こそーーっと、怖い話なんかしちゃったりして・・・

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91壁に耳あり、障子にメアリーさん
 あれはまだ私が子供だった頃です。毎日公園で真っ暗になるまでマジックの練習を
していて、うっかり風邪を引いてしまい数日寝込む羽目になりました。ベッドの中で自分の
自己管理の甘さをぼやきながら、朦朧とした頭でトリックの復習だの新しいマジックだの
を考えていました。
 どれくらい時間が経ったのか…ふと窓を見ると、なじみの猫が屋根を伝って歩いて
いくところでした。彼女は近所の家で飼われているのですが非常に気立てがよく、
殆どの人から好かれていました。私の家も彼女の散歩道だったので、ちょうど出会った
時には一緒にティータイムを楽しんだりしたものです。
 その猫がふと、私の視線に気づいたように歩みを止め、ジッとこちらを見つめてきた
んです。それは、「こんな時間にどうしたの?」と尋ねているようでした。
 私は特に意識するでもなく「I think it's just a bad cold.(ちょっとタチの悪い風邪をひい
ちゃってね)」、と口に出してつぶやきました。その時彼女が「ふぅん」という風にうなずいた
のは、ただの偶然か人語を解したのか分かりませんが、ちょっと首をかしげるように
したあと、猫は去っていきました。
 それから昼食をとり薬を飲んでうとうとしていました。時間は…さぁ、2時か3時か
はっきりしませんが、柔らかい日光が部屋の中に差し込んでいたのは覚えています。
 夢うつつの中で、綺麗な歌声が聞こえていました。そうですね、ベネツィアングラスが
もし歌を歌えるとしたらこんな声だろう、というような澄んだ声でした。私は今までに
あれほどの美しい歌声を聴いたことはありません。
92壁に耳あり、障子にメアリーさん:04/10/17 21:10:27
何か歌を歌っていたのは分かったのですが、それは英語でも日本語でもなく、
今思い出す限りでは恐らく人の言葉ではなかったのでしょう。
 その歌が不思議に高熱の苦しさから私を解放してくれ、私はベッドから起き上がって
窓を開けました。
 その時、窓のすぐ横にいたあの猫が驚いたようにこちらを向きました。途端、歌は
ピタリと止み、私の不躾な行動に彼女は急いでその場を立ち去ってしまいました。
 
 まあ、猫が歌うと考えること自体ばかげているのかも知れません。しかし腹話術に
しても、気まぐれな猫に、声に合わせて口を開閉させるという芸を覚えさせることは
ナンセンスで難しいことでしょう。
 彼女はそれからもずっと猫のままであり、私はこうして住まいを変えたので今あの
猫がどうしているかは分かりません。
 人間にしか歌は歌えないという考えが馬鹿らしいということは分かりますがね。