史の構築を放棄したのではないかとしばしば指摘されるのであ
るが、これでは戦後からではなく昭和16年の時点からすでに、日本歴史の真の構築を放棄していたことになりはし
ないか。占領中そういう呼び名を強制されていたのは止むを得ぬかも知れないが、今日に至るも依然としてそれか
ら脱脚できないのはどういうわけか。これは、ジャーナリズムが依然として「太平洋戦争」という言葉を使用している
ことに関係ないことである。日本人自身の問題である。憲法とは違って、改正の手続の問題もない。ただ正しい歴史
観の認識の問題のみである。
21名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/22(土) 11:37:01.10 ID:WX3vrsnv
ゲッベルスは戦後日本の予言者だったのか

ドイツのゲッベルス宣伝相は、ドイツ国民に与える警告として次のような内容の文書を1934年に公布している。

それは、非常に強大な超国家的勢力が、文明の破壊にもつながる心理戦、神経戦を挑んできている。これに対
してドイツ国民は十分警戒せねばならない。この心理戦、神経戦の目的とするところは、人間の純度を落とすこ
とにより現存する国家を内部からむしばんでいこうとするものである。
ゲッベルス宣伝相が挙げたこの超国家的勢力の狙いとする心理戦、神経戦とは次の如き大要である。

「人間獣化計画」

愛国心の消滅、悪平等主義、拝金主義、自由の過度の追求、道徳軽視、3S政策事なかれ主義(Sports Sex Sc
reen)、無気力・無信念、義理人情抹殺、俗吏属僚横行、否定消極主義、自然主義、刹那主義、尖端主義、国粋
否定、享楽主義、恋愛至上主義、家族制度破壊、民族的歴史観否定

以上の19項目をつぶさに検討してみた場合、戦後の日本の病巣といわれるものにあてはまらないものがただの
一つでもあるだろうか。否、何一つないのを発見されて驚かれるであろう。ゲッベルス宣伝相は、戦後の日本に対
する予言者だったのであろうか。

戦後生まれの人たちにはピントこないかも知れないが、これらは正常な人間の頭で判断すれば人類の文明の破
壊につながるものであることは一目瞭然である。人間の純度を落とし、本能性に回帰させようというものである。

ゲッベルス宣伝相が警告を発した第二次大戦前の時点でどれだけの人がこれを真に人類の文明への挑戦として
脅威的に受けとったかは分らない。しかし第二次大戦が終わってみると、日本へはこれら一連の風潮が忍者の如
く忍び寄って完全ともいえるほどに定着してしまっていたのである。

これらを戦後日本へ持ち込んだのは一体何者なのか。また、これらがこれほど完全ともいえる状態で日本に定着
したのは何故か。

話を戻してみよう。精神衛生面の虚無性が何故に経済の高度成長をバックアップするのかという疑問も前述の19
項目をみると直ちに理解されると思う。これらが日本人の間に巣喰ってしまうと、楽しみはただ「カネ」ということにな
らざるを得ないであろう。つまり、すべてを「カネ」のために、という思想が強烈なものにならざるを得ないのである。
いわゆるエコノミックアニマルの徹底ぶりである。

ここにエコノミックアニマルと、「アニマル」なる語が使われているのは、ゲッベルス宣伝相の警告にあった「人間獣化
」と一致していて面白い。エコノミックアニマルという言葉は、パキスタンのプット外相(のち大統領)が言った言葉だが
、急所を突いていると思う。

高度成長のほとぼりもさめた今日、日本人が真剣に取り組まなければならないのは、この精神衛生面の虚無性であ
る。志ある人々は皆、日本はこのままでいいのかと憂えている。

何故、前述のゲッベルス宣伝相の警告にあるような思潮が今日の日本に定着してしまったのか。また一体誰が巧妙に
持ち込んだのか。持ち込んだ時期は終戦後のどさくさにまぎれてのことであるのは誰にでもわかることだが……。

さらに、忠実な残置諜者とでもいうべき、これら病巣をタブーとして固持、培養している勢力は何か。その勢力とこれを
持ち込んだ勢力との関係は如何。今日の日本にとって最も大切なことはこれらを解明することではあるまいか。

さらに、これらの病巣の残置諜者たる勢力が金科玉条としている日本国憲法の作者は誰か。この日本国憲法の隠され
た狙いとは如何なるものか。そのルーツは。これらの諸問題にメスを入れることは今日の日本にとって焦眉の急といわ
ねばならない。

これらの病巣のコーディネーターの役割をしているのが日本国憲法であることは何ら疑いを入れない。しかしもう少し考
えてみると、この日本国憲法を持ち込み残置諜者を利用してタブーの網を張り、信仰という宗教的呪縛性でもって、あた
かも千古不磨の大典の如く日本国憲法を最大限に活用している勢力は一体何なのか。さらに、この日本国憲法を最大
限に利用するため準備行動として東京裁判という予行演習を演じていることも見逃せないことである。




22名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/22(土) 11:41:30.00 ID:WX3vrsnv
東京裁判は単なる復讐に非ず

東京裁判は、日本の戦後史の始まりである。

今日までのこの東京裁判に関する分析、評価は、残念ながら、初歩的な感性的認識の域を一歩も出ていないようである。
現在まで一般に考えられているのは「復讐の儀式」と形容されるものの類いである。これはインドのパール博士の意見等を
踏み台にしたものであろう。一面の真理を突いたものであることは確かである。 〈中略〉

「復讐の儀式」という説をとる場合、説明として出されるのが植民地を失った帝国主義国の復讐ということであるようだ。確か
に、シンガポールの敗軍の将パーシバル中将がフィリピンでの山下将軍の裁判の席へ招かれている。これこそ、真に復讐
以外の何物でもなかろう。パーシバルは、フィリピン戦線の山下将軍とはなんの関係もなかったのであるから、このような点
を見せつけられると、なるほど「復讐の儀式」説も分かるというものである。

だがしかし考えてみると、帝国主義の植民地喪失の復讐といった場合、主役のアメリカは当てはまらない。アメリカは植民地
を何ら失っていないからである。

なお、フィリピンはルーズベルト政府の時代から安上り支配のためには名目上の独立を与えた方が得策として独立を認める
予定になっていたものである。

なぜ満州事変以後が侵略戦争なのか

さて、この東京裁判の結論で非常に奇妙なことが一つある。裁判の本質にメスを入れる前にこの点を明確にしておくことは重
要である。

この裁判の結論は、満州事変以後を「日本帝国主義」の「侵略戦争」であるとしている。林房雄氏の「大東亜戦争肯定論」に面
白いことが出ている。それは、ある共産党員が日露戦争を侵略戦争と規定すべきかどうか迷っているという意味のことである。
これは彼の主体性のなさを物語る格好の証左であるが、また非常に重大なる問題提起でもある。何故、満州事変以後が侵略
戦争で、日露戦争、シベリア出兵、第一次大戦は「日本帝国主義」の「侵略戦争」ではないのか。これは奇妙なことではないか。

その理由はハッキリしている。これら満州事変以前の戦争が米英仏等の利害と衝突しないからである。否、むしろ利害が一致
していたのである。日露戦争は「英露戦争」とも欧米では呼ばれているぐらいである。帝政ロシアの南下政策に脅威を感じた英
国は、帝政ロシアの南下を防ぐものとして日露戦争を歓迎していたものである。日英同盟を結んだのも、その意味で考えれば
よい。

またシベリア出兵こそ、その意味では日本を攻撃するのに最も好都合な材料かも知れないが、これも侵略戦争という刻印を押
しづらい。何故か。アメリカも出兵しているからである。第一次大戦はどうか。これはもう地中海まで日本海軍はイギリスのため
にお付き合いしているのであるから、文句のいいようがない。

結局、これらの戦争に関して日本を悪玉に仕立てようと試みると、欧米列強自身も火の粉をかぶることになりそうである。上を向
いてツバをはくことになる。

23名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/22(土) 11:42:01.35 ID:WX3vrsnv
一方、満州事変、支那事変、大東亜戦争は議論の余地なく、米英仏等と利害関係が対立するものである。これを徹底的にとっち
めない法はない、ということである。

今、米英仏などと国家単位で述べたが、この稿の目的とする超国家的勢力を主役とする歴史観からするとやはりこの大勢力との
利害の衝突、利害の一致の問題が、前述の国家単位の歴史観とピタリと重なるのである。この点、どちらから説明しても同じであ
る。しかし後に述べるように、超国家的勢力を主役とした歴史観の方がより正確な史実の分析が可能であるということである。

この超国家的勢力は近世史を事実上動かしてきたものであるが、日露戦争においても日露両方へ資金援助をしているのである。
この勢力が得意とする両建て主義である。別名、釘抜き戦術ともいわれる。つまり、釘抜きのごとく両方からはさむという意味であ
る。

この勢力は、日露戦争を大歓迎していたのである。その理由は、ツァーの打倒を至上目的としていたことにある。これでは、いくら
なんでも日露戦争における日本を侵略者とはいえないであろう。

さて次なるシベリア出兵問題は、大変複雑である。これは従来の教科書的歴史観にとらわれていては、何がなんだかさっぱりわか
らないであろう。

まずロシア革命といわれる事件であるが、これをプロレタリア革命などといっていたのではお話にならない。これは当時の欧米の新
聞論調が皆「ロシア・クーデター」と呼んでいる如く、欧米の新聞のほとんどはこの大勢力の支配下にあるのであるが、単に首がす
げかえられただけである。ツァーからこの大勢力ヘ。

したがって、日本がシベリアへ出兵したということは共産主義革命を叩きつぶすためということにはならない。これら大勢力に対する
挑戦ということになるはずである。そうとあれば、東京裁判の主役たるこの大勢力の怒りを買い侵略戦争というレッテルを張られるこ
と必定と思いきや、事実はさにあらずというのが実情である。では何故このようなことになるのか。それはアメリカも参加していたこと
に原因がある。

アメリカのウィルソン大統領は日本が出兵を宣言するや、その翌日に早くもアメリカの出兵を宣言しているのである。中立主義、孤立
主義の風潮の強い当時のアメリカが何故直接ほとんど利害関係のないシベリアへ出兵したのか。利害関係があるというのなら話は
全く別であるが、事実アメリカはカムチャッカの割譲を熱心に希望していたのであるが、それはさておき、アメリカの参加の真の目的は
ボルシェヴィキの援助なのである。

重複をかえりみず説明すれば、このアメリカ遠征軍には奇妙なことに英語の話せない米兵が多数いたのである。これらの米兵、実は
ポーランド出身のユダヤ人なのである。つまり、隣にあってたえず自分達の脅威であったツァーを打倒したのであるからこれを永続さ
せねばならない。つまり、ボルシェヴィキを援助しなければならない。それがポーランドのユダヤ人が米軍に参加した理由である。

とにもかくにもアメリカ自身はるばる兵を出しているのであるから、日本を侵略者と呼ぶことはさすがに気がひけるのであろう。以上で、
満州事変以後を日本の「侵略戦争」と呼ぶ理由をお分かりいただけたと思う。

 

24名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/22(土) 11:45:12.54 ID:WX3vrsnv
階級闘争史観の持ち込み


さて、このへんから東京裁判の本質にメスを入れることとしよう。

この東京裁判は日本の戦後史の始まりというにふさわしく、非常に深い意味をもっている。戦後日本の価値感覚その他が戦前と
180度の転換をみせたといわれるが、その原点はこの東京裁判にある。

マルクス主義階級闘争史観というものが観念的には大正時代から移入され、日本国内のインテリの間でいろいろ論議されてきた
ものである。しかし、これらは現実の問題としては何ら国民に影響を及ぼすものではなかった。しかるに、東京裁判によって持ち込
まれたマルクス主義の階級闘争史観は、この裁判に続く日本国憲法の持ち込みによって日本国民の価値観を180度転換させる
までの大きな影響を及ぼすことになった。東京裁判の本質はマルクス主義の唯物史観における「階級闘争論」の持ち込みにこそあ
る。この二元論の持ち込みにより、以後、日本の内部は収拾のつかないような内戦状態に陥ることになったのである。

もともとこれを持ち込んだ勢力の目的とするところは、唯物史観にある如く国家を内部闘争により破壊、転覆させることにあるのであ
るから、当然の帰結であるといえよう。東京裁判は先ずそのような思考パターンを植えつける目的に利用されたものであり、それに続
く日本国憲法の持ち込みにより階級闘争史観という二値論理に市民権を与えてしまったということができるであろう。

それでは、東京裁判によって演出された二元論的思考の植え込み、階級闘争史観の設定の現実を見てみよう。

その方法は、日本国民を二極分化させることから始まる。即ち、マルクス主義の階級闘争史観は、すべての歴史は支配階級と被支
配階級の間における階級闘争の歴史であると主張するものであるのはご承知の通りであるが、この論法を持ち込むのである。



善悪二元論の持ち込み


今度の戦争は日本の支配階級、「天皇制軍国主義者」の起こしたものであり、被支配階級である大多数の日本国民に責任はない、否
、むしろ被害者である、一握りの天皇制軍国主義者にだまされていたのである、とする二極分化論である。この論法はかつて北京を訪
れた日本の各層の人々に故周恩来首相が常に口にしていた論法と同じであることからも、これがマルクス主義の階級闘争史観である
ということはご理解頂けると思う。

この勢力はマルクス主義を自己の目的のため手段、道具として利用する勢力である。日本の戦後支配の出発点において早速、自己が
創造したマルクス主義という虚構仮設を持ち込んだのであった。これは実に有効な手段、道具として役立ったのである。

その第一は、自己の戦争責任の免責である。(本格的な戦争責任論は稿をあらためる予定である)自己が火の粉をかぶる前に、その責
任を日本の「支配階級」、すなわち「天皇制軍国主義者」に転嫁することに成功している。しかも、以後自分達に追及の手がのびることの
ないよう、一般日本国民に対しては一見寛大とも錯覚させる被害者意識を植えつけることが可能なわけである。

つまり前述した故周恩来首相のたびたびの言の如く、責任はあげて「天皇制軍国主義者」にある、日本国民に責任はない、否むしろ日本
国民は被害者である、とする論法である。こういわれると、日本国民は戦争責任者の追及はすでに終わったと錯覚する。それというのも、
日本国民自身が免責されているのであるから、この論法は耳ざわりのいいことこの上ない。かくて、日本国民は以後すっかり戦争責任は
一握りの「天皇制軍国主義者」にあるとの論を植えつけられ、真の責任者の追及を放棄したのである。

マルクス主義というものは、これを手段として有効に利用するものと、逆にこれに利用されるものとの二者があるのである。前者が後述す
るニューディーラーであり、後者が日本共産党である。

ニューディーラーは実に巧妙に階級闘争史観を駆使し自己の戦争責任の免責に成功したかに見えた。果たしてそううまく事が運ぶもので
あろうか。ここに、この勢力の予想だにしなかった事態が起こるのである。

この勢力の駆使するのは正真正銘のマルクス主義の唯物史観に基づく階級闘争史観である。その証拠をあげてみよう。それは日本共産
党が戦前から主張していた講座派史観とピタリと一致することである。もともとこの勢力こそ、マルクスに変革のための虚構ハイポセシスの
構築を依頼した張本人

25名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/22(土) 11:46:38.67 ID:WX3vrsnv
深い後遺症


東京裁判の論法はすでにたとえ戦争責任については逆転されたとしても、深堪なる影響を日本の戦後史に与えてしまっている。

まず第一に、日本の社会へ階級闘争を持ち込んだことである。これは、続く日本国憲法へ実体法のカテゴリーに属す条項を挿入
することによって、確固たるものとして定着させられてしまっている。この階級闘争もさることながら、より大きい病巣は宗教性の呪
縛であろう。

前述の東京裁判式の論法は、善玉・悪玉論理をはぐくむことになる。戦争責任はあげて一握りの支配階級たる天皇制軍国主義者
にある、大部分の国民はむしろその被害者であるとする論法は、先ず第一に戦争責任者を国外に求めることを忘れさせる効果を
もつ。また、これにより旧敵国がいかにも雅量のあるものわかりのいい寛大な存在に映り、以後の占領政策をやりやすくする効果
をもつ。

しかしこれらよりも大切なことは、支配階級というものは常に悪玉であるとする思潮が生じることである。それに対して自分達は被害
者、すなわち善玉なのだと信じ込ませる作用をもつ。ここにユダヤ教的善玉・悪玉の二値論理が持ち込まれることとなる。

こうして、悪玉、すなわち「天皇制軍国主義者」に「支配」された戦前の日本はすべて悪であるとする観念が生じる。逆に自分達を被
害者=善玉と規定してくれたアメリカ占領軍の以後の政策をすべて善と感じるであろう。

さらに、支配階級というものは常に悪玉であると教え込まれると、戦後の政権担当政党も支配階級の代弁者であるから当然悪玉で
ある。故に、これにことごとく反対することは善玉の崇高な使命であると信じ込まされることになる。今日みる如く政権担当政府のや
ることには何でも反対する思潮は、このようにして東京裁判を通して巧妙に持ち込まれたのである。そうして、これらを確固不動のも
のにするため日本国憲法を作成し、その残置諜者として日本共産党を利用することになるのである。次なるものはいよいよ日本国憲
法ということになるわけである。

26名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/22(土) 11:51:20.98 ID:WX3vrsnv
第4章:日本国憲法はワイマール憲法の丸写し

日本国憲法の作者はユダヤ人である


 ユダヤ人の一人として将来の日ユ関係のためにも、是非とも日本人の皆様の前に白日の下にさらしておかなければならない
日本国憲法の本質についてご説明申し上げたいと思う。日本国憲法の評価について、日本国中は真っ二つに割れているようで
ある。一方は、この憲法は占領軍の押しつけたものであり日本の実情になじまないという主張のようであり、もう一方は、これを絶
対善として何がなんでも一指だに触れさせじと固持しているようである。私の見るところ、両者ともこの憲法の隠された深奥部に
ある本質を見抜いていないように思われる。前者の考えは一面の真理ではあるが、決して十分ではない。後者は論理的思考を欠
く信仰の所産としかいいようがない。
 日本人はいまだ、この憲法の本質がユダヤ的思考の所産であることを全くご存知ないように思われる。これは不幸なことである。
この憲法の本質を知るには、ユダヤ問題をもたない日本人にはあまりに距離がありすぎるのかも知れない。これはどうしてもユダ
ヤ人が本質解明の道案内をしなければ、日本人は永遠にこの憲法のもつ強烈な宗教的呪縛力の桎梏のもとにあえぐことになるか
も知れない。一ユダヤ人として、そうとあらば、このまま放置しておくにはあまりにも重大な責任を負わされているような気がする。
 何故なら、この憲法の作者はユダヤ人であり、そこに貫かれているものは第二次大戦終結時ではすでに極めて時代錯誤的なユ
ダヤ思想だったのだ。いや、単に時代錯誤にとどまらないかも知れない。そこにもっと致命的な我々ユダヤ人の犯した誤ちがあっ
たのだった。
 今日日本人の皆様がこの憲法に潜む矛盾から逃れる道は、この憲法の奥に秘められた本質をできるだけ早くつかむため、先ずそ
のルーツを白日の下に曝すことであろうと思う。
 私はこの憲法を一言で表現するなら、「往来で道を尋ねられた時、故意に反対の方向を教えるもの」といいたい。


なぜ現代日本はワイマール体制末期のドイツと似ているか


 日本では最近とみに識者の間で、今日の日本はワイマール体制末期のドイツに酷似しているのではないか、といわれているようであ
る。これは真に興味深いことであると思う。この原因は、ワイマール憲法と日本国憲法の類似性にあると思う。というより、日本国憲法は
ワイマール憲法の丸写し──しかもかなりずさん──であるといった方が正確であろう。
 ワイマール体制の支柱となったワイマール憲法は、ご存知の通り、ユダヤ人で内相も務めたフーゴ・プロイス以下3名のユダヤ人に
よって作られたものである。また日本国憲法はこれもご存知の通り、ユダヤ人ケーディスを中心としたGHQのニューディーラーによって
わずか「2週間」という短日時に作られたものである。
 さてドイツの場合、例の如く国籍別に全てを割り切って、エーベルトやプロイスもドイツ人、ヒトラーもゲッベルスもドイツ人といった感覚
では真相は全くわからないであろう。このワイマール憲法が生まれたのも、2年前のロシア革命と軌を一にするものであり、前世紀のフ
ランス革命から始まるユダヤ民族の反撃戦の一環であるという認識なくしては、本質の解明は不可能であろう。
 後進的なロシアでは暴力革命という手段に訴えて成功した。しかし資本主義が発達し代議制度も発達していたドイツでは、そうはいかな
かった。しかしあらゆる努力の結果、とにもかくにもワイマール共和国というユダヤ政権を樹立したのは1%に満たないユダヤ人である。こ
の体制を維持するため早速、憲法の作成にかかったのである。
 したがってその憲法の本質とするところは、いままでドイツ国内において差別されていたユダヤ人に対して彼らの権利を大幅に獲得させ
るものでなければならないはずである。また同時に、政府の要人のほとんどをユダヤ人で占めているワイマール体制というものをユダヤ
革命政府として今後とも維持していかなければならないと考えたのは当然である。以上の目的のためユダヤ人が作成したのがこのワイマ
ール憲法である。
 しかし、このワイマール憲法の作者ユダヤ人プロイス以下のユダヤ賢哲達は、教条主義に陥っていたといわねばならない。ワイマール
憲法の最大の目的はユダヤ人にとって自己の中世以来の差別を撤廃し、平等権を確立することであった。この点は、以下に見る如く全て
にわたって成功している。プロイスはそのへんまでで止めておけばよかったのである。とにもかくにも、ドイツ国民と平等な権利を獲得した
のだから。







27モルデカイ・モーゼ:2012/09/22(土) 11:55:11.29 ID:WX3vrsnv
 しかしプロイスは、ここでちょっと色気を出した。それは、ユダヤ民族の反撃戦のプログラムの要蹄ともいうべき要素の指示
するところを盛り込んでしまったのである。それは簡単にいえば、19世紀のプログラムであるマルクス主義から一歩飛躍した
闘争方針の要蹄を指示するものといえよう。その一歩飛躍した闘争方針というのは、マルクス主義が経済的闘争の道具であ
るのに対して、これは神経戦、心理戦を主とした闘争の道具とするものといえよう。簡単にいうと、「人間の純度」を落とすこと
を狙いとしたものである。人間を闘争本能まるだしの動物的なものに回帰させるのを目的とするものであり、それにより既存の
国家を内部から崩壊させようとするものである。それに対しては後にゲッベルス宣伝相がドイツ国民に警告する文書を公布し
ている。
 この計画の手段となるのが、フランス革命の時用いた「自由」「平等」である。「自由」「平等」のスローガンは、またもや役に立
つことになったのである。ただし、今回はフランス革命当時の如き、素朴に「自由が欲しい」、「平等が欲しい」といったものでは
ない。この違いは、18世紀の未成熟社会と20世紀のドイツの如き成熟社会との差によって生じる。成熟社会における「自由」
「平等」は調和を崩し、国内を収束のつかない混乱に導くものである。さらに「自由」と「平等」の2つの概念の非両立性によりそ
の矛盾、混乱は幾何級数的に増大する。
 我々ユダヤ人は「自由」「平等」という言葉の裏にかくも恐ろしき毒素を含んでいたことをはっきり知らなかったのである。全く頭
が悪いといわれても仕方がない。プロイスは、これをワイマール憲法に盛り込んでしまったのであった。これはまさしく、教条主
義的態度であったといえよう。
 ワイマール体制というのは、すでに自分達ユダヤ人がとにもかくにもレーテ(権力)を握っているのである。自分達が直接君臨し
ている国家では、敵(非ユダヤ人)に国家を突き上げる「自由」「平等」を吹き込むことは、上を向いてツバするが如き自己撞着で
あるはずである。つまり、自分達の政府の下で「自由」「平等」をかざして突き上げが起こっては、困るのは当然ではないか。しか
るに、プロイスはこれを盛り込んでしまった。これは信じ難いほど頭が悪いといわねばならないだろう。

さて問題は、これに対するドイツ国民の反応である


ワイマール憲法がナチズムを生む


このワイマール憲法に対する闘争として起こったのが、他ならぬナチズムである。

 本来なら、ドイツ国民は内部分裂によって、その突き上げでワイマール政府を倒すことになるはずである。しかるに、ドイツ国民の
反応はそれとは正反対に、完全無比な国民的統合の精神によってそのワイマール体制を倒したのである。何故こうなったのか。賢
明なドイツ国民は、真理に背くものを看破する能力をもっていたということである。「自由」と「平等」は非両立性をもつ概念である。そ
の点をドイツ国民が見抜いた結果起こったのが、ナチズムなのである。
 有斐閣発行の六法全書には日本国憲法の前頁にアメリカ独立宣言の一部が載せられており、これをフィルターにして日本国憲法
を考えよといわぬばかりである。あるいは編者達も、感性的認識ながら日本国憲法のルーツを感づいているのかも知れない。しかし、
漠然とした認識では本質を極めることは困難かと思われる。
 18世紀の大西洋革命(アメリカの独立とフランス革命を合わせたもの)の時代の「自由」「平等」の相反するスローガンが基本概念
として日本国憲法の真理にそむく本質の根源を見究める上で大なる力となることはもちろんだが、直接的にはワイマール憲法にメス
を入れることが不可欠と思われる。しかるに、このワイマール憲法に関する研究は日本では非常に少なく、また日本国憲法との比較
研究が全くといっていいくらいお目にかかれないのは、一体どうしたことだろうか。

それにはやはり理由があるようである。

28名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/22(土) 11:58:01.40 ID:WX3vrsnv
ワイマール憲法は国際的にタブーである


 ワイマール憲法そのものが国際的にタブーとなっていることである。口でこそワイマール憲法というものは決して珍しい言葉ではない
かも知れないが、現実にその内容に関してはタブーの網が張られていることに存外気がつかないものである。他章でも述べる如く、フラ
ンクリン・ルーズベルトは、ユダヤの世界では今日絶対のタブーとなっている。したがって、ルーズベルトに関するあたりさわりのない評
はいろいろ出ているが、その本質をうがったものは皆無に近いといえよう。このため、第二次大戦の真因はだいぶ混乱させられているの
だ。
 では何故、ワイマール憲法はユダヤ人にとって都合が悪いのであろうか。それはその本質を徹底的に掘り下げれば分かることであるが
、そこに発見されるものはナチズム台頭の必然性である。何故ナチズムが発生したのか。今日までナチズムに関する著書はあまたある
が、真因を突きとめたものはないようである。大抵の場合、例の「集団発狂伝説」といわれる類いのものである。
 しかし、このワイマール憲法を深く掘り下げるときそこに発見されるのは、自然の摂理にそむくものを内包しているということである。ひる
がえって、日本国憲法のルーツを探るためにも、このワイマール憲法の本質にメスを入れることが焦眉の急となってくるわけである。
 このワイマール憲法というものは、一口でいえば、中世以来、言語に絶する苦難の道を歩まされた在独ユダヤ人の血の出るような最低
限の要求を実現させたものといえよう。問題がそれだけなら、それはそれとして結構であるというべきかも知れない。しかし、実は、それだ
けではすまないものである。ここにこそ問題が秘められているといえよう。この点については逐次詳述するが、日本国憲法も重要な部分
はこれと全く軌を一にするものなのである。
 ワイマール憲法は表面に出すことをタブーとされ、日本国憲法は改訂を唱えることをタブーとされている。真に皮肉なパラドックスである。
何故このような逆説が生じるのか。その理由は、ドイツ国民はワイマール憲法をまたたくまにその虚構性を発見して引きずり下ろしたが、
日本国民はいまだその虚構性を発見できずその呪縛の中で呻吟していることにあるといえよう。ユダヤは、ワイマール憲法に関してはいま
述べた如く内容を吟味する余地を与えず、「最も民主的な憲法」というふうに盛んに言葉の上だけの宣伝をしているのである。それがさらに
日本では尾ひれをつけられて「平和憲法」というふうにまで拡大されている。
 例えば国家公務員試験にこんなのがある。例の○×式解答を求めるもので、「日本国憲法は、ワイマール憲法の平和主義を含めた基本
原理を全て継承した現代資本主義憲法である」というのがある。こういう問題に答えさせられる受験生こそいい迷惑と思うが、それはそれとし
て、ワイマール憲法を「平和憲法」とするのは一体何の根拠からか。恐らくは日本国憲法との類似性を質する問題を作成する者のことであ
るから、短絡に日本国憲法が「平和憲法」といわれるぐらいだから類似性の強いワイマール憲法もそうであろうといった程度の認識から発し
たものと思うが、いずれにせよ「平和憲法」とまで拡大評価されてはさすがの我々も少々くすぐったいのである。
 話は少し横道へそれたが、ワイマール憲法を「民主的」と宣伝する我々であるが、憲法の中身には「民主的」という言葉は一語も出てこな
い。これは日本国憲法についても同様である。考えてみれば大変奇妙なことではないか。実はこの点にこそ、今日的意味の「民主主義」と
いう絶対の善玉の神を意味する言葉の本質を見出すことができるのである。
 今日いわれている「民主主義」とは何ら実質的概念を伴うものではない。絶対に相容れることのない2つの概念、「自由」と「平等」に相関
関係をもたせる必要からユダヤ人が考えついたものにすぎない。非両立性をもつ「自由」「平等」をバラバラに宣伝したのでは効果が薄い。
したがって、この矛盾する両概念を並行して同時に追求させてこそ真の効果を期待できると考えたものである。つまり「民主主義」の役割は
相矛盾する両概念のコーディネーターということである。
 さて、これからは日本国憲法のそっくり母体となっているワイマール憲法の内容を具体的に拾い上げて、日本国憲法のそれと対比しなが
ら、如何に日本国憲法がワイマール憲法をベタ写ししたものであるかということをご説明したいと思う。

29名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/22(土) 12:04:00.50 ID:WX3vrsnv
マルクスは「すべてを疑え」といった

 マルクス主義についてもそうだが、この日本国憲法についても、すべてを疑ってかからないと永久に迷宮入りになるだろう。左翼陣営は
マルクス主義の宗教的呪縛力でがんじがらめにされているのであるから別であるが、醒めた正しい考えをもった人々まで、この日本国憲
法に関してはそこに何か動かし難い真理が蔵されているかの如く錯覚しているように私には見受けられる。
 その原因を私は考えてみた。そして発見した結論は、この憲法の中に「理想」を具現化した要素が多分に混入されているということである。
誤解してもらっては困るが、ここでいう「理想」とは「現実的でない」という意味である。この「理想」が日本人の判断を狂わせているのだと思
う。この「理想」とは夢にすぎないものであるが、しかし終戦直後の精神的虚妄状態にあった日本人に、この夢にすぎないものまでがかえっ
て感謝されたのかも知れない。しかし、これは本質的には大衆デマゴギーなのである。大衆心理を考えると、この「理想」が「非現実的」なも
のであってもこれを批判することはできないのだろう。またそうさせているのが「民主主義」というものの悪弊であろうと思う。あるいは日本の
良識ある人々でさえも自らこれを理想的なもの、最も高尚なものと知らず知らずに信じ込んでしまったのだろうか。
 私がここで言いたいのは、何よりも先ず日本人はこの憲法を疑ってかからなければならないということである。従来まで見てきた角度を捨
て、逆の角度からこれをもう一度観察することである。

日本の戦後占領体制はユダヤ人の君臨しないワイマール体制

 ワイマール憲法と日本国憲法は、そのイデオロギー性については全くといっていいほど同じものである。しかるにただ一点、ワイマール憲法
下のドイツと日本国憲法下の戦後日本とでは根本的に異なる点がある。それは、ワイマール憲法下のドイツは直接ユダヤ勢力が君臨するも
のであったということである。日本にはユダヤ人は存在しない。ワイマール体制というのは、少数民族たるユダヤ人が権力を初めて握った時代
であるということである。一方、戦後日本では一時期占領軍(これを事実上支配していたのはユダヤ勢力──もっとはっきりいえばニューディー
ル派)というものがオールマイティであったが、これは日本国内に永久に存在する勢力ではない、いわば国際的ユダヤ勢力である。占領が終わ
れば、引き上げざるを得ない。そこにケーディス以下の焦慮があったわけである。
 だが現実には自分達は引き揚げても、己のエピゴーネン(亜流、継承者)を養成して残していった。それが日本共産党である。このエピゴーネ
ンは真に忠実に主人のために働き、戦後30余年たった今日でもケーディスの心配を吹き飛ばすかの如く日本国憲法には一指だに触れさせて
いないのである。

30名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/22(土) 12:05:52.61 ID:WX3vrsnv
階級闘争の持ち込み

第28条「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する」

 これも、この憲法を作成したユダヤグループの最大の目的とするものの1つである。このような実体法に属するものを憲法に組み入れるのは常
識外であり、法学の素人のすることである。ルーズベルトの若手ブレーンの一人であった作者ケーディスは、ルーズベルト政府の下で労働問題
をある程度研究していた。ジュー・ディールと皮肉られたニュー・ディール政策は一口にいえば共産主義化政策に他ならないが、ルーズベルトは
1933年5月12日に「農業調整法」を作った。これはインフレ政策の本質を暴露したものであった。その他、「産業復興法」を作っている。これは同
業間の自由競争を排除せんとする目的のものであり、政府が産業統制に合法的に乗り出そうとするものに他ならない。さらに重大な点は、最低賃
金を規定し、労働者の団体交渉権を強引に認めることにしたのである。
 これらのルーズベルト政府の共産主義的政策は1935年頃から徐々に馬脚を現わし、景気回復を幻想と化し、独占の強化、資本対立の激化、
労働不安の拡大とアメリカ資本主義を根底から崩しつつあった。さすがにたまりかねた連邦最高裁は蛮勇を振るい、1935年5月、ついに憲法違反
の判決を下したのであった。ルーズベルトもこれ以上の共産主義的政策を続行するのを断念せざるを得なかったのであった。
 ルーズベルトはこれら国家的破滅を推進したのにもかかわらず、次の選挙では労働界の大きな助力を得ることになった。このことは、ルーズベル
トが本質において共産主義者であったことの証左として一般に考えられていることである。ケーディスは若手法律ブレーンとしてこれらの問題にかか
わってきたのであった。このケーディスが、日本国憲法にこの階級闘争を持ち込んだのである。

ユダヤ的思考の所産は明治憲法にも

 なお、大日本帝国憲法においても、第25条から第29条まで、「住所の不可侵」「信書の秘密の不可侵」「財産権の不可侵」「信教の自由」「言論著作
印行集会及結社の自由」という項があり、なにも日本国憲法に限らずこのような被圧迫民族の基本権と類似する項目があるではないかと問われるか
も知れないが、それは大日本帝国憲法を起草した伊藤博文、井上毅がドイツのユダヤ法学者の影響を受けているためであり、ルーツは同じものであ
る。当時ドイツの法学界はユダヤ人法学者が牛耳っていた。

次は伊藤博文の文である。

 「現時の国法においては、君主は国家の上に位せず、国家の中に位し、君主は国家の統御者にあらずして国家の機関となれり。君主は国家の機関
にして国家のために活動すべしとの思想は、すでにフリードリッヒ大王の有名なる『君主は人民を支配するところの専制君主に非ず、国家の最高機関
なり』との語において発表せられたり。」

すでに美濃部達吉の「天皇機関説」の萌芽を見ることができる。

 他には井上毅もプロイセン憲法の研究者としてつとに有名であり、当時のドイツにおける憲法学者が皆ユダヤ人であったことを考え合わせる時、思い
半ばに過ぐるものがあろう。何故ユダヤ人が特にドイツにおいてこの憲法問題に熱心であったかというに、これが国家を内部から転覆させるマルクス主
義国家論への捷径であることを知っていたからに他ならない。伊藤博文から美濃部達吉に至るまで愛用した「機関」という言葉は、ドイツのユダヤ人の
間では、マルクスももちろんこの Organ という言葉が大好きだったのであるが、階級闘争における「支配者」が「被支配者」を「抑圧」「搾取」する「手段」
「道具」という意味で専ら使われていたのである。恐らく伊藤博文も美濃部達吉もこのユダヤ人の真意は知る由もないのではないか。ドイツはあくまでド
イツであり、その中で絶対相容れない、中間というものの存在する余地のない民族闘争が繰り広げられていたとは、夢にもご存知なかったのであろう。
 天皇主権説学派の穂積八束は、ドイツ滞在中ずっとラバントについていた。このラバントは当時のドイツ法学界、とくに憲法研究者の中でも珍しくユダ
ヤ人ではなかった。帰国後、伊藤博文、井上毅らと違って、ユダヤ的機関説学派を攻撃したのもそのためであった。
 伊藤博文が憲法研究のため会った人物は、ドイツのルードルフ・グナイストとオーストリアのローレンツ・フォン・シュタインであった。いずれもユダヤ系
であった。ただここで一つ非常に残念なことは、伊藤博文が帰朝後提出した復命書が公表されていないことであり、これは明治憲法研究上の一大遺漏
を生ぜしめている。